ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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 その男が入って来たのは、昼時で客が多い時間帯だった。

 なぜそうだったか、誰にもわからない。ただ前へ進んでいればその時間になったのだろう。

 突然の来訪が多くの人間に驚愕をもたらしたことだけが事実だった。

 

 上背が高く、身に着けた服はボロボロで頭に包帯を巻いており、力を感じない弱々しい表情。今にも倒れそうな危うい足取りで、体の震えもわずかに見えた。

 顔を見て即座に気付いた者も多いだろう。

 イーストブルーにおいて有名な海賊の一人。大男は“首領(ドン)”とも名高い、クリークなる人物。

 広く悪名を轟かせた海賊で、気付いた時には凄まじい迫力を感じた。

 

 大勢の客が慌て始め、席を立ち、悲鳴を発する。目の前に居るのが海賊とわかって落ち着いていられるはずもない。何をされるかわかったものではないからだ。

 首領クリークと言えばあまりにも悪名が大きくなっている。

 曰く、騙し討ちが得意で嘘を多用し、残虐な行為も厭わないという噂。海賊、海兵に限らず、市民が襲われた事件も少なくはなく、今この場でそれが起こらないとも限らない。

 逃げ出そうと席を立つが、入り口が塞がれており、逃げ出せないようだ。

 市民たちは混乱し、騒げば何かされるかと思い、固唾を飲んで立ち尽くしていた。

 

 彼の姿を見てサンジが近付く。

 怖がることもなく歩み寄って、顔を見上げて冷静に話しかけた。

 

 「いらっしゃい。ご予約は?」

 「頼む、食料をくれ……金なら、ある。いくらでもある。だから、食料を……」

 「あいにく席はねぇんだ。だがメシなら用意できる。当然金はもらうが――」

 「ちょっと待てサンジィ!」

 

 快く受けようとした刹那、突如背後から声がかかった。サンジは冷静に振り返る。

 厨房に続く扉を開き、大柄で強面の男が歩み出てきていた。コックの一人、パティは厳めしい顔をさらに厳しくして近付いており、何やら怒っている様子。明らかに空気が緊迫している。

 サンジはまるで気にせず、冷静に彼を見た。

 

 「おいサンジ、そいつが誰だか知ってんのか。あの首領クリークだぞ。騙し討ちで名を売った、海賊としても人間としてもクズみてぇな野郎だ」

 「そうか。だったらどうした」

 「だったらどうしただと? ここまで言やぁわかるだろうが。そいつに食わせるメシなんざウチにはねぇ。丁重にお帰り頂け、そのクズ野郎にな」

 「クズにクズだと言われたんじゃ、堪ったもんじゃねぇな」

 「んだとコラァ!」

 「おまえに指図される覚えはねぇよ。いいから戻れ」

 「この野郎ッ……やっぱりてめぇは気に食わねぇ!」

 

 パティは声を荒げて反対する。同時に気付けばサンジへの不満を口にしていた。

 倒れそうなクリークをそっちのけに睨み合う。

 どちらも意見を曲げる気はないらしく、日頃の状態そのままに言い合いを始めた。

 

 「大体前々から気に入らなかったんだ。てめぇ、おれが追い出した金のねぇ客にタダでメシを食わせてたようだな。無償でメシを食わせるなんざ考えられねぇぞ」

 「別におまえに迷惑かけた訳でもあるまいし」

 「迷惑も迷惑、大迷惑だ! いいか、レストランは金を払って料理を食すんだ。お客様は神様だが、金も払えねぇ奴は神様にはなれねぇ。レストランの品位に関わる」

 「こいつは金を持ってる。おまえの言い分じゃ神様だろ」

 「そいつだけは別だ! 知らねぇのか、首領クリークの悪事の数々。そいつは、監獄から脱獄するために海兵に化けて海兵を大勢殺した挙句海賊になって、しかも海賊になった後も海軍の旗を掲げてたって話だ。騙し討ちのためだよ。今も弱ってる振りして襲撃に来てたとしたっておかしくはねぇ。おまえの判断でこの店を危険に晒す気か!」

 「小せぇことでピーピー鳴いてんじゃねぇよ。その時はその時でいいはずだぜ」

 「何ィ?」

 

 冷静な声がぶつけられる。

 友好的というより敵意をぶつけられるかのようで、パティの目つきがさらに鋭くなる。今やその二人が戦い始めたとしてもおかしくない空気が漂っていた。

 それでも躊躇わずにサンジが言い切る。

 

 「おまえら今まで何人追い返してきたんだよ。死にかけてるか嘘かは知らねぇが、たった一人の敵にビビるほど腰抜けだったのか? だったらこの店には向かねぇ。他へ行けよ」

 「聞いてなかったのか、そいつは騙し討ちが得意なんだぞ! 仮に腹を減らして弱ってたとしても、メシを食えば襲い掛かって来るし、今は一人でもどこかに仲間が潜んでるかもしれねぇ! よく考えろって言ったばっかだろうが!」

 「だから、その時は返り討ちにしてやりゃいいだけの話だ」

 「てめぇは、この店を守ろうって気がねぇのか……!」

 「おまえとおれとじゃ考え方が違うんだよ」

 

 緊迫した空気が流れている。騒ぎを聞きつけて厨房に居たコックたちも出てきており、パティの後ろに並んでいて、そこから少し離れた位置にはルフィとゼフの姿もあった。

 気付いた様子はなく、パティにのみ注意を向けているらしい。

 サンジは完全にクリークへ背を向けて話していた。襲ってくるならいつでもそうしろ。まるでそう宣言するかのように。

 

 「海で腹減らしてる奴が居て、金があろうがなかろうが、そいつのためにメシを作ってやる。コックってのはそれでいいんじゃねぇのか。飢えで苦しんでる奴を見捨ててやれるほど、おれは大らかにできてねぇよ」

 「ぬぐっ……!」

 「襲われるのが怖ぇんならおまえら逃げてろ。おれが作って食わせてやる」

 

 そう言ってサンジは緊迫した空気の中、厨房へ歩き出そうとした。

 一番早く気付いたのはルフィである。

 彼の背後で起こった変化に目を丸くして驚き、気付けば咄嗟に叫んでいた。

 

 今まで沈黙していたクリークの体に力が入る。明らかに弱った人間の動きではない。

 右手には硬く拳が握られており、それは素早く振り上げられていた。

 

 「サンジ! 危ねぇ!」

 

 ルフィが叫ぶと同時、振り返る。しかしタイミングとしては遅い。

 振り抜かれたクリークの拳はサンジの腹へ突き刺さり、豪快な様子で殴り飛ばした。凄まじい筋力から来る一撃は気が遠くなるほどの衝撃を与え、軽く飛んだ彼の体はテーブルの一つにぶち当たり、ひっくり返して、置かれたままだった皿が飛ぶ。

 

 サンジの行方を見ている暇もない。クリークはさらに動いていた。

 驚愕していたコックたちは動けない様子。その中でルフィだけがゼフへ飛び掛かって、彼を守ろうと地面へ押し倒して即座に伏せた。

 直後に、クリークの服が破け、その下から金色に光る鎧が現れる。

 

 驚くほど速く、そして無慈悲な攻撃。

 両手に銃を持ち、鎧が変形して両肩、両脇腹から銃口を露わに、一斉射撃が行われる。

 たった一人の攻撃。しかしその一瞬で無数の銃弾が空を駆け、客が悲鳴を上げる暇すら与えず、コックたちへと殺到した。硬直していた彼らは銃弾によって体を貫かれ、即死した者は一人もいないとはいえ、大きなダメージを負ってその場へ転がる。

 

 銃声が止まった直後。クリークは口角を上げて天を仰いでいた。

 ほんの一瞬。十秒とかからずたった数秒で、状況は彼の勝利を謳っている。コックたちは悲鳴や呻き声を上げて動けずに、少なくはない血が床へ広がっていた。

 その光景と声に客は顔色を変え、もはや多くの者が忘我の状態。

 すでに空気は一変していた。

 

 両手の銃を捨て、変形した鎧の形が戻った後。

 佇まいを直したクリークは辺りを見回して、誰にでもなく呟き始める。

 

 「大体わかった……荒くれ者のコックが厄介だと聞いて来てみりゃ、大したことはねぇ。お遊戯会でもやってんのか? だらだらだらだらと、てめぇらが誰に勝てるって?」

 

 辺りを見渡せば、動けなかった客が一斉に体をびくつかせる。

 まさに蛇に睨まれた蛙。生殺与奪を握られた状態だ。

 クリークの威容に歯向かえる者は誰一人として存在せず、この場は完全に支配されていた。

 

 「おれは海賊艦隊提督、首領クリーク様だ。料理長“赫足のゼフ”が記したという航海日誌を頂きに来た。フン、ついでだ。この間抜けな船ももらっておくか」

 

 今度こそ一斉に悲鳴が響き渡った。

 店内に居た客は全員、黙っていられなくなって声を出し、逃げ出したい一心で体を動かすもののクリークが出入り口を塞いでいるため外に向かうことができず、結果として壁に寄って小さくなるのが精一杯だった。慌ただしい足音がいくつも重なる。

 身を寄せ合って小さくなるも、それでも尚落ち着くことはなく。

 悲鳴に苛立ったクリークは近くにあったテーブルへ歩み寄り、自身の拳で殴り壊した。

 

 乗っていた皿が宙を舞い、破片となった木材と共に床へ落ちる。割れてしまったそれからは料理がばら撒かれてしまった。

 明確な怒りを感じさせる動きを見て、再び沈黙が広がる。

 言葉など必要ない。支配に必要なのは圧倒的な恐怖と武力。

 一瞬で場を制圧したクリークは辺りを見回し、冷静な面持ちで口を開いた。

 

 「次に騒いだ奴は、殺す」

 

 端的な言葉。だからこそ分かり易い。

 そこからは誰一人として言葉を発さなくなり、口に両手を当てて唇を固く結び、決して声を漏らさないようにと必死で鼻から呼吸をし始めていた。

 傷ついたコックたちが呻き声を発しているものの、そちらには興味がないのか何も言わない。即死した者は居なかった。だがバラティエを守るべき彼らの負傷により、クリークを倒せる人間が居なくなったとは、客だった者たち全員が考えたことだ。

 

 クリークはその場で背筋を伸ばし、倒れたコックたちに目を向ける。

 死んでいないのは僥倖。やってもらわなければならないことがあった。

 まるで小さな羽虫を見るかのような目で彼らを見つめ、冷徹な声で命令が発される。

 

 「料理長のゼフを出せ。奴は元海賊で、グランドラインを航海した記録を日誌に残しているはず。そいつを渡して、何も言わずにこの船から出て行けば命は助けてやろう。もしそれができないのであれば、ここに居る全員を海の底に沈めてやる」

 「ひぃっ」

 

 誰かが小さく悲鳴を発するが、誰が言ったかまではわからない。牽制するようにクリークは客を見回した。それだけで怯え切った彼らの震えは大きくなる。

 耳が痛くなる沈黙。

 クリークの声だけが大きく響き、店内の全員へ伝えられた。

 

 「さぁ、誰が答えるんだ? 誰が持ってくる。誰も動かねぇって言うならここに居る連中を一人ずつ殺していくぞ。命令に従うか、死ぬか、二つに一つだ。さっさとしろ!」

 

 弱々しい印象など皆無となり、ひどく力強い声である。

 今にも倒れそうな姿など嘘だった。嘘をついて敵の油断を誘い、最も簡単な方法で敵を倒す彼の戦法。繰り返す内に着いた二つ名が“ダマシ討ち”。

 バラティエの制圧までかかった時間は、演技をしていた間も合わせてものの数分。

 現在、主導権は完璧に彼が握っていたことになる。

 

 しかしそれを良く想わない者が居た。

 倒れたまま、懐から取り出した煙草を銜え、火を点ける。その後でゆっくり煙を吸い、吐いた。

 些細な挙動ながらクリークも気付いてそちらを見る。

 ゆっくり起き上がったのはサンジ一人。誰が動くより先に平気そうな顔で立ち上がり、一方で強く打った影響か、頭から血を流していて顔の右半分が赤く濡れていた。

 

 左手で煙草を持って、右手はポケットの中。

 クリークが睨む先でサンジは冷静に、しかし確実に怒っていた。

 立ち上がった彼は何も言わず、クリークに向かうのではなく、自身がひっくり返したテーブルについていた女性客の下へ足を運ぶ。片隅でしゃがみ込んでいた彼女の傍で膝をつき、気遣う様子の微笑みを湛え、安心させようとやさしく声をかけた。

 

 「大丈夫ですか、お嬢さん。先程は大変失礼しました。お怪我は?」

 「え、え? いえ、あの……大丈夫です」

 「ドレスにシミなどはできていませんか? あいにく男所帯の店なので代わりを用意する訳にはいきませんが、クリーニング代くらいはなんとかできます」

 「あ、いえ、大丈夫ですから。お気遣いなく……」

 

 戸惑う女性客がどう答えてよいものやら、悩みながら返答するとサンジがもう一度謝罪する。それは怖がらせてしまったことに対してだろうか。頭を下げた後で立ち上がる。

 振り返り、紫煙の向こうにクリークを見た。

 彼はバラティエの敵となった男を目指して歩き出し、語り始める。

 

 「おまえは今、二度おれをキレさせた。一度目は麗しいレディに怪我をさせかけたこと。怖い想いをさせて、彼女を泣かせたこと、それだけで万死に値する」

 「フン、何を言い出すかと思えば」

 「二度目はおれの目の前で料理を粗末にしたこと。確かに大した腕でもねぇクソコックどもが作った料理だが、あいつらはお客様のために魂込めて作って、喜んでもらおうと必死だった訳だ。その想いを無下にして、尚且つ海の上じゃ他の何にも代え難い食材を無駄にした」

 「話が長ぇな。要するに何が言いてぇんだ?」

 「要するに――」

 

 ぐっと力が入り、姿勢が低くなる。

 突如サンジは前へ駆けた。その動きは唐突であると同時に常人とは思えぬほど素早い。

 あまりに大きな変化で驚愕し、身が硬直する。

 

 クリークの目の前で動きが止まり、左足が軸足となって力強く踏みしめ、右足で蹴りを放つ。鈍い輝きを見せる鎧越しにだが腹へと突き刺さって、耐え切れずに体が宙を飛んでいた。

 サンジの蹴りは自分より体の大きい彼を軽々飛ばしたのである。

 

 閉じられていたドアを突き破って破壊し、その向こうにあった欄干へ強かに背がぶつかる。

 軋む音がするものの海へ放り出されることはなかった。そこで動きを止めたクリークは顔を上げて敵を睨みつけ、振り上げた足を下ろしたサンジもまた目つきを変える。

 視線を逸らさずにクリークを睨みつけ、ドスの利いた声が出された。

 

 「ふざけんなよクソ野郎。ってことだ」

 

 とても一介のコックとは思えない姿だ。堂に入った姿は海賊と見紛うてもおかしくはない。

 すぐにも壊れそうな欄干に巨体を寄りかからせたまま、クリークは笑う。楽しそうなという様相ではなく、凶悪そうな、悪巧みをするかのような笑みだった。

 

 「よっぽど死にてぇと見える」

 「やってみろよ。おまえ如きに負けるほどここは甘くはねぇんだよ」

 「そう言っていられるのも今の内だ……見ろ」

 

 顎で指し示すように動けば、出入り口から覗ける水平線に何かが見える。ずらりと並んだ無数の帆船。艦隊のようだ。

 

 クリークが危険だと語られる要因の一つに、旗揚げから瞬く間に作り上げた艦隊である。船は総数五十隻。乗組員は五千人から成る大艦隊の長。それが首領クリーク“提督”なのだ。

 その圧倒的な物量で潰した町は数知れず。

 その圧倒的な武力に散った海賊団は星の数ほど。

 イーストブルー最強と語る声も決して少なくない。彼らは海賊らしからぬ強みを持っていた。

 

 バラティエを踏み潰すのに一日もかからない戦力差。

 それを見てもサンジは表情を変えず、冷淡な目を向け続ける。

 

 「これがおれの武力だ。粋がったところで所詮はコック風情。海賊艦隊と戦って勝てるほど腕が立つ訳でもなけりゃあ運がある訳でもねぇ」

 「おーそうかい」

 「多少は腕に自信があるようだが、無駄な努力に過ぎんと知ったはずだ。船と航海日誌を渡してとっとと失せろ。そうすりゃ命までは取らねぇよ」

 「有難いお言葉をどうも。それじゃあ料理長に代わって副料理長として返答するぜ。今すぐ失せろ、雑魚野郎ども。こちとら仕事があるんでな、遊んでられるほど暇じゃねぇんだよ」

 

 見ているしかない客が血相を変えて息を呑む中、クリークの額に青筋が浮かぶ。

 激情。言いようのない憤怒だ。

 確固たる意志を持って睨み合いを続けた挙句、どちらも折れることはなく、話は終わる。クリークは襲撃を決定し、サンジは徹底抗戦の意志を固めた。

 

 踵を返しつつクリークが去ろうとする。彼は商船を装った船に乗ってバラティエに来ていた。だから誰も海賊が来たとは目視で気付かず、クリークが来るまで騒ぎが起きなかったのだろう。

 一度この場を離れ、今度は海賊として乗り込む気のようだ。

 

 「いいだろう。てめぇの選択を後悔するな。今から少し時間をやる……死にたくねぇ奴は今すぐ逃げろ! おれたちが再びここへ来た時残ってる野郎は、全員磔にして八つ裂きにしてやる! 海賊に逆らったことを後悔するまで無残になァ!」

 「口だけならどうとでも言えるがな」

 

 クリークが去った後、客は一人残らず走り出した。一目散に逃げだして自分の船に乗り、食事や会計についてなど全く頭に残っておらず、ただ死にたくないとの想いだった。

 店内から客の姿が見えなくなるまでほんの数分。

 がらんとしたそこには傷ついたコックたちのみが残り、サンジは静かに煙を吐き出す。

 

 背後で立ち上がったパティが肩を怒らせていた。

 今はサンジに対する怒りではない。彼への文句もあったがそれ以上に、バラティエを乗っ取ろうとするクリークへ抑えきれないほどの怒りを向けている。

 サンジに声をかけるものの、すでに彼は敵ではなく、目的を同じくする同志だ。

 

 「ほら見ろ。あの時すぐに追い出してりゃよかったんだ」

 「騙し討ちだったらどの道ここへ来たさ」

 「チッ、ふざけやがって。あんな野郎に好きにされてたまるか。ここはおれたちの店だ! やっと見つけた楽園なんだぞ! 料理すんのも喧嘩すんのも自由! そんな良い店他にあるかよ!」

 「なら死に物狂いで戦え。この船沈められねぇようにな」

 

 パティと想いを同じく、大勢のコックたちが立ち上がって雄々しく叫び始めた。誰一人として逃げようなどと考えていない。店を守るために命を賭ける覚悟である。

 

 そんな折になって厨房の扉が荒々しく開かれた。

 向こう側から出てきたのはサングラスをかけたコックで、出てきた途端に大声を出し始めるも、店内の状況をよく理解していなかったためか一人だけテンションが違っているらしい。

 コックのカルネは雄たけびを上げる仲間たちへ声を荒げた。

 

 「おぉいおまえら何があった!? さっきからやけに騒がしいと思ってたが、敵襲は退けたんじゃねぇのか! なんで客が全員逃げてんだよ! ふざけやがって、おれが丹精込めたスペシャルローストビーフはどうなるんだよクソったれェ!」

 「カルネ、おまえ……仕上げしてやがったのか」

 「こっちは大変だったってのに」

 「こっちだって大変だったんだよ! このスペシャルメニュー考えるのに何か月かかったと思ってやがる!」

 「何キレてんだよ」

 「ちくしょう、食う奴が居ねぇ料理に何の価値が――」

 

 気落ちした様子でカルネが肩を落とした時。横からぽんぽんと肩を叩かれた。

 振り返ればにんまり笑うルフィの顔。

 雑用だと叫んでいた時に確認していたが、知り合いとも呼べる間柄ではない訳で、カルネは不思議そうに彼の笑顔を見つめる。

 ルフィは笑顔で自分を指差した。

 

 「おれ食えるぞ、ローストビーフ」

 

 一気に騒がしくなる店内。コックたちは武器を取るため、動き出していた。

 その中で一人佇むサンジにゼフが歩み寄る。

 

 「おいサンジ」

 「なんだクソジジイ。居やがったか」

 「面倒なことしてくれやがって。おかげで何人食い逃げしやがったと思ってる」

 「じゃあ海賊に船明け渡した方がよかったか?」

 「バカ言え。やるからには負けんじゃねぇぞ。何も知らねぇボケナス共にコックの恐ろしさを教えてやれ」

 「へっ、誰に言ってやがる」

 

 水平線を眺め、臆することなく呟く。

 敵は五十隻から成る海賊艦隊。対するはたった一隻の海上レストランとコックたち。

 敗北する気はなく、逃げもせず、彼らは敵の到着を待つことに決めていた。

 


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