ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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蘇る伝説(3)

 ルフィたちが少しだけ離れて、しばし二人は懐かしい気分に浸っていた。

 ヒソヒソの実を食べた影響なのだろう、リュウ爺の意志が頭の中へ伝わってくる。けれど今なら実の能力が無くても触れているだけで気持ちがわかる気がした。

 リュウ爺は彼女へ感謝の念を伝えている。

 一夜ではとても伝えきれないほどのたくさんの想い。

 長く生きた彼はいくつもの時代を越え、世代を越えて、軍艦島を見守ってきた。島民たちを守り、距離は密接で、たくさんの記憶が一つ残らず鮮明に思い出される。

 そんな中で彼女は特別だった。

 同世代の子供たちの中でも一際リュウ爺に懐き、言葉を理解したいと考えて、共に遊び、共に食事をして、共に寝て、二人で冒険をして同じ物を見た。千年の中のたった数年、とても短い時間。とても楽しかった。とても幸せだったのだと、彼の心がそう告げている。

 アピスは彼へ触れ、やさしく笑ってその気持ちを受け取る。

 思い出す様々な風景が流れ込んでくるようで、それらすべてが彼女にとって大事な思い出だ。

 ずっと彼と一緒に居た。

 一つとして欠けた思い出はなく、今の彼女を作る要因になったとさえ思う。

 思い出と共に多大な感謝の念が伝えられて、不意にアピスは首を振った。

 リュウ爺の目を見つめ返して、素直な気持ちを隠さず伝える。

 

 「そんなことないよ。いつも助けてもらって、守られて、感謝するのは私のほう。いっつもリュウ爺にまとわりついて、いっぱい迷惑かけたよね。ごめんね、リュウ爺」

 

 リュウ爺は目を細めて、謝る必要はないと伝える。

 それから彼はいくつかの話をした。

 自分がこれから死ぬことを正直に伝える。次に千年竜たちの故郷を守って欲しいこと、島民たちにも礼を言って欲しいこと、そしてアピスには、腹を出して寝ないことを約束する。

 彼女は何度も頷いた。

 少し恥ずかしそうにしながらもすべての約束を承諾し、はっきりと彼へ言う。

 

 「うん、約束するよ。私が生きてる間は誰にもロストアイランドは傷つけさせない。でも、お腹出して寝てるのはわざとじゃないし、それだけ見逃してくれないかなぁ」

 

 照れた様子で頬を掻く。そんな仕草も彼の記憶の中にはしっかりと残っていた。

 ずいぶん長く生きたと思う。同じ場所に留まり続け、様々な人と出会い、共に暮らし、決して平坦な日々ではなかった。それももう終わろうとしている。

 楽しかったと素直に思えた。

 特にここ数年、自らの死期を悟って以降、彼女がずっと傍に居てくれた。

 後悔はない。彼女にすべて任せられると知って、むしろ安堵すらした。

 すべての気持ちがアピスへ流れ込む。

 彼女はふと表情が崩れそうになって唇を噛み、必死で涙を呑む。最期の時くらいは笑って見送りたい。リュウ爺が安心して眠れるように。

 そんなふとした一瞬に、周囲に異変が起こり始める。

 ロストアイランドの白い大地が、淡い光を放ち始めた。

 天が雲に覆われた暗闇の中、軍艦島を取り囲むそこだけが光り始め、幻想的な光景が生み出される。光は温かく、目にしても痛みは感じないやさしい物で、周囲を明るく照らし出していた。まるでロストアイランドがここにあると主張するかのようである。

 見覚えのある光にキリが呟いた。

 軍艦島の洞窟で似た光を見たばかり。同じ物なのだと気付くまでそう時間はかからない。

 

 「そうか、洞窟にあったのはこれだったんだ」

 「きれい……」

 「不思議な景色だね。こんなの見たことない」

 

 寄り添い合うナミとシルクが呟き、皆が賛同するように頷いた。

 変化はそれだけでなない。

 照らし出された暗い空を見上げれば、遠くから飛んでくる巨大な生物の群れが見える。数百匹を超えるだろうそれらがすべて千年竜だと気付いたのは着地の体勢に入った頃だ。

 ここは竜の巣と呼ばれる場所。

 すべての千年竜にとっての故郷であり、始まりと終わりを委ねる場所。

 次々降りて着地する千年竜たちを見つめ、ちっぽけな人間でしかない彼らはしかし恐れを抱かず、感心する心情でもって彼らの姿を見つめていた。

 

 「すっげぇぇ! 全部千年竜だ!」

 「こいつらこんなに居たのかよ。いくらなんでも多過ぎじゃねぇか」

 「は、はは、すごいな。こんな光景、二度と見れないよ」

 

 しばらく神妙な顔をしていた一味にも、わずかに余裕が戻ってくる。

 故郷へ降り立った千年竜たちは一様にリュウ爺の姿を見守った。

 言うなれば彼は、たった一匹故郷に残り、その地を守り続けた番人といったところか。千年竜の目はやさしく、尊敬の念すら持って彼の最期を看取ろうとしていた。

 驚いた顔で周囲を見回していたアピスもリュウ爺へ視線を戻す。

 いよいよという時が迫っていた。

 最後の力を振り絞って、リュウ爺はアピスへと言葉を告げる。

 

 「……うん、そうだね」

 

 最期の言葉はさよならではなかった。

 微笑んだアピスはリュウ爺へ抱き着き、幼い頃そうしたように、強く力を込める。

 ゆっくりと閉じようとする目を見つめる。

 

 「ねぇ、リュウ爺」

 

 笑顔で見送ろうとした一瞬だったが、ついにせき止められず、大粒の涙が流れる。

 次から次に落ちてくる涙はもはや止めようがなく、気にせずアピスは口の端をにっと上げた。

 泣きながらの笑顔はひどく懐かしく思えて。

 リュウ爺はその表情を最後に目を閉じた。

 

 「ありがどうっ……!」

 

 絞り出すような声だったがちゃんと彼に伝わっただろうか。

 触れていればリュウ爺の意識が徐々に沈んでいき、やがて途絶えるのがわかる。

 それがわかった途端に抑え切れなかった。

 今度こそアピスは大声で泣き、涙を流して別れを惜しんだ。親のように慕っていた一匹の千年竜。彼はたくさんの仲間に見守られ、この世を去ったのだ。

 ルフィたちは言葉を失くしてアピスを見つめる。

 悲痛な面持ちとなったナミは自らシルクを抱きしめて、肩に顔を押し付け、そんなシルクも複雑そうな表情でナミを抱きとめる。

 死とはいつになっても慣れない物だ。

 出会ったのは昨日のこと。しかし泣きじゃくる彼女の気持ちは痛いほどわかる。船上で聞いたリュウ爺との思い出話は、まるで自分が見た光景のように頭へ残っていた。

 しばしリュウ爺の亡骸とアピスを見つめて、為す術もなく立ち尽くす。

 するとルフィたちの背中へ突然声がかけられた。

 

 「千年竜には伝説がある」

 

 振り返ってみれば歩いて来るのはボクデンだった。彼だけでなく後方には島民全員がやってきていて、リュウ爺の亡骸に涙していたようだ。

 五人の前まで進み出たボクデンは立ち止まり、リュウ爺を見つめて静かに語る。

 

 「死期を悟った千年竜が竜の巣へ帰るのは、何も郷愁に駆られてのことではない。ある特殊な生態のためじゃ」

 「生態?」

 「詳しいことはわかっておらんが、確かなことは千年竜の寿命がおよそ千年であること。そしてこの竜の巣が彼らにとって神聖な土地であること」

 

 光を受けたせいなのか、リュウ爺の体に変化が現れる。体が徐々に化石になるかのように干からびていき、体の端から灰になって、風に運ばれて宙へ舞い始めた。

 その変化には誰もが驚き、アピスもパッと離れてリュウ爺を眺める。

 骨だけを残して灰になっていく体を見つめて、不思議な静寂が訪れた。

 

 「この島で彼らの体は灰となり、竜骨だけを残し、そして死と同時に新たな命が生まれる――」

 

 やがて全身が灰となって骨だけが残った時、腹の中だっただろう場所に奇妙な肉の塊だけが残された。卵にも似た形の球体で、赤々とした膜の中で何かが動いている。

 内部から膜が破られ、外へ出てきたのは幼体の千年竜。

 アピスは驚愕して息を呑み、脚が震えるのを自覚しながら近付いていった。

 

 「転生。それがこの世で千年竜のみが持つだろう特殊な生態じゃ」

 「リュウ爺、なの……?」

 

 恐る恐る近付いて声をかけると、目を開けた幼体はアピスを見つける。

 ピィ、小鳥のような鳴き声。

 たったそれだけで彼女は歓喜した。

 頬を濡らしたままで駆け出し、生まれたばかりの千年竜をきつく抱きしめる。

 間違えるはずがない。彼だという確信があった。

 抱き合う二人を目にして奇跡だとしか思えず、ルフィたちはしばし呆然と見つめるのみで、状況を理解するのも難しかった。死んだはずが、リュウ爺は生き返ったのか。わからないことは多く、けれどアピスが心底嬉しそうに笑っているのは確かで、気付けば肩の力が抜けて頬が緩む。

 激動の一夜でようやく落ち着けそうだ。

 小さくなったリュウ爺を抱き上げ、楽しそうに回るアピスを見ながら、彼らはやっと笑顔を取り戻すことができたようである。

 

 

 *

 

 

 「うっひゃーっ、すっげぇな! どっち見てもリュウ爺だらけだ!」

 「違うよルフィ。リュウ爺はこの子だけ、ここに居るのは千年竜」

 「そうだっけ? まぁいいや、とにかく千年竜ってでっけぇんだな」

 

 大型の千年竜の頭に乗り、辺りを見回すルフィは上機嫌そうだ。

 右を見ても左を見ても千年竜が居て、個体差により大小様々。だがどの個体を見てもカッコいいと思える姿なため、先程から目がキラキラ輝いて仕方ない。

 伝説の島、ロストアイランド。そこに集まった千年竜たち。

 これほど心躍る経験にじっとしてはいられず、逸る冒険心が抑えられない。

 傍でリュウ爺を抱きながら見上げるアピスもまた、厳しく言い聞かせるような口調でありながら、この状況を楽しんでいるらしい表情だ。

 千年竜の頭の上からルフィが声をかけて、彼女も頭上を見上げて答える。

 

 「そういやリュウ爺って名前変えねぇのか? もうじいちゃんじゃねぇだろ」

 「そうなんだけど、ずっとリュウ爺って呼んでたから他の呼び方わかんないし……それにリュウ爺はリュウ爺だもん。私はこのままでいいと思う」

 「ふぅ~ん、おれもどっちでもいいけどさ。ほんとにリュウ爺なんだなぁ」

 「うん! だってリュウ爺本人もそう言ってるもん」

 

 腕の中に居るリュウ爺を見つめて、アピスは確かにそう言った。

 こういう時にはヒソヒソの実が有難くなる。リュウ爺の意志は伝わっていて、以前と変わらぬ声を聞いて安堵する。間違いなくリュウ爺の声だった。

 そういえば自分も聞いたのだとルフィが思い出す。しかし興味がないのかすぐに思考を捨てた。

 転生、つまりは生まれ変わったリュウ爺を見て心から不思議に思う。

 一度死んで生まれ変わるなど考えたことがなくて、ルフィはぽつりと呟いた。

 

 「生き返るってどんな感じかな。おれにもできるかな?」

 「それは無理だと思う。だってルフィ、人間だし」

 「うーんそうか、残念だ。まぁいいや、しばらく死ぬ予定ないし」

 「予定があったら大変だよ。それよりルフィ、いい加減降りたら? その子が困ってるみたい」

 「別にいいじゃねぇか、乗ってるくらい」

 「怒らせる前にやめた方がいいと思う。千年竜は強いんだから」

 「なぁに、心配いらねぇよ。おれだって海に落ちなきゃ強い――」

 

 しゃべっている最中で千年竜が首を動かし、頭上に乗っていたルフィをポンと空へ放り投げた。そのまま落下してくる彼に狙いをつけ、手加減しているとはいえ頭突きを繰り出し、地面へ叩きつける。ゴムの体は勢いよく地面に激突して何度か跳ねた。

 

 「あいでっ!?」

 「あははっ。だから言ったのに」

 「ちくしょー、ケチめ。いいじゃねぇか乗ってるだけなのに」

 

 フンとそっぽを向いてしまう千年竜に恨めしい目線を向け、頭を擦るルフィは唇を尖らす。そんな彼と千年竜とのやり取りにアピスは楽しそうにしており、リュウ爺も気楽な顔だ。

 仲睦まじい様子は出会って数分で作られている。

 ルフィ特有の特技と言ってもいいだろう。彼が関わる者は大半がペースに乗せられ、最初こそ困惑するのだが、気付けば肩の力が抜けて笑っている。その千年竜も例外ではなかったらしい。足元まで来て話しかけてくる彼に少しは付き合おうという態度だった。

 今はもう声は聞こえない。しかしそれでも仲良くはできそうである。

 ルフィとアピスは初めて会う千年竜たちとの交流を始めた。

 所変わって、幾分離れた場所。

 海中へ沈んだはずの船の残骸が見つかり、その中を調べたナミとシルクは、奇跡的に一室ごと無事だったお宝を発見していた。ナミの表情は輝き、涙を忘れてそれらの詳細を調べ始める。

 

 「やった! ちゃんと残ってるじゃない! 流石にちょっと減ってるみたいだけど、全部無くなっちゃうよりかはよっぽどマシ。ほんと千年竜様様だわ」

 

 すっかり機嫌が良くなっている。

 お金が好きだと公言していたのは嘘ではなかったようで、さっきとはまるで別人だ。

 ただ、シルクには気になることがある。

 ちょうどこの一室だった。

 船が沈没する寸前、この部屋へ駆け込んだナミの叫びが耳から離れない。あの瞬間の彼女は本心を露わにしていた。それを考えれば、今も自分たちに嘘をついているのではないかと思ってしまう。果たしてそれは悪意からか、善意からか。逡巡するだけに表情は優れない。

 聞いてはいけないとわかっている。しかし黙っているままではいられず。

 意を決してシルクがナミの背へ質問をぶつけた。

 

 「ねぇ、ナミ」

 「何? あぁ、心配しなくても独り占めにはしないから安心して。ほんと一時はどうなることかと思ったけど、神秘的な景色も見れたし、千年竜も見れたしで、流石に感謝しない訳にはいかないからね。ちゃんと山分けにするわ」

 「そうじゃなくてさ」

 「あ、でも食費とかそういうのはそっちで出してもらうからね。悪いけど私の方からは出さないから、そのつもりで――」

 「さっきの言葉、本当なんでしょ?」

 

 まるで何を言われるかわかっていて、話を逸らそうとしているかのようで。

 彼女の言葉を遮るように、シルクは敢えて強い口調で言い切った。

 その態度は隠そうとしているのだと理解している。きっと聞かれたくない事情なのだろう。だがシルクは、本人が否定しようとも彼女のことを仲間だと思っていた。寝食を共にして、笑顔で話して、協力して危険な航海を乗り越えた。かかった時間など関係なくそれだけでいいではないか。

 これから先も一緒に航海したいと思うからこそ、無視はできない。

 あの言葉の真意を知りたくて問いかけ、動きが止まったことを理解し、あくまで返答を待った。

 しばしの沈黙を置いた後、ナミは振り返る。

 

 「バカねぇ、あんなの嘘に決まってるでしょ? ただお宝を失くすのが惜しくてああ言ったの。じゃないとあんた、私のこと無理やり引きずり出したでしょ。ま、結局私があんたを引きずって助けることになったんだけどね。あの分もちゃんと貸しにしとくわよ」

 「……うん、そっか」

 

 彼女は笑っていた。楽しそうに表情を緩めて、あの時の緊張感など欠片も持っていない。

 対照的だがシルクは寂しげに微笑み、背中で手を組んで頷いた。

 

 「お礼、ちゃんとするから。お金の方がいいのかな」

 「今回は安くしとくわ。だけど私は安い女じゃないんだからね。それを忘れないこと」

 「ふふ、わかった。肝に銘じとく」

 

 そう言ってシルクは踵を返し、外へ出ようと足を動かし始める。

 

 「運び出すの大変でしょ? ちょっと待ってて、みんなを呼んでくるから」

 「ゆっくりでいいわよ。流石に疲れちゃったし、島の人にも声かけてみて。この量だと人数多い方がいいだろうしさ」

 「うん。そうする」

 

 シルクが部屋を出ていき、再びお宝を見たナミはふっと笑みを消した。

 金銀財宝が目の前にある。すべてお金に代えれば、一体いくらになるだろうか。

 ずっと欲しかった物だ。喉から手が出るほど欲しくて、八年間も駆けずり回った。これが欲しくて、一億ベリー貯めようと決めて、一人で航海を続けてきた。

 深く息が吐かれる。

 果たしてそれが何を意味するのかは本人のみぞ知るところ。

 その場にしゃがみ込み、膝を抱えたナミは脚に顔を押し当て、暗い空間で目を閉じる。

 孤独を感じる環境だ。しかし彼女はそこから出ようとはしなかった。

 ともすれば嗚咽さえ聞こえてきた気がして、入り口のすぐ傍、壁に背を預けて立つシルクは悲しそうな顔で空を眺めていた。天井が壊れたせいで、空へ立ち昇るかのような大地の光が見える。

 二人ともしばらくその場から動かず、一人きりで時間を過ごした。

 外では、島民たちが千年竜と触れ合っている。

 伝説を知る者は島民全員。リュウ爺のおかげで千年竜に対する恐怖心など皆無で、皆が親しげに交流を図ろうとしている。言葉は通じないがそれでもよかった。時折アピスに通訳を願い出る者も居たが、誰もが彼らの存在を受け入れていたのは間違いない。

 その中に混じらない影が二つ。

 光る大地に尻を置いて、座り込んだキリとゾロ。

 先程からずっと口を開かず、奇妙なほど静かなキリには不気味さすらあって、ゾロは何も言わずに隣から動こうとはしなかった。

 顔は俯き、視線は千年竜ではなく光る大地を目にしている。

 微笑みも無く、いつもの軽口が飛び出す様子もない。

 いつまで経っても話し出す気配がないため、仕方なくゾロが口火を切った。

 

 「おまえ、大丈夫なのか?」

 

 何が、ともなく聞いてみた。答えは返ってくるだろうと推測しながら。

 するとキリはゆっくり顔を上げ、前を見つめたままでようやく口を開く。

 表情が無いのがひどく心配させる。

 ゾロはその横顔から目を離さなかった。

 

 「ゾロ」

 「ああ」

 「ボクらは……弱いね」

 

 ぼんやり呟かれる力の無い声。彼らしくないとは思った。

 けれど一度吐き出した言葉は止められず、キリは無防備な顔で続ける。

 

 「強くなったと思ってたんだけどな。全然足りなかったみたいだ。やっぱり、こんなんじゃだめだよなぁ……グランドラインに入ればもっと強い奴だって居るのに。これじゃ全然ダメダメだ」

 「これから強くなりゃいいじゃねぇか。おれたちは生きてる。チャンスはあるはずだぜ」

 「そうだね。だからさ、決めたんだ」

 

 わずかに笑みが浮かべられて、それでも普段通りには見えない。

 ゾロはその時、彼の狂気を見た気がした。

 

 「失わないためには力が必要だ。腕っぷしだけじゃない、組織としての力。この一味が大きくならなきゃ、海賊王になんていつまで経っても届かない。だからボクは力を手に入れる。ルフィの性格はわかってるから、ボクがやらなきゃいけない場面だってあるはずだ」

 

 穏やかなのに力を感じるようで、静かなのに激しさを感じる。そんな不思議な姿。

 キリは迷わずきっぱりと言ってのけた。

 

 「誓いは立てた。ボクがルフィを海賊王にする。そのためならなんだってやってやる。たとえ世界がどうなろうと……もう誰も死なせない」

 

 今まで感じた事の無い感覚を得て、不意にゾロは視線を外した。

 この日、彼は船長に告げる事無く新たな誓いを立てた。ルフィの姿を見ていれば人を惹きつける力があるのだろうと思われる。ならばその下に就く副船長の役割は別になる。

 ルフィにはできないことを。他の誰かにはできないことを。

 力強い眼差しの中には怪しい光が宿り、今やゾロには何も言えず、勝手に決めてしまった彼の傍でできることは、ただその場を離れないことだけだった。

 


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