ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ウーナンの黄金編
“ウーナンの黄金郷伝説”


 一夜を海の上で過ごし、日が昇って航海を再開した後。

 しばし船室で海図を描いていたナミは上機嫌にペンを走らせていた。

 

 これまでの航海を一枚の海図に描き起こす。航海士としての役目でありながら、近頃はこの作業が彼女の趣味のようにもなっていて、いつか自分の手で世界地図を描きたいと思っている彼女にとって至福の一瞬だ。

 軍艦島での戦いで多くが失われてしまったが、描き直す行為もまた不満ではない。

 彼らとの航海で、自分の足で動き、自分の意志で海図を描くのは楽しいと思う。

 

 朝食の後、女性陣に割り当てられた一室でしばらく籠って描き続け、一段落したところでようやく手を止めた。まだ惜しむ気持ちはあるものの十分だろう。ほんの一時間ほどだが作業はずいぶん進んでいて、一度止めてしまうのが嫌になるほど。もっと描きたいと思うのはずいぶん久しぶりで、もう何年振りかのことだった。

 

 気が緩んでいるのだろうと自分で思う。

 軍艦島での出来事に加え、シロップ村での戦いを見ていた。

 彼女は船に忍び込んで宝を盗むだけだったが、彼らの戦いぶりを見ている。特にシルクの成長が目覚ましかった。悪魔の実を食べて以来の修練が形となったらしい。

 一人で戦うことになったと気付いた時には心底心配したものの、結果はシルクの勝利。

 単独での勝利にはほっとして、想像よりずっと喜んでしまったものだ。

 

 それではいけない、と思う心がある。一味を心配し、共に居ることを望むのは。

 出会った時はこうではなかった。一緒に居る内に彼らに絆されてしまったのか。自分では決して良い変化ではないと思っている。

 居心地の良さを感じているのを自覚して、今更になってまずいと気付いた。

 こうであってはいけない。だから疑おうと努めていたというのに。

 

 頭を振って溜息をつく。

 いずれ、別れなければならないのだ。あまり情を残さない方がいいに決まってる。

 意識して笑みを消し、ナミは甲板へ出た。

 

 今日も快晴。航海は問題なく進んでいる。

 ただ甲板へ出た途端に前方へゾロとシルクの姿を見つけ、あっと声を漏らしてしまった。剣を抜いて向かい合っている二人に心配事が生まれてしまい、気付けば注意してしまっている。そんな些細な行動さえも彼らとの距離を縮めていることに、おそらく彼女は気付いていない。

 

 「ちょっとあんたたち、何やってんの」

 「え? 何って修行を……」

 「あんたたちが暴れると船が壊れるでしょ。せっかく新しいの手に入れたんだから陸でやりなさい。戦闘でもないのに傷つけるわけにはいかないわ」

 「あの、一応気をつけてるんだけど」

 「だめよ。次の島まで我慢しなさい」

 

 まるで母親か姉のようにぴしゃりと言いのけ、腰に手を当てるナミに叱られてシルクはしょんぼりと剣を下ろす。確かに拾い物ではなく大事な自分たちの船だ。傷つけるのは忍びない。

 シルクがやめてしまったことでゾロも剣を納める。

 

 本気でぶつかっていた訳ではない。

 互いに手を抜いて動きの確認程度だったがそれもいけないようだ。

 すっかりやる気が削がれてしまってゾロは座り込み、頭の後ろで手を組んで脱力する。いつもと同じで寝に入るのだろう。彼の行動と言えば昼寝か鍛錬か戦闘くらいのものだ。

 同じようにシルクも剣を仕舞って、よしと表情を柔らかくするナミを目にする。

 

 最初に比べれば態度は確実に軟化しているだろう。

 こうして視線を合わせるだけでも以前との違いは明白で、ふとすれば顔が緩んでしまい、嬉しく想いながら何気ない会話を交わしていた。

 

 「あんたたちはいつものんきねぇ。で、静かだけどルフィたちは?」

 「ルフィならメリーの頭の上で寝てるよ。特等席なんだって」

 

 シルクの言葉に従って顔の向きを変えれば、羊の船首の上に寝そべるルフィの姿が見える。

 海に落ちる危険が付き纏う小さな場所で、うつ伏せになって眠り込んでいる。少し船が揺れただけでも落ちそうな姿であった。だが彼自身、起きる気配もなく爆睡しているらしい。

 やれやれと頭を振ってしまう。

 常人ならざる度胸を褒めればいいのか、危機感の無さに呆れればいいのか。

 ナミが溜息をつくとシルクが苦笑する。

 

 「まったく理解できない。なんで自分から一番危ない場所で寝るのかしら」

 「あはは……私もよくわからないけど。でもルフィはあそこが気に入ってるから」

 「変な奴ばっかり」

 「うーん、否定できない、よね」

 「もういいわ。それでキリは? 針路を見てるように頼んどいたんだけど」

 「キリならウソップといっしょだよ。船の後ろで何かしてるみたい」

 「針路は?」

 「見てなくていいって。そういえばゾロが見てればいいって言ってた」

 「はぁ?」

 「舵なら見てるぞ。あのでかい雲に向かって進んでる」

 

 欄干に背を預けてゾロが口を開く。視線は遠くの空。大きな雲が浮かんでいる。だがのんきな彼は雲の形が変わることも、動き続けることも失念しているらしくて、至って平坦な声だった。そんな返答が返ってくるとは思わず、能天気な反応にナミが頭を抱えてしまう。

 加えてキリが言ったという言葉。針路を見なくていいとはなんたることだ。

 

 スカートのポケットに入れていたコンパスを取り出す。

 船首の向きは進んでいたはずの方向からずれている。やはり針路は変わっていた。

 

 手を組んだだけの関係とはいえ彼女は航海士として頼られている。航海術を持つのはナミだけで、キリでさえ持つのは些細な知識のみ。にも拘らず彼女の決定に逆らいたいのだろう。

 一体どんな理由があってそんなことを言うのか、聞いてみたいと思った。

 

 この船に乗る者は皆が変わり者。

 中でも特に目につくのがルフィとキリの二人。この二人を表すならば読みやすい人間と読みにくい人間。どちらも似ているように見えて対照的だ。

 また溜息が漏れ出る。

 仕方ないといった調子でナミが苦笑し、思い悩むのをやめてシルクを見た。

 

 「ハァ、本人に直接聞くわ。あんたたちと居るとほんと疲れる」

 「ごめんね。色々迷惑かけちゃって」

 「まぁいいわよ。ちょっと慣れてきたとこだから」

 

 そう言い残してナミは移動を始め、船の後方へと向かう。

 船尾には座った状態でキリとウソップが向かい合っていた。辺りに色々な物を広げて何か作業をしているらしく、ウソップはどことなく真剣な顔で、キリはいつも通りの笑みだ。

 歩いて来るナミにも気付かず会話を続けていた。

 

 「戦闘なんてそう難しく考える必要ないよ。勝つために必要なことは一つ、敵の隙を突いて攻撃を当てる。これだけで十分」

 「んな簡単に言われてもよぉ。その隙を見つけんのが難しいだろ」

 「だから発想を変えるとさ、自分で無理やり隙を作っちゃえばいいんだ。能力者じゃない限り、構造上人体の弱点はそう変わらない。戦法さえ考えれば簡単だよ」

 「う~ん、例えば?」

 「そうだなぁ、例えば鍛えられない部分ってあるでしょ? 目とか鼻とか口とか。ウソップは狙撃手なんだし、その辺をズバンと捉えられれば相手の平静は崩し易い」

 「おまええげつないこと言うな。目ってのはなんとなくわかるけど、鼻とかっつうのは……あ、そうか。コショーを弾に仕込んでりゃ敵はくしゃみが止まらなくなるぞ」

 「あと味覚は鍛えようがないからね。辛味とか苦味とか甘味とか、尋常じゃないレベルならそういうので敵の動きが阻害できるかも。流石にルフィでも止められるよ」

 「なるほど……」

 「なに物騒なことしゃべってんのよ」

 

 近付いて来たナミにようやく気付いて振り返った。

 二人は彼女の顔を見上げる。

 

 「やぁナミ。海図は描き終わった?」

 「まだよ。そんなことより、針路を見といてって言ったはずでしょ。全然見てないじゃない」

 「まぁね」

 「あんた、やっぱりわざと?」

 「別に急ぐ旅でもないし、遠回りだって立派な航路だよ。ボクらの場合仲間も探さなきゃいけないしさ。今からグランドラインに直行ってのも味気ないでしょ」

 「だからって勝手にやる? グランドラインを目指せって言ったのはあんたでしょ」

 「言ったのはルフィだよ。それに邪魔しちゃ悪いかと思って」

 「ほんっとにこいつらは……あんたとしゃべってる時が一番疲れるかもね」

 「海賊相手にする時は素直にならないのが身の為だよ。これからも泥棒続けるんなら余計に」

 

 からから笑って平気で告げられ、ナミの表情が歪む。

 やりにくい相手だ。彼を見て感じる自由とルフィを見て感じるそれは全く違う。ルフィは見た目にも分かり易い人間だが、彼は静かで考えていることがわからない。

 底知れない何かを感じる瞬間が時折ある。

 笑みはそのまま、多少真剣みを増したように見える顔で静かに続ける。

 

 「海賊に勝つためにはそいつ以上の悪になることだ。こっちの業界には卑怯なんて言葉はないから、よく覚えといた方がいいよ」

 「ふん……お気遣いどうも。それで? グランドラインに向かわないならどこへ行く気?」

 「さぁ」

 「さぁって。じゃあこの船はどこに向かってるのよ」

 「たまには海に任せてみるってのもいいんじゃないかな。イーストブルーの海は穏やかだし」

 「呆れた。あんたくらいはちゃんとした人間かと思ってたのに」

 

 嘆息するが強く反発はしない。彼女とて真の目的は金を集めること。それだけ集められるようであれば、グランドラインでない場所だとしても抵抗はない。

 二人のやり取りを作業の合間に聞いていたウソップは首をかしげる。

 常識的な二人だと思っていたがどうにも仲は良さそうではない。そこが気になった。

 

 「ひょっとしておまえら仲悪いのか?」

 「そんなことないよ。多分」

 「別に悪くはないけどね、私は呆れてるの。あんたらに」

 「ボクも入ってる?」

 「当然。むしろあんたとルフィが一番の問題よ」

 「だってさ」

 「いまいち関係性がわからねぇよな。仲間じゃねぇ海賊専門の泥棒といっしょに旅するってよ」

 

 コショーの瓶を置き、作業を続けながらウソップが言う。

 ある程度の事情は耳にした。ナミは正式な仲間ではなく手を組んだだけ。大金を掻き集めるために協力しており、優れた航海術を持つため航海士の役割を任せていると。

 

 ルフィの言によれば、ルフィが船長。キリが副船長で、シルクとゾロは今の所は戦闘員。パチンコが得意なウソップには狙撃手を任された。

 立派な船を手に入れた今、いつまでも大砲が撃てない一味ではいられない。

 ウソップにかけられる期待は大きく、そこは彼自身も受けて立つといった様子だった。

 お調子者らしい気楽な発言だが、これで意外にやる男。皆も心配していない。

 

 「しっかし考えてみりゃどこに辿り着くのかわからねぇってのは恐怖だな。なぁキリ、とりあえずの目的地だけ決めといた方がいいんじゃねぇか?」

 「まぁねぇ。でもボクらイーストブルーの地理に詳しくないし」

 「実はおれも」

 「だから私が居るんでしょ。それなのに無視してくれちゃってさ」

 「心配しなくてもどこかには着くよ。海は広いって言っても陸はそこら中にある」

 「ハァ……ほんっとにもー」

 

 ナミが溜息をついて額に手を触れた。

 

 ちょうどその頃、船首の上で唐突にルフィが起き上がり、ガバッと顔を上げて海を見る。

 突然の行動に気付いたシルクとゾロの視線が集まった。シルクは海に向かって能力を使う練習をしていて、ゾロは眠りかけていたようだが突然の挙動に反応している。

 

 どうやらルフィは鼻を動かして何かの匂いを嗅ぎ取っているらしい。

 首を動かして海を見回す素振りは明らかに何かを探していた。

 不思議に思うシルクは彼の下へ向かいながら声をかける。

 

 「どうしたのルフィ? 何かあった?」

 「ん~……なんかいい匂いがする」

 「匂い? 何も匂わないけど」

 「うまそうな匂いだっ。なぁシルク、これどこにあるのか探そうぜ! きっとうまいものだ!」

 「うーん、匂わないけどな……」

 「おいキリィ! ナミィ! 船動かすぞ!」

 

 船首から飛び降りて甲板を駆けだしたルフィが大声を出す。

 すぐに反応した様子で、後部に居た三人もメインマストが見える位置までやってきて、その近くに立つルフィを見つける。唐突な命令だ。何事かと疑念を持って視線が向けられた。

 

 「どしたのルフィ。今度はどんな思い付き?」

 「うまそうな匂いがしたんだ。あれ探そう」

 「匂い?」

 「いや、おれは何も匂わねぇけど」

 「私も」

 「あの人だけ動物並みだからね。信憑性はあると思うよ」

 

 尚も上機嫌に甲板を駆け、欄干へ寄ったルフィはゾロの隣から海を指差す。喜々とした笑顔は振り返った先に居る三人へ向けられ、特に航海士のナミを頼っているようだ。

 

 「多分あっちの方からだぞ。間違いねぇって、絶対なんかある」

 「で、それを食べに行きたいってわけか」

 「まだ島には近付いてないはずだけど」

 「あっち行こう! おれ腹減ったぞ!」

 「もう聞く耳持たなそうだね」

 

 苦笑したキリが言えばナミも呆れた表情、ウソップも困惑して、他の二人は慣れた表情。

 ルフィのわがままに付き合って船の針路が変えられた。

 

 全員が動き出してそれぞれ作業を始める。

 不思議なのは不満らしき物が一切感じられないことだった。ただの思い付きで針路を変え、他のクルーが認識できずルフィだけがわかる匂いを頼りに海を進もうとしているのに。

 

 多少驚きながらも、ウソップもまた操船を行う。

 明確な目的もないため、不満がないのは確かだ。きっとこれがこの船の雰囲気なのだろう。

 船首の向きが変わり、メリー号の進むべき道が変えられる。

 

 「全速前進! 目指すはうまい匂い!」

 「その匂いってのがわからねぇんだけどな。なんでルフィだけわかるんだ?」

 「ウソップ、望遠鏡持ってる? 海に何かあるのかも」

 「ん? 持ってるけどよ、あったとしても海にある美味い物ってなんなんだ?」

 

 がま口の鞄から望遠鏡を取り出し、ウソップが前方を眺め始める。

 探そうとせずともすぐに何かが視界に入った。レンズに映ったそれはいまだ遠くにあり、小さく見えるため、まだかなりの距離があると思わせる。それでもすでに見える範囲にあった。

 ウソップは驚きを露わに呆然と呟いた。

 

 「あった……」

 「ほんとかウソップ! ほらみろ、だから言っただろ!」

 「物は?」

 「ありゃ船だな。小せぇけどただのボートじゃなさそうだし……店?」

 「うまい物売ってる店か。よぉし寄ってこう! ちょうど腹減ってきたとこだし!」

 

 声高らかに宣言するルフィにつれられ、メリー号は真っ直ぐに進む。

 奇妙なほど帆に風を受けるためスピードはどんどん上がり、やがてその場所へ到着した。

 

 辺りに島の姿がない海の上。

 見つけたのは小さな船だった。

 掲げられたのはおでんと書かれた暖簾と小さな旗。どうやら海上のおでん屋らしい。

 

 ルフィは目を輝かせて喜び、他の者たちも珍しい船に興味を向ける。

 海賊船が近付いて来たとあって、船に居た子供は驚いていたが、店主の男は動じていない。頭にタオルを巻き、むっつりと厳めしい顔で冷静にメリー号を見ていた。

 小舟の傍に寄ると帆を畳んで足を止める。

 ルフィはメリー号の船首の上で胡坐を掻き、その店の店主、岩蔵へ喜々として声をかけた。

 

 「おっさん、おでん売ってんだろ。おれたち六人なんだけどいいか?」

 「おめぇらは海賊か? それとも客か?」

 「海賊で客だ。金なら払うからおでん食わせてくれ」

 「金を払うんなら海賊でも客だ。で……注文は?」

 「しっしっし、全部くれ! おれ腹減ってんだ」

 

 そう言ってルフィがおでん屋の小舟に飛び移り、一足先に席へ座った。

 すぐさまキリも欄干へ寄ってルフィを見るのだが、制止の声を遮るように口を開きながら、ゾロもおでん屋へと飛び移って椅子へ腰掛ける。

 

 「ルフィ、こっちの貯金のことだってあるんだからさ、全メニュー制覇とかそういうのは――」

 「おでーんっ!」

 「おいルフィ、一人で全部食っちまうなよ。それと酒はあんのか?」

 「ああ。物は限られるがな」

 「へっ、そりゃいいや」

 「おーい。誰か聞いてくださーい」

 

 二人は話も聞かずに、目の前の物にのみ集中している。

 無視される形となったキリはやる気を失くして制止を止めた。金の心配はあるもののルフィを止めるのは容易ではない。要するにめんどくさがったのである。

 

 キリがやる気を失くしてしまったことでルフィの食事は始まった。

 客と知って岩蔵はすぐにおでんを皿へ乗せ、彼の前に置く。警戒心はない。相手が海賊であったところでケチる様子もなくおでんを提供していた。隣へ座ったゾロにも一皿渡し、次に酒瓶を持ち出して彼へ寄こす。無愛想ながらサービスは上々だった。

 

 「うまほ~っ!」

 「おまえら食わねぇのか?」

 「流石にそのサイズで全員は乗れないでしょ。六人だよ」

 「なら皿だけ運んでやる。トビオ、持ってってくれ」

 「あ、うん」

 

 岩蔵が呼びかけると呆然としていた子供が我に返ったかのように表情を変える。まだ十歳前後の男の子だ。岩蔵の親類らしく、彼に呼ばれると働き始める。

 お盆にいくつかの皿を乗せて、メリー号まで歩み寄った。

 横付けしているとはいえ高低差はある。そのままでは渡しにくいだろうとキリが手を伸ばし、差し出してくるトビオからお盆を受け取った。危うく落としかけるところだったが無事に船上へ運ばれる。湯気が立つ皿には美味そうなおでん。思わずウソップが喜びの声を上げた。

 

 「ど、どうぞ」

 「ありがとう。美味しそうだね」

 「う、うん……あんたたち、本物の海賊?」

 「そうだよ。ドクロを掲げてる船はみんな海賊だ」

 

 笑顔でキリに告げられ、トビオはメリー号のメインマスト、その天辺を見上げる。

 風にはためく旗はドクロ。麦わら帽子をかぶっている。

 それが海賊であることの証明。

 

 彼らは本物の海賊だ。

 トビオの顔に笑顔が生まれ、初めて目にする海賊に好奇心が堪えきれなかった様子だ。

 

 「すげぇ、本物の海賊なんだ」

 「海賊に何か思い出でもある?」

 「おれも海賊になりたいって思ってたんだ! だって海賊の伝説っていっぱい聞くだろ!」

 

 受け取ったお盆からそれぞれの手に皿が渡される。

 皿を受け取りながら、ウソップはトビオに笑顔を向けた。彼もまた海賊に憧れていた男だ。子供とはいえ同じ想いの人間を見つければ嬉しさが込み上げてくる。シルクもおそらく同じ気持ちであって、二人より少し後ろだが微笑んでいる。

 

 対照的に困った顔をしたのはナミだ。ここのところ出会うのは海賊に憧れるか、好意的に見る人間ばかり。長らく培われてきた固定概念に反対されてばかりで納得いかない。

 

 「そうか、おまえも海賊が好きなのか。海賊はいいぞぉ。なんたって冒険にお宝にロマンがある。海賊ってのはこの世で最も楽しい人種さ」

 「そうだろ! おれもいつか、海賊になって冒険してみたいんだ」

 「海賊に憧れる子って、意外と多いんだね。ルフィもウソップもそうだし、私もどっちかと言えばそっちだったから」

 「無責任なこと言うんじゃないわよ。おじさんいいの? 自分の身内がそそのかされてるわよ」

 

 肯定的な二人に対してナミだけが苦言を呈する。

 海賊が関わるとなれば無事に暮らせる保証もない。従って我が子を海賊にしたくないのは市民にとっての当然だと考えていた。きっと岩蔵も否定するのだろうと思っている。

 岩蔵は答えない。

 しばらく黙ったまま調理を続け、代わりにウソップがナミへ振り返る。

 

 「別にいいだろ。こいつは子供かもしれねぇけど男だ。自分の生き方くらい自分で決めるさ」

 「そうさ、自分で決める!」

 「家族に迷惑かけてでも? おじさん、止めるなら今の内よ。悪い大人が言いくるめない内に」

 「別にいい。てめぇの生き方くれぇてめぇで決めりゃいいさ」

 「ほらみろ」

 「なんであんたが得意げなのよ……」

 

 カウンターの向こうから岩蔵が平坦に告げる。

 不思議とこの一瞬、一同はその言葉に釘付けとなった。

 

 「自分の生き方は自分で決めればいい。海賊でも、おでん屋でも。だがなトビオ、これだけはよく覚えとけ。黄金は笑わねぇ。どんな道に生きても金に憑りつかれねぇようにすることだ」

 「え? あ……うん」

 

 妙に真剣な声色だった。トビオは虚を衝かれて言葉を失ってしまう。

 普段岩蔵とは喧嘩ばかりしているものの、そんな声色や、そんな言葉は聞いたことがなかった。初めての経験に驚きが隠せていない。

 

 不思議としばしの沈黙があって、ただおでんを食べる時間が続いた。

 ルフィは全く気にしていないが他の面子は同じではなく、今の言葉を噛みしめているらしい。

 時間にして数十秒の沈黙を置いて。

 再びトビオが笑顔を浮かべて話し出す。戸惑いは消し切れていないが、せっかく本物の海賊に会えたのならば、聞いてみたいことがあった様子だ。

 

 「な、なぁみんな、ウーナンの伝説、知ってるか?」

 

 トビオの言葉にウソップが喜色を表し、同じくシルクやゾロも反応した。あいにくその他の面子、ルフィやキリやナミは知らないといったばかりにきょとんとした顔になる。

 真っ先に答えたのはキリだった。

 

 「ウーナン? 知らないな」

 「ほんとかよキリ。イーストブルーじゃ有名な話だぜ」

 「そうなんだ。しばらくイーストブルーにいなかったからさ」

 「そういやそんなこと言ってたか。いや、でも確かウーナンは一時期グランドラインにも入ってたはずだけど」

 「へぇ」

 「ウーナンは伝説の海賊なんだ。数えきれないほどの黄金を集めて、夜になっても黄金の輝きで海が昼みたいに照らされたんだって。だから黄金の海賊って呼ばれてた」

 

 楽しそうに語るトビオの目は、その海賊に憧れているのだと分かり易く伝えている。

 自然と彼らもその話に興味を持ち始めた。

 

 黄金の海賊、ウーナン。

 残念ながらキリはその名を知らず、伝説についても聞き覚えはない。相当な有名人なのだろうか。その場の数名の反応を確認する限り、決して無名ではなさそうだ。

 気になって試しに尋ねてみる。

 

 「シルクも知ってる? そのウーナンって海賊」

 「うん。さっきウソップも言ってたけど、一時期グランドラインに入ってて、確か懸賞金は六千万ベリーくらい。イーストブルーに戻ってきたって噂になった時はすごかったんだよ」

 「ふぅん、黄金を集めた海賊か。今も生きてるの?」

 「数年前から行方がわからなくなってる。生きてるかどうかはわからないよ」

 「生きてるよ! ウーナンがそう簡単に死ぬわけない!」

 

 感情的になってトビオが答える。どうやら憧れの念はかなり強いようだ。

 夢中でおでんを食べていたルフィも思わず振り返る。

 海賊に憧れていた子供時代と言えば彼も同じ。赤髪のシャンクスに憧れて海賊になった。

 思うところあってか、穏やかな目でトビオを見つめる。

 

 「そりゃ、ウーナンに関する話はどこにも流れてないけど」

 「そのウーナンって奴、強いのか?」

 「さぁな。噂が聞こえねぇんでとっくに死んだんじゃねぇかって話だ」

 「うっ……」

 

 口を動かしながら呟いたルフィに応じ、ゾロが答える。おでんに舌鼓を打ちながら酒を煽って上機嫌。しかし場の空気を感じて些か真剣な表情だった。

 ゾロの一言にトビオの表情が曇る。

 そちらから目を離して、口の中の物を呑み込んだルフィがにかっと笑った。

 座る向きを変えて仲間たちに向き直って、いつもの楽しそうな態度で告げられる。

 

 「よし、そのウーナンって奴を探そう。いい奴だったら仲間にするんだ」

 「はぁっ!? おいおいルフィ、そりゃマジか!?」

 「ウーナンを仲間にって、そんなことできるわけないだろ! ウーナンは大海賊なんだぞ!」

 「そうか。でもおれは大海賊で止まる気なんかねぇし」

 「え……?」

 

 ルフィの笑顔はトビオに向けられる。

 訳が分からないと表情で表す彼に対し、至って自信満々に告げた。

 

 「おれはさ、海賊王になるから」

 「か、海賊王?」

 「そのウーナンって奴がどんな大海賊か知らねぇけどよ、誰が相手でも負けるわけにはいかねぇんだ。だから大海賊だからって頭を下げんのは嫌だな」

 

 神をも恐れぬ不遜な態度である。堂々と言われた言葉はトビオにとって衝撃的で、訳がわからないと思う一方、自信満々で常人とは違う姿から初めて彼を海賊らしいと思った瞬間だった。

 ただ、反応したのは岩蔵だ。

 今まで興味がなさそうにしていた彼が急に口を開き、静かな声で尋ねられる。

 

 「おまえたち、ウーナンに会いたいのか」

 「ああ。おっさん知ってんのか?」

 「え? じいちゃん?」

 「ウーナンの生死については知らん。だが、奴がアジトにしていた島なら知ってる」

 

 岩蔵の言葉に全員が注意を奪われた。

 特にトビオは初めて聞かされる言葉を耳に驚愕している。知っていてなぜ教えてくれなかったのか。海賊になりたいという話は前からしていたし、ウーナンに憧れていることも知っていたはずなのに。そんな話は今日まで一度もされたことがない。

 それについて語ることもなく岩蔵が続ける。

 さっき以上に真剣な顔つきになっていて、何やら茶化せない雰囲気が漂っていた。

 

 「おまえたち海賊だろう。海賊と戦うことはできるか?」

 「当たり前だ」

 「なら一つ頼みたいことがある。おれは、ウーナンがアジトにしていた島に行きたい。だが今その島はある海賊たちの根城になっている。ウーナンが隠したと言われる財宝を探すためだ」

 「黄金ね」

 

 目を光らせたナミが鋭く質問する。すると岩蔵は素直に頷いた。

 

 「黄金があるのかないのかは知らんし、興味もないが、海賊が居たんじゃ近付くこともできん。そこでだ。おまえたちおれをその島へ連れてってくれ。代わりに今食ったおでんの代金はいらん」

 「おでんをタダにするだけで海賊を倒す? 条件が見合ってないわよ、交渉にもなってない。それになんか怪しいわね。ひょっとしたら私たちが黄金を手に入れた後で横取りしようって腹なんじゃないの? 最近は海賊じゃない相手も信用ならないから」

 「いいじゃないか、おでんタダ。ルフィを抱えるボクらには魅力的だよ」

 「お黙り海賊。そんな安い条件で頷いてどうするのよ。主婦かあんたは」

 

 異論を口にするナミだったが、真剣に考えたルフィは勝手に決断する。

 仲間たちの意見も聞かずに笑顔で頷いた。

 

 「いいぞ。要するに海賊をぶっ飛ばせばいいんだな」

 「ちょっとルフィ」

 「心配するな。黄金に興味はない。見つけりゃ全部おまえらにくれてやる」

 「それなら、まぁ……」

 

 渋々頷くナミだったが、そう言った岩蔵に疑念が隠せない。なぜ黄金を必要としていないのに伝説の海賊を求めるのか。おそらく全員が疑問に思っていたことだろう。

 聞いてみたい気もするが、その前に岩蔵がぽつりと呟いた。

 

 「おれはただ知りたいだけだ。あいつがどんな答えを出したのか」

 「じゃあ決まりだ。その島に行ってウーナンを探そう。その前におっさん、おかわりくれ。ケンカするなら今の内に腹ごしらえしとかねぇとな」

 「あ、そう言えば言い忘れてましたけど、ルフィの食い放題ほど怖い物はないと思いますよ。約束ですからお代の方は、ね」

 

 真剣な空気もルフィとキリの態度によって台無しにされてしまう。

 

 結局真意は聞き出せぬまま、一行はウーナン探しの航路に乗り出すこととなった。

 その中でも特に戸惑いの色を強めているのは、トビオ。

 自身の祖父とウーナンにどんな繋がりがあるのか。

 全く読み切れない状態で彼らとの航海が始まってしまった。胸中はもやもやするばかりである。

 


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