名前は適当ですが。
灯りも持たずに夜道を歩く六人は、思いのほか緊張していない様子で会話していた。
緊張しているのは最後尾のウソップだけ。
真剣な眼差しを変えないのがルフィだけだ。
他の面子は比較的肩の力を抜いており、歩む足取りも軽やかである。
「キリとゾロは怪我してるんだから、無理しなくていいよ」
「大丈夫だよ。まぁジョニーとウソップに左手は使うなって言われてるんだけど」
「問題ねぇ。こんなもんハンデにもならねぇよ」
「でも万が一ってことがあるから、今回は休んでた方がいいんじゃ」
「休んでていいってさゾロ」
「バカ、おまえに言ってんだ」
「二人に言ってるんだよ。もう、二人とも頑固なんだから」
「気にしなくていいよシルクちゃん。おれは野郎どもが死んでも全く問題ない」
煙草を銜えたサンジがだらしない笑顔でシルクに言い、彼女は呆れた様子で嘆息する。
どうも個性の強い人物だ。仲間になったこと自体に不満はない。女性にやさしい人格者であることは間違いないだろう。が、これからの航海にそれなりの不安があるのも事実だった。
「それよりおれはシルクちゃんの方が心配だ。きれいなその肌に傷でもついたらどうするんだ」
「大丈夫。私、これでも結構強いから」
「そうかい? まぁ相手が誰だろうとおれが傷つけさせないよ。おれが君の
「あ、ありがとう」
妙にやる気を見せているサンジにシルクは戸惑っていたが、悪い人ではなさそうだ。
それを聞いていた二人が前を見たまま話に割り込む。
「ナイト、道が暗いから燃え上がる恋の炎で照らしてくれない?」
「そりゃ名案だ。おいナイト、前歩けよ。ついでに燃えろ。灰になってもいいぞ」
「うるせぇぞてめぇら! おれとシルクちゃんの会話に割り込んでんじゃねぇよ! 先に行ってとっとと死んで来い怪我人ども!」
からかうようにキリとゾロが肩を揺らし、当然サンジが怒って大声を出した。思わずシルクは困った顔で首を振る。今から戦闘が始まるというのに、まるで緊張感がない。
さらにその一言に反応してか、今まで怯えて縮こまっていたウソップが手を上げる。
反応したのはサンジで、声をかけられるとわずかに後ろを振り返った。
「おいおいサンジ君っ、おれには助けが必要だぞ! 危ない時は助けてくれよな」
「知るか。おれが守るのはレディだけなんだよ。野郎はてめぇで勝手に生きろ」
「何ぃ、おまえおれの弱さを見くびんなよ!? 一人だと絶対に魚人には勝てないんだからな! 絶対にだ! おれが活きるのは誰かの後ろからの援護だけなんだぞ!」
「大声で言う自信かよ……」
「だから危ない時はぜひ助けてくださいっ!」
おどける訳でもなく真剣に言うウソップに溜息がこぼれた。底抜けにポジティブなルフィと正反対で極度のネガティブ。出会ったばかりということもあるが飽きない面子だ。
自信なさげなウソップへキリが振り向く。
いつもと変わらぬ柔和な笑顔で彼の心情を知ってか知らずか、気楽に言い出した。
「心配いらないって。ボクが寝てる間に狙撃の訓練したんでしょ?」
「頭でわかってんのと実際やるのじゃ違うんだよ! 怖ぇもんは怖ぇだろ!」
「まぁそう言われるとそうか」
「負けんのかよ。言い負かせよ、自分で言ったんなら」
あっさり説得をやめたキリにゾロが呆れる。
緊張感がないのはいつものこと。怪我をしても緩い表情が変わらないのは流石とも言えた。
サンジもまたゾロと同様、呆れて彼らを見ている。ルフィに勝るとも劣らない個性的な面々が並んでいる。バラティエの面子も大概だが、彼らにだって負けていないだろう。
呆れが半分、頼もしさも半分あって、誰に言うでもなく呟いた。
「おかしな奴ばっかり揃いやがって。シルクちゃんとナミさんが居てよかったぜ。シルクちゃんは何があってもおれが守るからね。安心してくれ」
「むしろサンジが近くに居るのって一番怖いことだと思うけど。女性にとってはね」
「全くだな。おいラブナイト、シルクが怖がってるってよ。離れねぇと斬られるぞ」
「だからてめぇら入って来るなっつってんだ!」
軽快にやり取りを続けながら和やかに歩き、そんな最中にルフィが前方に何かを発見した。
松明の炎だ。
誰かが灯りを持って歩いて来る。それを見て全員の表情が変わった。
歩き続けながら前だけを見据えてルフィが口を開く。
前方の者たちにではなく背後のキリへ問いかけた。
「なぁキリ、あいつら」
「早速お出ましってとこだね」
「作戦はどうする?」
「正面突破。それ以外に必要ある?」
「ししし、ない」
やっとルフィが笑みを見せ、対照的に戦闘の気配が増していた。
魚人の軍団は彼らの姿を目にすると途端に走り出していた。武器を振り上げて雄たけびを上げ、荒々しい足音と共にたった六人への敵に殺到する。
堪え切れずにウソップが悲鳴を発するが他の者は動揺せず。
再び表情を引き締め直したルフィの隣で、微笑むキリが先に言った。
「ルフィも一応怪我してるんだし、総大将との戦いが残ってる。何もせずに真っ直ぐ歩いてくれればそれでいいよ。露払いはボクらがやる」
「お、そうか」
「そう簡単にウチの大将をやれると思ったら大間違いだ。ま、船長らしくどっしり構えてさ。こういう細かい仕事はボクらが纏めてやればすぐに終わるって」
「わかった。んじゃ頼む」
歩調はそのまま、ルフィは歩き続ける。
キリの言葉を聞き、笑みを浮かべた三人は彼と共に歩く速度を速めた。ただウソップだけは気合いを入れようと拳を握るものの、明らかにルフィより後ろを歩く。それだけは周囲の雰囲気に逆らって真剣みに欠けていたが気にする仲間は居なかった。
魚人たちの声が大きくなる。目を血走らせ、大きな怒りをぶつける様子だ。
理由はなんとなく思い当たる。彼らの仲間を倒したばかり。その意趣返しと言ったところか。
しかしそれなら、彼らにだって戦う理由がある。
ナミを泣かせた。理由はたった一つで十分。
その相手を見つけて明らかにルフィが纏う雰囲気が変わった。
変化を知りながら尚も五人が彼の周りで動き、迫る敵の姿を見据える。
真っ先に動いたのはシルクだった。
魚人の集団の前へ躍り出て剣を構える。
「見つけたぞォ! あいつらだ!」
「殺せェ!」
騒がしい様子と凄まじい勢いで駆けてきた。
松明を数本持っているものの暗がりで、敵との距離は認識し辛い。それでもシルクにとってはあまり関係のないこと。距離など一切気にせず剣を振るった。
刀身に集中した風が刃となって放たれる。
何も気付いていない魚人の集団へと接近し、認識されることもなくその体を斬り飛ばした。
「
先頭の数名が宙へ浮かび、血を撒きながら悲鳴を発した。
同時に、後ろに居た魚人たちは一斉に驚愕の声を出す。
何が起こったのか全くわからなかった。気付けば仲間がやられていて、しかも飛ばされている。
彼らの体が地面に落ちた後になって、ようやく状況が飲み込めた。
何があったかわからないがとにかく仲間がやられたのだ。
「なんだ!? あいつら何しやがった!」
「あの女がやったのか!」
「まさかあいつ、悪魔の実の……!」
動揺が走り、わずかに行軍の脚が弱まる。
想像以上に勘が鋭く無駄な被害を抑えようとする。その様は見事。戦闘に関して、特に集団戦に慣れている挙動が一目で見て取れた。
もう一撃放つか。シルクが逡巡した途端に大声が聞こえる。
集団の後方、二メートルを超える巨漢が発言していた。
「甲羅盾部隊、前へ! 隊列を整えろ!」
「アオカさん!」
その姿は六人の目にも映る。
白い肌と二メートルを超える大きな体躯を持つアオリイカの魚人だ。複数ある手の一本に長い槍を持ち、声を張り上げて周囲の者に命令を出している。おそらくは指揮官。
アオカと呼ばれた魚人は他の者とは何かが違う。
おそらく幹部級か、それと同等。その姿を確認したシルクは一旦攻撃の手を止めた。
命令通りに素早く陣形が整えられる。亀の甲羅を模した盾を持った者たちが前へ来て、シルクのかまいたちに対応するため壁となる。後方にはずらりと他の者が並んだ。
無策で突っ込んで来ない辺り、今まで出会った海賊たちとは違うだろう。
統率の取れた集団は厄介であった。
「あれはおそらく悪魔の実の能力! だが前方から飛んでくるのは確かだ! 鉄と同じ硬度の甲羅で防ぎ、隙を突いて一気に攻め込め!」
「おおぉっ!」
やはり見抜かれている。
シルクが放つかまいたちは大きく分けて二つある。攻撃範囲を広げれば攻撃力は弱くなり、ただの風にも等しいそれを避けることは難しくなるが決定打に欠ける。せいぜいつけられて掠り傷程度だろう。では攻撃力を高めるために風を集中させれば、剣を振る動きから軌道が読まれ易くなる。
現時点で二種類を使い分けられるが、どちらも一長一短だった。
範囲を広げれば当てられるが彼らの行進は止められず。逆に攻撃力を高めて敵を狙えばおそらく盾で防がれてしまう。アオカの分析は理に適っている。たった一度見ただけで良い判断だ。
攻撃を行うべきか、否か。
剣を構えたまま、にじり寄ってくる敵を見つめていると、傍らを駆け抜ける影に気付く。
煙草の煙で軌跡を残し、素早く前方へ駆けていくのはサンジだった。
シルクが苦戦と知って即座に動き出し、たった一人で甲羅の盾を持つ魚人たちへ接近していく。
「こいつらがナミさんを泣かせたクソ野郎どもか。性質の悪ィ顔してやがる」
「一人で突っ込んでくるぞ!」
「砲撃部隊、迎え撃て!」
アオカが槍を振って指示するものの、反応が間に合う前にサンジが盾部隊の前に辿り着いた。
左足で強かに地面を踏みつけ、高速で右足を振り抜く。
その一撃はあまりに強力。
蹴りつけられた甲羅の盾はたった一撃でヒビが入り、だがそれ以上に持っている魚人の体が衝撃に耐えられず、あっさり地面から足が離れて蹴り飛ばされてしまう。
本人を蹴らずに一瞬で彼の体が宙に浮いてしまった。そのまま為す術も無く背から落ちる。
その後も素早く動いて、残る盾部隊を次々蹴りつけてやった。甲羅ごと破壊しかねない勢いで魚人たちが宙を舞い、受け身を取る暇もなく地面へ落ちる。
陣形は瞬く間に壊れてしまい、砲撃部隊がバズーカを構えたのはその直後だった。
「ま、こんなクソ共に比べりゃこいつらの方がマシか」
「おぉ~、やるねサンジ」
「フン」
「あいつすげぇっ!?」
後方から男性陣の声が聞こえてくる。サンジはその声の直後に横へ跳び、道の真ん中を開けた。
剣を構え直したシルクがすでに振りかぶっている。
バズーカを構えたものの流れるような動きに驚愕し、攻撃のタイミングは遅く、再びシルクが攻撃力に秀でたかまいたちを前方へ飛ばしていた。
「ええいっ!」
「やべぇ!? また来るぞっ!」
誰かが警告するが回避は間に合わず。また一斉に斬り飛ばされる。
魚人たちは平静を失いかけていた。特に一兵卒らしき者たちは動揺を隠し切れなくなり、落ち着かせようとアオカが口を開いても冷静に聞ける様子はない。
場は明らかに混乱していた。
混乱に乗じて、ルフィが変わらぬ速度で歩き続ける。目の前に魚人たちが居ると知りながら一切気にしようとしておらず、たった一人で向かってくる彼を目にして魚人たちの顔つきも変わる。
こいつならやれる。
彼の顔を見て思ったか、それとも間抜けにも一人で歩いて来る姿で判断したのか定かでない。
ただ、魚人たちが威勢を取り戻したのは確かだった。
「一人ずつやるぞ! まずはこいつからだ!」
「一斉に襲い掛かれェ!」
気を取り直した魚人たちは呼吸を合わせてルフィに殺到する。最初に攻撃のタイミングを失っていたバズーカ部隊が引き金を引こうとして、サーベルや槍を持つ者たちは少し待ち、逃げ場を失くさせるため周囲を取り囲もうと彼の側面へ回り込んだ。
バズーカの引き金が今まさに引かれようとしている。
それでもルフィはまるで意に介さず、涼しい顔で前だけを見ている。
信頼は功を奏したか、歩みを後押しするかの如く、後方からバズーカ部隊より先にウソップが狙撃した。ゴーグルをつけてパチンコから弾丸を放つと同時、さっきと様子が違って雄々しく叫ぶ。
「必殺、火炎星!」
空中を駆けながら独りでに弾丸が火の玉へと変わり、自身が光源となって暗闇を切り裂きながら前へ進む。一撃は狙い違わず標的に当たって、バズーカの砲口から砲身の内部へ突撃した。火薬を詰め込んだ砲弾に火の玉が直撃して爆発が起こるのである。
一つとはいえバズーカが爆発し、持っていた男が顔面に爆炎を浴びた。
意識を失って倒れる彼を見た面々は見るからに動揺し始める。
状況さえ見切れば、狙撃手はたった一発で戦況を変えることも可能。ダディに言われた通りだ。
本来は要人や指揮官を撃つことで混乱させるという意味だろうが、この場においては難しい狙撃をやり遂げた事実と、バズーカの爆発で仲間がやられたことがそれにあたる。
自分自身驚きながら、空気を変えたことを自慢するようにウソップが雄々しく拳を突き上げた。
不思議と自信満々に見える仕草がさらに彼らの混乱を促すようだった。
混乱する様を見てシルクが剣を振りかぶる。
精密射撃はウソップが得意とする物。だが彼女の攻撃は範囲で勝り、性質も違う。
放たれるかまいたちは横一文字に空を駆けた。
「まだいけるよ。鎌居太刀!」
「ウオッ――!?」
目には見える物ではないが強い風を感じた。その直後には体が斬られている。しかし前を歩くルフィが傷ついた様子はなく、悠々と歩き去る姿は変わらない。
一度で数人の魚人が吹き飛ばされて、混乱はさらに深まった。
指揮官でもあるアオカでさえ平静を失いかけており、吹き荒れる風に目を閉じる。さっきより強くなっていた。毎日続けていた練習の成果が出ているらしく、強弱まで思うがままらしい。
遠距離戦を得意とする二人が動くだけで敵は攻めあぐねている。当初の予定とは違い、思った以上に簡単に勝てる可能性もありそうだった。
しかしたたらを踏むアオカに変わって前へ出る魚人が一人だけ居る。
風に負けず前へ出て、顔の前で腕を交差すると次にやってきたかまいたちを受け止めた。
彼もまた巨体。
二メートル以上の長身でアオカより肩幅が広く、筋肉の盛り上がりも大きい。何より異質なのは体に纏った強固な鱗で、砲弾さえ切り裂くかまいたちを受け止めていまだ無傷。
分厚く硬質。鱗という天然の鎧を纏うピラルクーの魚人。
クルーラという名を持つ魚人は仁王立ちしてシルクの眼前に立ち塞がった。
「おれに任せろ。奴を踏み潰してやる!」
「止められた……攻撃に集中してたのに」
ぽつりと呟いてシルクが剣を引く。
広い攻撃範囲と予測されない攻撃を持つ彼女だが、デメリットとしてその攻撃は味方にも認識しにくいという物がある。風を受け止めることは難しい。剣の振り方を見ていない限り予測するのも一苦労で、彼女が前に出ると他の者が戦えない場面もあった。
そのため一度自ら下がり、距離を置いてクルーラを見た。
好機と見て彼は勢いよく走って前へ出てくる。
シルクさえ止めれば兵力で押し切ることは可能なはず。そう考えて彼女を仕留めるべく拳を握って猛然と距離を詰め、その細身を殴り飛ばしてやろうと考えた。
しかしそれを阻止せんと動く人物が居る。
攻撃の風が止んだことを知り、彼の前に躍り出たのがサンジだった。
「何シルクちゃんに絡んでやがんだ、クソサカナ野郎がッ!」
「むぅ!」
飛び掛かってきたサンジの蹴りを左腕で受け止め、クルーラは滑るように後ろへ下がった。
銜え煙草で不遜な態度。だが実力だけはありそうだ。
油断せずに敵を見据えたクルーラは自らの武器を拳と決め、ボクシングの構えを取る。
「遊びてぇんならおれが相手してやるよ。シルクちゃんには近付かせねぇ」
「フン、バカなことをしたな。アーロンさんに逆らった奴は生きて帰れねぇぞ。大人しくしておけば誰も死ななかったものを。おまえらもう終わりだ」
「いやぁ、案外そうでもねぇよ」
ずいぶん短くなってしまった煙草を手に取り、携帯灰皿へ押し込んで処分する。
それをズボンのポケットに仕舞った後、笑みを浮かべて答えられた。
「ウチの船長がクソ半魚人どもを始末してくれるってよ。なぁに、そう難しいことでもねぇさ」
「たかだか人間がっ、粋がるなよ……!」
「口の利き方には気をつけろ。魚がコックに逆らうな」
対峙した瞬間、二人の間をルフィが通り過ぎる。
全く警戒しておらず、サンジを心配することもなければクルーラに注意を向けることもない。
驚きから動けなかったため、その場はあっさりと通り抜けられてしまった。
しかしその先はそうもいかない。一人だけ様子がおかしいルフィを止めようと魚人たちが動き、今度はクルーラ同様、幹部のすぐ下につく実力者が飛び掛かった。
右からは長い首を持つウツボの魚人、ツウボが首を伸ばして噛みつこうとし。
左からはアオリイカのアオカが槍を突き出して仕留めようとした。
やはりルフィは反応せず、たとえ避けられたとしても見ようとさえしない。
彼らの間に割って入り、防御したのは本人ではなくキリとゾロだった。キリがツウボの顎を殴って口を閉じさせ、ゾロが白い鞘の刀を抜いてアオカの槍を受け止める。
二人は笑って敵を見ていた。
またもルフィはただ歩くだけで敵の間を抜ける。
「ガキども、邪魔するな!」
「アーロンさんの所へ行く気か! そうはさせん!」
「まぁそう言わず。大将同士がぶつかって問題でも?」
「負けねぇって言うならこのまま通せよ。どの道すぐに終わる」
さらに先へ進んだルフィの前には、三人の人影があった。
おそらくそこが最後尾。混乱する一兵卒たちが持ち場を見出せずに慌てているものの、彼ら三人だけは腕を組んで道の真ん中を塞ぎ、ルフィをじっと見つめている。
右にキス。真ん中にタコ。左にエイ。
今度こそアーロン一味の幹部たちが待ち構えており、ルフィは一人でそこに向かった。
「チュッ♡ 何やってんだ。悪魔の実の能力者が居たからってたった六人になんてざまだよ」
「ニュ~、やっぱりおれたちがやるしかねぇか」
「なに、所詮は人間ども。そう時間はかからない」
真っ先に歩き出してルフィに向かったのはエイの魚人、クロオビである。
彼が得意とするのは肉弾戦。魚人空手を習得し、周囲にある水を利用する戦法は能力者が相手でも通用することは経験済み。過去のデータから見ても敵に効かないはずはないと思っていた。
ルフィを狙って正面から向かう。ルフィも向かう先を変えず、冷静なままで前へ進む。
今度こそ邪魔はないかと思われたが、やはり動く人物が居るらしい。
遠くからはウソップがパチンコでの狙撃を行っていた。
「三連火薬星ィ!!」
ほとんど変わらぬタイミングで三発の弾丸が放たれ、逸れることもなく標的にぶち当たる。当たったのは三人の幹部たちだった。彼らの顔面が小さな爆発に包まれる。
衝撃は上等。驚くのも無理はない。
体勢を崩すか、或いは転んでしまった者も一人居て、ルフィは悠々と彼らの傍を歩き去った。
今度こそ前方には誰も居ない。
道は仲間たちの手で作られ、そのまま真っ直ぐ進めば目的地に辿り着くという。
ルフィは振り返ろうともせずに歩みを止めなかった。
通り過ぎられて数秒。
クロオビとキスの魚人、チュウが倒れかけた姿勢から立ち直り、転んでしまったタコの魚人、はっちゃんが元気よく立ち上がる。
ギロリと睨む視線は当然弾を放ったウソップへ。
三人から同時に睨まれた彼は顔面蒼白の状態で呟いた。
「す、すみませんでした……」
「上等だ……チュッ♡ てめぇはおれがぶち殺してやるッ!」
「ぎゃああっ!? ご、ごめんなさぁいっ!!」
怒り心頭のチュウがウソップを睨みつけて叫ぶ中、クロオビが気付いて背後へ振り返る。
ルフィがアーロンパークへ向かっていた。これを見逃していいはずもない。
即座に追おうと考え走ろうとする。
「待て! ここから先には一人も通さん――!」
クロオビが止めようとしたところ、その彼を止めるために空からキリが降ってきた。
体の周囲にふわりと紙が浮かび、笑みを湛えて、右手を広げて道を塞ぐ。左腕はだらんとしたままで間抜けな姿だが、状況は逆転してしまったように見えた。
宙に浮かぶ紙を見て足を止めた。
この男も普通の人間ではない。おそらく能力者で、油断してはならない人物。
彼がルフィの背を守ったことでクロオビが正面から睨みつける。
「はい待った。ここから先には一人も通さないよ」
「人間、小賢しい真似を……!」
「怖い顔するなぁ、楽しく行こうよ。せっかくのお祭りだ」
右腕を前へ伸ばして、人差し指一本だけを空へ向けて伸ばし、それだけで周囲の紙が動き始めて不思議な光景を目の当たりにする。宙を漂って体の周りを旋回していた。
明らかに異質。能力者は二人居た。
クロオビは拳を構えて彼と対峙して、だがキリが動こうとしなかったことで場が硬直する。
気付けば空から雲が消え、月明りによって辺りが照らされていた。
いつの間にか戦闘は中断されており、荒れた戦場で怯えずに立っているのは三名の幹部と、さらに三名の幹部補佐が残っただけ。今も立っている一兵卒は混乱するばかりで動けない。
麦わらの一味が五名。
アーロン一味が六名。
ルフィを欠いた彼らは敵を逃さず、辺りに田んぼが広がるだけの道端で対峙した。