上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか   作:gulf0205

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ベルくんって冒険者歴半月でこの段階のアイズはレベル5だったのね……。


1 ヤーナムファミリア

「ストーーーーーーップ!!」

 

スレイがギルドのドアを開けるなり、破裂するような言葉の爆弾をぶつけられた。無関係の冒険者も、百戦錬磨のスレイも、ギルド内の者たちは思わずピタリと動きを止めて声の主を見やる。

叫んだのは受付嬢の一人、メイ・グリンフィールド。小人族の二十歳。

成人してもスレイの身長の半分ほどにしかならず、一見すると可愛らしい少女にしか見えない。

……黙っていれば、の話だが。

では次、メイが声をはり上げた相手であるスレイの姿を見てみようか。

ダンジョンから出たときそのままの、全身に返り血を浴びた姿。

着用しているコートや帽子の撥水性が極めて高いため、ここまで来る途中ですでに血は落ちている。

が、やはり立っているだけでもポタリ、ポタリ、と滴らせていた。

おまけに右手には肉片のこびりついた巨大ハンマー、腰には散弾銃を引っさげて左手には赤黒く汚れた袋。コートの下からは大鉈が見え隠れしているのだが、よく見ると何かの毛皮の切れっぱしがくっついている。

その見た目からして『かかわるとヤバイ』的なオーラをふんだんに撒き散らし、ギルド内にいる冒険者たちはそろってあとずさった。恐怖心そのものより、近づいたら装備が汚れるという理由だろう。

スレイは自分の、というよりヤーナムファミリア全体の担当アドバイザーであるメイを見やり、問いかけた。

 

「……なんだ?」

 

「なんだじゃないでしょう!」

 

メイは椅子の上に立って思いきりカウンターを叩き、怒鳴る。そりゃあもう怒る。激怒する。躾がなってないとか下品とか言われようがおかまいなし。

たとえ相手が冒険者全体から奇異の目で見られているヤーナムファミリアの眷属だろうと、自分の身長の二倍以上はある相手であろうと、その可愛らしい見た目が台無しになるほどの気迫と声量で叫びまくる。

 

「それ! その格好!」

 

メイは椅子の上に立ち、びしりとスレイを指差した。

 

「……?」

 

スレイは「どこか変か?」とでも言うように自分の体を見下ろし、異変を探そうと首を回して背中の方を見ようとしたりする。

自分の服についたままの血などまったく目に入っていないのだ。いや視界には入っているのだろうが、その状態がいつものこと過ぎて異常だと認識していない。

そんな態度がまたメイを怒らせる。怒りの炎の中に火薬樽をぶちこむ。

 

「せめて返り血を洗い流してこいってなんっっっっっっかいも言ってるでしょーがっ! いったい何度言わせるつもりなの!? バカなの!? 死なないの!? アルツハイマーミイラの同類なの!? その汚れをいったい誰が掃除してると思ってんのよ!」

 

まくし立てる彼女の怒りはごもっともだ。

ヤーナムファミリアの狩人を自称する者たちは、そろいもそろって返り血を浴びたままダンジョンから出てきてそこらを歩き回ることで有名だ。

ギルド内の床掃除はギルドの受付嬢である彼女たちの仕事なわけだが……血痕の掃除だけはメイがやらされていた。

担当アドバイザーなんだから責任を持ってやれ、という反論できない理屈だ。それに血の掃除なんてそれだけで「おえっ」となるのが普通である。

しかし血に慣れすぎてしまった狩人などはその辺りを考えたりしない。それが普通となっているため感覚が麻痺している。

 

「シャワーを浴びるか着替えてからギルドに入れって、毎っ回毎回言ってるでしょ! 余計な仕事を増やすんじゃないわよ!」

 

メイはヒステリー気味にわめき散らしてカウンターをバンバン叩いた。この姿を見た男たちはメイを嫁にもらおうとは思わないだろう。

 

「あなたねぇ! もしかしてわたしが小人族だからって見下してるんじゃ、ってこらあああああああああああああ!!!」

 

顔を真っ赤にして脳の血管がプチンと切れそうな絶叫を上げた。

なぜならスレイがズカズカとギルド内に入ってきたからだ。白黒のタイルに血痕を残しながらメイへと歩み寄る。

 

「あんた喧嘩売って……え?」

 

「四人死んだ。身内のやつと、ロキファミリアだ」

 

チャリ、とスレイは回収したドッグタグをカウンターに置いた。

四人分のドッグタグ。

冒険者に渡される略式身分証で、生年月日、種族、名前、所属ファミリア名が刻まれてある。

四つのタグがここにあるということは、四人の冒険者がダンジョンで死んだか、またはその死体を発見したということになる。

タグについた血はまだ乾ききっておらず、それがどういう意味なのか想像に難くない。

 

「あー、うー……」

 

血管に冷水を流し込まれたように、メイはごにょごにょと口ごもり、こほんと咳払いをしてから椅子から降りた。

そしてテーブルの下から羊皮紙の羽ペン、インクを取り出す。

 

「……タグの回収地点を教えてください」

 

その口ぶりはもう完全に受付嬢のそれだ。淡々と、私情を挟まずに仕事をこなす。

 

「ロキファミリアは四階層、階段から右方向へ進んだ先の通路だ。こっちのハンクスは十階層だ」

 

ロキファミリアの三人と一緒に転がるモンスターがハンクスなどと言えるはずもなく、スレイは適当に嘘を吐く。

上層より下の階層になると、死体の回収などできるはずがない。だから十階層と言う。

メイはそれをサラサラと書き記し、判を押す。

 

「わかりました。ロキファミリアに連絡しておきます。あちらで謝礼を受け取ってください」

 

メイはタグ回収証明書なる羊皮紙を取り出して、そこに自分の名前に加えて『4』と書き足して差し出す。

 

「……彼、改宗して八ヶ月くらい?」

 

彼とはもちろんハンクスである。

 

「ああ」

 

「そう……残念ね」

 

「そうだな」

 

スレイはそれきり言うと、羊皮紙やハンクスのタグを持って換金所へと移動。謝礼と一緒に『拾った』魔石入れの袋を箱にひっくり返した。

そして魔石の大きさと重さからその価値を算出し、戻ってきた貨幣を財布袋に入れると、無言のままギルドを後にした。

 

「はああああああぁぁぁ……」

 

ふっかーいため息をついて、メイはカウンターに突っ伏した。

担当するファミリアの眷属が死ぬ。

別段、珍しいことではない。それにメイとて、改宗したばかりの狩人には、努めて事務的な対応しかしないようにしている。

ヤーナムの狩人たちは、どういうわけか入信・改宗して一年以内の死亡率が格段に高いのだから。

しかし、知りすぎないように、関わりすぎないようにしていても、それでも……やはり冒険者の死というのは辛いものがある。

このタグと回収場所をロキファミリアの担当アドバイザーに渡した後のことを考えると気が重くなった。彼女が泣き叫んだりしなければいいが。

そして恨めしげに点々と残る床の血痕を見やり、呟いた。

 

「もーやだ。担当変わりたい」

 

呻いたところで、先に来ていた血塗れ少年と、その担当アドバイザーであるエイナが戻ってきた。別室で何かを話していたらしい。

少年、ベル・クラネルはすでにシャワーを浴びて服も洗濯し、いまや清潔な姿となっている。

ちゃんと言えば言うことを聞く少年のなんと初々しいことか。

ほんの百分の一でもいいから狩人たちも見習ってほしい。このままだと喉が壊れる。

メイの羨むような視線に気づき、エイナは問いかける。

 

「どうかしたの?」

 

その問いかけに、メイは動く死体のように床の血痕を指差した。

それだけで誰がやってきたのかエイナは理解して苦笑いをし、ベルは慌てて謝った。

 

「あっ、す、すいません! 僕、まだ汚れてましたか?」

 

ベルは自分が汚したものと思ったらしい。

メイは身を起こして否定した。

 

「違うわ。スレイって言ってね、わたしが担当するヤーナムファミリアの人よ。全身血まみれで歩き回る人、見たことない?」

 

「そういえばさっき……」

 

心当たりがあるらしく、ベルは何かを思い浮かべた。

 

「それにしてもさー、ベルくんだっけ? 本当に素直でいい子よねー。ねぇエイナ、ちょっと相談だけど」

 

「ダメです」

 

にこやかに拒み、メイは口を尖らせた。

 

「なによう、まだなにも言ってないじゃない」

 

「言わなくてもわかりますよ。ところでそのタグ、その、ヤーナムファミリアの人が?」

 

「ええそうよ。四階層で回収したらしいわ」

 

メイは足元のゴミ箱からいらない羊皮紙を取り出して、その生乾きの汚れたタグを包む。さすがに素手で持ちたくないし、私物のハンカチで拭くのは気がひける。

そして回収地点をメモした羊皮紙を脇に挟んで椅子から立った。

 

「じゃあねベルくん。あ、もしエイナが嫌いになったらわたしに言ってね。すぐに担当を変えてもらうように手配するから」

 

言うだけ言ってメイはその場を離れた。

その背中に向かってエイナは言い放つ。

 

「そんなことにならないわよ! ねえ?」

 

「あ、はい。もちろんです」

 

素直にベルは肯定した。

 

「にしても四階層って……あなた本当に運がよかったわね。さっきのドッグタグみたいになりたくなかったら絶対に無茶しないで。約束して」

 

「はは……約束します。エイナさん」

 

その約束に若干の嘘が混ざっていることに、エイナは当然気づいていたが、これ以上は追求しないかった。

エイナはベルのような頼りない少年が気になって仕方ない。だがエイナはベルの母親でも姉でもないのだ。だからもう、これ以上はなにも言わなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

武器や防具の製作を主とするヘファイストスファミリアにも色々と工房がある。

例えば一人の鍛冶師が複数の冒険者と専属契約を交わしたり、鍛冶師が複数人で工房を開いてファミリアそのものと直接契約を交わしたり。

“狩人工房” と名乗る六人の鍛冶師たちもまた、ヤーナムファミリアと直接契約を結ぶ専属の鍛冶集団であった。

ヤーナムファミリアは狩人工房からしか武器や道具を買わないし、狩人工房もヤーナムファミリア以外の者にはなにも売らない。

ヤーナムファミリア設立時にそういう契約を交わしているため、狩人工房のすぐ隣にヤーナムファミリアが本拠を置くのはごく自然なことだろう。

 

スレイは金属を叩くハンマーの音を聞きながら、石と木造でできた建物の裏へと回った。

そこにある水場でコートや帽子を軽く水洗いして陰干しする。

そして立てかけてある針金のような毛が生えたでっかいブラシを使い、“獣肉断ち” や “爆発金槌” にこびりついた肉片をゴシゴシと磨き落とした。

以前、肉片がくっついたまま工房に見てもらおうとしたら「帰れこのクソ馬鹿野郎!」と言われたものだ。

ヤーナムファミリアが使う仕掛け武器の中にはその複雑な変形機構から、定期的に保守・点検してやらないと壊れてしまう。

スレイが愛用する “獣肉断ち” も “ノコギリ鉈” や “長柄斧” などと比べて壊れやすい。

壊れたら壊れたでまた新しいものを用意してもらえばいいのだが、同じ “獣肉断ち” でもわずかに使い心地が違うものだ。できるだけ同じものを長く使いたい。

ましてやスレイのこれはアダマンタイトをふんだんに使ったものだ。アダマンタイトを採掘するのは骨が折れるし、費用もかさむ。

そういうわけで工房に点検してもらいたかったらまずは洗うしかない。

“獣肉断ち” の留め具を外して、ワイヤーの中に絡まった肉片なんかも洗い落とし、再び留め具で固定。まあこんなものだろうと、二つの武器を壁にかけた。

そしてハンクスのドッグタグと自分の手を洗ってから、蛇口を閉めた。

 

 

二つの武器を隣の工房に預けてからファミリアの本拠に入ると、木造屋の木の匂いが鼻を包む。

相変わらずここには人がおらず静かだ。正面の階段を上る足音だけが寂しく響き、外から鉄を叩く音がわずかに聞こえてくるばかりである。

他の狩人たちはダンジョンに潜っているのか、はたまた個々それぞれで思い思いに過ごしているかだろう。

階段の上は左右に廊下が続き、正面には扉。その扉の中へと入った。

ここはエミーリアという女性が書斎として使っている部屋で、左右の棚には羊皮紙や本が詰め込まれており、正面の大きな机にも大量の羊皮紙が散乱していた。

そこに座って頭を悩ませているのがエミーリアだ。彼女も狩人といえばそうなのだが、ダンジョンに入ることはなく、ここの主神にかわってファミリアの運営や雑事をこなしている。

エミーリアは手紙を睨んでいた視線をスレイへと移した

 

「……おかえりなさい」

 

魂の抜け殻みたいな声でエミーリアが言う。

白い長髪に青い瞳をした儚い少女というのが第一印象なのだが、しかし精神的な疲労とくたびれた表情から、まるで干からびた老婆のような雰囲気があった。

スレイは特にエミーリアを労わるでもなく、ハンクスのドッグタグをテーブルに置いた。

 

「ハンクスが堕ちた」

 

「はあ……間に合いませんでしたか」

 

エミーリアは小さくため息をついた。

ハンクスがダンジョンに入ったまま戻らなくなったのが二日前だ。その間にしこたま返り血を浴びて、モンスターの血を皮膚や経口摂取したのだろう。

そのせいで堕ちてしまい、人を失った。早く見つけて連れ返していれば、あるいは助かったのかもしれない。

羊皮紙に埋もれた中から本を引っ張り出した。無造作に散乱しているように見えるが、どこに何があるかわかっているらしい。

この本は名簿帳だ。設立時からずっと名前を残しており、現在は三冊目になる。

エミーリアはパラパラとページをめくり、ハンクスの名前を見つけた。そしてその隣にX印を入れる。

ほとんどの名前の横にX印があり、死亡を示す印がついていない名前の方が圧倒的に少ない。

 

「……ひどいものですね。同じ眷属が死んだのに涙も流せないなんて」

 

エミーリアは自嘲的に笑う。

眷属(かぞく)の死は当たり前の日常と化していて、もはや悲しみという感情さえ湧いてこない。

詩の一節にもあるように、楽しい時は笑えばいい、悲しい時は泣けばいい、しかし虚しい時はどうしたらいいのかわからない。

エミーリアがいま感じるのは、その空虚感だけだ。

 

「それと、今回の稼ぎだ」

 

スレイは財布から必要最低限を残して、残りをテーブルに乗せた。ジャラリと気前のいい硬貨の山が出来上がる。

スレイは現状の武器にも装備にも満足しているため、食費を残してほとんどはファミリアに納めていた。

一部の狩人はファミリアに少ししか納めないようだが……ほとんどはスレイと似たようなものだろう。

武器や服の仕立てはそれぞれ専属契約の工房があり、資金の運用はすべてエミーリアがこなしている。

 

「助かります。はあ、これで弁償と清掃費と……」

 

弁償や清掃費などという単語が出てきて、スレイはエミーリアが睨んでいた手紙の数々を手に取った。

内容はこうだ。

 

『お前んとこの冒険者が血塗れで歩くのやめさせろよ! おかげで商品が汚れたじゃないか弁償しろ! いやならこっちから取り立ててやる!』

 

汚い字だなと思い、次。

 

『頭に鉄カゴをかぶったやつに伝えろ。叫びながら走り回りやがってクソ野郎! よくも怪物進呈しやがったな? 次にダンジョンで見つけたら容赦しねえ!』

 

あいつまだ生きてたのかと感心して、次。

 

『ウチの子がその武器をかっこいいと言って聞かないんです。住所はここですから是非とも譲ってください』

 

最近の乞食は字が書けるんだなと嗤い、次。

 

『ギルドの換金所におこしの際は必ず身だしなみを整えるようにしてください。改善が見られないようでしたら清掃費用を請求いたします』

 

メイよ、許してくれと黙って謝り、次。

 

『くたばれ!』

 

死ねと内心で罵り、次。

 

『その武器を平等に売るようにヘファイストスファミリアに言ってくれよ。お前らばっかりズルいじゃないか!』

 

知るか。

 

書き殴ったような汚い文字から丁寧なものまで、エミーリアが頭を痛める理由の数々にスレイは少しばかり申し訳なく思った。

というかつい先刻もギルドを汚してきたばかりだ。

 

「……私の苦労を理解してくれますか?」

 

すがるような上目遣いだった。

ヤーナムファミリアの神様にすがることができればいくらかマシだったのかもしれないが、ここの主神ははっきりいってすがりつくのにかなり抵抗がある外見をしている。

 

「ああ。だが……こういうのもある」

 

なのでエミーリアの気が軽くなるような手紙をいくつか選別して渡した。

 

『狩人さんのおかげで階層主を突破できました。次もよろしくお願いします』

 

『次も是非パーティに加わってください!』

 

『あの変な冒険者から助けていただき感謝しています。名前を聞くことができずに本当に残念です』

 

『太陽万歳!』

 

最後のは意味不明だが、そういう肯定的な意見を読んでエミーリアは目頭に涙をためる。

 

「おお……おお……みんながみんな、こんな人たちならいいのに……」

 

その手紙を胸に当ててエミーリアはさめざめと泣いた。

ハンクスが死んだ悲しさよりもこちらの嬉し泣きの方が勝ったのだろうか。

ひょっとすると疲れすぎて情緒不安定になっているのかもしれない。

 

「……体に気をつけてな」

 

エミーリアがコクリとうなづいたのを見届けて、スレイは書斎を後にした。

後手に扉を閉じて階段を降り、一階の奥へと歩く。

すると音楽が聞こえてきた。オルゴールの音色だ。まるで子守唄のような、静かな音色。

その音が聞こえてくる一番奥にある扉を開けた。

そこには暖かな日差しが薄いカーテン越しに差し込み、ベッドが壁際に一つと、窓際で日光を浴びるように安楽椅子とテーブルが置いてある部屋だ。

壁にはヤーナムファミリア最初の眷属であるゲールマン、ローレンス、ルドウイークの三人並んだ絵画がかけてあった。

オルゴールの音色はテーブルの上にある箱から流れており、その安楽椅子には女性を模した精巧な人形が座っていた。

人形はさながら我が子のように、ヤーナムファミリアの主神を抱いていた。

命を持たないはずの人形がゆっくりと動き、言葉を発する。

 

「おかえりなさい、狩人様」

 

人形がどうやって動いているのか、喋っているのか、それは誰にもわからない。ひょっとしたら人の姿を持たない主神が操っているのかもしれないが、それを確かめる術はない。

 

「ステータスを更新してくれ」

 

「かしこまりました。※※※※様、あなたの子が力をお求めです」

 

人形がその腕に抱くものに語りかけた。

この神様の名前は人間には発音できないし聞き取れない。

人ではない人形にしか発音できない名前。それこそがヤーナムファミリアの主神であり、人の名前と姿を持たない神様だった。

大きさで言えば人間の腕の中に収まるほどで色は闇色なのだが、その姿や形をどう表現したらいいのだろうか?

冒涜的形状、宇宙悪夢的容姿、背徳的曲線……万の言葉を費やしても完全に表現することができないだろう。

人の姿と名前を持たないヤーナムファミリアの主神のことを、眷属たちは『上位者』と呼んでいる。

スレイは上半身の服を脱いで、ベッドの上に寝そべった。背中にはステータスを表す模様が記されており、最後に更新したのは先週だった。

人形は静かに立ち上がると、上位者をスレイの背に乗せる。生暖かくて湿っているような……なんとも表現できない感触にスレイは小さく身震いした。

上位者は複数本あるその触覚だかなんだかわからないものをスレイの背中に這わせ、そのうちの一本を掲げた。

するとその一本から青ざめた血が浮き出て、ポタリと落ちた。

いくつもの文字列や数列が浮かび上がり、その数値を更新させる。

それと同時に、スレイに上位者の思念とでもいうべきものが流れ込んでくる。

 

ダンジョン。

手に入れろ。

狩り。

 

そんな言葉のない意思のような、感情をそのままぶつけられているような感覚。

上位者がなにを求めているのか、なにをさせたいのかはわからないし、なにを考えているのかもわからない。それは人間にはたどり着けない思考のありようだ。

断言できるのはスレイの背中にいる上位者は、暇を持て余した他の神様と違ってなにか明確な目的があるということだ。

そしてその目的はダンジョンでのみ達成でき、自分のかわりに眷属たちにやらせている。おそらく上位者にとってスレイや他の狩人たちなどは、目的達成のための道具でしかないのだろう。

ステータスは更新され、人形が羊皮紙を背中に乗せてそれを写した。

 

「お疲れ様でした狩人様、※※※※様」

 

人形は上位者を抱き上げて、再び愛おしそうに安楽椅子に座った。

スレイはベッドに腰掛けて、更新されたステータスを見る。

 

 

 

 

名前:スレイ・レーヴェン

レベル:6

二つ名:鋼烏<アイゼンフリューゲル>

 

アビリティ

力:B

耐久:E

器用:C

敏捷:B

魔力:I

 

発展アビリティ

人間性:C

人としての本質を保つ。

狩人狩り:F

同属に対してアビリティを強化。

人狩り:G

対人戦闘においてアビリティを弱強化。

 

 

スキル

内臓攻撃<ビーストハンド>

腕を獣のそれへと変質させ相手の内臓を破壊する。そのさい己の傷を大幅に癒す。

 

被血治癒<リゲイン>

血液を傷口・経口・輸血などにより体内に入れることによって傷を癒す。また、あらゆる血液感染を防ぐ。

 

狩人歓喜<ハンターズハイ>

肉を引き裂き、血を浴びるほどに高揚感が増し、一時的に本質が獣へと近づく。近づいた分だけ全アビリティに上昇補正が加算される。

 

血液再誕<ブラッドボーン>

血によって本質が獣へと完全に変質し、アビリティが格段に強化される。ただし知性が著しく低下し、戻ることはない。

 

魔法

なし。

 

 

 

羊皮紙を見ながらスレイは少し残念に思った。

アビリティは前回から少しばかり上がったがランクはそのままだし、なにか新しいスキルが発現したわけでもない。

さすがに下層まで行かないとダメなのだろう。

ちなみにだがこの四つのスキル、ヤーナムファミリアに入ると強制的に発現させられるものだ。

そして上位者は『来るもの拒まず、去ること許さず』であるため、一度ヤーナムファミリアに改宗したらもう抜けることはできない。

そういう点から見てもこのスキルは呪いに等しい。一度手に入れてしまうと二度と手放すことができないのだから。

ただそれでも、一時的にアビリティを強化させるというスキルがよほど魅惑的らしく、ここへ改宗したがるものが多いのもまた事実であった。

 

「いかがでしたか?」

 

「いまいちだな。明日は深いところに潜ってみるさ」

 

「そうですか。お気をつけて、狩人様」

 

「ああ」

 

スレイは人形に背を向けて、上位者の部屋を出た。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

日も暮れた頃、スレイは『豊穣の女主人』という大衆食堂へと訪れていた。

服装はコートと帽子を脱いだ以外はいつもと変わらない。つまり “獣肉断ち” も腰のベルトから引っさげたままだ。

愛用品の重量を感じると安心するが、さすがに散弾銃は置いてきた。ダンジョンに行かないのにあれを持っていると間違いなく問題になる。

 

「いらっしゃいませ。ただいま混んでおりますので、相席でもよろしいですか?」

 

「ああ」

 

女性店員は明るい対応だが、スレイはいつも通りの淡白な返事。

 

「ではこちらへどうぞ」

 

しかしさすがは店員、色々な客を相手しているだけあって気を悪くするでもなく、笑顔のままテーブルへと案内した。

そこにいるのは白い頭髪に赤い瞳をした少年だった。テーブルに乗せられた数々の料理に、なにか引きつった表情を向けている。

 

「すみませんお客様。ただいま店内が混んでおりますので、相席してもよろしいですか?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

少年は二つ返事で了承し、店員はスレイへと向き直った。

 

「ではこちらにどうぞ」

 

「ああ。レアステーキを一つだ」

 

「レアステーキを一つですね。かしこまりました」

 

少年の隣に遠慮なく座り、店員は『てててー』と厨房へと走って行った。

スレイはただ憮然と座っているだけだが、少年の方はなにやら居心地が悪そうに料理を口に運んでいた。

 

「ご予約のお客様ニャー」

 

猫人の店員が告げ、その予約の客とやらが店内に入ってくる。

ロキファミリアの者たちだ。少年はそちらの方をぽーっと見つめ、スレイも興味本位で一瞥する。

どうやら少年はアイズ・ヴァレンシュタインに目が釘付けらしく、他の客たちもアイズの存在に目を留めていた。

 

「……」

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。

わずか一六歳にしてレベル5。ロキファミリアの天才児で主神ロキのお気に入り。

年齢でいえば可愛いと表現すべきなのだろうが、アイズの容姿はもはや美しいと言ってもいい。

しかし……スレイはアイズに見惚れることはなかった。アイズを見ると、焦りと不安に駆られた、かつてロキファミリアだった同属を思い出すからだ。

スレイは知っている。

天才児が新たに現れるということは、すでにいた中堅や古参の冒険者の嫉妬と羨望を受けることを。

考えてみて欲しいのだが、自分が五年や六年もかかってようやく成し遂げたことを、はるかに年下の少女がわずか一年足らずでやってのけるとしたらどう思うか?

間違いなく自分が能無しのノロマだと錯覚するだろう。

メキメキと頭角をあらわすアイズの存在に恐れ、追い越されることを恐れたロキファミリアの者たちは、スキルを求めてヤーナムファミリアへと改宗してきた。

その結果、無理をして、ハンクスと同じように人を失う。

いったい何人がダンジョンから戻らないのかわかったものではないし、どれだけの仲間を殺したのかも数え切れない。

いまこの瞬間も何十、何百もの血液より生まれたもの(ブラッドボーン)がダンジョン内を徘徊していることだろう。

 

「お待たせしました」

 

レアステーキがテーブルに運ばれてきた。早速ナイフとフォークで口に運ぶ。

かねてより血を恐れたまえというが、さすがにレアステーキの血は問題ない。

なんというか、こう、舌が絶頂を迎えるような感じがする。

黙々とステーキを頬張るうちに、ロキファミリアのベートの大声が嫌でも耳に入ってきた。

ミノタウロスがどうの。アイズがどうの。ガキとミノタウロスがどうのこうの。

 

「く……」

 

「……?」

 

隣の少年が呻き、歯を食いしばって手をきつく握りしめた。

酔いが回っているらしいベートがさらにまくしたてた時、少年は突如として立ち上がり、店を飛び出して行った。

アイズも少年を追いかけるように店先に出たが、もう見失ったのか、諦めたように戻ってくる。

なんだったのかわからないが、スレイは自分とは関係ないとばかりに食事を続ける。

 

「……そんでよー、そこのヤーナム野郎!」

 

いきなりベートがスレイを指差して立ち上がる。

 

「うちのファミリアのモンがダンジョンで死んだ! それはまだいい! けどな、そこにあったレアモンスターの死体、ありゃいったいなんなんだよ、ああ!?」

 

「なにがだ?」

 

「とぼけんじゃねえ!」

 

「ベート落ち着け」

 

ベートは仲間の制止を無視してスレイのテーブルへと近づき、ドンとテーブルを叩いた。かなり酔ってるらしく、息が酒臭い。

 

「あの魔石を持たないレアモンスター、ありゃなんでお前らと同じような服を着てたんだ? あのレアモンスターってのはお前らヤーナム野郎の仲間なんじゃねーのかよ!?」

 

なかなか察しがいい。

しかしスレイとしてはそれを認めるわけにはいかない。これ以上、ヤーナムファミリアの評判を落としたくなかった。

ただでさえ悪目立ちしているのに、そんなことが知れ渡れば神々の絶好の玩具だ。子供が玩具をそうするように、徹底的に遊び尽くされて最後は壊される。

 

「さあな」

 

言って、最後の一切れを口に放り込み、水で流し込む。

 

「てめーのそういうところ、昔っから気に食わねーんだよオイ!」

 

別に気に入ってもらおうなどとは思っていない。

それにもうこれ以上の酔っ払いの相手はごめんだった。食事も済ませてスレイは黙ったまま立ち上がる。

 

「勘定」

 

言い返さないスレイを格下に見たのか、ベートは嘲りの表情を浮かべた。

 

「けっ、モンスター野郎と一緒だと飯がまずくなるぜ、帰れ」

 

モンスター野郎。

 

いままでは酔っ払いの戯言として聞き流していたスレイだが、こればっかりは我慢ならない。

ヤーナムファミリアの狩人たちは血によって人を失うという危険と隣り合わせにいる。

血に溺れないために自制しているものの、眷属全員をモンスター扱いされるのは不快を通り越して殺意すら覚える。

人を失った身内や、人を平然と殺すようになった狩人は殺さなくてはならない。生かしておけば人間の犠牲者がさらに増えるからだ。だがモンスター扱いをしていいはずもないのだ。

スレイは振り返り、自分のテーブルへ戻ろうとするベートに言う。

 

「おいバカ犬」

 

「ああ!?」

 

獣人に対する差別用語を使ってベートを振り向かせた。

その左頰へ渾身の拳を振るう。酒が入って酔ったベートは避けることも防ぐこともできず、殴り飛ばされて派手に床に転がった。

しかしさすがは上級冒険者というべきか、無様に床にのびるような真似はせず、床を転がってすぐさま体制を立て直した。

殴られた頰をさすり、猛獣のような目つきでスレイを睨む。

殴られた拍子に歯で口内をざっくりと切ったのか、口から血がだらだらと流れ出た。

 

「てん、めええええ!」

 

「はいそこまで」

 

ベートが飛びかかるより先に、アイズとアマゾネスの娘がベートの左右の腕を捻りあげる。エルフの女性はベートの背中にのしかかるように取り押さえた。

三人に押しつぶされたベートは呻き、ロキが声をはり上げる。

 

「ええ加減にせえ! 酔いすぎやでホンマに!」

 

「なんだよ殴ったのはあいつだぞ!?」

 

「先に絡んだのはベートやろ! おまけに他人をモンスター呼ばわりしよって、怒るに決まっとるわ!」

 

ロキは一喝し、スレイへと向き直る。

 

「いやあウチの馬鹿がすまへんなあ。ここはウチらが奢るさかい、堪忍してや」

 

「あとできつく言っておきます」

 

ロキはバツが悪そうに頭をかいて、エルフの女性はどこかから出したロープでベートをぐるぐる巻きにし、ぎゅーっときつくしめあげる。

そのベートは簀巻きにされたままわめいていた。

 

「おい離せよまだ終わってねえぞ!」

 

「アホ! もう終わりや! あとで説教したるさかい、覚悟しとれ!」

 

スレイとしてももう終わりにしたかった。奢ってくれるというならありがたくそうしてもらうことにして、豊穣の女主人を後にした。




なんのかかわりのないベルとヤーナムファミリアを絡ませるのって結構大変。

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