上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか   作:gulf0205

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我ら血によって人となり
人を超え また人を失う
知らぬ者よ かねてより血を恐れたまえ


ーーーーヤーナムファミリアに伝わる警句


プロローグ

「どうだ! この野郎! 誰がうだつの上がらないノロマだ!」

 

ダンジョンの四階層。

その片隅にある通路で口汚く罵る獣人族の男がいた。名前はハンクスという。

 

「どうなんだよええ!? 俺が強いんだ! お前より! 俺が! 俺が! 俺がつよいんだ!」

 

ハンクスが両手に持つのは巨大なハンマーだ。

だが普通のハンマーとは違って、その槌の内部には魔石を材料とした爆発機構が組み込まれており、槌の背面にある撃鉄を起こすことで殴打と同時に爆発を発生させる。

ハンマーの名前はその機能通り “爆発金槌” という。

ヤーナムファミリアの眷属が愛用する武器の一つであり、ハンクスもまたヤーナムファミリアの一員である。

そのハンクスが罵る複数の相手だが……まず一人は頭がなかった。“金槌” によって脳天から叩き潰され、胴体の上には粉砕された脳みそのなかに頭髪らしきものが見てとれる。

一人は爆弾が爆発したかのように胴体が吹き飛ばされていた。爆発金槌” の殴打と爆撃によって、腕や頭部が四散していた。肉がブスブスと黒く焦げ、白い煙が立ち上っている。

一人は臓腑をぶちまけていた。やはり爆破殴打を食らったのだろう、天井にへばりついた肉片からチタチタと血が滴り落ちている。

その三つの死体とハンクスは知り合いだった。

ハンクスはかつてはロキファミリアの一員だった。だがいつまでも中層から先へと進めないハンクスは笑われ続けた。アイズ・ヴァレンシュタインと比べられて笑われ続けた。

だからハンクスはヤーナムファミリアに改宗した。

力を求めて。さらなる高みを目指して。かつての同胞を見返そうとして。

 

しかしーー

 

「あは、あはぁはははははぁ!」

 

ハンクスは物言わぬ肉片と化した昔の仲間を執拗に殴る。殴る。殴る。殴り続ける。

そのたびに血や肉片が飛び散り、体を汚していく。その胸元にへばりついているのはヒュームの左耳か。

ハンクスのとろけて崩れた瞳にはもはや知性は感じられず、金槌を振り回す姿に正気はない。

 

「おれがつおいんだ! おえが! おえ! おえ! おげえアァアアア!」

 

みるみるとハンクスの体が内側から膨れ上がり、吠える口からは古い歯がこぼれ落ちて新たな牙へとぞろりと生え変わる。骨がゴキゴキと鳴り、骨格が変化。そしてーー

 

ぶしゃり

 

血を撒き散らして、ハンクスの体は内側から弾けた。

皮膚を突き破って現れたのは分厚い毛皮だ。体の膨張に耐え切れなかったベルトやブーツははち切れて、衣服は限界近くまで引き延ばされる。

猛獣のような体毛に全身が覆われたその姿は、誰がどう見てもモンスターだった。

当たり前だが獣人族にこのような芸当はできない。

ギルドや普通の冒険者たちならば彼のようなものをレイドモンスター、あるいはレアモンスターと呼ぶ。

だがしかし、ハンクスと同じヤーナムファミリアの者たちならば、いまのハンクスのことをこう呼ぶ。

 

血液より生まれたもの(ブラッドボーン)、と。

 

「遅かったか……」

 

そこへ、別の者が現れた。

ヤーナムファミリアの特徴である、血避けのためのコートと三角の帽子。口元を覆うマスクのような布。背格好やわずかに見える目元から判断して、ヒュームで二十代前半の男性だとわかる。

右手には牙が生えた鉈ーー獣肉断ちーーを持ち、左手には銃口が二つある散弾銃ーーダブルバレルーーを持っていた。

普通の冒険者たちは銃など使わない。なぜなら銃弾がなければ使えず、銃声によって別のモンスターを呼び寄せる危険があり、銃撃するごとに弾を込めなくてはならず、上層の弱いモンスターくらいしかまともに倒せない武器。

それが銃だからだ。

しかしヤーナムファミリアの者たちは当たり前のように銃を持つ。

なぜなら撃つ相手はモンスターだけではないからだ。

スレイ・レーヴェン。

それが彼の名前だ。

 

『グルルルルル……』

 

かつてハンクスだったものは、人ならざるうなり声を発した。本来の身長から二まわりほど大きくなった体躯で、スレイに向き直る。

そしてまだ生きている新鮮な肉の匂いを嗅ぎ取り、にぃっ、と口元を醜く歪める。

もはや “爆発金槌” の使い方もわからなくなったのだろう。ハンクスは右手に持っていた得物を手放すと、長く伸びた両手を地面につけてスレイへと向き直った。その立ち姿はまさしく獣と表現するしかない。

 

スレイはその醜悪な獣に対して、一切の怯えを見せなかった。

 

「……来い」

 

静かな口調のなかには哀れみを。しかしハンクスを見据える視線には殺意を込めて、獣肉断ちの留め具を解除し、ガチャリと重々しい音を立てて肩に背負った。

一見すると牙のついた鉈のようなこの武器だが、留め具を解除することで刃が複数に分裂。その分裂した刃をワイヤーがつなぎ、さながら鞭のようにしなるという特徴がある。

モンスターの体に牙が喰いこむように巻き付け、渾身の力をこめて引けば、全身の皮膚や筋肉を剥ぎ取ることができる。

扱うには相応の力と器用さが要求される、英雄には縁のない武器だ。

 

『ヴオオオオオオオオオオ!!』

 

吠えたハンクスはスレイに向かって突進する。

血走り、とろけた瞳には獲物しか見えていない。二日前まで会話をしていた相手の顔も名前も忘れてしまっている。

そのナイフのような鋭利な鉤爪を備えた両手を広げ、スレイに抱きつくように飛びかかった。

スレイは背後へと飛び退き、散弾銃の銃口を向けた。

ドン!

乾いた音が通路をこだまして、銃口から吐き出された大量の鉛の粒がハンクスの全身を捕らえる。

わずかにハンクスの動きが止まる。

銃の使い道などせいぜい怯ませる程度しかない。

裏を返せば怯ませ、一瞬だけ脚を止めさせる。そういう目的ならば銃はこれ以上ないほどに適している。

スレイは “獣肉断ち” をハンクスの太ももを狙って横へと薙いだ。

伸びた刃が、毒蛇のようにハンクスの脚を捕らえる。そしてスレイは即座に引いた。

ブチブチと、常人ならば身震いするような肉を引き裂く音を立てて、ハンクスの脚をそぎ落とす。皮膚が剥がれる。みずみずしく赤い筋肉があらわになって血が吹き出す。

 

『ヴウゥゥゥゥウ!』

 

ハンクスは悲鳴のようなうなり声をあげる。あんな姿になってもまだ痛みだけは感じるらしい。

スレイは血肉のこびりついた “獣肉断ち” を引き戻し、今度は首を狙って薙ぎ払う。

だがハンクスとてそう簡単にはやられない。迫り来る刃を、左手で受け止めたのだ。そして今度はハンクスが引っ張った。

血液より生まれたもの(ブラッドボーン)と化したハンクスの膂力は人間をはるかに凌ぐ。 “獣肉断ち” を手放さなかったスレイは簡単に引き寄せられた。

……否。

スレイは引き寄せられたのではなく、自分からハンクスの方へと引っ張られてやったのだ。

ハンクスは残る右手でスレイの喉をかき切ろうとするが、スレイの放った散弾によって目を潰される。

スレイはスレイで、散弾銃は銃弾を新たに装填しないと使えない。

 

『ヴオオオオオ!』

 

ハンクスは掴んでいた “獣肉断ち” を手放して顔を振った。

スレイはその引き寄せられた勢いのまま自身の得物を手放し、ハンクスの背後に立つ。

 

ビキキ……

 

スレイの右手が、今のハンクスの手と同じような獣のそれへと変化した。

その右手を、ハンクスの背後から心臓に叩き込んだ。

内臓攻撃<ビーストハンド>。

他者に致命傷を負わせ、自らの傷を大幅に癒すスキル。これはヤーナムファミリアの眷属だけに発現するスキルのうちの一つでもある。

 

『グオオアァアアアアァア!』

 

絶叫。

確かに心臓は潰した。肺もついでに引き裂いた。しかしハンクスはまだ死なない。

心臓が止まったとしても、それはあくまでも血液の循環が止まったにすぎない。

心臓を射抜かれた鹿が走り続け、そしてバタリと倒れる。それと同じことだ。生物は意外と即死しない。

だからトドメを刺す。

スレイはハンクスの体内を破壊し尽くした右腕を、傷口を抉るように、内臓という内臓を抉り出すように、乱暴に振り抜く。

醜悪な傷口を広げ、大量の返り血がスレイに降りかかる。

ハンクスは自らの臓腑の上でのたうちまわり、やがて動かなくなった。

血肉の渇望。狩りを達成した歓喜。

仄暗い悦びにスレイは身を震わせた。この快楽に溺れるとハンクスと同じように血液より生まれたもの(ブラッドボーン)へと成り果ててしまう。

そうとわかっていても、かつての仲間を殺したと理解していても、射精にも似た快楽を感じずにはいられない。

 

ーーかねてより血を恐れたまえ

 

ヤーナムファミリアの警句を頭に浮かべて、大きく息を吸い、吐く。気を静めなければ、やがてはスレイも血に溺れてしまう。

何度か深呼吸をして、熱くなった血を鎮めた。

そしてハンクスの死体に絡まった “獣肉断ち” を引き抜くと、それを振り回してこびりついた血肉を落とす。それでもまだ少しばかり残っているが、気にせず、地面に先端を叩きつけるようにして留め具をかけた。

これで普通の鉈として機能する。

それを腰のベルトにさげて、ハンクスの死体へと歩みよった。

目当ては首にかけている血濡れたドッグタグだ。

これはファミリアへの所属と冒険者登録をすませると渡される身分証でもある。ダンジョンで死亡したとしても、このタグがあれば身元が判明するし、ギルドに渡せば少しばかり謝礼がもらえる。

 

「おやすみハンクス」

 

言い残して、次は三人の死体からタグを外した。歪んでいたり黒く焦げていたりするが、刻まれた文字は判読できる。

ついでにこの三人組が集めたであろう魔石が詰まった袋と財布袋を抜き取った。彼らにはもう必要のないものだが、さすがにアクセサリーや武器はそのままにしておいた。

そういう身につけるものには少なからず愛着があったり、思い出の品として手元に置いておきたがるものがいるからだ。

わざわざ持ち帰ってやる義理はないが、奪えば後々でトラブルの原因になる。だから残しておくのだ。

最後にハンクスが使っていた “爆発金槌” を拾い上げてその場を立ち去った。

出口へとしばらく歩き、十字路に差し掛かったときだ。

 

「うわああああああああああああああああああああああああ!」

 

「……?」

 

通路の奥から絶叫して走ってくるトマト。いや兎? とにかく叫びながらこちらへと全力疾走してくるなにかに、スレイは脚をとめた。

少年だろう、たぶん。

スレイも人のことは言えないが、頭から血をかぶったように全身真っ赤に濡らした少年が疾走してきて、スレイと鉢合わせする。

 

「へっ?」

 

「……」

 

なぜか気まずい沈黙が訪れる。

 

「でっ、出たあああああああああああああああああああああ!」

 

血みどろのスレイをモンスターかなにかと勘違いしたのだろうか、その兎みたいな少年は出口へ再び疾走していった。

 

「……?」

 

その背中を見送りながらスレイは首をかしげて、まあいいかと歩き始めるのだった。









この作品はこういう話です。

気に入らないと思った方はお引き取りください。

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