ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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東の海編
また遭難


 それはある日の昼時のこと。

 彼女が散歩に出たのはただの偶然であった。朝の日課である剣の修行を終え、汗を流し、何気なく町の近くにある砂浜へ赴いたのである。

 そこで見つけたのが、うつ伏せに並んで倒れる二人組だった。

 

 海から流れ着いたのだろう。全身が水に濡れていて、気を失っているらしい。

 状況から見ればどこかから流れ着いて来たようだ。近くに人が住む町がないことは知っている。ということは彼らは遠い場所から来たのだろうか。

 少女は倒れた少年たちの顔を覗き込む。

 

 あどけなさを残す顔。見覚えはない。

 やはり知り合いではなく、町の住人でもなさそうだった。

 曲げていた背筋を伸ばした彼女は二人の顔を見、次いで辺りを見回す。乗っていた船が壊れたのか、少量の木材が浜辺に打ち上げられていた。その他には何も見当たらない、と思ったその時、波打ち際で水に遊ばれている麦わら帽子を発見する。

 彼らの持ち物だろう。そこを目指して歩き出す。

 

 波で靴が濡れないよう気をつけて、帽子を拾った。

 軽く帽子を振って水を飛ばし、太陽に透かして見てみる。中々古い物だ。赤いリボンが巻かれていて、何度も修繕したのだろう、跡が残っている。何か不思議な魅力を感じる一品だった。

 

 再び二人を振り返る。

 胸が動いていることから生きていることはわかった。とりあえず死んではいないらしい。それだけわかってほっとした。まだ助けることはできそうだ。

 二人に近付いて膝を折り、しゃがんで確認する。穏やかな寝顔である。

 きっと死にかけただろうにあまりにも落ち着いた顔に見えて、少女は苦笑した。

 

 得体の知れない相手だが助けようと思う。見た目からは海賊には見えない。かといって若すぎるため商人にも見えず、冒険家といったところだろうか。とにかく悪い人間といった風貌ではない。

 しかし倒れているのは二人。彼女一人で運べるほど軽くはないだろう。

 どうやって助けよう。

 そんなことを考えて顎に手を当て、少女は二人を見下ろしながら考え始めた。

 

 

 *

 

 

 「んがっ」

 

 ひょんなことから唐突に目を覚ました時、ルフィは自分が家の中で眠っていることに気付いた。真っ先に視界へ飛び込んだのは木目の天井。見覚えなどない。

 ほんの少し前まで海に居たはず。寝ぼけた頭でもそれがわかり、普通なら天井が見えるはずもないことを知っていた。見えるべきは空である。

 

 不思議に思いつつ意識は覚醒し切れていないようで、眠たげな目をした彼は部屋の中を見回す。

 上体を起こしてベッドの上で胡坐を掻き、ふと右手で頭に触れた時だ。

 自らの髪に触れる。それ自体は大して不思議なことではないだろう。しかしそこで、自身の宝と称する麦わら帽子がないことに気付いた。ぱっちり目が開き、何度頭を撫でても、そこに帽子はなかった。慌てて部屋の中を見回しても見つからない。

 どうやら失くしてしまったようだ。そう気付いた瞬間、意識が変わる。

 

 呆然と手を下ろしたルフィは動きを止める。

 目を見開いたまま呆けること数秒。

 状況を理解したルフィは突然叫び出して勢いよく跳び上がった。

 

 「あっ!? 帽子がねぇっ!?」

 

 命より大事な宝が見つからず、ルフィは慌てて動き出して探し始めた。

 見つからなければ一大事である。眠気は吹き飛んで目が冴え、ベッドの下を覗き込み、室内にあるタンスや棚を次々開けて中身を散らばらせ、部屋の様相は一気に変わってしまった。

 それでも見つからない。ルフィの焦りは深まるばかり。尚も慌てる彼は扉を破壊しかねん勢いで開いて飛び出し、すぐに見つけた階段を急いで下り始める。そうして階段を下り終えてすぐの空間へ飛び込んだ時、建物中に響くほどの大声を出していた。

 

 「帽子~っ!」

 

 強く床を踏みしめて立ち、その場が酒場らしいことがわかった。

 席の一つに座る人物を見つめ、頭に彼の帽子をかぶっている姿が見つかる。

 途端にルフィの顔が笑みで輝き出す。麦わら帽子をかぶっているのは呆けた様子のキリだった。

 仲間が持っていたことに安堵し、盗まれた訳ではないのだと知ると一気に安心してしまったようで、佇まいを直したルフィは胸を押さえながらふぅと深く息を吐いた。

 

 「あぁっ、おれの帽子! なんだ、キリがかぶってたのかよ。ふぅ~焦ったぁ。おれはてっきり誰かに盗まれたのかと」

 「おはようルフィ。いきなりでなんだけど帽子だけ盗むバカはいないと思うよ」

 

 酒場の一席に腰を落ち着けている彼はどうやら食事をしていたらしく、目の前にはきれいに料理を平らげた皿が置かれている。手には水が入ったコップを持っていて一息ついたところだろう。

 帽子が無事ならと落ち着いたルフィは途端にそれへ興味を持ち、腹を鳴らし始める。

 大食漢で食に異様なほど興味を持つため、空腹を感じれば我慢するなど不可能。そそくさとキリの傍まで歩み寄り、肩口から皿を覗き込んで犬のように舌を伸ばした。

 

 「キリ飯食ってたのか? なんだよずりぃなぁ、おれの分は?」

 「あるらしいから落ち着いて。行儀悪いよ」

 「あっ、ばあちゃんが作ってんのか? ばあちゃん、おれ大盛りで」

 「とりあえず座りなって。ほら、こっち」

 「しっしっし。腹減ったなぁ」

 

 カウンターの向こうで働く老婆へ声をかけつつ、ルフィがキリの隣へ座った。

 それからすぐキリの手によってルフィの頭に麦わら帽子をかぶせられる。

 

 やはり帽子があった方が安心するようだ。自分の手で位置を直し、すでに気分は持ち直しており、楽しげな笑みがキリへ向けられた。

 

 「ありがとな。失くしちまったかと思ってた」

 「お礼言うのはボクじゃなくて」

 「ん? キリが見つけてくれたんじゃねぇのか?」

 「ボクは受け取っただけ。見つけてくれたのは彼女だよ」

 

 小首をかしげるルフィに、キリが促して教えてやれば、彼の前に座る少女がくすくす笑う。

 美しい金髪をポニーテールにした、細身の可憐な少女。半袖のTシャツとチェック柄の半ズボンという軽装で、彼女が座る席の傍らには剣が置かれていた。

 無邪気な笑顔で二人の顔を見てわずかに肩を揺らしている。

 歳も二人とそう変わらない頃だろう、妙に親近感を感じる仕草だ。

 

 帽子のことで慌てていたせいか、気付いたのは今頃である。

 呆けた様子で瞬きを繰り返すルフィにキリが付け加えて教える。

 

 「ついでにボクらを助けてくれた」

 「そうなのか。ありがとう、助かった」

 「ううん、気にしないで。二人とも怪我も病気もなさそうでよかった」

 

 少女は興味津々といった目で二人を見ており、不思議と非常に楽しそうであった。

 

 「私はシルク。キリから話は聞いたよ。二人とも海賊なんだってね」

 「と言っても駆け出しで船もなければ二人しかいないけどね」

 「いいじゃねぇか。まだ始まったばっかりだからよ。おれはルフィ、海賊王になる男だ」

 「海賊王? それってあの?」

 「知ってんのか」

 

 前のめりになるルフィを見て、シルクもまた同様に身を乗り出した。

 どちらも好奇心が旺盛なようで、目を輝かせる姿は子供のように見える。

 出会って数秒、もう仲良くなったのか。苦笑するキリは呆れて溜息をついた。やはりこのルフィという男、不思議な魅力を持っていて他人と仲良くするのが得意なようだ。

 

 「グランドラインのどこかにある“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を見つけた奴が海賊王だ。おれはいつかそいつを見つけて、この海の王者になるぞ」

 「でもワンピースはただの噂だって聞いたことあるよ。本当に存在するの?」

 「知らねぇ。でもそれを探しに冒険するんじゃねぇか。あってもなくてもどっちでもいいよ」

 「じゃあどうして海賊になったの?」

 「そりゃ海賊王になるためだよ」

 「そうだよね。それなのにワンピースがあってもなくてもいいの?」

 「いいんだ」

 「なんか、話がわからなくなってきた……」

 

 まるで押し問答のようである。

 ルフィの言葉に眉根を寄せ、困惑したシルクが腕を組んで悩み始める。

 そんな二人を見るキリは机に頬杖をつき、ひどくやさしい笑みで見守っていた。

 

 納得できないらしいシルクがルフィへさらに問いかけようとした時、料理を作っていたシルクの祖母が皿を運んでくる。腹を空かせたと言っていたルフィの前に大盛りのそれを置き、喜ぶ彼の声を聞いてにこにこ笑っていた。

 どうやら理由はそれだけでないらしく、妙に楽しげなシルクを見て和やかな空気を醸し出す。

 

 「ずいぶん機嫌が良さそうだねぇシルク。海賊と話せて楽しいかい?」

 「やめてよおばあちゃん。別にそういうんじゃないよ」

 「んまほーっ!」

 「おかわりもあるからね。たっぷり食べておくれよ。最近は客も少なくて退屈だったんだ」

 

 そそくさとルフィが食事を始める。フォークを使ってはいるが非常に豪快な様子で見る見るうちにその量を減らしていく。キリに用意された物より多かったはずだが苦心する素振りもなかった。

 気持ちのいい食べっぷりを目の端に見ながら、キリは笑顔を見せる祖母を見た。

 

 「景気、良くないんですか」

 「ああ。近頃はこの辺りを根城にする海賊が居るらしくてねぇ。怖がって誰も来なくなったよ。うちは宿も兼任してるから、外から人が来ればお客さんで溢れかえったもんだけどね」

 「大丈夫よおばあちゃん。海賊が来たって私が追い返すから。また人が来るようになるよ」

 

 シルクが剣を手に持って言った。

 鞘からわずかに刀身を覗かせたサーベルはきれいに磨かれて汚れの一片もない。おそらく人を切った経験はないはずだ。刃に血の滲みを見出せなかったキリはそう判断する。

 腕前のほどは知れないが、握りは悪くないと思う。ただ実戦経験はなさそうだった。

 

 それなりに航海の経験があるせいで強いかそうでないかはある程度見た目で判断できる。キリの目に映る彼女は、あくまでも村の中で修練を積んだ一般人といった程度。武器の扱い方を覚えただけでは戦闘に慣れた海賊に勝つのは難しい。これも経験から知ったことだ。

 やる気を見せる彼女の表情とは裏腹に、少しばかり目は冷静さを取り戻す。

 じっと見つめてくるキリに気付いて何を想ったか、恥ずかしげに笑ったシルクが言った。

 

 「私もこの町で育った一員だから、私がみんなを守るんだ。この町は私の宝物。海賊になんて絶対傷つけさせないよ」

 「私はやめて欲しいんだけどね。年頃の女の子が剣なんて持って、怪我したらどうするんだい」

 「いいの。町を守るためなら怪我だって怖くない」

 「こんな調子でね。ばあちゃんは心配でひやひやしっぱなしだよ」

 「あはは」

 

 キリは苦笑し、しかしすぐに祖母へ疑念をぶつける。

 

 「だけど、海賊が横行してるなら海軍へ連絡すればいいんじゃないですか?」

 「でもこの町が襲われた訳でもないし、誰かが海賊を見た訳でもないしねぇ」

 「何かあってからじゃ遅いですよ。海賊なんてのは大概容赦しないし、略奪を始めたら欠片も残さず全部持ってく。噂があるなら調査をお願いするとか、何かしら対処した方がいいと思います」

 「そうだねぇ……町長に言ってみるよ。ありがとうねぇ」

 「二人もそうなの?」

 

 剣を元の位置に置いたシルクがキリを見つめて尋ねる。

 彼らも海賊だと名乗ったばかり。この町を略奪し、容赦なく奪い尽くすのかと聞いているのだろう。正面切って海賊に尋ねるというのも面白く、頬杖をやめたキリが背筋を伸ばして答える。

 たった二人。略奪するには手が足りないと。

 

 「あいにくこっちは二人だし、何より船がない。略奪したって持ち出せないさ」

 「ふふ、そっか。それじゃあ安心だね」

 「でも今度来た時は同じかわからない。船を手に入れて仲間を集めて、今度はこの町の全てを奪い尽くすかもね」

 「ふふん、望むところよ。その時は私が返り討ちにしてあげるんだから」

 

 冗談混じりに言っていれば、早くもルフィが食事を終えたらしい。

 空になった皿を持ち上げ、祖母へ元気よく声をかけた。

 

 「ばあちゃん、おかわり! このメシうんめぇなぁ」

 「ありがとね。シルクもこれくらいは作れるようになってくれればいいんだけど」

 「ひ、人にはそれぞれ得意な物と不得意な物があるの。私は剣の修行で忙しいし……」

 「本当に心配だねぇ。これで嫁の貰い手があるのやら」

 「もう、すぐそんな話になるんだから。興味ないから結婚しないだけなの。その気になったらちゃんとできるから安心して」

 「できない子は大抵そう言うけどねぇ」

 「ぐっ……」

 

 カウンターを回り込んでキッチンへ入る背にシルクの厳しい視線が突き刺さる。しかし日常茶飯事なのか、さほど大した反応もなく祖母は料理へ取り掛かる。ルフィのおかわりを用意するためだ。多めに作ったつもりがぺろりと平らげられてしまい、怒るどころか嬉しそうな顔をしている。

 次の料理が来るまで手持無沙汰になってしまい、ルフィがキリを見た。

 

 「そういやなんでおれたちここに居るんだっけ?」

 「今更それか……普通食べ始める前に気にすると思うけど。あのボロ船が沈んだんだよ。やっぱりあれがまずかったね、欲張って宝を全部乗せたのが悪かった。重さに耐え切れなくてあっという間だったから」

 「なるほど、そうだった。それでおれたち二人ともカナヅチだから溺れたのか」

 「島に流れ着いたのは奇跡だったよ。悪運が強くてよかった」

 「いやぁよかったよかった。まぁこういうこともあるさ」

 「しかしどうなんだろうね。この短い期間で二回も遭難する海賊って」

 「生きてたんだからいいだろ」

 「良くない。やっぱり頑丈な船を手に入れないと、ほんとその内死んじゃうね。二人ともカナヅチじゃ一度海に落ちたら誰も助けてくれないし」

 「近くに誰か居りゃ助けてくれるんじゃねぇかな」

 「そこまで楽観的になれるルフィはすごいと思う」

 

 気軽な様子でやり取りする二人は仲も良さげで、思わずシルクは笑わずにはいられなかった。

 やはり彼らが海賊だとは思えない。想像していた姿とは違い過ぎる。野蛮で無情な無法者。彼らがそんな人間だとはとてもではないが思えなかった。

 

 海賊とは何だろうか。彼らに出会ったことで改めて考える。

 善人か悪人か。その存在の影響力を考えればきっと悪者なのだろうが、結局はその人がどんな人間なのかで決まるのかもしれない。少なくとも彼らが海賊になって誰かが泣かされる気がしない。

 ひょっとしたら彼らをよく知らないだけで、勝手な想像かもしれないが、笑顔で語り合う姿を目にして、どれだけじっと見ようと怖くはなかった。

 

 二人は相変わらず軽快なやり取りを続けていた。

 シルクはテーブルに頬杖をつき、その様子を微笑ましく見守る。

 

 「せっかくのお宝は沈んだし、どうやって船を調達しよう。下手したらこの町から出られない。今のところお金もほとんど残ってないし」

 「一文無しなのか? 肉は?」

 「こういうこともあるかと思って金貨は持ってたけど、この程度ならすぐなくなるよ。しばらく肉は禁止の方がいいんじゃない?」

 「え~、それはだめだ。あのなキリ、おれは肉を食わねぇと力が出ねぇんだ」

 「それは聞いたよ。でも状況が状況だ」

 「よし、じゃあ船長命令だ。おれは肉を食いたいぞ」

 「今から食べられるよ」

 「そうじゃなくて船の上のメシのことを言ってんだよ。肉がねぇとおれは嫌だからな」

 「あのさシルク、この町に船大工とかいるかな」

 「おいキリ、聞いてんのか。おれは大事な話をしてんだぞ、今」

 

 ルフィがキリの肩をぱんぱん叩き始めるが一向に気にせず。そんな素振りすらおかしい。

 あくまで主張を変えようとしなかったルフィは、祖母が新たな料理を持ってきたことで瞬時に大人しくなってしまい、嬉しそうに食事を始める。これによってキリは解放された。

 彼はシルクと視線を合わせ、和やかに話し始める。

 

 「居るよ。大きな帆船は作ってないけど、何人かで乗れる小型帆船なら見た事ある」

 「何人乗りくらいかな」

 「一番安いのでも五人は乗れる、かな」

 「問題はやっぱり金だ。流石にこれっぽっちじゃ買うのは無理だろうし、物々交換といってもボクらは何も持ってない。ルフィにとってのお宝も通用しないだろうしね」

 

 懐から取り出した小さな袋を机に置くと、チャリンと小さな音が鳴った。せいぜい十数枚といったところ。たとえ金貨でも高値ではない。

 貧乏は大敵だ。いよいよどうするかとキリが頭を抱える。

 

 たまたま辿り着いた無人島で山ほどのお宝を手に入れて順調過ぎるとは思っていたものの、まさかたった一日でこうも状況が変わるとは。

 船があるならまだしも何も持っていない状態で金がないのは辛い。

 これではお宝探しも略奪もできないだろう。次に海へ出るのが遅れそうだった。

 

 隣ではルフィが能天気に食事を続けている。わかっていたがここからどうするかは彼の仕事なのだろう。船長と副船長の違いがわかったようで、キリは天を仰ぎながらわずかに嘆息した。

 二人がそれぞれ違った表情を見せる時、不思議そうな声色でシルクが問う。

 先程何気なく呟かれた言葉。ルフィにとってのお宝。それが妙に気になった。

 

 「ねぇ、ルフィにとってのお宝って何?」

 「ん? この帽子さ。友達から預かった大事な物なんだ」

 

 食事を中断し、ルフィが顔を上げた。

 自分の頭から麦わら帽子を取って胸の辺りでそれを見つめる。

 その時の表情はさっきとも違っていて、わずかなのに明白な変化にシルクが驚く。思わず息を呑んでしまうような、そんな独特な空気を纏っていた。

 

 「おれの友達も海賊やってて、いつかそいつを超えるのがおれの夢だ。いい仲間を見つけて、あいつらにも負けねぇ一味を作って、海賊王になる。そのためなら命だって賭けるぞ」

 「命を……」

 「ああ。おれはこれで生きるってもう決めた。だから絶対に後悔しねぇ」

 

 帽子をかぶり直し、にかっと笑う。その顔をシルクは真正面から見ていた。

 

 「そうだ、シルクはいい奴だよなぁ。おれたちの命の恩人だし、おれの宝物見つけてくれたし。おれの仲間にならねぇか? 一緒に海賊やろう」

 「え――?」

 

 唐突な誘い文句だった。

 虚を衝かれたのか、動きを止めたシルクはじっと彼を見つめる。

 驚き、それ以外にも感情が含まれていると見える。しかしそれを正しく見切れる者は店内にはおらず、ただ彼女の祖母だけはわずかに身じろぎしていた。

 

 シルクが困っていると見てキリがルフィを止めに入る。徐々にとはいえ、副船長としてその辺りも扱い方を覚えつつあるらしい。

 

 「こら。そんな簡単に勧誘しないの。言ったって海賊だよ?」

 「なんで。いいじゃねぇか、海賊。キリも好きだろ」

 「誰もが好きな存在じゃない。むしろ町に住むような人は襲われないかと思ってひやひやしてるくらいなんだから。嫌ってるのが普通だと思うよ」

 「そうかなぁ。なぁ、どうだシルク。一緒に海賊やらねぇか?」

 「私は……」

 

 きゅっと唇を結び、俯いて考え始める。

 シルクの挙動に違和感を覚えた二人は顔を見合わせた。出会ってからの短い時間でも、二人は彼女が自分の気持ちを素直に言える人間だという認識を持っている。言葉に詰まった姿は初めて見て妙に困惑している様子。まるで自分の気持ちを整理できていないかのようだと判断できた。

 海賊が嫌いなのか、それとも好きなのか、それさえ判別できない。

 

 妙な空気が流れ始めて言葉が止まった。

 しかしそれも数秒。

 一度目を閉じ、意を決した様子でシルクが何かを言おうとする。

 

 その瞬間、外で鐘が鳴り始めた。

 せっかくのタイミングで邪魔されてしまう。どうやら普段鳴らされる鐘ではないようで、パッと目を開けたシルクの顔には心配が浮かんでいた。

 会話のタイミングは失われてしまい、扉の方を見つめた彼女は剣を持って席を立つ。そのまま慌てた様子で、二人へ顔を向けて断りながら歩き出してしまった。

 

 「なんだろう。何かあったのかな。私、ちょっと様子見てくるね」

 「ん、そうか」

 「急がなくていいよ。こっちは勝手にやっとくから」

 

 扉が開かれてシルクの姿が見えなくなり、数秒、宿の中に沈黙が流れる。

 彼女が居なくなって少ししてから、ルフィが食事を再開する。それでいてそちらに集中するでもなく、何かを気にしていて表情はいまいち優れない。キリも肩をすくめている。

 二人は佇まいを変え、だらしなく座って話し出した。

 

 「聞いちゃいけない話だったかな」

 「んー、でも嫌いって感じでもなかっただろ。なんなんだろうなぁ」

 「あの子はね、海賊がこの町に置いて行った子供なのさ」

 

 カウンターの向こうから祖母の声が聞こえた。洗い物を続けながら顔を上げず、ぽつりと呟くような小さな声。思わず二人がそちらを見る。

 

 見えたのは小柄な体の小さな背。

 どんな表情をしているのかはわからない。しかし声色から感情は伝わった。

 決して喜ばしい声ではない。だが気落ちしている訳でもないだろう。感情が揺れ動いているようには聞こえない平坦な、静かな様子で祖母は語る。

 

 「今から十年以上前、あの子が赤ん坊の頃にね。この町に来た海賊に置き去りにされたんだ」

 「置き去り?」

 「略奪はなかった。ある日突然やってきて、あの子だけ置いて行ったんだ。私たちは困り果てたけど、町が壊されることがなくて安心したし、置いて行かれたのは生まれたばかりの赤ん坊。一人で生きていくことはできない。だから私が引き取ったのさ」

 

 動きを止めて集中する二人に、さっきよりずいぶん柔らかくなった声が届けられる。

 いつの間にか手を止めて、懐かしい記憶を辿っているのか。彼女は懐かしむ声を出し、視線は中空を漂いながらやさしく告げる。

 

 「親も分からない、自分の腹を痛めた子でもないけどね。赤ん坊には何の罪もないんだよ。見捨てて殺すことはできなかった。今はあんなに元気に育ってくれて、町のみんなとも仲良くしてるからね。間違ってなかったんだと思うよ」

 「へぇ。あいつ海賊の子なのか」

 「そうとも限らないけど、変わった境遇なのは確かだね。そうか、この町が宝か……」

 「恩を感じることもないんだけどねぇ。境遇を知ったせいなのか町を守るって聞かないんだ。私は武器を持つより、包丁を持って料理を学んで欲しいところなんだけど聞かなくて」

 

 穏やかな笑い声が聞こえた。どうやら良好な関係を築いているらしい。

 少し思案するような素振りの後、真剣に話を聞いていたルフィへキリが苦笑し、背もたれに体を預けて提案する。おそらく彼も同じことを考えていた。

 

 「勧誘は諦めた方がいいんじゃない? 望みは薄いよ」

 「んー、そうか。ここに宝があるんじゃしょうがないな」

 

 二人の声を聞いて祖母が振り返った。

 町がお宝。そう言ったシルクを思い出して微笑み、ふと聞いてみたくなったのだ。

 

 「二人にはあるのかい? 自分にとって大事なお宝が」

 「あるぞ。おれはシャンクスから帽子を預かってるから、これが大事なお宝だ」

 「ボクは――」

 

 ルフィに続いて答えようとしてキリが言葉に詰まった。

 咄嗟に考え始める。自分にはあるのだろうか。彼らが持つような“お宝”が。

 

 全て失くしたから東の海(イーストブルー)に戻って来た。持っている物など何もない。船も、仲間も、楽しい記憶さえ、全てあの海で失くしてしまった。果たして今の自分に何が残されているのだろう。様々なことを諦めていたせいか今になるまで考えたことはなかった。

 自分の宝は何だろう。

 真剣に考えても答えは出ず、彼はしばし黙り込んで考え込む羽目になった。

 

 真剣に悩み始めてしまったキリを見てルフィの表情が曇る。

 何か想うところがあるのか、珍しくも眉間に皺が寄せられていた。

 彼の言葉にはやさしさがあり、関わった時間に限らず仲間を想う気持ちがある様子である。

 

 「キリはないのか? 自分の大事な物とか」

 「うん……そうだね。ちょっと思いつかないかな」

 「じゃあこれから探せばいいじゃねぇか。海賊王までの道のりが長いって言ったのはキリだろ。だったら航海の途中で探せばいい」

 「なるほど。お宝探し、ね」

 「冒険してれば見つかる物もあるよ。おれも手伝うから一緒に見つけようぜ」

 

 一転して笑顔になって言った後、今度はキリの顔を指差し、怒った顔で言う。

 本当にころころ表情が変わって飽きない人だ。

 そんなことを想いながら、キリは怒られているという自覚もなく気楽な笑顔で話を聞いている。ルフィの意志を無視して傍目から見ても緊張感のない姿だった。

 

 「でも言っとくけどな、今のおまえの仲間はおれだぞ! それだけ絶対に忘れんなよ!」

 

 唐突な言葉にキリの目が真ん丸に開かれる。

 かつての仲間を思い出したことに気付いたかのようで、言っていないのだから自然と心を読んだかのような反応に思えた。驚くものの、直後にはなぜか笑いが込み上げる。

 

 「わかってるよ。同じになんて見てないって」

 「うん、わかってればいいんだ」

 「ちなみにさ、今のってヤキモチ?」

 「知らん」

 

 ようやく残りの料理を食べ終え、すぐに腹の中へ入れたルフィは再び皿を持ち上げる。

 

 「ばあちゃん、おかわりくれ」

 「あんまり頼み過ぎないでよルフィ。こっちは金がないんだから」

 「いいんだよ、お代なんて。こんなこと滅多にないんだから好きなだけ食べていきな」

 

 そう言われるとわかっていたのか、祖母はすでに準備を始めており、次の皿を持ってくる。

 これに対しルフィは心底嬉しそうに笑い、キリは仕方ないといった様子で苦笑していた。

 


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