ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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友愛

 夕刻になりつつあった。

 日は落ち始め、太陽に照らされて海の色も変わり始めている。

 一日の終わりが近くなって、航海の終わりを感じつつあったゴーイングメリー号はそろそろ停泊を考え始めていた。前の島を出て以降、一度も足を止めることなく走り続けているのだ。船員も疲労の色を見せており、休みたいと考えるのも当然。

 

 たった一日で様々なことがあった。

 黄金郷を探して冒険し、お宝は見つからなかったが伝説の海賊の最期を見やり。

 一方で他の三人は伝説の海兵と死闘を繰り広げて、殺されることなく無事に逃げ出した。

 

 改めて考えれば騒がしい一日である。

 しかも船上には人質として連れてきた海兵二人が乗っており、こちらも疲弊した表情。

 まさかの展開に溜息が堪え切れていなかった。

 

 「ほんとによぉ、なんでこんなことになっちまったのかねぇ……あいつらに出会ってから良い事なしだ。親父はぶっ飛ばされて捕まっちまうし、しかも逃げちまうだろ? そうかと思えばガープ中将に捕まってぶん殴られて、その次はまた孫に連れ去られて人質で……」

 「気を強く持って、ヘルメッポさん。頑張ってればいいこともあるから」

 「ハァァ……疲れちまうよなぁ。とりあえず今日はゆっくり寝たい」

 「そうだね。でもこのままだと船で寝ることになるかも――」

 「島が見えたぞォ!」

 

 コビーとヘルメッポが座り込んで話していると、頭上から大声が聞こえてくる。

 メインマストの上に居たウソップが双眼鏡を覗いていた。船の前方に島を発見したらしい。ちょうど泊まれる場所を探していたため、停泊するには絶好の場所だろう。

 

 気の抜けていた一同もその一言で動き出す。

 船から身を乗り出して前方を確認し、確かにその姿を視界に納めた。

 羊の船首にルフィが乗り、胡坐を掻いて前方を眺め、目を輝かせている。

 

 おそらく人が住んでいる。向かっている先に小さな港が見えていた。ひとまず今日は野宿や船で休むことにはならず、羽を伸ばせそうである。

 船の前部にはキリもやってきてルフィに話しかけた。

 

 「ここなら休めそうだね」

 「じいちゃん追いかけて来ねぇかな?」

 「ナミと相談して航路を決めたんだ。一応バレないように気を遣ったつもりだけど、どうかな」

 「まぁいいさ。また会ったらそん時はそん時だ」

 「戦う気?」

 「ああ。海賊やり続けるためにはな」

 

 ルフィは気楽に笑ってそう言った。勝てると思っているのか。わからないが、キリも頷く。

 やめるつもりはない。海賊王になると決めたから。

 

 「それにしてもおっさんのおでんはうまかったなぁ。また食いてぇな」

 「また会えるさ。グランドラインを一周すれば」

 「あ、おっさんを仲間にすればよかったんじゃねぇか?」

 「多分断られてたと思うよ。ウーナンの誘いだって断ったんだし」

 「そうか……じゃあおでん作れる奴を仲間にしよう。あと肉も」

 「いよいよコックを仲間にするわけだ」

 「ししし。いい奴探さねぇとな」

 

 二人が言葉を止めるとコビーとヘルメッポもやってきて、彼らに近付く。どことなく不安そうな表情に見えなくもない。やはり自分の船でなければ落ち着かないのだろうか。

 コビーが恐る恐るといった様子でルフィへ尋ねる。

 

 「ルフィさん、今日はあそこで泊まるんですか?」

 「ああ。町とかあるのかな」

 「さぁ、流石にそこまでは……それじゃガープ中将への報告は明日になりそうですね」

 「急ぐ必要もないんだし、いいんじゃないかな、今日くらいは」

 「適当に言いやがるぜ。おれたちは規律だってあるんだぞ。海賊と違ってな」

 

 呆れた顔でヘルメッポが腕を組む。

 彼にとって海賊と航海する経験など初めてだ。コビーにしても、以前ルフィたちと少しだけ航海した経験を持つものの、あの頃はこんな立派な帆船はなかった。変化には多少の戸惑いを覚える。おそらくはこのままでいいのかという躊躇いが消えないのだろう。

 困惑している様子の二人へ、またキリが軽口を叩いた。

 

 「海兵として成り上がるためにはいい経験でしょ。海賊といっしょに航海すればもっと海賊についてよく知れる。将来この経験が役に立つって」

 「おまえらはそこらの海賊とも違うだろうが」

 「それって褒め言葉?」

 「どこがだ! おれたちはずいぶん迷惑かけられてんだぞ」

 「まぁまぁ、キリさんの言うことも一理あると思うよ」

 「フン。コビーは友達かもしれねぇけどな、おれは海賊の口車になんて乗らないぞ」

 

 窘めるコビーと、本心を露わにするヘルメッポ。

 初めて見た時は意外な組み合わせだと思ったが、意外と良いコンビネーションに見えた。

 ルフィとキリが顔を見合わせて肩をすくめる。

 

 「意外と良いコンビじゃないか」

 「ししし。おまえら仲いいなぁ。前は殺されかけてたのに」

 「むっ、あの時はまぁ……おれも尖ってた頃だった」

 「ふふふ、ちょっと前のことでしょ。いいんです、もう謝ってもらいましたし」

 「そっちの方がいいよ。航海してると大変だからさ、助け合ってる方がきっと楽になる」

 

 ルフィが体ごと彼らの方へ向き、同じ頃にキリは欄干へ尻を置いて座る。

 その姿を見ているとコビーの頬が緩んだ。

 

 人質にされた時にはキリが別人のように思えたものの、今は違う。

 目の前に居るのはやっぱり彼の知る二人だった。

 

 「お二人は変わってませんね。仲間が増えて船を持っても、ぼくが知ってるお二人だ」

 「そうか?」

 「ルフィはそう簡単に変わらないよね。基本マイペースだし」

 「キリさんもですよ。マイペースは同じでしょ?」

 「そうかな」

 「でもな、おれたち大冒険だってしたんだぞ。コビーと別れた後も色んな物見たんだ」

 「へぇ。どんな冒険か、聞いてもいいですか?」

 「当たり前だろ。あのな、まずたわしのおっさんに会ったんだけどよ――」

 

 ルフィはコビーとヘルメッポを相手に、楽しそうに冒険の話を始めた。

 まず最初に話そうとしたのはシェルズタウンを出てすぐの頃。珍獣たちが生息する島に住む、たわしのおっさんと呼ぶガイモンと、そこで出会った怪鳥(ルク)と少女の話。

 二人は興味津々に話を聞いて、徐々にだがヘルメッポも話に惹き込まれていく。

 

 キリは微笑んで彼らの様子を見守った。

 彼のペースに乗せられる様はいつもながら天晴。無意識なのに鮮やかな手並みだ。

 聞いているだけで落ち着く普段の光景だった。

 

 徐々に島へ近付いて来る。

 キリが静かにその場を離れて、仲間たちの下へと赴いた。

 

 「上陸準備。やっと休めそうだね」

 「海軍は来ねぇだろうな? ちらっと見ただけだけど、あいつのじいちゃん、なんかしつこそうだったし。おれはそれだけが心配で心配で……」

 「見つからないのを願うばかりだよ。一応ルートはわかりにくくしたつもりだけど」

 「相手は長年海兵やってるんでしょ? 逃げ切れる可能性は低いわね」

 

 不安を露わにするウソップを尻目に、冷静に判断したナミがぽつりと呟いた。

 そのたった一言で彼の焦りは倍増される。

 

 「お、おいっ、やなこと言うなよ。ひょっとしたらがあるかもしれないだろ」

 「どうだか。これで逃がすようなら有名人にだってなってないだろうし」

 「他人事みたいに言いやがって。おまえだって捕まるんだぞ」

 「あら。私は捕まらないわよ。だって海賊じゃないもの」

 「この船に乗ってりゃ海賊に見られんだろ。しかも海賊じゃなくても泥棒だしよぉ」

 「心配されなくても上手くやるわ。その時はあんたたちを囮にして逃げればいいだけだから」

 「おいおい、こいつ乗っけてて大丈夫なのか? いつ裏切るかわかんねぇぞ」

 

 ウソップが見回せば、肩をすくめたシルクが苦笑するのが見えた。

 ナミとて、本気で裏切ろうという意志がどれほどあるものか。ただ、やはり海賊が嫌いだという状態が変わっていないため、ポーズもあって素直になれないのだろうと思う。

 彼女を理解しているせいか、シルクは不安を抱いていない。

 不安に苛まれるウソップを見る目も優しかった。

 

 「大丈夫だよ。ナミは信用できる人だから」

 「そうか? まぁ後から来たおれが言うのもおかしな話かもしれねぇけどよ」

 「心配しねぇでもシルクが責任取ってくれるってよ。おまえは気楽に構えてろ」

 

 締めくくるようにゾロが言って、ウソップも額の汗を拭った。

 そういえば思い出す。一個の海賊団を倒した彼らの強さを。

 任せてしまってもいいのだろう。

 彼らはこれほど頼もしいのだから。

 

 「よし、もう着くよ。とりあえず宿を見つけて今日は休もう。色々あって疲れた」

 「そうしよう。今日はコビーたちもいっしょだね」

 

 ゴーイングメリー号はゆっくり島の港へ入っていく。

 操船はすでに慣れた物。傷一つつけずに足が止まる。

 

 船が停まってまず最初に、ルフィが興味津々で欄干から身を乗り出した。平凡そうなとでも言うのか、特徴がない代わりに平和そうで、争いは無さそうな島である。

 ひとまず休息は取れそうだ。

 

 最初にルフィが船を下りて港へ立つ。

 ただその時には港付近に島民たちが集まっていて、何やら不安そうな表情。互いにひそひそ話している。決して、彼らを歓迎するようなムードではない。

 他の者たちは異変にすぐ気付くが、ルフィは全く意に介さず。

 辺りをきょろきょろ見回し、探すのはいつも通りの物だ。

 

 「あのさぁ、どっかにメシ屋ねぇかな? あと宿も欲しいんだけどよ。誰か知ってるか?」

 

 話しかけてみるものの、並び立つ島民たちからの返答はない。彼らに怯えている様子だった。

 無理もない。

 メリー号に掲げられている旗はドクロ。つまり海賊。黒い旗だけでなく帆にまででかでかとマークが描かれているのだから、気付かぬはずがない。

 

 島民たちは海賊の襲来に怯えているらしい。町が襲われると思っている様子だ。

 そのため、町にある緊張感たるや、尋常な物ではなかった。

 しかしそれを一切気にせず、ルフィは尚も問いかける。

 

 「なぁなぁ、誰か知らねぇか? うまいメシ屋。あと宿も」

 「それは無理じゃないかなルフィ。怯えられてるよ。教えてくれっこないって」

 

 船を下りたキリが一足先に駆けつけて、無謀な挑戦を続けるルフィへ伝える。彼もすぐに振り返った。流石に異変を感じ取って、話を聞く気になったのだろう。

 

 「そうか? でもおれたち何もしねぇぞ」

 「ボクらはそれを知ってるけど、あの人たちは知らないでしょ」

 「それもそうか。よし、それじゃ教えよう。おれたちは危なくねぇぞ」

 「いや無理でしょ、それじゃ。危険な海賊がおれは危険だなんて言わないわけだから」

 「じゃあどうすりゃいいんだよ。なんて言ったらメシ食わしてもらえんだ?」

 「ボクらが危険じゃないってことを伝えれば大丈夫じゃないかな」

 「どうやって?」

 「うーん、どうやればいいんだろう……」

 

 まるで慌てずに気楽なやり取りを見せていると、島民たちを掻き分けて前に出てくる人間が居た。二人の男性である。武器を持っているところを見ても只者ではなさそうだ。

 片割れがサングラスをかけ、頬の辺りに刺青を入れた男で。

 片割れが坊主頭でヘッドギアをつけた男。

 島民たちの中で異彩を放って強さを感じる。彼らは腕を組んでルフィとキリを見据えた。

 

 「あんたら、海賊か?」

 「だれだおまえら?」

 「フッ、おれが質問したはずが返ってきたのは質問か」

 「いいだろう。先にあっしらが答えてやる」

 

 頷いた男たちが答え始めた。

 律儀というのか、それともバカか。ぽかんとするルフィとキリはその声を聞く。

 

 「あっしら、泣く子も黙る賞金稼ぎ、ヨサクとジョニー」

 「たまたま居合わせた都合で、この町を襲おうとした海賊を打ち払ったのはおれたちだ」

 「つまりあんた方に居られるとあっしらが困る。この町の連中はまだ海賊への恐怖心を失っちゃいねぇからだ」

 「色々事情はあるだろうが、何も言わずに出てってくれ。じゃなきゃおれたちは、あんた方を始末しなきゃならねぇ」

 「いいよ。おれは強いから」

 

 己をあっしと称するヨサク、そしてサングラスをかけるジョニーの問いかけに対し、ルフィは拳を鳴らすことで返答とした。負ける気がないが故の行動である。

 

 この場においては決して正しい反応ではない。

 自然と表情を険しくする二人組はその手に剣を持った。

 

 まずいと感じてキリが前に出る。

 戦闘の意志はない。ただ休みたかっただけなのにこれ以上の厄介事は御免だ。

 やる気を見せるルフィの頬をぎゅっと押しやり、前に出た彼が空気を変えようとした。

 

 「ちょっと待った。ボクら略奪に来たわけじゃないんだ、戦闘の意志はない。金だって持ってる。ただ一晩泊めてもらえればそれだけでいいんだよ」

 「そう言って騙し討ちしてくる可能性もある」

 「そんな海賊が、ここらの海で艦隊を作って暴れてるらしいからな」

 「現にそっちの男はやる気なようだぜ」

 「この人はちょっと、考えるより先に手が出る人だから。挑発されたら応じないわけにはいかないんだよ。だからあんまり話しかけないで」

 

 むぎゅっとルフィを押しのけて手を振れば、ヨサクとジョニーの表情は変わる。

 拳を握るルフィはともかくとして、確かにキリを見ると戦闘の意志があるようには見えない。そもそも、戦えそうな風貌ではないのだ。海賊だと思うのが難しくもある。

 

 不思議と剣を下ろしかけた。

 警戒はしながらも、一応話を聞いてくれそうな態度がある。

 ほっと一息ついてキリが肩をすくめた。

 

 ちょうどその時、後から船を下りてきた一同が二人へと追いつく。と言っても港に立っていたのだから大体の事情は察している。誰かに足止めされている、程度のことは。

 先にゾロが二人の背後へ歩み寄った。

 その彼に気付いて、ヨサクとジョニーの表情が変わる。

 

 「おまえら何やってんだ? 宿に入るんじゃなかったのかよ」

 「あ、兄貴!?」

 「ゾロの兄貴ィ!?」

 「あ?」

 

 ゾロが気付いて二人を見る。するとすぐに思い当たったらしい。

 見覚えのある顔には自然と名前が思い浮かんできた。

 

 「ヨサク、ジョニー。おまえらこんなとこで何やってんだ?」

 「そりゃこっちのセリフですよ! あんたがシェルズタウンで海兵に捕まったって聞いたから、おれたちゃ急いで助けに行ったのに!」

 「辿り着いた頃にゃもう居なくて、町人に聞きゃ海賊になったと!」

 「ああ。色々あったんだ。それに野望を果たすためにはそれなりの船も必要だしな」

 

 立ちはだかる様子だったヨサクとジョニーは、明らかに様子を変えている。敵対心は掻き消え、表情は輝き、一瞬で親しげな態度となる。

 あまりの変化にルフィとキリはついていけなかった。

 多少の疑問を抱きながらゾロへと尋ねてみる。

 

 「知り合い?」

 「まぁな。海賊狩って生活してた頃に会った」

 「ふぅん。賞金稼ぎ仲間ってわけか」

 「そんなとこだ。知らねぇ内に妙に懐かれちまった感じもあるがな」

 

 明らかに態度が変わって、二人は笑みを浮かべる。

 ゾロ一人が居ただけですっかり警戒心は無くなり、町人たちに振り返るのも戸惑いがない。

 

 「そうか、あんたたちゾロの兄貴の仲間だったのか。だったら心配はいらねぇ」

 「おーいみんなぁ! この方々は大丈夫だ! 敵じゃねぇ!」

 

 離れた場所で心配そうに見つめていた面々に伝えてやり、彼らの恐怖感は徐々に薄れていく。海賊から町を守ったという話、嘘ではないらしい。二人を信用しているようだった。

 

 それから彼らは一味へ振り返って頭を下げ、態度を改めた。

 ゾロの知り合いならば心配はない。

 ただそれだけの理由で、その仲間たちにも丁寧な振る舞いを見せられる。

 

 「先程は失礼しやした。改めまして、あっしらはゾロの兄貴の子分」

 「兄貴のお仲間ならあんた方もおれたちの兄貴だ。先の無礼をお許しくだせぇ」

 「なんだ、いい奴らじゃねぇか」

 「でも面倒そうだね」

 「おまえが言うなよ。こいつらに失礼だろ」

 

 思わぬ再会ではあったものの、一大事は無くて安心した。

 一行は改めて宿を探すことを念頭に置き、先頭のルフィが二人へと尋ねる。

 

 「おれたちメシ屋探してんだ。あと宿屋」

 「どっちかと言うと宿が先だと思うけど。まぁいいよ、それで」

 「そういうことならあっしらにお任せくだせぇ」

 「ここ何日かこの町で世話になってるんで、もう庭みたいなもんでさぁ」

 「そうか。じゃ頼む」

 

 喜々としてルフィが歩き出し、道案内のためヨサクとジョニーが先を歩いた。

 

 「さぁさ、どうぞこちらへ」

 「せっかくなら一番うまいメシ屋に行きやしょうぜ」

 「ししし、そうだな。どんなうめぇメシあるんだろ。おでんあるかな?」

 

 三人が先に歩き出してしまい、見守っていた他の面子がキリとゾロの傍までやってくる。シルク、ナミ、ウソップに加え、コビーやヘルメッポも一緒だ。

 

 「ルフィ、もう友達になっちゃったの?」

 「ああいうの得意な人だからね。ボクらも行こう。今日はもう休みたいや」

 

 彼らもまた歩き出して、塊となって町へ入っていく。

 坂道の多い町だった。

 小さい路地がいくつもあるため、気をつけなければ迷いそうになってしまう。特にルフィやゾロは危険だろう。目を離せば合流できるまで何時間かかるかわからない。

 

 ヨサクとジョニーの案内に従い、比較的広い道を歩く。

 町の中心部にある広場を通り抜け、さらに坂を上ろうとする頃、ルフィが足を止めた。

 

 ちょうど酒場だろう店の前である。

 唐突な動きに道案内の二人が驚いて振り返った。同時に後ろを歩いていた一同もそこで一度歩くのをやめる。ルフィは道端に置かれている広い掲示板を見ていたようだ。

 

 「なぁキリ、これ見てみろよ」

 「うん?」

 

 町の催し物や祭りの案内。他には店を案内するチラシが貼られている。

 指を指して示されたのはそれらではなく、海賊の顔写真を載せた手配書だった。

 大小様々な金額が記されている。ただそこにあるのはイーストブルーで活動する海賊の手配書のみ。グランドラインに居るような大物海賊のそれはない。

 それでもルフィは興味を持っていたようだった。

 

 「懸賞金かぁ……おれたちにもかけられるのかな」

 「そりゃいずれはね。もういくつか騒動は起こしてるわけだし、遠い話じゃないよ」

 「そうかな」

 「うん。シェルズタウンで海軍に喧嘩売って、監査船を壊して、第八支部の艦隊を潰した。あれはまぁ千年竜の手柄だけど、一応ボクらがやったことになってるみたい。あの監査役がそうしたんだね。あと知られてるかどうかは別として、海賊団もいくつか潰してるし」

 「おれたちにはいくらくらいつくかな」

 「さぁ。そればっかりは海軍の判断だからね」

 

 今度はキリが指を伸ばす。

 示されたのは数枚の手配書。高額の賞金首ばかりであった。

 

 「あの辺りを倒せば、イーストブルー最高額も夢じゃないとは思うよ。ウーナンには届かないけど。今のところイーストブルーの最高額はノコギリのアーロン。元タイヨウの海賊団所属で、魚人の船長だよ」

 

 その言葉を聞いて、手配書を見て、密かにナミの表情が変わる。

 変化に気付いていたのは隣に立つシルクだけだった。

 

 「魚人か。おれ見たことねぇや」

 「この海のどこかには居るらしいから、会えると思うよ。どこかは知らないけど」

 「そいつ、強ぇのかな」

 「懸賞金は二千万ベリー。そりゃ弱いって言えば嘘になるけど、ルフィが相手だとどうかな」

 「今までの奴らと比べたら?」

 「十中八九アーロンが勝つ。でもそこにガープ中将を入れるなら、間違いなくガープだ」

 「じいちゃんより弱いなら安心だ。負ける気しねぇよ」

 

 自信満々にルフィが言った。その時、思わずといった様子でナミが呟く。

 

 「バッカみたい」

 「ん?」

 

 自然と振り返る顔が多くて、ナミに注目が集まる。

 まずいとは思った。だが一度言い出した以上は何か続けなければならないと思い、咄嗟の考えから言葉を続ける。その時もシルクは他の者とは違う表情をしている。

 

 「魚人は、海の中で呼吸ができるの。海が弱点なあんたじゃ引きずり込まれた段階で終わりよ。勝てるはずないわ」

 「じゃあ引きずり込まれなければいいじゃねぇか。おれは伸びるんだぞ」

 「伸びたところで、魚人の身体能力は人間の倍以上。あんたがどれだけ強くて、どれだけ伸びたとしても、そう簡単に勝てる相手なんかじゃない。わかったら手は出さないことね」

 「よく知ってるね。なんか、自分の目で見てきたような言い方だ」

 

 ぽつりと呟かれたキリの言葉にも反応せず、鼻を鳴らした彼女は歩き出す。

 皆の視線を背に受けながら坂を上った。

 目を閉じ、したり顔で。

 まるで作ったような表情で全員の前へ出た後、一人で勝手に歩いていってしまう。どうにも様子がおかしいことは間違いない。何か違和感が付き纏う姿だった。

 

 「この海でアーロンを知らない人間はいない。居たとしたらそいつはどうしようもないバカ。だって、イーストブルーで最も高い懸賞金をかけられた首なんだもの」

 

 そうは言うものの、それだけではない気がする。彼女がその名を知っているのは。

 違和感が付き纏ったまま、ナミが行ってしまった。

 

 出会ったばかりで奇妙な空気を感じ、ヨサクとジョニーが表情を歪めて困った様子、同じくコビーとヘルメッポも顔を見合わせて困惑している。船上での姿とも違い、ウソップもまた首をかしげて不思議に思っていた。しかし何がおかしいのかははっきりさせられずにいる。

 そのせいか、疑念を言葉にする他なかった。

 

 「なんだあいつ。何か嫌なことでもあったのか」

 「さぁな。それより腹減った! メシ食おう」

 「あ、おいルフィ」

 

 ルフィは大した反応を見せずに歩き出す。真剣な顔から一転、腕を伸ばして叫んだかと思えば、すでに食事への期待から笑顔となっていた。

 いつも通りのマイペースさ。

 呆れながらもウソップが続き、彼の隣で話しかけながらその場を後にする。道案内を務めていたヨサクとジョニーも慌てて小走りになり、二人より前へ出てナミの背に声をかけていた。

 

 残ったのは海兵二人と、一行の古株が三人。

 戸惑う二人へ振り返って、キリが微笑んで声をかけた。

 

 「二人とも、先に行ってて。ルフィは危ないけどウソップについてけば大丈夫だ」

 「あ? なんだよ、おまえらは?」

 「行こうヘルメッポさん。色々、僕らじゃわからないこともあるんだよ」

 「お、おう」

 

 コビーに腕を引かれ、ヘルメッポも歩き出す。二人の背もすぐに遠ざかっていった。

 

 残った三人はふと掲示板を見上げる。

 彼女が気にしたのは一枚の手配書。それは間違いない。シルクが気にかけていたため気付くことができた。そしてすでに他の二人も気付いている。

 

 ノコギリのアーロン。イーストブルー最高額の賞金首。

 すぐ近くにある手配書を見上げてしばしの沈黙。

 キリは微笑みを称え、ゾロは無表情。シルクは心配そうに眉をひそめている。

 三者三様の表情で、互いの顔を見ぬままに口を開き始めた。

 

 「どうも色々見えてきた気がするね。嘘が得意かと思ってたけど、意外に激情家かな」

 「うん……海賊が嫌いって、やっぱり理由があるんだよね」

 「どうすんだ。助けてやるとでも言うつもりか? おれたちもあいつの嫌いな海賊だぞ」

 「ゾロの意見は? まだ信用できない?」

 「フン、仲間じゃねぇなら信用する気はねぇな。だが、まぁ、航海術は確かなもんだろ」

 「そうだね。少なくともルフィは欲しがってる」

 「私は、なんとかしてあげたいよ。まだ何があったのか知らないけど、ナミが心の奥で何を思ってるのか知らないけど。でも、なんとなく思うの」

 

 シルクが俯き、ぽつりと言う。

 

 「ひょっとしたら、心の奥底では、助けてって叫んでるんじゃないかな。私にはそう思えて仕方なくて……もうナミが嘘ついてる顔見るの、嫌だよ」

 「うーん、微妙な問題だよね」

 

 彼女の意見はもっともだが、あいにく船長はこの場に不在。

 不在ということは、彼の意見がはっきりしているということだ。

 すでに理解しているのだろう。腕を組んだキリは目を伏せて顔をしかめる。

 

 「ルフィも同じ意見な気はするけど、まだ動く気はないよ。あの様子だと」

 「どうしてだろう。もうわかってそうなのに、なんで」

 「さぁね。何を考えてるかは船長にしかわからない。ふむ、ひょっとしたらナミが何も言ってないからじゃないかな」

 「え?」

 「全部ボクらの想像だ。ほんとはアーロンとは何の関係もなくて、ただ単に知ってただけかもしれない。助けてって叫んでるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 「そんなこと……」

 「ナミからのアプローチは何もないよ。だから動かないのかも」

 

 笑顔ながら達観した様子でキリがそう言えば、シルクは地面を見つめて深く考え込んでしまう。ゾロは何も言わない。どちらの顔も見ず思案しているらしい。

 結局はここで語り合っていても想像でしかなく、正確な答えは用意されていないのだ。

 

 小さく溜息をつき、キリはポケットに手を入れて肩の力を抜いた。

 今は流れに身を任せるしかない、ということだろう。

 ルフィが自分たちに声をかけないのも、そんな意味がある気がして、一旦思考を捨てた。それさえも勝手な想像でしかないのだが、今はまだ、想像するしかやれることがない。

 

 「まだしばらくはこのままで居よう。向こうが何も言わない限り、ボクらも何も言わない」

 「だけど、キリ……」

 「でも気になってるのは事実だ。何も言われなくても、気に掛けることはできるはず。シルク、ナミと一番近いのは君だから、頼むよ」

 「え?」

 「傍で支えてやって。まぁ言い方を変えれば監視になるけど、ボクらじゃできないから」

 「……そっか」

 

 にこりと微笑みかけられれば何かが胸の内にすとんと落ちてきた気がする。

 彼女は静かに頷いた。

 今は目の色が違っている。迷いより先に、納得した感情が読み取れた。

 

 「彼女から目を離さないように。あの様子だと、何をしでかすかちょっとわからない」

 「わかった。私、できるだけナミと一緒に居るようにするよ」

 

 決意すると同時、ゾロがちらりと二人の顔を見た。

 お節介にもほどがある。

 海賊を名乗っていながら、彼らのそれは慈善事業とでも言うか、損得を無視した人助け。

 

 そうかと思い出す。シルクが目指すのはピースメイン。

 市民の安全を脅かす海賊を倒す、一風変わった海賊。

 まるで正義の味方だと思った。

 けれどきっと彼らにそのつもりはなくて、だからこそおかしいと思う。

 

 ハァと嘆息して振り返り、歩き出す。行ってしまったルフィたちに追いつこうと思った。考え事をするのは好きな訳ではない。ただそうしなければならないだろうと思うだけで。

 とりあえず今は酒でも飲んでぐっすり眠りたかった。

 

 「ゾロ。そっち行くとまた迷うよ」

 

 そう思っていると背後から止められた。

 ぴたりと動きを止めたゾロは振り返り辛い心境で、どうせまた笑っているのだろうとキリの顔を想像し、歯を食いしばる。何も言わずに振り返ってみれば、やはり彼はにんまり笑っていた。

 

 訂正。眠りたいだけではない。

 そろそろこの男をぎゃふんと言わせた方がいいかもしれないと思い、猫か犬かを呼ぶように手招きしつつ歩き出すキリに続いて歩きながら、ゾロはどんな勝負で挑もうかと考え始めていた。

 


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