ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ピースメイン

 砲撃音が町を襲った。

 海上で足を止めた帆船は次々砲撃を行い、雨あられとばかりに砲弾を町へ送り込む。海から放たれる轟音は町の奥地にまで届き、多くの町民たちを恐怖のどん底に陥れていた。

 甲板では部下たちを焚き付けるギャリーが騒がしく、上機嫌に叫び続けている。

 

 「ギャッハッハ、どんどん撃てぇ! 生意気なガキどもに海賊の恐ろしさを教えてやれぃ!」

 

 砲撃音に紛れて叫ぶ声は部下たちへ届いて、絶え間なく砲撃が続けられる。しかしある時、一人の男が騒がしいギャリーへ歩み寄って報告した。

 

 「しかし船長、なんか空中で撃墜されてますが」

 「あァ!? なぜだ!」

 「さぁ。なんかに当たってるみたいですけどねぇ」

 

 上機嫌で攻撃をしていたはずだが、実情は成功していなかったようである。

 騒ぐのをやめて、慌てて駆け出したギャリーは望遠鏡を手に町の方角を眺める。

 

 宙を舞った砲弾は空中で爆発していた。その周囲では小さな何かが舞っているのが見え、それが砲弾と激突し、落としているらしい。

 詳細は不明だが攻撃が失敗しているのは事実。

 喜びから一転怒りを露わにするギャリーは、歯を噛みしめてギリギリと鳴らした。

 

 「ぬぁんだあれはッ!? 全然届いてねぇじゃねぇか!」

 「へぇ。どうやらそのようで」

 「何寝ぼけたこと言ってやがる! もっとじゃんじゃん撃て! あいつらを吹き飛ばすんだ!」

 

 尚も攻撃の手は緩めず、砲撃は続けられる。

 空から降ってくる砲弾を目にし、それらを防いで町を守るのは紙を操るキリだった。ペラペラの実の能力により、繰り出されるのは紙の舞。鉄の硬度を手にした紙は彼に投げられた末に砲弾と激突し、いくつもの爆発を繰り広げて、かろうじて町を守り切っているようだ。

 

 いまだ被害はなく無傷。それがいつまで続くかはキリではなく、ルフィにかかっている。

 ある家屋の屋根の上。仁王立ちするルフィは眼前の塔を目にして納得したように頷く。

 算段はついている。己の体はゴム。その性質を利用すれば、少々の距離など問題なく詰められるはずだ。かつての経験を思い出してイメージは完璧に出来上がる。

 

 「よし。ここなら行けるな」

 

 距離の目測に問題はない。

 覚悟を決めて両手を伸ばしたルフィは塔の外壁を掴み、ぐっと指先に力を入れた。

 

 「ゴムゴムのォ~……ロケット!」

 

 屋根から足を離し、伸ばされた腕を縮める反動で空へ飛び出す。塔の頭上を飛び越えた彼は驚くべき速度で宙を飛び、一直線にギャリーの船へと向かった。

 

 砲撃は相変わらず続いている。

 砲弾が飛び交う空を飛ぶことは危険も伴ったが、彼は微塵も恐れてはいなかった。砲弾が来たのなら対応するだけの方法がある。なにせ彼はゴム人間。

 空中に居る最中、正面から砲弾が来ることを視認したルフィはにやりと笑う。

 

 「しっしっし。ゴムゴムのォ~風船!」

 

 考えを止めることなく大きく息を吸い、すると見る見る体が膨らんでいって、ゴムの腹はまるで風船のよう。一瞬の内に外見はまるで別人のように変貌した。

 丸々太った体は的を大きくしただけにも見えたが、勢いよく迫った砲弾を腹で捉え、柔らかく受け止めたことで爆発させることなく跳ね返す。

 

 敵の攻撃をそのまま反射させて、敵船へと送り返した。

 そうして直撃する。

 ギャリーの船はメインマストへの砲撃を受けて激しく動揺していた。折られることはなかったが損害は甚大。誰もが狼狽するのも無理からぬ状況だったようである。

 

 「どうしたぁ!? どこからの攻撃だァ!」

 「わ、わかりません。いきなりどこかから飛んできて……」

 「海賊か!? 海軍か!? とにかく犯人を探せ! 急げてめぇら!」

 

 騒がしくなった甲板へドスンと大きな物音。

 船員が走り回るそこで違和感を覚えたギャリーは船首へと目をやり、そして気付く。

 いつの間にかそこには腕を組んで立つ笑顔のルフィが居た。

 

 「ゲ!?」

 「ゲじゃない。ルフィって名前がある」

 

 軽く跳んで船首から降りたルフィに、恐れおののいたギャリーがたたらを踏んだ。

 忘れてはいけない。彼の拳が確かに自分に届いたことを。並み居る屈強な男たちを避けて正確に殴られたのだ、ギャリーの頬はまたその痛みを思い出すかのようですらある。

 

 威風堂々の立ち姿。

 頬を緩めるルフィはギャリーを見て口を開く。

 

 「ギャリーって言ったよな。よくもおれの宝を踏みやがって」

 「た、宝だと? ふざけんな、宝ってのは金銀財宝のことを言うんだ。あんなカビ臭ぇ帽子のどこが宝だってんだよ」

 「もういいよ。おれもおまえを許すつもりねぇし」

 

 気軽な様子でにっと笑い、一見すれば敵意のない顔。

 ルフィは柔らかな姿勢で言い切る。

 

 「なぁギャリー、おまえの宝はこの船か? おれもおまえみたいに思いっきり踏んでやる」

 「あァ!? 何ふざけたこと言ってやがる……!」

 「この船を踏みつぶす」

 

 穏やかだというのになぜか体が震えるほどの迫力を感じる。馬鹿馬鹿しいと思うのに、不思議と頭の片隅には彼ならば本当にやりかねないという危機感があった。

 半ば反射的に体を震わせながら、それでも気丈にギャリーは叫ぶ。

 

 「ば、ば、ばかなことを言うなっ! やれるもんなら――!」

 「やる」

 

 ルフィが左足に体重をかけ、右足を動かし始めた。

 左足一本で立ち、唐突に右足が空へ向かって伸ばされる。勢いは凄まじくびゅんと音が鳴るほどで圧巻の一言。数十メートルに及ぶほど足は天へと近づいた。

 

 踏み潰すと彼は言った。きっとそうなのだろうと空を眺める。

 もはやギャリーを始めとした海賊たちに言葉はなく、為す術もなく、訳もわからず彼の行動を見つめるばかりで、逃げ出そうという気概さえ生まれない。

 ルフィは気合いを入れて一気に足を振り下ろした。

 

 「踏み――つぶすっ!」

 

 砲撃音さえ敵わないほどの大轟音。

 天高くから振り下ろされた足は確かに甲板を踏み砕いており、帆船は真っ二つに折られた。

 

 ほんの一瞬の出来事である。

 敵襲からわずか数十秒。会話もそこそこに、たった一撃、船は確実に沈められようとしていた。

 

 船上は当然大混乱となっていた。

 船体が割れたことで船員、大砲、その他あらゆる物が海へ落ちて行き、悲鳴が止むことはない。

 その中で一足先に船首へ避難したルフィは片腕を伸ばし、素早くも彼を掴んでいる。衝撃で海へ落ちかけたギャリー。彼の胸倉を掴んで無理やり引き上げ、自分の前まで連れてきた。

 

 「どうだ、参ったか」

 「ひぃぃっ!? クソ、化け物め! なんだってこんなことに……!」

 「おれの宝と仲間に手を出すからだ。海賊なら、どんな時でも命を懸けろ」

 「何をっ、ガキしかいねぇルーキーどもめ! おまえに海賊の何がわかるっ」

 「さぁね。ただおれは、おれの大事なもんに手ぇ出したおまえをぶっ飛ばしたかっただけだ」

 

 胸倉を掴んで釣り上げていたギャリーの体を、思い切り上へぶん投げる。突然の行動に意味を見いだせなかったギャリーは悲鳴を発するも、落下の最中、ようやくルフィの意図に気付く。

 

 両手が後方へ伸ばされ、何かを準備する様子。

 これはまずいと必死に四肢をバタつかせるのだが空中で動けるはずもなく、そのまま真っ直ぐ落下していくのみ。助けを乞おうと口を開いても聞き入れてもらえそうにはない。

 さらに焦りは増していく。

 

 「ゴムゴムのォ――」

 「ぎゃああっ、待て待て!? おいどうだ麦わら、おれと手を組まねぇか! 海賊やるんなら色々教えてやれるぞ! おれならおまえの役に立てる!」

 

 ギャリーが自身の正面まで落下してきた時、伸ばされた両手が高速で前方へ突き出される。

 凄まじい速度の掌底。

 両手によるそれはギャリーの腹へと突き刺さった。

 

 「バズーカァ!」

 「ぐぼほぁっ!?」

 

 強烈な一撃を受けて、ギャリーの体は彼方まで吹き飛ばされてしまった。

 これを見たルフィはにやりと口角を上げ、バチンと勢いよく戻った腕でわずかに体勢を崩す。

 

 「どうだ。思い知ったか、変なひげ」

 

 体勢を立て直すため周囲を見やり、はたと気付く。

 船を踏み砕いてやろうと決めたのは自分だった訳だが、よくよく考えれば決めた本人はカナヅチである。悪魔の実を食べた者は例外なく海に嫌われて泳げなくなるのだ。

 ルフィが泳げるはずもなかった。

 

 つまり今、もし海に落ちれば彼は二度と上がってこれない。

 笑みが消えてしまい、命の危機を感じる。

 

 船は今にも沈もうとしている。彼が乗っているのは船首部分、甲板を含む他の部分はすでに海へ沈んでいて、今からでは小舟を探すというのも不可能。

 絶体絶命だと理解した。

 急激に取り乱し始めたルフィは自身の頭を抱え、思わず絶叫した。

 

 「あーやべぇ~!? おれ泳げねぇのに! 小舟、小舟とかねぇか!」

 

 慌てて水面を見渡すも使えそうな物はなく。せいぜい割れた船体の破片が漂っているだけだ。

 あれでは乗った瞬間に沈んでしまう。そう考えるのは当然で、ルフィはさらに焦りを募らせた。

 

 「どうしよう、このままじゃ沈んじまうぞっ。キリは泳げねぇし、落ちたらもう――あっ」

 

 バキッ、と軽い音。

 気付けば船首がぽっきり折れていて、自然とルフィの体は宙へ投げ出されていた。

 悲鳴を上げる暇もない。重力に従って落下していき、海面が迫る。

 

 まずい、と歯を食いしばった時。

 不思議な浮遊感を感じ、直後にがくんと体が揺れた。なぜか落下は止まっていて宙に浮遊するかのような、しかし冷静に考えればシャツの襟首辺りを掴まれて吊り下げられているようだ。

 

 訳が分からず、頭上を見上げる。

 目にすることができたのは体長が彼の倍はあろうかという巨大な白い鳥。

 嘴がルフィのシャツを銜えていて、首をかしげてさらに見ていると覗き込む影が視界に入った。

 途端にルフィの顔がパッと輝きを取り戻す。

 

 「キリィ!」

 「ま、こうなるとは思ってたよ。考え無しに動いてそうだったしね」

 

 鳥の背に立つキリと目が合い、状況が理解できたらしかった。

 紙を操る能力で鳥の傀儡を生み、大きな音を立てて翼を動かし、空を飛んでいるのである。その姿は圧巻であって羨ましいほど格好いい。

 想像もしなかった姿に好奇心は膨れ上がり、吊られるルフィは元気に動いて笑みを振りまいた。

 

 「すんげぇなぁこれ。どうやったんだ? これも能力なんだよな」

 「あんまり動かないでよ。言っとくけど今落ちたらボクじゃ助けられないから」

 「あ、そっか。いやぁしかし助かった。ありがとなキリ」

 「いいよ、これくらいならお安い御用だ。ただ次からは逃げる算段もつけてて欲しいけどね」

 

 翼を動かして鳥は旋回し、体の向きを変えると町の方向へ戻り始める。

 

 どちらも只者ではなかった。

 帆船を踏み抜いて破壊するゴム人間も、紙を集めて空を飛べる紙人間も、見ているだけで度肝を抜かれる光景が続き、言葉を失うのも無理はない。

 空を飛んで帰ってくる二人を見て、シルクは驚愕して立ち尽くしていた。

 

 静かに想うのは彼らがすごいということ。並びに、自分は何もできなかったということ。

 町は今も無事な姿で、海賊が来たとは思えない状態。それは嬉しい事実であるのだが、もしも彼らが居なかったらどうなっていたのか。想像するのも難しくない。

 

 戦いを終えて被害がなかったことを嬉しく思いつつ、自分の無力さを嘆いてしまう。

 手にする剣の柄を強く握って唇を噛み締める。

 

 嬉しいはずが笑顔は浮かべられず。困惑した顔の彼女はふと視線を落とした。

 落ち込み、考え込もうとした矢先、背後から声がかけられた。振り返ってみると多くの町民たちが居て、手に手に武器らしき物を持ち、せいぜいが箒やフライパンといった日用品ばかりだが、先程とは違って意を決した顔つきでそこにやってくる。

 

 あっと声が漏れた。

 皆、戻ってきてくれたのだ。自分たちの町を守るために。

 動揺は徐々に消え去り、ようやくほっと安堵して笑みが浮かべれる。どうやら見知った顔を見て安心できたらしい。その場に力なくへたり込んで座ってしまい、震える指が剣から離れる。その様子に町民たちは彼女が怪我をしたと思ったのか、大声を発しながら駆け寄って来た。

 

 「シルク! 大丈夫か!」

 「どうした、怪我したのか!?」

 「もう心配いらないぞ。おれたちも戦う。この町を、海賊の好きになんてさせるもんかっ」

 

 どう見ても頼りになりそうな体つきではなかったが有難い話ではある。

 微笑んだシルクは左手で震える右手を押さえ、嘆息する。すると町長が彼女の傍へしゃがんで目線の位置を合わせ、心配そうに尋ねた。

 

 「シルク、大丈夫か? 怪我はしていないようだな」

 「うん、ありがとう……もう大丈夫。全部終わったから」

 「終わった? だが」

 「彼らがやってくれたの。海賊たちはもう、この町には来ない」

 

 視線を動かしたシルクが見る方向、町民たちも確認する。

 バサッという音を伴って大量の紙切れが降ってくる。その中から二人、件の少年たちが身軽な仕草で着地した。

 飄々として無傷の外見。町民たちは驚きを露わにする。

 

 「ま、まさか、彼らが本当に……?」

 「船がどこにも見当たらないぞ」

 「それじゃあ、終わったのか……」

 

 着地して早々、不思議そうな顔を見せるルフィは小首をかしげた。

 

 「あり? なんでおっさんたちが居るんだ?」

 「そりゃこの状況を見たらわかるでしょ。一応武装してるっぽいし」

 「あぁ、そういうことか」

 

 キリが囁けば納得いったとの表情。

 うんうん頷き、軽快に笑った。

 

 「町長のおっさん、もう終わったぞ。おれがあいつら沈めといた」

 「ほ、本当に……なんとお詫びすればよいか……!」

 

 ルフィへ数歩寄って地面に膝をつき、頭を下げる。深々とした土下座で声は揺らいでいた。

 

 「ありがとう、本当にありがとうっ。感謝のしようもないっ。君たちが居なければこの町はどうなっていたことか……! 君たちに対する非礼を詫びたい。そして、感謝しているよ」

 「いいよ。おれたちが勝手にムカついただけだから。なっ、キリ」

 「ムカついてたのはルフィだけだと思うけどね。まぁいいよ、それで」

 「ぜひお礼をさせてくれないか。こんなちっぽけな町ではできることも限られるが、できる限りのことはしたい。なんでも言ってくれ。我々に準備できるものはなんでも用意しよう」

 「ほんとかぁ~?」

 

 舌を出して笑うルフィは腹を空かせているらしい。横顔を見てなんとなく次の言葉を予想できたキリは、ハァと静かに嘆息する。幸か不幸か彼のことがわかるようになったらしい。

 

 「じゃあ肉くれ。おれ腹減ったんだ」

 「ちょっと待った。もらえるんなら船が先でしょ。足がなければこの島からも出られないし、海賊だってやれないよ。肉ならまた買えばいいから」

 「そうか。じゃあ船と肉くれ」

 「やっぱり肉は外せないんだね」

 

 嘆息するキリとは裏腹に、パッと笑みを浮かべた町長は快く頷いた。

 堂々とした催促に気を悪くした様子はない。海賊の襲撃を終えて安堵しているのか、目の前の彼らが海賊だと名乗ったことはすっかり忘れて、体の良い略奪にも簡単に頷いたのである。

 

 ようやく状況を理解してわっと盛り上がる町民たちと共に、ルフィもまた元気に騒ぎ始める。

 さっきまでとの様子も違って仲良くなるのは一瞬。すぐに楽しそうにしている。

 

 呆れるやら感心するやら。

 苦笑するキリは笑顔の人々の隙間をくぐり抜けてシルクの下へ歩み寄った。座り込んだままの彼女へ手を差し出し、手を取ってゆっくり立たせる。

 

 「ありがとう」

 「気にしなくていいって。ルフィが勝手にやったことだし」

 「うん、そうだけどさ……あ、そうだ。ルフィの帽子」

 「そういえば返してなかったっけ。まぁ、でも」

 

 ルフィへ視線を送った二人は彼の背中を目で追う。

 町民たちを伴って町へ向かい、楽しげにしている姿。

 キリはすでに理解しつつあるが、戦闘時との変化が凄まじく、シルクは多少驚いている様子。先程の気迫はまだ脳裏に焼き付いているため、その変化は無視できなかった。

 

 「宴だ~!」

 

 町民たちを引き連れて、先導を取って宴を始めようとする男。まさに海賊、といった風情か。享楽的な思考は出会ったばかりの人間さえも巻き込んでしまうようだ。

 

 ぼんやりするシルクはそっと帽子に触れる。

 

 今日、二組の海賊に出会った。一組は町を襲撃しようとする海賊、もう一組は彼らを打ち倒し、船と肉を対価に町を守った海賊。どちらも確かに海の無法者だ。

 ずいぶんと姿は違っていて、胸に抱えた感想はそれぞれ違った。

 ルフィとは裏腹に落ち着いた風貌のキリの隣に立ち、シルクがぽつりと呟く。

 

 「あのね」

 「ん?」

 「思い出したの。昔おばあちゃんに聞いた、海賊の話」

 

 宴を始めようと駆け出す一同を眺めつつ、静かに語られた。

 昔を懐かしむような、何か特別な想いを感じる声。

 ひどく穏やかで澄んだ声だと思った。キリはルフィの背を見つめながらそれを受け止める。

 

 「今からずっと昔。まだ海賊王が居なくて、大航海時代が始まっていなかった頃、海には二種類の海賊が居たんだって。町や商船を襲って略奪するモーガニアと、そいつらをカモに冒険するピースメイン。どっちも海賊王が死んで大航海時代が始まるまで存在していたって」

 「あぁ、聞いたことあるよ。そんなに詳しくはないけどさ」

 「あなたたちは、ピースメインみたいだね。そんなつもりないかもしれないけどそう思ったの」

 

 今となっては夢物語のような海賊の話。

 過去、世界に存在した海賊は二種類に分けられていたという。

 キリもその話には詳しくなくとも聞き覚えがあった。

 

 私利私欲に従って略奪行為を繰り返すモーガニア。

 そのモーガニアを標的に航海するピースメイン。

 

 時代が変わったのは海賊王が生まれた頃。

 ただの無法者であった海賊に一人の王者が生まれ、世界の秩序が乱れた。略奪者を狩る側だったピースメインまで王者を目指して乱暴を始め、海賊としてどれほど名を上げるか、それ一つのみが重要視される時代が作られる。王が時代を変えたのだ。

 

 以来、海賊王は時代を変えた男として善悪様々な意見を持って高名となった。

 ずいぶん古い時代の話を持ち出す。話を聞きながらキリは首をかしげる。

 突然何を言い出したのだろう。不思議に思うが、軽く頷いて納得した。

 

 「私、あの話が好きなの。海賊が富や名声に縛られてなかった時代。特に、ゴールド・ロジャーの冒険譚。あなたたちの姿が、なんとなくあの話を思い出しちゃって」

 「ピースメインか……今となってはどれだけの人が知ってるか。でも、いいんじゃないかな。シルクがそう思ったんならきっとそうなんだよ」

 「いいの? 勝手に意見を押し付けたみたいだけど」

 「ボクらは別に、善人でも悪人でもどっちでもいいから。ボクらがどんな人間か、どんな海賊かは見た人が勝手に決めてくれればそれでいいよ」

 「ふぅん。そういうものなのかな」

 

 くすりと笑うシルクの声を聞きながら、キリは想う。

 ゴールド・ロジャーの冒険譚。世界的に有名な、嘘か本当かわからない話。語られるのはほんの一部で、真実を知る者は世界でたった数人だと語られている。

 この先も航海を続ければ、海賊王の足跡を辿ることもあるのだろうか。

 考えてみてわずかに微笑み、こちらへ駆けてくるルフィを待った。

 

 「ピースメイン、海賊王、ゴールド・ロジャー。なんか、この先の航海が楽しみになってきた」

 「そう? そういえば、キリの夢って何? ルフィは海賊王になるって言ってたけど」

 「ボクは――」

 

 肩をすくめておどけるように。

 今は一切の迷いを持たず、心からその言葉を口にすることができた。

 

 「ルフィを海賊王にする。それがボクの夢だよ」

 「海賊王に……そっか。二人とも、夢があるんだね」

 「キリ! シルク!」

 

 草履で地面を蹴る軽い音。一直線に向かってきたルフィは二人へ飛び掛かった。

 肩に手を回して上機嫌に笑みを見せ、二人に抱き着いてたたらを踏ませる。

 驚くシルクは倒れかけるもルフィに支えられ、キリは仕方ないとそんな彼を支えていた。

 

 「おまえら何やってんだよ、宴やるんだぞ? 早く行こうぜ。肉も作ってくれるってよ」

 「ルフィ、危ないから。いきなり飛びつかないでくれるかな」

 「しっしっし、おまえら遅いからよぉ。ほら、みんなも待ってるんだからな」

 「あ、そうだルフィ」

 

 ルフィがぐいぐいと強く腕を引っ張り始めた頃、シルクが頭の帽子を手に取る。

 間抜けな顔で振り返った彼の頭にかぶせてやれば、幸せそうな笑み。

 

 「お宝、ちゃんと返したからね」

 「おう。守ってくれてありがとな、シルク」

 「え? いや、守ったっていうか……」

 「ほらほら、肉だぞ! 海賊と言えば宴だ!」

 

 自由気ままな船長に手を引かれて、町の中へと入っていく。危機が去ったことで笑顔を取り戻した町民たちが快く彼らを迎え入れ、宴が始まる。

 彼の言葉に戸惑いを持つシルクは眉根を寄せて困るも、苦笑したキリに声をかけられる。

 

 「こういう人だから。あんまり考え過ぎない方が身のためだと思うよ」

 「う、うん。そう、かな」

 

 急激に賑やかになっていく町へ入り、三人もまた宴へ参加した。

 ルフィが先頭で一番に楽しみ、最初は部外者だと戸惑いを抱いていた者たちも、彼の陽気さにあてられて次第に盛り上がりを見せるようになったようだ。

 昼の頃に始まった宴は夜まで続き、深夜に差し掛かる頃まで大盛況を見せていた。

 


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