ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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“助けて”

 日が落ちて夜になり、ナミの家の前では海賊たちが小さな宴を始めていた。

 盛大なバーベキューである。

 すでにサンジが焚火の上で熱した網を使い、串に刺した肉や野菜を焼いており、焼き上がりを今か今かと待っている海賊たちは子供のように騒がしい。

 特にうるさいのはルフィを筆頭として、その両側に座ったキリとウソップだ。

 

 「サンジ、肉まだか! 肉ゥ~!」

 「今焼いてるとこだ。もう少しくらい待てねぇのか」

 「サンジ、お腹空いたぞ~。早く早く」

 「サンジ、おれもう腹ペコだぞっ」

 「ガキかてめぇら。いいから黙って待ってろ」

 

 食事前にはしゃぐ三人を一喝し、呆れるサンジは冷淡に声を出した。

 しかし一方で女性陣を見れば目の色が変わって声が弾む。

 

 「んナミさぁ~ん! シルクちゅわ~ん! もうすぐ出来るから待っててねぇ~!」

 「ありがとうサンジ。待ってるね」

 「はぁ~いっ!」

 

 相手にするのが男と女でこうも違う。嫌というほど非常に分かり易い人間である。

 その様子を見ていて、今度はウソップとキリが呆れた様子で呟いていた。

 

 「しっかしわかりやすい奴だな、こいつは」

 「うん。びっくりするくらい扱い易そうで困るよ」

 「単純さではルフィといい勝負っぽいよな。女に関しては」

 「まぁこっちとしてはある意味助かるけどね」

 

 軽口を叩いて落ち着く彼らはすでにサンジを受け入れているらしく、互いの態度や雰囲気は決して悪い物ではない。早くも慣れつつあったようだ。

 時折女性陣に熱い視線を送りながら、手早く料理が仕上げられていく。

 その姿は初めて見るキリやウソップも感心してしまうほど鮮やかだ。

 

 「何ごちゃごちゃ言ってんだ」

 「まぁサンジの悪口と褒め言葉だよ」

 「そうかい。そりゃありがとよ。おら、持ってけ」

 「やった~!」

 

 そして完成した時、いの一番にルフィが喜びの声を上げて肉を食し始め、キリとウソップも自分の手で串を取って食べ始める。無邪気というか、マナーの見られない姿だ。

 それを目にしてサンジは溜息をつく。

 レストランで働いていただけに思うところはあったらしい。

 

 「まったく、マナーのなってねぇ連中だ。さて……ナミすわぁ~ん! シルクちゅわぁ~ん! 恋の串焼きできたよぉ~!」

 

 しかし女性陣に目を向けた途端には機嫌が最高潮にまで良くなる。皿に串焼きを乗せて駆け出すのだが、その様は異様で、有頂天になってくるくる回る姿はひどく間抜けだ。

 出来たばかりの料理が届けられ、笑顔のシルクが受け取る。

 

 「ありがとう。それとごめんね? うちのクルー、ちょっと変わった人ばっかりだから」

 

 彼女自身何でもないことのようにお礼の言葉を告げていたが、その一言はサンジにとって凄まじい衝撃で、さらに笑顔まで見せられたのでは込み上げてくる喜びが止められない。

 両の拳を突き上げ、涙を流さんばかりの表情で天を仰ぎ、心からの叫びを発した。

 

 「大好きだァ~ッ‼」

 「うるせぇな。何叫んでんだ、あいつは」

 

 絶叫するサンジの背を見てゾロが呟き、手に持ったジョッキをあおった。

 彼にヨサクとジョニーを加えた三人は料理を口にする傍ら、酒を飲んでいる。すでに話も進んでいて、ヨサクがジョニーのジョッキへと注いでやり、酒も入って上機嫌になっていた。

 

 「いや相棒にも見せてやりたかったぜ。ゾロの兄貴もサンジの兄貴もそりゃあかっこよかった。あれを見せられたら男なら痺れずにはいられねぇな」

 「かっこよかった? そういや兄貴、ひどい傷ですけどそれは」

 「つまんねぇ話だ。んなことよりルフィ、いい加減話してもいい頃だろ。メシはいいとしていつまで待ってりゃいいんだ」

 

 あまり話したくないのか、遮ったゾロがルフィへ振り返る。

 口いっぱいに肉を詰め込んだルフィは咀嚼しながら言葉を発した。

 

 「んーば。んーみーっぽう」

 「そろそろ話そうかって」

 「おまえ、よくわかるな……」

 

 口内が物で溢れているせいでルフィの言葉はもごもごして聞き取れない。そこで目敏く解説したのが傍に居るキリだった。何が言いたいのかが大体わかっているらしい。

 一秒と待たない内の言葉である。

 鮮やかな手並みにウソップは呆然と彼らの顔を見ていた。

 

 ルフィの目がナミへ向く。彼女もすぐに気付いた。

 話を始めてくれ、と言いたいのか。しかしもごもごしているため言葉は出さず、言おうか言うまいかと逡巡する一瞬、空気を読んで先にキリが口を開いた。

 

 「ナミ、話してよ。事情があるなら尚更さ」

 「ねぇナミ」

 

 キリがやさしく問いかけ、シルクが傍から名を呼んで促した。

 多少の不安や戸惑いが消えないでもないが、ナミは少し俯いて、神妙な顔つきになる。

 それでも意を決して口を開き、真剣に耳を傾ける面々に向かって話を始めた。

 

 「何から話せばいいかわからない……でも、みんなに、これを見て欲しいの」

 

 緊張で口の中がからからになっている。言葉にも詰まりそうになって、ひどく緊張していた。

 ゆっくりと左肩の包帯へ手をかける。

 ココヤシ村に着くまで、誰にも見せたことはない。同性のシルクでさえ。しかしこの島に来てからは彼女にだけは先に打ち明け、しかと話を聞き入れてもらっていた。そのおかげもあってか、今は打ち明ける勇気が出来て、彼らにも見せられると思う。

 

 彼女にとって忌まわしい印。

 包帯が解かれてそれが露わになり、彼らの前に姿を現した。

 

 左肩に刻まれた刺青。海賊、アーロン一味のマーク。

 旗にも描かれているそれは海賊の仲間だということを表しているのだろう。

 沈黙が広がり、そこに視線が集まる。

 ナミはぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

 「私は、アーロン一味の人間……海賊の仲間」

 

 簡潔に、分かり易く伝えられた。

 いつの間にか食事の手も止まっている。今はナミの話に集中しているようだ。

 夜の静けさも相まって静寂が強くなるのか、焚火が小さく鳴らすパチパチという音だけ残る。

 

 「あいつらがこの村に来たのは八年前。突然現れてこの村を襲って、支配するって宣言して、それ以来みんなはずっと苦しめられてる。私のお母さん、ベルメールさんも殺された」

 

 簡潔な説明だが表情を歪める者も居て、全てを窺い知ることはできないが彼女の顔を見れば伝わってくる何かもあったのだろう。

 特に反応があったのはウソップやサンジ。そこに以前少しだけ話を聞いたシルクも加わる。

 ルフィとゾロは真剣な顔で耳を傾け、ヨサクとジョニーも同じく。

 キリは視線を外し、笑んでいるようにも見える顔で静かにしていた。

 

 不安か、困惑か、整理しようとしても難しく、説明は決して巧みではない。しかし一度話し出せば言葉は選ばずとも出てくるようで、ゆっくりとだが進められる。

 

 「私が海賊専門の泥棒になったのはね、あいつらと約束したから。一億ベリー払えば村は解放してくれる、って。だから八年間一人で色んな奴から盗み出した。海賊からね。危ない目にも遭ったし、いっそ逃げ出そうかと思ったことだって何度もある。だけど、やっぱり見捨てられなかった」

 

 ナミの声色が少し変化する。

 声は小さくなり、どこか沈んだ様子で、気落ちしているらしいのがわかった。

 

 「でもシルクに話してみて、自分が間違ってたって気付いた。あいつ、最初から開放する気なんてないのよ。お金だけ回収して、この村も私も逃がす気なんてなかった」

 「なんでわかるんだ?」

 

 思わずルフィが質問する。するとナミは自嘲気味に微笑んだ。

 

 「直接会って確認してきたの。はっきり聞いた訳じゃないけど、それとなく探りを入れたらちょっとだけ様子が変わってた。上手くはぐらかそうとしてたのがきっと良い証拠よ。あいつが海軍に賄賂を渡して繋がってるのは知ってるし、自分で手を下さなくてもそれをできる」

 

 自分の膝を抱えて座り直して、遠い目になって語られた。

 この八年間は何だったのか。救われることだけを欲して努力してきたのに、それが全て無駄になってしまうらしい。それを知ったのに努力を続けることは何とも難しかった。

 ただ、だからこそ話そうと思えたのかもしれない。

 

 彼らにも伝わっているのだろう。彼女が感じる空虚、そしてそれ以上の悲しみが。

 求める物はただ一つ。

 解放。支配から逃れることだけ。

 強い女だと思っていたナミが見せる表情、声色、仕草の一つ一つが彼女の精神の限界を伝え、今までの姿とは遠い物に見える。強がらない彼女は至って普通の少女だ。

 

 「色々手を尽くしたし、八年かかっても私じゃあいつを殺せなかった。だからお金を集めるしかないって思ってた。でもそれさえできなくなって、どうしようもなくなっちゃった」

 

 小さな溜息がつかれる。そんなに疲れた表情を見せるのは初めてだった。

 

 「ねぇルフィ」

 「ん?」

 「前に話した時、重くなったら言えって、言ってくれたわよね」

 「ああ。言った」

 「ほんとはずっと言いたかった。あんたにずっと、聞いてもらいたかった」

 

 ナミの視線がルフィに向けられて、真剣に見つめられる。

 ルフィは逃げずにそれを受け止めた。

 

 「今まで誰に頼んでもあいつらには勝てなかった。海軍も、賞金稼ぎも、海賊も。だからあんたたちにも言いたくないと思ってたの。負けるかもしれないって思ったし、あんたたちが、死ぬかもしれないって思ったから」

 

 感情が高ぶって声が上ずる。それを無理やり押さえ込み、冷静に語ろうとしていた。必然的に緊張感が増しているらしく皆が真剣な顔で見つめている。

 ナミは薄く微笑んだ。

 

 「私の本心、聞いてくれる?」

 「うん」

 

 間を置かずにルフィが頷く。

 安堵した様子で、ナミが小さく息を吐いた後、座り方を変えて腰の裏にあった物を取り出す。右手に持たれたのは小さなナイフだ。

 驚いてウソップとサンジが反応する。

 何をしでかすかわからない彼女に持たせておくのは危険な物。慌てるのは無理もない。

 

 「ナミさん落ち着いてくれ! 早まっちゃだめだ!」

 「おいナミ、おまえそれで何する気だよ! 妙なこと考えんな!」

 

 ゆっくりナイフが掲げられ、切っ先は自分に向けられている。

 ナミは驚く面々を無視して腕を振るった。

 ナイフが突き刺さった先は彼女の左肩、アーロン一味のマーク。まるで怒りを伝えるように、彼らへの決別を告げるように激しく突き刺さる。

 

 血が宙を舞い、腕を伝って落ちてくる。

 呼吸を乱し、強い痛みを感じながら気になったのはそちらではない。

 俯いたままで彼女が語る。

 

 「誰にも頼れないと思ってた。あいつらに歯向かって生きて帰れた人間なんていないから。だから自分一人でなんとかしなきゃって思ってたのよ。今でもそう。あいつらに勝てる人間なんて居る訳ない。そう思ってる。あんたたちがどれだけ強くたって、グランドラインから来た怪物になんて勝てるはずがない。……でも」

 

 ナミの顔が上がってルフィを見る。

 

 「ルフィ……」

 

 ひどく弱々しい姿で、ぽつりと一言だけ。

 

 「助けて」

 

 瞬間、一筋の涙が頬を流れた。

 静かに、嗚咽さえ漏らさず、おそらく意識していない一筋。泣きじゃくるでもなくあまりにも静かだったことが彼らの脳裏に深く刻み込まれる。

 

 何も言わずルフィが立ち上がった。

 食事にすら興味を持たずに歩き出して、ナミへ近付くと無言で自身がかぶる帽子を持ち上げる。

 目の前に立った彼が何をするのかとナミが見ていれば、乱暴な様子でそれをかぶされた。角度がついて少し顔を隠す様相。驚く彼女は手で押さえ、上目遣いに彼を見る。

 

 ルフィは何も言わないまま彼女の傍を離れてしまい、背を見せていた。

 数歩前へ出て距離ができ、その後で足を止め、大きく息を吸う。

 そして吐き出す時、星が浮かぶ暗い空へ向けて、空気を揺らすほどの大声で叫んだ。

 

 「当たり前だッ!!!!」

 

 驚愕した直後、ようやく理解する。

 その麦わら帽子はルフィがとても大事にする物。命と同等、或いはそれ以上だと言われても疑わないくらいに。関係する逸話だって聞かされていた。

 自分の宝だと語る物を、託されたのだ。

 意味を理解して目から大量の涙が溢れ出す。今度は我慢などできなかった。

 

 先の言葉と態度があまりに分かり易くて疑いようがない。

 彼になら任せられる。もし勝てないとしてもその時は一緒に死ぬことだって怖くない。彼らを選んでよかったと、出会えてよかったと今なら心から思える。

 

 感情が溢れ出し、泣きじゃくるナミの肩をシルクが抱き寄せる。

 彼女にも感謝しなければならない。先に話を聞いてもらって本当によかった。

 

 ルフィは再び歩き出す。

 誰も何も言わずに立ち上がり、小さな宴は中断して、残された物をそのままにどこかへ向かうようだ。どこへ行くかなど、教え合わずとも理解していた。

 ナミの背を軽く叩き、シルクもまた立ち上がる。当然自身の剣を持って。

 先頭を歩くルフィが口を開いて、後ろに続く面々が声を揃えた。

 

 「行くぞ」

 「おう」

 

 短く、簡潔なやり取り。行先さえ告げていない。

 しかしすでにやるべきことは理解していた。文句の一つも持たずに家を離れる。

 

 ナミは一人取り残された訳だが、みかん畑の向こうから葉を揺らし、ノジコが現れた。

 密かに事の成り行きを見守っていたのだろう。泣きじゃくるナミへ駆け寄って肩を抱き、血が流れるそこを気にしつつ、顔を覗き込んで声をかけた。

 

 「ナミ、あんた……」

 「ふっ、うっ、ノジコ……肩に、包帯、巻いてくれるかな」

 「え?」

 「私もっ、行かなきゃ」

 

 涙を流しながら彼女は笑っている。幸せそうで、喜びを噛みしめていた。

 ノジコは思わず言葉を失う。

 かつてこんな表情を見たことはなかった。

 

 「あいつらと一緒に行きたいの。最後まで、傍に居たいから」

 

 再びノジコは驚いて、言うべき言葉を見失った。

 その一言を聞いて、なぜ、という言葉がまず脳裏に浮かぶ。けれど彼女の意志を跳ね除けてはいけないことだけはわかった。それを拒めばナミをより一層苦しめることになる。

 瞬時に決意し、ノジコは医療道具を取るため家へ向かって走った。

 

 ナミは今、確かに変わろうとしていた。子供の頃から続けていた強がりをやめて、他人を頼って自由を掴もうとしている。どんな結果であれそれだけは間違いない。

 もしかしたら。そんな希望が彼女たちの中に芽生えていた。

 

 夜は深くなり、静寂が村へ広がっている。

 今、静かに戦いが始まろうとしていた。

 


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