ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Believe

 ココヤシ村の近くにある岸辺に集まり、村人は妙にざわついていた。

 村の傍にゴーイングメリー号が移動させられていて、荷物を積み込み終え、今は出航の時を待っている最中。しばらく経っても動き出さないのはまだクルーが揃っていないからだ。

 

 ナミが来ていない。ベルメールへ挨拶に行った後しばらく姿を見せておらず、ゲンゾウとノジコが一足先に見送りのため到着しているのに、彼女だけがまだ現れない。

 村人たちはどことなく心配そうにもしていて、不安も窺える。

 まさか来ないつもりなのか。

 いつしかそう語る声も少なくなくて、囁き声での会話も多くなっていた。

 

 「ナミはどうしたんだ? もう準備は整ってるんだろう」

 「すいぶん待ってるぞ。まさか来ない気なんじゃ……」

 「まさか。彼らはナミを助けたんだぞ。今更嫌うはずもないだろうし」

 「一体ナミはどこへ行ったんだ」

 

 どことなく不穏な空気が漂っているようにも感じられ、村人たちの喧騒は大きくなっていく。

 あまりに到着が遅く、ゲンゾウやノジコまで表情を変えていたようだ。

 

 一方、メリー号の上ではさほど緊張感がある様子ではない。

 ナミは来ると信じている。そのためか、きっと用事があるのだろうと考えているらしく、取り乱す者は皆無でのんきに会話を続けていた。ただしその中でもウソップだけは動揺しており、ナミが来ないこととは別の心配事を抱えているらしい。

 

 これからの航海にはアーロン一味が同行する。だが彼らが裏切らないとは限らない訳で、むしろいつ海中から襲ってくるかわかった物ではない。航海の途中は特に危険だ。

 それを心配する彼は仲間たちを見回すものの大して相手もされず。

 気楽に笑うキリに受け流されてばかりだ。

 

 「あいつらほんとに大丈夫かなぁ。魚人ってのは水中で呼吸できるんだろ? 航海してる途中にいきなり襲われたらおれたちにはどうしようもないぞ。やっぱり危険だって」

 「そうならないようにプレッシャーかけといたよ。陸でルフィに勝てない限り魚人族が最も優れた種族だとは証明できないって。だから大丈夫じゃないかな」

 「んなこと言ったって相手も海賊だぞ。無視して襲ってくる可能性もある訳だしさぁ」

 「その時は対処のしようがないね」

 「えぇっ!? た、対策は!」

 「してない。だって泳げないし」

 「それ用の装備は!」

 「思い付きもしなかった」

 「機雷とかなんとかあるだろ! この村で手に入るかは知らねぇけど!」

 「あぁ、そういうのもいいね。でも今からじゃもう遅いよ」

 

 慌てるウソップの声をさらりと受け流し、キリは肩を揺らして笑っている。周りを見ても特別警戒しているクルーなど居ない。心配しているのはウソップだけだ。

 ますます不安が募ってきて、ネガティブな彼はついに挙動不審になってしまっていた。

 辺りをきょろきょろ見回していつ来るとも知れない襲撃を警戒し始める。

 

 アーロン一味の船は先に沖へ出て足を止め、今はメリー号から見える位置に停まっていた。

 後で合流してしばらくは共に行動する。少なくともグランドラインに入るまでは別行動はないらしい。考えたのはキリで、決定したのはルフィだ。アーロンは聞かされるだけになる。

 その船を見つめて、ウソップは足を震わせながら呟いた。

 

 「おいおいほんとに大丈夫なんだろうな。この後どうなっても知らねぇぞ」

 「その時はウソップに頼るよ。幹部も倒せるんだからどうにかできるって、絶対」

 「な、ななな、舐めんじゃねぇぞキリ! 自慢じゃねぇがおれはすごく弱いんだ! 援護じゃないと活躍できねぇ自信がある! だからもうサシで戦うのなんて無理だ!」

 「そうなの? せっかく勇ましかったのに」

 「何回もあんなことできるかよ! おれはあくまで語り部なんだ、生きなきゃならねぇんだ!」

 

 妙な自信で怖いと言って、仕方ないとキリが肩をすくめる。

 おそらく当面の心配はないだろう。それを言っても落ち着かないのだから怖がるのはどうしようもない。従って話を受け流しただけで解決策らしい物は何も提示されなかった。

 

 その後もウソップは不安を口にするものの軽く聞き流し、キリもまた船の後部へ近付いて並び立つ村人を眺める。その中にはヨサクとジョニーも居た。

 彼らとはここでお別れだ。短い間だったが共に航海して世話になった。

 傍に居るルフィやサンジ、シルクと共に別れを済ませる。

 

 「兄貴たち、おれたちゃここまでだ。あんた方について行きてぇって気持ちはあるが、おれたちじゃきっと役には立てねぇ。気持ちはあっても足手まといにゃなりたくねぇんだ」

 「せめてこのイーストブルーからあんた方の活躍を願ってやす。ただ、忘れないでください。たとえここで別れたとしてもおれたちゃあんた方の一の子分だ」

 「ありがとう二人とも。色々お世話になったよ」

 「寂しくなるなぁ。でもまた会おう」

 「一生会えない訳じゃないよ。またね」

 「はいっ!」

 

 笑顔で言うシルクのやさしさには涙が禁じ得ず、二人は声を揃え、同じ瞬間に泣き出した。

 別れは辛い。だが再会する時を思えばどこか楽しみにも思えた。

 

 仲間たちの傍には居なかったが、ゾロもふと彼らに声をかけた。

 一味の中では最も長い時間を共に過ごした。しばし会えなくなることもあり、子分だと思っていた訳ではないが、近しい友に対する言葉を送る。

 

 「何をするのかはおまえらの勝手だが、どうせまた会うんだ。鍛錬は怠るなよ。次に会った時は大剣豪だぞ。せめて一太刀くらいは浴びせられるようになっとけ」

 「もちろんでさぁ兄貴!」

 「たとえどこで何をしようと! おれたちが剣を捨てることはねぇ!」

 「へっ。んなこたぁ知ってるよ。達者でな」

 「アニギィィッ!」

 「絶対大剣豪になってくれよ! そんでまた会いましょォォォ!」

 

 泣きじゃくる彼らに笑みを見せ、彼らしくない屈託のない笑みが印象に残った。

 ヨサクとジョニーはおいおい泣く。

 仲間たちも別れを惜しみつつ、遠い未来での彼らとの再会を誓った。

 

 村にはまだナミが現れずに船が停まったまま。

 心配していなくとも気にはなってサンジが呟く。

 

 「しかしナミさん遅いな。生活のための荷物は積み込んだんだろ。みかん畑の一部も船に移してるし、あとなんか足りねぇもんでもあったか?」

 「別にいいさ。急ぐ旅でもねぇし」

 「もし何か運ぶならおれが手伝って差し上げてぇって話だよ。シルクちゃん、何か聞いてる?」

 「ううん。必要な物は揃ってるはずだけど」

 

 まだナミは現れず、村人たちのざわめきも大きくなる。

 その中には不服を唱える声もあった。

 

 ナミが八年間で集めた約一億ベリーにもなる大金。それを村に置いていくのだという話を聞いたからだろう。どんな事情があって集めたであれ、あれはナミが死の物狂いで集めた金だ。村を守った上に金まで恵んでもらうというのは村人たちにとっても至れり尽くせりで申し訳ない。

 本人がいつまで経っても現れないため、不服の声は自然とノジコに向けられていた。

 

 「ノジコ、ナミが金を置いていくのは本当なのか?」

 「あれはあの子の物だろう。いくらなんでも我々が使うっていうのは――」

 「それなら散々あたしらが言った。でも聞かないんだもん。今更止めたって無駄よ、どうせベルメールさんが言ったって置いていくに決まってるんだから」

 

 後ろから声をかけられたことでノジコが振り返り、答えた時だった。ちょうどその時に通りの向こうにナミの姿が見えるようになる。

 ノジコは微笑み、みんなに教えてやろうとする。

 しかし、ナミはなぜか俯いたまま鋭い声を出し、妙な態度で緊迫した空気を纏っていた。

 

 「船を出して!」

 「来た、ナミさんっ」

 「でもなんか変だな、あいつ。船出せって」

 

 ナミは走り出した。見送りに来た村人たちと向き合わず、一直線に船を目指す。

 奇妙な動きと決断だったが、ルフィはすぐに仲間たちに振り返った。

 

 「船出すぞ。なんか考えてるみてぇだし」

 「あいあい船長。みんな急いで船出すよ」

 「いいのか、こんな別れ方させちまって」

 「別れ方くらいあいつが決めるさ。おれたちには何も言えねぇよ」

 

 村人が驚愕の声を上げ、止めようとする間にメリー号は動き出してしまう。

 ナミはやはり止まらなくて、村人たちの間を走り抜けていた。

 その姿にゲンゾウは焦りを募らせる。

 

 「あいつ、まさか我々に礼も言わせず、別れも告げさせずに行ってしまうつもりかっ!?」

 

 皆も同じことを思っていただろう。慌てて彼女を止めようとする。だが滑らかな動きと素早いスピードで捕まえられずに、軽やかに傍を通り抜けてしまっていた。

 

 「待ってくれナミ! おれたちまだ言いたいことがあるんだ!」

 「ナッちゃん、止まってくれ! せめて一言だけでも!」

 「こんな寂しい別れ方ないだろ!?」

 「ナミィ!」

 

 必死に声をかけ、手を伸ばすが聞き入れられることはなく。

 桟橋まで辿り着いて跳んだ。

 

 離れていくナミの背に手が伸ばされ、届く者はおらず、悲嘆に暮れる者がいる。こんな別れ際はあんまりではないか。彼女への愛があるだけに寂しさが胸を打った。

 

 海に落ちる事無く出航したメリー号に着地。直後、なぜかTシャツの裾を持ち上げる。

 背を向けたまま、肌を見せるような挙動だった。

 訳も分からず見つめていれば、服の中から大量に財布が落ちてくる。少し距離はあっても見間違うはずもない。村人たちが携帯していた物が船上で姿を現したのだ。

 

 「あ、あれ!? ない! おれの財布がないぞ!」

 「おれもだ!」

 「わしのも!」

 「私も!」

 「おれのも!」

 

 不審に思った村人が自身の体に手を伸ばした。ズボンのポケット、鞄の中、ジャケットの内側、財布を入れていた場所を探し出すものの目当ての物は見つからない。

 まさかと思って、船に目を向ける。

 ナミは服から手を離し、気付けば指先に紙幣を一枚挟んでいて、ゆっくり振り返った。

 

 いつか見たはずの、心からの笑顔。ただし今は悪戯っぽい様相を持っていて。

 してやったりで笑う彼女はようやく皆に別れを告げた。

 

 「みんな元気でね♡」

 「やっ……!?」

 

 やられてしまった。そう言えば幼少期の彼女は知らぬ者はないほど悪ガキだった。

 村人は声を揃えて大声で叫ぶ。

 

 「やりやがったあのガキャーッ!!!」

 

 心配などして損した。何も変わっていなかったのではないか。

 村人は過去そうしたように、またナミへ怒りの声を向ける。親が子を叱るような、怒りを見せるようで愛情が感じられ、いくつもの声がかけられた。それどころか次第に財布を盗まれた怒りすら感じさせず、またいつでも帰って来いと叫ぶ者ばかりになっていく。

 

 それを聞きながら仲間たちは呆れと共に嘆息する。

 ずいぶんな別れ際だ。海賊らしくて非常にいい。

 

 「おい、こいつ何も変わってねぇぞ」

 「またいつ裏切ることか……」

 「ナミさんグーッ」

 「だっはっはっは!」

 「いい感じだね。最高に盛り上がった」

 「あ、あはは。仲が良い証拠だよね。うん、よかった」

 

 村人の温かい声を受けながら遠ざかり、しかしその声はいつまでも届き。

 

 「いつでも帰って来い泥棒ネコめェ!」

 「元気でやれよ!」

 「風邪ひくんじゃねぇぞコラァ!」

 「おまえら感謝してるぞーッ!」

 

 いくつもの声に背を押され、不思議と力が溢れるようで。

 

 「小僧! 色々すまなかった! ……ナミを頼むぞ!!」

 「おう!」

 

 深呼吸した後、ナミは皆に向けて、最高の笑顔を見せた。

 

 「じゃあねみんな! 行ってくる!!!」

 

 大きく手を振って皆の声に応えながら、メリー号は静かに村を離れていった。

 その後になって多くの者が予想外の行動にへたり込む。

 まだナミに声をかける人間も居る一方で、先頭に居たノジコが苦笑しながら呟く。

 

 「やられた。わが妹ながらやってくれるわ。まったくあの子は、楽しそうに笑っちゃって……楽しくやれよっ」

 

 少し前に見た表情の陰りなど微塵も感じさせない。ただ幸せそうで楽しそうだった。

 彼女もまた妹へ大きく手を振り、その出航を快く見送る。

 

 ゲンゾウも同じく呆れながら座り込んでいた。

 不思議と昔を思い出す。

 あの頃も今のようにナミを叱ってばかりいた。それも愛情があって彼女のためを想えばこそだが、しばらくあの子を叱りつけるようなことも無くなっていたと思い出す。

 今やあの子を叱るのは自分くらいのもの。次に会った時、また叱ってやらねばと密かに決めた。

 

 「まったく、悪ガキぶりは変わらずか……これでは先が思いやられるが」

 「ほれ、ゲンゾウ」

 「ん?」

 「おまえまだこれを見ておらんかったじゃろ」

 

 隣に座っていたナコーが小さな紙切れをゲンゾウへ渡す。

 それには見たことも無いマークが記されていた。

 あいにく覚えはない。不思議そうに首をかしげているとナコーが説明を始める。

 

 「アーロンのマークを消して、新しい刺青を入れていきよった。あの子が考えた物じゃよ」

 「ほう……一体何のマークだ?」

 「わからんか? みかんと、風車だと」

 

 呆気に取られ、直後には微笑む。

 ゲンゾウはその紙を大事そうに持ち、遠ざかっていくメリー号に目を向けた。

 

 「あれ? そういえばゲンさん、風車どうしたの? 落としちゃった?」

 「フフッ、いや。もう必要あるまい」

 

 彼の帽子からは風を受けて回る風車が消えている。

 今はもう、ベルメールの墓の前で風を受け、共にメリー号を見送っている。

 

 元々は赤ん坊だったナミに気に入られたい一心で身に着けた物だった。顔が怖いせいか懐いてくれず、笑顔を見ようと近付けば泣かれてばかりで、そこで思いついたのが帽子に風車を挿す方法。周囲の者には呆れられたが赤ん坊だったナミだけは笑ってくれた。

 

 今はもう必要ない。そんな物が無くても彼女は心から笑える。

 きっとその笑顔を失うことは無いのだろう。今、彼女の傍には心から信頼する仲間が居た。

 

 彼らもまた晴れ晴れとした気持ちで船を見送って、小さな海賊船は海の果てを目指す。

 

 

 *

 

 

 「急げ急げっ」

 「合流はもうすぐなんだからね。あんたたち急ぎなさいよ」

 「あ~いナミさんっ! おらマリモ、さっさと運べ。ナミさんとシルクちゃんを働かせるんじゃねぇよ。ほんっとにてめぇは気の利かねぇ」

 「今やってんだろうが! いちいちうるせぇぞグル眉!」

 「二人ともケンカしないの。それと、キリはサボらない」

 「サボってはないよ。ほら、傀儡で手伝ってるし」

 「いやぁ~キリの能力は便利ですなぁ。おれもそういうの欲しいなー」

 

 アーロン一味との合流を前に、ゴーイングメリー号の甲板は騒がしかった。

 七人全員で協力してテーブルや椅子を運び、酒樽を運んで、サンジとゾロはキッチンを行ったり来たりして皿に乗せられた料理を運んでいる。

 どたどたと慌ただしく、それでいて楽しそうな光景。

 何かの準備を行っているようだった。

 

 決して善意で話を持ち掛けた訳ではなくて、ナミにとっては因縁があり、生涯かかっても許せないだろう大敵。それでもこれからは互いに利用し合い、この先の海を航海しなければならない。

 言わばこれは決意の一つで、海賊として生きていく覚悟の証明。

 言い出したのはナミだ。最も彼らに遺恨がある彼女の提案で行動が始まっていた。

 

 アーロン一味の船にメリー号が近付く。

 それに気付いて彼らの船も動き始め、襲撃はなく、肩を並べて進み始めた。

 

 その後でルフィが隣を走る船へ声をかけ、アーロンの名を大声で呼んだ。

 

 「おーいアーロン! おまえらも早く準備しろ! ジョッキと酒樽持って来い!」

 「ニュ? 準備? アーロンさん、何か言ってるぜ」

 「宴だァ! 急げ急げェ!」

 

 拳を突き上げて楽しそうにルフィが言い、腕を組んで動かないアーロンは忌々しそうにしていた。命令を聞く気はない、と態度と表情が告げている。

 そうだろうとは想像していた。

 仕方なくはっちゃんが周囲の仲間へ声をかけ、準備を始めようとする。

 

 「おまえら聞いたか? 宴やるんだってよ、準備するぞ」

 「おいハチ! てめぇ人間どもの命令なんぞ聞くつもりか!」

 「でもよアーロンさん、ありゃ命令じゃねぇよ。おれたちを許して仲良くしようって言ってくれてんだ。いつまでも意地張ってねぇでさ――」

 「誰が意地なんぞ張ってやがる! おれァ認めねぇぞ、あんな奴ら……! もういい、騒ぎてぇ奴は勝手にやってろ!」

 

 そう言ってアーロンは船室へ消えてしまった。

 残った者たちはどうしていいかわからないという顔をしており、まずい空気だと感じたはっちゃんがやはり指示して、この空気を変えるためにも酒を飲もうと提案する。

 

 「ニュ~、酒を酌み交わせば少しは考えが変わるかもしれねぇ。アーロンさんには申し訳ねぇけど試さないのはだめだ。みんな、こっちも準備しようぜ」

 

 はっちゃんが言ったことで、彼の人柄か、渋々動き出す者は多い。

 彼らもまた与えられた酒樽を甲板へ運び出し、ジョッキを手にして中身を注いだ。

 

 二隻の船は前へ進み続けながら準備をする。

 そう時間もかけず、やがて全ての準備が整い、いよいよという時が来た。

 隣同士に船が並んで、アーロン一味の船には二つの旗。鮫を模した自身のそれと、麦わら帽子をかぶるドクロ。肩を並べる理由はある。

 

 船のサイズは違ってメリー号の方が小さい。

 ただ乗組員が欄干へ寄っているためよく顔が見えた。麦わらの一味には笑顔があり、アーロン一味には戸惑いと迷いが表れている。

 

 いよいよ宴を始めようという瞬間が来る。

 ウソップが危なげなく欄干へ飛び乗り、口上を始めた。

 その隣にはルフィが並んで、最も大事な瞬間を受け取るべく、わくわくしている。

 

 「え~、コホン。それでは、麦わらの一味に改めて我らが航海士ナミが加わったことと、色々複雑な事情はございますが、決して雪解けということでもありませんが、アーロン一味が傘下に入ったことを祝しまして、ささやかとはいえ、我々だけの宴を始めたいと思います」

 

 歌うように朗々とウソップが語り、ルフィに手を差し出して続きを促す。

 

 「それではルフィ船長、ご挨拶を」

 「おし」

 

 ルフィは右手にジョッキを持って話し出した。

 まだ仲間とも言えない関係の魚人たちをぐるりと見回し、細かいことは忘れる。

 

 「おまえら、色々あったしおれはまだ好きになれねぇけど、海賊の宴に好き嫌いはなしだ。今は人間も魚人も関係なくメシ食って酒飲んでとにかく騒げ!」

 

 その一言を聞いて魚人たちは驚いた。

 なぜか彼らは予想外の言葉を聞いたとばかりに表情を変え、思わず敵意を消してしまう者も少なからず存在しており、時を忘れてじっとルフィを見つめる。

 

 ルフィは我慢できないといった笑顔で体を縮め、飛び出すように叫んだ。

 

 「細けぇことは無視して今は宴だ! かんぱーいっ!!」

 

 続いて麦わらの一味も揃って叫び、互いにジョッキをぶつける。遅れて数秒、慌てて魚人たちもジョッキをぶつけて、傾けて中身を飲み始めた。

 

 それからはすぐに大騒ぎである。

 ルフィやキリやウソップは彼らの船に乗り込んでジョッキをぶつけて回り、何度となく乾杯して戸惑っている彼らをその気にさせようと促した。酒の場とあってはそれを拒む訳にもいかず、魚人たちも戸惑いつつジョッキを合わせ、徐々に空気が変わってくる様子。

 酒を手にして細かいことなど言っていられない。

 いつしかそう考えるようになったらしく、彼らも次第に大騒ぎに参加していった。

 

 そうなれば壁が無くなるのはすぐのこと。

 共に酒を飲み、サンジの料理に舌鼓を打ち、特に意味がある訳でもないが気分が良くなって大笑いすれば、それだけで海賊の仲間入り。気まずい空気など忘れてしまった。

 

 今は細かいことなどどうでもいい。

 ただ食って飲んで騒いで、海賊らしく振舞うのが自分たちの海賊らしさだ。

 

 二隻の船は大きな笑い声がいくつも重なり、後先を考えない笑顔に包まれる。

 ナミもまた、その中で心から笑っていた。

 

 ルフィに手を引かれ、シルクのやさしさに癒され、キリの頭脳に感謝し、ゾロの覚悟で守られ、ウソップの明るさに元気付けられ、サンジのいやらしさで空気が和んだ。

 彼らと一緒に居れば魚人だって怖くない。

 今日からは仲間が居るからアーロンの前でだって笑えるのだ。

 

 鬱屈とした感情など笑い飛ばしてやればいい。彼らの生き様がそれを物語っている。

 人間と魚人。違う種族だが同じ釜の飯を食ったら大した違いなどない。どちらも世界に生きる一匹の生物で、どこまで続くかわからない大海原に比べれば非常に小さな物だ。

 彼らはただ笑い、今この時を大いに楽しんだ。

 海賊たちだけで行う宴は、晴れた空の下、高らかに声を響かせたのである。

 

 最初の一歩は今ここから。

 彼らはやっとグランドラインへ挑戦するだけの戦力を手に入れ、海を進んだ。

 本当の冒険が始まるのはきっとここからなのである。

 


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