ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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生ハムメロン

 アーロンパークが崩壊した。

 これはアーロン一味の支配が崩れたことを意味し、それを知ったココヤシ村の人間はコノミ諸島の村々へと走った。同じく苦しんでいた人々に情報を伝えるためである。

 

 支配は終わり、自由がやって来た。

 人々はこれを大層喜んで笑顔を浮かべ、いつ振りかで感じる自由に胸を躍らせる。

 支配を逃れてまず最初にしたこと。それが盛大な宴を行うことであった。

 何も気にせず大いに騒ぎ、笑いたい時に笑って、腹いっぱいになるまで食べ、寝たい時に寝て、盛大な祭りは休みを入れずに一昼夜を通して行われた。

 

 その中で、人々に感謝された麦わらの一味はと言えば、彼らもまた好き勝手に振舞っていた。

 まず最初に怪我を治療し、体力を回復させるため一度眠りに就いて、朝を越えて昼を迎える頃に起き出す。宴に参加したのはそれからのことである。

 

 特にひどい怪我を負っていたルフィ、キリ、ゾロの三人はもう一度Dr.ナコーの下へ赴いて治療された後の参加だが、これから何日も続くだろう宴を前に慌てることはない。

 ココヤシ村の小さな診療所では現在、ゾロの悲鳴が聞こえていた。

 

 「いでででででっ!?」

 「まったく、素人のくせにいきなり傷を縫いおって。しかもこんなに荒いのに動いとったのか」

 「仕方ないよ。彼アホなんです」

 「おれじゃねぇ! 海上レストランのコックがやったんだっ」

 

 ミホークにつけられた胸の傷を縫い直し、その痛みで声が出ているらしい。施術中、隣のベッドではキリが寝そべってだらけており、やる気に欠けた顔で彼を見ていた。

 

 戦闘が終わってようやく空気が緩んでいるのである。

 先にルフィとキリが治療を終えているが、動くのも億劫だとばかりにキリは寝転んだまま起き上がろうとせず、眠る気もなくごろごろしている。

 まるで冷やかしだ。

 痛みを我慢しながらゾロは彼を睨みつけて低く唸った。

 

 「おまえはそこで何やってんだよっ。終わったんならさっさと出てけ……ううっ!」

 「一回寝ちゃうとダメだね。なんかもう動ける気がしなくてさ」

 「だからってなんで見てる必要が……ぐうっ!」

 「あーだるくなっちゃった。もう眠くないのにな」

 

 痛みに耐えている横でだらだら喋られるのは中々怒りを募らせる状況だった。

 後で絶対に斬ってやる。

 そう決めたゾロは縫合の痛みに耐え抜き、やがてナコーが施術を終えた。

 

 外からは宴の音が聞こえてくる。

 どこからか音楽が流されて、至る所で会話が盛り上がっているらしく、初めて来た時とは対照的な騒々しさが広がっている。キリは寝返りを打ってうつ伏せになると窓に目を向けて微笑む。こういった楽しい雰囲気は非常に好みだった。

 すっかり海賊好みの楽しい町に様変わりしていて居心地が良い。

 仲間たちも今頃は楽しんでいる頃だろう。

 

 起き上がってシャツを着たゾロは縁に腰掛け、子供のようにパタパタ足を動かして窓を眺める彼を見た。緩い表情はいつにも増して緩んでいる。幼く見えて呆れて溜息をついてしまった。

 怒る気力さえ失い、荒っぽく頭を掻いた彼は怒るのをやめる。

 

 別に外へ行ってもいいが、なんとなくそんな気も失くしてしまった。

 ナコーが壁際の椅子に座って落ち着く頃。

 二人して何という訳でもなく窓の外を眺めて、ぽつぽつと話し始める。

 

 「そういやその傷、あの海兵にやられたんだってな」

 「うん。あんまり強過ぎるから負けちゃった」

 「悪かった」

 「謝る必要ないよ。正直あの時は色々奇跡が重なってた。普通なら全員捕まってるよ」

 

 寝返りを打って仰向けになり、左手を掲げたキリはそこを見つめる。

 医者も驚く回復速度で今やほぼ完治しているらしい。念のためにと包帯は巻いているものの、あと数日もすれば完治と言っていいだろう。

 

 今となってはいい経験だった。

 一度は死を覚悟し、命を捨てた気で戦って、結果は敗北。今も五体満足で居られるのが奇跡なほど力の差はあったが全員が揃えた今ではそれも有難い。

 敗北を知って、自分たちはもっと強くなれる。

 特にキリやウソップにとってはボガードとの決戦に大きな意味があり、感謝すらするほどだ。

 

 「人間あそこまで強くなれるってわかったんだ。それだけで収穫だしグランドラインのレベルもわかった。まだまだ強くならなきゃね」

 「ああ……こっちも色々あったんでな」

 「会ったんでしょ? 鷹の目に。ヨサクが言ってたよ」

 「あいつ、ペラペラしゃべりやがって」

 「目標が見れたのはよかったね。航海が始まるのはきっとまだこれからなんだよ」

 

 互いに傷は負い、そのおかげで手に入れた物があったようだ。

 キリは何度か左手の指を動かし、問題なく動くことを再び確認する。

 

 頂点を目指す道筋は見えた。遥か先にある偉大な背を見たからに他ならない。

 今は届かずともいずれは。

 そう思う二人には期待と野心が生まれていて、今や不安など微塵も持ち合わせていなかった。

 

 「これから楽しくなりそうだ。コックも航海士も手に入れてそろそろグランドラインだしね」

 「もう向かうのか?」

 「良い頃合いでしょ。頼れる仲間が居るから今なら大丈夫だと思うし」

 「ようやくって感じもするな。ルフィは最初から向かうっつってたぞ」

 「ボクが遠回りさせたんだ。向こうはイーストブルーほど甘くないから」

 

 笑みのままで目を閉じ、気楽に話すキリを見てゾロはふと思い出した。

 彼が経験した以前の航海の話は少しだけ聞いている。ただし仲間との航海については聞かされたものの、仲間が死んで、一人になった後の話は聞いていない。あまり話したくないのか、何気なくはぐらかされてしまったことを思い出した。

 

 別に知らなければならないという訳でもないが、気にはなる。

 思い出したことを機にゾロが試しに尋ねてみた。

 

 「そういやおまえ、グランドラインに居たんだよな」

 「そうだよ。意外に長くね」

 「仲間が死んだのはもうずいぶん前だろ。その後何やってたのか聞かされてねぇぞ」

 

 目を閉じたまま、ふっと笑みを消した。

 気分を害した様子とは違う。何か思い悩むような、考え込む仕草だ。

 

 「う~~ん、それ聞く?」

 「やっぱり話したくねぇのか」

 「別に話したくないってほどじゃないけどさ。う~ん……」

 「そんなに悩むことかよ。どんな悪事働いてたんだ」

 

 珍しい姿だと思った。

 今まで彼がそこまで悩んでいるのを見たことがあっただろうか。

 歯切れの悪さも異質だと思う。軽口や無駄口ならよく出てくるというのに、本音で話すのを嫌がっている可能性がある。しかし普段も本音を口にする姿は頻繁に見せていた。

 嘘をつくこともあるがそれはからかうためだけ。真面目な話で人を騙そうとしたことはない。

 

 何かがおかしい。何も話さないのが良い証拠となってしまった。

 しばらく唸って悩んでいたキリは目を開き、困ったように笑いながらようやく話し始める。

 

 「まぁ、いずれ話すよ。どうせグランドラインに入ったら無視できなくなるだろうしさ」

 「あ? そりゃどういう意味――」

 「さて。それじゃそろそろ宴に参加しますか。ルフィもとっくに行っちゃったし」

 

 ベッドを降りて元気よく立ち上がったキリはそう言い、無理やり話を打ち切った。追及したところで話す気はないのだろう。仕方なくゾロも立ち上がる。

 壁際で椅子に座るナコーへ目を向けた。

 彼の処置はやはり本職だけあって頼りになる。笑顔で礼を言えば、呆れた顔で返された。

 

 「ドクター、ありがとうございました。もう大丈夫ですよね?」

 「安静にしてればな。あんまり無理するんじゃないぞ。最低でもあと三日は大人しくしとけ」

 「ゾロ、わかった? 三日だよ」

 「おまえも同じじゃ」

 「あれ?」

 「だから、普通わかるだろって」

 

 またいつもの調子に戻って歩き出し、ナコーに手を振って別れた後、診療所を出る。

 外に一歩出ればそこは宴の真っただ中。

 騒がしい様子で笑い声に溢れ、村人たちが自由を謳歌していた。

 

 辺りを見回してから、先頭に居たキリがゾロへ振り返る。

 目的も違えば行動も違う。仲間だからと言って四六時中一緒に居なければならない訳でもない。

 キリが彼にこれからの行動を尋ねるのである。

 

 「ゾロはこれからどうする?」

 「とりあえずメシ食って酒飲んで寝る。おまえは?」

 「ちょっとナミに話したいことがあってね。探してくるよ」

 「話したいこと? 悪いことじゃねぇだろうな」

 「良いことだよ。また後で合流するかもしれないけど、とりあえずじゃあね」

 「おう」

 

 軽く手を振って行ってしまう。

 ゾロは群衆に紛れて遠ざかるキリの背を見送った。

 

 何やら訳ありの顔をしていた。彼も何か秘密を抱えているのだろうか。

 一味の中ではそれなりに早い段階に出会い、二人で居る時間も多かった気はするが、案外知らないことがある。特にあれほど話したがらない時期については。

 

 現在のキリが十七歳。

 仲間を失ったのが十二歳の頃で、イーストブルーに戻ったのがつい最近。

 空白の時間が出来ている。その間に彼が何をしていたのか、おそらくルフィでさえ知らない。

 素直に話せば驚きもしないだろうに、妙にはぐらかすため気になって仕方なかった。

 

 頭を振って考えるのをやめる。

 どんな過去であれ、彼はルフィに心酔している。再開した海賊家業を心から楽しんでいた。きっと裏切ることはないだろうし、仮に裏切ったとしてそれも作戦なのだろう。緩い笑顔であっさり帰ってきそうな気がするのだから心配はしていない。

 思い悩む必要はない。放っておけばいいのだ。

 

 考え直したゾロは自分がお節介になっている気がして、それがあまり嬉しくない。

 頭を掻きながら歩き出し、ひとまず酔うまで美味い酒を呑もうと決めた。

 

 

 *

 

 

 「ハッ!?」

 

 両手に骨が付いた肉をいくつも持ち、棒立ちになったルフィが驚愕した。

 現在、彼の前には食事を終えたサンジが居る。たまたま見かけたので近寄って声をかけようとしただけ。しかしほんの数秒前、彼が信じ難い物を食していて心臓が大きく跳ねた。

 

 切り身のメロンにハムが乗っていたのだ。

 そんな料理は見たことも聞いたこともない。なぜハムとメロンが出会う必要がある。

 訳がわからない、と彼の顔には分かり易く書いてある。

 

 サンジはネクタイを緩めつつ、腹がいっぱいになるまで食事して満足そうに息をついた。

 傍らにまでルフィが来たことには気付いていて、彼に話しかけるように呟く。

 

 「ふぅー、食った。たまには食うだけってのもいいもんだな。ナミさんとシルクちゃんにおれの料理を食べてもらいたかったとこだが、まぁこれから毎日食ってもらうことになるからいいか」

 「お……おい、サンジ。今、おまえが最後に食ったの、なんか乗ってなかったか?」

 「そりゃ乗るさ。生ハムメロンだから生ハムが乗る」

 「生ハムメロン!?」

 

 その名称を聞いてルフィの目が輝き始めた。

 あらゆる場所を巡って肉料理を食べている最中だというのに、すっかり興味が移ったらしい。口の中にある物をもぐもぐ噛み続けながら生ハムメロンに心が奪われる。

 

 「なんだそのうまそうな物はっ! おれ聞いたことも見たこともねぇぞ!」

 「まぁ初めて聞いたんなら驚くかもな。生ハムのほのかな塩加減がメロンの甘さを引き立たせるのさ。一回食っといて損はないぜ」

 「どこにあったんだ!?」

 「さぁどこから持って来たんだったか。島中宴で立食パーティーだからな――」

 「探してくる!」

 

 我慢できずにルフィが駆け出した。肉は持ったままで口の中が空になればまた放り込み、食事を続けながら生ハムメロンを探し始める。あまりのマナーの悪さにサンジは眉を顰めるが、どうせ海賊なのだから言っても無駄なのだろうと敢えて追わなかった。

 

 「あいつはいつまで食ってやがんだ。本当に底なしの胃袋だな」

 

 マナーの悪さは引っかかるものの、コックにとっては嬉しい姿だろう。作った料理を欠片も残さず食べ切るのは確実にルフィの良いところだった。

 バラティエでの様子を見ていてサンジはそう思っている。

 いずれある程度のマナーは教えなければと思うが、今はいい。

 

 それより今はやることがある。

 宴のために持ち出された、道端に置かれたテーブルと椅子についていたのだが、ついさっきまでここに居た他の面子はそれぞれ思い思いに自由行動を始めてしまった。

 少し遅れて立ち上がった彼は辺りを見渡す。

 宴を楽しむ人々がそこら中に居て笑っていた。当然、女性も。

 

 聞けば、海賊は港ごとに女を作って航海するという。なんて素敵な連中だと子供ながらに思ったものだ。どうやらこの男、幼少期から女には目がないようなのである。

 感動を覚えながら改めて辺りを見回す。とても美しい笑顔を持つ女性たちが数知れず。

 覚悟を決めた瞬間に目の色が変わり、堪らずサンジは駆け出した。

 

 「食事は終わった。よし、おれはレッツナンパだァ~! アイニードレディ~っ!」

 

 どたどた騒がしく走り出した彼はとにかく女性を求めていた。

 明らかに妙な様子で大声を出しているのだが、村中が歓喜に染められた今の状況では誰も不審な目で見て来ない。彼も喜びの声を上げる一人だと見られていたようだ。

 

 走り出したルフィはサンジの傍を離れ、生ハムメロンを探していた。

 確かに村中、島中が宴を行って騒がしくなっている。通りには数え切れないほどのテーブルを並べられて、村人が協力して作った料理がいくつも並べられている。

 

 まだ見つからない。

 生ハムが乗ったメロンはどこにも置かれていなかった。

 

 「ん~っ! どこだ、生ハムメロンは!」

 

 笑顔に包まれる村の中で一人だけ必死な形相。ルフィは肉を食べながら目を血走らせていた。

 そんな折、一際大きな声が聞こえてくる。

 聞き覚えがあるので視線を上げれば、簡易で作られたやぐらの上にウソップが立っていた。メガホンを口に当てて大声を出しており、宴を盛り上げる一役を買って出ているらしい。

 

 「え~、一番ウソップ、歌います!」

 「ウソップ、生ハムメロン知らねぇか?」

 「んん? おぉ誰かと思えばルフィ親分じゃねぇか。生ハムメロン?」

 「メロンの上に生ハムが乗ってるんだぞ。ほのかな塩分が甘さを引き立てるんだ。村のどっかにあるらしいんだけど、どこにあるんだろうな」

 「悪いが見てねぇな。それより、せっかく来たんなら歌の前に一つおれのすげぇ話を――」

 「そうか。じゃ後でな」

 「って聞かねぇのかよ!」

 

 ウソップの話には興味がないらしく、ルフィは再び走り出して去ってしまった。

 やぐらの上で嘆息したウソップは仕方なくその背を見送る。

 

 まったく彼はすごい奴だ。強そうな相手にも怯えず立ち向かい、どれだけ傷を受けても決して諦めず、終わった後には遺恨を残さず笑って過ごす。

 仲間になって共に航海して、離れる時間もあったが彼の凄さは誰より理解しているつもりだ。

 

 そうだと思い付く。

 彼は武勇伝には興味がない。自身が行ったことを何一つ他人に自慢しようとしない人間だった。

 ならば自分が語ろう。

 自らの船長が海賊として歩んだ軌跡を、嘘を交えず事実だけ話せば、それだけで嘘のような冒険譚。聞いた者たちは嘘だと思うかもしれないとはいえ、それはそれで意味がある。

 

 「よぉ~し、アーロンパーク崩壊のついでに我が船長の話を聞いてくれ。魚人の幹部を一人倒した男、このキャプテン・ウソップがあいつの仲間になった時の話だ。ある小さな村に――」

 

 歌う前に、ウソップは自身の仲間がどんな海賊かを語り始める。

 村人たちは興味津々にその話を聞き入れていた。

 

 尚も走るルフィは目的の物を見つけられず、ついに苦心し始めていた。

 まだココヤシ村しか探していないため、可能性は他の村にまで広がっている。しかし手に持つ肉はだんだん減ってきている訳でなぜか焦りも大きくなってくる。

 すでに誰かが食べ尽くしてしまっていたら嫌だ。

 そんな光景は想像するのも苦しくなって、ルフィの足は慌て出す。

 

 しばらく走ると、またココヤシ村の中で仲間を見つけた。今度は小さな鞄を抱えるシルクだ。

 当然ルフィは立ち止まり、笑顔で手を振る彼女へ近付くと質問を始める。

 

 「シルク、生ハムメロン知らねぇか? メロンに生ハムが乗っててほのかな塩分が甘味を引き立てるんだぞ。どっかで見なかったか?」

 「生ハムメロン? ううん、見てない」

 「くそぉ~、どこにあるんだ。だんだん肉よりそっちの方が食いたくなってきた……」

 「そんなに持ってるもんね。ルフィ、野菜もちゃんと食べなきゃだめだよ」

 「おう! でも今は生ハムメロンだ!」

 

 からりと笑うルフィにつられ、シルクも肩を揺らす。

 その後に気付いて鞄の中からみかんを取り出し、ルフィへ差し出した。

 ちょうど肉を食べ続けて右手が空いている。ルフィもすぐに受け取った。

 

 「はいこれ」

 「ん? みかん?」

 「ナミとノジコさんからお礼。いっぱいもらったんだよ」

 

 鞄の中身を見せてシルクが笑う。ぽかんとした顔でルフィは受け取ったみかんを見つめた。

 

 「二人のお母さんがみかん畑で働いてたの。二人にとっての宝物だよ」

 「そっか。じゃあ大事に食わねぇとな」

 

 少ない説明でも理解したのだろう。ルフィは嬉しそうにそれを握って、後で食べようとポケットに入れた。大事に扱う手つきでシルクも安堵する。

 

 海賊ではあるが少年然として、彼は他人を思いやれる人間だ。

 彼女たちの想いをくみ取り、たかがみかん、しかし宝と称するそれを大切に受け取ってくれる。

 

 出会ったのが彼でよかった。

 或いは、彼に出会えてよかった、だ。

 心底嬉しそうに微笑むシルクはみかんが詰まった鞄を抱きしめる。

 

 「まだ探すの? 食べ過ぎないようにね」

 「しっしっし、大丈夫だ。おれはまだまだ食えるぞ」

 「だから、それを心配してるんだけど……」

 

 ルフィは笑顔でまた会おうと告げ、走っていってしまう。

 苦笑しながらシルクも歩き出した。

 

 金には代えられないお礼が手の中にある。これをみんなに配ってやろうと思った。

 それでまたナミがみんなと近くなればいい。

 彼女はもう、麦わらの一味なのだから。

 

 シルクと別れてすぐ、数分と経たずにルフィは見知った後ろ姿を見つけた。それだけでなくその前にはもう一人仲間の姿がある。

 多少慌てて走りながら駆け寄る。

 近付いたのはキリとナミであった。

 

 「キリ! ナミ! 生ハムメロン見なかったか!」

 「お、意外な登場だね。生ハムメロンってそれのこと?」

 「おほぉっ!? あるじゃねぇか生ハムメロン!」

 

 二人は通りの小脇に立って話していたようだ。当然近くにはいくつもテーブルがあって、声をかけられたキリはその中の一つを指差す。すると確かにあったのだ。

 切られたメロンの上に生ハムが乗っていて、輝くような、今までの人生で見た経験がない姿。

 ルフィは驚き、ようやく出会えた歓喜で声を大きくした。

 

 「これが食いたかったんだよ! にっしっし、やっと見つけた!」

 「ちょっと目を離した隙にずいぶん楽しそうだね、君は。そんなに怪我してるのにね」

 「うんめぇぇぇぇ~~っ!? ヤバうまっ!」

 「聞いてないし。もう食べてるし」

 

 持っていた肉をテーブルに置いて、念願の生ハムメロンを食し、涙さえ流しかねない表情でルフィが喜ぶ。自由気ままな彼の姿にキリは呆れ顔で物も言えなかった。

 自身もそれなりに自由気ままだと自覚しているが彼には劣る。

 しかし他人の気分を害する訳ではないので、特殊な才能だと微笑ましく見ていた。

 

 ナミもまた呆れつつ、今は柔らかい笑顔で彼を見ている。

 何も変わらない。良くも悪くもいつも通りだ。

 不思議と心が落ち着く気がして、彼女は穏やかな声をルフィに投げかける。

 

 「あれだけの戦いの後でもう料理に夢中なのね。ほんとあんたって変な奴」

 「おっ、ナミ。みかんありがとな。あとで大事に食うからよ」

 「いいわよ、お礼なんて。大した物じゃないんだし」

 「でもおまえの宝なんだろ? だったら大した物じゃねぇか」

 

 何でもないことのように言うルフィに少し驚き、直後にナミは照れた様子で苦笑した。

 

 「そうね……まぁ、別にどっちでもいいんだけど。好きにしなさい」

 「しっしっし。じゃあそうする」

 

 本心とは違うだろうがそっぽを向いて。ナミの様子にルフィが肩を揺らす。

 微笑ましいやり取りをする二人に表情がやさしくなり、キリは彼らの雰囲気に心が温かくなるのを感じつつ、空気を壊して申し訳ないと思いながら切り出した。

 

 「ちょうどよかった。ナミに話があったんだけど、ルフィにも聞いて欲しかったから」

 「ん、なんだ? うまいメシの話か?」

 「違うよ。これからの航海の話」

 

 キリの目がナミを捉え、真剣な空気を感じてわずかに表情が変わる。

 

 「嫌ならもちろん断ってくれていい。これに関しては、決定権はナミにある」

 「何? そんなに大事な話?」

 「まぁね。ここから先はいよいよグランドラインを目指すことになる。だから――」

 

 そうして宴の中、キリは周囲の雰囲気にそぐわない話を持ち掛けた。

 当然とばかりにルフィとナミは驚いて、全く想像していなかっただけに驚愕に値する。しかしルフィはキリを知るためすぐ冷静になり、説明される内にナミの表情も変化していった。

 

 話を聞き終えた時。ナミは覚悟した顔で頷く。

 これによりキリの考えは実行されることになったようだ。

 


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