ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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幕間1
断章 敗北者たちの航路


 1

 

 小さな窓から差し込む光を見つめながら、囚人服に身を包んだ男はじっと動かずに居た。

 元海軍大佐、斧手のモーガン。

 守るべき市民から金品を奪い、人知れず圧政を敷いていた彼の行いは世間の目に触れ、此度逮捕される流れとなった。しばしシェルズタウンの独房に入れられた後、現在は軍艦で護送中。グランドラインにある本部から来た船に移って、やがては裁判にかけられる。

 ここ数日、彼は驚くほど大人しい。

 自身を捕まえた元部下たちには一言も文句を言わず、不思議なくらい静かなまま。

 軍艦に乗せられ、本部へ連れていかれる手筈となっても一切不満を口にしない。

 恨みを言葉にすることもなければ、すべて冷静に受け入れるかのようにも見えて、一方で返事はするものの、自身の気持ちを何も語らないのが恐ろしくもある。

 そんな状態の中、引き渡しの日がやってきた。

 本部の船がやってきて、モーガンがそれを知らぬまま扉が開けられ、檻の前に海兵が来る。

 以前は部下だった男が真剣な顔つきで見つめてきて、モーガンがそちらを見ないまま、口が開かれた。ついに別れの時が来たのである。

 

 「本部の船が来た。甲板へ出るんだ」

 「ああ」

 

 冷たい、感情が乗らない声だ。端的に答えたモーガンは迷わず立ち上がる。

 身じろぎ一つで手錠と足枷が音を奏でる。鎖が起こすそれにもまるで反応しなかった。達観している姿は自身の身の不便をなんとも思っていない様子である。

 開かれた牢屋の扉を潜り抜けて、数名の海兵に囲まれながら歩き出した。

 甲板へ出ると小さな窓など比ではないくらいの光に溢れている。

 一瞬目を細めた。外の景色は彼にとって少々眩しく、だが改めて目にすれば気分は悪くない。

 船の上には多くの海兵が整列していた。

 流石は海軍本部中将の船。良い兵が揃っているだけでなく統率もしっかり取れ、士気も高い。イーストブルー広しと言えどこれほどの海兵たちを揃える部隊はないだろう。

 前方、すでに中将の姿を見つけている。

 白いスーツを身に着け、肩には正義のコートをかけて、犬の被り物をした体格のいい男。

 海軍の英雄、拳骨のガープ。並み居る中将たちの中でも頭一つ抜きんでて強い男は老兵だが、世界中に名を轟かすほどの逸材でいまだ現役。かの海賊王ゴールド・ロジャーと何度も戦い、そして先の時代を生き抜いた、まさしく生きる伝説の一人である。

 ゆっくり歩いて、モーガンはその目の前へと立つ。

 なるほど、凄まじい強さだと感じる。

 ただ立っているだけでありながら周囲の海兵からは感じない威圧感があった。

 その時、ふとモーガンは様子の奇妙さに気付く。確かにガープは間近に立っているが何かおかしい。その威圧感とは裏腹な間抜けさを見出したのだ。

 凪のように落ち着いていた心が動き出す。

 数秒前まですべてを投げ出し、死刑すら受け入れる心地だったがここに来て変わった。

 彼の目に力が戻り、体に力が戻ってくる。

 ちょうどそんな時にどこかから息子の声が聞こえてきた。

 

 「親父ィ!」

 「ヘルメッポさん、だめだよ近付いちゃ!」

 

 興味なさげに振り返れば、海兵の制服を着たヘルメッポが泣きじゃくりながらこちらへ駆けつけようとしていて、同じく制服に身を包んだコビーに止められている。

 今更興味はない。だが視界の端に納めた意味はあった。

 何がきっかけだったかはわからない。

 周囲の予想に反した光景が生み出される。周囲の海兵の隙を突いて突如動き出したモーガンは、手錠をつけたまま自らの斧手でガープの胸を切りつけた。

 鮮血が舞って、一瞬の静寂。彼の体は倒れていく。

 これほど緊迫した状況下でガープは眠っていた。立ったままで不用心に、護送する犯罪者を目前にして。それを利用しない手はない。

 流れるような仕草でモーガンは自らにかけられた錠に斧を叩きつけ、鎖を引き千切る。

 真に解放されて周囲で海兵たちが慌てる中、素早く動いた彼は一直線にヘルメッポへ接近した。

 傍で悲鳴を上げて硬直するコビーを蹴り飛ばし、我が息子を盾として、彼の視線は素早く周囲を見回す。ガープの船に乗っていたなら困惑もするが、これはシェルズタウンの軍艦、つまりは元々彼が乗る機会もあった船だ。どこに小舟があるかくらいは理解している。

 その証拠にロープで釣り上げられた小舟を即座に発見した。

 

 「やめろモーガン! これ以上罪を重ねるな!」

 「お、おおぉ、親父ィ!?」

 「おれに近付くなァ!」

 

 息子の首に斧を突きつけ、素早く移動した彼はロープを切り、小舟を海へと落とす。

 そのまますぐに駆けてヘルメッポを盾に前へ突っ込み、縁に足をかけて思い切り跳んだ。先に海へ落ちていた小舟へ上手く乗ると、船を動かして軍艦を離れる。

 まさしく犯罪者の手並み。素早い行動だった。

 軍艦の上ではすぐさま砲撃準備が始められるものの、ヘルメッポが居ては簡単に撃てないだろうと考える。一瞬の出来事とはいえそこも考慮済みだった。

 十分に離れた後で、ようやく恐怖で震える息子から手を離し、モーガンは床に座った。

 

 「たまには役に立つじゃねぇか。ありがとよ、初めておまえが居てくれて助かったぜ」

 

 冷たい声でそう言われて、震えていたヘルメッポに小さな変化が起こる。

 膝はがくがく震え、脂汗が滝のように流れ、そんな状態なのに初めての表情を見せる。歯を食いしばって涙を流し、惨めながらも決意を滲ませる表情。

 よろよろと立ち上がった彼はモーガンに向き合った。

 力強く彼を指差し、明らかに動揺した声で大きく叫んだのである。

 

 「お、おいモーガンッ!」

 「あぁ?」

 「ぐっ……お、おまえみたいな奴を親父だと思ってたおれがバカだったぜ!」

 「急に何言い出しやがるんだ。えぇ、バカ息子」

 

 呼吸は荒れて怯え切り、みっともない姿。

 それでも緊張が高まり過ぎたせいか、もはや自分が何を口走っているのかわからない。

 ヘルメッポは声を大きくし続けた。

 自分の思考がわからなくなっている状態で、一つだけわかるのは自分が怒りを抱えていること。以前にもバカ息子だと罵られ、父親らしい姿などほとんど見たことがなく、反抗のように権力を利用しようとあったのは無関心だけ。そして極めつけは、人質として利用されただけだった。

 我慢の限界といった様子で、自然と溢れ出てくる言葉に口が突き動かされる。

 思えば、彼は初めて思いの丈を父親へとぶつけた。

 

 「おれはもう、おまえを親父だとは思わないッ!」

 

 モーガンは冷静な面持ちで聞くのみだった。

 

 「今に見てろよ……おれはおまえより強くなって! いつか捕まえてやるからな!」

 「フン。勝手にしろ」

 

 ヘルメッポはもつれた脚で逃げ出し、自ら海へと飛び込んだ。向かう先は軍艦。なぜか砲撃して来ないようで小舟は問題なく遠ざかっていく。

 決意したヘルメッポの姿を見たところで、大して心は動かない。

 小さな帆が風を受け、舵を取れば船は思いのままに進む。どこへ行こうかと考えた。

 もう海軍には戻れない。戻るつもりもない。今まで積み重ねたすべてが崩され、何もかも失くし、手元には何も残っていなかった。かといって他人に従うのが嫌いな彼は、独房の中でじっとしているのを認めないらしい。今から新たな生き方を見つけなければならないのだろう。

 さてどうしよう。

 目的も無く大海原を見た彼は密かに思う。

 ひとまず、復讐でも考えてみようか。

 今となっては自分を倒したガキどもへの恨みもない。不思議なほど心が落ち着いて興味はなかった。だがどこへ行けばいいかもわからないのなら、よくある話の一つとして、彼らを恨んで復讐するために探すのもいいかもしれないと思った。

 立ち上がったモーガンは船の先端へ立った。

 こうして一人で旅をするのは初めてのことである。

 しばらく麦わらの少年たちを探して彷徨ってみるかと決意して、彼は旅立ちを決めたのだった。

 

 

 

 2

 

 がちゃがちゃフォークとナイフの音が騒がしい。十人程度乗れば精いっぱいだろう小型帆船の上、テーブルと椅子を持ち出して二人の人間が対面していた。

 一人はオレンジの町から吹き飛ばされた海賊、道化のバギー。近くの島で頭から地面に突っ込んでいたところを助けられ、有難いことに食事まで世話になり、ボロボロの格好のまま肉に喰らい付いている。ルフィに与えられたダメージは思いのほか大きかった。少しでも回復を望むかのように勢いよく料理を平らげていき、その勢いは留まる所を知らない。

 その対面に座るのは麗しい美女だった。

 袖を捲ったコートを着ているものの、その下に着けるのは水着のようなビキニのみ。胸だけを隠して括れた腰が艶めかしく、ほっそりとした外見は男心を鷲掴みにする。

 微笑を称えてバギーを見つめる顔は誰が見ても美しいと唸るだろう。

 たまたま見つけた彼を助けた美女は、己の名をアルビダと名乗った。

 

 「そうかい、海賊に吹き飛ばされて……災難だったねぇ。実はアタシもある海賊に負けちまってね。船も部下も失って、今はこうして気ままな一人旅さ」

 「まったくムカつく野郎だぜ。絶対に許してなるものか、すぐに見つけて報復してやるっ!」

 「意気込むのはいいけどまずは仲間と合流しなきゃいけないだろ。ところで、アタシも人探しをしてるんだけどさぁ……その海賊ってのは、麦わら帽子をかぶってたかい?」

 「なにィ!? てめぇ、なんで知ってやがる!」

 

 驚愕したバギーは食事を中断し、強くテーブルを叩いた。

 アルビダはちっとも驚かずに微笑んでいる。

 

 「やっぱりそうかい。その海賊はちょうどアタシが探してた男さ」

 「何ィ? まさかあの野郎にやられた同志が居たとは……!」

 「あんた、ルフィを探すんだろう? だったら手を組もうじゃないか。近頃この辺りを本部の監査役がうろついてるって話だし、味方は多い方がいいだろう」

 「ふ、ふふふ、そういうことか……よぉしいいだろう。おれたちは今から同盟関係だ」

 

 味方が増えたことでほくそ笑んだバギーだったが、それだけでは終わらず。

 いつもより頭が回っている。認めたくないが、認めざるを得ない。彼の底知れぬ強さとやらを。

 上機嫌な彼はアルビダへと更なる提案をした。

 

 「だがな、おれ様はあいつらにひどい目に遭わされた。もちろん報復してやるがただじゃ終わらせねぇ。どうせならドハデに騒いでやろうじゃねぇか」

 「どうする気だい?」

 「戦力を集めるのよ。奴らを完膚なきまでに叩き潰すために」

 

 元より頭が切れる海賊だった。だからこそ労力を使わずいくつもの町を潰したし、平和なイーストブルーで名を上げ、千五百万ベリーの懸賞金がかけられた。

 今は時を待って暗躍し、いずれ派手に彼らを出迎える。

 そう決めたバギーは怪しく笑い、同じく賛同したアルビダも肩を揺らす。

 

 「面白そうだね。いいよ、乗った。それじゃあ使える人間を集めようじゃないか」

 「まずはおれ様の仲間と合流する。あいつら今頃おれが居なくて悲しみ嘆いていることだろう。その次はいよいよ戦力集めだ。できるだけ有能な奴らを集めようぜ」

 「しかしそう簡単に協力するかね。相手も海賊だとしたら裏切る可能性は高いよ」

 「あぁ、わかってるさ。だから連中を利用してやるのよ」

 「連中? ひょっとしてルフィのことかい?」

 

 くつくつ笑うバギーはしたり顔で言い切った。

 

 「そうさ、おれたちをぶっ飛ばしたってことは、あいつらの腕も多少は認めてやらねばなるまい。これから先もあいつに負ける海賊が出てくる可能性がある。そいつらをスカウトして掻き集めりゃ、恨みを理由に結束する同盟が完成するだろう?」

 「なるほどねぇ。金でも信用でもなく恨みで結束か」

 「もしもおれたちと再会する前に死んじまうようなら、所詮それまでの男だったってことだ。だがもし、再会する時が来るのなら、それまでにすべての準備を終えて待ち構えてやる……」

 

 バギーがジョッキを持ち上げたことで、アルビダも同じく手に取った。

 二人で掲げて目を合わせ、互いに勢いよくぶつけて祝杯とした。

 

 「おれたちゃ今日から“麦わら討伐連合”だッ! ぎゃははっ、成り上がってやるぜ!」

 「いい気概だねバギー。それじゃひとまずあんたについてくとしようか」

 

 中身を煽って話を纏め、この日、新たな勢力が生まれようとしていた。

 今はまだ小さな力。しかし寄り集まればやがて止め切れない大きな嵐ともなり得る確信がある。

 新たな航海に乗り出した二人は上機嫌に計画を練り始めた。

 

 

 

 3

 

 電伝虫というのは、特殊な生態を持つ生物である。

 電波で遠く離れた仲間と交信する特徴を持っており、人間はそこに目をつけて彼らへ受話器とボタンを設置。まるで電話のように人間同士の連絡手段として確立された。

 今しがた電伝虫での連絡を終えたばかりで、ウェンディは受話器を殻へ置く。

 通信を終えた電伝虫はすぐに眠り始めてしまい、一気に静かになる。

 応援として寄こされた軍艦の執務室、深く溜息をついたウェンディがだらしない姿で椅子に座り直してしまい、それを見た少尉がすぐさま口を開いた。

 

 「大佐。きちんと座ってください」

 「だめ。もう無理よ。ほんとに毎日毎日次から次に色んな問題が……」

 「仕方ないでしょう。そもそもはあの海賊に執着したのがいけなかったんです。おかげでネルソン・ロイヤル提督は行方知れず。第八支部は混乱中です」

 「そう? 案外ほっとしてるんじゃないかしら」

 「思っていても口には出さないで頂けますか。それが大人というものですよ、大佐」

 

 子供のように唇を尖らせて拗ねてしまうウェンディの態度は子供その物。

 信頼する少尉の前とあってか遠慮もせず文句を言っている。

 こんな姿、部下たちには見せられないと少尉が溜息をついた。基本的に彼女は仕事もできるし真面目だ。だが時折こうしてやる気を失い、愚痴っぽくなって働かなくなることがある。目下の所それが一番厄介な癖。少尉が頭を悩ませる部分だ。

 体重をかけて椅子を傾かせたり、戻したり。

 カタカタと音を立てながらウェンディがつまらなそうに言った。

 

 「ガープ中将、モーガンを逃がしちゃったんだってさ。引き渡しの時に立ったまま寝ちゃったらしいわ。なんか若くて活きが良いのを見つけたとかなんとか言ってたけど、ほんと、センゴクさんが言った通りよね。良くも悪くも自由なんだから」

 「仕方ありません。ガープ中将ですから」

 「そう言われるのってすごいわよね。こういうの今まで何回もあったのかなぁ」

 「いえ、敵を逃がしたなど滅多にないことでしょう。あの方は戦闘力で言えば現段階でも海軍トップクラス。全盛期と言われた頃ならまず敵が逃げられる訳がありません」

 「そ。流石におじいちゃんになっちゃったってことかな」

 「否定はできませんが、強いことに変わりありません。それと大佐、ガープ中将を引き合いに出して仕事をサボろうとしてもダメです。聞きませんよ」

 「ちぇっ。まだ何も言ってないのに」

 

 ぐぐっと両手を上げて伸びをするウェンディを見て、少尉は一層眉間の皺を深くする。

 言いたいことならいくらでもある。そのせいでどれから言うべきかを悩んでしまうのだ。

 険しい表情で彼女へのお小言が今日も始まり、厳しい口調で言葉が飛んだ。

 

 「大体、今回の航海も無駄足でしょう。応援まで来てもらったのに私情を挟まないでください。第八支部所属海兵の役職の選定し直しに、シェルズタウンも人材不足、それから他の基地からも不正に関する報告が来ているんです。次から次に解決しないといつまで経っても終わりませんよ。グランドラインにも帰れません」

 「いいのよ、しばらくこっちに居ようと思うから」

 「前は散々嫌がっていたじゃありませんか。家族に会えないから、と」

 「そうねぇ、あの子たちは寂しがっちゃうけどね。でもたまにはいいじゃない、イーストブルーの市民のために働かなきゃ」

 「ハァ……やはり彼のことですか」

 

 少尉が溜息をつけば、ウェンディは笑っただけだった。

 ちょうどその頃になって扉がノックされ、外から一人の海兵が入ってくる。背筋をぴしりと伸ばして報告した彼は、目的地に到着したことを告げた。

 ウェンディは頷き、少尉を伴って甲板へ出る。

 前方に島が見えている。

 小さな島で、砂浜に面した位置に小さな村が見えた。

 確認した名前では、ココナ村。彼から聞き出した故郷である。

 これは明らかに私情、彼女の都合だ。知りたいことがある。だからたとえ短い期間であろうと彼が育った村へ赴き、聞いてみたい話があった。

 期待から胸を膨らませるウェンディは笑みを称える。

 その感情は生まれて初めて得る物で、今まで感じたことのない不思議な感覚から、彼女自身興奮を抑え切れなくなっていたようだ。

 


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