ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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VOICE

 山の頂上でルフィと海賊が対峙していた。

 身長はおよそ二百センチ。獅子のような赤い長髪に、鱗を模した装飾がついた黄金の鎧を肩と腰辺りに装着している。黄金で作られた爪を装着しており、見るからに強そうな外見だ。

 懸賞金は千二百万ベリー。

 一味の船長を務めるエルドラゴという男は、怒りを露わにルフィを見据えていた。

 

 「おまえら誰だ? 何しにここへ来やがった」

 「黄金探しに」

 「そうか。つまりわしの宝を横取りしに来やがったってことだな」

 

 鋭い牙を剥き出しに言われる。

 その言葉にルフィは小首をかしげた。

 

 「おまえの宝じゃねぇだろ。おれたちはウーナンの宝を探しに来たんだぞ」

 「同じことだ! ウーナンの宝はわしが頂く。いや、ウーナンの宝だけじゃねぇ。世界中の黄金をわしの物にしてやるんだ。つまりてめぇはわしの宝を横取りしようとしてるってことだろ」

 「横取りはしねぇよ。ウーナンの宝を探しに来たんだから」

 「だから! 今説明したとこだろうがッ!」

 

 二人の会話は今一つ噛み合っていないように思える。

 後ろで見守るナミは岩蔵とトビオを背に庇いながら歯を食いしばった。

 

 宝の地図がある場合、こうした状況は相応にあり得る。特にウーナンはイーストブルー最高額の海賊で、黄金を掻き集めたという逸話まであったそう。狙う者が多いのも当然だ。

 それにしてもこうして出会うとは思わなかった。

 

 敵は戦う気も満々で肩を怒らせている。

 その上でルフィの言葉によって怒りが満ちていくのだから止めようもない。

 気付かずのほほんと話すルフィのせいで、さらにエルドラゴの敵意が増大されていった。

 

 「おまえライオンみてぇな奴だな。牙尖ってるぞ、牙」

 「やかましい! トレードマークだ!」

 「あっ、おまえもう黄金持ってるじゃん。じゃあウーナンの宝くれよ」

 「てめぇは何一つ聞いてねぇのか! この世の黄金はすべてわしの物にすると言っとるんだ!」

 「あいつは……なんでわざわざ怒らせるのよ」

 

 不安そうな顔でナミが呟くもルフィの態度は変わらず。

 時同じくしてキリへの通信を終えたウソップが戻ってきて隣へ並んだ。

 援護はあるのか。すぐにナミが問いかける。

 

 「キリはなんて?」

 「ルフィに任せりゃ大丈夫だって。だが心配すんな、おれが援護してやる!」

 「結局こっちには来ないってことでしょ。ほんとに大丈夫かしら」

 「ルフィは強いんだろ。そりゃおれの村じゃ眠りっぱなしだったけど、あんなに強ぇキリがそう言うんだからなんとかなるんだろ」

 「だけど敵は一人じゃないのよ。一斉に襲われるとまずいわ」

 

 視線の先が変わって、言い合う二人の向こうに並ぶ十数名の海賊たちが見えた。

 人数で言えば敵の方が多い。

 ルフィが強いとしてもそれだけ居れば隙を突かれても無理はないだろう。

 

 「あいつらが全員こっちに来たら……」

 「ちょーこわい」

 

 ウソップが呟くのだが海賊たちに動く気配はなく、むしろ船長から距離を取ろうとしているように見えた。不安から一転、二人の表情に訝しむ色が混じる。

 突如エルドラゴが腕を振って部下を下がらせた。

 

 やはり彼らには戦闘の意志がない。ただエルドラゴだけがその気になっている。

 怒りで目を血走らせる彼はルフィを睨みつけ、声を大きくしていく。

 

 「てめぇら下がってろ! こいつはわしが始末してやる……!」

 「うし、いいぞ。おまえをぶっ飛ばしたら黄金が手に入るんだな」

 

 両方の拳を打ち鳴らしてルフィが待ち構え、対照的にエルドラゴが両の指を開く。

 互いに構えていつ戦闘が始まってもおかしくない姿。

 

 先に動いたのはエルドラゴだったが、それはおよそ攻撃とは思えない挙動で、ルフィは反応に遅れる。エルドラゴは攻撃ではなく大きく息を吸い込んだだけだったのだ。

 息をぴたりと止め、挙動が止まる。

 直後に彼は大声を出した。

 

 それが攻撃とは思えず棒立ちである。しかしルフィの目に映ったのはエルドラゴの口から放たれる、不可思議にも質量を持った大声、まるでレーザーのような立派な攻撃だった。

 

 「ゴアァッ!」

 「いっ!?

 

 咄嗟に地面を蹴って跳び上がった。目にも止まらぬ攻撃はルフィが居た空間を貫くように通り過ぎていき、余波だけで地面がわずかに削り取られている。見た目だけでなく攻撃力は常人のそれではない。明らかな異常は彼を能力者だと連想させ、しかしその実の力がわからなかった。

 転がるように着地し、しゃがんだ状態で辺りを見る。

 余波を感じる辺り、どうやら相当の威力らしい。触れてはまずいと思うのは当然だった。

 少し離れた場所では仲間たちも驚愕していて、全身を硬直させている。

 

 ゴエゴエの実。それがエルドラゴの能力である。

 人体に大した変化は無く、ただ大声を出すだけの能力。

 ただそれだけと思うのも無理はないが、彼が発した大声はレーザーとなって攻撃に転じる。ただの大声が立派な兵器となるようだ。

 ルフィは実の名前さえ知らない状態で、ただ、彼は口からレーザーを出す奴なのだと理解した。口からレーザー。ひどく魅力的な言葉である。

 一瞬戦闘を忘れて、ルフィは目を輝かせてエルドラゴを見た。

 

 「すげぇ~! ビームじゃ~ん! 今の口からビームじゃ~ん!」

 「いや待てルフィ! 今のをビームと呼ぶのはおれは反対だ。だって吠えただけだろ」

 「ハッ、そうか」

 「必殺のポーズも無く飛び出すのが本当のビームか? よく考えろ。今のをビームと呼ぶには圧倒的に足りない物がある。そう、発射するための装置と、必殺足り得るポーズだ!」

 「どうでもいいわよ! あんたは黙ってなさい!」

 

 ウソップが口を挟むもののナミに制止される。話が脱線しかけたがルフィは素早く平静を取り戻していた。目の輝きが失せて、冷静にエルドラゴを見据えられるようになる。

 

 「そうか、言われてみれば確かにそうだな……あれはビームじゃねぇ」

 「あんたもなんで納得してんのよ! いいから集中しろ!」

 

 再び拳を構えて対峙する。

 能力者であることは判明した。間違いない。ただ知れたのは能力の一部だけで気を引き締め直す必要があって、迂闊には動けないのは確かだろう。

 

 しかしルフィは自ら動き出した。

 待っていても埒が明かない。ならば自らの攻めで道を切り開くのみ。

 恐れを知らずに真正面からエルドラゴへと向かって行った。

 

 「おおぉっ!」

 「フン、身軽なのはわかった。だがそう簡単に避けられると思うなよ」

 

 エルドラゴが大口を開けて深く息を吸い込む。

 走りながらもルフィは次の攻撃が来るのだと予測する。一瞬でいつでも避けられるよう、全身から余分な力が抜かれた。一瞬の判断で本能から敵の挙動を予測し、反応するのは彼の優れた感覚によるものだ。さしたる思考もなく決断できるのは動物並みに本能で動いているせいだろう。

 

 彼の様子を見ながら、前のめりになって大口が開かれる。

 エルドラゴはその口から再び大声を発した。

 

 「ハァッ!」

 

 今度は、しかし先程とは違っていた。確かにその口からは大声が発されたのだが、攻撃となるレーザーではなく、ただ単なる大きな声。だが常人の比ではない。距離に関わらず鼓膜を破りかねないほどの大音量が襲ってきて、思わず表情を変えたルフィは脚を止めて耳を塞いだ。

 ルフィだけでなく離れていた四人にまで影響が色濃く出ている。

 

 まるで音の壁。強烈な大声は鼓膜を震わせた彼らの感覚を狂わし、足元をふらつかせる。

 直接的ではなく、それでいて体にダメージを与える、回避を許さない見えない攻撃。たとえ手で耳を塞いだところで防ぎ切れるような声量ではなかった。

 

 無理やりにも明確な隙が作られてしまう。その一瞬で接近を許していた。

 荒々しく近付いて来たエルドラゴは目を回すルフィを捉え、右腕を振りかぶり、黄金の爪で頬を切り裂く。鮮血が舞い、殴られたような衝撃から彼は受け身も取れずに倒れ込んだ。

 

 「うぅっ!?」

 「耳が痛ぇか? そりゃ仕方ねぇ。力の差を思い知れ」

 

 倒れたルフィへ爪が振り下ろされようとする。

 耳を押さえながらそれを見ていたウソップが叫んだ。

 

 「ルフィ、危ねぇ!」

 

 ルフィには聞こえていない。聴覚が一時的に麻痺しているようだ。

 振り下ろされかけた腕には己の目で気付いた。

 考える前にごろりと転がって、鋭利な爪からなんとか逃げる。黄金の爪は硬い地面に突き立てられた。相当な強度で、欠けることもなくそこに確かな跡を残している。

 

 何度か転がったルフィは軽やかに起き上がった。

 耳の異常は治っていない。体にも明らかな不調が出ていて、妙に体がふらつき、浮遊感が消え切らない。それでも時間を置けば徐々に回復してくるだろう。

 少なくとも今は視覚に頼るしかなく、苦しげな顔で拳を構えた。

 エルドラゴはこの機を逃すまいとさらに突進を仕掛けてくる。

 

 「逃がさんぞ麦わらァ!」

 「うわっ!?」

 「ズタズタに切り裂いてやる!」

 

 風を切りながら両手が鋭く突き出されてくる。

 鋭利な爪を装着しているのだ。触れれば頬を切られたようにただでは済まない。

 後ろ向きに走ってルフィが逃げるものの、エルドラゴが追い縋って次々攻撃が行われる。避けるのも一苦労だ。避け切れない一撃で服が切り裂かれ、腕が切れて血が流れて、危うく帽子まで傷つけられそうになる。麦わら帽子が傷つきかけた一瞬、ルフィの表情が変わった。

 突然足を止めてその場へ踏ん張り、右腕を振りかぶる。

 

 「くそっ、おまえ……!」

 「あぁん?」

 「いい加減にしろォ!」

 

 巧みに攻撃を回避し、カウンターとなるパンチを頬へ叩き込む。

 歯を食いしばって受け止めたエルドラゴだったが、あまりの衝撃に足元がふらつく。

 

 見ていたトビオや海賊たちが息を呑んだ。

 あまりに強烈な一撃。エルドラゴの巨体が揺れる。

 それだけでは飽き足らず、左腕を自身の後方へ伸ばされ、更なる追撃が行われた。

 

 この時初めて彼らは気付く。彼もまた悪魔の実の能力者なのだと。

 ゴムの伸縮を利用された攻撃は急速に敵の腹へ向かって行った。

 

 「ゴムゴムの、銃弾(ブレット)ォ!」

 

 腹を叩いた一撃で巨体が飛ぶ。勢いそのままに後方へ流れていく様は多くの者に大口を開けさせた。だが飛んでいる最中、エルドラゴは睨む目つきでルフィを見る。

 不穏な空気に気が付いた。

 反射的に動き出そうとした瞬間に、彼の口からレーザーとなる大声が発されたのである。

 

 「ウォオラァッ!」

 「うええっ!? またアレだ!」

 「ルフィ、避けろ!」

 

 ウソップの応援も空しくレーザーがルフィの腹へ直撃する。

 風を巻いて進むそれは逃げるのも難しく、圧倒的な威圧感を持って前へ進み続けようとしており、地面に着いたままの足が踏ん張ろうとしても効果がない。しかもどんな性質なのか、触れているだけで全身の内側が奇妙に揺れるようだ。

 

 視覚で捉えられるようになっていてもそれは強烈な音波。

 触れているだけで体中の水分が揺さぶられているのだろう。ゴム人間のルフィにとって衝撃は大敵ではないものの、人体構造自体は常人と変わりない。人体の水分が揺さぶられ、さらには脳まで揺すられて、普段あまり感じない気持ち悪さに囚われる。その上で途方もない衝撃があった。ついに彼は吹き飛ばされてしまい、勢いよく背中から地面へ落ちた。

 

 山から落ちるギリギリの位置。

 激しく咳き込み、視界が回っているのを自覚しながら必死に立とうとする。

 だが脳を揺さぶられた結果だろう。体に力が入らず、何度も失敗して地面にへたり込んだ。ごろりと転がってうつ伏せになり、口からは少量の血反吐が吐かれる。

 

 「げほっ、おえっ。なんだこれ……」

 「おいルフィ、早く立て! またあいつが来るぞ!」

 「ウソップ? 何言ってんだ? 耳がキーンってしてて聞こえねぇな」

 「敵が来るっつってんだよ!? 早くしろ!」

 

 バッと跳び上がる影が頭上から飛来した。

 気付いたルフィは必死の形相で地面を転がって回避する。

 荒々しく両足を振り下ろし、着地したエルドラゴは彼の頭があった場所を踏みつける。しかし逃げられたと知るや、直後から攻撃に転じようと両腕を構えた。その前になんとかルフィが素早い動作で起き上がり、しゃがんだ状態で蹴りを繰り出す。

 

 「ゴムゴムの鞭!」

 「おっと」

 

 足首辺りを狙った足払い。エルドラゴが軽くジャンプしただけで回避される。

 着地の前に大きく息が吸い込まれた。

 体を伸ばさずとも届くだけの距離。レーザーであれ、鼓膜を襲う大声であれ、繰り出されれば回避は不可能。どちらを取っても命の危険に関わる攻撃だった。

 

 まずいと思って迷わず足が振り上げられる。

 避けられないなら止めるまで。

 ルフィの蹴りがエルドラゴの顎を捉え、開かれた口を無理やり閉じさせた。当然呼吸は中途半端に終わり、声も出せず、能力の使用も中断された。

 一方でその攻撃は敵の怒りを買う物。慌ててルフィは一度距離を取ろうと後ろへ跳んだ。

 背中から地面に落ち、すぐに立ち上がったエルドラゴは目を血走らせて怒りを表す。

 

 「ぐぬぬ、この小僧……!」

 「ハァ、舐めんな!」

 

 一旦動きを止めて対峙するが、状況はどちらが有利とも言い辛い。しかし傍から見ている分にはルフィの分が悪いと見えてしまう。敵は耳を壊すだけの力を持っているせいだ。

 手に汗握って見守るウソップの隣、ナミが表情を強張らせる。

 

 「よ、よぉしいいぞルフィ! そのまま一気に倒しちまえ!」

 「だめよ。相手はあの大声でルフィの動きを制限するのよ。正面からぶつかっても分が悪いわ」

 「じゃあどうしろってんだよ。ルフィは器用なことできる奴じゃねぇぞ」

 「あいつの能力を封じられれば楽になるんだろうけど……」

 

 顎に手を当ててナミが考え始めた時、呟いた声に反応してウソップの顔つきが変わった。

 キリと話したばかりではないか。戦闘で勝つには何が必要になるのかを。

 

 「そうだっ」

 

 ウソップは左手にパチンコを持ち、番える弾として新たに作った特殊弾を持った。

 紐を伸ばして狙いをつける。

 狙いは当然、エルドラゴの口。

 彼の能力を封じるにはどうあってもその場所が狙い目で、唯一と言っていい弱点のはずだ。

 彼は素早くそれを見切っており、緊張しながら動きを止める。

 

 「何するつもり?」

 「まぁ見てろ。狙撃に関しちゃ、おれはこの一味でトップだ」

 

 構えた状態でチャンスを待つ。

 エルドラゴとルフィは何やら話していた。

 

 「おし。耳が元に戻って来たぞ。あーよかった、聞こえ無くならねぇで」

 「それも時間の問題だ。この能力が好かねぇようだな、麦わら」

 「うん。だってうるせぇし」

 「わしはこの海の戦いで一度も負けたことがねぇ。なぜだかわかるか? 生物の弱点は皆同じだからだ。鼓膜をぶち破って前後不覚になりゃあ、どんな奴が相手でもわしの負けはない」

 「んん?」

 「今、決着をつけてやる」

 

 エルドラゴが背を逸らせ、一際大きく息を吸い込んだ。

 言わば必殺の一撃。途方もない大声で人体の限界を超える。その後で、立つことさえできなくなった敵を仕留めることなど赤子の手を捻るより簡単だ。

 絶対の自信を持つからこその必殺。必ず敵を仕留めると知っている戦法だった。

 

 些細な仕草でも決着をつけにかかったのは一目でわかる。

 ウソップはこの機を逃さず、大口を開けたエルドラゴの、やはり口の中へ狙いをつけた。

 そうして呼吸を整え、意を決して放つ。

 

 「こいつをくらえ! 必殺! タバスコ星!」

 「おごっ!?」

 

 放たれた弾丸は真っ直ぐに宙を飛び。

 大きく息を吸い込んでいる最中に異物が口の中へ飛び込んできた。硬くて丸い物だが、口内に接触した途端にパンっと割れて、中身が飛び散る。本人には見えないものの赤くてドロッとした液体。舌へ触れた途端、辛味として強烈な痛みが口中に広がる劇薬だ。

 

 辛味は痛覚で感じ取られる。言わば味ではなく痛みだ。

 辛さのみを追求して製作されたそれは急ごしらえだったとはいえ、驚異の破壊力を持ってエルドラゴの舌を犯す。凄まじい痛みが口内へ広がり、汗が急激に噴出して、全身が熱くなった。

 叫ばずにはいられない。だが能力を使用する余裕すらなくて、発されたのはただの大声だった。

 

 「かっ!? からぁ~っ!?」

 「よぉし見たか新兵器の威力! 隙を生み出したぞルフィ!」

 「しっしっし、やるなぁウソップ」

 

 逃しようのない大きな隙を見出して、ルフィが駆け出した。

 軽やかに跳んで首が後方に伸ばされる。異質な光景だったが、攻撃の予備動作らしい。

 縮む力を利用して思い切りの良い頭突きが繰り出される。

 

 「ゴムゴムの、鐘!」

 「おうっ!?」

 

 辛味に囚われて呆けていたエルドラゴの額に凄まじい痛みが走る。喰らった勢いで体勢が崩れ、背中から転びそうになった。それを必死で耐えてなんとか転ばずに済む。

 しかしだからこそか、ルフィの攻撃は続いていた。

 

 「鞭!」

 「ぐほぉ!?」

 

 鋭い蹴りが胴体に刺さり、また足元がふらつく。

 

 「銃弾(ブレット)!」

 

 再び腹へ強烈なパンチ。

 もはや立っているのも辛く、エルドラゴは今にも倒れそうだった。

 

 「んん~……ガトリング!」

 

 とどめとばかりに両腕による無数のパンチが与えられた。まるで嵐だ。息つく暇もない乱打は全身へぶつかり、耐えようと脚を踏ん張る時間さえ許してくれない。一方的なまでに彼を痛めつけ、極めつけにとどめの一発が顔面へ直撃して、全力で殴り飛ばされた。

 

 今度こそエルドラゴは滑るようにして地面へ倒れる。ダメージは凄まじく、かつてないほどの疲労感が全身を包み込んでいた。

 地に背中をつけて一時動けなくなるが、悔しさからか体は動いて、すぐに立ち上がった。

 

 まだ終わっていない。血走った目がそれを物語っている。

 諦めの悪い様子で彼は肩幅に足を開き、体に力を入れて、肉弾戦にて迎え撃つ素振りを見せた。

 従ってルフィも応じて、両腕を後方へ伸ばして駆け出す。

 馬鹿正直に真正面から真っ直ぐ。決着をつけるべく更なる力が込められた。

 

 「うぐっ、ごふっ。な、なめるなよぉ……!」

 「もう終わりだ! ゴムゴムのォ――!」

 「能力が使えなくとも、貴様なんぞにっ」

 

 舌が辛味でやられたせいか、妙に舌足らずな様子で呟かれる。だが聞く耳も持たず。

 急速に接近したルフィが全力でその両腕を突き出した。

 

 「バズーカァ!」

 「ごぁあああっ……!?」

 

 胴体に直撃した瞬間に黄金の鎧が砕けて、耐え切れずにエルドラゴが意識を手放した。

 力を失くした巨体はゴム毬のように地面を跳ねて飛んでいく。やがて彼の部下たちの下まで飛んでいくと、言葉も無く突っ立って居た部下たちへ当たり、下敷きにしてしまった。

 その後、完全に沈黙した彼が立ち上がってくる様子はない。

 

 ルフィも着地し、動きが止まる。

 決着はついた。

 敵の頭が負けた以上、下敷きになった彼らもこれ以上は向かってこないだろう。

 

 誰もがそう思っていた。

 そのせいか、戦いに熱中するあまり注意力が不足していたとも言える。

 

 「ふぃー、終わった。軽く運動したら腹減っちまったなぁ。あとでおでん食わしてもーらお」

 「す、すげぇ……あいつ、あんなに強かったんだ――」

 「動くなァ!」

 

 トビオの呟きを無視して大声が出された。

 不審に思ってルフィが振り返ると、トビオと岩蔵の背後に二人の海賊が立っている。エルドラゴの部下だ。決着がつく前に移動して、船長の手助けをしようとしていたらしい。

 

 エルドラゴが負けた今、苦し紛れの人質だった。

 首筋にはサーベルを当てられて二人は動くことができない。

 ルフィは慌てもせずにじっとその様子を見ていた。

 

 「おい、おまえのことだ麦わら! 聞いてんのか!」

 「聞いてるよ。だから動いてねぇだろ」

 「よ、よぉし、それでいい……いいか、おれたちに逆らったらどうなるかわかるだろう。おまえはこれ以上戦うな。それと、おれたちに黄金を寄こせ」

 「そうすりゃこいつらは無傷で解放してやろう」

 「まーおれはそれでもいいんだけどな」

 

 服を叩いて、転げ回った際に付着した砂を落とし、麦わら帽子からも砂が払われる。

 のんきな仕草だ。海賊たちは歯噛みする。

 それ以上の行動がある訳でもなく、睨み合った状態で、ルフィが再び帽子をかぶった。全く警戒心を持っていない。二人を見捨てるかのような表情は驚くほど落ち着いていた。

 

 「でもそれだと怒る奴が居るんだよ。おまえら気をつけた方がいいぞ」

 「へっ、何言ってやがる」

 「おまえさえ始末できりゃ、こっちは別に怖い物なんて――」

 

 言いかけていた片方の男が、唐突に背後から頭を殴られる。ゴンっと痛そうな音が響き、昏倒まで一瞬だった。彼はサーベルを取り落としてその場へ倒れてしまう。

 もう一人の男が短い悲鳴を発して怯えるものの、同じく背後には攻撃が迫っていて。

 ウソップが振り切るハンマーが彼の後頭部を思い切り叩いた。

 

 「ウソップハンマー!」

 「げふぅ!?」

 

 こちらも痛そうな音を残して倒れてしまう。

 スカートの下に隠していた三節棍を一本の棒として組み立て、構えるナミと、ゴーグルをつけて金槌を持ったウソップが海賊たちの後ろへ回り込んでいた。彼らはルフィを恐れ過ぎてその他の二人をすっかり失念していたらしい。なんとも間抜けな終末だった。

 地力で敵を倒した二人は得意げに胸を張る。

 

 「誰のお宝に手を出そうとしてるのよ。黄金は私がいただくんだから」

 「へへっ、キャプテン・ウソップ様を忘れてもらっちゃ困るなぁ。これで全部終わりだ」

 

 些細な出来事とはいえ仲間の役に立ったことは変わりない。二人は誇らしげだった

 岩蔵とトビオは放心した様子でしばし言葉が出せず、歩み寄ってくるルフィは上機嫌に笑っている。ともかくこれで全て終わったのだ。

 

 ようやく状況が落ち着いて、辺りには敵の姿が転がり、後は無人らしい小屋が立ち尽くすのみ。

 やっと探索を始められそうである。

 

 「終わったな。おっさん、おでん大丈夫か?」

 「ああ。問題ねぇ」

 「お、おまえら、めちゃくちゃ強いんだな。あいつらも強そうだったのに、こんなにあっさり」

 「そりゃおまえ、おれは海賊王になるんだからな。あんな奴に負けてらんねぇよ」

 

 にひっと笑って気楽な声。戦闘時の表情とはまるで違っていた。

 トビオはその顔から目が離せず、ただただ驚いて返事もなく見つめていた。

 

 振り返ったルフィはぽつんと立っている小屋を見る。

 辺りに黄金らしき物はない。ならばあるとすればそこだけ。

 全員の視線が同じ場所に集まっていた。

 

 もうすぐウーナンに会える。

 自覚した途端、戦闘の恐怖さえ忘れて、トビオが密かに息を呑んだ。

 

 「あそこにウーナンが居るのかな」

 「とにかく行ってみようぜ。ここがようやくゴールなんだ」

 「さぁて、黄金はどれくらいあるのかしら」

 

 先に歩き出す三人の後ろへ続き、トビオと岩蔵はそれぞれ違った理由から鼓動を速めていた。

 出会いと再会。祖父と孫では状況が違う。

 しかし緊張する心は同じであって。

 トビオは自分を奮い立たせるように拳を握って、岩蔵は片手に提げたおでんを落とさないよう持ち直し、今からウーナンに会うのだという心構えで小屋へ向かう。

 

 扉が開かれた。

 不思議と、中には何も置かれていない殺風景な景色だけが広がっていた。

 


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