ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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SWEET ESCAPE(5)

 二度目となるウミパンダの襲来。

 すっかり忘れていたまさかの事態に、時が止まったような衝撃。ウソップは大口を開けて目が飛び出さんほど驚き、大きな悲鳴を響かせており、ボガードもまた平静を保てなくなっている。

 ただでさえ予想外の激闘で胸に大きな傷を負い、声が出せなくなっている。呼吸さえ辛い危険な状態だ。今だけはそれほどの巨体に襲われて勝てる自信がない。

 必然的に対峙をやめた二人は、気付けば体ごとウミパンダに向き直っていた。

 

 「で、で、出たぁ~っ!?」

 

 ウソップの絶叫が響く最中、ウミパンダは船上の人間を見つめる。

 叫ぶウソップ。刀を構えるボガード。そして血まみれで倒れるキリの姿。

 

 つぶらな瞳が確かに様子を変えた。

 キリの姿を見つけ、血に濡れて赤く染まりながらも、わずかに確認できるくすんだ金色を目にして初めての反応を見せていた。

 今やはっきりとはしていない彼の視界にも、ウミパンダの顔がおぼろげに映る。

 この瞬間、確かに視線が交わったのだろう。

 

 明確な変化にウソップが肩をびくつかせる。

 ウミパンダの顔が分かり易く憤怒を表したのだ。

 

 「ぎぃやぁぁぁ~っ!? 死ぬぅ~っ‼」

 

 両手を上げて降参のポーズ、ウソップが全力で叫べば、ウミパンダの顔はボガードに向いた。

 本能からわかる何かがあったのかもしれない。

 水面を大きく揺らして持ち上げられた右腕が突然、ボガードへ向けてパンチを放っていた。思わぬ攻撃に彼は姿が掻き消えるほどの速度で回避し、欄干に立っていたせいで、軍艦の一部が轟音を立てて吹き飛ばされる。

 

 たった一撃で頑丈な船が粉々になった。

 恐ろしい光景にウソップは冷静さを取り戻すことなく、さらに声を大きくする。

 

 「あああぁぁぁ~っ!?」

 

 移動したボガードはマストの上へ立った。一秒たりとも見失うことなくウミパンダが彼の姿を捕捉し、今度は左腕を持ち上げ、容赦のないパンチを猛然と放つ。

 即座にボガードが飛ぶと、マストは一瞬でただの残骸と化した。

 

 頭上からマストだった物が降り注ぎ、悲鳴を上げたウソップはまずいことに気付く。

 動けないキリに欠片でも当たればおしまいだ。

 考える暇もないため、慌てた彼はキリの体を抱え上げ、咄嗟に走り出していた。

 

 「やべぇ! 悪ぃキリ、ちょっと運ぶぞ!」

 

 素早い判断で下敷きになることはなかった。

 彼らは残骸の下から逃げ出し、急いで船室へと駆け込む。

 

 その際、完全に姿が見えなくなる前に、キリがぽつりと呟く。

 血が足りずにぼんやりする頭は不思議な考えを打ち出していたらしい。

 

 頭の中に浮かぶのは一人の女性の姿。

 かつて見た大きなシロクマ。

 自分には他にも家族が居るという言葉。

 そして今は、自分を見て激怒し、傷つけただろうボガードを襲ったウミパンダの挙動。

 

 「こいつ、まさか――」

 

 言い切らぬ前に船室へ姿が消える。

 

 外ではその後も動物と人間の攻防が続いた。

 あまりにも素早く的確な動きはどう見ても野生とは思えず、訓練を受けた物に見える。拳法と言われても疑いはしない。このウミパンダは何から何まで奇妙だった。

 グランドラインに生息するはずがイーストブルーに居て、本来あり得ないほどの体躯を持ち、ただ拳を振るだけでなくまるで追い詰めようとするかのような姿。どこを取っても普通とは言えず、空気を蹴って逃げながらも、体力の限界を感じるボガードは強く歯噛みした。

 

 なぜこんな事態になった。まるで彼らを守ろうとするようではないか。

 疑念を持ちつつも怒りを持ち、自らの命の危険を知りながら空中で刀を構える。

 逃しはしないと決めた。故に諦めることはできない。

 

 その刹那、ウミパンダが奇妙な素振りを見せた。

 傍にある軍艦を両手で持ち上げ、頭上に掲げたのである。

 守ろうとしたはずの人間が乗る船を、自らの武器にしようとしているらしかった。

 

 虚を衝かれた一瞬の隙を見切り、ウミパンダが全力で軍艦を投げつける。ぐるぐる回るそれは威容を持って空を飛び、狙い違わずボガードへと迫った。歯噛みして空気を蹴って空を飛び、回避する。投げられた軍艦は勢いそのままに大海原へと飛んで行ってしまった。

 

 攻撃を回避したかに思えた。だがそれさえも陽動の一種に過ぎず、行動の先を読んだウミパンダが待ち受けていた。まるでオーバーヘッドキックである。

 驚愕するボガードへ蹴りが迫り、逃げる暇もなく激突する。

 彼の体は凄まじい勢いで蹴り飛ばされて町へ戻り、港を越えて一軒の家に激突した。

 姿は見えなくなり、安否は不明。ウミパンダは頭から海へ落ちる。

 

 すぐに海面へ上がって辺りを見回したのだが、どうやらその時になって気付いたようだ。

 軍艦がどこにも見当たらない。

 自身が全力で投げ飛ばしたそれは三人を乗せたまま海の彼方へ飛んでしまい、早くも視認できない場所へ行ってしまった。

 

 テンションが上がり過ぎて、気付いたのはたった今。

 反省するかのように頭を掻いて、わずかに小首をかしげていた。

 

 ボガードを倒し、軍艦を投げ飛ばしたウミパンダはそれ以上何もせず、ゆっくり海中へ潜る。

 結局、彼が何をしたかったなど、見ていた誰にもわからない。

 コビーやヘルメッポを始めとした多くの海兵が見守る中、ウミパンダの姿は海へと消えた。

 

 

 *

 

 

 「おおおぉっ――!」

 「ふんっ!」

 

 山中において、ルフィとガープが幾度目かで拳を打ち合わせた。

 硬い物がぶつかる音が響き渡り、骨の髄にまで衝撃が伝わる。しかし殊更、痛みを感じている様子を見せたのはルフィだけだ。ゴムの体は打撃に強いはずなのに、気付いた時には無視できないほどのダメージが蓄積されている。それも刃物は使わず徒手空拳だけで。

 

 おかしいと感じつつも理由がわからず、ぶつけた右手を振りながらルフィが下がる。

 状況は明らかに不利。

 ルフィが何度攻撃を放とうとガープはあっさり避けてしまい、逆に彼が繰り出す攻撃は狙い違わずルフィの体に叩き込まれる。もう何度拳骨を受けたかわからない。それでもルフィが動けたのは幼少期からの経験で祖父の拳に慣れていたことと、鍛えられた成果により、半ば無意識的に威力を半減させようと回避行動を取っていたせいだ。

 ひとえにガープから鍛えられていたおかげで、数分とはいえ彼と戦うことができている。

 

 真っ直ぐ山を目指して逃げた後、短い時間とはいえ戦って数分。

 まだ体は元気で、ダメージも戦闘に支障をきたすほどではないが、まずいと感じる心はある。

 引き際を見極めようとするルフィはガープから距離を取り、真剣な眼差しを向けていた。

 

 「ハァ、やっぱ強ぇなじいちゃん。今のおれじゃ勝てねぇ」

 「もう諦めろルフィ。わしと一緒に来い」

 「いやだ!」

 「ええい、話が通じん奴め。一体誰に似たんじゃ」

 

 腕組みするガープはいまだ余裕を称えている。高齢でありながら一切疲労を感じさせない。

 常人では反応することも難しいルフィの攻撃を見て、尚もそんな様子だった。

 

 いよいよまずいと思ってルフィが意を決する。

 作戦は時間稼ぎ。キリからうるさく言いつけられていた。ここで戦うのは本分ではなく、あくまで逃げるための時間を稼ぐだけ。だから時を選んで必ず逃げて来いと。

 その言葉を忘れるはずもなく、彼はよしと頷いた。

 もう十分時間は稼いだだろう。木々に囲まれたこの場所からでは町の様子を知ることはできないが、信頼する仲間たちはきっとやってくれている。その想いに迷いはない。

 

 やる気を見せてぐるぐる腕を回し、ルフィは歩いて前へ進む。

 訝しむ顔になってガープが口を開いた。

 

 「なんじゃ、まだやる気か」

 「当たり前だ。おれは海賊王になるまで諦めるつもりはねぇからな」

 「フン、今のおまえがグランドラインに入っても死ぬだけじゃろうて。イーストブルーと同じと思うなよ。この先の海はおまえの想像など軽く超えておる」

 「だから行くんじゃねぇか」

 

 笑顔になってルフィが言う。

 眉をひそめつつも、ひとまずガープはその言葉を聞いた。

 

 「何があるかわからねぇから冒険は面白いんだ。だからおれは海賊になったんだ」

 「グランドラインを航海したいなら海兵になってもできる。なぜ海賊に拘る」

 「おれの夢を預かってもらったからだ。シャンクスに」

 

 自分の帽子に触れ、覚悟を持って語られる。彼の目は驚くほど真っ直ぐだった。

 

 「この帽子を返すまで、おれは絶対に諦めねぇ。たとえ相手がじいちゃんでも」

 「全く気に入らん! やはり赤髪、奴のせいじゃ!」

 

 ガープが怒りを表すと同時にルフィが姿勢を低くした。

 一瞬で表情を変え、反応される。

 気にせず駆け出して右腕を後方へと伸ばした。

 

 「おおぉっ、ゴムゴムのォ!」

 「何度やっても同じじゃ。愛ある拳に、防ぐ術なし!」

 「ブレットォ!」

 

 後方へ伸ばした腕を引き戻す勢いを利用し、常人では不可能なパンチを繰り出した。だが奇妙なことに、ガープのパンチはそれより速い。

 ルフィの拳が届くより先に腹を殴られ、飛ばされた。

 勢いよく木々の間をすり抜けていく彼は両腕を伸ばしてそれぞれ木を掴み、体を止めようとする。それを見るガープは上機嫌に笑っていた。

 まるで孫と遊んでいるかのような表情であった。

 

 「んぎぎっ……!」

 「ぶわっはっは。まだまだ青いなルフィ。やはりわしが本格的に鍛えてやらねば――ん?」

 

 木を掴んで両腕を伸ばし、体は後方へ。その様はまるでパチンコを連想させる光景だった。

 ゴムは両腕、弾はルフィ自身。

 何やら嫌な予感を感じ、ふとガープの笑みが消えてしまう。

 

 「まさか……」

 「ロケットォ!」

 

 概ね、想像している通りであった。

 ルフィは自らの力で勢いよく飛び出し、空へ身を踊り出す。凄まじい速度だ。自分に向かってくるなら反応もできただろうが、空に逃げられたことにより、ガープの手には届かない。

 

 迷わず空を見上げた彼は、くるりと回ったルフィを見る。

 頭を地面へ向け、にこやかな表情。大の字になって飛びながら彼は元気に言った。

 

 「今日はここまでだ! またなじいちゃん!」

 「ル……ルフィ~っ‼」

 

 逃げの一手とは思わず、止められもせずにあっさり逃げ出すことができた。ガープは置き去りにされ、空を飛んだルフィは町を見下ろしながら港へ向かう。

 

 山を離れた後になって状況を窺い知ることができたのだ。

 海にはなぜか、軍艦を持ち上げる巨大なパンダが居て、その姿に彼は目を剥き出しに驚いた。

 

 「うわぁ~!? なんだありゃ! でっけぇ~!」

 

 メリー号より大きな軍艦を軽々投げ飛ばしてしまい、その軍艦は彼方へ消えて見えなくなる。船を投げて剛速球とは恐れ入る。初めての光景に好奇心が沸き出した。

 勢いが弱まって町へ落ちつつ、目はキラキラ輝く。

 巨大なウミパンダを見つめていれば、さらにオーバーヘッドキックまで見せており、ますます目が惹きつけられる。今やあの存在が気になって仕方なかった。

 

 「すんげぇ~! あいつ仲間にしてぇなぁ~!」

 

 今すぐ駆けつけなければ。

 そう決めた後は町を見下ろし、仲間たちの姿を探す。

 

 視線を下ろしてすぐ、さほど遠くない場所にゾロとヨサクの姿を見つけた。二人も港を目指しているようで、ヨサクが先頭を走っている。やはりゾロには任せられないらしい。

 ルフィは笑顔になって腕を伸ばした。

 

 瞬く間にゾロの肩を捕まえてしまい、ぐっと引き寄せて彼の下へ突撃する。

 まるで攻撃のような挙動だったが彼自身は上機嫌で、対照的に振り返ったゾロは驚き、歯を食いしばって全身に力を入れている様子だった。

 

 「ゾロォ~!」

 「ル、ルフィ、てめぇちょっと待て……!」

 「兄貴たち危ねぇ!?」

 

 ヨサクが警告するものの意味はなく。

 空から降ってきたルフィはゾロへ激突し、強い衝撃を与えると共に吹き飛んで行った。近くの店先へ突っ込み、無視できないほどの轟音の後、並べられていた果物が坂道を転がっていく。

 

 凄い物を見てしまった。

 そう思うヨサクは立ち尽くして口をあんぐり開けており、二人は死んだかもしれないと思う。

 しかしルフィとゾロはすぐに動け、壊れた台座や棚を跳ね除けて立ち上がった。ゾロは怒り心頭で拳を握っており、ルフィは気にせず口に突っ込んできたリンゴを咀嚼している。

 危うく死ぬところだったのは間違いない。

 ゾロがルフィの胸倉を掴み、がくがく揺らしながら文句を口にし始めた。

 

 「てめぇいきなり何してくれてんだ、あ? 人を掴んで飛んでくりゃ危ねぇってのは考えなくてもわかることだろうが」

 「どうもすみません」

 「こっち見ろコラ。おかげでこっちは余計なダメージを――」

 「ま、まぁまぁ兄貴たち、今は抑えてくだせぇ。それより速く逃げねぇとまずいんですって」

 

 仲裁に入ったヨサクの言葉で、なんとかゾロが考え直してくれたらしい。ルフィのシャツからパッと手を離して佇まいを直す。

 今ので傷口が開いたかもしれない。ボガードとの戦闘で、決して浅くはない傷がいくつかある。

 新たに脇腹と脚にも傷が増えており、血も流れて服が赤く染まっていた。

 

 しゃりしゃりとリンゴを食べ終え、ようやく彼の外見に気付いたルフィが笑みを消す。

 ゾロの実力は知っているが、まさか怪我をするとは思っていなかった。

 少し不思議に思いつつ冷静な声で問いかける。

 

 「怪我してんのか?」

 「ああ、厄介な野郎が居やがってな。途中で中断されちまったんだが」

 「わかった、迷子になったんだろ」

 「違ぇよ! 向こうが退いていきやがったんだ! 誰が迷子だ、バカ!」

 「いやぁ兄貴、正直おれが見つけるまでの兄貴は、その……」

 「言うな。とにかくもう港に行きゃいいんだろ。急ぐぞ」

 

 そう言ってゾロが先に歩き出すものの、即座にヨサクから止められる。

 

 「兄貴、そっちは港と逆方向です」

 「うっ……」

 「あっはっは。ほら見ろ、やっぱり迷子だ」

 「うるせぇ! おまえだってそう変わらねぇだろうが!」

 

 吠える彼をいなしつつ、ヨサクが先頭に立つと港を目指して走り始める。

 緊迫した空気が一瞬とはいえ緩んだが、まだ油断ならない状況。誰もがそれを理解している。遊んでいる暇もなければ立ち止まる一秒さえ惜しいのだ。

 

 走りながらルフィが隣のゾロへ声をかける。

 やはり先程のウミパンダが気になるらしかった。

 

 「なぁゾロ、海見たか? でっけぇパンダがいるんだぞ」

 「パンダ? 何言ってやがる」

 「ほんとにいたんだって。あいつおれたちの仲間にできねぇかな」

 「何でもかんでも仲間にしようとすんじゃねぇ、アホ。パンダなんか仲間にしてどうすんだ」

 「だって楽しいだろ。海賊の仲間がパンダなんだぞ?」

 「ふざけてるようにしか思えねぇな」

 「お二人とも会話が弾んでるのは結構ですが、もうじき港に出ます。ひょっとしたら敵が待ってるかもしれやせんぜ」

 

 ヨサクが二人へ声をかけ、通りを駆けながら表情を険しくする。

 戦いは終わっていない。今から港へ向かえば、待ち伏せを受ける可能性は大いにあるだろう。それを危惧していたのだが聞かされた二人はあっさりと答えた。

 

 「別にいいよ。全部倒すから」

 「ぶった切りゃいいだけだ。準備も何も必要ねぇよ」

 「くぅぅ、流石おれが見込んだ男っ。そうこなくっちゃ! やっぱりおれはあんたらについてきます! たとえ地の果て海の果てであろうと!」

 「勝手にしろよ」

 「しっしっし。こいつも変な奴だな」

 

 そう時間もかからずに、彼らは港へと到達した。

 開けた場所へ出た途端ルフィが前に立ち、両側にゾロとヨサク。辺りを見回し始める。

 

 この時、彼らが注目する場所はそれぞれ別だった。

 状況の変化を理解し切れていないせいである。

 

 ルフィとゾロはメリー号がないことに驚き、ヨサクは奪うはずの軍艦が消えているのに驚いた。どちらも見ていない内に起こった変化。彼らが知らないのも無理はない。

 まず口を開いたのはルフィだ。

 確かにあったはずのメリー号を探しながら首をかしげる。

 

 「あり? メリー号がねぇぞ。なんでだ?」

 「そ、それには色々ありまして……とにかく今は軍艦へ。みんなと合流しねぇと。って、なんでか軍艦まで消えちまってるんだが、一体――」

 「あぁ、軍艦ならパンダがぶん投げちまったぞ」

 「ハァ!?」

 「思いっきりぶん投げて海の向こうまで行っちまったんだよ。いやぁーすごかったなぁ」

 

 見たままを語るルフィはからから笑うものの、ヨサクは血相を変えて動揺する。

 何から説明したものか。

 冷静に考える余裕もなくて、慌てふためいた結果、順序も何もなく話し始めていたようだ。

 

 「そりゃまずいっすよ! あの船には確か、キリの兄貴とウソップの兄貴、それとおれの相棒が乗ってるはずなんです! 船を奪うっつってましたから!」

 「なにィーっ!?」

 「あの羊船もナミの姉貴とシルクの姉貴を乗せたまま、パンダに投げ飛ばされちまって、それでキリの兄貴が軍艦奪うって決めたんですが……!」

 「じゃああいつ、おれの仲間をぶっ飛ばしやがったのか!? ふざけんなァ!」

 

 好奇心から一転、一気に怒りへ。

 海へ向けられる視線は厳しい物となり、ルフィは拳を握って大声で吠えた。しかしウミパンダが顔を出す様子はなく、そこに居るのかさえわからない。静かな海原だった。

 

 落ち着きを失くす二人の傍、ゾロは冷静に状況を見る。

 港に海兵が居るのはすでに確認している。倒れている誰かを必死になって治療しているようで、堂々と立っている三人を狙う素振りはない。よく見れば倒れているのは、ボガードのようだ。

 何が起きたのかはわからない。だがチャンスではあるだろう。

 唯一冷静に考え、ゾロがヨサクへ目をやった。

 

 「ヨサク、おまえらの船は?」

 「え? あぁ、あそこに」

 「ならそいつで島を出るぞ。とりあえずここに居たってできることはねぇだろうからな」

 「どうするゾロ、キリたちもメリーも……!」

 「後で探しゃいい。そう簡単に死ぬ連中じゃねぇだろ。とにかく残ったおれたちがここで捕まっちまえば終わりなんだよ。しっかりしろよ船長、おまえがブレたら誰がついていけるんだ」

 

 怒りを滲ませ、今度は真剣に問われた。

 数秒の沈黙。

 後にルフィは強かに頷く。

 

 仲間たちの姿が見えないと不安になり、心配もする。しかしそれ以上に信頼しているのだ。彼らはきっと生きている。生きてまた合流できるはず。

 そう信じてルフィは目の前の二人へ答えた。

 

 「うん、よし。島を出るぞ。みんなを探すんだ」

 「ルフィさんっ!」

 

 三人が動き出そうとしたタイミングで強い声がぶつけられる。振り返った彼らの視線の先に、剣を持ったコビーとヘルメッポが立っていた。

 前とは明らかに表情が違う。

 ぶつけられる感情も、友達のそれではない。

 

 何があったかを窺い知ることはできないが、ここで何かがあって、変化が起きたらしい。

 二人は戦う気で剣を手にしており、皆が怯える中で敢えて前へ出てきている。

 無視する訳にもいかないだろう。

 真剣な顔でルフィが応じ、手を振って二人を先に行かせた。準備をした後、話を終えればすぐに出航する。意図は伝わったらしく二人はすぐにボートへと駆け出した。

 

 「なんだよコビー。おれたち今急いでんだ」

 「ぼくらの……ぼくらの仲間が、傷つき、倒れました」

 

 視線を動かして彼らの背後を確認する。確かに誰かが倒れていて、怒号を発しながら治療している海兵が大勢。かなり緊迫した空気のようだ。

 再び二人を見れば血走った目をしている。

 体からは強い敵意が発されていた。

 

 どうやら本気らしい。

 向かってくる気は満々で、初めて見る表情のように思えた。

 

 「そうか」

 「ぼくらは、友達ですけど、もう敵同士です。仲間を傷つけられて黙ってられるほど、ぼくらだって弱くないつもりです」

 

 同情などしない。

 たとえ彼らの仲間が死にかけていたとして、これが彼らが生きる世界だ。命を賭けて戦い、勝てば先の海へ進み、負ければ海の藻屑となるだけ。それを覚悟して海兵になったはず。制服に袖を通したはずだ。ならば同情することは侮辱に値する。

 ルフィは多くを言わず、じっと二人を見つめる。

 

 謝る気などさらさらなかった。だから二人の決定を否定せず、その場を動こうとしない。

 彼らから逃げるのは簡単だったが、それでは二人のためにならないだろうとも思っていた。

 

 「来いよコビー、ヘルメッポ。おれはもうとっくに覚悟してるぞ」

 「う……うわぁぁぁっ!」

 「ち、ちっくしょぉぉっ!」

 

 剣を振り上げ、二人同時に向かってくる。

 意志の強い目で見つめ返し、ルフィもまた前へ飛び出した。

 

 「ゴムゴムの、ピストル!」

 「ぐほぉっ!?」

 

 右の拳を伸ばしてパンチを放ち、まずヘルメッポの顔面に当たった。それだけで彼は跳ねるように地面を転がり、剣を手放して動かなくなる。

 まだコビーが居る。

 叫びながら向かってくる彼を見て、ルフィは左腕を後方へ伸ばした。

 

 「んんっ!」

 「う、おおおぉっ――!」

 「ブレットォ!」

 

 見切れないほど素早いパンチが迫る。

 正面から顔面へ激突し、眼鏡にヒビが入って、あっさり殴り飛ばされた。コビーの体もその場へ跳ねて動かなくなり、剣が力なく地面を転がる。

 

 あまりの勢いに地面へ落ちた帽子を拾い上げ、かぶり直す。

 ルフィはあっさり彼らに背を向け、ボートへ向かって歩き出しながら、小さく呟く。

 二人は友達だ。しかし敵である。

 冷たくも聞こえる声を発し、冷淡に、友へ送る言葉を残した。

 

 「先に行ってる。いつでもかかって来いよ」

 

 意識を失っていなかったコビーとヘルメッポは、悔しげに涙を流しながらその声を聞く。

 敵わない。それも、命を奪われずに見逃されたのだ。

 自分たちはまだ、彼らが立つステージには到達していないということ。近くに居ると思っていた友は遠く、手が届かないほど遠く、前に居る。

 

 その時声をかけてくれるということは待ってくれるのかもしれない。

 それがなんだか情けなくて、優しいと感じるより非情だと思えた。

 

 「おれは海賊だ。止めてぇんなら止めてみろ」

 

 端的に言ってすぐボートへ乗り込む。

 ゾロとヨサクは腕を組み、一部始終を見守っていた。

 

 送る言葉はない。もう十分だっただろう。

 ルフィは仲間たちが消えただろう大海原へ見据え、右手で帽子を押さえて、静かに告げる。

 

 「行くぞ。出航だ」

 

 やがてボートは動き出し、果ての無い海へと漕ぎ出し始めた。

 

 彼らの行動は逃走である。敵わぬ敵を前に逃げ出し、島を離れた。

 しかし結果として痛み分けであろう。

 互いの損害は大きく、怪我人の数では圧倒的に海兵が多い。一方で麦わらの一味は邪魔が入ったこともあり、三つに分断されてしまっている。

 船を失くしたのは両者共に。

 どちらにとっても良い結果とは言えない。

 

 勝負には水を差し、勝負を望んでいなかったルフィたちにとっては願ったり叶ったり。ただ、仲間と分断されたのはウミパンダのせいとは言いつつ、ウミパンダの介入が無ければおそらく、敗北していたのは麦わらの一味だったはずだ。

 

 祖父との望まぬ再会、そして戦いは明確な決着が着かぬまま終わり、互いに道を違えた。

 少なくともルフィが捕まる事態にはならず、航海は尚も続けられることだけは確かである。

 


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