ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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うそつき

 目的地についてしばらく。

 シルクは二人を視界の端に入れながら、少し離れた場所に座っていた。

 見つめるのは己の指先。能力を使用して風が巻き起こっている様をじっと見つめる。

 悪魔の実を食べてからというものすっかり習慣と化してしまった。悪魔の実を食べて弱くなることはまずあり得ない。鍛えれば鍛えるほどに能力が強くなる。キリが言った言葉を心に刻んで、休息の期間も休まず上手くなろうと練習を重ねていたのである。

 その甲斐もあってか、徐々に操れるようになってきた気はする。

 キリによれば、体質が変わらない超人系(パラミシア)は少々変わっていて、風を発生させるカマカマはやはり自然系(ロギア)の種類に近いらしい。しかしロギアは体その物が自然界のエネルギーに変わる。火ならば火の体、風ならば風の体になるはず。シルクにはそれがない。

 それなりに変わった実だが、それでも鍛えれば強くなることには変わりないらしい。まだ正確な性質が読み切れないものの、常人との違いは明らかにある。

 かまいたちを発生させられる人間。現状それだけはわかっていた。

 指先に巻き付くようにして弱々しい風を生み出す彼女は、難しい顔をしていた。

 

 「うーん、細かい調整はできるようになってきたと思うんだけど、本当に強くなってるのかな。剣を使うと危なそうだし、実感ないなぁ……」

 

 すっかり慣れてしまった練習法を中断し、ふと息を吐きながら海を眺める。

 上陸した北の海岸から少しだけ離れ、海を眺められる崖の上。辺りには木々が生い茂った森が広がり、のどかな風景が間近にある。

 太陽の麗らかな陽気を感じながら彼女は考えた。

 果たしてこの能力で何ができるのか。

 比較的悪魔の実について詳しいキリに言わせれば、表面的な能力とその力の真髄は別である可能性もあるという。かまいたちを放てるのならば他にもできることがあるはずだと。

 カマカマの実の真髄とは何か。改めて考えてみる。

 そんな瞬間にルフィの楽しそうな声が聞こえてきて、何気なく振り返った。

 彼とウソップは少し離れた位置に居て、数メートル向こうにある的を標的に、パチンコで弾を放っていて、狙撃の腕を見せている。彼女は何気なく座ったままで二人のやり取りを見た。

 

 「すんげぇ! 全部当たった!」

 「ふふん、おれ様にかかればこんなもんよ。なんなら三つ連続でもいけるぜ」

 「ほんとか!? やってみてくれよウソップ!」

 「よぉし、よく見とけよ」

 

 左手でパチンコを構え、右手に弾を持って構えられる。

 弾を番えて紐を引っ張り、一発目を放つと流れるような動作でさらに二発。

 放たれた鉛玉は見事に的のど真ん中へ当たって、それが三発ともだ。

 見事な腕前にルフィは大口を開けて興奮し、ウソップは自慢げな表情。二人とも子供っぽい姿で楽しそうに見え、シルクは悩みを忘れてくすりと肩を揺らした。

 

 「おぉぉっ、三発とも当たった!」

 「ふふーん、まぁ当然かな。これくらいの距離なら目ぇ瞑ってても当てられるぜ」

 「おれにもやらせてくれよ!」

 「しょうがねぇな。いいか、狙いをつける時はまず――」

 

 ルフィにパチンコへ渡し、細かな挙動を教えてウソップがレクチャーを始める。

 そんな二人を見ていて突発的に思いついた。

 ウソップの狙撃は見事な腕前だ。そこで思うのは、例えば指先に集中できるようになった小さな風を、弾丸のように放つことができたのなら。きっとそれだけで立派な武器になるはずだ。

 カマカマの実の能力についてわかっていることは少ない。だが少なくとも自分の体から風を発生させることができて、それを飛ばすことが可能である。その一つが刃のような性質のかまいたち。それこそが真髄だと思っていた。

 もしもを仮定する。

 パラミシアでありながら風を操るその能力、かまいたち以外にもできることがあるのなら。

 まだ確定ではない想像だが、そうだとするならば特殊なパラミシアだ。鍛えようによってはロギアの性質の一部を手に入れることができるだろう。

 再び能力の考察に集中し、シルクは練習を再開した。

 ひとえに仲間たちの役に立ちたい一心である。それを知るせいもあってか、ルフィは敢えて彼女を巻き込むことはせず、練習している姿も以前見ているため好きにさせている。声をかけずに彼女だけ離れているのも、練習に集中したいだろうと思うからだ。

 一方で自分も好きに行動していて、パチンコを借りて何発か弾を撃ってみた。

 これが一つも当たらない。簡単に見えて意外にも難しいようだ。

 今更になってウソップの凄さが理解でき、肩を落とした彼は残念そうな表情を見せる。

 

 「う~ん難しいっ。やっぱウソップすげぇんだな」

 「はっはっは、まぁこいつは慣れもあるからな。おまえだって練習すれば上達するさ。だがおれを尊敬するならキャプテンと呼んでもいいぜ」

 「それはだめだ。キャプテンはおれだぞ」

 「ちぇっ。意外とこだわるんだな、おまえ」

 

 ウソップが次の弾を渡してやり、再びアドバイスをしてやるとルフィが構える。

 その際、何やらルフィは微笑んでいた。

 

 「そういやさ、おれやっと思い出したんだ」

 「ん? やったことあんのか?」

 「いいや。昔、こうやってピストルの撃ち方教えてもらったことがあるんだ。マキノは危ないからだめだって言ってたけどおれは嬉しかった。ずっと海賊になりたかったからな」

 

 弾を放ってまた逸れた。的には当たらず地面へ落ちる。

 やはり難しい。昔習ったピストルとも勝手が違っていた。しかしルフィの顔には笑みがある。

 ルフィは笑顔で振り返るが、ウソップはきょとんとした顔になっており、彼が言い出した話が見えない様子。さっきよりも嬉しそうに、外れたことなど意に介さず言われる。

 

 「おまえ、ヤソップの息子なんだろ?」

 「えっ……? な、なんで親父の名前を」

 「おれに教えてくれたの、ヤソップなんだ。海賊として村を拠点にしてた。結構長い間いっしょに居たんだぞ」

 

 呆然と突っ立ったウソップの手から弾を取り、再びルフィは構える。

 もはやウソップには的当てなどどうでもよい物になっていて、ルフィが放つ弾を見ていない。構える彼の横顔をただじっと見ていた。

 それを知ってか知らずか、また弾が放たれる。

 

 「ヤソップは酔うと必ず子供の話するんだ。おれと同じくらいの息子がいて、家族と別れるのは辛かったけど海に出られずにはいられなかったって。海に出たのは海賊旗がおれを呼んだからだっていつも言ってた」

 

 放たれた弾は的の端っこに当たって、カンッと小さな音を立てる。

 ルフィはおぉっと声をあげるがやはりウソップは反応できず。

 振り返った彼を見ても呆然とするしかできなかった。

 

 「いい奴で、いい海賊なんだ。きっと今も海賊やってるよ、赤髪のシャンクスの船で」

 「そ、そうか……そうかっ!」

 

 嬉しそうに答えたウソップは拳を握り、わずかに頷いた。

 確かにそうだ、父は海賊になるため村を飛び出してしまった。けれどそれを嘆いたことも恨んだこともない。父親が海賊であること、これを誇りにして生きてきたから。

 ルフィに褒めてもらえたと感じて心が躍る。

 これまで父親に関する話をできる相手など居なかった。幼馴染の少女も、ウソップ海賊団を名乗る子供たちにもあまり話したことはない。自身の誇りの話。

 わかってもらえる相手が居たとウソップの表情は明るくなる。

 

 「やっぱりおれの親父は本物の海賊なんだ。おれに海賊の血が流れてるのは、嘘じゃねぇんだ……!」

 「ししし」

 「あんまり噂も聞かなかったからさ。生きてるのか死んでるのかも知らなかったんだ。そうか、今でも赤髪のシャンクスの船で――ん? シャンクス?」

 

 感動に打ち震えて数秒、奇妙な言葉に気付いて首をかしげる。

 顔を上げて視線が合って、それから気付いた。

 それはかの有名な大海賊の名前ではないか。

 

 「ええぇっ!? しゃ、シャンクスぅ!? おまえそれ、大海賊の名前じゃねぇか!」

 「ああ。ヤソップはシャンクスの船に乗ってるんだぞ」

 「ま、マジでか? なんだって親父はそんな大物の船に……」

 「手配書見てねぇのか? ヤソップのだってあるんだぞ。シャンクスの船の幹部だからって、かなり高額だったと思うけど」

 「いや、それも知らねぇ……マジか」

 「ああ、マジだ」

 

 にかっと笑うルフィを見ると、なんだか理由も無く笑えてきた。

 手配書なんて知らなかったとか、村の人間はなぜ教えてくれなかったのかとか、疑問は色々あるものの、とにかくわかったことがある。父親はまだ生きて海賊を続けていて、それが赤髪のシャンクスの船で、大海賊の幹部になっている。

 我が父のことながら夢を見せてもらったようで、今までにない興奮を覚えた。

 自然と声は大きくなり、拳を握る手にも力が入る。

 

 「おれも海賊の血を引いてるんだ。だったら、やっぱりおれにだって」

 「おまえも海賊好きなんだろ? いっしょに行こうぜ、グランドラインに」

 「お、おぉぉ、そ、そうだな……親父はやったんだ。自分の夢を、叶えた。だったらおれも、おれにだって――」

 

 そう呟いている最中に、崖のギリギリで伏せたシルクが二人を呼んだ。

 なぜか声を潜めながら手招きして、片手は唇に指を当て、静かにするようにとの指示。

 首をかしげた二人はゆっくりとそちらへ歩み寄った。

 

 「どうしたシルク?」

 「静かに。あそこ、誰かいる」

 「ん? あれは……」

 

 二人も寝そべって崖の下を見る。

 彼らの真下に位置する場所、二人の男が向かい合って立っていた。

 片方は派手な服装でサングラスをかけた男。妙なポーズがダンサーを連想させる。

 もう片方は彼よりも小奇麗な格好をした、眼鏡の男。妙な癖がそこから確認できて、ズレかけた眼鏡を掌で元の位置に直している。

 ウソップには片方の男に見覚えがある。

 数年前に出会い、今でも仲良くしている友人、資産家が遺した屋敷に住む少女の執事。眼鏡の男はクラハドールなる人物に間違いない。もう一人は知らないが、その場所は村の人間でさえほとんど近寄らない場所。何やら怪しい雰囲気が伝わってきて、彼らは耳を澄ませて二人の会話を聞こうとしていた。そこへ声を潜めたシルクが語り掛ける。

 

 「あの二人、怪しいことを言ってたよ。お嬢様を暗殺するとかって」

 「なにィ――!」

 「しーっ。静かに。バレないようにしてね」

 

 咄嗟の行動で大声を出そうとしたルフィの口を手で押さえ、押さえ込む。

 何やら怪しげな雰囲気なのだ。バレてしまうのはもったいない。

 幸い波の音が近いこともあってまだ気付かれていない様子。二人はその場を動かずに話している。だがウソップはとても冷静でいられる状況ではなかった。

 

 「あ、暗殺って、まさかカヤをか? あのクラハドールって奴はカヤの執事なんだぞ。今まで一番近くで見守ってきたはずなのに」

 「確かに聞こえたの。嘘じゃないよ」

 「でも、なんでそんなこと……」

 「ひょっとしたら、遺産が目的、とか」

 

 口を押えられたままのルフィをそのままに、シルクとウソップは崖下を覗き込む。

 クラハドールとサングラスの男、ジャンゴは、三人の存在に気付かず話を続けていた。

 

 「計画は簡単だ。明朝、部下どもを率いて村を襲撃し、騒ぎを起こせ。その間におまえがお嬢様に催眠術で遺書を書かせろ。内容を間違えるな。全ての遺産は私が最も信頼する執事、クラハドールに譲る、だ」

 「オーケー。そこでキャプテン・クロにと書かせちゃ大失敗ってことだろ」

 「おい、その名を軽々しく口にするな。キャプテン・クロはもう死んだ。この計画のために何年かけたと思ってる」

 「わかってる、そう怒るな。おれはあんたの指示に従うだけさ」

 

 声は決して大きくないとはいえ、なんとか聞き取れる程度の物。

 ウソップはその言葉に驚愕している。

 それは明らかに村を襲う計画だ。聞き間違いもしていなければ勘違いでもない。明朝、村に海賊たちが攻め込んでくるということだろう。

 キャプテン・クロ。

 その名前だけで十分過ぎる。

 不安を露わにシルクを見れば、彼女は下を見たまま顔を険しくした。

 

 「お、おい、これって……」

 「キャプテン・クロって名前、聞いたことあるよ。確か何年か前に海軍に捕まって処刑された海賊。すごく強かったらしいけど急に捕まったからみんな不思議がってた」

 「じゃ、じゃあ、もしもだぞ。あの男が言ったみてぇに、あそこに居るクラハドールが本物のキャプテン・クロだと仮定した場合……」

 「処刑は、偽装。本物は死んでなかったってことになる」

 

 まさかの事態に息を呑んでしまう。

 あの男はつい数年前に村へやってきた人間。昔から居た訳ではない。

 仮に彼が本物の海賊だったとすれば、村には何年も前から海賊が潜伏していたことになる。言葉をそのまま借りるならば計画とやらのために。

 背筋がぞっとした。そんな海賊、聞いたこともない。

 だからこそか、とも思うもののやはり海賊らしくない思考だろう。もしあの会話が嘘でなかったとしたならば、ウソップの故郷、シロップ村は危険な目に遭ってしまう。

 どうすべきかと彼の全身に力が入る時、さらに二人の声が聞こえた。

 

 「しかし面倒なことするもんだ。そんなことしねぇでも遺産が欲しけりゃ襲えばいいだろう。どうしてわざわざ三年も時間かけて準備するんだか」

 「野蛮な考えはやめろ。おれはもう海賊に嫌気が差したんだ……そんな短絡的な考えしか持てねぇバカどもにな」

 「言ってくれるねぇ。まぁいいさ、報酬がもらえりゃおれたちは動く」

 「ああ。ちゃんと遺産から報酬を用意するさ」

 

 クラハドールは笑っていて、その笑顔が以前見た物と違うのだとウソップが気付いた。

 以前までは厳しい目を向けながらも真面目な男だった。だが今はどうだ、冷酷で感情を感じさせない目つきをしている。それではまるで犯罪者だろう。

 いよいよ真実味を帯びてきたと思わずにはいられなかった。

 

 「それとよ、もし村の連中が抵抗してきたらどうする?」

 「構わん。殺せ」

 

 冷淡な声に驚愕する。

 やはり以前の彼ではない。

 

 「何人か犠牲が出た方が悲劇に思えるだろう。海賊に襲われ、事切れたお嬢様を抱き上げ悲しみに暮れる執事。そうすれば村民はおれに同情し、遺産を継いであの屋敷に住み続けることになっても疑いはしない。筋書きは完璧だ」

 「それだけのために大勢死ぬのか。恐ろしい男だよ、あんたは」

 「フッ、これが頭を使うということだ。おれはただ動くだけのバカどもとは違う」

 

 地面に伏せたまま、草を握りしめるウソップは強く歯噛みする。

 あいつは、とんでもない嘘をついていたのだ。両親を失い、病弱になっていた少女を支え続けた人物。まさかと思ってももはや疑いようもない。

 奴は少女を傷つける嘘をついていた。

 それが許せなくなり、全身がかっと熱くなったように思える。

 密かに後ろへ下がって、崖下から見えないだろう場所で立ち上がったウソップは血相を変え、森の中へ向かい出す。目的地は自身の村だった。一目散に走り始めてあっという間に背が遠くなり、バレてはいけないと思うシルクは声を出せず、口を押えられたままでルフィも何も言えない。

 熟知した森の中を駆け抜けながらウソップは想う。

 両親を亡くして意気消沈している少女が居ると聞いて、それだけ大きな屋敷なら存在は知っていたのだ、初めて会いに行った。許可など取らず、勝手に庭の中へ侵入して。

 そこで出会った彼女は確かに元気を失くしていて、なんとかしてやりたいと思って話しかけた。

 たくさんの嘘をついて、行ったことも無い島の話を聞かせて、色々な冒険譚を語って聞かせて、何度も些細なことで笑わせようとした。今では彼女もそのホラ話を楽しみにしている節さえある。些細な出来事でも互いにその一時に安堵を覚えていたはずだった。

 その彼女が死ぬ。海賊に襲われて。

 計画が始まれば死ぬのはきっと彼女だけではない。生まれ故郷が荒らされて、被害はきっと一人や二人では済まないだろう。そんな光景、想像するのさえ嫌だった。

 全速力で走るウソップは森を駆け抜け、開けた場所へ差し掛かった。

 そこが村の入り口。向かう先には点々と存在する小さな家屋がいくつも見える。

 ぐっと歯を食いしばって涙が出そうになった。

 絶対に壊させたくない。

 そんな想いで必死に走り、道中キリたちとすれ違おうとも相手にはできず。

 

 「あぁウソップ、ちょうど買い出し終わったんだ。ルフィたちはどこに――」

 

 声をかけてくるキリの傍を通り抜け、驚いている顔のナミと険しい表情のゾロにも気付かず、視線はあくまで故郷を見ていた。

 今はただみんなを助けたい一心で。

 

 「海賊が来るぞォ~!」

 

 彼は大声で叫び始めた。

 

 

 *

 

 

 ウソップが一日を始めるため、必ず行う日課がある。

 それは村人に向かって大声で嘘をつくことだ。

 セリフは決まっていつも同じ。

 海賊が来たぞ。

 その言葉から毎日が始まり、村人の中には怒りを抱く者も居れば、習慣として慣れ親しんでいる者も居て、少なくとも全村民にとっての日課になっていたことは間違いない。

 ただ今この状況においては、その日課が仇となっていたと言わざるを得なかった。

 毎日海賊が来たぞと叫んでいたウソップが、本当に海賊が来ることを知って叫び回っても、誰も相手にはしてくれない。この嘘つきめ、また懲りずに嘘をつくか。そう言って箒やフライパンを持ち出し、懲らしめようと追ってくる大人たちばかりだった。

 ウソップの声に耳を傾ける者など一人も居ない。たとえそれが真実の言葉だったとしても。

 歯を食いしばり、苦心するウソップは屋敷へと向かって駆けていた。

 たとえ嘘つきだと罵られても構わない。守りたい相手が居る。

 せめて先に彼女だけはと塀を乗り越え、庭の一角、いつもの場所へ向かった彼に早くも気付き、少女は自室の窓を開けた。

 ふわりと揺れる金色の髪に、病弱そうな白い肌。

 カヤという少女はウソップを歓迎し、笑顔で彼に声をかけた。

 

 「ウソップさん、今日は遅かったのね。ひょっとしたら来ないのかと思って心配――」

 「カヤ! 悪いが話してる暇はない! 今すぐ逃げてくれ!」

 「え? あの、急に何を……」

 「明日の朝、この村に海賊が来る! おまえの執事のクラハドールだ! あいつが実は死んだはずの海賊で、おまえの遺産を狙って潜り込んでたんだよ!」

 「え、え? ちょっと待って、いきなりで話がよく」

 「とにかく逃げろ! ここに居たら殺されちまうんだよ! あいつの狙いはおまえなんだ!」

 

 焦るウソップはカヤの手を掴み、窓から逃がそうとする。というより無理やり連れ出そうといった姿だ。この動きにはカヤも受け入れられずに恐怖心を抱く。

 弱々しい抵抗をするが、今のウソップに気付けるだけの余裕はなく。

 彼の大声を聞いて執事が部屋へやってくるものの、それでも連れ出そうと引っ張っていた。

 

 「い、痛いっ。痛いわウソップさん……!」

 「ここに居ちゃダメなんだ! 事情なら後でゆっくり話す! だからまずは村から離れて――」

 「お、お嬢様!?」

 

 やってきたのは羊のような容姿をした執事である。

 メリーという名の彼は慌ててベッドへと駆け寄り、窓の外に立つウソップを見る。

 目は血走って明らかに冷静ではない。

 危険な様子を感じ、主の危機を知って、落ち着いて対処している場合ではなかった。

 

 「おいやめろ! お嬢様から手を離すんだ!」

 「なぁあんた、カヤを今すぐ逃がしてくれ! この屋敷じゃダメだ、もっと遠くへ、とにかく村を出るんだ! あいつらがやって来れないほど遠くに――!」

 「お嬢様から離れろォ!」

 

 こちらも焦りを募らせ、メリーが懐から拳銃を抜いた。護身用、或いはカヤを守るため常に持ち歩いていたのである。まさか顔見知りの少年に使わなければならないとは。そう思う冷静ささえ持っていなくて、自身でも混乱しながら抜いているのはわかっている。それでも止められない。

 予想していなかった光景にウソップの手から力が抜けて、するりとカヤの腕が抜けた。

 その瞬間、彼女はメリーの動きに気付いて慌てて振り返る。

 

 「だめっ、メリー!?」

 

 銃声が一度。弾が放たれてしまった。

 なぜ引き金を引いたかはわからない。きっとひどい緊張状態の中で、咄嗟の声で体が反射的に動いてしまったのだろう。構えはなっていなくて、狙いは逸れてしまっていた。

 だがそれでもウソップの体には届いてしまう。

 態勢を崩した彼の左腕に掠り、皮膚が破れて鮮血が舞った。

 ウソップはそのまま尻もちをつき、すぐさま左腕を押さえる。

 カヤとメリーはそんな彼の姿から目が離せない。

 罪悪感が胸を占めていた。銃を持つ彼も持たない彼女も。ただそれを伝えて謝罪しようとする前に、俯いてしまったウソップが小さく呟く。

 

 「うっ、ぐっ……!」

 「ウソップさん!? あぁ、傷が……ごめんなさい、今すぐ手当てを!」

 「そうか、そうだよな……おれが何言ったところで、信用なんかできねぇよな」

 「えっ……?」

 

 小さく呟いた直後、屋敷の門から大勢の声が聞こえてくる。おそらくは村の人たち。手に手に武器を持って追いかけてきた人々が追いついてきたのだろう。

 立ち上がったウソップは即座にその場から逃げ出した。

 もはや表情も見えやしない。日頃とは明らかに様子の違う彼の姿に違和感が拭えず、カヤが慌てて声をかけるが、まるで聞こえていないかのようにその足が止まることはなかった。

 

 「ウソップさんッ!」

 

 塀を乗り越えて外へ出て、さらに走る。振り向くことなく村を離れようとした。

 初めからわかっていたことだった。

 自分は嘘つきで、村民はみんなその嘘に飽き飽きしていて、今更誰も信用しないことくらい。海賊が来たと毎日言い続けた男が、今更本気で訴えかけたところで信じる者など居やしない。

 ひょっとしたら、それさえも計画の一部なのかもと考えた。

 たまたまにしては色々な要因が重なり過ぎている。

 今まで一度も海賊に襲われたことのない、海から少し離れて内陸の小さな村。そこには両親が死んで弱ってしまった金持ちの少女が居て、屋敷には使用人も大勢居て、人を疑うことを知らないようなのどかな風景が広がっている。その中で毎日嘘をつく少年が居て、彼の言葉を聞いて笑い飛ばす村民たちは、まさかこの村に海賊が来るとは思っていない。

 考えようによっては計画の片棒を担がされた感じすらある。

 誰にも会わないように村を駆け抜け、再び森へ入った頃。ようやく速度は緩まった。

 徐々に足を動かす速度を落としていき、歩き出して、しばらくしてぴたりと止まってしまう。

 頭を抱えた彼は木の幹に背を預け、俯いてしまった。

 誰一人として信用しようとしなかった。きっといつもの嘘だと思っている。明朝もその次もさらにその次も、海賊など来るはずがなくて、いつも通りの日常が繰り返されるはず。

 みんなはそう思っていて、だけど自分だけがそうではないと知っている。

 彼はいつしか苦悩していた。

 このままでは何の罪もない彼らが大勢犠牲になる。

 そうして悩んでいれば、村での話を聞きつけただろう子供たち、ウソップ海賊団を自称する三人が彼の下へやってきた。ピーマン、にんじん、タマネギ。共に島の中で冒険を繰り返した仲間だ。

 

 「キャプテン、ほんとなんですかっ!? 明日の朝、海賊が来るって!」

 「こうしちゃいられませんって! 戦いましょうよ! ウソップ海賊団が村を守らないと!」

 「僕らも頑張りますよ! そりゃ、キャプテンの足元にも及びませんけど……!」

 

 三人は真剣な様子でウソップを見ている。それを見て彼はぐっと唇を噛んだ。

 すくと立ちあがり、血が滴る腕は咄嗟に隠して、胸を張って笑い始める。

 

 「はっはっはっは! すまん、ありゃ嘘だ!」

 「……は?」

 「え? だって、キャプテン……」

 「いやよぉ、前々からあのクラハドールって奴はムカつく奴だったんだ。よくおれを睨んできやがるし、二度と屋敷には来るなとかなんとかさ。それで大っ嫌いだったもんでちょっと嘘をついてやったんだ。いやぁ胸がすっとした。これでおれは満足だ」

 「えぇ~、嘘だったんですか? なぁんだ……」

 

 そう聞かされて三人はがっくりした様子。肩を落として落ち込んでしまう。活躍の時が無くなって残念なのだろう。しかし、すぐに表情が変わる。

 

 「だけど、おれちょっとキャプテン軽蔑だな。キャプテンは人を楽しませる嘘しかつかないと思ってた。カヤさんにだっていい嘘しかついてなかったのに」

 「おれも。キャプテンはそんな人じゃないって信じてた」

 「僕も。人を傷つけるような嘘は、キャプテンらしくない」

 

 尊敬しているからこその失望。彼らしくない言葉に不満が募る。

 三人はそれから何も言わずに振り返ってしまい、村へ向かって歩き出した。

 それぞれつまらなそうに呟いて、少なくともこの場でウソップを見ることはなかった。

 

 「あーあ、なんかやんなっちゃったな」

 「さっさと帰ろうぜ」

 「今日のおやつは何かなぁ」

 

 離れていく三人の背を見つめ、ウソップは笑みを消して真剣な顔つきに変わっていた。

 彼らの背が遠ざかり、声が遠くなった頃。

 唐突に村へ続く道とは反対側から声が聞こえる。

 

 「おい、ウソップ」

 「あぁ……おまえら、見てたのか」

 

 目を向ければ一味が全員揃っている。

 先頭に立つルフィとシルクは険しい表情。彼の行動をよく思っていないのかもしれない。

 海賊が来るのは嘘ではないだろう。だがウソップはそれを嘘だと言った。

 血に濡れた左腕は隠さず、むしろ掲げて、自嘲気味に語られる。

 

 「これでいいんだ。嘘つきのおれが本当のこと言おうなんて、そもそも間違ってたんだよな……最初から誰も信じるはずなかったんだ」

 「んなことねぇよ。おれたちは信じる」

 「そりゃ、おまえらはいっしょに聞いてたから」

 「それがなくてもだ。おまえが本気で言ってるんだったら、おれたちは疑わねぇ」

 

 ルフィが真剣な目で言い切った。

 その胆力には言葉も失うが、やはりそう簡単に状況は変えられず、村人たちはこのままいつも通りの生活を送り、夜を迎えて、朝になるまで眠るに違いない。

 彼らが信じてくれるのは素直に嬉しかった。だが問題の解決には繋がらない。

 重く溜息をついたウソップを見やり、心配する顔でシルクが尋ねる。

 

 「これからどうするの? きっとこのままじゃだめだと思う」

 「あぁ……そうだな」

 

 目を伏せたウソップは数秒黙り込み、やがて目を開いて全員の顔を見回した。

 共に話を聞いたルフィとシルク。二人からなんとなくの事情を聞いたキリ、ゾロ、ナミ。誰もが同じ眼差しだ。彼を笑わず真剣に話を聞こうとしている。

 その顔つきだけで妙に力が沸いて来る気がするのはなぜだろうか。

 

 「おまえら、ちょっと頼みがあるんだがいいか?」

 

 気付けば意志は固まっている。

 ウソップは強い声色でそう言った。

 


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