対峙するクロとシルクの間に剣呑な空気が流れていた。
彼女は確実にクロのスピードに反応した。今はまだそれが必然か偶然かも判別できない。たった一度、まぐれの可能性もある。もう一度確かめなければわからないことだ。
一方で彼女は自信を持っているらしい。
決して逃がさないとばかり、片時もクロから目が離されない。
ただの小娘ではないようだと思えて、考えを切り替えた彼は全身から余分な力を抜いた。
意識が研ぎ澄まされていく。まるで海賊をしていた頃のように。
しばらく稼業から離れていたとは言っても、身に付いた技術はたった三年で消えてしまう物ではない。深く息を吐けば自分自身のすべてが塗り替えられていく気がする。視線は鋭く、腕はだらりと力なく伸びて、無防備に見えるほど脱力するが油断している訳ではない。
ふとクロの姿が掻き消えた。
凄まじい移動速度。動く瞬間の動作からその場を離れるまで、とてもではないが見切れない。まるで本当に消えてしまったかのようだ。
だがシルクは、間を置かず反応した。
自分の右側へ素早く振り返って剣を振り、刀身から風を飛ばす。
音も無く姿を現したクロは脚を止めていて、攻撃が向かってくると知って顔の前で両手を交差させた。完全に防御が間に合うタイミング。しかし攻撃はそれで止められず、爪に当たった瞬間に勢いを弱めながらもクロの頬を切り裂く。
一つ、二つ、三つと、小さな切り傷が顔に生まれた。
手を下ろしたクロは少量の血を流しつつ、痛みなどないかのようにシルクだけを眺める。
「防げるはずのタイミングだったが」
「うん。だけど、これは普通の剣じゃない。風は止められないよ」
「なるほど。風の刃、というわけか。鉄で受け止めても無駄な徒労だな」
爪が顔に当たらないよう、掌を使ってずれた眼鏡の位置を直す。
今のではっきりした。シルクはクロの移動を見切っている。
目視で確認した様子はない。だが先回りするように攻撃が繰り出され、無理やり足を止められたのだ。あんな芸当は目が良いだけの人間にはきっとできないだろう。
能力者の中でもかなり厄介な部類に入る。
かつて単独で能力者を仕留めたことがある彼にとっても、一切油断できない相手だった。
「今、おれの動きを止めたな? おれのスピードに反応できるとは」
「目で見たわけじゃないよ。風を感じるの」
「風?」
「あなたが速く動けば動くほど、強い風が起こってどこへ向かおうとしてるのかがわかる」
剣を構えたままでシルクが笑った。
自らの力を実感している。性質を知って、技を再確認していた。
風を飛ばすだけが能ではない。ロギアと比べれば劣るかもしれないが、やはりパラミシア、普通の人間との明らかな違いが身に沁みついて実感できている。
この攻撃は強者にも通用する。
戸惑うどころか、今のシルクには喜色が滲み出ていた。
「あなたみたいな人が相手でよかった。この力のこと、もっとよく知れたから。今ならきっとあなたにだって勝てる」
「舐められたもんだ。ただ位置を知って風を飛ばすだけでもう勝ったつもりか?」
クロが憎々しげに表情を歪ませる。
まだ技のすべてを見せた訳ではない。クロが海賊として名を上げたのはその移動速度も含め、無音の移動術を持つことである。シルクは風の動きを感知して位置を判別しているが、彼の挙動は無音。忽然と姿を消して再び現れ、敵が気付かぬ内に始末してしまう。
動きに伴って発生する風を感知しても、彼女は速度について来れる訳ではなく、無音であれば尚更チャンスは見いだせる。負けたと判断するのはあまりに早過ぎるだろう。
戦闘をやめるつもりもなければ降参する気もない。
「その程度で勝ったと思うならそれでいい。おれの“抜き足”はそう簡単な物じゃないがな」
再びクロの姿が掻き消える。
足音はなかった。相当なスピードで走っているはずが物音一つ立たない。
シルクは風の動きだけで感知する。
確かにどんな軌道で移動しているのか大体わかるが、ただ彼女とて理解している。目では見えていないのだ。肌で風を感じ取らなければ見つけられそうにない。さっきまではなんとか対応できていたとはいえ、余裕を持って反応できる訳ではなかった。
クロもそこに気付いている。
風の動きが事細かに感じ取れることと、反応できるか否かは別。
素早く動き、彼女の反応速度を上回って攻撃できれば、勝ち目はある。
無音の高速移動術、“抜き足”を使う彼は冷静にシルクを仕留めようとしていた。
(やっぱり、速い。目ではちっとも見えない……)
移動に伴う風はシルクとの距離を一定に保ち、回り込むように動いている。ただし先程と違うのは直線ではないこと。先読みさせないためか、曲線を描くような軌道だ。
シルクは棒立ちになって前を見続けるしかない。
おそらく攻撃のチャンスは一瞬。
敵が攻撃を仕掛ける瞬間にカウンターを狙うしかないだろう。
片時も油断せず構える。たとえどこから来ようと迎撃するつもりだった。敵の狙いがわかるだけに集中力は増し、周囲三百六十度へ注意力が向けられる。
しかし、それでどうにかできる物ではないらしく。
接近してくると感じてシルクが剣を振った。だがどうやらそれは誘いだったようで剣が空を切る。かまいたちは確かに放たれるもののクロには当たらない。
凄まじいスピードを誇る抜き足は、それでいて自由な方向転換を可能とする。
シルクが狙った瞬間には進む道を変えていて、飛ばされた風は無慈悲に地面を削って駆け、最終的に崖へ当たるまで何にもぶつからなかった。
対するクロは素早い判断で彼女の背後を取る。
そこに現れたことは知ったが、振り返ったところで間に合いそうにはないタイミング。
クロが勝ち誇って爪を繰り出そうと構え、振り向きざまに視線が合い、シルクが驚愕する。
「
腕が伸ばされ、前へ駆け、爪が迫ってくる。それを見るシルクはどう考えても防御が間に合わない体勢。今からでは風を飛ばすどころか剣で防ぐことさえできない。
キリは咄嗟にクロを止めようとするが、動き出すその前に目が見開かれる。
狙われた顔面に切っ先が届くか否かという瞬間に、突如旋風が巻き起こったのだ。
シルクの周囲で発生した風はかなりの強さ。物を切り裂く力を持ちながらも彼女には一切触れず、それでいて近寄る者を寄せ付けない。速度に乗ってしまっていたクロは今更自分の体を止められなかった。驚愕して腕を引こうとするが勢いそのままに突っ込んでしまう。
その結果、嵐のような旋風に右腕を切り裂かれ、多量の血が噴き出した。
思わぬ展開にクロは咄嗟に後ろへ跳ぶ。
離れると同時に旋風は消えた。改めて確認してみればシルクも息を乱して驚いているようで、右腕を確認すれば、ズタズタに切り裂かれている。確実に彼女の能力だろう。だがシルク自身も慌てていて動揺が垣間見え、半ば無意識に発生させていたらしい。
距離を置いて、両者は共に戦闘を中断させた。
「ぐっ、おおっ……! こんな芸当までっ」
「ハァ、ハァ……で、できた。危なかった……」
「すごいねシルク。まさかこの短期間でここまで使えるとは」
気楽なキリの声が聞こえるがシルクは呆然と頷くしかできない。能力について研究し、鍛錬する中で考えなかった訳ではないが、実戦は初めて。命の危機を感じて上手くいったようだ。だが唐突な使用によって慣れていないせいか、今の一瞬でどっと疲れてしまっている。
クロへ与えられたダメージは着実に増えているものの、そう長く戦えないのはお互い様。
完全に疲れ切ってしまう前に決着をつけなければならないだろう。
まだ能力に慣れた訳ではないのだ。余裕で勝てる状況ではない。
シルクは再び彼へ向き直る。自分の腕を眺めた後、クロは忌々しげに彼女へと目をやった。
「生意気な。やはり腐っても能力者か」
「ハァ、その腕じゃ戦えないでしょ。降参して。今すぐ仲間といっしょに村を出て行って。そうしたらお互い死ぬことはないよ」
「フン……仕方ない」
そう呟かれたことでキリとシルクが眉間に皺を寄せる。
クロが構えを変えようとしていた。
戦闘をやめるかと思いきや、さっき以上に体から力を抜いて、上半身がだらりとだらしなく、両腕に一切の力が入らずにぶらりと揺れる。
沈黙して見守っていた海賊たちの表情が明らかに変わった。
そんな状態で体が揺れ始めようとした頃、突然彼に新しい声がかけられる。
「クラハドール!」
クロの動きがぴたっと止まった。
顔の向きだけを変え、見つめたのは坂の上。そこに新たな人影が五つある。
血相を変えたカヤとメリー。驚いたまま口をあんぐり開けているにんじん、ピーマン、たまねぎの三人。全員が信じられない物を見たと前方を眺めている。
立ち並ぶ風貌の悪い男たち。海岸につけられた大きな帆船、黒い旗。
そして何より驚くのが、多量の血を流し、両手に武器を装着してシルクと対峙する執事の姿。
彼は執事ではなかったか。五人が皆一様に思っていたことだろう。
カヤの姿を見つけ、背筋を伸ばしたクロは冷静に彼女へと声をかける。その姿はやはり五人が知る執事の物。時に言葉が厳しくなるも、カヤを心底心配していたはずの男だ。
「お嬢様……こんな朝早くにどうされましたか。お体に障ります。遠出になる外出は控えてくださいとあれほど言ったでしょう」
「クラハドール、私の話を聞いて。今、あなたは何をしているの?」
「無論、邪魔者を排除しようとしているところですが」
短く息を呑んだ。
どんな事実があっても受け入れようと思っていた。ウソップかクラハドール、どちらかが嘘をついていたとしても、笑って許せればそれでいいと。
しかし想像していた以上に事態は簡単ではない。
思わずカヤは手で口元を押さえ、全身を震えさせた。
メリーも同じく驚愕しており、今までの彼と同じ口調と声色で、今までの彼とは思えない言葉に頭が真っ白になって、気の利いた言葉でカヤを気遣ってやることもできなかった。
この時、ウソップ海賊団だけは顔色を変えて、想いのままに言葉を吐き出していた。
「ほら! やっぱりキャプテンの話は嘘じゃなかった!」
「キャプテンは本当のこと言ってたんだ!」
「村を守ろうとしてたんだよ! あいつは本当に海賊だったんだ!」
「その通りだ。つまり君たちは、真実を口にする彼の声に耳を傾けず、海賊をこの村へ入れるための手伝いをしてくれたということになる」
絶句する一同を見回し、クロはくいっとずれた眼鏡を元通りにした。
「カヤお嬢様暗殺計画、加担してくれてありがとう」
黙り込んでしまう子供たちに代わり、耐え切れない様子でメリーが一歩を踏み出す。大らかで怒った経験など数えるほどしかない彼も、この場では激情のままに叫ばずにはいられなかった。
「クラハドールさん、あなたなんてことを! 倒れていたあなたを旦那様が拾って召し抱えてくださったというのに、その恩に背くおつもりか! その上、カヤお嬢様は本当にあなたを信頼して、それなのにあなたは――!」
「言い忘れていましたが、旦那様と奥様が亡くなられたのは私のせいです」
三度全員が絶句した。言葉を呑んで何も言えなくなり、何も考えられなくなる。
クロは笑っていた。
それを悪いとも思わず、三年共に過ごした彼らに対する情さえ持たず、平然と話し続ける。
「すべては計画のため。遺産を手に入れるためにはカヤお嬢様が相続人となる必要があり、この三年間は私が遺産を手に入れてもおかしくないと認識させるための時間。あなたが海賊に殺されでもしたら、遺書に私の名が書かれていたとしても至って普通だと思うでしょう」
「まさかあなた、最初からすべて計算して……!?」
「当然だ。でなければなぜおれが小娘のお守りなど」
血の気が引いていく気がする。
目の前でそう言われて、最初に感じるのは怒りよりも喪失感。
信頼していたはずだ。そしてそれは互いに向けられる物だと思っていた。けれど彼は自分に対して何も思っておらず、あまつさえ最初から計算ずくで殺そうとしている。
カヤの目に涙が浮かんできて、しかし流すのが悔しくて堪えるために唇を噛んだ。
尚もクロが言葉を止めない。
「覚えておいでですかお嬢様。思えば、私は常にあなたと共に在りましたね」
「やめて……」
「あらゆる状況においてお供しました。買い物に付き合えば病弱なあなたに代わって荷物を持ち、船が完成したと聞けば共に乗り込んで、あなたが体調を崩した時には背におぶって隣町まで走りましたね」
「やめて……!」
「それもこれも、今日の日のため。おまえを殺しておれが平穏を手に入れるためだ」
ついにカヤの涙がこぼれる。
聞いていたメリーやウソップ海賊団も怒りを露わにし、今すぐ殴りかからんばかりの姿勢。敵うはずもないのに激情に任せて走り出しそうだった。
まずいと感じてシルクが剣を振るう。
呼吸は整った。能力の使用にも違和感はなく、クロを黙らせるため風の刃を放つ。
「それ以上はやめて!」
「チッ、邪魔を……」
剣が振り切られると同時にクロの姿が掻き消える。
攻撃は無駄に終わって、風の動きに応じ、咄嗟にまずいと思うがシルクは動けない。
次に姿が見えたのは五人の背後だった。
助けなければと思うが彼女たちが壁になってしまっている。これでは風を飛ばせない。
「一つ仮説を立てた」
「みんな逃げて!」
「その能力、直線にしか動かないようだな。それならおれとの間に遮蔽物があれば攻撃はできないことになる。例えば、傷つけてはならない人物など」
慌てて振り返った五人がクロの姿を見つけるものの、爪を突きつけられて動けなくなる。
彼は冷徹に言い切った。
「知られた以上は全員死んでもらわなければな。その行動力が無ければ、犠牲になるのはお嬢様だけで済んだというのに」
「もうやめてクラハドール! お金が欲しいなら全部あげる! だから誰も殺さないで!」
「それでは交渉にならない。金も欲しいが、おれが求めているのは平穏だ。馬鹿どもの相手をしなくても済む、何事もない穏やかな日々が欲しい」
「そんなの、どうすれば」
「簡単なこと。おまえたちを始末して遺産を手に入れ、元の生活に戻る。それだけでいい。と言うより、おまえたち全員が死なない限りは解決策などない」
「そんな……せめて、この子たちだけでも」
「そうです! まだ子供ですよ!」
「自らの足でここへ来たんだ。死ぬ覚悟がないなら海賊の前に立つな」
ギロリと子供たちを睨みつければ、彼らはそれだけで震え上がって何も言えなくなった。
海賊を甘く見ていたと言わざるを得ない。好奇心だけで動いて、今や後悔すらしてしまっている。本物の海賊は想像以上に怖い存在だ。
カヤたち五人は、抵抗もできずに人質となってしまった。
距離が離れて視界も変わり、静かにシルクが立ち位置を変えようとする。
この時ばかりはキリも協力しようと動きかけるのだが、やはりそこらの考え無しな海賊ではないのか、そんな二人を制止するよう、大声が出された。
「てめぇら動くんじゃねぇ! 動けばこいつらを殺す」
シルクは歯噛みして動くのをやめ、キリも腕を下ろした。
危機的な状況である。
村を守る彼らにとって死者を出す訳にはいかない。だがどちらにしろクロは目撃者を全員殺すつもりで、どうにかしなければならないのだが、それが難しい。
ひとまず五人を守ることが最優先。二人は思考を巡らせ始めた。
ちょうどその時にキリが辺りを見回せば、クロの側面、数メートルの距離を置いて草むらの向こう、わずかに手だけが出されているのを見つける。ひらひら振って何かを伝えたい様子だ。
瞬時に理解してキリが表情を変える。
頭を使いながら口を開いた。
「バカだなぁ。なんにもわかってないんだね」
「何?」
「人質ってのは自分を守るための盾だ。それを殺しちゃったら危なくなるのは自分だよ? シルクに勝てない癖にそんなことしたら自分が殺されて終わりなのに、それでも殺す気?」
「てめぇ、誰が勝てないだと……!」
「断言するよ。シルクには勝てないね」
にこやかな笑みでキリがそう言うと、明らかにクロの表情が変わる。
侮辱されているに違いなかった。とはいえその程度では揺らがず冷静で、決断を覆すこともなければ腕が下ろされることもない。
「安い挑発だ。それでどうにかなるとでも思ったか?」
「どう取ってもらっても結構。正直脅威とは思えないし、今のボクらなら全員死なせずに勝つことだって簡単だね」
「ほう。どうやって助ける?」
「それは言えないけど」
「ただのハッタリだ」
「違うよ。あのね、知らないようだから言っとく。ウチの船長は海賊王になる男だ。そのクルーになる人間が、心が折れて海賊やめたいって言い出す男に負けるわけないでしょ」
眉間の皺を深くし、額に青筋を立てて怒り狂った時だった。
突如森の中から飛来した弾丸がクロの顔面に当たって、小さな爆発が起こる。
小さくとも確実に強烈な攻撃で、意識さえ刈り取られそうな衝撃。クロは忘我の状態でその場へ倒れ、五人は突然の出来事に目を丸くした。
直後に森の中からウソップが駆け出してくる。
わずかに傷を負っているが元気そうだ。慌てた顔で辺りを見回し、敵が起き上がらないかとひやひやしながら、最後にキリを視界に納めて大きく叫ぶ。
「キリ、今だ! みんなを避難させろ!」
「あれ? そういやボクもやめようとしてたっけ……まぁいいや。やめたかったわけじゃないもんね。ただ続けられなくなっただけで」
「話聞けよ!? チャンスだっつってんだろ!」
「ウソップさん……!?」
「キャプテ~ンッ!」
カヤと三人が声を上げた時に、ようやくキリが動き出して彼女たちへ駆け寄る。途中、道の真ん中で眠りこけていたルフィも拾い上げ、五人の間へと放り捨てた。
そうして跳び上がったキリは紙をばら撒き、ドーム状にして五人を包み隠してしまう。
硬化すれば鉄壁の要塞だ。
その上に乗ってキリがしゃがみ、内部の者たちへ声をかける。
「まだしばらく危ないからそこに居てね。終わったらすぐ出すよ」
「あ、あの、ウソップさんは」
「大丈夫。ちょっと怪我してるけど元気だよ」
次にウソップへ目を向ける。怪我をしているが思いのほか元気そうだ。
クロはいまだ倒れたまま。
そのせいか彼は勝利を確信しているようだった。
「よぉし、これで大体片付いただろ。あとは坂に居る奴らを――」
「いや、多分まだだ」
キリが言った途端にクロがむくりと立ち上がった。眼鏡が壊れて地面に落ちてしまい、髪型が乱れているものの、意外に足取りはしっかりしている。むしろ、眼光の鋭さは増した様子だ。
爆発を顔に受けて立てるなど並みの精神力ではない。
仕留めたと思っただけにウソップは思わず身を仰け反らせて驚いた。
「ひぃっ!? ま、まだ動けんのかよ、おれの火薬星が当たったのに!」
「案外しぶといね。そんなに鍛えてる外見じゃないのにね」
「のんきに言ってる場合か!」
慌てるウソップとは対照的にキリは相変わらずのほほんとして緊張感がない。
そこへシルクも駆けつけて、立ち上がるクロを見つけた。
「シルク、とどめよろしく。結構速いよ」
「うん!」
唇をきゅっと結んで剣を構えれば、それだけで戦闘準備は整った。
強く柄を握って攻撃を繰り出そうとした瞬間、クロが先程の構えを見せる。
上半身に力が入らず、肩を落として両腕をだらりとさせ、上半身が揺れ始める。独特の構えに見えなくもないが見ようによってはやる気がないようにも思えた。
流石にキレたのか、ぶつぶつと怪しげな呟きが聞こえる。
「おれの計画は、絶対に狂わない。ここですべて遂行してやる……」
「おいシルク、やるなら早いとこやっちまえよ! 動き出す前に決着つけちまえ!」
ウソップが叫んだ途端にクロがゆっくりと顔を上げ、冷静さを感じない血走った目がシルクを捉える。否、見ているようで見ていない。もはや思考というより本能で動いているだけの状態。ぶつぶつ呟いているのも使命感か激情か、自覚しているかどうかも定かではない。
さっきの一撃で様子が一変していたのだ。
こうなればもう考えることは無く、計画を遂行するためにすべてを消し去るのみ。
傷ついた体を労わる気はない。むしろどうあっても敵を排除するため、無茶をしようとする節すらある。今の彼からは危険な凶暴性や狂気を感じた。
上半身が揺れる度、爪のような刀身がカチャンと音を鳴らす。
それが妙に恐ろしく感じられ、耳に残った。
そして彼は再び小さく呟いたのである。
「杓死」