ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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蘇る伝説(2)

 海軍第八支部提督、ネルソン・ロイヤルはご満悦だった。

 何やら一隻だけで挑んでくる馬鹿な海賊も居たが、いつも通りあっさり倒すこともできた。その上でようやく望みの品である千年竜の骨が手に入るのである。これでにやけずにはいられない。

 その男、でっぷりと肥えた男で自力では歩くのも一苦労といった巨漢。

 権力に身を任せ、日々の鍛錬すら怠った海兵らしさなど皆無な人物。

 そんな彼でも第八支部基地長の地位と海戦における指揮能力は評価されているらしく、今回のような暴挙に出ても咎められることはない。

 にやけた面で島を眺めるネルソンは、ワイングラスを片手に余裕を称えていた。

 

 「提督。海賊船の排除、完了しました」

 「うむ。我が艦隊に挑もうなど不届き千万。我が艦隊に勝てる海賊など存在しないでおじゃる」

 

 自慢げに言ってグラスを傾ける。

 溢れるのは大きな自尊心。自らの敗北など考えていない、傲慢とも思える態度だ。

 中身を飲み干した彼は報告を続ける海兵に対し、冷たいとも思える態度で端的に答えた。

 

 「標的は船の残骸によじ登り、まだ生きている模様ですが」

 「撃て」

 「は? しかし素性も知れない相手に――」

 「海賊なのでおじゃろう? なら生かして帰す必要などないでおじゃる」

 

 持っていたグラスを傍らへ捨て、パリンと割れる音がする。

 それが何を意味するのか。上司に逆らった部下の末路を伝えているようで、海兵は青ざめる。

 ネルソンは改めてにんまりした顔で言った。

 

 「それとも、命令に背く気でおじゃるか?」

 

 不思議と寒気すらする気がして、答えなど一つしかない。

 海兵は即座に敬礼し、彼の意向に沿うよう行動することを決めた。

 これこそ彼の権威を膨れ上がらせた所業である。拒めば命の保証はない。暴走した権力は部下たちに恐怖となって伝わっており、今や逆らえる者など一人もいなかった。

 

 「はっ、了解しました。では直ちに砲撃を行います」

 

 そう呟いた途端に島から巨大な咆哮が聞こえた。作業していた者たちさえも手を止めてしまい、驚愕して、その声は無視できなかった。

 中でもネルソンだけは反応が違って、歓喜を表して両手を上げる。

 待ち望んだ存在。探し続けた伝説。

 やはり存在したのだ、この軍艦島に。

 嬉しそうに頬を緩ませた彼は弾む声で語り出す。

 

 「おぉ、おぉぉっ! あれこそ千年竜の雄たけび! やはりここに居たのでおじゃる!」

 

 喜んでいると島の全景から、巨大な影が飛び立ったのが見えた。

 夜の闇の中、厚い雲が天を覆って月明りさえない環境で、如実にその威容が伝わる。

 遠方から飛んでくるのは間違いなく千年竜だ。

 不思議なことに、幸か不幸か、呼ぶまでもなく自らネルソンが乗る軍艦へと向かってくる。その速度は速い。鳥の如く、軽やかながらしなやかな姿で飛行する。

 瞬く間に頭上へ現れたリュウ爺を目にし、ネルソンが天へと手を伸ばした。

 

 「ついに竜骨が、永遠の命が――あれ?」

 

 呟いた直後、自重を利用して落下してくる千年竜の姿に呆気に取られ、悲鳴を上げる暇もなく、甲板が踏み抜かれた。巨大な船は一瞬で真っ二つに折られたのである。

 沈没するまでかかった時間は、攻撃を始めてたった数秒。

 あっという間に海の藻屑と化してしまった軍艦はバラバラになって海へ散らばり、提督の姿は消えた。これにより海の上に取り残された艦隊は混乱し始めることとなる。

 突如現れ、攻撃を始めた千年竜。

 たった一匹とはいえその威容は人間に抗える物ではない。

 凄まじい光景に誰もが息を呑んで、そして動揺した。

 もはや平静を保てる者など一人として居ない。自分たちは敵と見なされた、千年竜の怒りを買ったのだ。そんな認識が彼らを恐怖のどん底に陥れ、冷静な判断力を失くさせる。

 

 「て、撤退しろォ!?」

 

 リュウ爺は強い眼差しで別の軍艦を睨んだ。

 翼を広げて素早く飛び上がり、次の標的目指して凄まじい速度で空を駆ける。

 彼にとって軍艦など、沈めるためにはただ思い切り踏みつけてやればいいだけ。

 急降下してきたリュウ爺は足を広げ、真上から軍艦の甲板に着地し、自らの体重で船を壊した。方法は単純だがそれだけに威力も約束されている。二隻目の軍艦も高い水しぶきを上げて海の中へ消え、多数の悲鳴が重なり、勝負にさえなっていない。

 竜と人とが織りなす光景。

 まさに圧倒的強者による一方的な蹂躙だ。

 リュウ爺は敵の動きが騒がしくなってきたことを見切り、またも空へ飛ぶ。

 船の残骸、海に浮かぶ大きな木目の床に乗った五人は、その姿に目を奪われた。

 

 「あれが、千年竜? アピスが言ってたリュウ爺よね」

 「すごい。あんな大きな軍艦があっという間に。私たち、助かるのかな」

 「……だめだ!」

 

 呆然と呟いたナミとシルクに賛同せず、ルフィは厳しい顔で言った。

 リュウ爺を見つめる目はいつになく真剣で、その強さに感心する訳ではなく、むしろ心配するような目。この中でルフィだけが以前にリュウ爺の姿を見ている。洞窟の中で蹲り、動けなくなった姿。明らかに今ほど飛べる状態ではなかったと知っている。

 年老いた体はもう動けないはずだ。

 意志の強さだけで限界を超える彼はきっと長く持たないだろう。

 動けなくなれば、いかに巨体を誇る千年竜でも砲撃には耐えられない。アピスと約束したはずだ。リュウ爺は必ず竜の巣へ連れて行くと。

 見ているだけなど我慢できず、ルフィの目は厳しくなる。

 

 「リュウ爺は動けなくなってたんだ。このまま戦わせちまったら、竜の巣までもたなくなる」

 「そうかもしれないけど、でも今の私たちにはどうしようもないわ」

 「アピスと約束したんだぞ! 見てるだけなんておれはいやだ」

 

 ぐっと唇を噛んだナミがルフィへ歩み寄り、その肩を強く掴んだ。

 彼女も想いが同じなのは目を見ればわかる。真剣な眼差しで不安を抱え、やり切れない気持ちで一杯になっている。それでも今はできることが何もない。

 今にも泣き出しそうな悲痛な表情で、震える声が発された。

 

 「いい加減わかりなさいよ。感情論じゃどうにもならない時があるの。船も壊れて、敵はこっちの比じゃないくらい人数が居て、今の私たちに、何ができるのよ……」

 

 視線を合わせていた顔がふと俯いてしまう。

 疲れ切ったかのように両肩からするりと手を離されて、ルフィは辺りを見回した。

 シルクは傍に剣を取り落として座り込んでおり、一度海に落ちたキリも同じくぐったりした様子で座る。ゾロは力強い眼差しでルフィを見つめ、気持ちは折れていないが何も言えず。誰もが見たことのない表情で絶望感に浸っていた。

 こんなにも暗い表情の仲間たちを見たことがない。

 リュウ爺は三隻目を沈め、さらに空へ飛んだ。大きな音は絶えず聞こえている。

 ルフィが悔しげに歯を食いしばった。

 わかってはいる。船も無ければ仲間たちも疲弊し、今更戦闘を続けたところで良い結果が得られるとも限らない。もはや逃げる手段すら残されていないのだ。自分たちの敗北だと認めるのはおかしくない。だが納得できるか否かはまた別の話だった。

 無理を押して戦い続けるリュウ爺を見て何も思わない訳がない。

 苦心する表情でルフィはキリを見やり、俯いた彼に想いをぶつけた。

 

 「今ならあいつらもリュウ爺しか見てねぇだろ。おれが飛んで軍艦に乗り込んであいつら倒してくる。急げばリュウ爺が動けなくなる前に終わらせられるはずだ」

 「ルフィ」

 「こんなとこで終われねぇ……海賊王になるって決めたじゃねぇか!」

 

 キリは目を閉じた。言い返す言葉など何もない。

 動揺していた海軍は混乱しながらも、大砲の準備をしてリュウ爺へ狙いをつけている。砲撃は間近。それを知ってか知らずか、リュウ爺は攻撃をやめようとしなかった。

 ゆっくり目を開いたキリは顔を上げ、ルフィと目を合わせる。

 彼自身、迷いは消えていない。しかしここまで打ちのめされては失う物も残らなかった。

 わずかな頷きで返答とし、気分が変わったかルフィの顔に笑みが戻る。

 細かな説明もないまま、彼だけが軍艦へと向き直った。

 

 「ちょっとルフィ!」

 「いいんだナミ」

 「一人で勝てる相手じゃないでしょ! あんたたちだってわかってるのに!」

 「もう、それしか方法がない」

 

 力のない呟きだった。

 初めて聞く声色にナミは驚きを隠せず、すぐに何も言えなくなってしまう。

 戦う意志を見せて軍艦を見たルフィが腕を伸ばそうと身構える。

 果たしてそれを見たせいだったか、或いは別の何かを見ての行動か。

 突如空から飛来したリュウ爺は彼らの傍へ着水し、大きな波の揺れを起こしつつ、両翼を広げ、まるで彼らを庇うように覆いかぶさって彼らを隠した。

 直後に一斉掃射が始められ、残った軍艦が無数の砲撃を放つ。

 彼らが驚いている間に、間近でリュウ爺が多くの砲弾を受けた。

 硝煙と血が舞うのは明らかで、悲痛な顔に変わった一同は真上にあるリュウ爺の体から目が離せなくなる。痛いだろうに呻くことさえせず、何発当たろうと彼はその場を退こうとしない。どれだけ波が荒れようが、攻撃が永遠に感じられようが、砲撃が止まるまで決して動かなかった。

 やがて音が止むとリュウ爺がゆっくり体を起こす。

 首を伸ばした彼は天へ向かって口を開き、全くの同時、砂浜からアピスが大声を発した。

 

 「リュウ爺ィィィッ‼」

 

 リュウ爺の咆哮が天へと轟く。

 そして船の残骸を避けると海面へ倒れ込んだ。水しぶきが上がって全員の体が濡れるが、今更気にしていられる物ではなく、倒れたリュウ爺に視線が集まる。

 幸い沈みはしない。彼はすぐ傍に居た。

 もう動けないのは明らかで、砲弾が直撃した傷がひどい。

 貫かれた箇所には風穴が開き、肉が爛れた場所も多く、荒れた呼吸はかろうじて続く状態。

 もはや見ているだけではいられず、ルフィがリュウ爺の首へ飛び乗って顔を見やった。そこに砲弾は当たっていない。しかし光を失いかけている目には力がなかった。

 

 「おい、リュウ爺! 竜の巣まで行くんだろ、まだ死ぬなよ!」

 

 目は、確かにルフィを見ていた。

 その時ルフィは奇妙な感覚に囚われ、不思議な声が聞こえたと感じ、表情を変える。

 

 「え? 今の……おまえか?」

 

 四人が呆然と見守る中、リュウ爺の頬へ触れて問いかける。

 とても穏やかで安心する声。

 初めて聞くそれは確かに鼓膜を揺らす物ではなかった。だがリュウ爺の言葉なのだと信じて疑わない。なぜか彼の言葉なのだとしか思えなかったのだ。

 

 「ここでいいってどういうことだよ。竜の巣に行くんじゃなかったのか? おれたちはまだ諦めてねぇんだ。絶対なんとかするから、そんなこと言うな」

 

 彼がそう言っている姿を見て、不思議と会話できているらしいのだと伝わった。

 四人には聞こえていない。リュウ爺は咆哮を除けば一度たりとも声を出していなかったから。

 ルフィだけが聞こえている。

 ヒソヒソの実を食べた訳ではないルフィがそうしていることに違和感は付き纏ったが、決して嘘が得意ではない彼の態度なのだから疑うことも難しい。

 きっと聞こえているのだろうと、全員が静かに見守った。

 

 「目覚めた? 誰のこと言ってんだよ。それより早くここから離れねぇと――うわっ!?」

 「ルフィ!」

 

 突然両手で頭を抱えたルフィを見、キリが声をかける。

 激しい耳鳴りがする。聞こえていない様子だ。苦しそうに表情を歪める彼は何かの声を聞いている。耳鳴りの中でも大きな誰かの声だ。

 やはり四人には聞こえていない。それを認識できるのはルフィだけだ。

 声は、海から聞こえているように思われた。

 

 「うっ、おまえら誰なんだよォ!」

 

 辛そうにしながら叫んだ時、海に明確な変化が現れた。

 リュウ爺とたった五人の海賊たちを囲う海軍艦隊。彼らは竜骨など関係なく、命の危険となる千年竜を始末するため、次なる砲撃の準備をしていた。

 その艦隊をさらに囲うようにして、海中から何かが浮上してくる。

 高波を起こして現れたのは四つの影。

 それらすべてが千年竜。それも、リュウ爺の体躯と比べて倍以上はありそうな、超大型海王類に匹敵するほど巨大な個体が、四体現れていた。

 海に起こった光景を見ていた誰もが驚愕する。

 海賊、海軍、或いは島民に関わらず、あまりにも大きな姿の竜は凄まじい威圧感を放っていて。

 おもむろに動き出した彼らは、一斉に翼を振るった。

 一撃はもはや攻撃とは呼べず、災害にも等しい決して敵わぬものだった。高速で振るわれた翼は風を起こし、波を高くさせて、打った軍艦を一瞬で粉々に粉砕する。包囲網を完成させていた軍艦は四匹がたった一度翼を振っただけで全滅した。残骸が海に沈んで、海の上には麦わらの一味のみが残る。千年竜たちは彼らを攻撃する気はないらしい。

 軍艦の姿が無くなると千年竜は動きを止め、波が落ち着いて来たところで五人はようやく冷静に彼らの姿を見られるようになった。

 リュウ爺とは外見の細部が違い、若々しさを感じる。

 それでいて体は大きく、力強さは初めてリュウ爺を見た時とは段違いで、恐怖心すら抱く。

 彼らは慈しむ目つきでリュウ爺を見つめていた。

 時間をかけて彼らの巨体に慣れた頃、五人は戦いが終わったことを今になって理解する。だがそんなことが気にならなくなるくらい、やはり彼らの姿に惹かれたのだ。

 

 「でっけぇ! なんだこいつら!」

 「軍艦があの一瞬で全部……」

 「これが全盛期ってことか。なんて奴らだよ」

 

 なんとか沈まずに済んだ船の残骸に乗ったまま、口々に呟かれる。

 そんな中、へたり込んだままでキリが何かに気付いた様子を見せた。

 驚いた表情で名も知らぬ千年竜を見つめて、小さな呟きは疑問を解こうとするかのよう。

 

 「彼らは海中からやってきた……ナミ、ロストアイランドの伝承」

 「え? あっ、海の底に沈んだって」

 「壁画はこの島を指してたはず。だけど島民たちでさえその事実を知らなかった」

 

 四匹の千年竜たちは静かに海中へ潜っていく。

 ルフィなどは大声を出して残念がっていたものの、他の三人はキリを見て次の言葉を待つ。

 

 「鍵は千年竜だったんだ。彼らだけが真実を知ってた」

 

 しばらく待つとそう時間も置かず、海の様子が変わろうとしていたのが伝わった。

 急速に巨大な物体が浮上してくるのだ。

 波の動きが変わって異変には気付いたが、五人とリュウ爺はその場を動けずにただ海面を見つめる。そうして巨大な影が海中から見えるようになった。

 海水を押し上げて現れたのは、軍艦島をぐるりと囲う王冠のような白い陸地。

 リュウ爺と五人は受け止められるようにその陸地の上へ乗せられ、海水を離れる結果となった。

 島の四方、千年竜が海に沈んだ島を引き上げた。

 これこそがロストアイランド。

 千年竜の故郷、竜の巣がある島を見つけ、一同は思わず言葉を失う。

 混じり気の無い真っ白な陸地。美しさすら感じるそこが暗闇の中で光り輝くようだ。

 ある時、四匹の千年竜が島の四方から鳴き声を上げる。天へ向かって吠える様はどこか神妙にも思えて、声色から深い感情が見え隠れし、戦闘時にリュウ爺が放った咆哮とも違う。不思議と心が落ち着くような声だったのが全員の耳へ残った。

 

 「呼んでる……」

 「え?」

 

 ぽつりと呟いたルフィにシルクが振り返った。

 白色の陸地には王冠のように、端には尖った岩が規則性を持って並んでいて、中でも大きな四つに千年竜たちが足を置き、乗っていた。どうやらそこを使って引っ張り上げたようである。

 一番近くの千年竜を見つめたルフィは真剣な表情。少し呆けた顔にも見える。

 先程と同じ。

 誰かの声が聞こえているらしく、心底不思議そうに言葉が吐き出された。

 

 「誰かを呼んでるみてぇだ。遠いとこにいる誰か」

 「千年竜の言葉がわかるの? さっき、リュウ爺の時もそうだった」

 「うん。なんでか知らねぇけど。でもリュウ爺の声はもう聞こえねぇや」

 

 リュウ爺の体の上から陸地へ降り、振り返る。

 死んだ訳ではない。まだ呼吸は続いている。だがすでに虫の息だった。もう長くはないどころか、しばらくすれば息絶えてしまうだろう。

 皆が悲痛な表情で彼を見つめる。

 命の恩人だ。リュウ爺が居なければ間違いなく死んでいた。

 死を目前にした彼に万感の想いを持って目を離さず、どうすればよいかもわからず見守ることしかできない。今できる事は、彼を看取るくらいしか思いつかなかった。

 

 「リュウ爺、死んじゃうのかな」

 「元々動けねぇくらい弱ってたんだろ。この傷じゃ、もう」

 「この時のために竜の巣を求めてたんだ。本望だったと思うしかない」

 「うん……リュウ爺の最期だ。全員で見送ってやろう」

 

 一味の面々が呟き、リュウ爺から目を離さない中、ナミがふと島を振り返った。

 軍艦島と呼ばれていたそこを見て、まだ全員ではないと思う。

 間に合うか否か、危機的な状況で。

 胸の内が痛いほど苦しくなった彼女は呟かずにはいられなかった。

 

 「全員じゃないわ。アピスが居ないじゃない。あの子が誰よりもリュウ爺の傍に居たいはずなのに……こんな終わりでいいわけないっ」

 

 ナミが四人を見て言うと全員が彼女へ振り返り、その背後にある島を見た。

 同意をする想いは同じ。だが表情が変わって、わざわざ心配する必要はないのだと知る。

 今にも泣きだしそうなナミへ、ルフィが教えてやった。

 

 「ナミ。見てみろ」

 「えっ――?」

 「あいつはちゃんとわかってる。最期はいっしょだ」

 

 急いで振り返ったナミの目に、走ってくるアピスの姿が映った。

 必死な様子で、呼吸は乱れ、急ぐせいで足がもつれて転ぼうともすぐに立ち上がり、前だけを見て、リュウ爺だけを見て駆けてくる。

 ちゃんとわかっていた。別れの時は来るのだと。

 その時を拒まないと決めていたのだ。

 絶対に彼の傍で看取ってやる。それが彼女の決意。

 今にも涙をこぼしそうな表情で、ぐっと唇を噛み、必死に耐えて。

 ぎこちない笑みを浮かべたアピスは自らの足で彼らの下へやってきた。

 

 「リュウ爺っ、来たよ!」

 

 耐え切れなくなってナミが口元を手で押さえた。大粒の涙がこぼれ出して止められなくなり、シルクはそんな彼女の肩を抱いてやり、そっと寄り添う。

 ルフィたちの間を歩いて通り抜け、見守られながら到達する。

 アピスはリュウ爺の顔へと触れ、疲弊したせいかしばらく目を閉じていたリュウ爺は、その時になって目を開き、ひどくやさしい目でアピスの姿を見つけた。

 輝くような可憐な笑顔。

 在りし日と変わらぬ彼女に、不思議と彼が笑った気がした。

 


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