ココヤシ村を始めとして、コノミ諸島では三日三晩宴が続いた。
自由を勝ち取り、アーロン一味の支配を逃れた人々は笑顔に包まれ、大いに自由を謳歌した。
笑い声が途切れることはなく、喧騒は以前のそれとは全く変化している。
彼らはようやく生きている喜びを思い出したのだ。
海軍の軍艦が島に現れたのは、その宴が落ち着いた頃だった。
理由など決まっている。村人ではなくアーロン一味からの呼び出しを受けたため。
そも、アーロン一味の支配が続いたのはひとえに海軍の協力者が居たためだ。
連絡はいつもと違っている。納められた年貢の一部を渡したいのと、少しトラブルがあった。話したいことがある、と通信した相手が語っている。
何か問題があったのだろうと、船長室の椅子に座るネズミ大佐はひどく仏頂面であった。
「まったくアーロンめ、勝手な都合で呼び出すとはどういう了見だ。なぜ私がわざわざあんな野郎の話を聞きに行かなきゃならん」
ぶつくさ文句を言いつつ金の束を数えている。
受け取った賄賂は数知れず。彼は海兵である前に金に頓着する人間だった。
アーロン一味との関係も金の上に成り立っている物。別段仲が良い訳でもなければ良くなりたい訳でもなく、むしろ毛嫌いしている相手とも言える。
イーストブルーでは珍しい魚人族。なぜあんな奴らが偉そうにしているのか。
協力し始めた頃から常々そう思っており、今でもその想いは変わらない。
今回の呼び出しにしても決して乗り気ではなく、金の受け渡しがあると聞かされていなければきっと来なかっただろう。そんな程度の間柄でしかないと本人でさえ思っている。
ただ面倒で気が乗らない。
そんな航海がようやく終わろうとしており、報告のために海兵が室内に入ってきた。
「ネズミ大佐、到着しました。アーロンパークです」
「フン、ようやくか」
「ただ、少し奇妙なことが……」
「なんだ?」
「建物が、その」
「悪趣味だとでも言うのかね。そんなことは前から知ってる」
苛立った様子でネズミが席を立ち、歩き始める。
言い淀んでいる海兵を押しのけて部屋の外へ出た。
見知った道を歩けば甲板へ辿り着くのもすぐのことで、そこから見慣れた島の形を眺める。
その時に気付いた。以前と同じ景色で、以前はあったはずの建物が消えている。在るはずの場所にアーロンパークが存在していなかった。
わずかに表情が変わり、そちらを見たまま後ろの海兵に問いかける。
「どういうことだ」
「わかりません。ただ崩れて、瓦礫の山になっているとしか……」
「トラブルとはこのことか。アーロンめ、厄介事など持ってくるなよ」
忌々しげに呟いて辺りを見回す。
海には何の姿もない。
こちらも在るべきはずの物が見当たらなかった。
「タコはどうした。いつもは迎えに来るはずだろう」
「それが、行方が知れなくて。電伝虫も通じませんし」
「忌々しい限りだ。もういい、小舟を下ろせ」
「はっ」
「この作業分も料金を要求するとしよう。チチチ、金づるが居ると儲かって仕方ない」
ネズミの指示によって部下の海兵たちが動き出し、海に数隻の小舟が降ろされた。
そこへネズミが乗り込み、他にも約二十名ほどが乗り込む。
船はいつも島から少し離れた場所に停止される。誰かに目撃された時、海兵と海賊が悪巧みをしていると気付かれないためだ。自分たちはあくまで無関係、そう主張しようとしている。
そのため小舟で島へ近付き、波に揺られながらゆっくりとアーロンパークへ入っていった。
ひどい様相である。
雄大に立っていた塔は完全に崩壊し、今そこに在るのはただの瓦礫の山。以前の名残など微塵も感じない。必然的に落ちぶれた物だと思ってしまった。
アーロンは瓦礫の山の目の前に座っていた。かろうじて無事だったらしい白いチェアに腰掛けて、思い悩むように頭を抱えている。どうやらそれなりに参っているらしい。
傍らには人間の女が立っていた。オレンジ色の短髪、ナミである。
他には誰の姿も見えない。部下の魚人たちはどこにもいない様子だった。
「一体何があった。こいつと組んだのは失敗だったかな……」
船上で呟きつつ、小舟は三隻ほど陸地へ近付いていく。
やがてアーロンの前で船が停まり、一人ずつ降りる。
ネズミは背面で手を組んで背筋を伸ばし、項垂れるアーロンを見て笑顔を浮かべた。
「やぁ、アーロン君。ご機嫌如何かね?」
「来たのか……見りゃわかるだろ。気分は最悪だ」
「一体何があった。君のご自慢のアーロンパークが全壊じゃないか」
「クソ忌々しい海賊どもが来やがったのさ。そこまで言えばわかるだろう」
アーロンは体の至る所に包帯を巻いており、治療の跡が窺える。相当の戦いがあったのだろう。人間より優れた身体能力を持つはずの魚人がひどい有様だった。
ネズミは笑い、へらへらしながら言う。
心配などしていない。ただ金で繋がっただけの関係だからだ。
「おいおい、最強のはずの魚人族がずいぶんな姿になったじゃないか。せっかく建てた君の城まで無くなってしまって。金はちゃんと無事なんだろうね?」
「チッ、他人事みてぇに……まずは話だ。金は後にしろ」
「いいや、金が先だ。悪いがいつまでも船を停めている訳にもいかんのでな。受け取った後で金を数えながらゆっくり話を聞いてやることはできる」
「悪いが金はねぇ。こいつを壊した海賊が奪っていきやがったからな」
「何ッ!?」
アーロンが呟いた直後に、ネズミが目を見開いた。
金が無いのならなぜこんな奴と話しているのか。そう思うと同時に他人の物を奪った海賊に腹が立ち、つい数秒前までは他人事だったが、自らの問題だと怒りを滲ませ始めた。
アーロンパークなどどうでもいい。だが金の問題だけは無視できなかった。
「どこのどいつだ、私の金を奪いやがったって奴は! 絶対に逃がさん……! 取り戻してその海賊野郎を牢にぶち込んでやる!」
「おれだよ。おれがやったんだ」
「アァ!?」
声が聞こえてそちらに振り返る。門の向こうからやってきただろう人物が居た。
相手はたった一人。麦わら帽子をかぶった、ルフィだけが一人で立っていた。
まず最初に、こんなガキが、と思った。
アーロン一味の強さは一応とはいえ知っている。海中で呼吸できる彼らは海戦において絶対的な力を誇り、たとえ歴戦の戦士を乗せた海軍ですら打ち壊す可能性がある。
その魚人たちを負かしたのが、こんな若造。全身に包帯は巻いているが足取りは軽やか。おそらくアーロンと戦っただろう後でも気分が滅入っている様子は皆無。
信じられないとばかりに目を剥いて驚愕する。
しかし相手が若造だったからと許せる問題ではない。大事な金が取られたのだ。
怒りを露わにしたネズミはルフィに向かって声を荒げた。
「貴様がその海賊か……悪いことは言わん。盗んだ金を返したまえ。あれは私の物だぞ」
「違ぇよ、ココヤシ村のもんだろ。おまえアーロンから金もらってたんだってな」
「チチチチ、だからどうした。金も受け取らねぇでこんな薄汚ぇ魚人どもと付き合うかよ! いいから黙って返せばいいんだ! 牢屋に放り込まれたいのか!」
「いやだ。返さねぇ。どうしても欲しかったから取り返してみろよ。おれは海賊だぞ」
「チィィ、偉そうにしやがってクソガキが……! おいアーロン! てめぇもさっきから何黙ってやがる! アーロンパークを壊した奴がここに居るんだ、さっさと殺さねぇか!」
ネズミは怒鳴り散らしながらアーロンへと顔を向けた。その瞬間はたと気付く。
俯いていたアーロンの様子が何やらおかしい。
妙に静か過ぎないだろうか。
それから自身の失言を思い出した。
魚人を侮辱する発言。彼が最も嫌う言葉。
気付いたネズミは取り繕うように笑いながら声を落ち着かせる。
「いやぁ、今のは……カッとなってしまってつい心にもないことを」
「どこがよ。思いっきりつい本音が出ちゃったんじゃない」
「黙ってろ女ァ! なぁアーロン、今のを本音と思ってくれるなよ? 私と君は良いパートナーさ。二人で組めばイーストブルーの支配だってお手の物に違いない。なぁ?」
アーロンは俯いたまま何も言わない。傍らのナミも厳しい表情だ。
ネズミの表情が変わり、不穏な空気を感じる。
思えばおかしな状況だった。なぜ自身が所有する建物を壊した海賊が居ると知って見逃している。なぜこうもタイミングよく敵が現れ、しかも黙ったままで俯いている。
疑念が生まれ、それが一瞬で膨れ上がった。
そしてようやく理解する。
この男は裏切ったのだ。
協定を組んだ自分を騙し、他の誰かと手を組んで潰そうとしている。
そのことに気付いて顔色が変わり、ぐっと歯を食いしばった。
「そういうことか……アーロン! てめぇ裏切りやがったな!」
「言っておくが、てめぇの部下になった訳じゃねぇんだ。どうしようがおれの勝手だろう」
「チィ、所詮はクズの集まりだったか……! おれを騙しやがって!」
「もうてめぇは用済みだ。これ以上そのムカつく面を見る気はねぇなァ」
アーロンもまた立ち上がり、牙を見せ始める。鋭利なそれがきらりと光るように威圧感を感じさせて、巨体は怪我をしているとはいえ威容を失っていなかった。
ネズミは思わずその姿に怯んでしまう。
後ずさって怯えた目を見せ、明らかに弱そうな体勢になってしまっていた。
彼は現在大佐の地位に居るが、日頃の鍛錬を怠ったせいか、それとも元々の素養か、自身が戦闘に参加して部下を引っ張る海兵ではない。アーロンを倒すだけの実力は持っていなかった。
従って彼は頭を働かせる。そちらの方が得意なのだ。
何のために軍艦に乗って来たのか。当然、こういった状況に陥った時のため。
彼は威嚇するべく、胸を張って沖に浮かぶ自らの軍艦を指差した。
「偉そうなこと言いやがって、おまえたちに何ができる。あれを見ろ! 私は海軍大佐のネズミだぞ! 命令一つで軍艦が砲撃を開始する! おまえたちなぞ一捻りだ!」
自信を持って意気揚々と告げるものの、三人はなぜか全く反応せず。
得意げになっているネズミは気にせず尚も続けた。
「おまえたち海賊のクズどもとは訳が違う! 私に手を出せば海軍本部、ひいては世界政府への反逆罪となり、誰一人として逃げられん! それに私が今ここから命令するだけでおまえたちも、娘、おまえが大事にしているココヤシ村だって滅ぼせる! いいか、何もせずにこのまま――」
ネズミは勝ち誇った笑みで語る。
しかし、語っている最中の出来事だった。
突如爆音が聞こえ、軍艦から火の手が上がったのである。
「――は?」
思わず振り返って呆然とする。軍艦には火が点き、黒々とした煙が天へ昇っていた。
意味が分からずに思考が停止してしまう。
すっかり言葉を失った彼は何もできず、ただ突っ立ったままで爆発した軍艦を眺めていた。
一方、軍艦の内部では当然混乱が巻き起こっている。
突然の爆発。明らかな異変だ。
原因を知るため海兵たちが至る所を走り回り、船内は慌ただしい様相となっている。
「どうした、何があった!? 報告しろォ!」
「報告します! どうやら火薬庫が爆発したようで、船の後部が大きな損害を受けています!」
「なんだとっ。くっ、なぜそんなことに。理由はわからんのか!?」
「わかりません。誰も近付いていないはずだったんですが……」
「はーい通りまーす。すいません、失礼しますよぉ」
騒がしい船内で動揺する会話の中、明らかに一つ、のんびりした声が通り過ぎた。
話していた二人の海兵がその少年に振り返る。
制服を着ていない。どう見ても海兵ではない誰かが船内に忍び込んでいた。
後姿を確認し、まずくすんだ金髪が目に入ると、彼が何やら大きな鞄を肩から提げているのが見える。そこから丸くて黒い物を取り出し、体の前に持って行くと、導火線に火が点いている。驚きのせいで数秒気付くのに遅れたが、彼が持っているのは爆弾だった。
海兵たちは驚愕した。
すると侵入者はぽいっと自身の後方に爆弾を投げ、二人へ近付いて来たそれにさらに驚愕する。
軽い音を立てて地面に落ち、導火線は火が点いているためどんどん短くなっていって、爆発の瞬間が今まさに目の前まで迫っていた。これで冷静に振舞えるはずがない。
考える前に海兵たちはその場から跳んで逃げ、慌てて地面に伏せた。
「伏せろォ!」
直後、大爆発。
船内からの衝撃で船が揺れ、轟音が船上に居る全ての海兵を驚かせる。しかし投げた当人であるキリは全く驚いた顔をせず、あらかじめ耳栓をしていて、笑顔で次に火を点けていた。
船内は混乱している。現在彼が居る階層には黒煙が充満し、視界も悪い。
気楽に歩くキリはさらに爆弾を投げていくのである。
「え~、爆弾いかがですかー。爆弾いかがですかー」
「お、おい貴様ァ! そこで止まれ! 今すぐ武器を捨てろ!」
「え?」
先の海兵かはわからないが、後ろから声をかけられ咄嗟に振り向き、声の主を見つける前に持っていた爆弾を投げつける。驚くふりをしてどう見てもわざとだ。
またしても悲鳴が響き渡った。
「な、投げるなァ!? それをすぐに捨てろォ!」
「だから捨てたのに。言ってること滅茶苦茶だなぁ、もう」
宙を飛んだ爆弾は何度か床をバウンドし、再び爆発を起こして轟音を生み出す。
爆風が煙を吹き飛ばすもののまた船内に火が点いて、やはり火災は免れていない。おまけに船の一部を破壊していて、二発も受けたそこはひどい姿になっていた。
嬉しそうに頷くキリは振り返って歩き出す。
どことなく楽しそうな顔で一つ導火線に火を点けては、目についた扉の内側へ爆弾を投げ込み、扉を閉めて、直後の爆発で壁ごと扉が飛んでいく。
そんな光景を、遊ぶように次々生み出していった。
「爆弾いかがですかー。今日は出血大サービスですよー」
彼は敵船への破壊工作を得意としている。たった一人で帆船を破壊するのは特技とさえ言ってもいい。火薬庫の爆破から始まり、事前に用意した爆弾による船内からの攻撃。どちらも経験と知識に基づいており、非常に手慣れている。妙に楽しそうな姿に見えるのはそのせいなのだろう。
鼻歌混じりで悠々と歩き。
混乱する船内で彼は唯一の笑顔を見せており、その様を見た者は死神かと見紛うてしまった。
キリが襲撃の合図を出したことにより、海では新たな動きが始まっていた。
まず最初に、最初から海中で待機していた魚人が動き出す。
船を襲うため待機していたのは幹部のチュウとクロオビの二人だ。彼らは海中に居ながら爆発音を聞いていて、それと同時に動き出す。
人間の指示に従うのは癪だ。だがアーロンが決めた以上言われた通りにやらねば。
「チュッ♡ 仕方ねぇ、やるか」
「フン。人間の命令に従わなければならんとはな」
「おい、間違えるなよ。おれたちはアーロンさんの命令に従うだけだ。チュッ♡」
そう言ってチュウが浮上していき、海面から顔を出した。
目の前の軍艦からは悲鳴と怒号が聞こえており、現在も尚船内が爆発に包まれている。凄まじい様相は外から見ても迫力があった。耳が痛くなりそうなほど轟音も続いている。
見ていたチュウまで恐ろしくなるほどだ。
キリという人間、一味の中でも特に奇妙な人間で容赦がない。注意した方がいいだろう。
考えを打ち消し、チュウは勢いよく海水を吸い込み始める。
腹が膨らむほど水を飲み、背を反らせた後、大量の水を吐き出して攻撃とした。
「水大砲!」
ただの水鉄砲ではなく、巨大な水の塊が撃ち出された。空を飛んだそれは軍艦に向かって一直線に進み、やがてメインマストに直撃する。
爆発音とは違う轟音。
船の中央にある太いマストは一発で折れてしまい、更なる混乱が軍艦を襲った。
「メインマストがッ!?」
「なんだ!? 一体どこから攻撃が……この攻撃はなんなんだ!」
マストを破壊した水が雨のように甲板へ降り注ぎ、走り回る海兵たちが動揺する。
その後もチュウは海水を吐き出して狙撃を続け、船の外板を破壊してまわった。
同じ頃、いまだ海中に居るクロオビは苦い表情のまま、自らの仕事を遂行しようとしていた。現在眺めるのは軍艦の船底である。
船を沈めることは決して難しくない。
特に魚人の彼は水中で呼吸ができて、弱点を突くのも簡単。
船底に接近し、拳を握って、彼は攻撃を繰り出した。
「仕方ない、やるか。この辺りで十分だ……エイッ!」
魚人空手の正拳突きを一発。ただそれだけで船底に大穴が作られる。
船体はぐらりと揺れていた。
クロオビはさらに攻撃を叩き込み、どんどん船の様子が変わり、沈んでいこうと形を変える。
それだけでなく、ネズミを乗せた船が遠ざかった後、見つからないよう岩場に隠れていたメンバーが動き出す。人間が乗れるサイズの大きな蛸壺が海を走り、軍艦へ迫っていた。
蛸壺を引っ張って移動させるのは魚人のはっちゃんで、乗り込んだのがゾロとサンジ。船の破壊ではなく海兵を一人も逃がさないため、船上へ侵入するため動き出したメンバーだった。
瞬く間に変貌していく軍艦の外見を眺め、感心するように頷く。
不思議とわくわくするような、これまで見たことの無い景色であった。
「派手にやってんな。一人で忍び込んだ時は何する気かと思ったが」
「あいつはあいつで妙な奴だなぁ。ペラペラ紙みたいになるとは」
ゾロとサンジは戦闘を前にうずうずしており、一刻も早く参加したいと笑みが語っている。
「おいタコ、急げ。早くしねぇとあいつが全部終わらせちまう」
「ニュ~、これでも全力だ」
はっちゃんが蛸壺を移動させて、やがて彼ら三人も軍艦に到着する。
ひらりと甲板へ乗り込み、三人同時に海兵へ襲い掛かった。
海賊らしい蛮行はあまりに危険で容赦がない。理由のわからない襲撃には全ての海兵たちがただ慌て、応戦するために武器を取ったが誰一人として敵を止めることができなかった。
略奪ではなくただ破壊する行為。それが余計に恐怖心を煽る。
言い換えればそれこそが目的だっただろう。
彼らはただビビらせるために敵を襲っていたのだ。誰一人殺すことなく、しかし誰一人として逃がさずに打ち倒し、圧倒的な力で恐怖を植え込む。
彼らの仲間を泣かせた。
たったそれだけの理由で動き、襲撃は数分の間に終わる。
数分経った後に軍艦は完全に轟沈していた。
自らの船が、力が海に沈んでいく様を目の当たりにし、ネズミは面白いほど驚愕していた。表情は以前の見る影もなく、あんぐりと大口を開けて目をひん剥いている。
力の象徴が壊されていく。それも分かり易いほど明確に。
魚人の力を舐めていた。或いは見知らぬ海賊たちにしてやられてしまった。
船を失くした彼らにもはや逃げる手段はない。
全身が硬直して立ち尽くす彼は一言さえ吐き出せなくなって、代わりにナミが声をかける。
「このまま、なんだっけ?」
「はっ!?」
肩をびくつかせてそちらを見れば、棍を肩に担ぐナミの姿。両脇には従えられるようにしてルフィとアーロンが立っていて、その威容はネズミを震え上がらせる。
まだ終わりじゃない。まだこちらには部下が居る。
咄嗟に考えた彼は連れてきた海兵二十名に指示を出し、武器を構えさせた。
「う、動くなァ!? いいか、まだおれが不利になった訳じゃねぇ。こんなこともあろうかと二十人の部下どもだ! おまえらたった三人で勝てるはずねぇだろう!?」
動揺しながらそう叫んだ直後、否定するかのように攻撃が来た。
ネズミの真後ろに立っていた五人の顔に小さな弾が当たり、直後爆発に包まれる。全く同時という訳でもないがほとんどタイムラグもなく、五秒とかからず五人に攻撃が当たって、あっさり意識を奪われ倒れた。顔面への爆発にはそれだけの威力がある。
さらに全く同じ瞬間、二十名の内、一番後ろに立っていた五人が突如吹き荒れた暴風によって体を浮かせられ、他の者は全く風など浴びていないというのに、海へ落とされる。
ネズミは表情まで硬直させて動けなくなった。
残る十名の海兵たちも見るからに動揺して、慌てて攻撃を放った人間を探す。
二人はすぐに見つかった。
アーロンパークの残骸の上、毅然と立つ二人の人間。
狙撃手ウソップとかまいたち人間シルクである。
「ま、まだ仲間が……!?」
「これだけじゃねぇぞ」
ぽつりとアーロンが呟く。彼もネズミへの怒りを露わにしていた。
するとアーロンの言葉に従うかのように、海からバシャンと大きな音が立ち、大声で叫びながら武器を振り上げる魚人海賊団が現れた。二十名など軽く超える数だった。
先に海へ落ちた海兵はなぜか意識を失って、二人ずつをアオカとクルーラが、残る一人をツウボが肩に担いですでに敗北している。
それを見た瞬間、ネズミは涙を流しながら笑っていた。
何も言うことができず、何も考えることができない。彼は呆然と笑い声を発し続けた。
「あんたには色々言いたいことがあるの。不正は働くわ、村のお金は盗むわ、魚人を調子に乗らせるわで良い事なんて一つもない。でもまぁ、全部許してあげてもいいわよ」
ネズミの顔とは対照的にナミは笑顔を浮かべる。
ただし可憐だと感じるより先に威圧感を感じさせて、恐怖感を与える顔だ。
「時間はあるから、ゆっっっくり話しましょうか」
「ひぃっ!?」
海賊たちに囲まれた状況で、海兵たちが恐怖する。
その後の展開は当然彼らの予想を大きく外れることはなく。
今までも怒りをぶつけるように、男たちの悲鳴が天高くまで響き渡った。