ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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SHOW TIME(2)

 キリとシルクは走っていた。

 走り出したきっかけは敵にルフィの邪魔をさせないため。しかし途中で次第に追いかけっこに熱が入り、特に意味もなく逃走を繰り返している。たまにその場に止まれば勝負の続きをして、また逃げ出して、戦っては逃げてまた戦う。相手にしてみればストレスが溜まる戦い方だ。

 戦えば勝てるだけの力量を持つ二人であるため、逃走の意味は無くなっていたはずである。

 

 全てはキリが走れと言うからだろう。シルクは首をかしげながらも彼と肩を並べている。

 どんな時でも余裕を失わないのは彼の良い所だが今回ばかりは理解に苦しむ。

 何を想ってのことかわからない。決着を望むならば立ち止まって迎え撃てばいいだけだ。

 後方から追ってくるリッチーとその背に跨るモージは必死の形相。しかしたまにキリが紙を飛ばして邪魔をするため、脚力で勝るリッチーだがトップスピードに乗れず、追いつけずに苦悩しているらしい。時折振り返るキリは彼らにも笑みを向けていた。

 

 「いやぁ、意外と粘るね。疲れてくれれば僥倖だと思ってたけど」

 「これって意味あるの? キリなら普通に戦って勝てるんじゃないかな」

 「そうかもしれないけどいつもいつも真正面から向かってくだけじゃ芸がないでしょ。たまには頭を使わないと。まぁ今回はあんまり頭使ってないけどね」

 「それ、ルフィの悪口になるよ」

 「これは失敬。でもルフィくらい突き抜けてれば立派な武器なんだよ、きっと」

 

 走りながらも会話は止めず、二人はまだ余裕を保っていた。

 対してモージは敵を仕留められない苛立ちから平静を失くしかけており、それだけでも走り続けた甲斐はある。おそらくその焦った表情では冷静な判断は下せない。

 

 「それにさっきの爆発で手持ちの紙が少なくなってさ。考えて使わないと武器がなくなる」

 「いつも思ってたけど、紙ってどこに隠してるの?」

 「服の下に専用で作ったホルスターがあるんだ。それに収納してる」

 「いつの間にそんなのを」

 「これは昔から持ってるよ。何年か前に戦闘を見越して作ったんだ」

 「へぇ……私も何か考えなきゃなぁ」

 

 ある時、キリが前方に小さな路地を発見した。

 

 「ええい、待て貴様らァ!」

 「シルク、あそこ右」

 「うん」

 

 素早く右手の路地に飛び込み、一瞬モージの視界から二人が消える。

 迷うことはない。倒すためには追わなければ。

 リッチーに指示を出した彼は即座に路地へ飛び込む判断を下した。

 

 「リッチー、右だ! 絶対奴らを逃がすなよ!」

 

 強靭な脚力でそれまでのスピードを殺し切り、向きを変えて正面に見据えた路地へ飛び込む。

 リッチーが跳んだ瞬間、モージの目には路地の入口付近でしゃがんで隠れているキリを捉えた。飛距離から見てリッチーが飛び越えてしまう。瞬間的に思わず舌打ちをした。

 

 それだけならばよかったが、腕を振ったキリは無数の紙を飛ばす。

 バサバサと群がる紙によって視界が奪われ、目の前は白く染まった。

 モージもリッチーも視界が利かず苦心する。その中で何とか着地した。危うい様子はあったが足元には何もなく、転ぶこともなくリッチーは地面に四肢をつく。

 

 紙が落ちて視界が戻りつつある中。

 そのタイミングを狙ってシルクが正面からモージへ飛び掛かった。

 

 「なにィ!?」

 

 着地点を予想して潜んでいたらしい。

 唐突に現れたように見えた彼女に驚愕すると、体が固まって動けなくなっていた。

 驚いている一瞬で素早く接近されてしまい、跳んだ勢いで交差する一瞬、鞘に仕舞ったままの剣で腹を殴られ、力ずくでリッチーから叩き落される。特別腕力に優れる訳でもない彼女も、思い切り飛び掛かった勢いで威力が増したようだ。

 背中から地面に落ちたモージは痛みによって目を閉じた。

 さらにシルクが追撃を加えようと剣を振り上げ、目を開けた彼はちょうどその姿を見る。

 

 「ひぃっ!?」

 「ごめんね」

 

 謝罪の直後、剣が振り下ろされて鞘で顔面を殴られた。

 強かな一撃にモージの意識は刈り取られ、脱力して大の字に倒れる。

 

 一方の決着はついた。後はもう一匹。ライオンのリッチーを仕留めるのみである。しかしこちらはモージと違って急所を殴って一発で気絶、ともいかないだろう。

 振り返って彼らの姿を見つけたリッチーは、喉を鳴らして襲うタイミングを見計らっていた。

 シルクが剣を抜くか抜くまいか考えた時、背後からキリが声をかける。

 

 「シルク、こっち」

 

 手招きされて迷わずそちらへ走る。同時にリッチーも駆け出していた。

 狭い路地での一瞬の攻防。

 追いつかれれば死、追い付けば勝てる。そんな静かな激闘だ。

 

 思い切り跳んで先に大通りへ出たのはシルクであり、それを確認した途端キリが紙を操った。

 落ちた物と新たに取り出した物、路地を埋め尽くすほどの紙が、キリの手に纏わりつくと一瞬で拳となってリッチーへ迫る。

 あまりに巨大なその威容には王者と名高いライオンであっても怯えずにはいられない。

 

 先の光景を思い出したのだろう。怯えたリッチーは微塵も動けなくなって目を丸くし、轟音を立てて迫る攻撃を目の当たりにしていた。直後、逃げる暇なく強かに殴られる。吹き飛ばされた彼は路地の反対側から通りへ運ばれ、意識を失った様子で勢いよく地面を転がった。

 

 勝負はいとも容易く終わった。

 武器が足りないと言っていたキリだが今の一撃では決してそう思えず、シルクは驚愕する。

 

 やはり彼一人でも終わったはずの勝負だ。

 路地から飛び出した勢いで地面にへたり込んでいた彼女は項垂れ、自分が空回りしているのだと思い込んでしまう。役に立ちたいと言って、無駄な努力ばかりしているのではないか。

 そんな彼女を見てキリが紙を集めながら言った。

 

 「周りの環境を利用して戦うのも大事な戦法だよ。ライオンは人間より身体能力に優れて、牙や爪も立派な武器だけど、あれだけサイズが大きいと小回りが利かない。それならこれだけ狭い場所に誘い込んだ方が行動を制限させられるし、小回りが利く分こっちの方がよっぽど有利だ」

 

 彼の言葉にシルクの顔が上がる。

 

 「ひょっとして、それを教えるために?」

 「思い悩んでるみたいだったから。腕力だけが戦闘じゃないよ。強くなるには戦闘中も焦らず冷静に考えられるかどうかだ」

 

 全ての紙を回収し終わると、気絶したモージが路地の中で倒れているのがわかる。

 起き上がってくる気配はない。

 安心してキリはシルクに向き直った。

 

 「ルフィやゾロもあれで意外と考えてると思うよ。あの二人の場合、反射で動いちゃうって場合も多いだろうけど」

 「そっかぁ……私、まだまだだね。最近落ち込んでばっかり」

 「ちょっと真面目に考え過ぎてるんじゃないかな。そこまで思い悩むことでもないって」

 

 キリが右手を差し出す。

 彼女が立ち上がるため手を貸してやり、立ったシルクはまだ表情が暗い。

 どうにも真面目過ぎる傾向がある。町民を助けたいとの想いも然り。海賊を楽しんでいる一方でやはり根っこは町民なのか、まだ性質は変わり切っているとは言い難い。元海賊のキリや海賊に憧れて育ったルフィ、賞金稼ぎとして旅していたゾロとの違いも仕方ないだろう。

 

 「まぁ、追々頑張ろう。航海は長いから気楽にね」

 「うん。私、もう落ち込むのやめるよ。そんな暇あるなら修行する」

 「別にいいけど、ゾロみたいにはならないように。あの人は最近寝てるか修行してるかのどっちかだから」

 「あはは、大丈夫。ちゃんと仕事もするから」

 

 モージとリッチーは放置したまま、ただ忘れているだけなのか、それとも町民に任せるべきだと判断したのか定かでないが、二人は何気ない会話を再開させながら歩き出す。

 ずいぶん遠くまで走って来た。よってルフィの下へ帰ろうと来た道を戻っていくのである。

 

 

 *

 

 

 最初に激突した位置からそう遠くはなく、しかしルフィたちの姿が見えなくなった場所。

 ゾロとカバジの戦闘は続いていた。

 

 両手の二本に加えて三本目の刀を口へ、三刀流を披露するゾロが終始圧倒している。

 一輪車に乗ったまま戦うカバジは確かに器用だが、それがそのまま強さに直結しているかと問われれば疑問が残る。巧みなバランス感覚も、剣とは異なる武器を用いる曲技も、ゾロに対してさほど優位に立つための材料とはなりえない。

 あくまでもこの場で必要とされるのは剣の腕である。

 

 力強く隙のない剣術を見せるゾロに比べて、カバジのそれは特別性を感じない。

 曲技を絡めて見るならば確かに一流程度の実力は持っているものの、その曲技が相手に通じず、剣での力押しに持ち込まれるようならば不利は否めない。

 カバジの顔からは徐々に、しかし確実に余裕が削り落とされていった。

 

 「曲技、火事おやじ!」

 「うわっ!?」

 

 接近戦の最中、口内に何か仕込んでいたのか、カバジが口から火を吹いた。至近距離からの奇襲に思わずゾロは体勢を崩し、たたらを踏む。

 直撃はしていない。ダメージはなかった。

 ただし一瞬の隙は生まれていて、目を光らせたカバジが鋭く刺突を行う。

 

 「隙ありだ!」

 

 脇腹を狙った素早い一撃。常人には避けられないタイミングだった。しかしゾロは手拭いの下で目をギラつかせ、彼以上の速度でその刺突を受け流す。

 荒々しい挙動で金属音は大きかった。

 攻撃を受け流されたことで体勢が崩れ、今度はカバジに隙が生まれる。

 

 まずい、と思った瞬間。なぜかゾロは隙だらけの背を斬りつけず、咄嗟に彼の一輪車を蹴った。強く蹴られたせいで一輪車は跳ねるように飛び、カバジはその場で転んでしまう。

 剣は手放さなかったため、転んだ状態ですぐに切っ先を彼へ向けるも、ゾロは見下ろすばかりで追撃を行わない。むしろ構えを解いて彼が立ち上がるのを待ってすらいた。

 

 「立て。続きだ」

 「くっ……貴様舐めているのか。なぜ今攻撃をしなかった」

 「いいから立て。待たせんじゃねぇよ」

 

 悔しげに歯噛みしながらもカバジは立ち上がり、右手で剣を構える。

 

 「さっきおれを殺さなかったこと、後悔しろ……曲技! 湯けむり殺人事件!」

 

 手の中で剣が高速で回され、巧みな様子で地面の表面だけが削られる。二人の間で土煙が発生して視界が極端に悪くなった。

 何もない場所から土煙を発生させるのは見事。まさに曲技だ。

 

 一方でゾロはまるで慌ててはおらず、土煙の中から逃げることなく立ち尽くしている。

 まるで相手を待っているかのよう。

 そうして数秒、カバジが突然死角を突いて背後から襲い掛かって来た。今度は剣が大上段に構えられて、脳天から叩き割る挙動。両腕に力が入って歯を食いしばり、全力で振り下ろされる。

 

 その、ほんの一瞬の出来事だった。

 気付けばゾロと目が合っており、気付いた時には剣を握ったままの拳で腹を殴られていた。

 当然カバジの剣が届くはずもなく、ただの打撃で殴り飛ばされた彼は地面を転がる。軽い様子で地面を跳ねて一気に二人の距離が開く。単純な驚きと予想していなかった痛みでカバジはしばし動けなかった。

 

 土煙はすぐに晴れ、互いにいまだ無傷。しかしダメージの量はあまりに違う。

 圧倒的な実力差を感じさせられたカバジは心身ともに疲弊していたようだ。表情の変化からそれは明らかである。対してゾロは微塵も疲労を感じず、恐れを抱かず、威風堂々たる姿で仁王立ち。両者の外見の違いは誰の目にもはっきりとしていた。

 

 「立て」

 「ぐほぉ……!? 貴様、剣士の癖に、殴ったかっ!?」

 「細かい話だ。気にすんな。それよりとっとと立てよ」

 「うっ、ぐぅ……!」

 

 震える腕を地面につき、ふらつきながらもカバジが立ち上がる。

 予想外の強さだ。それなりの腕前だと想像していたがここまでとは。

 完璧に目測を見誤り、結果、一方的な状況となっている。ただ奇妙なのは彼が刀を使って攻撃して来ないことだ。チャンスはいくつかあったはず。そのいくつかを彼は一輪車を蹴り、腹を殴り、一度として斬撃でカバジを傷つけようとしていない。

 

 舐められているのか、ただ人を斬る勇気がないだけなのか。

 どちらにしてもカバジの気分は良くならない。

 

 何が真実であっても自分が押されていることに変わりはない。それが許せないと剣を強く握り直した彼は、強い眼差しで敵を睨みつけるのだが、ゾロの気迫は微塵も揺らがない。

 鋭い視線は彼も同じ。下手をすれば押し負ける危険性がある。

 再び切っ先をゾロへ向け、しかしどう攻撃すれば良いかまるでわからなくなった。

 

 「こんなもんか? 本物の海賊ってやつは」

 「な、なにィ……!」

 「少しは骨のある剣士が居たかと思えば大したことはねぇ。曲技だかなんだか知らねぇがお遊戯なら他でやってろ。おれはもっと強ぇ奴と戦いてぇんだ」

 

 つまらないと語るような、そんな口ぶりで言われていた。

 不遜な態度には我慢ならず、カッと頭に血が昇ったカバジは何も考えずに走り出していた。

 気付けば曲技など使える精神状態ではなくて、ただ我武者羅に剣を振り上げて突っ込んでいく。

 ゾロはそんな彼を冷静に見据えた。

 ゆっくりと構えを取り、三本の刀、三刀流にて迎撃の姿勢を取る。

 

 「貴様ァ、言わせておけば!」

 

 接近する様を冷静に見極め、自らの技が最大の力で相手を捉えられる一瞬、ゾロが前へ出た。

 

 「そこまで言うなら見せてやる、おれの本当の剣技を――!」

 「鬼斬り!」

 

 刀が振るわれ、確かに感触があった。

 二人の体が交差する。

 ゾロの体は無傷。対照的にカバジの体には三本の刀傷が刻まれていた。

 強烈な一撃を受けたカバジは斬られた衝撃で吹き飛ばされており、自身が空中に居ること、血を噴き出していることを知ってからようやく痛みを認識する。

 背から勢いよく地面へ落ちて、大の字に倒れた後、意識を失う直前に呟いた。

 

 「ゲホッ……!? おのれ、たかが、ルーキー如きに……!」

 「悪いがお前は眼中にねぇ。とっとと寝てろ」

 

 カバジは意識を失った。だが死んではいない。加減をして死なないように斬っていた。そのまま放置していたところで万が一もないだろう。

 刀を仕舞ったゾロは頭の手拭いを外し、腕に巻き直す。

 

 どことなく不満の残る表情だった。もっと期待していたが、これでは修行にもならない。

 懸賞金付きの船長を持つ海賊団、その幹部を相手にしても物足りず、彼は表情が晴れないまま首を鳴らした。これならキリを相手に斬り合っていた方がよっぽどいいと考える。

 

 「まったく、有意義にはならねぇ時間だったな。これじゃあまだまだ足りねぇ」

 

 一つの勝利を得ても彼はいまだ満足せず、慢心することもない。更なる強さを目指して微塵も気を緩めることはなかった。

 

 決着の後、仲間に合流するため辺りを見回し、歩き出す。

 幸いにもルフィが居た場所からさほど離れてはいない。

 道さえ間違えなければ最も早く合流できる位置だった。

 

 「とりあえずあいつらのとこに戻るか。ここからだとさっきの場所は……右だな」

 

 ただし残念だったのは、強い代わりと言うべきか彼は驚くほどの方向音痴で、自分が居る場所、自分が居た場所がいまいち理解できず、また詳しく考える癖もない。

 そのため適当に歩き出し、当然といった顔で見当違いの方向へ向かい始めたのである。

 

 それで自分が迷うとは微塵も考えていないのだろう。

 後に仲間が迷子の彼を探さねばならず、迷惑をかけることになると理解していないようで、勝利の高揚感もなく冷静に歩いているというのになぜか目的地には辿り着けなかった。

 


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