ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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探し物

 岩蔵が駆るおでん屋のボートに導かれ、ゴーイングメリー号はおよそ二時間ほどで島の姿を確認した。無人島ではあるがそれなりに大きな島だった。

 望遠鏡で眺めればその島の特徴がいくつか目につく。

 まず北に位置する島で最も高い山。岩肌がむき出しで緑の姿はない。

 そこから離れた場所、ちょうど島の中央辺りに位置しそうな場所に、大きなクジラの像。

 さらに島の中央から見れば真東に城の姿が垣間見れる。

 

 少し変わった環境の島らしい。

 メインマストの上から望遠鏡を覗いたウソップが甲板へ降りる頃、すでに島の陸地へ近付いている。ちょうど上陸できそうな砂浜があった。メリー号は船底が浜にギリギリ触れる位置で止め、上陸する際には足を濡らすことになるだろう。船はすでに停泊する準備に入っている。

 すぐ隣にはおでん屋の船。こちらは砂浜に上がっても問題なさそうなサイズだ。

 

 ゆっくりと船が停まって作業が終えられる。

 降りてきたウソップが手を止め始めた皆を見回して言い始めた。

 一番に反応したのは笑顔のルフィである。

 

 「地図に載ってた特徴は大体見つけられたぞ。クジラってのも何かわかった」

 「ほんとかぁウソップ!」

 「島にでっけぇ像があるんだよ。高い場所にあるからすぐ見つけられたぜ」

 

 そう言ってウソップはルフィが持つ古びた地図を受け取り、手の中で開く。

 岩蔵から受け取った物だ。多少の汚れは見受けられるものの、大事に保管されていたようで描かれた景色は判別しやすい。

 

 特に目を引くのは端っこに記された文字。

 宝は眠る。南の丘より、クジラが西向きゃ尾は――。

 最後の部分は掠れていて読めず、判別が不可能な状態となっている。だが明らかにこれは宝の地図だ。海賊が作って所持しているような物をなぜおでん屋の岩蔵が持っているのか。島の位置や特徴を確認した後で、改めてウソップが首をかしげ始める。

 

 「しっかしなんであのおっさんがこんなの持ってんだ? こりゃどう見たって宝の地図だぞ。おっさんが海賊なわけはねぇし」

 「お店に来た海賊が忘れていったとかじゃないかな。ほら、海賊もお客さんとして扱うって言ってたし」

 

 帆を畳み終えたシルクが彼らの下へ歩み寄ってきて呟く。

 岩蔵が海賊でないことは誰も信じて疑わない。おでん屋一筋で今日まで来たらしく、興味も無ければ敵意もない。おでんを食いたいと言うならば味方にもなるが深入りはしないとのこと。

 怖い顔でも清廉潔癖な人格のようだ。それでいて海賊を忌むべき物としている訳でもない。

 だからこそ地図の入手経路が気になるものの、その疑念を晴らすかのようにキリが口を開く。

 

 「あの人が海賊じゃなかったとしても、海賊と知り合いだったって可能性はあるかもね。ウーナンの話になると顔色変わってたし」

 「知り合い?」

 「ってことはウーナンと顔見知りだったのか?」

 「でないと多分ボクらを使おうとはしないよ。わざわざおでんタダにしてまで」

 「なんであんたはおでんタダを神聖視してるのよ。そんな大した報酬じゃないでしょ」

 

 ナミが苦言を呈してくるものの笑顔で回避し、キリは島を眺めて続ける。

 確かにクジラの像が見える。方角的には西を向いているようだ。

 

 地図の存在は有難く、またそれをどうやって入手したかは漠然と聞いている。

 ある海賊が届けてくれた。

 それがウーナン本人か、或いはその部下だった可能性は高く、岩蔵が海賊の知り合いだった説は有り得るだろう。なにせ本人の口から情報が漏れたのだから間違いない。

 

 「海賊に頼んでまで探そうとするあたり、何か事情がありそうだ。ひょっとしたらウーナンはもう死んでるのかも。噂も流れてるわけだしね」

 「んなことない! おまえ勝手に決めつけるなよ」

 「そう? どしたのルフィ、気でも障ったかな」

 「おれたちが何のために冒険すると思ってんだよ。生きてるか死んでるか、それを確かめるためでもあるじゃねぇか。生きてるって信じる奴が一人でも居るなら、ほんとに生きてるかもしれねぇってことだ。冒険の前に決めつけるのはだめだ」

 「なるほど。確かにそうだ」

 「冒険はそのためにあるんだ。何も知らねぇ方が面白いだろ」

 

 腰に手を当てて笑うルフィにつられ、キリも肩をすくめながら笑う。

 いつになってもぶれない人だ。それだけ付き合い易いとも言えるがこうも変わらないと笑えてしまう。出会った瞬間以来、彼の自由さは相変わらずである。

 

 ともかく目的地には着いた。

 島に上陸してどう行動するかを決めなければならない。

 笑顔のキリが仲間たちを見渡して、懐から数枚の紙を取り出した。

 

 「ここは別行動といこうか。三人ずつで岩蔵さんたちの護衛チームと、海賊討伐チーム。どっちが見つけたとしても出会った敵は倒せばいいわけだ」

 「うし。そうするか」

 「待て待て待て! ただでさえこっちは六人しかいないんだぞ? 確かにこの前は勝てたけどよ、たったこれっぽっちで一個の海賊団に勝とうってのは無理があるんじゃねぇかな」

 

 話し合いを始めようとした一同を止め、異論を唱えたのはウソップであった。数秒前と違って表情に焦りが見える。かなり慌てている様子だ。

 何があったのだとも思うが、彼は自分のことを怖がりでネガティブだと言っていた。

 どうやらこの作戦に不満があるか、戦闘に関する不安があるらしい。

 必死にも思える顔で不思議な説得が始まった。

 

 「自慢じゃないがおれは海賊に会っても役に立てる気がしねぇ。援護ならできるが」

 「壁になる人がいるから大丈夫だよ。援護だけで」

 「いやいや、でも人数が違い過ぎるだろ。普通に考えりゃ海賊が十人より少ないって可能性はほぼないわけだ。六人しかいない奴らがさらに半分になるのは無理があると思わないか?」

 「一人一人が強ければ問題ないって。期待してるよキャプテン」

 「おまえらにはまだ言ってなかったかもしれないが、実はおれは持病を持っててな、島に入ってはいけない病なんだ……」

 「うん、わかった。それじゃ引こうか」

 「いや待てって!? やっぱりもっとよく話し合おう!」

 

 ウソップの叫びはあっさり受け流されてしまい、キリが丸めた紙を持つと各々が手を伸ばして触れた。恐る恐るウソップも一つに触れながらも、やはり表情は優れない。

 

 「赤く塗ってあるのが護衛チーム。印無しが海賊討伐。異論は?」

 「おれはあるって言ってんじゃねぇか! なぁ考え直そうぜ。別行動する意味なんてねぇだろ」

 「戦闘の前には情報収集だって必要だよ。それにウーナンの財宝がどこに隠されてるかも調べなきゃいけない。クジラが西向きゃ尾は、って奴も調べないと」

 「尾は東に決まってんだろ。クジラが西向いてるんだから、尾は東を向いてる」

 「そう思わせるために文字が消されてるのかもしれない。とにかく人手はあるんだし調べてみればいいよ。海賊を倒すだけじゃなくてね」

 「人手は足りてねぇんだって! 全員で行動した方が安全だって!」

 「イカサマは無し。せーので引くよ。せーのっ」

 

 またも叫びが受け流されて、一斉に紙が取られる。

 かくしてチーム分けは決定された。

 赤い印がつけられた紙を取ったのが三人。ルフィ、ウソップ、ナミである。

 気楽なルフィに対し、他の二人は途端に心配そうな顔になった。

 

 「しっしっし。おれたちがおっさんたちといっしょだな」

 「おぉぉおいっ! 心配した通りじゃねぇか! はっきり言っておくがおれは強くなんかねぇんだぞ! 援護以外戦っちゃいけない病だ! 引き直しを要求する!」

 「私だって嫌よ。戦う気なんてないからね」

 「心配すんなって。なんとかなる」

 

 能天気な言葉を吐くルフィの胸倉を掴み、焦りを募らせるウソップは猛抗議を始めるものの、激しく揺さぶられたところで冒険心に火を点けた彼は笑うばかり。対照的な二人を見て、ウソップと同じく不安を抱えていたはずのナミは嘆息してむしろ冷静になる。

 

 白を取ったのは他の三人。

 キリ、ゾロ、シルクと、ナミやウソップより先にルフィの仲間になった面々。互いの確固たる信頼を持つ安定したメンバーだった。

 彼らは彼らで不満もあるだろうが、怖がるウソップよりマシだろう。

 

 「一応聞くが、こりゃどっちの方がいいってわけでもねぇんだろ」

 「そうだね。海賊と会うかは運頼りだし」

 「なら納得しとくか」

 「あの、ウソップのことほっといていいの?」

 「いいんじゃないかな。やる時はやる男だよ、きっと」

 

 慣れているのか、騒がしい彼を止める者も居ない。

 話し合うルフィとウソップをそっちのけに、ナミが三人へ向き直ったところで、キリが彼女へ予定を告げる。本来ならばルフィが聞くべきだろうが彼では無視してしまう可能性もあるので都合が良い。やはりナミが居て良かったと思う瞬間だ。

 

 「先にボクらが上陸してあのクジラを調べてくる。ウソップが言う通り尾は東だったら苦労はないかもしれないけどね」

 「その通りじゃないってこと?」

 「あまりにも簡単すぎる。あんな像まで造るとこを見ると何か細工がありそうだ」

 

 島を眺めてそう言った後、キリがズボンのポケットから何かを取り出した。

 

 「何かわかったら連絡する。ってわけで、これ」

 

 ナミに手渡されたのは小さな電伝虫だった。

 唯一と言っていい通信手段。見ればキリのもう片方の手にも同じ物が乗せられている。

 

 「子電伝虫? いつの間に」

 「休暇の間にちょっとね。普通の電伝虫も船に乗せてあるよ。見てなかった?」

 「そっちは知ってたけど、まさかこれまで用意してるなんてね。用意周到だわ」

 「これがあれば別行動もやりやすくなる。ルフィから目を離さないようにね」

 「はいはい。はぐれたら厄介なんでしょ? それくらいわかるわよ」

 「多分クジラを調べれば宝の位置もわかるはずだ。位置がわかったらすぐに連絡する」

 

 笑顔で言ってキリが船首へ向かって歩き出し、ゾロとシルクへ振り返る。

 それに気付いてウソップが彼を見た。

 

 「ゾロ、シルク、行くよ。道に迷わないようについてきてね」

 「うるせぇ」

 「うん。私は大丈夫」

 「おぉい待てキリ! 船番はいらねぇのか!? メリーをこのままってのも危ねぇだろ!」

 「じゃあウソップが一人で残る? 襲われたらそれこそ大変だろうけど」

 「やっぱり援護は必要だよな。よしルフィ、おれが最高の援護でおまえを助けてやるぜ」

 「おっ、そうか。頼んだぞウソップ」

 

 新たな不安を聞かされて瞬時に表情が変わる。笑顔になったウソップはルフィのシャツから手を離し、急に親しげな態度で親指を立てた。それを見てルフィは嬉しそうである。

 独特のやり取りに苦笑した後、キリは船首付近の欄干を蹴って思い切り跳んだ。

 常人より軽い紙の体はふわりと飛び上がり、海に落ちる事無く砂浜へ立った。

 距離はそれなりにある。しかし風に乗ってか、空中に居ながら前へ進む力が強まったようにも感じ、今日は弱った様子がない。危険性を考慮してふざける態度は無しだった。

 

 ひとまず安心し、ゾロとシルクも船を下りる。

 彼のような芸当はできないため濡れるのも致し方なし。小舟もないので仕方なかった。

 足首までを海水で濡らして歩きつつ、ふと、あっとシルクが声を出す。

 

 「そう言えば、風を操る能力なら空を飛んだりできないのかな? ロギアじゃないけど、キリの動きを見てたら、ひょっとしたら高くジャンプすることはできるかもしれない」

 「おまえの能力は攻撃専門じゃねぇのか?」

 「でも自分の体に触れても斬れないんだよ。ずっと練習で指の周りに作ってたのに」

 「まぁ、おれは能力者じゃねぇから詳しくは知らねぇ。試してみりゃいんじゃねぇか?」

 「うん。そうだよね」

 「だからって今はやめとけよ。海水が跳ね飛ばされるだろうが」

 「あ、そっか」

 

 今気付いたとばかりにハッと口を開けたシルクは、恥ずかしそうに頬を掻く。

 そんな彼女にゾロは溜息を堪えなかった。

 

 「そいつを手に入れてから注意力が散漫になってやがんな。熱中しすぎだ」

 「えへへ……ちょっと、楽しくなってきちゃって」

 「鍛錬に熱心なのは良いがな、少しは他にも気を回せ。近頃あいつらに似てきてるぞ」

 「そ、そうかな。そんなことないと思うけど」

 

 二人が砂浜に辿り着き、微笑んだキリがメリー号を眺める。

 見送ろうと身を乗り出してくるルフィを見て軽く手が振られた。

 

 「それじゃ先に行く。そっちも気をつけて」

 「おう。また後でなー」

 

 三人は歩き出して砂浜の先に居る森へと入っていく。歩みに淀みはない。どこを目指せばいいかもわかっているし、恐怖心もない様子だった。

 キリを先頭にして二人が続いて、静かな森の中を進む。

 

 「ねぇキリ、ちょっと考えたんだけど、この能力を使って高くジャンプとかできないかな?」

 「移動に利用するってこと? 多分できるんじゃないかな。カマカマはボクの能力じゃないからわからないけど」

 「また無責任な発言を」

 「どんな風に進化させるかは能力者本人の考え方次第って場合もある。横から口出したって良い事ばっかりじゃないって。シルク、とりあえず試してみた方が早いよ」

 「わかった。うーん、頑張ってみるしかないか」

 

 和やかに話しながら行ってしまう三人を見送り、ウソップは戸惑いを隠せない。

 彼らには恐怖心がないらしい。何が待っているかわからないというのに堂々とした姿だ。

 今でも不安に苛まれて態度に表してしまう彼は不安そうに胸を押さえた。

 鼓動が速くなっている。

 本物の冒険とはずいぶん緊張する物だった。想像していたよりも緊張している。

 

 「ふぅーっ、む、武者震いが……この島に海賊が居るのか」

 「心配いらねぇって。おれは強いからね」

 「能天気に構えてる場合じゃないわよ。あれ見なさい」

 

 メリー号の上、ナミが指差した先を二人が見る。

 いつの間にか岩蔵とトビオが上陸しており、何を言うでもなく進み始めようとしている。片手に小さな鍋を持つ岩蔵は島で最も高い山を見ていてルフィたちに気付いていない。

 

 どことなく不穏な空気だった。

 ルフィは欄干の上に飛び乗り、しゃがんだ状態で岩蔵の背へと声をかける。

 

 「おっさん、どこ行くんだ? 今キリたちがどこ行きゃいいか探してくれてるからさ、もうちょっと待ってくれねぇか」

 「いや、悪いが心当たりがある。あそこしか考えられねぇ」

 「ん?」

 「あいつは昔から、宝を高い場所に隠す癖があった。きっとあそこに居るんだろう」

 

 ぽつりと呟かれた岩蔵の言葉は何やら訳があるように見えて。

 皆が表情を変える中で、ナミとトビオが疑問を言葉にする。

 

 「おじさん、やっぱり何か知ってるのね。宝の地図を持ってたのも偶然じゃなかったんだわ」

 「じ、じいちゃん、ウーナンの知り合いだったのか? なんでずっと黙ってたんだよ」

 「ああ……確かに奴のことは知ってる」

 

 岩蔵が目を閉じ、小さな声で呟いた。

 

 「あいつは、ウーナンはおれの幼馴染だった。ガキの頃同じ村で育ったからな……」

 

 どことなく寂しげに言って目を開く。

 その目はやはり島で一番高い場所を眺めていて、まるで友の姿を見るようだった。

 

 

 *

 

 

 「なんとなくじゃがここにルフィがおる気がする! 上陸するぞ!」

 

 大きなクジラの像が見える島に近付き、ガープは堂々と言い切った。

 上陸の理由は孫に会いたいがため。ただしその島に孫が居るとも限らず、情報を掴んだ訳でもなければ、自身の目で目撃した訳でもない。ただ航海の途中で目に入っただけ。ずいぶん島へ近付いているものの、海賊船の一つも見当たらなかった。

 

 完全な見当違いの可能性は高いと感じる。

 それでも軍艦の上は慌ただしく上陸準備を行っており、ガープは上機嫌に腕を組んで仁王立ち。

 傍らでは溜息を呑み込むボガードが呆れた口調で声を出す。

 

 「なぜあの島に居ると思ったんですか。私は全くそう思いませんが」

 「じいちゃんの愛じゃ!」

 「つまり根拠はないと」

 「しかしそう間違えた考えでもない。軍艦島とこことはそう離れておらんじゃろう」

 「それだけの理由では決定打に欠けると思いますが、まぁ、今更言っても無駄なんでしょう」

 

 堪えきれずに溜息を一つ。

 ボガードはかぶった帽子の位置を正しつつ、諦めの境地で言葉を続ける。

 

 「今しがたセンゴクさんから通信がありました」

 「また後でかけると言っといてくれ」

 「そう言うだろうと伝えておきました。まったく、いつになったら本部へ戻れるのやら」

 「孫の顔を一目見たら帰るわい。その時にはルフィも連れていくがな」

 「支部の者たちも困っていますよ。突然補給させてくれと立ち寄るものですから準備がない。せめて事前に連絡していれば対応も別でしょうが」

 「なら先に言っといてくれ」

 「もうやめましょうと言っているんです。ゆくゆくはコングさんまで出てきますよ」

 「ぶわっはっは! なぁに、その時はその時よ」

 

 甲板に仁王立ちで話す彼らの傍には、鍛えられた痕跡か、体に絆創膏や包帯を巻いたコビーとヘルメッポが立っていて、以前より少しは緊張が薄れた様子で不安そうにしている。

 

 コビーにとってルフィは恩人。

 ヘルメッポにとっては複雑な感情が消せないが、今は憎んでいると言えば嘘になる。

 今ここでガープと出会ってしまえば、彼の野望が果たされなくなってしまう気がしてハラハラする。上官に逆らえない身分にありながら、できれば出会わない方がいいのではと思ってしまった。

 

 願わくばこの島にルフィたちが居ないように。

 ガープへ声をかける寸前、そう考えていたものの、我慢できずに言葉にしてしまう。

 

 「あ、あの、ガープ中将。ルフィさんはぼくにとって恩人なんです。彼が居なければ海兵になる夢を叶えることができなかった。海兵として、恥ずべきことだとはわかっていますけど、できればルフィさんの夢を応援したいって思ってるんです……」

 「お、おいコビー、バカやめろってっ」

 「コビー。おまえがルフィに救われたのは結構。しかしそれとこれとは別の話じゃ。ルフィはわしの孫で、これは家族間の話になる」

 「それはそうですが……」

 「わしが目を離した隙に勝手なことをしおって。一度じっくり話さねばならん」

 「センゴクさんに何度叱られても勝手なことばかりするあなたが言いますか」

 

 ボガードの冷たい声が入ってくるもののガープは気にせず、すっかり注意は島へ向いている。

 コビーとヘルメッポは不安げに互いの顔を見合わせた。

 

 引き取られて以降、毎日行われる訓練によってガープの強さは嫌と言うほど思い知らされている。その片腕であるボガードも然り。あまりにも強い彼らの力は表現できる物ではなく、以前にルフィたちの強さも間近で見ていたが、とてもではないが敵わないだろうと想像するのが当然。

 

 海賊と海兵に分かれても友達だという認識がある。情がある。

 敵になったはずだが海賊を続けて欲しいと思っていて、できることならば止めたかった。

 だが止められない。相手は上官であるだけでなく、血の繋がりを持ったルフィの祖父。やはり彼と似ていると思う強引さと身勝手さがあって、とてもではないが止め切れなかった。

 長年付き合いがあるだろうボガードですら手を焼く状況。

 もはや彼らに為す術はないらしい。

 

 「ではこうしましょう。この島がもしはずれだったなら、大人しく本部へ帰る」

 「ふむ。当たりだったら?」

 「お孫さんを連れて本部へ帰る」

 「わかった。ではそうしよう」

 「ただし出会えたとして、万が一お孫さんに逃げられたとして、これ以上は付き合えません。何が何でもマリンフォードへ帰還してもらいます。いいですね?」

 「それは頷けん」

 「これが最大の譲歩です。もしこれ以上駄々をこねられ、捜索を続けるおつもりなら、いよいよ軍法会議も免れませんよ。そうなれば孫がどうしただの言っていられなくなります」

 「むぅ……仕方ないか」

 

 渋々といった顔でガープが頷き、ひとまず話は纏まる。

 しかしコビーとヘルメッポは妙な緊張感に苛まれていた。

 恩人と師匠とがぶつかってしまうかもしれない。彼らは家族なのだから本来ここまで緊張する必要もないのに、どちらも武闘家気質で身勝手過ぎるため、出会ってしまえばタダで済むとは思えないのだ。果たして戦わずに終えることができるのだろうか。

 

 「大丈夫かな……この島にルフィさんたちが居ないといいんだけど」

 「あいつらには苦汁を舐めさせられたが、ガープ中将に狙われるとなったらなんとも言い難いな。色々あったのに気の毒になってくるぜ」

 「だけど、居るって決まったわけじゃないよね」

 「そりゃそうだろ。なんたってガープ中将の思い付きだからな」

 「そうだよね。大丈夫、きっと問題なんて何も起こらないよ」

 「それはそれで複雑だけどな。少しくらいはあいつらが苦しい目に遭うってのも……」

 「もう、ヘルメッポさんってば。前のことは吹っ切ったって言ってたじゃないか」

 

 考え方を変えたことで多少は安堵できたか、二人の顔に笑みが戻る。今や肩をすくめて冗談まで言い合える姿だ。共に雑用として働く内にすっかり仲良くなったらしい。

 

 不安になっていたがよくよく考えればガープ中将の思い付きで立ち寄っただけ。

 この島に居るはずがない。

 安堵する二人へガープが振り返り、にっと口の端を上げて言われる。

 

 「コビー、ヘルメッポ、おまえたちついて来い。他の者は休んでおっていいぞ」

 「はっ」

 「私も行きます。時間稼ぎをされても困りますから」

 「そんなことせんわい。おらんかったらすぐに帰るわ」

 「今回の船出の時もそんなことを言ってましたが」

 

 軍艦は静かに島の岸壁へ寄り、足を止める。

 一番近くに見えるのは古びた巨大な城だった。

 


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