ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

56 / 305
ギガparalyze(5)

 クロの姿が消えた。

 それだけを見ればさっきと何も変わらないというのに、なぜかシルクの表情が変わる。

 素早く振り返る表情は驚愕を表していて、しばしキリもウソップも理由が知れなかった。

 その口からは信じられない物を見たと言わんばかりの声が漏れ出す。

 

 「えっ――!?」

 

 直後、坂の中腹に突っ立っていた海賊の一人が、突如切り裂かれた。

 命を奪うための一撃。刃は深々と肉を裂いて爪痕を残し、腹から胸にかけて肉が抉れ、大量の血が撒き散らされる。辺りは一瞬で騒然となった。その攻撃に覚えがあるらしい。

 無音の高速移動に、速度を利用した強烈な攻撃。クロにとっての必殺技であった。

 その姿を捉えることはできず、また止めることもできない。

 辺りにある空気は明らかに一変していた。海賊たちの悲鳴が如実にそれを表しているのである。

 坂の上に居る三人はそちらを見下ろして戸惑いを隠せなかった。

 一体何が起こっているのか。シルク以外は認識さえできていない。

 ウソップとキリにも見えなかった。

 重なる悲鳴を耳にしながら、焦りを見せたウソップが叫ぶ。

 

 「な、なんだ!? なんであいつらが攻撃されてんだよ!」

 「シルク、今のはあいつが?」

 「う、うん。確かに向こうへ行った。でもどうして仲間をっ」

 

 次に切り裂かれたのは岸壁だった。硬い岩を切り裂いて爪痕が残り、耳障りな音が鼓膜を揺らして誰もがそちらを見る。

 この時すでに海賊たちは理解していた。

 この技を知っている。クロが最も恐ろしくなる瞬間だ。

 恐れおののき、悲鳴を上げ始めた海賊たちは口々に喚かずにはいられない。

 一人残らず顔面に恐怖を張り付けており、冷静に振舞える者など一人としていなかった。

 

 「しゃ、杓死だぁ!?」

 「殺される……おれたち全員殺されるんだ!」

 「おいおまえら、キャプテン・クロに勝てるんだろ! 助けてくれぇ!」

 「おれたちまだ死にたくねぇよーっ!」

 

 辺り一面、次々に爪痕が刻まれていく。

 岸壁、木々や草むら、或いは人間も。目につくすべてが無慈悲に切り捨てられる。止める術はない。少なくとも海賊たちは怯えて立ち往生するのみだった。

 三人もまだ平静を取り戻せない。

 かなり速い。あちらが傷ついたと思えば数十メートルを駆けて次はこちら。とても目で追える速度ではなく、ますます加速していくかのよう。

 ここは異常な光景だ。

 あまりの恐怖にウソップは震え、暴れ回る風にシルクは息を呑んだ。

 

 「な、なんなんだ。一体何が起きてんだよっ」

 「あの人だよ。すごいスピードで走ってる……しかも、攻撃は滅茶苦茶。私たちを狙ってるんじゃないんだ。風の軌道が読み切れない」

 「この技のこと知ってるみたいだ。一人残らず怖がってるね」

 

 また一人、海賊が斬られた。元は部下だっただろうに血を噴いて倒れ込む。

 周囲の物が斬られ、深く傷跡をつける耳障りな音が残るのに、足音は一切感じない。

 激しい攻撃でありながら静か過ぎる。

 ちぐはぐな状況が恐怖心を煽り、やはり彼は強者なのだと理解せざるを得なかった。再びその恐怖を思い出し、海賊たちの悲鳴はさらに大きくなる。

 

 「杓死は、無音の高速移動から繰り出す無差別攻撃! あまりにも速く走り過ぎて本人でさえ周りが見えてねぇんだ! ただ触れた物を切り裂くのみ! 敵も味方も関係ねぇんだよ!」

 「あの人はおれたちを殺す気なんだ! 頼む、誰か止めてくれぇ!」

 

 悲痛な叫びを聞いてシルクとウソップの表情が歪む。

 彼らは心から恐れている。死への恐怖に直面して子供のように泣きじゃくっていた。

 その声が聞こえない訳もあるまいに、クロが止まる様子はない。

 木々が切り倒され、草むらが潰れ、海賊たちが倒れていく。三人の周辺も決して無事ではない。森や地面、ありとあらゆる場所に爪痕がつけられて、当たっていないのは奇跡に等しかった。

 表情が強張り、声が震える。

 剣を握る手に力が入って、シルクは冷静に見ていられる状態ではなかった。

 

 「ひどい……仲間を傷つけるなんて、どうしてそんなこと」

 「最初から生かして帰す気はなかったんだ。自分の計画の足がつかないように、全部終わった後に殺す気だったんだろう」

 「それじゃ、あいつら自分が死ぬのに協力してたってことか!?」

 「本人には知らされずにね。だからあれだけ狼狽してる」

 

 冷静に話していると紙のドームが切り裂かれた。

 硬化して守りを固めていたはずが、一部が剥がされてしまい、衝撃は内部にまで伝わる。

 誰一人として怪我はない。だが恐怖を与えるには十分だったはずだ。

 

 「きゃあっ!?」

 「お嬢様!」

 「まずいっ」

 

 慌ててキリがドームを作る紙を動かし、穴を塞ぐ。それだけで止まらずに手持ちの紙をすべて防御へと使った。厚みを増すために紙が独りでに宙を舞ってドームに張り付いていく。

 ひとまず五人は守れるだろう。

 ただ敵の迎撃には手が回りそうにない。

 キリは真剣な眼差しでシルクを見る。

 

 「紙は全部防御に使う。悪いけど手伝えない」

 「それでいいよ。私がなんとかしてみる」

 「お、おぉい、おれも乗せてくれっ」

 

 身の危険を感じたウソップもドームの上へよじ登って、辺りを見回した。

 凄まじい勢いで地形が変わろうとしている。崖の一部が斬られて岩が崩れ落ち、木々が倒れて、とても個人の力で起こっている光景とは思えなかった。

 ウソップは改めて戦慄する。

 ただ足が速いだけの男ではない。

 岩や木を切り崩すだけの頑丈さを持った武器に加え、速度が合わさって威力が増しているのか。

 こうなれば彼にもどうすることもできず、後はシルクに任せるしかない。

 彼女は自ら坂を下り始め、ドームから少し離れた位置で足を止めた。

 

 「ねぇキリ、そこに当たっても平気?」

 「一撃だけなら」

 「おいおい無茶すんなよ! こん中にはカヤたちもいるんだからな!」

 「一撃だけ。これで足を止めるから」

 

 眼前に剣を構え、しばし目を閉じる。

 まるで嵐だ。暴風があちこちへ駆け抜けていって、とっくに反応できる速度ではない。

 ならば相手が避けられないだけの攻撃を放てばいいだろう。

 咄嗟の判断でそう決めた彼女はタイミングを見計らって目を開く。

 剣に風を纏わりつかせ、それを振るうより先に自身がその場で回り始めた。独楽のようにぐるぐる回数を重ねていき、一周するごとに剣に纏わせた風が強くなり、大きくなる気配がする。

 いつ放てばいいか、慎重に考えた。ただし放つ時にはほとんど当てずっぽうだ。

 今だと思った根拠も理由もないものの、彼女は回転した状態で風を放つ。

 彼女を中心に周囲へ広がった風の刃はあまりにも強力。何より目には見えない暴力であって、そして強い。解き放たれた刃は確実に高速移動中のクロを捉え、斬り飛ばした。

 どうやら腹を斬ったらしい。血を噴きながら力なく宙から落ちてくる。

 それだけでなく、坂を走った風は岸壁をさらに細かく切り崩し、海賊たちの傍を通れば彼らの肌さえも切り裂き、軽傷とはいえ血をまき散らさせ、その先にあった炎の壁を吹き飛ばしてしまった。一方で反対側、坂道を通って上まで駆け抜けた刃はドームの一片を切り崩す。

 突然外の光景が見えた五人は驚きを表情に張り付けていた。

 ウソップも心底驚いている。

 杓死が生み出す光景を見てビビっていたのに、それをあっさり止めたのは同年代の少女。しかもたった一撃。何をしたかも定かでない内にクロが倒れている。

 目を見開く彼の隣でキリが笑っていた。

 

 「やっぱセンスあるなぁ。ボクは能力手に入れたばっかりの頃あんなに使えなかったもん」

 「と、止めちまった。あいつすげぇな」

 「ウソップだって十分すごいよ。敵の幹部一人倒して、船長にも一発お見舞いしてやったんだから。自信持っていいって」

 「レベルが違うだろ。これが、本物の海賊なのか……」

 

 固唾を飲んで見守っているとクロが立ち上がる様が見える。

 傷は深く、疲労は相当。もう立てそうにない風体でありながら諦める素振りはない。まさしく執念のみで立ち上がってくる姿は鬼気迫る雰囲気がある。

 しかしそんな彼と対峙し、シルクはちっとも怯む様子はなかった。

 使い慣れた剣を正眼に構える。

 

 「ぐっ……お、おのれ……!」

 「もう終わりだよ。あなたの負け」

 「ふざけるなっ。どれだけ、手間をかけたと思ってる……」

 

 上半身をだらりとさせ、腕から力を抜く。

 

 「どれだけ、時間を使ったと思ってる……」

 

 顔を上げ、シルクを見つめて、再び血走った目で睨まれた。

 シルクは冷ややかな態度でそれを見つめ返す。

 

 「おれの計画は、絶対に狂わないッ‼」

 「無理だよ。あなたじゃどう転んでもルフィには勝てない」

 

 足に力を込めて走り出そうとした一瞬。

 数秒早くシルクが剣を振り抜いて、風の刃を飛ばしていた。

 その刃が先程までとも少し違う。

 厚みがあるとでも言えばいいのか、凝縮された風が小さな嵐となって、刃の形で飛んでいく。周囲へ放ったそれよりよほど強力で、まるでもう一振りの剣のよう。

 だが風であるせいで目に見える物ではない。

 クロにそれを見切れた様子はなかった。

 

 「鎌居太刀(かまいたち)!」

 「がぁぁっ――!?」

 

 再び吹き飛ばされたクロの体は確実に切り裂かれており、更なる血が噴き出した。

 地面へ落ちる頃には意識を失っていて、ずいぶんな距離を運ばれて、海賊たちの眼前へと落ちる。味方であったはずが彼らは背をのけ反らせて驚いた。

 一人でクロを倒してしまったシルクに視線が集まる。

 胸を張って怒った顔の彼女は全員を見回し、強い口調で言いのけた。

 

 「さぁ、全員船に乗って出て行って。それともまだ戦いたい?」

 「ひぃっ!?」

 「言っておくけど私、ここから斬れるからね」

 「し、失礼しましたぁ~!」

 

 海賊たちは恐怖心から逃げ出し始め、船へ乗り込もうとする。しかしそれをすぐには許さなかったのが坂の下で待っていたゾロだ。刀を一本だけ抜いて全員へ威嚇を始める。

 

 「おい、まだ忘れ物が残ってんだろ」

 「ひぃっ!? こっちも!?」

 「あれを持って帰らねぇんなら、おまえら全員おれが相手してやるが。どうする?」

 

 くいっと顎で指し示されると、倒れたクロについて言っているのだと気付く。

 本音であればおいて帰りたい。次に目覚めた時、自分たちの命の保証などないのだから。

 だがここで異を唱えればまた自分たちが襲われると思い、彼らはすぐにクロの体を抱え上げ、這う這うの体で船へ乗り込むため駆け出して行った。

 今度はゾロも阻止せずに見送る。

 

 「し、失礼しましたぁ~!」

 「張り合いのねぇ連中だ。結局あいつら二人だけかよ」

 

 動けない仲間を連れてドタバタ去っていく相手に物足りなさを感じ、不満そうな顔のゾロだったが刀を納め、大人しく彼らを逃がしてやる。

 改めて辺りを見回すと相当な変化があった。

 よっぽど相手が強かったか、それともシルクが暴れ過ぎたか。

 今回ほとんど何もしていないゾロは退屈そうに腕を組む。

 ニャーバンブラザーズより強い敵が居たのだ。少し早まってしまったかもしれない。

 戦闘を終えて思うのは、もっと強い敵と戦いたかったということだけの様子。汗の一つも掻かずに、焦るどころか退屈で、これからは冷静に敵を選ぼうと思う。

 彼がそうしていると敵船に乗り込んでいたらしいナミがどこかから近寄ってきて、手には重そうな袋が一つ、別段普段と何も変わらない様子だった。

 

 「やっと終わったのね。意外と手間取ったみたいじゃない」

 「んなことねぇ。楽勝だ。おまえこそどうだったんだよ」

 「ダメ、不作。外見はああでも乗ってるお宝は少ないんだから」

 「そりゃ災難だな。まぁ、こっちは一応無事に終わったらしい」

 「一応?」

 「おれも蚊帳の外だった。またあのバカが面倒だとか言いやがったせいでな」

 「あ~……いつものことね」

 「フン、納得し難ぇけどな」

 

 合流するため二人は坂道を上り始めた。

 坂の上ではドームの上からキリとウソップが降り、紙を回収している最中。不思議な光景に子供たちが驚くものの、今はそんな場合ではなく、怪我をしているウソップへ詰め寄っていた。

 気まずいムードである。

 一人は村を守るため体を張って止めようとした男で、五人は一時とはいえ彼を信じなかった。

 カヤがウソップを見つめるが、いつもと様子が違っている。どことなく悲しげで、言葉もないようだ。申し訳なく想う気持ちが大き過ぎて普段通りに接するのが難しい。

 メリーもまた、大きな後悔を抱えている。カヤを守るためとはいえピストルまで取り出してしまったのだ。彼が左腕に包帯を巻いているのは、その時の怪我のせい。

 子供たちも妙に無口で戸惑っているらしかった。

 辺りに会話が無く、静まり返って、逃げていく海賊たちを見ながらウソップが口を開いた。

 答えるのは紙を回収し終えたキリである。

 

 「終わったのか?」

 「そうだね。これでもう大丈夫だ。多分戻ってくる気もない」

 「そりゃ死にかけたわけだしな……よし。ふぅ」

 

 息を吐いて額の汗を拭い、やっと落ち着ける。

 自分が何をしていたのかが今頃になって受け止められるようで、今すぐにも足が震えそうだった。しかしそうなればきっとみんなが気を遣ってしまう。気を張って全身の震えを止め、ウソップは腰に手を当てて胸を張ると、彼女たちの顔を見て笑顔になった。

 声は大きく元気に。普段と変わらない姿で声がかけられる。

 

 「わっはっはっはっは! どうだおまえら、見事に騙されただろ! おれが普段から嘘をついてるから、敢えて本当のことを言うことで村人全員騙してやった! 中々の高等テクニックだぞ」

 「あの、ウソップさん、私……」

 「いいんだ。もう全部終わった。おれはいつも通りに嘘をついて、村には海賊なんて来なかった。今日もいつも通りの朝が来て、みんな平穏無事な日々を送るんだ」

 「キャ、キャプテン、それって」

 「これくらいの怪我なら珍しいことじゃないしな。おまえらと冒険して何回もあっただろ?」

 

 驚く面々の表情を受け止め、やけに晴れ晴れとした笑顔だった。上手く言葉にはできないが、以前とは明らかに違う雰囲気が感じられて、その姿が大きく見える。

 臆病で逃げ足の速い小僧ではない。

 そこに居たのは同一人物ながら、おそらく違う人物だろう。そう思わせるほどの変化があった。

 

 「ここでは何もなかった。おまえら、それで話を通せるか?」

 「なんで! だってキャプテン、村を守ったんだよ!」

 「そうだ、みんなキャプテンを見直すのに! 冒険よりよっぽど良い事したのに!」

 「こんな時まで嘘つかなくたって……!」

 「まぁー確かに気持ちはわからないでもない。でも終わったことをいちいち言いふらして不安を煽ることもねぇだろ。こんな小さい村、海賊が狙うこともねぇんだ。今まで通りそれでいい。それにな、おれはこれから次々と伝説を作っていくのさ。それに比べりゃこんな話は小さい小さい。どうせみんなに言うならもっともっと大きい話の方が自慢できるだろ」

 

 笑顔で言うと、子供たちはぐっと唇を噛む。

 やっぱりいつもの彼ではなくて、だけど嫌いになるような態度じゃなかった。

 ウソップは彼らの顔を一つ一つ見つめながら伝えていく。

 

 「おまえらおれの大事な仲間だ。そのおまえらが胸張ってウソップ海賊団で良かったって言えるように、おれは嘘じゃない本物の冒険で、おまえらが誇れる海賊になってやる」

 「は、はいっ! わかりました!」

 「おれたち、このこと一生誰にも言いません!」

 「ぼくらもキャプテンが誇れる仲間になります!」

 「よし! それでこそ誇り高きウソップ海賊団だ!」

 

 満足気に頷いたウソップは、次にカヤへ目を向ける。不意に真剣な表情となった。

 彼女も真剣に話を聞いていて、今の言葉から何かを感じ取った様子。

 どこか儚げな微笑みを称えている。

 

 「カヤ、おまえは辛いか?」

 「いいえ……ねぇウソップさん」

 「ん?」

 「ありがとう。それと、ごめんなさい」

 「謝んなって。いつも通りのことしただけなんだから」

 

 ウソップがにかっと笑ったことで、カヤもくすりと笑う。彼の気遣いが温かくて心が安らいだ。一連の出来事も今の言葉も、感謝の念が止まらない。

 ふと、カヤが視線の先を変える。

 見たのは見知らぬ三人。眠りこけるルフィとその隣に座ったキリ、傍へ歩み寄ったシルク。口を挟まずに彼らのやり取りを見ている。知らない顔だがやけに穏やかな気質だった。

 本当の冒険をするんだと言った。

 今までカヤが数々聞いてきたホラ話ではなく、自分が体験する本当の冒険を。

 その言葉だけで彼の覚悟が伝わるようで、嬉しいやら悲しいやら、複雑な胸中で口を開いた。

 

 「行ってしまうんですか?」

 「……ああ。もう決めたんだ。おれはこいつらといっしょに海へ出る」

 

 力強く吐き出された言葉にカヤが目を伏せる。

 メリーや子供たちは驚いている表情で、半ば信じられないといった様相だった。

 

 「おれは海へ出て本物の海賊になる。理由は一つ! 海賊旗がおれを呼んでいたからだ!」

 「えぇっ!? キャプテン、海賊になるんですか!?」

 「む、村を出ちゃうってことですか!? どうしてそんな急にっ」

 「勝手過ぎるよ! ぼくら何も聞いてないのに!」

 「おまえらにも世話になったな……村のことは任せた。みんなにはまぁ、上手く言っといてくれ。このまま何も言わずに去るつもりだから」

 

 ウソップは子分とも言える子供たちの顔を眺めた。

 にんじん、ピーマン、たまねぎと、一人ずつ目を合わせて笑顔を向ける。

 涙はない。今まで見たことがない表情。やさしいのに頼もしくて、決意を感じる。

 気付けばもうただの少年ではなく、いっぱしの男だった。

 傍から見ていて、メリーとカヤは感嘆の溜息をつく。

 

 「カヤと村のみんなを守ってやってくれ。血の繋がりがどうとか関係なく、この村の人間はみんなおれの家族だ。おれの代わりをおまえらに託すぞ!」

 「はいっ! 誰が来たって守ってみせます!」

 「キャプテン! おれたち、離れ離れになっちゃうけど……一生ウソップ海賊団だから!」

 「ぼくも! キャプテンの仲間になれたことが誇りなんだ!」

 「へへっ、そうか。そこまで言うなら、おれだってずっとおまえらのキャプテンでいてやる」

 

 鼻の下を指で擦って、冗談っぽく言えば声が震えそうになったが、それも抑える。

 朗らかな笑顔でみんなを見回す。

 こうして向かい合うのも最後でしばしの別れ。一生会えない訳ではないが長い旅路になる。言いたいことは次々溢れてくるものの、言葉にできたのはほんの一部でしかない。

 

 「おまえら、夢はあるか?」

 「はい! 酒場を経営することです!」

 「大工の棟梁になることです!」

 「小説家になることです!」

 「おれは、ガキの頃からずっと夢見てた。勇敢なる海の戦士になることだ!」

 

 堪えきれなくなって子供たちが涙を流し始めた。必死に堪えようと唇を噛むが、一度流れ出してしまった後ではもう止められず、大粒の涙が頬を濡らす。

 それを見てもウソップは泣かない。

 別れを惜しむ気持ちはある。しかし夢を叶えるチャンスを得た今、溢れる冒険心が全身に力を漲らせる。今すぐ叫んで走り出したいほどに歓喜を持っていた。

 胸の内に広がるのは、寂しさよりも途方もない希望。

 だからこそ決意は揺らがないものとなっていたようだ。

 

 「それぞれの野望の火を絶やすことなく、己の道を突き進むことをここに誓え! だけど忘れるなよ、たとえどれだけ離れていても、おれたちはずっと仲間だ!」

 「はいっ!」

 

 その場に居る全員へ聞こえるほど大声で誓いが立てられた。

 出会ったばかりの麦わらの一味も、それを聞いて微笑んでいる。

 ウソップという男、嘘つきだなんだと言いながら、案外頼りになりそうな男だ。それは誰もが認めるところ。今の一言だけでも信頼に足る覚悟があると言えるだろう。

 納得する様子で座ったキリが傍に立つシルクを見上げると、目を合わせて笑い合う。

 そんな時に、眠っていると思っていたルフィの声が聞こえた。

 

 「なぁキリ」

 「なんだ、いつから起きてたの? こっちは色々大変だったってのに」

 「いいじゃねぇか。全部うまくいったんだし」

 

 からりと笑ったルフィは心底嬉しそうに呟く。

 

 「いい奴だろ?」

 「そうだねぇ。流石は船長、目の付け所がいいよ」

 「しっしっし、そうだろ」

 「でも肝心な時に寝ちゃってたのは減点だね。わざとならメシ抜きもあり得るよ」

 「なにっ!? それはだめだ、おれはメシを食わないと生きていけないんだぞ!」

 「誰でもそうだよ、生物なら」

 

 笑顔から一転、怒りながら猛抗議を始めるルフィを気楽に受け流し、今度はキリが楽しそうに笑って、普段と何一つ変わらない二人を見てシルクが苦笑した。

 この村に立ち寄ったのは無駄ではない。

 仲間を一人手に入れて、大変ではあったが、戦闘があったおかげでシルクも自身の能力に関する理解を深め、これからの目標も見えた。

 小さいながらも確かに価値のある一歩を得たと言えるだろう。

 楽しそうにじゃれる二人を見守りつつ、彼女は指先で微弱な風を遊ばせた。

 




 シルクの技名「鎌居太刀」は、ゲームでたしぎが使っている技です。勝手に拝借しました。
 彼女に関してはこれからもたしぎのゲームオリジナルから頂戴すると思います。

 ちなみにキリの技名はとにかく紙がつく言葉。
 あんまり叫んだりはしませんが、ちょくちょく出てきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。