ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ファイター(2)

 ルフィは自身の帽子を投げ、コックたちの間に立つヨサクへ届けようとした。

 向かってくることを知ったのだろう、彼自身も手を伸ばして受け取る。

 距離はあったが見事に彼の手の中に入り、ひとまず帽子が傷つく心配は無くなった。これで余計なことを考えず自由に動ける。鼻息を荒くルフィが両の拳をぶつけた。

 

 「ヨサク、帽子頼む」

 「は、はい! 兄貴、お気をつけて」

 「心配すんな。負けねぇよ」

 

 傷は数か所。血が流れている。

 しかし体は至って元気なままで、彼の目にも闘志が漲っている様子だ。

 

 対峙するクリークは小さく鼻を鳴らす。

 負けるなどとは微塵も思っていない。布陣は完璧。なぜ隠し持っていた船団を呼ばずにボートだけを用意させ、彼ら二人のみを連れてきたのか。彼らだけで勝てるからだ。

 攻撃において右に出る者が居ないギンと、防御において勝てる者がないパール。

 彼らを手足のように使い、自身も手を下せば、相手が何人居ようが負けるはずがなかった。

 

 腕を組んだクリークは自らの手出しをやめ、まず部下たちの戦いを見ることに決めたようだ。

 

 「殺しても構わん。ゼフを残して、こいつらはとっとと始末しろ」

 「御意」

 「お任せを」

 

 答えた二人は前方を見る。

 帽子を返すためにルフィは多少店の方向へ移動しており、サンジと肩を並べる位置。一度リセットされた光景だ。二対二の構図で改めて向かい合う。

 

 戦闘が始まったとはいえぶつかったのはほんの数秒。

 敵の手の内を知るほどではなく、ルフィが能力者であること、サンジが蹴りを主体とする戦法であることはバレたであろうが、言い換えればそれだけ。さらにギンが攻撃的な戦い方をする人物であり、パールが見るからに防御を得意としているのは理解できる。

 

 ルフィとサンジは冷静に敵を見ていた。

 互いに協力した経験などなく、さらに言えば打ち合わせをする様子もない。

 それでも自然と自分のすべきことを理解しているようで、彼らは敵を見たまま言葉を交わした。

 

 「いいか、あいつはおれがやるぞ。別にこいつらはおまえがやっていいから」

 「好きにしろ。さっきも言ったが、おれにとっちゃどうでもいいことだ」

 

 分かり合おうとはせず、ただそれだけ。きっとそれだけで十分だったのだろう。

 言葉を止めた瞬間に辺りが静寂に包まれ、しばしの沈黙。互いに動かず四人は動きを止める。全く動く素振りを見せないまま、数秒時が止まったかのようだった。

 

 何をきっかけにしたのか、やがて動き出す。

 ルフィが前方へ駆け出すと同時、応じるためにギンが走って、二人は正面から向き合った。

 ゴムの体と奇妙なトンファー。どちらも滅多に見れない武器が衝突するため接近する。

 

 先にルフィがパンチを繰り出し、ギンは防御のために腕を引いた。トンファーの柄に拳が当たって衝撃が伝わり、そう簡単に受け止められる物でないと知るや、後ろへ跳んで衝撃を逃す。

 回避されたと、ルフィが眉間に皺を寄せる刹那、左手にあるトンファーが振るわれた。

 この男、戦闘に慣れている。

 たった一瞬の挙動で見切って警戒せずにはいられず、ルフィもまた後ろへ跳んで回避した。

 

 ギンの攻撃が空を切る。その直後、まさかの光景で目が見開かれた。

 入れ替わるように飛び込んできたサンジの蹴りが、身構える暇すら与えず腹へ突き刺さったのである。凄まじい衝撃が腹を起点に全身へ駆け抜けていた。

 

 「ギンさんっ!?」

 「ゴムゴムのォ!」

 

 パールが驚く前方でギンの体が飛び、その時にはすでにルフィが跳んでいる。

 上空へ片足を伸ばし、落下と同時に攻撃が繰り出された。

 あまりにも息の合った攻撃の連続。

 その光景を見ながら動けず、ルフィの足がギンの腹を踏みつけた。

 

 「斧!」

 「ぐはぁ……!?」

 

 背から落ちて床を砕き、一瞬意識が遠のく。倒れたギンは動けなくなり、まだ気絶してはいないものの、そうなってもおかしくない状態で弱々しく腹を手で押さえた。

 

 二人揃って信じられない攻撃力だった。

 特に後から来たルフィはとどめを刺すと言っても過言ではない一撃。これを受けて気を失っていないだけでもギンの強さが窺える。しかし今は襲い来る痛みから動けそうにない。

 

 戦闘総隊長として、クリークを除けば艦隊ナンバーワンの強さを誇るギンのまさかの姿を見て、パールが動揺する。今まで彼が倒された姿など、一度たりとも見た覚えがなかった。狼狽し、隙が生まれるのも仕方ないこととはいえ、その瞬間を見逃すほど生ぬるい相手ではないらしい。

 ルフィをギンの傍らに置き、サンジが駆け出す。

 

 芸もなく真正面からの突撃。パールにとっては恐れるに足らない行動だ。

 どんな攻撃であれ鉄壁の盾で受け止める自信がある。相手が疲弊するまで何発受けたってダメージは受けない。なんなら、攻撃の隙を縫って反撃してやればいいのだ。

 向かってくるサンジを目にして余裕を取り戻し、にやけた笑みが浮かべられた。

 

 「ハッ! おれの鉄壁を崩せた奴は、今まで一人として存在しねぇんだ! 来てみろ! どんな攻撃でも受け止めてやる!」

 「言うねぇ。なら見せてもらおうか」

 

 眼前で強く左足を床へ叩きつけ、軸足を作り、腰を捻る動作を加えて右足の蹴りを放つ。

 腹を守る巨大な盾へ一撃。ゴォンと独特の音がした。

 狙い通りに当たったのである。ダメージはない、はずだった。しっかり盾で防いだはずが、なぜかパールは顔色を変えており、盾を通して伝わってくる衝撃に息を詰まらせる。

 

 サンジはしてやったりと笑んだ。

 盾を持っていても生身の前に置いているだけ。触れているのなら衝撃は伝わるはずだと思ったがまさにその通り。鉄壁が聞いて呆れるほど簡単な攻略法だった。

 

 一撃を受けても仁王立ちして動かず、続いて二撃目。左足で正面の盾を蹴る。

 衝撃が伝わり、わずかに咳き込む。

 まだ動かない。

 

 さらに右足で蹴りを叩き込む。

 流石にたたらを踏んで体勢が変わった。思いのほか早い。

 

 とぼけるような顔を作って、ぽつりとサンジが問いを放った。

 

 「その盾、重そうだな」

 「ゲホッ、ゴホッ、な、何?」

 「海に落ちたらどうすんだ? 溺れ死んじまいそうだが」

 

 思い切り地面に軸足を置き、今度はもう少し力を入れて、一際強く蹴りつけた。すると盾を打つ音が明らかにさっきと違っており、盾で受けたのに、パールの巨体は地面を離れる。

 まさかの光景に本人も仲間も目を剥いていたようだ。

 しかし一度地面を離れてしまった後ではどうすることもできず、パールの体は海に落ちる。

 

 鉄製の巨大な盾を体の前と後ろに提げ、両手に小さな盾を持つのである。普段は鉄壁となって信頼を置くその盾が非常に重くて、今は彼の命を奪おうとする凶器となる。

 これをそのままにしておけば死ぬ。

 海の底へ沈んでいこうとする最中にそう思い、彼は慌てて盾を取り外して捨て始めた。

 慌てたせいで呼吸は苦しい。動きにくいこともあって多少手間取ったものの、全て捨てて身軽になる。それでも元々が巨体で重さはあり、混乱しながら必死に泳いだ。

 

 海上に顔を出し、自力で泳いでヒレの縁に掴まった。

 近寄ったサンジは彼の顔を見下ろして、別段喜ぶ訳でもなく、平然と声をかける。

 

 「捨てちまったのか。ま、当然だな」

 「ゴホッ、き、貴様ァ!」

 「じゃあなダテ男。雑魚に用はねぇんだよ」

 

 言い終えてすぐ、見切れぬ速度で顎が蹴り上げられていた。

 パールの体が飛ばされて再び海に落ちる。水柱が上がり、重りを捨てたせいで今度は体が沈まず、気を失った彼は大の字になって海面へ浮かんだ。

 

 勝負はサンジの圧勝。

 その様を見たクリークの額に青筋が現れた。

 

 「おぉ~、すげぇな」

 「これくらいどうってことねぇよ」

 「チィ……ギン! 何やってやがる! さっさとこいつらを殺さねぇか!」

 

 すでに起き上がっていたギンが、多少ふらつきながらも駆け出す。トンファーを回転させて準備はできており、いつでも敵へ打ち込める状態。狙っていたのは背を向けるルフィだ。

 なぜかルフィは全く反応せず、無防備に突っ立って居る。

 見ていたコックたちとヨサクが驚愕するものの全く振り返ろうとしなかった。

 

 「死ねェ!」

 

 いよいよ距離が詰まり、攻撃が繰り出される。トンファーはルフィの後頭部に迫ったが、やはり回避しようとせず、代わりにサンジが動いた。

 迫っていたトンファーを蹴り返し、ギンの体勢が崩れる一瞬。

 素早く反撃して腹に蹴りが突き刺さった。

 

 全身に走る凄まじい衝撃。そして痛みが彼の精神を揺るがす。

 気付いた時には体が宙を浮いていて、意識が遠ざかるのを感じた。

 

 たった一撃。

 それだけで決着は着いてしまい、ギンもまたパール同様海に落ち、力なく浮いて勝負が終わる。

 彼に背中を向け、クリークを見たままルフィが笑い、呆れた様子でサンジが嘆息した。

 

 「ナイス、サンジ」

 「おまえわざとだったろ。めんどくせぇ野郎だな」

 

 あっさりと二人を倒してしまい、状況が変化する。

 今度はクリークが一人残されて苦境に立った。自然と彼の表情は険しくなり、肩を怒らせ、二人を睨みつける。強い殺意が彼らを襲うが、大して怯えもせずに受け止められていたようだ。

 

 計算が狂い続けている。最初から現在まで何度も何度も。

 すでに彼の我慢は限界を迎えていて、激しい感情は抑えようがなかった。

 

 「てめぇら、調子に乗り過ぎたな……もう我慢ならねぇぞ! 生きて帰れると思うなァ!」

 「へぇ、我慢なんてできたのか。そんな顔には見えなかったがな」

 「なんでもいいよ。さっさと来い」

 

 二人がなんでもないことのように言ったことで怒りが頂点に達し、両の肩当てを取ったクリークはそれらを合わせ、新たな武器を作り出した。

 手に持ったのは奇妙な形の槍である。

 

 爆発する槍、“大戦槍(だいせんそう)”。

 思い切り振るって地面を叩き、衝撃と同時に爆発を起こした彼は、それを威嚇として二人の顔を睨む。一方の二人は感心するもののやはり怯んではいない。

 

 「世間知らずのバカどもが、このおれを誰だと思ってやがる!」

 「誰でもいいさ。海賊王になる気なら、おれがぶっ飛ばす」

 「小僧、舐めた口もここまでだ!」

 

 槍を担いで、クリークが駆け出す。

 瞬時にサンジは退避しており、迎え撃つのはルフィのみ。先の言葉通り一人で戦うつもりらしい。誰も助太刀する様子がなく、言い換えれば邪魔が無い。

 ルフィにとっては有難いことだった。

 広い場所で思う存分戦える。これだけで勝利へぐっと近くなるからだ。

 

 「死ねぇ!」

 「死ぬか」

 

 槍を振りかぶるクリークが走ってくる。ルフィは待ち構えて動かなかった。

 繰り出される攻撃に半ば反射的に反応する。

 横薙ぎで思い切り振り回すも、彼はその場でジャンプして飛び越え、即座に拳を握った。軽い動きで回避した後、即座の反撃はクリークの顔へパンチを叩き込む。

 

 正面から顔面へ一撃。

 痛みと衝撃で背をのけ反らせ、明らかに隙ができる。

 続けてさらに腹へ蹴りを加えた。金に輝く鋼の鎧に阻まれるとはいえ、衝撃は確かに伝わった。耐え切れずに彼はたたらを踏んで後ろに下がる。明らかに体が反応できていない。

 

 誰が見ようとも実力の差は歴然である。

 隙を見出してさらにパンチが叩き込まれて、今度こそクリークは背中から地面へ転がった。

 

 「うぐっ、おぉ……!」

 「んん、調子いいぞ」

 

 すぐに立ち上がったクリークが再び槍を振り回す。しかしあっさりと避けられてしまい、まるで猿のように軽い動きで跳び上がって、槍の上を越えてしまった。

 問題なく着地。そして反撃のため拳を握る。

 その素早い挙動をまずいと思った彼は槍から左手を離し、前方へ伸ばした。

 

 クリークは恵まれた体格を持っている。だが彼の強みはその肉体から繰り出される強靭な攻撃だけではなく、それ以上に危険なのが全身に仕込んだ武器であった。

 ここぞという場面で使う大戦槍。拳を強化するためのダイヤ製のナックルダスターや、多数のピストル。肩当てから発射する毒ガス弾と無数の槍。そういった多数の武器を、自身が得意とする騙し討ちと併用して使い、数々の強敵を討ち取り、自身の艦隊を作り出した。

 

 左腕の手首に仕込んでいたのは、小型の火炎放射器である。

 サイズの関係上、使えるのはたった数度。それをこの場で使った。

 

 攻撃のため前へ出ようとしたルフィが炎に迎えられてまともに食らう。肌に触れる熱は我慢できるほど弱くはなく、体を小さくして慌てて飛び退いた。

 それを隙と判断するのは当然のことである。

 

 「あぢっ!?」

 「ハッハッハ! ただ殴るだけの猿とは違うんだ、このおれ様はなァ!」

 

 幸い、素早く逃げたおかげで火傷を負うほどのダメージはない。ただし逃げる際に作られた距離があまりにもわずかだったことで、槍が届く範囲で体が縮こまっている。

 

 振るわれた大戦槍がルフィを捉えた。

 触れる直前に両腕を掲げ、防御するも、直撃と同時に爆炎に包まれる。

 殴り飛ばされたルフィは勢いよく地面を転がった。体には黒煙を纏わりつかせ、炎を浴びた時よりダメージが大きいだろう。一瞬、視界が奇妙に揺らいだ。

 

 見ていたヨサクが声を上げた。コックたちも同じく強かな一撃に驚愕している。

 彼らより近い位置に居るサンジは、至って冷静に見ていた。

 

 確かに直撃で、防御を無視する攻撃力とはいえ、ルフィはすぐに立ち上がる。

 さほど大きな問題はない。

 熱と痛みを感じつつ、彼は平気な顔で拳を構え直していた。従ってクリークの苛立ちは募り、舌打ちを一つ、その後にふと体の力を抜いて槍を下ろす。

 

 「チッ、てめぇは化け物みてぇに強い奴だな……負けたよ。おれには勝てねぇ相手だった」

 「ん?」

 「ここは退いとくとしよう。実を言えばさっき艦隊を失くしたことが堪えててな。これ以上は戦えそうにねぇ。心が、折られちまった。大人しく帰るから見逃しちゃもらえねぇか」

 「お、そうか。なんだ、なんか拍子抜けする――」

 「騙されんな。もう忘れたのかよ、おれが騙し討ちでそいつに殴られたのを」

 

 後ろからサンジの声が飛ぶ。そのためルフィは反射的に振り返った。

 

 「そういやそうだった。じゃあこいつやっぱり嘘ついてんのか?」

 「おい、バカっ。こっち向くな。隙を見せりゃそいつは――」

 

 視線が外れたことでクリークが笑み、両手で持った槍を全力で振るう。当然狙うはルフィ。気付いて顔の向きを戻そうとする彼の姿を捉え、再び防御の上から思い切り弾き飛ばした。

 爆炎と共にまたも転がり、今度はすぐ飛び起きた彼は歯を剥き出しに怒りを見せる。

 

 ようやく騙し討ちだと気付いたらしく、今になって怒りが込み上げてくる。

 騙され易いのは弱点だろう。

 見ていて気付いたサンジは頭を抱えて溜息を抑えられなかった。

 

 「アホだ。あんなバレバレの嘘に引っかかるか、普通……!」

 「ふんがーっ! おまえ、よくも騙したな!」

 「騙される方がバカなんだ。おれはてめぇと勝負する気なんざ初めから持っちゃいねぇ。おまえを殺すだけなんだからなぁ」

 

 余裕を取り戻したクリークはズボンから何かを取り出す。

 左手の指先にあったのは小さな玉だ。

 それを見せびらかしつつ、やはり勝ち誇った笑みが浮かべられている。

 

 「いいことを思いついた。てめぇは能力者だろう。つまり絶対に克服できねぇ弱点がある」

 「なにィ? あるか、そんなもん」

 「どうかな。今おれたちが立ってる場所は海の上だ。しかも足場はいとも容易く壊れるただの板。どっちが有利になる戦場かはバカなてめぇでも理解できるな?」

 

 指が玉を弾いて飛ばした。

 地面に落ち、ころころ転がるそれはルフィの足元まで到達する。

 

 「吹き飛んで溺れ死ね。おれに盾突くからこうなるんだ」

 

 地面に落ちた衝撃を受けて数秒、小さな玉は大爆発を起こした。当然間近に居たルフィは爆風で飛ばされて、地面もまた同じようにダメージを受けて跡形もなくなる。

 クリークとルフィの間に海が出来た。

 それだけでは止まらず、クリークはさらに小型爆弾を取り出したかと思えば、容赦なくそれらを放っていく。まるでバラティエ自体を沈めてしまおうかと言うように。

 

 ヒレがどんどん破壊されていき、足場が小さくなっていく。

 海に落ちれば必ず死ぬ。まずいと思ったルフィは爆発を受けて傷ついた体で必死に跳び、瓦礫を足場にしながらレストランへと戻っていく。

 反対にサンジは怒りの形相となり、爆発を掻い潜って前へ駆けていた。

 

 「全て海の藻屑になれ! おれを舐めやがった罰だ!」

 「てめぇ、いい加減にしとけよクソ野郎!」

 

 残った足場を的確に選び、次々飛び移り、強く蹴ってクリークへ接近する。

 跳んだ勢いからサンジは蹴りを放った。応じたクリークは槍の柄で攻撃を受け止め、力ずくで押し返して距離を設ける。流石恵まれた体を持つだけあって筋力は凄まじい。

 海に落ちる事無くヒレの残骸に着地し、両者は向かい合った。

 

 ヒレは至る所を破壊されてバラバラになっている。元々の浮力のせいか、沈みはせずに浮かんでいるため、いくつかの浮島が彼らにとっての戦場となった。

 冷静だった先程までと違い、サンジは激怒している。

 いち早く避難したルフィはコックたちと共にその様子を見ており、些か驚いている顔だ。

 

 「この店は、クソジジイの宝だ。てめぇみてぇな野郎が壊していいもんじゃねぇんだよ!」

 「フン、宝だと? 馬鹿馬鹿しい。そんなもんに拘るのは弱ぇ証拠だ」

 「あ?」

 「たかが船だろう。おれならいくらでも手に入れられる。五十隻ばかり沈んだなぁ……だからなんだ? また掻き集めるのは難しくねぇのさ。ただ敵から奪えばいいだけなんだからな」

 

 眼差しが鋭くなる。更なる力が加わっていたらしい。

 気にせずクリークは続けた。

 

 「こんなちんけな船を宝にするくれぇならもっとでかい船でも奪ったらどうだ? まぁ、無理だろうがな。たかがコックにそんな度胸もある訳ねぇか」

 「何から何まで勘違いして語ってるとこ悪ぃが、てめぇのオツムには驚かされる。どうやら話しても無駄なようだな。それ以上口を開かなくていい」

 「誰に命令してやがる。おれを誰だと思ってんだ!」

 「たかが海賊が、海のコックに逆らうな。三枚にオロスぞクソ野郎」

 

 距離があると見てクリークが槍を下ろし、鎧に隠した銃を取り出そうとした、その時。浮島を蹴って飛び出したサンジは予想よりも速く接近しており、驚愕から全身が硬直した。

 空中で姿勢を整え、間近に迫った時には天を向いている。

 その状態で、彼の蹴りはクリークの顎を捉え、重い体を一瞬で頭上へ飛ばしていた。

 見事なオーバーヘッドキックである。

 

 素晴らしい動きにルフィが感嘆の声を上げる。

 サンジは海に落ちることなく、素早く体勢を整えて浮島に着地した。

 それからルフィに目をやって短く告げる。

 

 「いつまでサボってんだ。おまえも手伝え」

 「おう!」

 

 答えたルフィは伸ばした両腕を使って自らを撃ち出し、素早く空へ向かった。

 上空高くまで飛ばされたクリークへと追いつき、両腕を伸ばして、降ってくる彼を上から叩きつけるように一撃を与える。凄まじい攻撃は彼の落下を急速に加速させた。

 鎧は壊れない。だが衝撃は無視できないほどである。

 

 「ゴムゴムのバズーカ!」

 「おうっ!?」

 

 クリークが急速に落下してくる。体の前面は空を向き、サンジが見るのは彼の背面。

 自身も跳び上がって迎え撃つ。

 まるでルフィからのパスを受け取るように、強烈な蹴りをクリークの頭へ叩き込んだ。

 

 「首肉(コリエ)シュート!」

 「ぬがぁっ!?」

 

 後頭部への一撃で視界が弾け、星が散る。さらに彼の体は空へ打ち上げられた。

 助かった訳ではない。上からは尚もルフィが落下してくる。

 再び両腕が空へ向かって伸ばされており、落下の力に加え、サンジの蹴りによって与えられた上昇する力が合わさって、クリークの体に凄まじい衝撃が与えられる。

 

 尚もルフィは彼の鎧へ攻撃を与えた。

 その一撃は先程より強く、決して壊れぬはずの鎧が破砕されたのだ。

 

 「バズーカァ!」

 「がっ……!?」

 「キリがねぇな」

 

 打ち上げて落とす。そんな攻撃の連続に嘆息するサンジが呟いた。

 鎧が砕かれ、クリークは限界の状態。ギリギリ気絶していないだけだった。

 そろそろ決着を着けるべきだろう。

 また急速に落下してくるクリークを見つめ、サンジは右足の爪先で浮島を軽く叩いた。

 

 「もう十分だろ。いい加減寝てろ――」

 

 落ちてきたクリークが自らの眼前へ達した時、くるりと回って、背面から繰り出される蹴りが鎧を失った巨体を捉える。見切れぬほどの速度で数度。様々な箇所に蹴りが当たった。

 

 「羊肉(ムートン)ショット!」

 

 強烈なソバットが意識を刈り取り、飛ばされたクリークは滑るように海へ落ちる。

 水しぶきが走って、落ち着いた後に残るのは静寂のみ。

 他の二人と同様、海に浮かんでゆらりと漂い、決着は着いた。

 

 終わってみれば呆気ないものである。

 佇まいを直したサンジは彼らの姿を見て不敵に笑う。

 たかがコック、されどコックだ。

 海上レストランバラティエのコックは普通などではない。それは彼らの脳裏に叩き込まれたことだろう。完全勝利の結果に大満足だった。

 

 店の前で見ていたコックたちからわっと歓声が上がる。普段は決して仲が良いという関係性でもなかったが、大事な店を壊そうとする敵を前に意志を同じくし、今だけは違った。誰もが敵の撃破を喜び、荒くれ者とは思えぬ無邪気な様子で喜びを露わにしている。

 サンジもそれを知り、呆れた笑顔で振り返る。

 ルフィが降ってきたのはちょうどその頃で、何やら慌てている声が聞こえてきた。

 

 「うおおいっサンジィ! 危ねぇ!」

 「あ? おまっ、こっち降ってくんなァ!?」

 

 ルフィが頭上から降ってきて、逃げられるような距離ではなかった。

 狙ってか図らずか、あまりの勢いで浮島がひっくり返されて、サンジを巻き込んで二人揃って海へ落ちる。せっかくの勝利が台無しであった。

 

 すぐにサンジが海面から顔を出す。泳ぎは得意な様子で、服を着たままでも溺れることはない。

 立ち泳ぎで顔を出したまま、表情を歪めたサンジはやれやれと首を振った。

 

 「クソ、何やってやがんだ。めんどくせぇことしやがって」

 「ぎゃはは、何やってんだサンジ!」

 「うるせぇクソども! 何もしてねぇ奴が笑ってんじゃねぇ!」

 

 上機嫌に笑うコックたちに返していれば、不審なことに気付いた。ルフィが顔を出さない。

 いつまで経っても上がって来ず、なぜだろうと首をかしげる。

 気になって水面に顔をつけ、目を開いて中を覗いた。するとルフィは、脱力して沈んでいくのである。苦しげな表情が確認でき、どう見ても溺れている。

 

 「何やってんだ!?」

 

 驚愕してしまい、咄嗟に顔を上げて深く息を吸い、海中へ潜る。

 沈んでいく彼に追いつき、体を抱え上げた。ルフィは全く抵抗しない。体力どころか気力すらないらしく、体のどこにも力が入っていなかった。

 すぐに海面へ到達して二人同時に顔を出す。

 

 ぐったりした様子のルフィは自力で咳き込み、飲んだ海水を吐き出した。

 サンジが近くにあった浮島を掴み、彼の体を抱え直す。やはりルフィは動けない。彼にとってはそれが不思議で、能力者が泳げないことを失念していたようだった。

 

 「そうか、能力者は海に嫌われて泳げなくなるんだったな……初めて見たぜ。本当だったとは」

 「ゲホッ、オェ。はぁ、ありがとう……」

 「別にいいよ。なんだかんだで手伝ってもらった訳だからな」

 

 ぶっきらぼうに答えたサンジは少し物憂げに彼から目を逸らす。

 

 気付いた時には助けようとしていた訳だが、なぜそうしたのかはわからない。他人が困ってるなら助けるのは当然だ、と言うほど善人なつもりではない。しかも今回は考えるより前に行動していて、尚更いつもとは違うような気がした。

 そう言えばバラティエの仲間以外と共闘するのは初めてかもしれない。

 今になって思い出し、希少な体験をしたものだと思った。

 

 サンジはルフィを連れて泳ぎ、歓迎するような態度のコックたちの下へ向かう。ゾロはまだ眠ったままだが、ヨサクも拳を突き上げて二人の名を呼んでいた。

 脅威は去り、場の空気も変わる。

 その中で唯一ゼフだけが何か思案する顔を見せており、神妙な表情になっていた。

 


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