戦闘から幾ばくかの時を置き、すっかり習慣となった朝一のウソップのホラ話が聞こえないと知って、村人たちが驚いていた頃。出航の時は刻一刻と迫っている。
北の海岸には一隻の帆船が停められている。
羊の船首を持つ可愛らしい外見の船で、サイズはそこまで大きな物ではない。
海賊船と呼ぶには少々独特。しかし見せられた面々の反応は上々だった。
その船を用意した執事、メリーは目を輝かせる麦わらの一味を前に、丁寧に説明を始める。
「おほぉーっ、すんげぇ! 羊だ羊!」
「少々型は古いですが、私がデザインしました。カーヴェル造り、三角帆使用の船尾中央舵方式キャラベル船、名前はゴーイングメリー号と申します」
「ゴーイングメリー号……これがおれたちの船かぁ」
上機嫌に船を見つめるルフィは非常に上機嫌。溢れる冒険心を抑え切れない表情で以前も見たことがある。隣で苦笑するキリは肩をすくめて彼に問いかけた。
「どうだろ船長、気に入った?」
「ししし、おう! やっと船見つかったな」
ルフィは大層気に入った様子で、一味の中でも一番彼の反応が良い。ナミやシルクもゴーイングメリー号を見つめて楽しそうに話しており、ゾロでさえ満足そうに笑みを浮かべている。
やっと船が用意できた。これで本格的な航海を始められそうである。
その船をくれると言ったカヤは皆の顔を眺めて微笑んでいた。
これだけ喜んでくれるなら譲った甲斐があるというもの。
後悔や迷いなど一切なく、船長だと名乗ったルフィへ声をかける。
「航海に必要そうな物はすべて積んでおきました。いつでも出航できますよ」
「ありがとう。踏んだり蹴ったりだな」
「至れり尽くせりだ、アホ」
腕組みしたゾロがルフィへ言う。難しい言葉を使おうとしたのはいいとしても使い方を間違えている。普段から抜けた場所があるもののそんな部分には呆れた様子だった。
和やかな空気が流れている。
戦闘から数時間。クロの裏切りを知った後でもカヤは微笑んでいて、気落ちした様子はない。
今はこの場に居ないウソップは家で荷物を纏めている最中。彼が島を出ることにも意見はしていない。大人びていると言えばそれまでだが、年齢に見合わぬ姿だった。
はしゃぐ麦わらの一味を見る目はやさしく、それでいて少しそわそわしているらしい。
この場に居ない彼を待っているためか。
それからそう時間も置かずに坂の上から叫び声が聞こえてきて、全員がそちらへ振り返る。
自分の体より大きなリュックを背負い、下敷きにされるウソップが勢いよく転げ落ちてきていた。荷物を詰め込み過ぎたのはわかるがそれでも驚くほど大きい。凄まじい勢いで坂を下ってきて、軌道はゴーイングメリー号へ一直線。その前に立つルフィが小首をかしげた。
「ぎゃああああっ!? だ、誰か止めて~ッ!」
「なんであんなにはしゃいでんだ? あ、わかった。航海が楽しみでしょうがねぇんだろ」
「どう見ても助けを求めてるだろ。おまえの耳は天才か」
「止めた方がいいんじゃない? このままだと船が大破だよ」
「むっ、それはだめだな。よし、止めよう」
前へ歩き出したルフィは自らウソップへ向かっているようで、転がってくる彼へ接近する。
真正面から接触する瞬間、右足を上げて前へ突き出した。
ドスンと大きな音。
回転の勢いは止まって、ウソップの顔面に蹴りが入れられた状態だったものの、なんとか止まった。草履の裏を顔面で感じながら彼が弱々しく礼を告げる。
「ど、どうもありがとう……」
「おう」
「あははは。騒がしい登場だねウソップ。掴みはバッチリだよ」
「笑ってる場合か。あれの下敷きになってよく死ななかったもんだぜ」
明らかに許容量を超えているのに破れていないリュックを見やり、呆れたゾロが溜息をつく。
母親が死んで一人暮らしをしていると言っていた。荷物を一つ残さず持ってきたのだろう。とても一人で持てる物ではなくて、仕方なく彼らも動き出す。
せっかくの出航の瞬間。
だらだらしてしまって気力が折れるのは避けたいところ。
一人で運べないだろうリュックをウソップから受け取り、まだ話があるのだろうと、キリとゾロが先に船上へと運び始めた。ただしキリは能力を使っており、自分の手では運んでいない。ゾロは目敏くそれを見つけてしかめっ面で文句を始める。
「これくらいてめぇの手で運べよ。横着すんな」
「運んでるよ、ちゃんと」
「そりゃ例の傀儡って奴だろうが。それがおまえの手か?」
「考えようによってはそうだと思う」
「ハァ。まぁ手伝ってるあたりまだマシか」
「あ、一人で運んだ方が鍛錬になるよね。手伝っちゃってごめん。やっぱやめとく?」
「いいから運べ。こんな程度で鍛錬なんて言うつもりはねぇよ」
「大きな偉業も小さな一歩からだよ」
「なんだそりゃ」
「誰かの言葉」
「へぇそうかい。だがてめぇがサボりたいからって使う言葉じゃねぇだろ」
いつもの調子でなんだかんだと言いながら協力し、二人が船へ乗り込んでいく。
彼ら二人に続いてシルクとナミも歩き出した。
どうやらナミは船の構造に詳しいらしく、キャラべルという言葉に反応していた。それを知っているシルクは興味津々に質問を始めている。
「ナミは船のこととか詳しいの? キャラベルって何?」
「あんたね、そんなことも知らないで海賊になるつもりだったの?」
「う、だって教えてもらったことだってないし。初めて聞いたから」
「仕方ないわね。いい? キャラベルってのは、操舵性に優れた小型の船で、特徴は――」
ナミの講義を聞きながらシルクは真剣に頷き、乗船する。
これで残っているのは二人。
ルフィはウソップへ振り返ると笑顔で誘う。ただ彼はすぐに動き出そうとしなかった。
「行こうぜウソップ。おれたちの船だ」
「ああ。でもちょっと待ってくれ」
「ん?」
ウソップはカヤへと向き直った。
互いに笑顔を向け合って、別れを惜しむ風でもない。笑顔で見送ろうとしているようだ。
思えば、こうして外で会うのは初めてだったか。
いつもは屋敷の中と庭とで話していた。こんな状況は初めてだったと今更気付く。
晴れ晴れとした笑顔のウソップを見つめ、カヤはやさしく微笑んでいる。そこに悲しさは感じられない。男の船出を見送ろうという健気な態度であった。
「わりぃな、船までもらっちまって。本当にいいのか?」
「ええ。みなさんなら大切に使ってくれそうだし、それにたまにしか乗らなかったから、この子もきっとみんなといっしょに旅に出た方が喜ぶわ」
「へへっ、そうか」
照れた様子で鼻の下を擦り、ウソップが胸を張る。
何しろ気分が良い。
海賊となって航海に出る。これほど心が躍った瞬間があっただろうか。
今までホラ話として様々な冒険の話を聞かせたが、今度は違う。嘘にはならない。本当に自分が海賊となって様々な冒険を経験する。
決意も込めて、彼女を見やって言葉を向けた。
「じゃあおれ行くよ。でも心配すんな、ルフィたちといっしょに世界を一周して、勇敢なる海の戦士になったらまた戻ってくる。おれの故郷はここだけだからな」
「はい。待ってます」
「楽しみにしとけよ。今度は嘘よりウソみてぇな冒険譚を聞かせてやるぜ」
「ふふ、楽しみにしてます。体に気をつけてくださいね」
「おう!」
ルフィに続いてウソップも乗船し、甲板の上で途端に大声を張り上げる。
後悔はなく、あるのは溢れんばかりの冒険心だけ。
出航の時がようやく訪れた。
「よぉし野郎ども! 出航するぞ、錨を上げろォ!」
「おいウソップ! なんでおまえが言ってんだよ! 船長はおれだぞ!」
「なにぃ!? おれがキャプテンじゃねぇのか!」
「バカ言え、おれがキャプテンだ!」
騒々しい様は締まらないが、ゴーイングメリー号は動き出した。
船上はがやがやと賑やかで笑顔が絶えず、ウソップやルフィが欄干から身を乗り出して手を振っている。カヤも笑顔でそれに応え、ゆるりと手を振った。
ゆっくり遠ざかっていく船を見つめながら、ふとカヤが傍に立つメリーへ声をかける。
「メリー」
「はい。なんでしょうお嬢様」
「嘘をつくのって辛いわ」
「ええ……」
微笑みがわずかに崩れ、寂しそうな顔で呟く。
彼女は本心を隠していた。きっと止めてはいけないのだと知っていて。
メリーは納得した様子で頷いた。
「ウソップくんを、引き止めたかったことですか」
「……うん」
振っていた手を下ろして、きゅっともう片方の手を握る。
クロの計画を知った時には傷ついた。しかし今の方がよっぽど寂しいと思う。
そんな彼女の様子を知ってメリーが話し始める。
「そう言えば村人から聞いたことがあります。この村に住む、ある嘘つきの少年の話――」
そうしてメリーは昔話を始め、カヤは耳を傾けた。
同時刻、シロップ村ではウソップ海賊団の三人が集まっており、ウソップを見送ることもせずある一つの決意を固めようとしていた。
にんじん、ピーマン、たまねぎが集まって話しており、妙に緊張した顔である。
「ほ、本当にやるのか?」
「当たり前だ。おれたちはウソップ海賊団だぞ。キャプテンの後はおれたちが継ぐんだ」
「その通り。よ、よぉし」
村の入り口に立った三人は全くの同時に大きく息を吸い込み、駆け出しながら叫び始めた。
「海賊が来たぞーっ!」
*
出航してしばらく。
離れたばかりの島が点になって見える頃、船上では騒がしく準備が進められている。
ルフィは当初、ウソップを歓迎するために乾杯しようと言い出した。そこへ待ったをかけたのがキリ。その前にゴーイングメリー号を立派な海賊船にしようとの提案があったのである。
前に帆船を乗り捨てて以降、海賊旗はアピスに託したままだ。
彼らが海賊を名乗るには黒い旗を掲げる必要があり、新しく作ろうと布とペンキが揃えられる。
甲板へ六人が集まって顔を突き合わせていた。
「ウソップ、絵は得意?」
「当ったり前よ。手先の器用さならこの中でだって負けないぜ」
「じゃあウソップに描いてもらおう。マークはもう決まってるんだ」
「どんなマークだ?」
キリが提案したことでウソップが頷く。
印の無い旗を前に説明が始まり、麦わら帽子をかぶったドクロマークだと伝えられる。すぐに納得した様子で頷かれた。早速ペンキを使って作業が始まる。
ルフィたちは安心した様子で任せていた。
工程を見ずとも信頼しきって、互いに顔を見合わせて話すくらいには船の入手を喜んでいる。
「いやぁーいい船だよなぁ。やっと海賊らしくなってきた」
「まだ出航したばっかりだろ。そう言うのは早ぇんじゃねぇか」
「そうだ、帆にも描こう。そしたらかっこよくなるぞ」
「帆にも? 大変だよ、かなりおっきく描かなきゃいけないもん」
「あんたたち相変わらず危機感ないわね。まだ次の航路も決まってないのよ? せめてそういう話し合いは目的地決めてからにしたら?」
「目的地はグランドラインだろ。もう決まってるじゃねぇか」
「ほんっと能天気なんだから……」
「よし、全員でやろう。それなら早く終わるだろ?」
上機嫌なルフィが言いのけると同じ頃、顔を上げたウソップが声を上げる。
黒い旗を持ち上げて全員へ振り返る。
「よぉしできた!」
「え~! ほんとかウソップぅ!」
「ああ、ほら!」
マークが見せられた。が、そこに描かれているドクロは明らかに以前と違っている。誇らしげな顔のドクロは鼻が長くて、後ろに描かれる交差した骨の一本はパチンコ。ご丁寧に頭にはバンダナを巻いて、誰がどう見てもウソップを模したマークだろうと思えた。
自然とルフィの腕が伸び、むっとした顔で頭が殴られる。
ゾロも呆れた様子で腕を組んでいて、ナミは絵の上手さに驚きつつも溜息をつき、シルクは困った顔で苦笑していた。ただその中でキリだけが楽しそうに笑っている。
「どうだ、この完璧なデッサン力! おれ様にかかりゃあこれくらいは――」
「マーク違うじゃねぇか」
「おまえ、乗り込んで早々乗っ取ろうとするんじゃねぇよ」
「あっはっは、いいねウソップ。すごく上手いよ。ウソップのマークだ」
「笑ってる場合じゃないでしょ。まったくどいつもこいつも」
「まぁまぁみんな、落ち着いて」
彼なりのジョークだったようで、船上は良くも悪くも騒がしくなる。ルフィは怒った顔を見せながら描き直しを要求するものの、見守っていたはずのキリは大笑いしていた。
まったくもって個性的な面子である。
ウソップはルフィにせっつかれながら描き直しを始め、渋々といった顔ながら楽しげだ。
「まぁー今はキャプテンの座はおまえに譲っておくけどな。あんまり不甲斐無いようならおれが取って代わっちまうから気をつけとけよ」
「心配いらねぇよ。おれは誰にも負けねぇから」
「それいいねウソップ。ウチの一味所属で自分の船持てばいいんだよ。麦わら船団一番船船長、キャプテン・ウソップ。どう? かっこよくない?」
「おぉっ、そういうのもいいな!」
「なんだよウソップ、せっかく仲間になったのにやめる気か?」
「別に今すぐじゃないよ。それに仲間をやめるって意味でもない。将来の展望を話してるのさ」
「おれは仲間と離れるなんて嫌だぞ。みんないっしょに居りゃいいじゃねぇか」
「でも人数増えるとこの船に乗れなくなるし。他の船を用意する必要もあるかもしれないよ」
「それもそうか。じゃあしょうがねぇな」
「いや今ので説得されちまったのかよ、おい。もうちょっと反論あってもいいと思うぞ」
二人と話しながらもウソップは今度こそ麦わら帽子をかぶったマークを描き終わり、見事な出来栄えで仲間たちへ見せる。こうして見ればキリの絵よりも上手だった。
一同ようやく納得した様子で頷き、笑顔になったナミがいの一番に声を出す。
「うん、上手い! やればできるじゃないウソップ」
「へへっ、これくらいおれの手にかかりゃ朝飯前よ。おまえらおれを尊敬し、褒め称え、キャプテン・ウソップと呼んでも――」
「なぁウソップ、次は帆に描こうぜ。そっちの方がかっこいいだろ」
「せめて最後まで聞けよ」
出来栄えの良い海賊旗に気分を良くしたルフィは、ウソップの手を引いて帆を見上げられる位置まで移動し、二人で構想を考え始める。大事な海賊船の見栄えを決めるのだ。いつしか二人とも真剣になって話し合い、指差してマークの大きさを決めようとしている。
そうして二人が傍を離れたことを機に、ゾロがキリへ歩み寄る。
腕を組んで厳めしい顔。普段より緊張感を持っている。
様子の違う彼の顔を見るとキリは笑みを称えたまま少し小首をかしげた。
「今のがおまえの企みか?」
「何が?」
「船団がどうのって言ってたろ。様子がおかしいと思ったらそんなこと考えてやがったか」
「まぁね。例のクロネコ海賊団だっけ。あれも脅して傘下にでもしようかと思ったけど、予想以上に弱くてやめちゃった。どうせ連れてくならもっと役立つ連中じゃないと」
「おれたちの傘下か……」
「いずれ必要になるさ。前みたいな状況なら特に」
シルクとナミも少し離れて、ルフィとウソップの話し合いに参加している。
聞いているのは彼だけ。
キリは笑顔で、ひどく穏やかに続ける。
「ルフィはその辺り無頓着だ。気に入った人を仲間にしようとして、楽しい冒険ができればそれでいいってタイプ。支配を望まない代わりに大きな戦力も望んじゃいない」
「まぁな。その分自分が強くなりゃいいって腹だろう」
「それだけじゃきっと足りない。成り上がるためには頭を使うのも必要だ。だけどルフィはその辺り深く考えてないだろうし、気ままに進めばいいって考えだろうね。ボクがやらないと。一味を大きくして、どんな敵にも負けない戦力を整える」
「一人で全部背負い込む気かよ……そりゃ重いだろ」
「失うよりよっぽどマシ。それにゾロが気付いてるから十分だよ」
「損な役回りだな。それでいいのか?」
「うん。これがボクらの在り方なんだと思う」
二人は楽しそうに話している面々を見つめた。
ルフィは今日も能天気に笑っている。それでいいのだと、彼が語る。
ゾロはキリの話を聞きながら複雑そうな表情となっていた。
自己犠牲。そんな言葉が思い浮かぶ。
それを苦としている訳ではないため止めようもないが、果たしてキリをこのままにしておいていいのか。ロストアイランドでの横顔が忘れられずに逡巡する。
また気付かずにキリが穏やかな声で言った。
「ボクは気に入ってるよ。すごくめんどくさい人だけど、ルフィはボクの中じゃもう王様だ。願いを叶えてやりたいって思うし、手助けしてやらないといけない」
「で、おまえがあいつに仕える騎士だってか?」
「騎士より軍師の方がいいなぁ。そこまで誠実じゃないから。騎士はゾロがやればいいよ」
「あいつが王様じゃ国民が可哀想だな」
「でも退屈はしないんじゃないかな。毎日が騒がしくなって」
冗談を言ってやっと空気が緩み始めた頃、安堵できた訳ではないがゾロも表情を柔らかくする。
あっちもこっちも、言って変わるタイプではない。
不安が消える様子ではないため見守るしかないのだろう。傍で見ている限り、水に弱いという弱点以外にもキリには目が離せない部分がある。それが仲間への執着だ。
古巣が全滅した話を耳にしている。だからこそ彼が何をしでかすかわからないと思う。
気をつけなければならないと再確認した。
密かにゾロが決意を改めると同時に、ルフィが二人へ手を振る。
何も考えていなさそうな気楽な笑顔。それを見た途端に二人とも苦笑して溜息をついた。
「よぉし決まった! みんなで描くぞ!」
「待て待てルフィ、おまえ下手らしいじゃねぇか。頼むから何もしてくれるな。おれたちでなんとかするからよ」
「え~?」
「メリー号のためを想え。帆にペンキ塗って失敗したら最悪だぞ?」
「枠だけ作ってくれれば色塗るくらいはできるよ。ルフィもシルクもね」
「わ、私のことは言わなくていいから」
慌てふためくシルクへ注目が集まり、肩を揺らしたキリがペンキを持ち上げる。
大きなキャンバスにマークを描くのは時間も手間もかかりそうだ。しかしそれを嫌がる人物など船上に一人も居なくて、むしろ喜々として寄ってくる。
「さっさと終わらせて祝杯でも上げよう。新しい仲間とボクらの船に」
「おう!」
全員で作業に取り掛かる。
まずはウソップが大枠を描き、他の面子が色を塗っていく作戦。そうすれば絵が下手なルフィやシルクでも足手まといにならないだろうという配慮である。
作業は問題なく進められた。
ただしやはり騒がしさは変わらず、ただ色を塗るだけでも一同は大騒ぎをしていた。
トラブルメーカーはやっぱりルフィで、彼の些細な行動が事を大きくしてしまう。
「あぁっ!? おいルフィ、ペンキひっくり返すなよ! メリー号が汚れる!」
「あぁ~っ!? やべぇ~!?」
「ちょっとルフィ、危ないからその手に持ってんの置きなさい! こらっ、こぼすな!」
「みんな暴れちゃだめだって! あ、危ないから!」
「相変わらずみんな楽しそうだね。飽きないの?」
「悠長に言ってねぇでおまえも止めろ! 全部ひっくり返しちまう気か!」
ドタバタと騒がしく、落ち着く暇もない時間だった。
叫んで慌てて、体を汚しつつ、それでも作業は思いのほかスムーズに進む。
最初は怒っていた面々も時間につれて細かいことなど気にしなくなり、不思議と楽しくなって、童心に帰って騒ぎ始める。
描き終えるまでかかった時間はおよそ一時間。
帆に描かれたマークが完成した時、甲板は多少汚れてしまっていた。
同じく彼らの服や体もペンキに汚れて、しかしさほど気にした様子もなく帆を見上げる。
風を受けて前へ進む帆船。
海賊船、ゴーイングメリー号の完成だった。
横に並んで晴れ晴れとした笑顔。頬を撫でる風にも気分が良く、張られた帆を正面から見ることができて、疲労も手伝ってか最高の出来栄えに見えた。
「できた! いやぁー、やっぱかっこいいなぁ」
「だろ? やっぱおれが描いたからなんだぜ、実際」
「あんだけ騒いで完成形がこれってのはある意味奇跡だな。汚れずに済んだのは助かったが」
ゾロが甲板を見ると思わず唸ってしまう。
ペンキのせいで中々カラフルな様相だった。
改めてお互いを見てみれば、笑ってしまうような姿の者も少なくない。
「あっひゃっひゃ! キリ、髪の毛が真っ赤だぞ。赤髪だな」
「ルフィこそ白くなっちゃってるよ。白髪だね、まだ若いのに」
「あははは、バーカ。あんなにはしゃげば当然でしょ」
「もう、笑ってる場合じゃないよみんな。ナミも汚れちゃってるよ、せっかくきれいな髪なのに。あとでお風呂入らないとね」
普段は険の強さを感じるはずだったナミも朗らかに笑い、ひどく楽しそうにしている。
船上には笑顔が溢れていた。
これから汚れた甲板を掃除して、体を洗って、後片付けをしてとやることも多かったが、その前にやるべきことがある。キリとゾロが動き出し、用意していた酒樽とジョッキが運ばれてくる。
新たな仲間と新たな船に乾杯を。
全員の手に酒を注いだジョッキが渡り、酒樽を囲んで円になった。
麦わら帽子をかぶったドクロの眼下、互いの笑顔を向けられる。
「いやぁ長かったね」
「おまえらが騒ぐからだろうが」
「あんたも人のこと言えないでしょ。止めたいんだか騒ぎたいんだかわからなかったじゃない」
「とにかく、ほら、そろそろ始めよ? ルフィ、号令お願い」
「よぉしそれじゃ改めて、ウソップとゴーイングメリー号に乾杯だァ!」
「よろしくおまえらぁ~!」
六人が掲げるジョッキが勢いよくぶつけられて、中身を飛び散らせながら乾杯された。
船上には再び笑い声が帰ってきて、しばし小さな宴が繰り広げられることになる。