ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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スカイ・ブルー

 「狙撃という物は、援護が花道。目立つような役割ではないかもしれない。しかしだからこそ仲間を助けることができて、皆が動きやすくなるよう、背を押してやることができるのだ」

 

 とある島。そこでの一幕である。

 島はさほど大きくはない。砂浜に二人の人影があり、その間近には小高い山が二つあって、その山を利用したコテージがいくつも設けられている。

 島を丸ごと用いた広大なホテルのような姿だった。

 

 たまたまそこへ辿り着いたウソップは現在、パチンコを構えて小さな的を狙っている。

 標的は百メートルほど先。どこにでもある小さな空き缶だ。

 傍らには壮年の男が立っており、どうやらウソップに指南している様子である。

 

 島に居合わせた賞金稼ぎ、ダディ・マスターソン。

 なぜか彼はウソップたちに親切な態度を見せ、まるで父親のように面倒を看ていたのだ。

 

 「弾を放つ時、何も考えるな。邪念を捨てるんだ。当てたいとか、当てなければなんて思わなくていい。心を無にして弾を放て。それが最も集中できる」

 「そ、そうか? んなこと言われてもどうしたって考えちまうぞ」

 「腕のいいスナイパーとは皆そういうものだ。忘れるな。おまえの一発が戦場を大きく左右することになる。当てれば味方を救い、外せば窮地に陥れる」

 「うっ……」

 「狙撃手は他の誰よりも後ろに居て安全だ。だからこの一発に責任を持たねばならない」

 

 緊張した面持ちでウソップが顎を引く。

 照準は定めた。後は手を離せば弾が放たれる。

 何も考えるな。そう思っているのに不安が脳裏をよぎり、緊張が大きくなる。

 だめだ、と思ってしまえばどうしても手が離せなくなった。弾はいまだ放たれず、微かに呼吸が乱れ始める。射撃ならば経験がある。しかしたった百メートルとはいえ、ここまで本格的な狙撃は初めての経験。その違いに驚いて体が固くなっているらしい。

 

 ダディの言葉を脳内で反芻する。緊張を解こうと深く息を吐いた。

 ちょうどその時にダディがぽんと背を叩く。

 的から目を外し、彼に振り返った時、ダディはやさしい微笑みでウソップを見ていた。

 

 「心配するな。おまえならできる。私は、そう信じたからこそ力を貸した」

 

 不思議と気分が落ち着く声だ。

 肩の力が抜けたウソップは小さく頷き、再び的に目を向ける。

 

 当たる。当てる、ではなくそんな確信があった。

 深呼吸を数回。

 そして深く息を吸い込んだ後、呼吸を止め、その一瞬で手を離す。

 弾は宙へ放たれて、真っ直ぐに進む。そして射程距離ギリギリで空き缶に当たり、カコンと小さな音が鳴った。鉛玉が当たった空き缶は力なく宙を舞う。

 

 当てた本人であるウソップは呆然としていた。

 妙な自信を持って撃ってしまったが、まさか本当に当たるとは。

 

 彼が使う武器はパチンコ。ゴムの張力を利用して弾を放つのである。確かに海賊になる前から何年も練習して、その扱いには誰にも負けないほどの自負を持っていたが、ピストルや狙撃専用の銃と違って射程距離は短い。実は密かに届くはずがないと思っていた。

 

 結果は自分の目で見た通り。

 弾は届いて、尚且つ当たった。自分自身驚きが隠せずに思わず声が大きくなってしまう。

 

 「あ、当たった!?」

 「流石だ。いい腕をしている」

 

 ウソップは驚き、ダディは納得した様子で冷静に頷く。さほど驚いていない。

 気になったウソップが振り返って問う。

 出会った時からそうだったが、どこか疑問が残る言葉をいくつも見出していたようだ。

 

 まるで初めから当てられるとわかっていたような。

 その不思議な言葉に首をかしげる。

 

 「流石ってどういう意味だ? おっさん、どっかで会ったことあったっけ」

 「いや、ない。だがおまえの父親を知っている」

 「は!? お、親父を?」

 「おまえの父親、ヤソップは、おれを破った狙撃手だ」

 

 そう言うとダディは歩き出し、倒した空き缶へ向かっていく。慌ててウソップも隣へ並んで歩き出した。話は二人で歩きながら続けられることとなる。

 

 「もう何年前になるか。私は元々海軍に居た。狙撃手としてそれなりに名を知られていたんだ」

 「海軍に?」

 「ああ、その頃にヤソップと出会った。奴は海賊、私は海兵。当然敵対し、私から奴に決闘を申し込んだ。その頃は持ち上げられて天狗になっていたのだろう。負けるとも思わずにな」

 「す、すげぇ……親父と決闘した男が、ここに居るのか」

 「ああそうだ。だが結果は惨敗。勝負は奴の勝ちだった」

 

 そう時間もかからず空き缶の位置に到達して、落ちたそれを拾い上げる。

 中央に一発。狙いは的確だ。

 ダディはその結果に満足しつつ、ウソップに投げ渡してやる。彼は慌てた様子で受け取った。

 

 「決闘に負けた私は本来死ぬべきだった。だがヤソップは、私にとどめを刺さずに去った。娘が居たからだ。私の娘が我々の間に割って入り、命乞いをした。それで奴は銃を納めたんだ」

 「そうか……やっぱり親父は海賊でも、悪い奴って訳じゃねぇんだな」

 「その時、奴は言っていたよ。ガキは大切にしろ、おれのようになるな、と」

 「え……?」

 「海賊になる時に家族を置いて出て行ったと聞いたのはその後だった」

 

 ダディがウソップに向き直る。

 その時の彼の表情はやさしく、やはり先程同様我が子を見るような目つき。ウソップは呆気に取られて言葉を呑んだ。

 

 「顔を見た瞬間にわかった。あの男が残していった息子だとな」

 「そ、そうか? おれは、ガキの頃に別れちまったからなんとも言えねぇけど……」

 「今の私は賞金稼ぎ。おまえが海賊と名乗るなら捕まえて、海兵に突き出さなければならないのだろうが……かつての借りを返そう。おまえは捕まえない」

 「ありがてぇ。そうしてもらえると助かるよ」

 「ただし、忘れるな。それも今日だけだ。次に会った時はおまえをヤソップの息子ではなく、一人の男と認め、戦いを挑むだろう。手を貸すのは今回限りだぞ」

 「お、おう……なぁ、一つだけ聞いていいか?」

 「ああ」

 「親父は、どんな海賊だった?」

 

 ウソップが問いを投げかけ、少し考えてからダディが答える。

 波の音が辺りの静けさを助長させていた。空は青く、山々は雄大にそびえ立ち、自然が彼らを包み込んでいる。騒音がない空間はひどく心を落ち着かせる。

 落ち着いた声は素直に彼へ届き、考えさせる。

 

 「出会ったのはもう十何年も前のことだ。だが私が知る限り、世界一の狙撃手だと思う。海賊だったのが惜しいほどな。もっとも、海賊だからそう思えたのかもしれないが」

 「へへっ、そうか。おれの親父はやっぱり誇り高い海賊なんだ」

 

 嬉しそうにウソップが肩を揺らす。

 信じ続けた物はきっと嘘ではない。それを知っている人間に出会えたのだ。本人に会った訳でなくとも十分だと思えて、これほど嬉しいことはなかった。

 

 ダディも微笑ましそうに彼を見つめる。

 まだ若い少年だ。それでいて狙撃の腕前は伸びるだろうと想像する。

 本人は当たり前のように行っていたが、弾を放つ寸前、弾道の計算や吹き付ける風の影響を考えてタイミングを見計らい、パチンコの性能以上の飛距離を出して弾を当てたのは、もはや才能などという言葉では済まされない。天性の勘の鋭さに加え、相当の修練を積んだのだろう。

 

 ただの遊びだったかもしれないが、かなりの時間を使ったに違いない。

 それ故にダディは彼の努力を称える。

 

 確かに光る物を感じたのだ。彼は伸びるに違いない。

 血は争えないのかもしれないと考えて、密かにほくそ笑んだ。それはそれで面白い。

 

 「狙撃手の心得を忘れるな。敵から離れた位置に居るからこそ、当てると決めたら必ず当てる。仲間を守るために。狙撃手は決して臆病者に与えられる名前ではない。よく覚えておけ」

 「臆病者に与えられる名前ではない、か……わかった。肝に銘じとく」

 「ウソップの兄貴ィ~!」

 

 二人が立つ浜辺に、慌てた様子のジョニーが駆け込んでくる。自然と二人は振り返った。

 まだ距離がある内から足を止め、大声でウソップを呼ぶ。

 余裕がないのはなぜだろう。そう思った瞬間に彼の一声を理解した。

 

 「キリの兄貴が……目覚めましたァ~!」

 「な、なにっ!? ほんとかジョニー!」

 「早く! まだ目覚めたばかりですから!」

 「お、おう、わかった!」

 

 手招きして呼ぶジョニーに焦り、ウソップは駆け出しながらダディに振り返る。

 

 「おっさん悪ぃ! おれ行かねぇと!」

 「ああ、行ってこい。私とは後ででも話せる」

 

 ウソップは持ち前の足の速さを活かし、素早くジョニーの下へ駆けつけて共に走り出した。

 キリが目覚めた。

 その言葉だけで急ぐ理由にはなり、瞬く間に砂浜を離れて、あるコテージへと向かう。

 

 砂浜から見て右側の山、中腹辺りにある木造の小屋。そこでキリが寝かされている。漂着してからおよそ五日間の間ぶっ続けて眠っていたのだ。心配しないはずがない。

 辿り着くと同時に勢いよく扉を開けて中へ飛び込んだ。

 

 キリはまだベッドに背を預けており、だが確かめるように何度か瞬きを繰り返している。全身に包帯を巻かれて痛々しい姿。かつてこんな姿は見たことがない。

 目は覚めていたようだ。

 二人が慌ただしく入ってくるとゆっくり顔を向けられ、目をしぱしぱ開閉させつつ、やがて彼らに焦点を合わせる。覗き込んでくる二人にへらりと笑いかけた。

 

 「んん……ウソップと、ジョニー? おはよ……」

 「キリ、大丈夫か? どっか痛いところは」

 「体辛くないですか。おれらにできることなら何でもやりますよ」

 

 ウソップとジョニーが切羽詰まった声で問いかければ、彼はわずかに身じろぎして答える。

 目をぎゅっと閉じて、伸びをするような仕草と共にだった。

 

 「んん~、寝すぎた。背中痛い」

 「それだけかよ! おまえ、おれたちがどんだけ心配したと……」

 「傷の状態は悪くない。この子は怪我の治りが早いね。それでもしばらく包帯は取れんけどね」

 

 気の抜けた声にがっくりするウソップへ、ベッドの脇から声をかけられる。

 顔を向けてすぐに気付く。あまりに慌て過ぎていたとはいえ、この瞬間まで気付かなかったのが不思議なほど大きな存在感がそこに居る。

 

 丸々と太った中年の男だった。なぜか虎の毛皮を着ていて、体が大きい事も相まって、やさしい顔立ちながら見ようによっては恐ろしい人物にも見える。

 

 この島全体を使ったホテルのオーナー兼支配人、唯一無二の従業員である。

 料理や掃除、建物の補修や食材の調達、金の計算ややり繰りまで、一人で何でもかんでも行う彼は医術にも明るいらしく、致命傷を負っていたキリを治療したのも彼だった。

 

 今も状態を見に来たのだろう。小脇に抱えた箱から取り出すドーナツを食べて微笑んでいる。

 ウソップとジョニーは仲間を助けてくれた恩人へ頭を下げ、思わず顔を綻ばせた。

 

 「ありがとうおっさん。いやぁよかった、ほんとによかった!」

 「あんたが居なきゃ、キリの兄貴は死んでたかもしれねぇ。なんて礼を言えばいいか」

 「なぁに、こっちも仕事手伝ってもらったからね。気にせんでええよ。ドーナツ食べる?」

 「いや、それはいらねぇ」

 

 何かあればやたらドーナツを勧めてくるオーナーの誘いを避け、ウソップはキリを見下ろした。

 気付けば彼は起き上がろうとしている。慌ててジョニーが手を貸して背を支えてやり、起こす手伝いをする。まだ寝ていた方がいいのかもしれないと思うものの、無理やり押さえ込みはしない。キリはベッドの上で背を丸めて座った。

 

 ふぅと吐息が一つ。

 表情は以前にも増して緩んでおり、妙に力が抜けた状態で辺りを見回す。

 見覚えのある風景ではない。揺れがないことから陸地だとわかる。

 ふむと頷いたキリはウソップを見て、穏やかな声で尋ねた。

 

 「どれくらい寝てた?」

 「大体五日くらいか。おまえ、本気で死にかけたんだぞ。失血が多過ぎてやばかったんだ」

 「そっか。なんかもっと寝てたような気もするけど……死んでなくて何より」

 「笑い事じゃねぇんだぞ。こっちは本気でビビッてたんだから」

 「兄貴、五日も寝たきりじゃ腹減ったでしょ。とりあえず水を一杯」

 「ん。ありがと」

 

 支えてくれるジョニーがベッドの脇にあった小さなテーブルからコップを取り、水を注いだそれをキリへ手渡す。彼も素直に受け取ってゆっくり口をつけた。

 喉を鳴らして、慎重に飲む。

 いつ以来だろうと思うほど美味い水だった。

 

 ぷはっと口を離し、安堵した彼はようやく眠気から逃れることができたらしい。

 どこか異様な、まだふにゃりとした姿は変わらないが、少しは頭が回るようになったようだ。

 

 「ここは?」

 「わしがやってるホテルだよ。ドーナツ食べる?」

 「ありがとう」

 「いや食うのかよ。起きてすぐドーナツっておまえ」

 「疲れた時は糖分だ。なぜって? そりゃおいしいからに決まってる」

 「おっさんほんとに医者か?」

 

 オーナーが差し出してくるドーナツを受け取り、キリが少しずつ食べ始める。

 右手で受け取り、右手で食べ始め、視線はふと自身の左手へ落ちた。そこはしっかり包帯に包まれている。気を失う前のことを徐々に思い出してきて、そちらが重傷を受けたのを思い出す。

 

 試しに動かしてみた。

 問題なく指が動く。多少の痛みが伴うあたり、傷は完治していないが使えなくなった訳ではないのだろう。不幸中の幸いだった。これなら今後も使うことができる。

 ドーナツを食べながら彼が呟いた。

 

 「腕、落ちなかったんだね。よかったよ」

 「正直見てんのも辛い状態だったけどな。おっさんに会えなきゃどうなってたか」

 「わしが何かした訳じゃないよ。人体の神秘さ。少し手伝いをしてやったら体は自分で治療してくれる。わしがしたのは手伝いだけだよ」

 「なるほど。やっぱり船医は必要だね。ボクらも早いとこ探さないと」

 

 ドーナツを食べているとキリの様子が変わってくる。力は抜けたままで頭が回ってきて、冷静に考え出すのはいつもの姿に見えるようになった。

 口をもぐもぐ動かしながら尚も話す。

 思いのほか元気だった姿に二人も安堵し、答える声にも余裕が生まれる。

 

 「ルフィたちは、一緒じゃないか」

 「ああ。でも連絡はついたんだ。あいつら海上レストランに着いてたらしくてさ」

 「方向音痴なのに? やっぱり運がいいね、あの人は」

 「ただ向こうもトラブったみたいで、ゾロが怪我したって話は聞いた。詳しくは会ってからだって言われたんだけど……そうだ。シルクとも連絡できたんだよ。メリーの電伝虫使ってな」

 「シルクはなんて?」

 「ナミと一緒に居るとよ。合流の場所も決めたんだ。あいつらが居るココヤシ村、ナミの故郷で集合する手筈になってる」

 「そっか。ココヤシ村」

 

 確かめるように呟くと、オーナーが眉間に皺を寄せる。

 黙っていられない様子で彼らへ声をかけた。

 

 「ココヤシ村は、やめといた方がいいんでないかな」

 「ん? どういうことだよ」

 「あそこには良くない噂が流れてる。十年近く前からだ。なんでも魚人が村を支配したとかで、誰も出入りができないそうだ」

 「魚人が、支配ぃ?」

 

 怪訝な顔をしてウソップが表情をしかめる。

 キリは静かに聞いているものの、ジョニーはハッと気付いた様子で口を開いた。

 

 「そういやおれも聞いたことあります。魚人海賊団を抜け出したアーロン一味が、あの辺りをナワバリにして好き勝手やってるって。でも、あれは嘘だって聞いたけどな」

 「そのアーロンが狡猾なんだ。近くの海軍支部の人間に金を渡して、自分たちの情報を敢えて伏せさせてる。おかげで村人たちは圧政に苦しみ、誰にも手出しできないってな。そういう話をウチに来た客が話してるのを聞いた。まぁ噂だから、真実かどうかは知らねぇけども」

 「おいおい、その話がほんとならやべぇんじゃねぇか? 海軍の不正で海賊が守られてるってことだろ。軍法会議と処罰は避けられねぇぞ」

 

 呆れたウソップが呟く頃、ドーナツを食べ終えてキリが言う。

 

 「なるほどね」

 「どうしたキリ。何がわかったんだ?」

 「ナミの故郷がその不正で苦しめられてる。海賊専門の泥棒とメリーを盗んだ理由はそこにありそうだね。それにアーロンの手配書に引っかかってたのはそういうことだったんだ」

 「あっ。そういうことか」

 「尚更行かなきゃいけなくなったね。それじゃ、行こう」

 

 そう言ってキリはベッドを降りようとする。慌ててジョニーがフォローに動くものの、足取りは意外にしっかりしていて、一応肩を借りているが問題はなさそうだ。

 

 それにしても突然の行動である。

 目覚めて数分、もう旅立とうとするのか。驚きを隠せない二人は慌て始めた。しかし一方でキリは決定を覆す気がなさそうで、すっかりその気になっている。

 

 「兄貴、大丈夫っすか。無茶はしないでくださいよ」

 「まだ起きたばっかりだろ? そんなに慌てなくても一日くらい」

 「ずっと寝てたから体が鈍ってるんだ。早く動かして回復したいし」

 「いや、でも……どうします、ウソップの兄貴」

 「仕方ねぇなぁ。こいつもこれで頑固なとこがあるし、行くか」

 

 ウソップが認めたことで、三人は準備のために外へ出ようとした。

 その時、オーナーがキリへ手を伸ばす。

 

 「ドーナツ食べる?」

 「ありがとう」

 「まだ無理しちゃだめだよ。完全に治り切るまで可能な限り激しい運動は避けること。じゃないと腕が千切れて飛んでっちゃうから」

 「気をつけるよ。まぁ千切れなきゃ多少の無茶は大丈夫だよね」

 

 気軽に言って、また受け取ったドーナツを口にするキリに呆れ、ウソップとジョニーはやれやれと首を振る。これは言っても聞かないのだろう。

 ただ一方で、いつも通りの姿に安心した。

 今度は三人で歩き出し、出航のためにコテージの外へ出る。

 

 時刻は朝の頃。

 明るく照らす日光を浴びて目を細め、肌に当たる潮風に気を良くし、キリは頬を緩ませた。

 

 

 *

 

 

 航海をするにあたってオーナーから小舟をもらうこととなった。

 聞けばキリが眠っている間、ウソップとジョニーはオーナーの手伝いをしていたらしく、無償で日々の食事を世話になり、船まで譲ってもらえるらしい。

 心の広い人間で良かった。

 オーナーのやさしさに甘えることに決め、航海に必要な物までもらい受ける。

 

 大事を取ってキリは小舟に乗り込んで海図を確認しており、ジョニーが荷物を積み込む。

 その間にウソップは桟橋でダディと会い、その娘キャロルの手を引く彼と話していた。

 

 「おっさん、色々ありがとうな。短い間だったけど教えてもらったことは無駄にしねぇ。今に見てろよ、いつかあんたや親父が驚くような狙撃手になってやる」

 「フッ、期待しているぞ。私の立場上、それもおかしな言葉だが」

 

 ダディがほくそ笑むその一瞬、パッと手を離したキャロルが、後ろ手に隠していたそれをウソップに渡そうと手を伸ばす。驚きながらウソップも思わず受け取ってしまった。

 

 手の中で確認してみたそれはゴーグルのようだった。

 少し変わった形をしていて、どう見ても普通の物ではない。

 不思議に思いながらキャロルを見下ろせば、彼女は人形のような精巧な顔で、わずかに微笑む。

 

 「これは?」

 「あげる。ノースブルーの特別性」

 「そ、そうか……いいのか?」

 「もらっておけ。彼女もおまえを認めたんだ」

 

 不思議そうにしながらもウソップはそれを受け取り、次いでダディが懐から何かを取り出した。

 銃身が太くて長い、一風変わったピストル。

 そちらも手渡されてウソップが驚き、取り落とさないようしっかり握る。

 

 「私からも餞別だ、持って行け」

 「ピ、ピストルなんて、おれ撃ったことねぇのに」

 「おまえのパチンコでは射程距離に限界がある。百メートル先の標的に当てたのはほぼ奇跡に等しい。おまえの腕なら、こいつを使えば確実に当てられるはずだ」

 

 真剣な言葉にウソップは手にしたピストルを真剣に見下ろす。

 狙撃手に必要な物。それは五日間の修練で教えられたはず。

 息を呑み、しっかりとダディを見つめ返した。

 

 「狙撃にはそれなりの射程距離が必要になる。いずれ必要になるかもしれない。使うか使わないかはおまえ次第だが、一応持っておけ」

 「お、おし。わかった……」

 

 ウソップはその二つを大事そうに受け取り、二人に対して頭を下げた。

 その様子を見ていたキリはくすりと笑って尋ねる。事情を知らないのだ、聞くのも当然だろう。

 

 「ウソップ、そっちの人は師匠? 色々あったみたいだね」

 「ああ。おれもただ休んでた訳じゃねぇからな」

 

 笑顔になってウソップが小舟に乗って、荷物を積み込み終えたジョニーもやってくる。

 オーナー、ダディ、キャロルの三人に見送られ、いよいよ出航しようとしていた。

 

 ココヤシ村までそう遠くないらしい。海図を手に入れ、すでに航路も確認済み。最短距離で向かえば夜になる前には到着するだろう。つまり合流は今日中にできる。

 船上の三人は見送る彼らに振り返って笑顔を見せた。

 

 「それじゃお世話になりました」

 「色々ありがとな。キャプテン・ウソップの名前を忘れんなよ! 今に世界中にその名が轟くからな! しっかりこのおれに注目しとけよ!」

 「じゃあなおまえら、また会おうぜ~!」

 

 手を振りながら彼らは出航する。

 キリが目覚めた途端に忙しない、あまりにも素早いスタートだった。

 


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