ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ファイター

 倒れたゾロが店内に運ばれて、そこはしばらく騒々しくなっていた。

 専門的な医療の知識を持つ者など居ないが、昔取った杵柄で多少なりとも怪我の処置に関する知識を持つ者がおり、チンピラ上がりの強面の男が彼の胸を縫合し終えたらしい。

 それなりに時間はかかったが一命は取り留めた。

 処置を終えた後、船上にはまだ独特の興奮が残っていて、先程の光景に関する感想は止まるところを知らない。やはり世界最強の剣豪と呼ばれるミホークはそれほどの存在なのだ。

 

 艦隊をぶった切り、ゾロを完敗させ、そして堂々の去り際。

 死に瀕しながら覚悟を見せたゾロに対する称賛の声もあって普段以上に騒がしい。

 客が居ないとあって仕事もなく、彼らはしばし話を続けていた。

 

 コックたちの輪から外れるサンジは新たな煙草に火を点ける。

 煙を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。子供の頃は苦手だったそれもすっかり慣れた。そうしているだけで見栄えはそれなりになるし、ぼーっとする際の助けになる。

 彼自身、いつもと違うのは自覚していた。だがその原因まではわからない。

 静かに一人で佇んでいると、やがて背後からゼフが歩み寄って来た。

 

 「たまに居るんだ、ああいうバカが」

 「あ?」

 

 義足で独特の音を鳴らし、彼の隣へ立って海を眺める。

 ヒレの縁に立っていたせいで他の者は近くに居ない。珍しいが、二人だけだ。

 ゼフは何を知っているのか、穏やかな声で語りを続けている。サンジも不思議と無視することはできずに話を聞き入れ、自分の中の不調を明らかにしようとしていたようだ。

 

 「信念、って奴か。一度こうだと決めたら曲げねぇんだ。それこそ死にでもしねぇ限り。世間の大半はそれをバカだと言うのかもしれねぇが、おれは好きだぜ。そういうバカは」

 「……何の話だ」

 「チビナスにはまだ早ぇ話か? わかってねぇんならてめぇはその程度だ」

 「なんだとっ。ジジイ、訳のわからねぇことを――」

 

 言うだけ言ってゼフはその場を離れようとする。

 ひどくあっさり背を向けて、深くは説明せずにサンジの傍を離れようとした。

 

 「てめぇがそれを噛み殺してる限り、チビナスは卒業できねぇな」

 

 食って掛かろうとして、やめた。きっかけはやはりその一言だろう。

 何を言わんとしているのかはわかる。同時に、そのことに彼が気付いているのが悔しく感じた。今まで一度もそんな内容について話したことがないのに目敏い男だ。

 

 舌打ちを一つ。

 再び海に目をやって佇む。

 

 入れ替わるように今度はルフィがやってきた。

 ゾロは一応落ち着いたらしい。今は笑みが浮かんでいる。

 対照的に複雑そうなサンジへ顔を見せ、ルフィは親しそうに話し始めた。

 

 「サンジ、レストラン守れたな」

 「ああ。まさかの事態だったがな」

 「まぁ色々あったけどよ、おれの仲間にならねぇか?」

 「どんな脈略で誘ってんだ。別におまえの手柄って訳でも――」

 「あれなんだ?」

 

 人の言葉を遮ってルフィが海を指差し、言われたサンジも何気なくそちらを見た。

 小舟がある。エンジンでもついているのか、凄まじい勢いでバラティエへ向かってきていた。外見は木造、しかし用途のそれは確実にモーターボートである。

 大柄な人影が見えている。

 嫌な予感を感じるのは当然であった。

 

 二人が気付いた後、徐々にコックたちも高速で接近してくるボートに気付く。

 多くの視線が集まる先、大柄の人影が何かを構え、発射した。

 明らかに攻撃だと感じさせる挙動、そして宙を飛ぶ砲弾。驚愕が伝染するのは一瞬だった。バラティエ、特にヒレへ向けて弓なりの軌道で砲弾が迫り、その光景はひどく鮮明に映っている。

 

 最初に反応したのはルフィだ。砲弾を目掛けて高く跳び、一気に息を吸い込む。

 

 「ゴムゴムの――」

 

 風船のように腹が膨らんで、ゴムの性質を持ったまま砲弾を受け止める。

 反動を利用して慣れた様子で跳ね返し、砲弾は空へと打ち上げられた。

 

 「風船!」

 

 突然の攻撃にも驚いたが、ルフィの体にも驚いた。息を吸い込むだけで膨れ上がり、ふわりと一瞬とはいえ滞空して、あまつさえ砲弾を跳ね返したのだ。

 彼が普通の人間でないこともこの瞬間に伝わっただろう。

 跳ね返した後、また元通りの体に戻って落下してくる。

 

 打ち上げられた砲弾は天高くまで到達し、やがて独りでに爆発した。ただの砲弾ではない。大砲から発射されるそれとは違い、そこに広がったのは爆炎ではなく奇妙な色の煙だった。

 正体を知らずとも一つの言葉が頭に浮かぶ。

 毒ガス弾。

 おそらく砲弾よりも恐ろしい武器だったようで、その煙を見上げた人々は静かに戦慄した。

 

 宣戦布告すら行わぬ攻撃に、その攻撃が毒ガス弾。

 間違いないと判断した。

 向かってくるボートを見れば、やってくるのがクリークだということが視認できたのである。

 

 「あ! あいつ!」

 「まだ生きてやがったのか。艦隊をぶった切られたってのにしぶとい野郎だ」

 

 なぜ死ななかったのか。詳しい理由はわからないが余裕の笑みを持ち、ボートに乗っていることから何かしらの策は用意していたらしい。ただ力押しするだけの海賊ではないようだ。

 ヒレの上は騒然となり、コックたちが騒ぎ出す。

 敵の襲来に毒ガス弾の使用。事態は急変しようとしていた。

 

 やがてボートは速度を落とし、ヒレに横付けされる。

 その船から三人の男たちが飛び移った。

 たった三人と油断してはいけない。クリーク海賊団の主力が乗り込んできたのだ。

 

 右に立つのは艦隊の戦闘総隊長を務める男、“鬼人”のギン。

 左に立つのは第二部隊隊長、“鉄壁”のパール。

 そして中央に構えるのが彼らを従える提督、首領クリークである。

 雑兵を用意せずともバラティエを力ずくで奪えるメンバー。艦隊が沈められたとあって作戦を変えたらしく、威風堂々とその場へ立つ。

 入り口の辺りで密集するコックたちを見やり、クリークが口を開いた。

 

 「さて……色々あって船が無くなっちまった。てめぇらも見てたんならわかるだろう。わかってるだろうが改めて言ってやる。この船とグランドラインの航海日誌を頂きに来た」

 

 何事もなかったように脅迫を始め、先の光景とちぐはぐな姿に疑念が浮かぶ。

 真っ先にサンジが口を開いて質問を始めた。

 

 「ずいぶん冷静に喋ってんじゃねぇか。あれだけの大敗の後でよく口が動くな」

 「大敗だと? 負けちゃあいねぇさ。どこの誰だか知らねぇが、何らかのトリックを使ったに違いねぇ。おれと戦っておれが負けたか? ただ船が壊れただけなんだよ」

 「へぇ、そうかい」

 「わかるか? おれはこの通りピンピンしていて、実際おまえらを殺せるだけの力と体力を持ってる。それにこんなこともあろうかと五十隻の艦隊とは別に、十五隻から成る部隊を後続に残しておいた。そりゃあ驚きもしたが、結果はおれの勝ちだ。おれを殺せちゃいねぇんだからな」

 「口だけはよく回るみてぇだな。別におまえの感想なんざどうでもいいんだ。とっとと失せろ」

 

 興味なさげにサンジが呟くと同時、クリークの眉間に皺が寄る。言ってはいけない一言を言ったのだろうか。怒りの念が放出されて見るからに態度が変わった。

 

 「何か勘違いしてるんじゃねぇのか? おれは頼んでるんじゃねぇ、命令してるんだ。おれが失せろと言ったらてめぇら何も言わずに船を下りればいいんだよ」

 「あいにくおれはおまえの部下じゃねぇ。従う必要はねぇな」

 「物を知らねぇ野郎だ。強者の命令は絶対。誰もおれには逆らうなッ!」

 

 クリークが前へ一歩踏み出し、重々しい足音がする。

 威圧的な態度にもサンジの表情は変わらず。短くなった煙草を携帯灰皿へ押し込む。

 その態度にまた怒りを大きくした様子で、クリークは左側の肩当てを取り、手に持った。

 

 「そこをどけ。聞かねぇ奴は全員殺す。この毒ガス弾でな」

 「やってみろよクソ野郎。返り討ちにしてやる」

 

 脅されても怯まず立ちはだかる。

 クリークは苛立ち、両側の二人が姿勢を変えた。

 

 「舐めやがって……おれはイーストブルーの覇者、首領クリークだ。いずれはグランドラインを制覇し、海賊王の称号を得る。たかがコックが千人集まろうが勝てる相手じゃねぇんだよ!」

 「海賊王?」

 

 ぴくりと反応し、ルフィが前へ出た。

 サンジよりも数歩前まで歩を進め、クリークの正面に立って腕を組み、表情を厳しくして睨みつける。自然とクリークの視線も彼へ注がれるようになった。

 

 異様な対峙である。バラティエの人間でない彼がなぜムキになるのか。

 呆れてサンジが見守っていると、声色が変わったルフィはひどく端的に伝えた。

 

 「おまえが海賊王になるって? そりゃ無理だろ」

 「何ィ? 誰だ、てめぇは」

 「モンキー・D・ルフィ。海賊王になるのは、おれだ」

 「ほう。見た目に違わずどうしようもねぇバカが来たらしい」

 

 売り言葉に買い言葉。

 挑発するようなルフィに対し、クリークは笑みを深めて答えた。ただ彼の想像と違ったのはルフィの言葉は挑発のための物ではなく、素直に自分の気持ちを伝えただけということだ。

 

 それを言われては黙っていられない。

 ルフィは海賊としてクリークを敵だと認識しており、もはやサンジの手伝いなど関係ない。自分のために彼を倒すのだと決断していた様子。

 クリークもまた、目の前の男は礼儀どころか真理を知らないと評して、逃がす気はない。

 最強は己。ならば海賊王になるのも自身なのである。

 睨み合う両者は激突も辞さない様子、今すぐにも戦い始めかねない態度で対峙した。

 

 「てめぇが海賊王だと? つまらねぇ冗談はほどほどにしておけ。聞くが、海賊王になるために必要な物を知っているか?」

 「知らん。ワンピースのことか?」

 「いいや違う。武力だ。誰にも負けねぇ圧倒的な力だ。生半可な強さしか持たねぇ野郎に海賊の王を名乗る資格なんざありはしねぇ。てめぇがおれより強いと思うか?」

 「ああ、思う」

 「クックック、なるほど。どうやらトンデモねぇバカだったようだ」

 

 くつくつと笑うクリークを見つつサンジが言う。

 どうも話の方向性が変わっている。バラティエのことなど無視するかのようだ。

 

 「おまえは下がってろ。こいつはウチの問題だ」

 「いやだね。こいつはおれがぶっ飛ばす」

 「どういう了見だよ。いつの間にそうなった」

 「こういう奴らには負けてられねぇんだ。悪いけどこのケンカおれがもらう」

 「勝手にしろ。どの道おれはこいつらが消えてくれりゃ十分だ」

 

 二人が敵の前に立ちはだかったことで、武器を持ったままのコックたちは動こうとしていた。

 特に先頭のパティとカルネが、意気揚々とサンジの背へ声をかける。

 

 「おいサンジィ、おれたちもやるぞ!」

 「てめぇ一人にオイシイとこ持っていかせねぇぞ!」

 「いらねぇよ。雑魚はそこで見てろ」

 「何ィ!?」

 「足手まといだって言ってんだ」

 

 仲間たちの加勢を押し留めて拒否し、振り返ることなく告げられる。

 彼らでは力不足だと。

 

 別段、やさしさから来る言葉ではない。心底そう思っているし、必要ないというだけの話。

 少し前に立つルフィの実力は詳しく知らないものの、毒ガス弾に反応した動きを見る限りは相当の腕前。彼と自分が居ればそれで充分だろうと判断している。

 店を傷つけず戦うために用意したヒレだが、使える範囲は限られている。むしろ人数が増えるのは彼らにとっても厄介で、少数で戦った方が自由に使えるだろう。

 

 止められたパティとカルネは悔しそうに武器を握るが、サンジの実力は知っている。彼らが武器を持ち、二人掛かりで挑んでも彼には勝てない。

 渋々ながら引き下がることに決めたようだ。

 二人は武器を下ろし、他のコックたちも静観を決めて熱心に二人の姿を見守る。

 その中にはゼフも居た。腕を組んで戦いの行く末を見ようとしている。

 

 戦闘の意志が辺りへ漂い、それだけで意志の疎通はできた。

 二人だけで向かって来ようとする彼らにクリークは勝利を予感する。数的に有利な現状で逃走や中断をするはずもなく、勝ち誇る笑みは隠しきれない。

 

 「好きなだけほざいてろ。強ぇ弱ぇは結果が決めるのさ」

 「おれが勝つ!」

 「別に止めはしねぇが、店は壊すんじゃねぇぞ」

 

 応じるようにルフィが叫んだ途端、クリークが腕を伸ばして肩当てを構えた。

 音を立てて変形したそれは何かを発射する形態となる。変形する様子にルフィの好奇心が掻き立てられ、思わず目を輝かせてしまうも、すぐに首を振って自制する。

 今はそれどころではない。

 

 先の言葉から毒ガス弾ではないかと予想できた。

 ルフィは駆け出し、撃つ前に止めようと前へ出る。

 

 「もう毒ガスは撃たさねぇぞ!」

 「待て! 無暗に動くな!」

 「フン。止められるもんなら止めてみろ」

 

 狙いはルフィへ定められた。そして直後に肩当てが動いて発射される。

 放たれたのはしかし毒ガス弾ではない。小さく、短い槍が無数に飛んで、まるで銃弾のようにルフィへ殺到した。銃弾ならばまだしも鋭く尖る槍はゴムでは返せない。

 必死に回避しようとして、勢いを止め切れずにルフィの体は槍を受ける。

 防御のために顔の前で腕を交差したが、彼の体には数本の槍が突き刺さった。

 

 「うわぁ!?」

 「おいっ! クソ、言わんこっちゃねぇ」

 「ギン、やれェ!」

 

 攻撃を受けて体勢を崩し、ルフィが地面を転がる。その隙を逃さずにギンが駆け出した。

 両手に持つ奇妙な形のトンファーを巧みに回転させ、遠心力を利用した一撃を、ルフィの脳天へ叩き込もうと迫る。すぐにルフィも気付くが転がってしまって反応に困った。

 迎撃か、回避か。どちらにしても余裕はない。

 

 選んだのは迎撃だ。

 転がったまま攻撃を返そうとして、きつく拳を握った。

 

 「死ね――」

 「いやだ!」

 

 トンファーが振り下ろされた瞬間、迎撃しようとしたルフィがパンチを繰り出す前に、傍らから放たれた蹴りが視界に入る。球の形をする武器の先端が蹴られ、強かに蹴り返された。

 ルフィが見上げればサンジが居る。

 

 一撃を止められ、トンファーが吹き飛ぼうとする勢いを利用し、体ごと回転したギンが更なる攻撃を放とうとする。そちらにも反応してサンジが足を振り上げた。

 標的を変えて狙うのはサンジ。

 両者同時に攻撃を放ち、蹴りとトンファーの先端が勢いよく激突した。

 

 寝そべったルフィの頭上で得物をぶつけたまま、二人の視線が交差する。

 サンジは笑みを浮かべ、ギンは鋭い視線で彼を睨む。

 

 「首領に勝てる奴は居ねぇ。今の内に逃げた方が身のためだぜ」

 「弱い犬ほどよく口が回るもんさ。知らねぇのか?」

 

 その一言に怒りが膨れ上がる。

 己が船長を侮辱され、平静でいられるはずもなかっただろう。

 咄嗟の動きで距離を作り、再びギンがサンジへ向かい、彼もそれに応じて足を振り上げた。

 

 素早い攻撃に反応する身のこなしは凄まじい物がある。動きは軽く、武器を使わず蹴りだけを攻撃に用いるとはいえ、その力量は常人のそれではない。

 ギンも、サンジも、明らかにそこらに居る人間のレベルではなかった。

 彼らの攻防は見ているだけでも心が躍り、達人同士の激突だと思わせる様相である。

 

 ごろごろ転がって彼らの下から逃げたルフィが起き上がり、改めて目にする。

 戦う姿は初めて見るが、サンジの腕前は彼が嬉しくなってしまうほどだったらしい。

 もっと仲間にしたくなったと、にんまり頬が上がる。

 

 「おぉ~、すげぇなサンジ。おまえめちゃくちゃ強いじゃんか」

 

 攻防の最中にふっと笑い、トンファーを蹴って後ろへ下がる。

 動きを止めたサンジは新たな煙草を銜え、火を点けると同時に呟いた。

 

 「当たり前だろ。海のコックを舐めんなよ」

 「ししし、わかった。まぁ別に舐めてたわけじゃなかったけどな」

 「多少はできるようだが、たかがコックだろう。海賊の戦闘を甘く見ねぇことだ」

 

 呆れた顔で溜息交じりにギンが言う。

 その一言は聞き捨てならなかったのだろうか。

 佇まいを変えて肩をすくめたサンジが足先で床を叩いた。

 

 「偉そうに言ってられるのも今の内だぜ。たかがコックに負けた後じゃ言い訳はできねぇ。なんなら今の内に聞いといてやろうか」

 「おれたちは戦闘で負けたことがねぇ。だから首領は最強なんだ」

 「卑怯な手を使って、ただ人数が多かっただけだろ? 自慢できるほどの腕かどうか」

 「てめぇ……」

 「ごちゃごちゃ言う前に来いよ。そういう口だけの奴らは今まで腐るほど見てきてる。全部蹴り返してやったがな。おまえはそうじゃねぇってんなら自分の腕で見せてみろ」

 

 指に挟んだ煙草で指され、ギンは表情を険しくして武器を構えた。

 相手も相当な手練れ。だがサンジが負けることはなさそうだと思える。

 ルフィは安心してクリークへ目を向けた。

 

 刺さっていた槍を抜き、三本ほど床へ投げ捨てる。血は流れたが傷は浅い。皮膚が裂かれただけで大したダメージもなく、戦闘に対する支障もなさそうだ。

 指を鳴らして状態を確かめ、良いと判断する。

 ちょうどゾロとミホークの一騎討ちを見てテンションが上がっていた。

 相手が誰であれ負ける気などなく、暴れたいと思っていたところ。彼は好戦的に笑う。

 

 「小僧。おれとおまえ、どっちが海賊王の器だ?」

 「おれ。おまえ無理」

 

 クリークの問いに端的に返して、ルフィが駆け出した。対するクリークは一切動かず、にやけた笑みで彼を見るばかり。迎撃も防御も考えてない素振りである。

 何かされる前に殴る。

 ルフィが拳を握り、腕を後方へ伸ばした時、クリークが呟いた。

 

 「パール。出番だ」

 「御意!」

 

 素早く駆けて接近する最中、二人の間に残っていたパールが割り込んだ。

 彼の外見は一言で言えば異様である。

 頭には真珠を模した被り物を置き、両手に小さな盾を持ち、体の前後から挟み込むように巨大な盾を装備している。鎧ではなく盾だ。その姿は流石のルフィでも小首をかしげてしまう。

 

 少なくとも防御に絶対の自信を持っているのは確かなようだ。拳を伸ばして向かってくるルフィを見て逃げ出さず、両手を交差させて彼の攻撃を待ち受ける。

 

 気にせずルフィは跳んだ。

 パールが邪魔になるため真っ直ぐ接近し、伸ばした腕を引き寄せ、強烈な一撃を放つ。

 ルフィのパンチが鉄製の盾を殴り、パールの巨体は動かぬまま、硬い音が鳴った。

 

 「ブレットォ!」

 「ハッハー! 無駄だ!」

 

 ただ鉄を殴った音が響く。

 至近距離でその姿を見、ルフィはダメージを与えられなかったことに表情を変えた。

 

 完璧に防御されてしまった。その異様な姿はふざけている訳ではない。

 数歩後ろへ下がって、少し距離を置いて改めて確認する。やはり変な格好には違いなかった。

 

 「ハーッハッハッハ! 鉄壁! 故に無敵!」

 「変な格好」

 「変じゃない! いいか小僧、おれはこれまで戦闘において敵から傷をつけられたことがねぇ。ただの一度もだ。おれはタテ男で、ダテ男ってことさ」

 「いや、意味わかんねぇ」

 

 自信満々な顔のパールにまたも首をかしげ、ルフィはどう反応してよいやら困惑する。

 

 この状況を見て気分が良くなったらしい。

 クリークが口を挟んで、勝利を確信した声色で言葉を紡いだ。

 

 「これでわかっただろ。こいつらさえ居りゃ兵力など無くとも制圧は簡単。てめぇら相手に伏兵を使うまでもねぇんだ。これが武力。抗いようのねぇ力にひれ伏し、とっとと死ね」

 「死なねぇよ」

 

 クリークの言葉に真っ向から返して、ルフィは強い眼差しで敵を見据える。

 二対三。構図としては拮抗している様子ではない。

 それでも静かに、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 


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