ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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探し物(3)

 子電伝虫の通信を終えた後、キリたちはクジラの東にある城へと向かっていた。

 特徴的な建物だがおそらく外れ。黄金を隠された場所ではない。しかしだからといって何もないと決めつけてしまうのは居心地が悪く、一応調べておこうと決定されている。

 

 彼らは歩いて移動するもすぐに城へ到達した。

 足を止めて、皆で城を見上げる。

 古びた外観で整備もされていない。やはり無人島にあって風化が進んだのだろう。はっきり言ってしまえば、壁にヒビが入った姿を見るといつ崩れるかもわからなかった。

 

 「ボロっ」

 「よく突っ立ってられたな。まるで幽霊屋敷だ」

 「幽霊、出ないよね」

 「出た方が面白そうだけどね。流石に昼間じゃきついか」

 「出て欲しいのかよ」

 「できることなら」

 

 緊張感も無く会話して視線を下ろす。

 扉はわずかに開いていて、片方は外れかけてもいる。侵入には困らなそうだ。

 状況を判断し、三人は改めて向き直る。

 皆の表情も大体いつも通りが決まってきているらしい。キリはルフィ同然に楽しそうに笑っていて、ゾロは多少呆れつつ、シルクは微笑みつつ彼らを見守る様子だ。

 

 「とりあえず調べてみようか。お宝じゃなくても役に立つ物があればいいんだけど」

 「具体的には?」

 「なんかこう、役に立ちそうな物だよ」

 「それがわからないから聞いたんだよ、キリ……」

 

 適当な発言で微笑むキリに、慣れたとはいえシルクが困った顔を見せる。

 すでにゾロは歩き出していた。彼と話しているとある程度疲れてしまうと知っているため、最初から真面目に聞く気などないらしい。一足先に城の中へ入ろうとしている。

 それに気付いて慌ててシルクが駆け出した。

 

 ゾロを一人にしてしまうと迷子になる可能性が高い。こちらはある意味キリ以上の厄介さだ。

 この二人と行動した場合、どうあっても彼女の負担が大きくなるらしく、それに気付いたのは今この瞬間。問題が起きないようにと奔走するのは真面目なシルクだけであった。

 

 「あっ、待ってゾロ。一人で行動すると危ないよ」

 「そうでもねぇさ。誰が来てもぶった切ってやる」

 「そういう意味じゃなくて、迷子になっちゃうかもしれないってこと」

 「ガキじゃねぇんだ。そういつもいつも迷わねぇよ」

 「前もそう言ってたけど危なかったじゃない。私が目を離してたらはぐれてた」

 「んなことねぇ」

 「そんなことある」

 「二人とも喧嘩はほどほどにね」

 

 仲良く城の中へ入っていく二人を見送り、キリは石造りの階段へと腰を下ろした。

 何もサボろうという訳ではない。多少はそういった思惑がないでもないが、今回足を止めたのは理由がある。ポケットの中で子電伝虫が震えていたからだ。

 ルフィたちから連絡が来た。

 そうだと知って彼は子電伝虫を掌に乗せて通信を開始し、のんきな声で応答し始める。ただ聞こえてきたのは予想と違い、慌てている様子のウソップの声だった。

 

 「はいはい、こちらキリですどーぞ」

 《こちらウソップですけどもぉ! て、てて、敵に遭遇しましたどーぞ!》

 「あーそうなんだ。おめでとう」

 《全然おめでたくねぇよ! キリ、今おまえらどこいるんだ! た、助けてくれぇ!》

 「ルフィに任せとけば大丈夫だよ。それにウソップは後方支援のエキスパートでしょ。大丈夫、落ち着いて狙撃すればそれだけでいいから」

 《いやそれはわかってるんだけど……頭でわかってんのと実際やるのじゃ違うだろっ?》

 「ほらウソップ、例の新装備。あれ試してみなよ。ちょうどいい機会だし」

 《お、おおぅ……》

 

 気楽な彼の声を聞いていると多少は変わる物があったのかもしれない。叫んでいたウソップの声が徐々に落ち着きを取り戻していく。

 あと一歩とばかり、キリがやさしく呟いた。

 

 「もう本物の海賊になったんだ。ここで逃げたら海に出た意味ないよ」

 《うっ……そ、それはそうだな》

 「ボクらみんな、ウソップならできるって思ってる。だから仲間に誘ったんだ。頑張って」

 《……よしっ》

 

 確かに気合いの声があった。

 座ったままでくすりと笑えば、様子の変わったウソップの声が聞こえてくる。

 

 ネガティブで後ろ向きな態度の彼も、決して弱い訳ではない。特筆すべきはやはり狙撃の技術。血筋か努力の結果か、事前に見せてもらった腕前は一海賊団の狙撃手を名乗って恥じないだけの技量を持つ。あとは自信を持ってそれを使いこなせればいいだけの話だ。

 

 適当な応援ではなく、心から彼の成長を願って。

 かけた言葉は無駄ではなかったらしい。ウソップは威勢よく答えた。

 

 《お、おれだってやる時はやってやる! いいかキリ、ルフィはおれが守ってやるからな! おまえは安心してそこで待ってろ!》

 「了解キャプテン。そっちは任せた」

 《ただあくまでも援護でお願いします!》

 「あはは、やっぱりそっちの方がらしいかな。深呼吸して、リラックスしてね」

 

 通信が切れて子電伝虫を仕舞う。その頃には辺りに彼一人となっていた。

 心配はしていない。彼らが死ぬ訳はないと知っているためだ。

 

 立ち上がったキリは二人の後を追って城の中へ入ろうとする。急ぐ素振りもなくゆっくりと、周囲の景色を眺めて楽しみながら階段を上る。

 物音が聞こえたのはそんな時だ。

 城を囲む森、一角となる草むらが揺れる音がする。遠くから何かが接近している音。海賊たちはルフィたちの前に居るらしいので、振り返ったキリは野生動物か何かかと注目した。

 

 さほど間を置かず草むらの中から人の姿が現れる。

 その顔を見た途端キリの表情に驚きが生まれた。

 海兵の制服に身を纏い、息を切らしながらやってきたのは桃色の髪の少年と金髪のひょろりとした青年。以前別れたはずの、コビーとヘルメッポだったのだ。

 

 「コビー?」

 「ハァ、はっ……あっ! キ、キリさん!? どうしてこんなところに!」

 「あーっ!? て、てめぇはあの時の!」

 「どうしてこんなところにはこっちのセリフだよ。てっきりシェルズタウンで海兵やってるもんだと思ってたのに。まぁでも制服着てるとこ見るとクビにはなってないのかな」

 

 唐突で不思議な再会を前にキリは笑顔で嬉しがり、何気なく彼らへ歩み寄った。しかしコビーの表情は明らかに慌てていて、喜びだけではないことがわかる。隣ではヘルメッポが複雑そうな顔だ。怒っているような、気の毒に思っているような、どちらもが入り混じっている。

 様子がおかしいのは一目でわかった。

 会っていない間に嫌われていた様子でもなく、素直に喜ばれない理由がわからず首をかしげる。

 

 「どうかした? 慌ててるみたいだけど、もしかして誰かから逃げてるとか?」

 「あぁっ、最悪だ。想像してた中で一番最悪のパターンですよキリさん!」

 「んん? 何が? ボクのせい?」

 「キリさん、ぼくは今でもあなたたちのことを友達だと思ってます。だから、できることなら逃げてくださいっ。今、あなたたちを狙っている人が近くに居ます。特にルフィさんを」

 「ルフィを狙ってる? そこまで有名人になったつもりないけどな」

 「それは、ちょっとした理由があって……とにかくすごく強い人ですから。多分みなさんでも勝てません。お願いですから急いでこの島を出てください」

 

 コビーは必死に訴えかけてくる。友人だと思っているという言葉に嘘はない態度。キリは疑いもせずその言葉を受け取ったが、あまりに急過ぎて理解できていない部分もある。

 それほど危険だという存在は一体何なのか。

 訳が分からずに渋い表情になってしまった。

 

 「とりあえず落ち着いてよコビー。一旦落ち着いて一から話し合おう」

 「いえ、あまり時間がないんです。念のためにぼくらが先行してましたけど、もうすぐ傍まで来ているはずですから――」

 「おいコビー、今聞こえたぞっ」

 

 コビーが話している途中でヘルメッポが森へ振り返った。

 確かに遠くから誰かの声が聞こえている。二人を探しているようだった。低くしゃがれた声で高齢だと感じさせる。ずいぶんな大物が来たのだろう。

 なんとなくの事情を察し、キリが二人へ呼びかけた。

 

 「それじゃ、まずは隠れようか。何か事情があるみたいだし」

 「そ、そうしてもらえると助かります。ほんとはぼくらもこんなことしちゃいけないので」

 「ちくしょー、なんでおれがこいつらを助けるようなこと……あぁもういいっ。コビーに助けてもらった恩もあるしな。とにかく急いで隠れるぞ」

 「二人ともこっちへ」

 

 二人を連れたキリは素早く城の中へ入った。外れかけていた扉を無理やり閉じて、すぐに破られるだろう様相だったが、無いよりはマシだろうという判断である。

 

 扉を抜けてすぐのスペースは広大なエントランスだった。

 歪曲した階段が左右にあって二階へ移動でき、一階にはいくつかの扉が伺える。

 

 三人は迷わず二階へ上がり、かろうじてガラスが張られている窓から外を眺めた。

 つい先程コビーたちがやってきた方向を見つめて、しばし待つ。おそらく来るとすればその位置。三人揃って身を屈めながら外の様子を伺い、それでいて会話も続けられた。

 

 「君って確かモーガン大佐の息子だよね。海兵になったんだ」

 「ふん、おまえらのせいでな。まぁ今ならこれはこれでいいと思えるが……ちなみに名前はヘルメッポだ。バカ息子とは呼ぶなよ」

 「実は色々ありまして……その件についても時間があれば話したいんですけど」

 「今から何が来るの?」

 「驚かずに聞いてください。ぼくら、色々あって本部のガープ中将に預けられることになったんです。今回もいっしょに行動していて、お供としてこの島へ上陸しました」

 「英雄ガープの? ってことはルフィのおじいさん」

 「えっ!? キリさん、知ってるんですか?」

 「出会った時に聞いたんだ。ルフィはあんな性格だから大したことだと思ってないらしい。なるほど、ルフィを狙っててボクらじゃ勝てない相手……全くの正論だね」

 

 戸惑うどころかキリは笑みを深めて窓の外を見回した。怖がっていない様子である。即座に理解する姿勢はもちろん、その落ち着き払った態度には動揺が隠せない。

 コビーやヘルメッポは挙動不審で、落ち着ける素振りがなかった。

 彼らの体には包帯が巻かれ、治療の跡がはっきり残っている。おそらくそれだけの何かを経験したのだろう。必死の訴えを嘘とは思えず、信じざるを得ない状況だ。

 

 まだ標的の姿は見えない。

 できるだけ息を潜め、静かな城内は不思議と空気も冷たく感じられて、緊張感はますます高まっていく。キリは余裕を失っていないが二人は徐々に息を乱しかけていた。

 

 「おれたち、どうなるんだろうなぁ。これって明らかに命令違反だろ? ただでさえ親父の件で失態見せてるってのに、今度こそほんとに処分されるかも」

 「で、でも、ルフィさんたちをほっとくわけにも」

 「二人とも危ない橋渡ったね。ウチにしてみれば嬉しい限りだけどさ」

 「つーかおまえら、教えただけで逃げられるのか? 言っとくがあの人たちの強さは異常だぜ。ここ最近毎日特訓してるけどな、結果は見た通りさ」

 「この怪我は全部、鍛錬中にできたものなんです。毎日すごくて」

 「充実してるみたいでよかったじゃないか。ボクは海賊だからそういうの全然憧れないけど」

 

 キリが窓から目を離し、城の中を見回す。

 ゾロとシルクの姿がない。もっと奥へ行ってしまったのだろうか。

 ルフィたちと違って二人は子電伝虫を持っていない。連絡を取ることはできず、現在地もわからない。逃げ出す前にまず二人を探さなければならないようだ。

 逃げられるのか、という問いに対し、キリは笑顔でノーだと答えた。

 

 「かなり難しいだろうね。戦って勝てない相手から逃げるのって結構骨が折れる。昔、それがきっかけで仲間が全滅したことがあるし」

 「あ……す、すいません」

 「謝ることじゃないよ。むしろ助かった。ありがとう」

 「どうするつもりだ? そりゃおれたちからすりゃ捕まえるのが普通なんだろうけどよ」

 

 外を眺めるキリの顔つきが変わった。二人も気付いて覗き込めば、草むらを掻き分けて開けた場所へ出てくる人影がある。前に立つのが老年の男、二人目が目深に帽子をかぶった男だ。

 

 「あの人ですっ。先に出てきた、犬の被り物の方がガープ中将です」

 「ちなみに言うが、後ろの人はボガード少将だ。あの人もびっくりするぐらい強ぇからな」

 「英雄ガープに少将か。かなりまずそうだ」

 

 姿が見えるようになった頃、城内でも物音がした。

 窓から顔を離して音の出所を探れば、二階にある扉からゾロとシルクが出てくる。手には役にも立たなそうな朽ちた鎧や刀剣類。引きずっているせいでガチャガチャとうるさい。

 彼らはすぐに身を屈めるキリたちに気付いた。

 

 「あん? おまえそこで何やってんだ。それにそいつら――」

 「コビーと、あの大佐の息子? どうしてここに」

 

 三人が一斉に唇へ人差し指を当て、静かにするように表情を厳しくする。これだけ静かな周辺では些細な物音が命取りになる。慌てているらしい雰囲気に飲まれて二人は運んでいた物をそっと地面に置いた。音を立てないよう気をつけつつ、姿勢を低く駆け寄ってくる。

 同じように窓の傍で隠れ、彼らに近付いた。

 

 なぜかそこに居るコビーとヘルメッポには驚いているらしい。

 色々と尋ねたいと思うのだが、そんな状況ではないようで、さほど相手にしてもらえない。

 後から来たゾロとシルクは首をかしげてしまう不思議な状況だった。ただ、キリまで真剣な顔をしているため不穏な空気は感じ取れている。

 

 何かまずいことがあったのだ。

 ゾロが視線を厳しくして窓の外を見るキリへ尋ねる。

 

 「敵襲か?」

 「当初の予定と違って最悪な方のね。かなり強敵だ」

 「へぇ、強敵」

 「海軍中将、英雄ガープが来てる。ゴールド・ロジャーと渡り合ってた生きる伝説だ」

 

 言葉を受けてすぐにゾロが好戦的な顔を見せた。怯むどころか望むところらしい。

 反対にシルクは表情を歪める。

 ガープと言えば知らない者は居ない有名人。勝てる相手ではないと考えるのも当然だった。

 自然とゾロとは対照的な態度でキリへ問いかける。

 

 「狙いは私たちかな」

 「いや、どうやらルフィを探してるらしい。あのガープ中将が肉親みたいなんだ」

 「ルフィのおじいさんが、海兵?」

 「それで海賊になったのか、あいつ」

 「まぁね。詳しい事情については後々。とにかくここにはいられない。バレない内に裏口から出よう。シルク、先行して。ゾロははぐれないように」

 「わかった」

 「はぐれねぇっつってんだろ」

 

 指示を受けてシルクが動き出し、後からゾロが続く。

 キリは油断せずに再び窓の外へ目をやった。

 

 不思議とガープたちは最初に足を止めた位置から動いていなかった。そこに違和感が付き纏って、何やら嫌な予感を感じるものの、少なくとも現段階では見つかってはいないように思う。泳がされているだけと仮定しても、逃げ出すならば今しかない。ただ不安なのは、彼らが纏う雰囲気を見る限りそう簡単には逃がしてくれないのではないかと想像してしまうこと。遠く離れていながら今まで触れたことのない妙な威圧感を感じている。

 外の二人へ注意を向けつつ、キリが傍の二人へ言った。

 

 「ボクらもう行くよ。ルフィたちを回収して島を離れないと」

 「お気をつけて」

 「言っとくが、おれたちだって命令違反しながら教えてやったんだからな。それを忘れんなよ」

 「わかってる。それじゃまたどこかで会えたら――」

 

 体の向きを変えかけ、移動を始めようとした瞬間。

 外されかけたキリの視線に、ギロリと睨む目つきのボガードが目を合わせてきた。

 

 全身に悪寒が走る。

 言い知れない感覚はいまだかつて感じたことのない、恐怖に似た何かだった。

 

 まずい、と思った時にはその場からボガードの姿が掻き消え。まるでクロの高速移動を見るようだと思いながら、キリは反射的にコビーとヘルメッポの首根っこを掴み、跳んでいた。

 転がるようにして逃げ出すと同時に窓枠が両断される。ヒビが入りながらもなんとか残されていたガラスが、砕かれた瞬間に頭上から降り注ぎ、二人が思わず悲鳴を上げる。

 怪我はない。だがどうあっても無視できない変化があった。

 二階まで跳び上がってきたボガードは軽やかに城内へ侵入し、抜いた刀を納めてそこへ立つ。

 

 想像していたより危険に感じる姿を目にしてキリの表情が歪んだ。

 驚愕からか恐怖からか、コビーとヘルメッポは腰を抜かしてしまっているらしい。少なくとも今すぐ動き出すのは無理だろう。

 それだけでなく気付いたゾロとシルクも武器を手に駆けつけてきた。

 

 決して状況は良くない。

 望んでいなかったはずが、正面から対峙してしまう。こうなってはならないと思っていた状況が目の前に来てしまい、何を想ってか、キリはコビーとヘルメッポから手を離さなかった。

 呆れた様子でボガードが首を振る。

 

 「なるほど、身を潜めるのは上手い。だが気配を読む術を持っている相手には隠れているだけでは足りないものだ。よく覚えておくといい。それにしても……君たちは何をやっているんだ」

 「ボ、ボガード少将……!?」

 「あ、あああの、こ、これは……!?」

 「君たちが庇うということは友人なのだろう。つまり、モンキー・D・ルフィの一味だな」

 

 ボガードは刀から手を離さずに彼らを見据える。

 人数の差で言えば明らかな違いがありながら、容易には動き出せない雰囲気がある。

 一目でわかる相手だった。この男は強い。

 盾にするようにコビーとヘルメッポを前へ突き出し、キリは笑みを浮かべて口を開く。だがその顔に余裕はない。自分と敵との力量の差を理解している様子だった。

 

 「参ったなぁ。見つかる予定はなかったのに」

 「彼らは我々の部下だ。返してくれないか」

 「返すとボクらが斬られるんでしょ? 嫌だよ、そんなの」

 「罪を重ねない方が身のためだぞ。何も君たちを捕らえようという訳ではない。ただ君たちの船長に会わせてほしいだけだ」

 「それで連れていくつもり?」

 「……話したのか」

 「大体わかるよ。英雄ガープの孫がルフィなんでしょ。とっくに本人から聞いてる」

 

 またやれやれと頭が振られる。そう簡単に話は終わらないらしい。

 渡す気はない、と言っているのだ。

 このまま戦闘になりそうだとボガードが嘆いて、危険と知りながらもキリは撤回しなかった。

 

 二人を捕らえる彼らは海賊。シェルズタウンで海軍に歯向かった一件も知っている。それだけではない、監査船を航海不能になるまで破壊した件、第八支部の艦隊を壊滅させた件など、出航直後にして数々の事件を起こしている。流石はガープ中将の孫と言うべきか、嘆くべきか。

 

 捕まえるための理由はいくらでもある気がする。

 しかし彼らを捕まえるとは、ガープは一言たりとも言っていなかった。

 おそらく捕縛する気などなくて、ルフィさえ引き渡せば見逃してもらえる状況であろう。それを伝えるべきかとボガードが落ち着いた声で話し始めた。

 

 「あの人を怒らせない方がいい。拳骨一発で帆船を沈める男だ。それに人の話を聞かないし、一度言い出せば全く意見を変えないし、命令違反は当たり前、危険な状況でこそ目を輝かせる傾向がある。正面から相手にしない方が身のためだ」

 「苦労してるんだね……」

 「それに君たちのことは興味がないようだ。我々はモンキー・D・ルフィさえ渡してもらえれば何も言わない。これまでの罪もおそらくは不問となるだろう」

 「へぇ。そう」

 「渡す気はない、と言うつもりか?」

 「そう言われて頷くくらいなら海賊なんてやってないよ」

 

 ボガードがハァと溜息をついた。

 ちょうどその時、城の入り口から大声が聞こえる。

 

 「ぬうェいっ!」

 

 大きな音を伴って扉が殴り飛ばされた。エントランスを転げ回ったそれは地面や壁に傷をつけ、石造りの城内にいくつもの傷跡を残し、やがて力なく横たわる。

 その後で姿を現したのは件の英雄ガープだった。

 入り口に立って腕を組み、笑みを浮かべて仁王立ち、二階を見上げる。

 当然、全員の注目が集まっており、皆の顔を見回すことができた。

 

 「小僧ども、わしの孫はどこにおる。案内してもらおうか」

 

 派手な登場はそう驚くことでもない。何をするかわからない人間でありながら、隠密行動より正面から堂々と喧嘩を売るのが好きな海兵なのだから。

 苦労しているせいだろう、これによってまたボガードが溜息をつく。

 ほんの一瞬、顔を俯かせて肩をすくませ、戦闘への気配がわずかに消えた。

 

 その気を逃すはずがない。敵は二人とも自分たちより強いと思っているのなら尚更。

 ボガードの視線が外れた瞬間を機に、キリが仲間たちへ振り返った。

 首根っこを掴んだままの二人を引っ張り、突然最も近い窓へと向かって、蹴破った。そのまま跳んで外へ飛び出してしまい、驚く二人を連れ去る。

 

 「ゾロ、シルク、撤退だ!」

 「うん! ゾロ、こっち!」

 「チッ、仕方ねぇな」

 

 シルクとゾロも近くの窓を破って外へ飛び出し、地面へと降りた。

 先にキリが着地して、悲鳴を上げている二人を引っ張ったまま駆け出す。すぐに後ろからゾロとシルクもついてきた。もはや後ろを振り向く気もなく彼らは森の中へと姿を消す。

 驚くほど素早い行動だ。撤退するにも迷いがない。

 決断は早く、彼らの行動には幻滅するより先に尊敬にも近い感心をしていた。

 

 窓から冷静にその姿を見ていたボガードは、隠れた後で追おうと脚に力を入れた。

 隙を突かれたが問題ない。その程度ならば今すぐにも追いつける。

 彼もまた飛び降りようとした時、しかし一階のガープが声をかけて止めた。

 

 「待てボガード。わしがやる」

 「は? しかし」

 

 階段を使って二階に上がり、傍へ歩いて来る。

 ガープは上機嫌に笑って被り物とコートを取った。それをボガードへ投げて寄こすと壊された窓から外を見る。すでに彼らの姿はない。どうやら探さなければならないようだ。

 そう思いつつも、まだ彼らの気配はしっかり捉えていて。

 楽しそうに拳を鳴らしたガープはこんな時を楽しんでいる節がある。

 

 「中々元気のいい若造じゃな。ところでコビーとヘルメッポが捕まっとったが?」

 「人質のつもりでしょう。私への牽制に利用していました」

 「ふむ、少しは頭が回るか。ますます面白い」

 

 素顔を晒し、ガープの口の端がにっと上がった。

 比例してボガードの口から溜息が漏れ出てしまう。

 

 「あれが監査役の嬢ちゃんの報告にあった小僧じゃな。確かにどこかで見た気がする顔だった」

 「しかし麦わら帽子の少年は居ませんでしたが」

 「なぁに、あいつに聞けばわかるじゃろう。久々に軽く運動してやるか」

 

 そう呟いてガープが窓から飛び出し、怪我一つなく地面へ降り立つ。

 喜色満面に駆け出していく彼を見てボガードは思わず頭を抱えずにはいられなかった。

 

 やはり中将としての自覚が欠けているように思える。部下を制止して自らが倒そうとするとは。部下を気遣っての行動ならば理解もするが、今回のそれは完全に自分の好奇心を優先した結果だ。これだから彼の補佐は難しい。

 あっという間に姿が見えなくなってしまい、放置しておけば何をしでかすかわからず、放ってはおけないだろう。仕方なくボガードも外へ飛び出した。

 


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