夜が明けた。
白みゆく空は海の向こうから現れる太陽によるもので、徐々に世界が明るさを取り戻していく。
数時間の眠りを経て、思考は冴えている。気分もすっかり晴れやかだ。
遠い水平線から太陽が昇り、空を白く染め上げる朝焼けの中。冷めやらぬ興奮からか、早くに起き出した二人の少年が出航のための準備を始めていた。
昨日の朝とは、或いは島に漂着した瞬間とは景色の見え方が違う。
確実に心の持ちようは変わっていて、それが理由かもしれない。
今日の朝日を浴びれば昨日よりも気分が良かった。
風は緩やかで波は穏やか。出航には絶好の日和だ。
今日からは新たな生活が始まる。一度はやめたはずの海賊人生。我慢し続けていた昨日とは一転して嬉しくなっており、気付けばくすりと笑っていた。
「ルフィ。朝焼けだ」
「おぉ~、きれいだなぁ」
これから向かうべき海原に太陽。白い光が水面を照らし、キラキラ光ってひどく幻想的な光景が生まれる。これから自分たちはあちらへ向かうのだ。
ルフィは感心しきりで声を洩らし、キリは漂着していた樽を小舟の上へ乗せた。
出航準備とはいえ、大した物は持てない。なにせ店もない無人島だ。
島の奥地で汲んだ水を樽に、果物をまた別の樽に入れて、あとはもう乗せるものなどない。せいぜいが辺りに漂着していた木材で作ったオールくらいのものだろう。
二隻の小舟はすでに手一杯で、特に一隻は幽霊船から持ち出したお宝が山ほど乗っている。
実質的に二人が乗れるのは一隻だけ。かなり狭く感じるだろうが二人旅とはこういうものだと納得している。何より旅立ちへの好奇心が不満など感じさせない。
二隻の船ははぐれないよう、島内で見つけた丈夫な蔓で縛って連結させている。あまりにも頼りなく、みすぼらしい姿、海へ出るには大きな不安が残る状態だった。海賊と名乗るにはあまりに頼りない。町へ辿りつけばきっと笑われてしまうだろう。
それでも胸を躍らせる二人の決意は固く、これ以上の準備は行わない。新たな一日を迎えた今、ついに海へ出る瞬間が来ていた。
「新しい船出には最高の景色じゃないかな。船はボロボロで、ちょっとお粗末だけどね」
「いいじゃねぇか。また新しい船手に入れよう」
「これだけお宝があればそれなりの物が手に入ると思うよ。どういうのがいいかな」
「でっかい船がいいな、海賊船っぽいやつ」
「いいね。でもそのためにはまず町へ行かないと」
「この船沈まないといいけどな」
「やなこと言わないでよ。縁起でもない」
「しっしっし」
簡単ではあるものの準備が整い、小舟を挟んで二人が立つ。
何気なく海を眺めながら少しの時間が生まれた。
胸の中に広がるのは希望と期待と冒険心。まだ見ぬ海へ出航するため心が躍っていた。
どちらも楽しげな笑顔を浮かべてとても幸福そうである。
「んん、まずは仲間集めだ。十人は欲しいな」
「ご希望の人材は?」
「コックだろ、航海士だろ。あとやっぱり音楽家だな。まず音楽家探そう」
「普通だとコックや航海士が先じゃないかな。それに船医も必要になるだろうし、船が欲しいなら船大工を仲間にするのもいいと思うけど。なんで音楽家?」
「おいキリ、おまえ海賊やってたんだろ。だったらわかるじゃねぇか。いいか? 海賊は歌うんだ。歌う時に音楽家がいなかったらだめだろ」
「うーん、そういうもんかなぁ」
「そういうもんなんだ」
ルフィは何やら細かなこだわりを見せるものの、キリは笑って受け流す。
たった一日、しかし濃密な一日を過ごした。すでに彼の人となりはある程度理解しているつもりだ。後は航海を共にする内に理解を深めるとしても、ずいぶん変わった人であるとわかっていて、少なくとも今はそれだけわかっていればいい。
彼との航海は大変そうだ。一方でだからこそ楽しそうだとも思う。
大変だからこそ楽しい。言われてみればその通りかもしれない。見飽きた風景ばかりの航海なんて楽しくないと同意するわけで、そう思えば苦難は望むところだった。
夢は海賊王。
あまりにも遠すぎる野望だがその旅路のなんと楽しそうなことか。すっかり彼に毒され、かつての自分を取り戻したキリは上機嫌に彼へ声をかけた。
「ま、なんにしてもルフィが気に入った相手がいいんでしょ。ゆっくり探してこうよ」
「うん、まぁそうだな。キリはやっぱり副船長かな」
「任せるよ。どうせ何があってもついていくさ」
「よし。じゃあそろそろ行くか」
「いつでもどうぞ、船長。号令があれば今すぐにでも」
手で小舟を押し、徐々に波打ち際へ進んでいく。いよいよというところになれば足首まで海水に濡れ、足で小舟を蹴るように押し進めた。
先に彼らが乗る小舟が海に浮かぶ。それを見たルフィが楽しげに笑い、まず自分がぴょんとへ飛び乗って、それから空まで届く声で調子よく号令を下す。
「よぉし、出航だァ! 行くぞキリィ!」
「あいあいさー」
最後にぐっと足で押し、船が完全に浮かんでからキリも飛び乗る。
その後はオールで水の下にある砂を押し、お宝を積んだもう一隻は蔓で引っ張られ、波の力に助けられながら彼らの船はいよいよ海へ出たのである。
やけにあっさりした船出だったが、確かに最初の一歩は踏み出し、新たな旅路が始まった。荷物は少なく、人数は二人。新たに生まれた海賊団のまず最初の航海。
古びた小舟の上、無人島を脱出した二人は朝日に向かう形で漕ぎだした。