ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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前夜の静寂

 すっかり日は落ちて、時間は夜になっている。

 シロップ村に唯一ある大屋敷では、徐々に光が消えていき、就寝の時間が近付いていた。

 カヤは自室のベッドに座って窓の外を眺めている。

 いつもそこに彼がやってきて、嘘だとわかる大冒険をいくつも聞かせてくれていた。きっと彼女を元気付けるためである。もはや今となってはなくてはならないもの。真実などどうでもいいほどそれが楽しくて面白かった。けれど、今日だけは彼の様子が違っている。

 約束の時間に遅れたことは一度もない。だが今日だけは遅れて、そして耳を疑う発言だ。

 クラハドールが実は海賊だった。

 今まで人を傷つけるような嘘をついたことはないのに、今日だけは内容が違っていて。

 とても信じられる話ではないがやはり様子がおかしかったことが頭から離れず、何かあったのだろうかと思案してしまう。昼の顛末から今までそればかりが脳内を回っていた。

 

 「ねぇクラハドール……私、ウソップさんに会いたい」

 「いけませんお嬢様。お体に障ります。そうでなくてももう夜ですよ」

 

 傍に居る執事、いつもと何も変わらぬクラハドールに言えば、やはり厳しくもやさしい彼だ。

 彼はいつも彼女の傍で支えてくれていた。

 とても海賊とは思えない。ではウソップが意味も無くそんな嘘をついたのかと考えれると、そんな人ではないと思う。堂々巡りで答えが出なかった。

 重く溜息をついたカヤに気付きつつ、布団を整えたクラハドールは敢えて尋ねない。

 

 「今日ね、ウソップさんの様子がおかしかったの」

 「またお会いになったんですか? いけませんと言っておいたでしょう」

 「いいじゃない。悪いことなんてしてないんだから」

 「しかし妙な話も聞きました。何やら村で騒ぎがあったと。ウソップ君がついた嘘が原因らしいではありませんか」

 「……うん」

 

 そう言うとカヤは俯いてしまい、ひどく落ち込んだ表情。

 クラハドールは溜息をついた。

 普段ならばまず言わないだろうが、今夜の彼は妙に大人な態度だった。

 

 「仕方ありませんね。では明日、彼に会いに行きましょうか」

 「本当っ?」

 「ただし、お体に障る前にお話を終わらせてください。あまり長話はいけませんよ」

 「うん、それでいいわ。聞きたいことがあるだけだから」

 

 やっとカヤの顔にわずかな笑みが戻り、期待を胸に抱いた表情だ。

 思わずクラハドールは苦笑する。

 

 「今日はもうお休みください。夜更かしはいけませんよ」

 「わかってる。でも明日は早く起こしてね」

 「ええ、メイドにはそのように伝えておきます」

 

 ベッドに横たわったカヤへ布団をかけてやり、クラハドールが電気を消す。

 

 「おやすみ、クラハドール」

 「お休みなさいませ、お嬢様」

 

 クラハドールが部屋を出て廊下を歩き出した。

 執事に割り当てられた休憩室に赴けば、部屋に居たメリーが笑顔で振り返る。

 事の顛末は彼から聞かされたのだ。

 大変な一日だったと語られる。

 

 「お嬢様はお休みになられましたか?」

 「ええ。問題なく」

 「そうですか……ウソップ君もなぜあんなことを言い出したのか。今まで見逃していたのが仇になったんですかねぇ」

 「私が海賊だという話ですか」

 

 くいっと掌で眼鏡の位置を直し、クラハドールは笑う。

 メリーもまさかと思っているようで、まだ若いウソップにも抑えられない感情があったのだろうと理解を示しつつ、信用する気は一切ないようだった。

 

 「ははは、また大胆な嘘をついたものですね。おかげでお嬢様は思い悩んでしまっているようですが」

 「無理もありません。お嬢様は彼を良く想っている」

 「おや、珍しいですね。ウソップ君を良く言うだなんて」

 「まぁ……認めたくはありませんが、あれで意外と誠実な男ですよ。案外、私が海賊だという話も本当なのかもしれませんよ?」

 「はっはっは、まさか。いや本当に珍しい、あなたが冗談を言うなんて」

 

 笑い飛ばすメリーはやはり、海賊が来るなどと信用していない様子だ。港にある訳ではないこの村が海賊に襲われることはあり得ない。そんな態度が伺えた。

 眼鏡の位置を正したクラハドールが苦笑する。

 笑い声が治まる頃に話を変えられた。

 

 「では私もそろそろ休みます。明日は少し用事がありますので」

 「あぁ、明日が休暇の日でしたか。そちらも珍しいと言えば珍しい。そう言えば自分から言い出したのは初めてじゃないですか?」

 「お嬢様の誕生日が近いものですから、少し考えがね」

 「ははぁ、なるほど。そういうことであればお嬢様もきっと喜びますよ。あなたのことを信頼しておられますから」

 「もったいない限りです」

 

 わずかに頭を下げて、荷物を持って彼は部屋から出ようとした。

 

 「それではこれで。先に失礼します」

 「ええ、お疲れさま」

 

 廊下へ出て扉が閉まる。

 パタンと小さな音が無くなれば、辺りは一気に静まり返った。

 クラハドールはふぅと息をついて、それから歩き出す。

 その眼差しは誰に知れることもなく如実に変化していた。

 

 

 *

 

 

 海岸に移動した麦わらの一味とウソップは、月の灯りだけを頼りに向かい合っていた。

 各々近場の岩に腰掛け、円を描くように座っている。

 ウソップの左腕には包帯が巻かれ、状況の危機感が伝えられており、誰もが真剣な表情。中でもウソップが真剣な顔つきで皆に語り掛け始める。

 

 「あいつらみんな信じちゃいねぇんだ。明日もし海賊が来たとしても、きっと逃げる前にやられちまう。説得しても聞いちゃくれねぇ。おれがなんとかするしかねぇんだ」

 「でも本当に来るの? いくら密会を見たからってそれが嘘じゃないとは限らないでしょ」

 「いいや、来る。それだけは間違いねぇ」

 

 ナミが口を挟むもののウソップの意志は揺らがず。なぜそこまで確信を持って言えるのかがわからなくて、ふとキリを見てみると、彼も首を横に振った。

 彼はイーストブルーの海賊について疎い。

 現在も手配書が出ている高額賞金首くらいは見たことがあるが、昔死んだはずのキャプテン・クロについて持っている情報など一欠けらとしてなかった。

 代わりとばかりにシルクが口を開く。

 彼女はずっとイーストブルーに居た。噂くらいならば知っているらしい。

 

 「私もそう思う。キャプテン・クロはすごく頭のいい海賊で、悪事をする時は必ず綿密な計画を立てて動くの。三年も執事をやって準備したんなら間違いなく動くよ」

 「遺産を奪うためだけに三年も執事をやるなんて、それはそれでバカみたい。そんな面倒なことする海賊もいるのね」

 「どう思われようがあいつは必ずやる。それにキャプテン・クロっつったら本気を出せば海軍の軍艦一隻を一人で制圧したって話もある。かなり強いぞ」

 「なんだ、そんなの。うちのキリは一人で軍艦ボロボロにしたんだぞ」

 「いぇい」

 

 ルフィが自慢するように言うとキリがピースサインを見せるものの、ウソップの表情は変わらない。どうやら緊張感を緩めることにも失敗して流されてしまったようだ。

 二人は再び静かになり、続けてウソップが説明する。

 

 「あいつらが来るんだとしたらこの村は終わりだ。止めるには他に方法がない。だからおれは、ここで奴らを迎え撃つことにした。海賊を全員追っ払って、この一件を嘘にする! それが嘘つきのおれが通すべき筋ってもんだろ」

 

 握り締めた拳を震わせて、恐怖心が抑え切れていない。よく見れば膝も震えていた。だが目の中にある意志は強くて揺らがず、何を言ってもおそらく答えは変えないだろう。

 彼の覚悟が伝わる言葉だった。

 自然と聞いている面々の表情が引き締められる。

 退く気がないのなら放ってはおけない。たった一人で海賊団を止めるのが無理だと誰もが知っていた。それこそ、ゾロが目指す世界一の大剣豪でもない限り。

 全員の意志が統一される。

 恐る恐る口を開くウソップがルフィを見て声をかけてきた。

 

 「なぁ、おれを仲間に誘ってくれたよな」

 「うん」

 「正直言ってわかってるんだ、おれは一人じゃなんにもできねぇことくらい。だからさ、情けねぇけど、おれが仲間になったらおまえら手伝ってくれねぇかな?」

 「バカ言うな。おれたちは初めっから手伝う気だぞ」

 「そうだよ、ウソップ一人でなんて戦わせない。私たちにも守らせて」

 

 問いかけてすぐにルフィとシルクが答えて、迷いのない笑顔を向けられた。

 ウソップは泣き笑いのような顔になり、思わず俯いてしまう。

 

 「おまえら……ありがとうっ」

 「それじゃ、今日から仲間だ。だけど喜んでる暇はなさそうだね」

 

 しばらく口を閉ざしていたキリがようやくしゃべり始めて、近くで拾った木の枝を持った。

 ルフィはその棒にこそ興味津々だが、キリはさほど気にしない。そちらに目を向けることもなく、砂利を除けて地面を露わにし、ウソップへ声をかける。

 彼にとっては戦力が増えたことになる。だがそれでも戦力差は大きい。

 勝利を求め、村を守るならば無計画に突っ込むだけでは足りないだろうと考えるのは必然。

 微笑む彼が皆の顔を見回した。

 

 「作戦会議だ。敵は海賊、ただ追い返すだけじゃ懲りない可能性だってある。どうせ迎え撃つなら徹底的に打ちのめすくらいはしないとね」

 「できるのか?」

 「もちろん。こっちはウソップを入れて六人。準備さえすれば十分過ぎる」

 

 持っていた棒がウソップへ投げられ、慌てて受け取る。

 キリはウソップを見ながら尋ねた。

 

 「海岸から村へ続くルートはいくつある?」

 「えっと、二つだ。ここともう一か所、おまえらが上陸した場所」

 「その二つで村に近いのは?」

 「向こうだな。こっちからだと直線で行こうとすれば森の中を通ることになる。だけど向こうは道を真っ直ぐ進めば村だ」

 「なら敵が来るのは向こうの海岸だ。間違いない」

 

 ウソップがガリガリと地面を削り、地形を描きながら言う。するとキリが自信満々に言って疑念の視線を向けられた。首をかしげるのはウソップだけではないらしい。

 ルフィやシルク、ナミまで不思議そうにしており、それでいて真剣な顔で聞いている。

 代表で質問したのはウソップだった。

 

 「なんでそう思うんだ? あいつらこの辺りで密談してたんだぞ」

 「向こうの方が近いからさ。理由はそれだけ」

 「それだけで決めちまうってのは、その、いいのか?」

 「基本的に海賊ってのはみんなバカだと思ってた方がいいよ。たとえ相手がバレてると知ってたとしても、この村には自警団もなければ海軍の駐屯地もない。待ち伏せがあっても力でねじ伏せればいいって考えてるはずだ。それに多分、村の中に居たキャプテン・クロが事情を知ってて、ここには障害になる人間が居ないって伝えてる」

 「なるほど。勢いで一気に攻め込もうって腹か」

 「村人と海賊の戦闘じゃ結果は目に見えてるし。それに見た感じ、あの地形は使えそうだ。ただ突っ込んでくるだけなら多分苦労しないで済みそうだね」

 

 迷いのない言葉は大きな自信を感じる。本当に恐怖心など持っていないようだ。

 ルフィやシルクに続いて頼もしいと思えて、俄然ウソップもその気になってくる。

 

 「準備に必要な物はあるか? 集められるもんは掻き集めてくる」

 「そうだね、それじゃあ――」

 

 キリとウソップが顔を突き合わせて話し始めたことで、眉間に皺を寄せたゾロは密かにシルクへ声をかける。腕組みをして何やら面倒そうな顔だった。

 

 「あいつはなんではしゃいでんだ。ほっといて大丈夫なんだろうな」

 「確かに、いつもよりテンション高いね」

 「あの海戦からこっち、しばらく大人しかったが何しでかすかわからねぇぞ」

 「何? あいつなんかあったの?」

 

 ひそひそと話す二人へナミが顔を近付け、話へ加わった。

 暇だったのかルフィも彼らへ振り返って聞き始める。

 

 「別に大した話じゃねぇ。が、どうも気になってな」

 「落ち込んでるようには見えなかったけど」

 「キリが落ち込んでんのか? おれはそうは思わなかったぞ」

 「気にし過ぎでしょ。確かに死にかけたけど、いつも通りにしてるじゃない」

 「まぁ、な」

 

 ただの杞憂か、それとも上手く隠しているのか。

 微笑みを称えて作戦会議を続けるキリを見て、他のクルーは何も気にしていないらしい。

 ゾロの表情は優れないものの深くは語ろうとしなかった。それでもあの夜の宣言は妙に気になっており、あれ以来戦闘は初めてのことになる。

 幾ばくもせず二人は話し合いを終えたらしい。

 顔を上げたキリとウソップは仲間たちに振り返った。

 

 「話はまとまったよ。移動して準備しようか」

 「おっ、そうか。じゃあ行こう」

 「その前に必要な物資がある。ウソップがなんとか用意してくれるらしいから取りに行こうか」

 

 全員が立ち上がって、その中でも二つに分けられる。

 

 「ボクとルフィとウソップで行ってくる。みんなは先に北の海岸へ行ってて」

 「襲撃は明日の朝でしょ? 今から行くの?」

 「残念ながら屋根はなさそうだね。毛布も必要かな」

 

 溜息をつくナミに苦笑し、三人は踵を返して歩き出した。

 ひとまず向かうのはウソップの家。小高い丘に一軒だけ立つ小さな家屋。そこならば村人にも見つからず自由に動ける。余計ないざこざは無しだ。

 必要な物だけを取って戻ってくる。その後は北の海岸で野宿だろう。

 まだ他の三人とさほど離れていない距離で、彼らは言葉を交わした。

 

 「さぁて、海賊撃退作戦の始まりだ」

 「しっしっし、面白くなってきた」

 「よし、よぉし、これならいけそうな気がする……おれはやるんだっ。海賊になるんだから!」

 

 三者三様、違った表情を浮かべている。しかし海賊と戦う意志を持つのは同じ。

 ゾロたちは彼らの様子に一抹の不安を抱えつつ、不思議と苦笑を禁じえなかった。

 


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