ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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賭け

 歩き出した一味はココヤシ村へ辿り着き、尚も前進を続けていた。

 ルフィが先頭となって五人が続いて、無人の町並みを通り過ぎていく。一度通っただけだが不思議と人気は感じられなかった。ほとんど出払っているらしい。

 何が起こったのだと辺りを見回しつつ進んでいれば、やがて人が集まっているのが見えた。

 彼らが来た方向とは反対側、村の入り口で何かが起こっている。

 

 語る声も無く近付いていく。

 集まっている村人たちの間を潜り抜け、驚く彼らを気にしながらも進んでいき、先頭が見える頃になれば異様な姿とゲンゾウが向き合っているのが見えた。

 

 魚人である。

 それぞれ別の種類だろう魚人が五人ほどやってきており、話を聞くゲンゾウを睨みつけていた。

 どう見ても穏やかな雰囲気ではない。

 脅迫にも等しい空気が感じ取れて、六人は様子を窺いながら歩み寄る。

 

 近付くと同時に声が聞こえてくる。

 五人は少し耳を澄ますものの、ルフィだけは一切意に介していなかったようだ。

 

 「ウチの仲間を倒した奴らが居るな。村の連中じゃねぇってことはわかってる。おまえらが匿ってるんだろう。どこに隠した?」

 「知らんな。ここには誰も来ていない」

 「嘘をつくとタメにならねぇぞ。場合によっちゃてめぇらの命も危ねぇからな」

 「知らん物を知ってるとは言えん。ただそれだけだ。嘘をつく理由もない」

 「てめぇ……ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 激昂した様子の魚人がゲンゾウの胸倉を掴んだ。

 人間以上の腕力によって、体が軽々持ち上げられる。今や片手で釣り上げられていた。

 見ていた村人たちが小さく声を出すが見逃されるはずもなく。

 そこへ、ルフィが全く表情を変えることなく接近していた。

 

 「目を覚ました仲間が言ってんだよ。ココヤシ村の目の前で外から来た人間に殴られたってな。てめぇらこれだけ居ながら誰一人としてそいつらを見てねぇってのか、アァ!? おれらの怖さを忘れたって言うんならもう一度教えてやってもいいんだぞ!」

 「ぐっ、だから、知らん物は知らんと言っただけで――!」

 「おい」

 

 棒立ちになっている村人の間を潜り抜け、気安く声がかけられる。

 そちらを向いた魚人がルフィを見つけた。

 

 見慣れない顔。村人全ての顔を覚えている訳ではないが今まで一度も見た事が無いのは確か。

 こいつだ。

 自然とそう思う。

 

 投げ捨てるようにゲンゾウから手を離し、尻もちをつく彼には目もくれずルフィへ迫った。

 限界まで顔を近付けられると流石にルフィも足を止め、至近距離から睨みつけられる。恐怖心はない様子とはいえあまりに近くて邪魔に思ったらしく、わずかに表情が歪む。

 魚人は怒りを滲ませながらルフィへ言った。

 

 「てめぇか。ウチの一味に手を出しやがった野郎は」

 「どけよ。おれは急いでんだ」

 「あぁん? 舐めてんのか、小僧。おまえ誰に手ェ出したのかわかってんのか?」

 「知らねぇ。どかねぇんならぶっ飛ばすぞ」

 「アァ!? ふざけてんじゃねぇぞ人間風情が! 誰に言ってんのかわかってんのかよ! いいぜ、ぶっ飛ばせるもんならやってみろ――!」

 

 瞬間、高速で振り抜かれた拳が魚人を殴り飛ばし、最後まで言わせず勢いよく地面を滑った。

 あまりにも素早い一撃で、耳に残る轟音だった。

 見ていたはずの残る四人の魚人たちは何が起きたか理解できないまま呆然としている。ひとまず前方に居るルフィを見て、その後自分たちの後方に転がった仲間を見やり、指を鳴らすルフィをもう一度見てようやく理解する。きっと彼に殴られたのだろう。

 

 顔色が変わって、恐怖心が半分、もう半分が怒り。

 彼らもまた威勢よく拳を握ってルフィへ襲い掛かろうとした。

 

 「て、てめぇ!」

 

 しかしそれを許そうとせずにキリが動いた。

 前方右手側に居た魚人へ接近し、右手に持つのは紙の剣。一切の躊躇なく腹に突き刺して、背が丸まったその直後、素早く引き抜いて更なる斬撃を繰り出した。

 一瞬で与えられたのは五回の攻撃。

 魚人は全身を切り裂かれて意識を失い、為す術も無くその場へ倒れた。

 血に濡れた紙が力を失ってひらりと地に落ち、キリは残る敵に背を向けて笑顔を見せる。

 

 突然の出来事が続いて上手く反応することができなかった。

 それでもなんとか、仲間がやられたことだけは理解していて、今度はキリの背を睨みつける。

 

 最も彼に近い場所に居た魚人が背後から襲い掛かろうとする。キリはなぜか敵に背を向け、気楽な様子で歩いて仲間たちの下へ戻ろうとしている。その背は隙だらけ。

 攻撃が当たる、と思うのは当然。

 しかし予想に反して、彼の背に届く前に体の前面が何者かによって斬られた。

 剣を持った人間など近くに居ない。目の前に誰も居ないことは自分で理解していて、透明人間など居るはずもなし、だが確かに袈裟切りに斬られた傷が肌に残っていた。

 

 血を噴き出しながらふと気付く。

 離れた場所、シルクが鞘から抜いた刀をすでに振り切った状態で持っていた。

 まさかと思うその瞬間。再び彼女が剣を振れば、見えない何か、かまいたちが再び魚人の体を切り裂いた。先の傷とは対照的になるよう袈裟切りの傷がつけられる。

 今度は風圧も強く、切り裂かれると同時に体が飛んで、意識を失うと背から地面に落ちた。

 

 一分とかからず二人がやられた。

 人間よりも優れた生物であるはずの魚人が、二人も。

 

 残った二人は恐怖心を掻き立てられ、思わず体を震わせる。

 片方の魚人が耐え切れない様子で気付けば呟いていた。

 

 「な、なんなんだよこいつらっ。一体何がどうなって……」

 「見りゃ大体わかるだろ。海賊だよ」

 

 返答が届くと同時、唐突にやってきたサンジのかかと落としが前に居た魚人の脳天を捉え、力ずくで地面へ転がす。それだけで攻撃が終わって肩の力を抜く。

 凄まじい音がした一撃は確実に彼の意識を刈り取っており、また一人気絶した。

 

 残った一人は狼狽して辺りを見回す。

 五人居たはずだった。気付けば意識を保っているのは自分一人、仲間を倒したのは人間たち。魚人より弱い、下等種族だと判断していた彼らがやったのだ。

 一切の笑みを消した、真剣な顔のルフィが一歩近付く。

 たったそれだけで魚人は腰を抜かしてその場に尻もちをついてしまった。

 

 「アーロンって奴、どこにいんだ?」

 「ひ、ひぃいいっ!?」

 

 冷たい声で問いかけられた途端、力が戻ったのか、突発的に立ち上がった魚人は転びそうになりながら走って逃げ出した。その背は夜の闇へ簡単に消えていく。

 ルフィは敢えて追わず、じっとそちらを見続ける。すると隣へ並ぶキリが伝えた。

 

 「多分逃げた方向に居るよ。道なりに進めば十分かな」

 「そうか。じゃあこのまま進もう」

 「了解。それじゃ行くよみんな」

 

 歩き出したルフィの背を追うよう、キリが仲間を振り返りながら歩き出し、他の四人も続く。

 ゾロはなぜか退屈そうにして仏頂面。すぐ後ろではサンジがシルクへ楽しそうに話しかけ、一番後ろに居るウソップは薄っすら掻いた冷や汗を拭っていた。

 

 別段特別なことはなかったとでも言うような、微妙に緩んだ雰囲気。

 彼らが語る声は至って普段通りの物だと、初対面の村人たちでさえ気付くのは簡単だった。

 

 「いやぁ~、シルクちゃんって強いんだなぁ。今のって悪魔の実の能力?」

 「うん、カマカマの実って言うの。かまいたちを起こせるんだよ」

 「へぇ~そうなんだぁ。可愛い上に強いだなんて、美人ってのはやっぱり罪作りなんだね」

 「か、かわいくないよ、別に」

 「そんなリアクションまで素敵だァ~!!!」

 「うるせぇよサンジ!? おまえその大声で敵に気付かれたらどうすんだよ!」

 

 頬を赤らめるシルクを見てサンジの大絶叫は止められず、夜空にまで届かんとする大声量はウソップを焦らせた。自身を怖がりだと称する彼は敵が戻ってくることを恐れているらしい。

 彼の一声を聞いて、黙り込んでいたゾロが口を開く。

 

 「もうとっくにバレてんだろ。さっきの奴は仲間を呼びに行ったんだよ」

 「げぇ!? マジで!? お、おいルフィ、真正面から突っ込むってのはどうなんだろうな? 敵を倒すためにも作戦とかそういうのが必要になるんじゃ……き、キリ!」

 「悪いねウソップ。今回の作戦は正面突破だよ」

 「えぇぇ~!? はい! 作戦会議のやり直しを要求します!」

 「却下。船長が止まる気ないからね」

 

 恐怖心に負けて騒ぎ出すウソップの要求に対し、振り返って話すキリはあっさりと受け流した。

 その間にもルフィはどんどん暗闇目指して歩いていく。

 相変わらず止まる素振りはない。

 

 自信満々に歩いて灯りのない夜道に彼らが消えていこうとした時、ようやく声を発することができたのは村人の中でゲンゾウだけだった。

 突然のことで訳が分からず、危うく何も聞けずに見逃してしまうところである。

 数歩前へ出て彼らを追い、足を止めて振り返った六人を見据える。

 

 「待て! おまえたちどこへ行くつもりだ!」

 

 どこへ行こうと言うのか。何をすると言うのだ。

 ナミの知り合いとは知っているが、だから何をしてもいいとは限らない。

 困惑したままでゲンゾウが彼らに問いかける。無視していいとは思っていない。何をするにしてもナミを想えばこそ、このまま行かせてはならないと思った。

 答えを出したのはルフィである。

 

 「どこって、アーロンって奴のとこ」

 「何をしに行くつもりだ」

 「そんなのおれの勝手だよ。海賊だからな」

 「おまえたちが海賊だろうと何だろうと、そんなことはどうでもいい。この村の状況は知っているか。今までナミがどれほど頑張ったか知っているか。不用意な行動はやめてもらいたい」

 

 ルフィは何も言わずにじっとゲンゾウの目を見つめる。

 ゲンゾウもまた、片時も逸らさず彼を見返した。

 

 「ナミを仲間にしたいと言ったな。海賊の仲間に」

 「ああ。言った」

 「おまえがあの子の笑顔を守れるか?」

 「当たり前だ」

 

 帽子のつばを握り、少し俯く。

 ゲンゾウは何かを思案するよう、しかしそう長くは悩まず、苦心しながら言葉を選んだ。

 

 わかっている。理解している。自分たちの力で自由を勝ち取ることができないのは。

 それでも耐え忍んだ。ココヤシ村はナミが帰ってくる唯一の場所だから、決して自分たちから諦めることはするまいと。何年も何年も痛みと苦しみに耐えて生きてきた。

 その結果が海賊に頼ることだとすれば、情けなくも思う。

 だがそれ以上に、もうナミを苦しめることは嫌だった。

 

 歯を食いしばって。

 ゲンゾウはわずかに頭を下げる。

 

 「あの子を助けてやってくれ。我々にはもうどうすることもできんのだ……もう頑張る必要などどこにもない。我々のことだってどうでもいい。あの子を、自由にしてくれ」

 

 その時の表情は誰の目にも入らない。夜の時間、暗闇、頭を下げていたことでどんな顔をしているのかは他人に知れることはなかった。言葉を紡ぐ本人以外は。

 

 「ただ、一つだけ言っておく」

 

 頭を下げたまま、ゲンゾウは言葉を重ねる。

 今度は声に力が戻り、さっきよりもはっきりとした口調だった。

 

 「ナミがおまえたちについていくと言っても、もしあの子が、おまえたちと一緒に居ることで涙を流した時は。その時は私がおまえたちを殺しに行く。それだけは絶対に忘れるな」

 

 助けてくれと頼む相手に言う言葉ではない。だが他の何を差し置いてもそれを言わずにはいられなかった。自身の本音で、嘘偽りのない言葉で、悔しさを呑んだ一声である。

 最後に一度、意志の強さを問うため彼の声が大きくなった。

 

 「わかったなッ!!」

 

 静かな周囲へ音が吸い込まれていく。

 村人たちを見れば彼らも決意した顔を見せており、おそらく村人全員の総意。それだけナミを大事に想っているということだ。

 

 ずっと動きを見せなかったルフィが笑う。

 彼は改めてゲンゾウに向き直り、ひどく楽しそうに言った。

 

 「おっさん、おれたちと賭けしねぇか?」

 「何……? 賭け、だと」

 「ああ。おれがアーロンをぶっ飛ばしたら、ナミはおれがもらっていく。おっさんたちがアーロン倒したら連れてくなんて言わねぇよ。ここで平和に暮らしたらいい」

 「な、なんだと? しかしあの子は――」

 「おれたちは海賊だ。誰かに頼まれたからって動かねぇし、略奪だってするし、泣くかどうかなんてナミの勝手だろ。ナミが勝手に決めればいい。おれがどうこうすることじゃねぇよ」

 

 呆然とするゲンゾウへルフィが続ける。

 

 「海賊は自由に生きるんだ。だからおれは好きにやる。おっさんたちのためじゃなくて、おれがぶっ飛ばしてぇからアーロンをぶっ飛ばす。ナミがどうするかはナミが決めるよ」

 「それはそうだが……」

 「ただ、あいつがおれたちといっしょに来るんなら、絶対に死なさねぇってことだけは言える」

 

 ルフィは腕組みをして、傍らに五人が肩を並べた。

 彼らは一様に村人を見渡し、大胆不敵に告げる。

 

 「おれたちはナミを助けに来たんじゃねぇ。この村から奪いに来たんだ。守りたかったら自分で守るしかねぇぞ。おれはナミを連れて航海に出る」

 

 ゲンゾウが息を呑み、村人たちもその姿に見入った。

 歳は若いが堂々としている。

 

 頼みなど聞かない。どうにかしたいなら自分でやれ。

 突き放すような言葉が笑顔で突きつけられた。

 ナミの知り合いだと知って油断していたかもしれない。やはり彼らも海賊のようだ。

 

 村人たちがざわつき始め、ゲンゾウも頭を抱えて考える。

 甘えは許さない。そう言いたいのだろうか。

 重々しく溜息をついて、不思議と胸がすっとするようだった。

 

 悔しさを覚えていたのは村人たちも同じ。ナミが利用されていた八年間、彼らも辛い日々を送って来た。そして今日まで、一度たりともリベンジを果たす機会などなかった。自らの力でリベンジできると言うのならばそれほど嬉しいことはない。

 

 村人の顔つきが変わってくる。

 覚悟は決まった、ということだろうか。

 代表してゲンゾウがルフィへ言葉を返した。

 

 「いいだろう……それならもう頼まん。ナミは我々の手で守る」

 「しっしっし。ああ、わかった」

 

 ゲンゾウは振り返って村人たちを見回す。誰もかれもが同じ顔つきをしていた。

 武器ならば用意している。もしも村を支配する魚人たちがナミを傷つけ、耐え切れなくなった場合、刺し違えるつもりで戦おうと思っていた。

 今、ようやくそれを使う時が来た。

 

 「皆行くぞ! 武器を取って魚人に立ち向かうんだ! これ以上奴らの好きにさせて堪るか!」

 「おおぉっ!!」

 

 村人たちが拳を突き上げ、声を張り上げた。

 それを見て笑ったルフィは再び村から出ようと歩き出し、その間際、ついてきていた二人へ背中を見せたまま言う。答えたのはヨサクとジョニーだ。

 

 「ヨサク、ジョニー、おっさんたちを守れ」

 「合点だ!」

 「命に代えても!」

 「おれたちは先に行くぞ。おっさん、早く来ねぇと終わっちまうからな」

 

 再び六人が歩き出して暗闇へ向かう。

 沸き立つ村人が武器を手に取るためゲンゾウの家へ向かう頃、ゲンゾウはその背を見た。

 

 ココヤシ村にとっての救世主か、それとも他と変わらぬ海賊か。

 まだ判断することはできず、今は勢いに乗せられて動くしかないのかもしれない。

 ゲンゾウは苦い顔で彼らの背を見送った。

 

 

 *

 

 

 八年前、村の外れに建てられた巨大な塔、アーロンパーク。

 そこには海賊アーロン一味が居て、コノミ諸島を牛耳り、八年間も支配している。ココヤシ村もその一つ。逆らった村の一つ、ゴザを滅ぼしたことも記憶に新しい。

 懸賞金2000万ベリー、ノコギリのアーロンはこの地における絶対的な支配者だった。

 逆らう者は全て葬ってきた彼にとって、イーストブルーに敵など居ない。そのはずだった。

 

 変化が起きたのは部下の一人が慌ててアーロンパークへ駆け込んできたことだ。

 足をもたつかせる彼は勢い余って転んでしまい、椅子に座っていたアーロンへ声をかける。

 

 「た、大変だアーロンさん! 例の奴らを見つけた、また四人やられたんだ!」

 

 転んでしまった魚人の声を受け、アーロンは目つきを鋭く彼を見た。

 

 その姿、ノコギリザメを人にしたかのような姿。

 棘のあるギザギザの鼻が長く伸び、長身で大柄の体格は生まれた頃より恵まれており、青い肌は明らかに人間とは違う物。左胸には太陽を模した刺青が刻まれていた。

 一睨みで凄まじい迫力を感じる姿である。

 

 報告した魚人は思わず息を呑み、緊張から動けなくなった。

 種族至上主義。魚人族こそ最も優れた種族と考える彼は同族に手を出すことはない。特に我が仲間には言い表せないほどの絆がある。手を出す訳がないと知っていた。

 しかし知っていたところで恐怖を感じずにはいられない。

 人間を嫌う彼が、人間に同胞をやられたと知って、怒らないはずがなかったのだ。

 

 「ほう……それはつまり、おれたちに逆らう人間が存在したってことだな?」

 「あ、ああ。村の奴じゃなかったようだが、人間だった。それは間違いない」

 「フン、これはおかしな話だ。下等な人間がおれたち魚人に逆らうとはな」

 

 周囲の予想を裏切り、アーロンは低く笑い出した。もっと大きな怒りを見せるかと思ったがむしろ静かなことが恐ろしい。それだけ怒りが大きい可能性もある。

 くつくつと笑い、背もたれに体重を預けたまま。

 やはり声には怒りを滲ませ、部下の問いに彼が答える。

 

 「ど、どうする? あいつら多分、ここに来る気だ」

 「好都合だろう。おめぇら迎え撃ってやれ。ついでにココヤシ村も始末しろ」

 

 彼の部下たちがわずかに動揺する。支配していた村からは税金を集めていた。村を一つ消すということはその収入が無くなってしまうことになる。

 ただでさえゴザが無くなったばかり。これ以上の損害は許してよいものか。

 幹部の一人でエイの魚人、クロオビが腕組みしながら尋ねる。

 

 「いいのか? また資金源が消えてしまうが」

 「なぁに、ちょうどそろそろ支配領域を広げようと思ってたところだ。それと厄介なことになる前にナミも始末しておけ」

 「ナミを?」

 「奴はおそらくおれの企みに気付いた。優秀な航海士だったが、これ以上生かしておいていいことはない。悲しい別れだがここで死んでもらうとしよう。ココヤシ村の連中と共にな」

 

 にやりと笑って鋭い牙が露わになった。

 アーロンの凶悪な笑みを確認した後、クロオビが代表として小さく頷く。

 

 「了解した。一人残らず息の根を止めて来よう」

 「頼んだぜ同胞たち。シャハハハハハ!」

 

 アーロンの高笑いの下、魚人たちは歩き出した。目的地はココヤシ村であり、村民たち全員の命であり、仲間だったはずのナミの首である。

 暗闇の中、静かに行進が始まっていた。

 


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