ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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幕間2
断章 動き出す海軍


 1

 

 海軍本部。

 それはグランドラインにあるマリンフォードという島に存在していた。

 

 和を基調とした一室に勢揃いしたのは揃いも揃って海軍の実力者。元帥を始めとしてその下には大将、中将、少将が並び、海軍トップの者たちが会議に参加している。

 皆が見える位置に立って説明するのはブランニュー少佐。

 彼はサングラス越しに並み居る英雄たちを眺め、朗々と語っている。

 

 今この場で報告すべきは、つい最近イーストブルーで起こった事件についてだ。

 

 「イーストブルーに赴いていた監査役から報告が届いています。すでに皆さんもご存じの通り、先日の新聞に載った一面、“麦わらの一味”について調査していたらしく、イーストブルーの支部を監査する傍ら情報を集めていたようです。そちらをご報告しましょう」

 

 報告のため壁際に置かれた黒板に張られているのは数枚の手配書。

 それらに目をやり、ブランニューは細かに説明していく。

 

 「まずこのルフィという少年。一味の船長を務めるようで、アベレージ300万ベリーのイーストブルーにおける大物、1000万を超える海賊を次々撃破しています。“獅子閃光”エルドラゴ、1200万ベリー。道化のバギー、1500万ベリー。首領クリーク、1700万ベリー。そして現在のイーストブルー最高額、2000万ベリーのノコギリのアーロン。これらの海賊を単独で、しかも短期間の内に打ち負かしています」

 

 新たに作られた手配書、モンキー・D・ルフィは誰にも知られていない海賊の名。

 顔はあどけなさを残して、その名にはどうしても聞き覚えがあるものの、まだ若いのに凄まじい快進撃と言える。特に名のある海賊を次々倒した事実は無視できる物ではなかった。

 

 もしこれが本当ならば厄介な芽が出てきたことになる。

 続けてブランニューは別の手配書を指し示す。

 

 「彼をサポートした人物として名を上げられているのがこちらの副船長、“紙使い”キリ。すでに能力者であることは確認されており、紙を使うパラミシアであると。彼は頭脳労働に長けて船長ルフィを導き、さらに自身は海軍の軍艦を破壊することを得意としています。先にあった監査船の破損、第8支部艦隊の全滅、第16支部の軍艦を破壊し、大佐を捕まえた事件。記者を呼んで記事を書かせたのも彼の指示によるものだと報告されています」

 

 どちらも船出したばかりとは思えないほど大胆な行動を取っている。

 海賊を倒す船長に、海軍の軍艦を壊す副船長。

 むっつりと黙り込む将校たちは二枚の手配書に厳しい視線を向けていた。

 

 「さらにそれだけでなく、海軍内部の不正を堂々暴き、新聞記者に記事を書かせるという所業。これにより我々海軍の信用に少なからず影響が出たことでしょう。加えて、新聞の写真をご覧頂ければわかる通り、彼らはノコギリのアーロンと共に写っています。情報によれば彼らはアーロンの一味を傘下に加え、麦わらのマークを掲げさせているらしく」

 

 ううむと唸る声が聞こえた。頭を抱える人物が居る。

 海軍元帥、つまり海軍で最も高い地位に就く人物、仏のセンゴクであった。

 

 「まだ若いですがこれだけ話題性に長けた海賊を無視することはできません。すでに新聞によって先んじて世界中に存在が知れ渡っています。そこで、麦わらのルフィに3000万ベリー、紙使いキリに2000万ベリーの懸賞金をかけると共に、ノコギリのアーロンを3000万ベリーに引き上げます。初頭手配で3000万は世界的に見ても異例の破格ですが、これでも決して低くないと思っています。こういう若い芽を早めに摘んで、ゆくゆくの拡大を防がねば」

 

 手配書を叩く音が聞こえた時、センゴクは俯いて、何やら苦悩する表情となっていた。

 頭の中には古い付き合いになる友の言葉が残っている。孫が海賊になった。そいつを連れ戻すために戻るのが遅れる、そう言ってまだ帰ってきていない。

 

 重々しく溜息をつく。

 やはり彼はトラブルメーカー。よくも厄介な問題ばかり生み出せるものだ。

 

 (エースの件といい、今回の孫といい、ガープの身内はどいつもこいつも話題性に欠かん。奴め、おれに黙って鍛えていたな。でなければここまで急成長を遂げるはずがない)

 

 嫌な予感がする。この感覚は前にもあったと思い出していた。

 あれは確か、友が世話をしていた子供が海に出て、海賊として名を上げ始めた頃のこと。瞬く間に世界中の海に名前を売り、七武海への勧誘を蹴って、今となってはその名を知らぬ者が居ないほどの大物に成り上がった稀代のルーキー。

 そして今や誰も手を出せない皇帝の息子となっている青年が今もグランドラインに存在する。

 

 彼が急成長を遂げていた時期、同じような胸騒ぎがした。

 嫌な予感がして仕方ない。

 まるでノイローゼにでもなりそうで、センゴクは再び低く唸る。

 

 (ガープの血縁か。何事もなければいいが……それにガープの孫を補佐する男は誰だ。新聞を使って海軍の名を落とし、自分たちの名を売るとは考える。すでに世界中に名前が知れたはず。あれも見逃していいものではなさそうだ)

 

 頭が痛くなってくる。

 そんなセンゴクの様子にブランニューが思わず声をかけ、会議が一時中断した。

 

 「センゴク元帥? どうかなさいましたか」

 「いや、なんでもない。続けてくれ」

 「はっ。彼らはイーストブルーで名を上げた者たちですが、ほぼ同じ時期に他の海でも急速に名を上げている海賊たちが居ます。続いては彼らについての報告を――」

 

 会議に戻ってブランニューが次の報告を始める。名を上げる海賊は他にも居るようだ。

 センゴクはその間、じっと一枚の手配書を見つめていた。

 

 (あの髪の色、気になる……だが、まさかな)

 

 嫌な予感がするのは果たして、友の孫が海賊になったからか。それ以外の要因もあるのか。

 今度はバレないよう、センゴクは苦労を感じて溜息をつく。

 

 

 

 

 2

 

 先日配られた新聞を読み、今朝出されたばかりの手配書を眺める。

 どちらも話題性には事欠かず、巷はすっかり注目して話題に上がることも少なくない。

 ここの所イーストブルーでは麦わらのルフィの話で持ちきりだった。

 

 初頭手配から3000万の懸賞金をかけられ、若くして傘下の海賊団を持ち、しかもそれがイーストブルー最高額だと語られていたノコギリのアーロン。

 これほど面白い話はそう見つからない。

 ただし当然、それを面白いと思わない人間も居る。

 

 とある海軍支部。

 病室でベッドの上に居るボガードの傍ら、ガープは厳しい表情になっていた。

 

 「う~む……」

 「これではっきりしたでしょう。我々との交戦は漏れていないようですが、海軍に手を出し、海賊として名を上げようとしたのは明白。すでに手配書も出ました。彼を連れ戻して海兵にするのは、とてもではありませんが不可能です。特にセンゴク元帥は何を言うか」

 「おのれルフィめ、なぜそこまで嫌がる。あの頑固さは一体誰に似たんじゃ」

 「あなたですよ。私にはそれ以外考えられません」

 

 胸に腕を突っ込まれ、風穴を開けられたはずのボガードはすでに平気な顔で話している。どう考えても再起不能な傷だったはずだが、回復は着実に進んでいた。

 とんでもない回復力である。今や自分の足で歩くことさえ問題ではない。

 

 彼はベッドに座り、服だけは怪我人らしく身軽な物に替えているが帽子は目深にかぶったまま、納得いかない様子で唸るガープに厳しい視線を向けていた。

 

 「海軍第16支部の軍艦の破壊に、ネズミ大佐を捕まえて傷だらけにした挙句、彼が海賊と繋がっていたことを大々的に報じさせたんです。これは海軍への宣戦布告と取っていい。事実彼らは我々の船の旗を焼いた訳ですし、これが知れれば元帥だけでなくその上も黙っていませんよ」

 「むぅ、流石に説得は難しいか。わしの孫だからって言ってもダメか?」

 「ダメです。通用しません」

 「くぅぅ、やはり憎きは赤髪。奴が誑かしたせいで……!」

 「本部に戻りましょう。これ以上はどうしようもありません」

 

 ボガードが進言してやっと納得したらしい。

 新聞を置いて肩を落としたガープはぽつりと呟いた。

 

 「仕方ないのう……手配書が出てしまってはどうしようもできん。あれもいっぱしの海賊か」

 「ええ、その通りです。心配する気持ちはわかりますが、あとは祈るしかできません」

 「立派な海兵になっていれば、落とさずに済んだ命もあるというのに」

 

 寂しげに呟く声を聞き、ボガードはわずかに俯く。

 理解はしている。彼はただ心から孫を心配しているだけだ。先に海へ出た兄が爆発的なスピードで名を上げていき、今やもう戻れなくなった。もしも世界に真実が知れてしまった時、世界はきっと彼を許さない。それを恐れているに違いない。

 弱気なガープの姿を見て、同情しないほど短い付き合いではなかった。

 

 せめて血の繋がった孫だけは。そう思っていたことだろう。

 しかし理想は現実とはならなかった。もう起こってしまった以上、今からでは手立てがない。

 諦めるしかないだろう。彼とはすでに道を違えた。

 

 しんみりした空気になって少し言葉が止まる。

 ちょうどそんな空気を破るように扉がノックされ、失礼しますの一声と共に扉が開けられた。

 

 現れたのは同じ部隊のコビーとヘルメッポだ。

 彼らも怪我をしていたがすっかり治って、しかしガープとの特訓でまた別の怪我を負っている。包帯や絆創膏は至る所にあってひどい外見だった。

 

 「失礼します。ガープ中将、何か用があると聞きました」

 「おぉ来たか。二人ともこれ見ろ、わしの孫。初頭手配で3000万ベリーになりおった。凄いじゃろ? 流石我が孫、やりおるわい!」

 「え――?」

 「ガープ中将、あなた落ち込んでいたのではないんですか」

 

 妙に明るく元気な声が聞こえてきたと思えば、彼ら二人に振り返ったガープは笑顔で上機嫌に言っていたようだ。落ち込むどころか自慢するような声色に聞こえる。

 ボガードは呆れて叱りつける声を出すも、ガープは意に介さず。

 手配書を見せられた二人は驚愕し、次に慌て出すとその手配書を受け取って見始めた。

 

 「うえぇぇえっ!? ル、ルフィさんが賞金首に!? しかも3000万!?」

 「おいマジかよっ、イーストブルーは300万が平均だぞ! ほらみろ、やっぱりあの新聞がそうなんだって! しかしいきなりそんな高額か!?」

 「ぶわっはっは! 流石我が孫、よくやった!」

 「中将、あなたという人は……」

 

 コビーとヘルメッポは手配書を眺め、興奮した面持ちで声を大きくする。

 その様子にガープは胸を張ってどこか誇らしげだった。

 従ってボガードは恨めしい声で呟いて、海賊を褒める海兵に溜息をついてしまう。

 

 病室が少し騒がしくなった頃。

 再びノックする音が聞こえ、扉が開いて別の人間が入って来た。

 

 短髪の女性である。メガネをかけて刀を持っていた。

 彼女を見つけるや否や、ガープは二人から手配書を受け取り、見せながら嬉しそうに教える。その仕草に再びボガードの声が厳しくなるも、まるで聞こうとしていない。

 

 「失礼します。あの――」

 「おぉ曹長。確かたしぎという名前じゃったな。これ見てくれ、わしの孫。初頭手配で3000万ベリー。どうじゃ、中々のもんじゃろ?」

 「は、はい? ガープ中将のお孫さんが、海賊……?」

 「君、気にしないように。中将、それはほいほい教えていいものではありません」

 「なんじゃい、事実じゃろ。むしろ隠すほどのことか」

 「隠すほどのことです。海兵の身内が海賊だなんて、あなたじゃなければ大問題です。ただでさえモーガンを逃がしてしまったのに、英雄と呼ばれていなければ軍法会議ものですよ」

 「ぶわっはっはっは! むしろわしは軍法会議にかけられるつもりで動いとるわい。いつまで過去に拘っとるんじゃ。わしを裁けもせん海軍ではあまりに頼りない。とっとと捕まえるでも追放するでもできんようではいつまで経っても新しい力が育たんぞ。なぁボガード」

 「やれやれ……」

 

 なんだか知らないが盛り上がっているらしく、眼鏡の女性はぽかんと立ち尽くす。

 しかし用件を思い出し、慌ててガープへ話しかけた。

 

 会うのは初めて。海軍の英雄を前に緊張する気持ちがある。

 ただ予想以上に柔らかい態度で、部下に気を使わせない人格はむしろ尊敬に値するものだと思っていた。それもボガードに言わせれば遠くから見ているから、と語られるのであるが。

 

 「あの、ガープ中将。本部から通信が入っています」

 「え~? どうせセンゴクの奴じゃろ。面倒じゃな、すぐ帰るから安心しろと言っといてくれ」

 「そ、そういう訳には。必ず応答させろと言われていますし」

 「ちっ、バレとるか」

 「早く行ってください。明日、出航しますと」

 「おまえは大丈夫か?」

 「ええ、歩くくらいはできます。それでも流石に今回は深手を負いましたが……」

 「仕方ないのう。んじゃちょっくらしゃべってくるか」

 

 ガープは女性に連れられて病室を出ていき、驚くコビーとヘルメッポが残される。

 あまりにマイペースな姿には振り回されてばかり。彼ら二人も思い知っているところだ。

 これを長年経験しているボガードは頭を抱え、さらに深く帽子をかぶってしまった。

 

 

 

 

 3

 

 広げた新聞の一面を目にして、ふふふと含むような笑い声。

 ひどく上機嫌だったウェンディに対し、副官は小さく嘆息した。

 決して喜んでいい記事ではないだろうに。それを喜んでしまう彼女は厄介な人物だった。

 

 「やるわね、あの子たち。してやられちゃった」

 「それを喜ぶのはどうかと思います」

 「喜んでないわよ。これでもショック受けてるんだから」

 「とてもそうは見えませんが」

 「ふふっ。わざわざ自分から記者を呼んで書かせるなんて。そりゃ名前も売れる訳だわ。考えついたとしてもよく実行したものよね」

 「やはり喜んでいるように見えます」

 

 ここ最近でも一番にこにこしている。

 近くで見ているからこそ理解できるため、副官は再び溜息を抑えられなかった。

 

 「ここのところ目に余りますよ。彼に執着していることに加えて、つい先日はあなたの家族がガープ中将の船を大破させたようですし。どれだけご迷惑をおかけしたか」

 「ガープ中将だって似たような物よ。自分の孫のために走り回ってたんだし」

 「それにしたってボガード少将を蹴り飛ばしたのは目を瞑れません。彼は味方です」

 「だってシャオは私の言うことも聞いてくれないんだもん。おじいちゃんが躾したんだから責任の取り様だってないわ。あの子に直接言ってくれないかしら。もしくはおじいちゃんに」

 「あなたの家族でしょう」

 「そうだけど、言うことは聞かないし」

 「ハァ……まったくもう。なぜ海軍にはこうも問題児が居ますか」

 

 頭を抱えてしまう副官に目をやり、新聞をテーブルに置いた彼女は微笑む。

 

 「これくらいならまだマシよ、不正を働く海兵に比べればね。ねぇ大佐殿?」

 

 彼女が目線を向けた先、テーブルの向こう側に顔面蒼白になったネズミが座らされている。

 本部の監査役に目を付けられた以上、もう言い逃れはできない。

 もう終わりだ。

 気付いた時には自分で判断していたらしく、ガタガタ震える彼はぐうの音も出なかった様子。

 

 「今まで散々甘い汁を吸ってそのツケが回ってきたわね。これだけ大々的に報道されちゃったんじゃもう元通りにはならないわ。あなたも下手打ったものね」

 「わ、私は、その……」

 「と言っても前々から報告は受けていたから、いずれは私たちが調べるはずだった。先を越されちゃったわね……なんだか手柄も彼らの物みたいだもん」

 「みたい、ではなく事実そうなんです、大佐。あなたが寄り道するからですよ」

 「む、今日は妙に厳しいわね。怒ってる?」

 「当たり前です」

 

 目の前では和やかに話されるものの、ネズミにとっては生きた心地がしない。

 破滅だ。その言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 実際、やさしく微笑むウェンディはそのつもりで眼前に座っていた。

 

 「まぁとにかく、言い訳なら全部聞いてあげるわ。こっちはもう調べもついてるし、村人の声も集め終わったところだから。当然嘘をつけばバレるからよぉく考えてしゃべってみて」

 

 口元は笑っているが目は鋭い眼光を持っている。

 これが彼女を監査役たらしめる証明。若くして今の地位に就いているのは決してコネではない。それは彼女自身の過去の功績が何よりも物語っていた。

 

 海軍内部で不正を働き、彼女に、或いは彼女の一族に隠し通せた試しはない。

 ウェンディは楽しげに呟いていた。

 

 「ま、どうせ逃がす気はないけど。お姉さんがしっかり搾り取ってあげるわ」

 

 またしても顔色を真っ青にして、精神の限界か、ネズミはがくりと気絶してしまった。

 


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