ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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memories

 夜が明ける頃には、軍艦島を囲うロストアイランドは再び沈んでしまい、千年竜たちはまたそれぞれの住処へと飛び立って、島は以前の様相に戻った。しかし海中からロストアイランドを引っ張り上げた四匹だけは残り、そのまま島で暮らすようだ。

 アピスに聞けば彼らは竜の巣を守る番人のような存在らしい。

 しばらく長い眠りに就いていたので、彼らの不在の間、リュウ爺が島を守っていた。

 彼らが目覚めた今、リュウ爺は転生した体でアピスと共に新たな生活を送る。 

 元通りでもあってそれだけではない。

 今日からはまた以前のような時間が戻ってくる。

 ロストアイランドが沈んだことを知った一味は冒険の終わりを知り、数日を軍艦島での休息に充てることに決めた。アピスとボクデンの家に泊まり、一夜が明けた後。

 新たな一日を迎えて彼らはのどかに過ごしていた。

 砂浜に集まった五人とアピスとリュウ爺は、何やら騒々しい様子で話していたのである。

 

 「よぉし! おれは今日泳ぐぞ!」

 

 海を眺めて腕組みをしたルフィが威風堂々と大声を出した。

 これにより全員の視線が集まって妙な物を見る目を向けられる。

 

 「どしたのルフィ。急に自殺志願?」

 「違う! だってよぉ、たまには泳ぎたくなるだろ。今日なら行ける気がする」

 「いや無理だろ。おまえらカナヅチじゃねぇか。しかもシルクまで泳げなくなっちまって、溺れたおまえらを助ける手が減っちまったぞ」

 「あっ。そこまで考えてなかった」

 「とにかくおまえら、水着に着替えるぞ。みんなが貸してくれるらしいからさ」

 

 それぞれ違った表情を見せるものの本気で嫌がる者はいない。

 激しかった一日を終えてやっと安堵できる時間。今は喧嘩の一つもしたくなくて、疲れた心を癒したいという欲求が強い。海水浴の提案もそのためなのだろう。面倒そうだと表情を歪めていたゾロも本気で否定する訳ではなくて、彼らが溺れた場合が面倒だと考えていたらしい。

 潮風を受けたナミが両手を伸ばして背伸びする。

 心地のいい太陽の光だ。前日の嵐や戦闘が遠い日に感じる。

 泳ぎが得意な彼女は拒否する様子はなく、ルフィに振り返ると笑顔で言った。

 

 「別にいいんじゃない? カナヅチなんだから無茶はしないだろうし、浅瀬で浸かるくらいなら問題ないでしょ」

 「おまえは知らねぇかもしれねぇがな、居るんだよ、こん中に。自分がカナヅチだって知ってる癖に海に近付いて勝手に溺れちまうバカが」

 「水着なんていつ以来かな。ひょっとしたら子供の時以来かも」

 「話聞けよ、バカ。おまえに言ってんだ」

 

 ルフィだけでなくナミに加えて、キリまですっかり乗り気で、ゾロが頭を抱えたくなる。

 彼らの尻拭いをすることになるのが自分だと知っている。

 泳げないのになぜ海水浴に興味を示すのかと頭が痛くなりそうだが、寸でのところでやめた。

 どうせ考えるだけ無駄。彼らが普通の思考回路を持っているとは思っていないのだ。

 腕組みをして呆れた態度を分かり易く見せるゾロとは対照的に、上機嫌なナミは村へ向かって歩き出し、傍に居た二人の名を呼んだ。

 

 「アピス、シルク、行きましょ。水着なんて久しぶり」

 「うん。えへへ、私も泳ぐの久しぶりだなぁ」

 「わ、私も?」

 「一人だけ着替えないのも変じゃない。ほら早く」

 「あの、ちょっと……」

 

 シルクの手を引いてナミが歩き出し、アピスが先頭となって自宅へ向けて歩き出した。

 続いてルフィが自分たちもとばかりに、残った二人へ笑顔を見せる。

 昨日の顛末があっても好奇心は次なる物へ向いているらしくて、飽きない人物だ。元気よく駆け出したルフィもまた一目散に村へと向かう。

 

 「キリ、ゾロ! おれたちも行くぞ!」

 「ったく、面倒なこと言ってるって自覚はあんのか」

 「いいねぇ水泳って。この機にじっくり練習してみよっかな」

 「無駄な努力だ、やめとけ。つーかてめぇはあんだけ弱っててまだ懲りねぇのか」

 

 文句を言いつつゾロも歩き出し、最後にキリが続く。

 その刹那、すぐ傍にある村へ続く坂道を進む途中、なぜかキリはふと海へ振り返った。

 自分でもなぜそうしたかはわからない。ただそうした甲斐はあったのだとすぐに気付いて、肩をすくめて苦笑した彼は踵を返した。

 ルフィは先に行ってしまった。そのためゾロに声をかけて砂浜へ戻る。

 

 「ごめん、先行ってて」

 「あん? どうした」

 「ちょっと忘れ物。すぐ行くから」

 「あぁ……」

 

 わずかに振り返ったゾロも事情を察したか、深くは聞かず前を向いた。

 

 「もう溺れんなよ」

 「大丈夫、話すだけだから。多分ね」

 

 一人で砂浜に戻った彼は海からやってくる人物を見つめる。

 シロクマ、ドニーの背に乗った美女が一人。以前の堅苦しいスーツとは違って、気楽なアロハシャツとハーフパンツで、帽子とサングラスまでつけてまるで観光気分。

 お気楽にやってきたウェンディはドニーの背の上で足を組み、気安く手を上げた。

 

 「お久しぶり。と言うより、昨日ぶりかしら」

 「どうも」

 「今日はにこやかなのね。昨日もそうだったら良かったんだけど」

 

 犬かきをするドニーが砂浜へ上がって、背には彼女を乗せたまま、何気なく会話が始まった。

 外見からして今日は捕まえる気がないらしい。

 リラックスした状態で話しかけられて虚を衝かれ、しかし苦笑した彼は逃げずに向き合う。わざわざ向こうから出向いたのだ、それなりの話があってのことだろう。

 ネルソン・ロイヤルの名を口にしたのは彼女。海戦の名手だと教えたのも彼女だ。

 今にして思えば身内の情報を簡単にしゃべったものだと思う。敵の行動も奇妙なほど迅速で、夜中だというのに船を出して、千年竜捕獲のためとはいえ航海するのは少しやり過ぎのようにも思える。それだけ強欲だったとも考えられるが、ある疑念が胸の内に生まれた。

 両者の衝突を彼女自身が望んでいたとしたら。

 一方には艦隊の情報と戦法を教え、一方には千年竜が実在するとリークする。

 その結果海賊と海軍の正面衝突を狙ったのだとしたら、とんでもない女性だと思えた。

 

 「ネルソン・ロイヤル、行方不明らしいわね。まぁ私は案外助かっちゃった方だけど」

 「全部狙ってのことだったのか。ボクらが逃げたことも、艦隊が崩壊したことも」

 「ふふ、どうかしら。あなたに上手くしてやられたのは本当よ。おかげで船が壊れちゃったし、迎えを呼んだけどしばらく自由には動けそうにないわね」

 「船内には電伝虫が見当たらなかった。最初から隠してたんだね」

 「隠すだなんて。ただちょっといつもと違う場所で寝ちゃってただけよ。不思議ね、勝手に動いたのかしら」

 「電伝虫は勝手には動かない。加工された物ならどれでもね」

 

 くすくす笑うウェンディに、キリが溜息をつく。

 自分が甘かったのだと考えなければならない。思慮が浅かった。ただ敵船を壊していい気になっていたが、仲間を想うならば連絡の手段を奪っておくべきだった。

 すべては後の祭り。しかし彼は反省し、それを見透かしたウェンディが言う。

 

 「別にいいじゃない。もう終わったことよ」

 「ちっとも良くない。危うく死ぬところだった」

 「だけど結果はあなたたちの勝ち。今も生きてるでしょう」

 「勝ったのはボクらじゃない……千年竜だ。ボクらだけなら今頃死んでる」

 

 笑みを消して真剣な表情になり、キリは複雑な感情を胸に言う。

 個人と組織の力量は別物。海賊として名を上げるならば、クルーそれぞれの腕っぷしが強いだけではだめだ。他の力を掻き集めなければ。

 それを知ったという意味では、今回の戦闘には意味がある。

 感謝が半ば、半分は彼女に対しての恨みで、視線を受け止めたウェンディは肩をすくめる。

 

 「そう、真面目なのね。多くの海賊は結果が良ければすべて良いって言うのに」

 「ハァ、もういい。それで今日は何しに? 今から戦おうって格好じゃないけど」

 「挨拶をね。あなたたちを追えなくなったから、またの機会に会いましょうってこと」

 「それだけを言いにわざわざ?」

 「律儀でしょ。それにこの子があなたの顔を見たいって言うから」

 

 ドニーの背を撫でると、彼が嬉しそうにキリを見つめている。

 複雑な気持ちでキリが目を合わせたままウェンディへ聞いてみた。

 

 「どんな関係なの、その海賊と」

 「うーん、難しいわね。おじいちゃんにとっては天敵でライバル。だけど世間がどれだけ悪く言っても、私たちは嫌いになれなかった。関係って言えばそんな感じ」

 「その人の最期は?」

 

 そう問いかけるとウェンディはサングラスを取って微笑んだ。

 

 「まだよ。最期じゃないわ、あの人は生きてるから」

 

 思わず唸ってしまった。

 前にもちらりと聞いた気がするものの、やはり生きているのか。

 それが嬉しい事か否かはまだわからない。キリが俯いて考え込んでしまう。

 ウェンディはズボンのポケットへ手を入れ、それを取り出す。

 手に持っていたのは一枚の紙だった。

 

 「それは……」

 「ビブルカード。人間の爪を使って作る物よ。その人がどこに居るのかを指し示す、別名“命の紙”。これが燃えて消えてしまわない限り、あの人が生きてることだけはわかる」

 「噂だけは聞いたことある。それがあればその人を探せるんじゃ」

 「ええ、可能よ。でも私にはその気がない」

 

 なぜとは言わず、紙を掲げて軽く振る。

 

 「必要なら二つに破って片方渡すけど、どうする?」

 「いや……」

 

 必要か否かを問われ、逡巡するもすぐに答えは出る。頭を振って否定し、笑顔で彼女を見た。

 否定する訳ではないが欲しいとは思わない。

 海賊として長く旅をして、今更親の温もりを求める性質でもないのだ。自分から会おうとは思わない。ただ、逃げる気もしないのが正直なところ。

 彼は素直な想いを吐露する。

 

 「もらう必要はない。会う時が来ればそれでもいいけど、自分から探す気はないから」

 「そう。わかったわ」

 

 ポケットに紙を戻し、用件は終わったらしい。

 村から駆けてくる人影も見えた。

 寂しそうではあるもののドニーが体の向きを変えて、ウェンディは笑顔を向けてくる。

 キリが見送る中で彼らは沖を目指し始めた。

 

 「また会うことになると思うわ。それじゃまたね」

 「会わなくて済むならそっちの方がいいけどね」

 「ふふふ」

 

 二人が行ってしまい、砂浜にはキリだけが残された。

 それから幾ばくもせず水着に着替えたルフィが走ってきて、嬉しそうに彼へ声をかける。

 

 「おいキリ、見ろっ! 浮き輪!」

 「おぉ、いいアイディアだね。それで泳ぐの?」

 「しっしっし。これならカナヅチだって関係ねぇだろ」

 「上手くいけばいいけど。ゾロかナミがいないとこではやんないでよ」

 「わかってるって。それよりほら、キリの水着も持って来たぞ」

 「まさかここで着替えろってわけじゃないよね」

 「別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」

 

 水着だけでなく浮き輪を身に着けたルフィは、右手に持った男性用の水着を見せる。

 キリはすぐに受け取るものの、返答する前に別の人物の声がかけられた。

 

 「やめなさい。セクハラよ、それ」

 「お、ナミたちも来たか」

 

 声をかけてきたのはナミだった。島民から借りたというビキニを身に着け、左肩の辺りは包帯が巻かれているが、美しいプロポーションを誇る肉体を惜しげもなく晒している。

 その背後にはまるで隠れるようなシルクが居て、同じくビキニで恥ずかしそうにしている。

 彼女たち二人から少し遅れてアピスも走ってきて、ワンピース型の水着を身に着けて、胸には相変わらずリュウ爺を抱いていた。

 ルフィが浮き輪を体に通しているのを見て、彼女の表情はパッと明るくなる。

 

 「わぁ、それすごいねルフィ。私たちでも泳げるのかな」

 「いい考えだろ。あとでアピスにも貸してやる」

 「ほんと? やった!」

 「はしゃぐのはいいけど、あんたたちちゃんと気をつけなさいよ。基本はカナヅチなんだから、溺れたら終わりだってこと忘れないでよね」

 「大丈夫だろ。だって浮き輪持ってんだぞ?」

 「それだけで賄えないでしょ。力が抜けるって言ってるんだから」

 

 気楽に笑うルフィを見ていると肩の力が抜けてくる。呆れた顔でナミが溜息をついた。

 ひとまず泳げる人間が来たため、この場を任せていいだろうとキリが歩き出す。流石に解放的な砂浜で裸になる予定はない。一旦アピスの家へ戻って着替えてくるつもりだ。

 

 「それじゃ、悪いけど一旦失礼して。せっかくだし着替えてくるよ」

 「おう。早くなぁ」

 「ナミ、もしもの時はよろしく。泳げない人が三人いるから」

 「はいはい、わかったわよ。それとあんたを合わせて四人ね」

 

 笑って歩き出したキリはすぐにゾロとすれ違い、後を託してしばしその場を離れた。

 彼も水着に着替えている。だが刀は置いてこなかったらしく、専用のベルトを使っていつも通りに右腰に提げていた。それがないと落ち着かないのだろう。

 ゾロが砂浜へ入ってすぐ、ルフィは海へ向かって駆け出した。

 もはや我慢ならない様子。試してみたくて仕方ない。

 浮き輪を信用しきって思い切り跳び、彼は海へ飛び出した。

 

 「いやっほー!」

 

 バシャンと海面へ到達してすぐに体から力抜ける。浅瀬で腰まで浸かって、浮き輪があるおかげでそれ以上は沈むことなく、水面で漂うことに成功したようだ。

 浮き輪に体重を預けるようにしてへたり込む。

 とても泳いでいるとは言い難い姿だったが、ひとまず死ぬことはないと見え、ゾロは呆れた。

 

 「はぁ~……力が抜ける~」

 「風呂じゃねぇんだ。そりゃ泳いでるって言わねぇだろ」

 

 波の動きに合わせてゆらゆら揺れて、ルフィは海水浴を楽しんでいるようだ。

 心配はいらないのだとわかってナミが微笑み、アピスを見る。

 彼女も泳ぎたいと言っていた。今よりも幼い頃に能力者になってしまったせいで水泳などほぼ経験がない。そんな彼女に、真似事だけでもさせてやりたいと思った。

 

 「アピスも行ってみる? 私が見ててあげるから」

 「うん! リュウ爺も泳ぎは得意だもんね」

 

 今まで抱かれていたリュウ爺が鳴き声を発して、地面に下ろされると自らの足で歩き出す。本来の幼体とは違って彼は体の動かし方を知っている。淀みない足取りだった。

 アピスとリュウ爺がゆっくり波打ち際へ進み、一方でナミはシルクへ目をやった。

 恥ずかしがっている彼女はやけに口数が減っている。

 体の各所からわずかに筋肉質な様子が伺えるものの、きれいな肌と抜群のプロポーションを持っている。しかし肌を晒すことに慣れていないようで、自分の体を抱きしめて離さず、所在なさげに視線をうろうろさせている。この時ばかりは年頃らしい表情だった。

 そんな彼女を可愛らしいと思い、苦笑したナミは小さく嘆息した。

 

 「いつまでそうしてるのよ。あんたも海賊ならいい加減腹括りなさい」

 「う、それとこれとは話が別だよ……これ、ちょっと布少ないんじゃない?」

 「今時みんなそんなもんだって。心配しなくてもあんたはきれいだから、ほら手ぇどけて」

 「ちょ、ちょっと……もう」

 

 胸元を隠す両手を下ろさせ、仕方なくシルクは背面で手を組んだ。

 まだ頬は赤いままだがそれも彼女らしいといったところか。

 満足気なナミは数度頷き、笑顔で尋ねる。

 

 「あんたはどうする? 浅瀬なら別に二人でも見れるけど」

 「ううん、今はやめとく。ちょっと能力を使う練習しようかと思って」

 「今? 何もこんな時にやらなくたっていいじゃない」

 「こんな時だからやっておかないと。もしもの時に使えなかったら困るでしょ」

 「真面目ねぇ。ちょっとはあいつを見習えばいいのに」

 

 海にぷかぷか浮かぶルフィを見て一言。二人は揃って苦笑した。

 

 「あれはちょっと勇気が要るかな」

 「ま、下手すれば死んじゃうしね。そっちの方が賢明よ」

 「でも後で泳いでみようかな。ナミ、お願いできる?」

 「いいわよ。アピスの後で良ければね」

 

 そう言ってナミは振り返ったが、少し離れた位置で鍛錬を始めるゾロを見つけた。

 砂浜で逆立ちをして、そんな状態で腕立て伏せを始める様はどうにも異質。逞しいとは思うものの間抜けさも感じられ、呆れた彼女はアピスの下へ向かう前に声をかける。

 

 「で、あんたはあんたで何やってんのよ」

 「見りゃわかんだろ」

 「そういう意味じゃなくて……あぁもう。あんたたちってほんと変人揃い」

 「うるせぇ。あの二人に比べりゃマシだ」

 

 強かな様子で鍛錬を続ける彼は簡潔に答えて、すぐに集中してしまう。会話はすぐに終わってナミはアピスの下へ向かった。それでも以前より関係は近くなったと思える。

 嬉しく思ったシルクは気分を切り替え、自身も鍛錬を始めようと右手を胸の前に上げた。

 剣は置いて来ている。この場には必要ないという判断だ。

 人差し指を伸ばしてじっと見つめ、力を入れるようにイメージする。

 想像するのは風。

 使ってみた結果から性質はわかった気がする。キリに話してみればそれもただの片鱗でしかないと言われたが、ひとまずは一つの技に執着する。風を放って敵を切るカマイタチ。それこそが自らの主戦力となるに違いない。独学の剣術と合わせれば、自分だけの戦法となる。

 彼女は真剣な顔つきだった。

 

 「むんっ」

 

 能力は問題なく使用できた。

 指先に巻き付くようにどこからともなく風が発生し、その場で旋回する。

 彼女の意志に従って動く自然現象。ロギアではないとしてもこれだけで大きな武器だ。

 しばらくはその場で留めるよう集中して注視する。

 些細な挙動だが確かに彼女が操っているらしい。かなり筋が良い様子のため、逆立ちしたままでゾロがその指先を見やり、感心した声を出した。

 

 「へぇ、やるじゃねぇか。能力を使うのは簡単じゃねぇって聞いてたが」

 「えへへ。暇さえあれば練習してるんだ。問題はこれから――」

 

 シルクの目は海を捉え、おもむろに腕が振るわれた。

 指先からは小規模とはいえ風が飛ばされ、宙を駆けて、確かに彼女の手から放たれる。

 

 「えいっ!」

 

 離れた瞬間、やったと思う。能力を操った結果だ、続ければもっと強くなれる。しかしそう思えたのも一瞬のことで、放たれた風は斬撃の性質を持ったまま、ルフィの浮き輪に直撃してしまう。

 あっと声を出したのはシルクとゾロが全く同時。

 パンっと軽い音を残して浮き輪が割れてしまい、ルフィが海に落ちた。

 当然浮き輪を失くせば彼は為す術もなく海に沈んでしまい、あっという間に姿が消える。

 シルクが悲鳴を発する瞬間、ゾロが慌てて駆け出して海へ飛び込もうとしていた。

 

 「きゃあっ!? ご、ごめん!」

 「バカ野郎ッ、どこ当ててんだ!?」

 

 大急ぎでゾロが飛び込んだことでなんとかルフィは救い出された。だが彼が砂浜まで引き上げられた時にはたらふく海水を飲んでいたらしく、ゴムの腹が大きく膨らんでいる。

 首根っこを掴んで引きずり、パッと離して砂浜へ置く。

 ゾロが呆れた表情で溜息をついた。

 そのままではいけないだろうと思い切り腹を踏みつけてやる。すると押し出されたことによってルフィの口から噴水のように海水が噴き出し、勢いよく吐き出された。

 九死に一生を得てルフィは大の字に倒れ、深呼吸を繰り返す。

 危ないところだ。そんな間抜けな姿でさえ死んでしまう可能性を持つのが能力者の特徴。どんな環境であれ、海に落ちればそのまま死に直結するのだ。

 シルクがすぐに彼の傍でしゃがんで両手を合わせ、謝罪の言葉を伝える。

 彼自身こんなことで怒る人間ではないが心配と罪悪感が入り混じったらしい。申し訳なさそうな顔をして、顔を覗き込んで彼の様子を伺った。そんな彼女を見てルフィは笑みを浮かべる。

 

 「ごめんルフィ! ちょっと狙いが逸れちゃって……!」

 「しっしっし、気にすんな。大したことじゃねぇよ」

 「どこが大したことねぇんだ。死にかけてんだろ」

 「なんか盛り上がってるね。どしたの?」

 

 そうして騒いでいるとキリも着替えてやってきた。

 水着になって白い肌を晒し、気分も変わっている。今やすっかりいつもの緩い表情で仲間たちを見つめていた。ついさっきの光景は見ていないとはいえ、ルフィが倒れている姿を見て大体の事情は把握したらしく、気楽に笑って歩いてくる。

 倒れたままの彼を覗き込んで、傍には謝るシルクと呆れて腕組みするゾロ。

 どうせ溺れたのだろうと思うのは当然。予想は見事に大当たりだ。

 

 「あーあ、また溺れたの? 浮き輪は?」

 「シルクが能力で破っちまったよ」

 「わ、わざとじゃないんだよ。まだちょっと練習が必要で」

 「ししし、いいんだ。おれ今楽しいから」

 

 彼の一言にきょとんとし、三人の視線が一身に集められる。

 上体を起こし、脚を投げ出して座ったルフィは前を見た。

 アピスとナミが手を繋いで浅瀬に居て、傍には昨夜転生したばかりのリュウ爺。昨日の夜には目の前の海が消え、代わりにロストアイランドが存在して、思いがけない大冒険をした。

 それを思い出したのだろうか、笑顔の彼は仲間たちの顔を見上げて呟く。

 弾む声は少年っぽさに溢れ、彼らしい物だった。

 

 「な? 海賊って楽しいだろ」

 「だね。サイコー。流石に死にかけた時はビビったけど」

 「おまえはもっと海に落ちることをビビれってんだよ」

 「色々な物を見て経験したね。グランドラインにも入ってないのに、すごく遠くへ来た気分」

 「もっともっと遠くに行くぞ。もっと色んな物だって見る」

 

 決意するかのようにルフィが言って四人は同意するように海を見た。

 その瞬間を見計らったかのように、突然ルフィは勢いよく立ち上がり、両腕を伸ばす。

 

 「よし、みんなで泳ぐぞ! これも経験だ!」

 

 左手がシルクの腰に巻き付けられ、右手がゾロを捕らえ、キリは伸ばされた腕でぐいっと引っ張られる。走り出したルフィにより、三人は無理やり海へと突撃することとなった。

 

 「ちょ、待ってルフィ!? 私とキリは泳げない――!」

 「てめぇ、ふざけんなっ!? 早く離せ!」

 「あははは。ルフィはまた無理やりだなぁ」

 

 勢いそのままに四人は海へ飛び込み、浅瀬とはいえ頭から盛大に転ぶ羽目となった。

 当然、海水に弱い能力者三名は危うく溺れかけ、慌ててゾロが救出する結果となり、傍で見ていたアピスは楽しそうに笑って、ナミは苦笑しながらも悪い気分ではないらしい。

 昨日とは違って晴れ晴れとした空の下。

 輝くような海で遊ぶ彼らはひどく楽しそうだった。

 


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