ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ロストアイランド

 辺りはすっかり夜になっていた。

 昼とは違う静寂さが辺りを包み込み、星が海を見下ろして、冷たい風が吹く独特な瞬間。

 服を着替え、食事をし、足を止めることなく船を動かした一行は軍艦島へと辿り着いていた。

 到着と同時に出迎えてくれる島民たちに顔を合わせる。アピスの無事を知って安堵する者は多く、声を上げて喜ぶ者も居て、ただどこか緊張した様子も見受けられた。

 

 「おじいちゃん!」

 「おぉ、アピス。無事じゃったか。よかったよかった……」

 

 シルクからシャツを借り、ダボダボのそれを着た姿でアピスは嬉しそうに祖父へ駆け寄った。服装は変わっているが外傷は見られない。ひとまず無事だったと胸を撫で下ろす。

 しかし安心するのが早いとも知っている。

 あくまでも島民全員の目的はリュウ爺を竜の巣へ連れて行くこと。

 そのためには再び航海に出なければならず、アピスもついて行くつもりだ。

 危険は去った訳ではなく、まだ一度退けただけ。島民たちが心配するのもそのせいだった。敵は海軍であって、近頃のしつこさを知っているだけに警戒心は消え去らない。いつやってくるとも知れぬ恐怖を抱いたままなのだ。

 彼らへの期待値は高まり、アピスへ賭ける気持ちも強まっている。

 皆が協力的な態度であった。

 

 「おじいちゃん、リュウ爺は? ここは危ないからすぐ離れようってルフィたちが」

 「そうか。わしらもその方がいいと思って準備しておった。本当はここで休んでもらった方がいいんじゃろうが……」

 「みんなはやる気だよ。ねぇ、すぐ出れる?」

 「今ここに居ない者でリュウ爺をイカダに乗せようと頑張っておる。島の裏へ回ってくれれば船で引ける手はずじゃ。それでいいか?」

 「キリ」

 「うん、問題ない。ルフィとシルクでアピスといっしょに手伝いに行って。その間にこっちで島の場所を確認する」

 「おう」

 「わかった」

 

 アピスが耐え切れずに小走りで進み出し、すぐにルフィとシルクも続く。

 急ぐ様子で歩きながら、彼女が振り返って、足を動かしつつ二人を見て話しかけた。

 

 「その前にちょっと家に寄っていいかな? このままだと動きづらいし、着替えたいの」

 「いいよ。やっぱり私のじゃ大きかったよね」

 「えへへ、でも嫌いじゃないよ。ありがとね、シルク」

 

 三人は桟橋を離れて行き、残ったボクデンへキリが歩み寄る。

 互いに初対面。しかし船を降りた以上はアピスの恩人には違いない。

 軽く頭を下げるキリと向き合って、すぐに質問がぶつけられた。

 

 「ボクデンさん、ですね。竜の巣に関する情報が欲しいんですけど」

 「急ぎのようじゃな」

 「ええ。いつ敵が来るかもしれないし、多分今のボクらじゃ守り切れない。できることなら戦闘はなしで逃げ切った方が得策ですから」

 「一刻を争うというわけか。あいわかった、それなら教えよう。こちらへ」

 

 詳細を伝えずともすぐに理解した様子。振り返ったボクデンはアピスたちと同じく、山へ向かい始めた。家に向かう様子でもないようである。

 キリはその後へ続こうとし、ナミも足を動かす。だがゾロは腕組みをしたまま動かない。

 ふとキリが振り返ってその彼を見つめた。

 

 「船のことは任せる。海軍が見えたら手筈通りに。すぐ戻るから」

 「ああ。可能性はあると思うか?」

 「今夜が勝負だ。抜け出せなかったら、戦うしかない」

 「了解」

 

 ゾロは船の上へと戻り、キリたちはボクデンの後へ続いた。

 緊迫した状況である。

 アピスを拾った時、これほどの大事になるとは思わなかった。千年竜に関わり、海軍と一戦交えて、これからさらに大事になろうとしている。独特の緊張感は島民たちにまで伝わるようで、この島の全員が一丸となって動いているのが伝わる。

 キリの後ろを歩きつつ、ナミは複雑な面持ちとなっていた。

 利用してやろうと近付いた彼らの姿は想像していた物とは違っていて、気持ちが伝わる。

 彼らが求めるのは富でも名声でもなく、ただアピスの願いを叶えてやることだけ。

 一文の得もないだろうと思われる問題に自ら突っ込み、そこに宝が無くても命を懸けようとしている。不思議に思う一方で理解できない訳ではないのが苦しいところだ。

 心底お人よしなのだろう。

 損得勘定無しに動ける彼らはあまりに純粋過ぎる。特にそう思うのはルフィの普段の行いを見た時。腹が空けば腹が減ったと言い出して飯をねだり、驚いた時には大口を開けて感嘆の声を発し、楽しい時には気兼ねなく笑う。まるで子供のような仕草だが羨ましくもあった。

 良くも悪くも彼らとの航海は一人の頃と違い過ぎる。

 思案していたナミはいつしか視線を下ろしており、キリの声でハッと我に返る。

 

 「ナミ、あそこみたいだ」

 

 目線を上げると村のすぐ傍、山の麓。

 岩壁の眼前にある人間大の岩が目につき、ボクデンはその前で足を止めた。

 どうやらそこが目的地らしく、振り返った彼はそれ以上先へ行こうとしない。

 

 「すまんが、これをどけるのを手伝ってくれんか。この歳になると一人では厳しくてな」

 「下がっててください。ボクがやりますよ」

 

 岩に歩み寄ったキリは懐から取り出した紙を使い、岩を押しやって横へずらす。

 見事な挙動だ。驚いたボクデンは目を丸々とさせる。

 

 「ほう、これは驚いた。悪魔の実の能力者か」

 「ええ。そう言えばシルクに悪魔の実を渡したみたいですね」

 「どうせたまたま手に入れただけで、使い道もなかった。喜んでもらえたようじゃしあれで納得してもらえるなら安いもんじゃ」

 「言っとくけどもらったのは私だからね。シルクにも言ったけど代金はもらうわよ」

 「わかってるって。なんとかやりくりするよ」

 

 岩を押しやって現れたのは小さな洞穴。

 そこへボクデンが入っていき、二人も続く。

 洞窟は狭く、長く続いていた。細い道を一人ずつ歩いて並んで進み、一列になったせいかしばらくは会話も無く、ずいぶん奥まった場所へ到達する。

 目的地に着くと少し広いスペースに出た。

 夜の時間も相まって薄暗い空間。それなのにそこかしこに不思議な光がある。

 どうやら岩壁に埋まった水晶が独りでに光を放っているらしい。どことなく幻想的な風景となって、その岩壁にある壁画が確認できる程度の明るさだった。

 千年竜に関する事柄を描いた壁画。

 答えはここに揃えられている。後は正しく理解するだけ。

 そんな状況下でナミは光を放つ水晶に気を取られていた。

 

 「これは?」

 「大昔からある水晶でな。暗闇にあれば光を放つ。なぜ光るのかはわしらにもわかっておらん」

 「すごくきれい……ねぇ、キリはこれ知ってる?」

 「あいにく聞いたことはないね。盗まないでよ。壁画が見えなくなる」

 「盗むかっ。私は海賊専門の泥棒。他の人からは盗まないの」

 「海軍は?」

 「あんたたちが盗めば、あんたたちから盗めばいいのよ」

 「なるほど。ご立派な考え」

 

 気楽に告げてキリが壁に歩み寄る。

 見事な壁画だ。長く残されていただろうにほとんど傷つかず残っている。長い間、大事に保管されてきたのだろう。島民たちの努力が見えるようだった。

 岩を削って描かれた絵は千年竜を表している。

 量は膨大で、とても即座に解読できる物ではない。

 聞けば島民たちでさえすべてを理解した訳ではないと言うのだ。特にリュウ爺がどこから来たのか、ロストアイランドの位置は正確に理解できていない。だがヒントとなる場所は判明しているらしく、壁画を見上げるキリにボクデンが指差して教えた。

 

 「おそらくあの辺りがロストアイランドの位置を示す。だがいまだ理解できていないのだ」

 「あれね。確かに絵だけじゃ解読は難しそう……」

 

 指された場所に記されていたのはたくさんの竜が集まる一つの島。おそらくそれ自体がロストアイランドを示す。問題はそれがどこにあるのかという情報だ。

 周囲にある絵を見れば、竜たちを囲うように四方へそれぞれ違う何かを示す物がある。

 上には雨と荒ぶる波。

 右手には奇妙な動物が小さく、いくつか描かれて。左手には高い山々。

 そして下にあるのは海面から顔を出す巨大な生物。

 わかりにくいとはいえ風化していないため、判別は可能である。

 キリは口元に指をやって真剣に考え始めた。

 

 「どう? わかるの?」

 「さぁねぇ。でも、わからなかったらこの島から離れられない」

 「確かに。こういうのやったことある?」

 「正直経験はない。ただ、昔ちょっと歴史に詳しい人と話したことはある。幸いこれは文字じゃないから理解しやすいし、考えればなんとかなるんじゃないかな」

 「そう……私にできる事ってあるかしら。何か手伝える?」

 「海図は持ってきた?」

 「ええ、一応ね」

 

 ナミは頷くとスカートの背面へ差していた海図を取り、地面に広げる。

 オレンジの町から続く航路と軍艦島、そこへ加えて嵐が起こった周辺のみしか描いていないが、位置を探るには海図が必要になる。やはり航海士の彼女が居てくれて助かった。キリでは海図を描くことまではできず、海里を図るのは難しい。

 真剣に海図を見る彼女もそれを理解しており、今や不満の一つもなく思考を働かせている。

 壁画を眺めつつ、キリが尋ねた。

 

 「海軍と戦った嵐の地点、この島から見て方角は?」

 「ちょうど北よ。海軍支部もそっちにあるって言ってたわね」

 「北、上に嵐の絵か……やっぱり方角に見合った特徴が描かれてるみたいだ」

 「どういうこと?」

 「オレンジの町の方角は?」

 「えっと、ここからだと北東。でもあの町は千年前になかったでしょ」

 「うん、知りたいのはあの町じゃないんだ。ボクらがその前に立ち寄った島が、見たことない珍獣がたくさん住んでる孤島だった。あそこは多分、ここから真東」

 

 指で壁画をなぞり、竜の巣から右側の絵に向けて進む。

 こじんまりとしたサイズでいくつもの動物が描かれ、よく見ればその姿は普通ではない。どれもキリが見た珍獣とは違っている。しかし可能性はあった。もしも彼らが訪れた珍獣の島が、長い年月を独特の生態系のみで過ごしていたのならば、ここに描かれてもおかしくはないかもしれない。島自体は小さかったが他の島になかった特徴は存在した。

 おそらくそこに描かれているのはどれだけ時間が経っても変わらないだろう特徴。

 嵐が起こりやすい海域。珍獣の島。

 後者は変化が起こる危険性があるとはいえ、見つければ記憶には残るに違いない。

 そして何より左と下にある絵。それはあまりにも見覚えがある。

 キリだけではない。普通に生活しているだけの者でも知り様がある、あまりに大きな世界の特徴だ。問題があるとすれば縮尺の問題だけ。それら四つが同じ距離感で描かれているとは限らない。距離だけはこの場では確かめようがないものの、可能性は高まってきたと思案する。

 

 「左にあるこれは高い山だ。おそらく、リヴァースマウンテン」

 「リヴァースマウンテン? それって」

 「そう。“赤い土の大陸(レッドライン)”の一角、グランドラインへの入り口だ。たとえ世界情勢が変わってもあの大陸だけはまず変わらない。それこそ千年経ってもね」

 「そっか。だから壁画に残したのね」

 「で、この下側、同じく千年経っても変わらない物と言えば」

 「“凪の帯(カームベルト)”……」

 

 キリが指先で撫でた絵を見つめ、ナミは呆然と呟いた。

 その名は世界中の誰もが知っている。よっぽどのバカでなければ覚えているだろう。

 振り返ったキリがにやりと笑って、同意するように頷く。

 

 「あそこは大型海王類の巣だ。右のこれが珍獣島だと仮定するなら、大きいのを一匹だけ描いて差別化してるのも理解できる」

 「それじゃあ、その四つが囲む中心地にロストアイランドがある」

 「ただしカームベルトだけはグランドラインに沿う形で長く伸びてる。ある意味これはイーストブルーのどこに居ても当て嵌まる。位置を知るためには、他の三つとの距離が等間隔になる場所じゃないかな。珍獣島とリヴァースマウンテンの正確な距離がわからないけど……」

 「ちょっと待って、バギーから奪った海図があるの。これなら大体の距離が推測できる」

 

 もう一枚海図を取り出し、広げて、ナミが意気揚々と距離の計算を始める。宝探しのために盗んだ海図が思わぬところで役に立った。自信満々にペンを走らせ、迷う素振りもなく、自身が描いた海図に新たな情報を描き込んでいく。

 その間にキリは静観するボクデンへ向き直った。

 

 「ボクデンさん。ロストアイランドは海に沈んだって聞いたんですけど」

 「うむ。そのため探して見つかるような場所ではない」

 「まずいなぁ。たとえ場所がわかっても、海に沈んでるんじゃ到着のしようが――」

 「ねぇ、これ」

 

 手を止めて海図をじっと見つめたナミが声をかけた。

 位置がわかったのだろうか。

 すぐにキリも傍へ駆け寄ってしゃがみ、彼女の手元を眺める。

 

 「リヴァースマウンテンからの距離を想定して、珍獣島ってとこを同じ距離で計算したの。全部を繋ぐと、島の位置がわかる」

 「場所は?」

 「ここよ。この壁画は、この島を指してる」

 

 ぼんやりした声を受け取って、キリとボクデンの眉が動いた。

 それに気付かずナミはわずかに手を震わせ、千年近くその場に在り続けた壁画を見上げる。

 

 「ロストアイランドはこの軍艦島……竜の巣はずっと、ここにあったのよ」

 

 彼女の言葉に動揺し、すぐに呑み込むことができず、表情を変えてキリも壁画へ目をやった。

 様々な歴史を記す過去の産物。まさか嘘を描いているはずもない。

 ロストアイランドはここにあった。

 ではなぜ軍艦島と名を改めたのか、海に沈んだという話がなぜ伝えられていたのか、謎が残る。島民たちはその話を信じて疑わず、軍艦島とロストアイランドを別物だと考えていたのだから。

 キリは壁画をつぶさに観察しながら、驚愕した様子のボクデンへ問いかけた。

 

 「ボクデンさん、ロストアイランドが海に沈んだって話は」

 「先祖代々伝えられてきた。嘘は言っておらん」

 「それは口頭で? 壁画で知ったわけじゃないですよね」

 「うむ……じゃが」

 「この情報じゃ実際に航海した人間じゃないと理解できない。隠していたのか。島民たちにまで知らさないように伝説を塗り替えていたんだ」

 

 つまりそれは先祖代々嘘をついていたことになる。

 ナミは訝しんで聞かずにはいられなかったようだ。すぐ傍のキリの横顔を見上げる。

 

 「なんでそんなことを? だって自分の身内を騙してるんでしょ」

 「千年竜を守るため、かな。情報なんてどこから漏れるかわからないし、それだけ大事な存在だったって可能性もある。この情報じゃ島を出ない限り、ここのことを指してるとは思わないだろうしさ。ボクらが来たのは奇跡だった」

 「でも……じゃあ、リュウ爺が帰りたいって言ったのは? ここが竜の巣なら帰りたいなんて言う必要ないじゃない。だってもう居るんだから」

 「それだけがわからない。実際、ここに竜の巣っぽさなんてないからね」

 「何よ、竜の巣っぽさって」

 「だってどこからどう見ても普通の村じゃないか。ここが竜の巣だって言われてもそれこそ信じられないよ」

 「確かにそうだけど」

 

 キリが立ち上がり、続いてナミも海図を持って立ち上がった。

 たとえ彼らの考察が当たっていたとしても、そこへ辿り着く方法はわからない。壁画を見回してみても他に有力そうな情報はなかった。示しているのは位置のみである。

 情報漏えいをかなり拒んだのだろう。徹底した管理だ。

 島民の話に壁画を加えても竜の巣の詳細は知れず。

 完全に手詰まりとなって彼らは立ち尽くした。

 

 「どうするのよ、これから」

 「想像以上にまずいね。この島を離れちゃいけないみたいだし、かといって次に海軍が来たら今のボクらじゃ――」

 

 そう呟きかけた時、外から砲撃音が聞こえて、洞窟内に反響した。

 敵襲ではない。港からの空砲、ゾロが合図を出したのだ。

 それはつまり敵が来たと知らせる音。

 一番厄介な状況になったと知って、キリとナミは顔を見合わせ、互いに表情を歪めた。

 

 

 *

 

 

 「よっ、と」

 

 自宅の中、服を着替えたアピスは本棚から一冊の本を手に取った。

 リュウ爺と話せないかと想い、何気なく読んでいた悪魔の実の図鑑。過去に能力が判明した物が並べられているその中からヒソヒソの実を見つけ、村を襲おうとした海賊をリュウ爺が潰したことにより、たまたま実を手に入れたのだ。

 リビングへ戻って小さな蝋燭の灯りに照らされるシルクの下へ駆け寄る。

 彼女が悪魔の実を食べたと聞いたのは船上。祖父が持っているのは知っていたがヒソヒソの実ではなかったため気にしなかった物だった。

 手渡しで彼女の手に本を預け、暗闇の中でアピスは笑った。

 

 「はい、これ。もう見つかってる物だったら載ってるはずだよ」

 「ありがとう。ごめんね、忙しい状況なのに」

 「ううん、みんなにはお世話になったもん。それに悪魔の実を食べたら、自分がどんな能力なのか気になるのは当たり前だって知ってるから」

 「そっか。アピスも能力者だもんね」

 

 椅子へ座って、テーブルへ本を置いたシルクは神妙な面持ちを見せる。

 片鱗は見た。仲間に相談もした。

 後は自分の力を改めて再認識して、操ることが重要だと考える。

 どことなく緊張した面持ちの彼女を見やり、心配そうなアピスが横に立って腕へ触れる。

 

 「大丈夫? 実の能力にもよるけど、食べた人は体質が変わるらしいから。辛い所とかない?」

 「大丈夫だよ。痛くもかゆくもないから。強いて言うなら、ちょっと軽くなったくらいかな」

 「キリも体重軽くなったって言ってた。シルクも似たような能力なのかな」

 「どうだろう。体重が変わった感じはないけど、なんとなく前より動きが速くなったって言うか、そんな感じだと思う。うーん、やっぱり自分じゃわからないものだね」

 「私も体質変わらないタイプなんだ。ひょっとしたら似てるのかも」

 

 しばし緩んだ空気の中で話していた。

 危険な航海を共に生き残って距離がぐっと近づいた様子。そうして話すのも緊張感はなく、互いに無駄な力のない笑みを浮かべている。

 そうしていると家の外から扉の内側を覗き込み、ルフィが声をかけた。

 ここへ来たのはあくまでも寄り道。目的地はリュウ爺の居る洞窟である。

 シルクの能力を調べるために来ただけで、本当はすぐに行かなければならない。

 

 「おーい、まだかぁー?」

 「あ、ごめんルフィ」

 「先に行ってて。すぐ追いつくから」

 

 シルクが微笑んで言うと、アピスは一瞬戸惑った顔を見せたがすぐに頷く。

 今は一刻を争う時だと知っている。時間はかけていられない。

 意を決してアピスは先に行くことを決め、出口へと駆け出した。

 

 「じゃあ先に行ってるから、また後でね」

 「うん。すぐに行くよ」

 

 家を出たアピスはルフィの手を引っ張って駆け出した。これから山を登って洞窟を目指す。リュウ爺はきっと洞窟の奥へ進んで、島の反対側から海へ出るのだろう。今すぐにでもそこに合流したいと思っていて、彼の顔が見たかった。

 二人を微笑で見送った後、改めてシルクは図鑑に向かい合う。

 自分が食べた実の外見は覚えている。

 問題はページに描かれているか。少しの緊張感に吐く息が多くなった。

 深呼吸して心を落ち着け、ゆっくり本を開く。躊躇している場合ではない。すぐに自分の能力を知って仲間たちに合流しなければならないのだから。

 一枚ずつページを捲っていく中で、様々な実があるのだと知りながら見つからず。

 ついに自分の実を発見した時にぴたりと手が止まり、鼓動が一際速くなったのを理解した。

 

 「あった……」

 

 本を手元へ引き寄せ、蝋燭を差した燭台も持ってくる。

 開かれたページには実の名前と能力が記されていて、細かな文字を読み進める。

 彼女はこの時、今の自分について知った。

 カマカマの実のカマイタチ人間。

 分類は超人系(パラミシア)。自らの体から風を発生させ、カマイタチを放つのだという。風を操れるというのなら自然系(ロギア)ではないのかと思ったが、それとも違うらしい。彼女はあくまでも人間のままだった。

 

 「そっか、かまいたちが飛ばせるから、あの時のシロクマに――」

 

 攻撃が届いたのだ。そう考えるのと外から轟音が聞こえるのはほぼ同時だった。

 シルクは咄嗟に扉の方向を向き、次いで反射的に火を吹き消す。

 立てかけていた剣を手に取り、本を置き去りに外へ急ぐ。

 扉をくぐって外へ出て、アピスの家から海を眺めると、沖に海軍の軍艦が並んでいるのが見えた。数はこちらの比ではない、前方だけでも十隻はあるだろうか。

 遠目に見ても物々しい雰囲気はまるで島を滅ぼそうとしているかのようにも見える。

 想定していた最悪の状況となってしまった。

 居ても立ってもいられず、シルクが駆け出す。こうなってしまっては能力について調べている場合ではない。まだ一部しか知れていないがそれも仕方なかった。

 まさか村を守るために海軍と戦う羽目になるとは思っていなかったが、一度決めた以上はもはや譲れず、立ち止まることさえできない。守るのは一つではない。小さな村と、リュウ爺と、そして大事な仲間。それらを守るためには敵を討たねばならないと知っている。

 今は力も手に入れた。

 まだ使いこなせないだろうが強くなるきっかけを手にしたのだ。

 決意した顔でシルクは自身の船へ向かって走り、不思議と軽く感じる脚を精いっぱい動かす。

 


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