ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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冒険の夜明け(3)

 地図を見ながら、目的の場所を探して、二人は再び森の中を歩いていた。

 自信満々に地図が読めないと言い切ったルフィのため、キリが先導して道案内を務めている。生い茂る草をかき分け、固い地面を踏み、川の傍を歩いていた頃より険しい道のりを進む。若干坂道になっているようだった。暑い気候も手伝って汗を掻き始めており、滝によって濡れた服が予想とは違って涼しさを与え、まるで散歩をしているかのような心地である。

 

 見知らぬ土地での冒険に心が落ち着く。今度はキリもその感覚に抵抗しなかった。

 ルフィの相手をする以上は細かいことを考える暇などない。短い付き合いでもそれがわかる。一人で物憂げに考えるのは、もう少し時間を置いて、彼と離れた後がいい。

 まずは考えるのをやめてルフィの冒険に付き合おう。そんな判断だった。

 

 「あっ、またフルーツがあるぞ。キリ、食うか?」

 「冒険に集中するんじゃなかったの」

 「腹が減ったら集中できないだろ」

 「さっきあれだけ食べたのによく減るね。ボクはまだ大丈夫」

 「んじゃおれが食おう。よっと」

 

 右手を伸ばして次々掴み取り、左手に抱える。これ以上は取りこぼすという数を取った頃、収穫をやめたルフィは落としかけた一個を受け止め、それをキリへ投げて寄こした。

 多少驚きながらも彼は見事に受け止める。

 

 「ほいっ」

 「あー、どうも」

 

 そそくさと食べ始めるルフィを尻目になんとも言えない表情のキリだったが、手に受け取ったフルーツを見つめると食べ始める。しゃりっ、と小気味良い音だ。

 甘い果汁が口いっぱいに広がり、甘さと清々しさが同時にやってきて喉の渇きを潤す。

 腹は満たされたと思っていたが気分は悪くない。

 素直に礼を言って、再びキリが先導して歩き出す。

 

 「それにしても、地図も読めないのによく航海に出ようと思ったね。海を旅するには海図や天候を読めなきゃ話にならない。航海術は持ってないの?」

 「いや、まったく。航海士を仲間にすればいいと思ってたんだよ。そういうのはサボが得意だったし、おれはエースもサボもおれの船に乗ると思ってたしよぉ」

 「で、結局三人バラバラになってしまったと」

 「そうなんだよ。だからそういうのは仲間に任せることにした」

 「勝手というのか、効率的というか……じゃあ君の役割ってなんなの」

 「そりゃおまえ、船長だよ」

 「それは聞いたけど」

 「うーん、そうだな。仲間を守るのがおれの役目だ」

 

 少し声色が変わったことに気付き、些細な変化だったが、妙に気になってキリが振り返る。前を向いて歩くルフィはフルーツを食べる手を止め、決意を持った目をしながら、端的に言った。

 

 「サボが死んだ時、思ったんだ。おれが強くなってみんなを守れば、誰も失わずに済む。そのために何年もエースと修行したんだ。おれが仲間を死なせねぇ」

 

 キリの視線が前へ戻り、次いで少しだけ空を眺める。

 木々に付いた葉の隙間から覗く澄んだ青。目の中に飛び込んでくるようだった。

 

 「ふぅん。そうか」

 

 たったそれだけの反応。奇妙なほど静かであった。しかしルフィが気にした様子はなく、左手に抱えるフルーツからまた新たな一個を取り、かぶりついて口の端を汚しながら彼へ尋ねる。

 佇まいが変わったようにも見えるが歩調は変わらず。歩きながらの会話である。

 

 「キリは見習いだったんだよな。役割とかあったのか?」

 「一通り教えられたよ。見習いだからなんでもさ。基本は雑用だけど、戦闘に参加したし、操船は当然として、コックや船医や航海士の手伝いなんかも」

 「だからなんでもできるのか」

 「と言っても、やっぱり専門で学んでる人には敵わないけどね。いわゆる器用貧乏ってやつ」

 「きようびんぼう?」

 「要するに全部中途半端ってこと」

 

 苦笑してキリがそう言うと、すぐにルフィがそんなことはないと返す。

 

 「なんでもできるってすげぇじゃねぇか。おれはなんにもできねぇから尊敬するぞ」

 「なんにもってことはないでしょ」

 「でも航海術だって持ってねぇし、料理もできねぇ。道もよくわかんねぇからお宝だって見つけられねぇしな。誰かに助けてもらわなきゃ生きていけない自信があるね」

 「くくっ、なに、その自信。自慢することじゃないんじゃないかな」

 

 ルフィの言葉にキリが肩を震わせ、やっと純粋な笑顔を見せた。

 今までどこか距離があるようにも思えていたが、少しは距離が変わっただろうか。けれどルフィには気になることもあって、まだ彼といっしょに居たいと思っている。

 知りたいことがあった。だから今後はどうなるかわからずとも、せめてその時まで。

 

 また一つ熟しきった果実をかじり、甘い果汁に頬を緩ませる。

 先に食べ終えたキリが指先をぺろりと舐めていた。

 

 「そんなもんなんだと思うよ。一人で生きるのって難しそうだ」

 「キリも仲間といっしょに居たんだろ?」

 「うん、まぁね。でももう別れてから長いけど」

 「聞いてもいいか」

 「何を?」

 「なんで海賊やめたんだ?」

 

 答えはすぐに返ってこなかった。概ね予想通りである。

 黙り込んだのはほんの数秒。しゃりっ、と心地良い音がよく耳に残る。

 わずかに息を吐いた後、キリが笑みをそのままに答えた。

 

 「つまらない話だよ。どこにでもある普通のことだ」

 

 やっぱり、という感想。

 キリは何かを隠している。或いは、ただ言いたくないだけなのか。

 少なくとも先程の説明では語られていない過去があると見て間違いないようで、幼少期から考えなしで動くことが多いルフィは、その実他人の感情の揺らぎには敏く、嘘をついているだろう笑顔は本能的に理解できた。

 寂しげに見えたのはきっと間違いではない。

 しかし敢えてそのことは指摘せず、それ以上の追及もしなかった。

 

 「もうそろそろ着くよ。多分この辺りだ」

 「お、そうか」

 

 声色が変わったことに気付いてフルーツを食べる手を速め、あっという間に胃袋へ納めてしまう。今度は外見の変化が起こるほどではなく、すべて平らげたルフィは喜々として辺りを見回し始める。一つの行動を終えればすっかり次に興味が移っていて、後腐れも残さず、純真で素直な様子はまさしく子供っぽい部分であった。

 

 周囲の景色に大きな変化はない。が、進む内に前方には大きな岩が見つかった。

 全長にしておよそ十メートル。

 白い岩肌で明らかに周囲から浮いており、目立つ物体である。

 あれが怪しいと狙いを定め、キリが右手を持ち上げて指し示した。

 

 「あれが怪しいかな。調べてみたら何かあるかも」

 「んん、いかにもって感じだな」

 「と言ってもどう調べるか。見た目はどう見てもただの岩だけど……」

 「とりあえず登ってみるか? おれならすぐ登れるぞ」

 

 どうやって、と問おうとした瞬間に気付いた。彼が悪魔の実の能力者だということは先程間近で見せてもらったばかりだ。

 他に方法はないかと思い、キリはさほど考えずに頷く。

 

 「そうだね、そうしよう。だけど何もなかったらいよいよ手掛かりは何もないよ。お宝探しは中断、島から脱出する方法を探す。オーケー?」

 「よし、オーケーだ」

 「じゃあ行こう。お先にどうぞ、隊長」

 

 巨大な岩の間近にまで到達した時、キリが促したことでルフィが前に立つ。

 準備するように右腕をぐるぐる回し、決意が固まったところで勢いよく右腕が伸ばされた。十メートルの大岩にも全く問題なく天辺を掴み、ぐっと力を入れて離さず、今度は地面から足を離して手の方へ体が引き寄せられた。軽やかに飛び上がって見事に着地する。

 無事に岩の上へ立ったことを確認し、すぐさまキリの声が上へ飛んだ。

 

 「どうかな。ええと、何か、秘密の扉とかある?」

 「んー……あっ。なぁキリ、こっち上がってきてくれよ」

 「え? いいけど、どうやって」

 「おれが引き上げるから。ほら」

 

 何かを見つけたらしいのはわかった。ルフィは素早くキリへ向けて腕を伸ばし、すぐさま頭上へ掲げられた右手を掴んで引っ張り上げる。

 同じく軽やかに宙を舞って、着地も見事なもの。

 驚く素振りもなく岩の上へ立ったキリはルフィが見つけた何かを探そうと視線を動かし、すぐに気付いて眉を動かすと、もっとよく見るため数歩そちらへ近付いた。

 

 「ここ、なんか書いてあるよな。これなんだ?」

 「ふむ。これも地図みたいだね。だけどこの紙とは違う……印が一つだ」

 

 懐から取り出した紙を確認しつつ、その場に膝をついて二つを照らし合わせた。

 岩を削って作られた、白い傷跡による島の全景。だが印の位置が違っている。四つ記されていた紙の地図とは違って、岩場にあった同じ形の印はたった一つだ。

 示された位置はその場とも違う、彼らが最初に漂着したビーチにほど近い。

 海に沿った岸壁の辺りだろう。

 おおよその見当をつけた後、今度こそ当たりらしいと振り返ってルフィの目を見、頷く。途端に彼は心底嬉しそうに肩を揺らして笑った。

 

 「やっとか。いよいよ見つけられるな」

 「まぁ、まだ誰も見つけていなければの話だけどね。宝の地図が一つとは限らないし」

 「ないならないでいいよ。とにかく行ってみようぜ。場所わかったんだろ?」

 「一応は。最初のビーチに戻って移動すれば、多分辿り着ける」

 「よし。絶対見つけてやるぞ」

 

 二人は同時に岩の縁に立って下を見下ろすも、中々の高さ。

 キリがルフィを見て肩をすくめた。

 

 「降りるのには苦労しそうだね」

 「おれに任せろ。ゴムだから大丈夫だ」

 「便利な体してるね。で、どうやって?」

 

 以前と同じく、腰に手が回されてしっかり掴まれ、唐突にルフィが宙へ跳び出した。あっと思って悲鳴を上げかけるが、伸ばされたもう片方の手が岩の天辺を掴み、伸びるゴムの腕が落下の速度を調整しながら降りていく。速度は速いが身の危険を感じるほどではない。

 

 それでも説明がなかったことで驚きは隠せなかった。

 想定外の浮力を感じ、驚いたキリは思わずといった様子でルフィに抱き着く形となり、意識せずとも開かれた口からは悲鳴にも似た声がこぼれた。

 対してルフィは笑顔のまま。楽しそうな姿である。

 

 「おぉっ……!」

 「いやっほ~っ!」

 

 軽やかに降りて無事に着地した。巧みに勢いを殺したおかげで二人とも無傷のまま。

 ただ生きた心地はしなかったようで、解放されたキリはほっと胸を撫で下ろす。

 

 「ふぅ。ゴムの体が欲しいと思ったのって、多分初めてだよ」

 「うまくいったな」

 「なんとかね。でも二度目はもういいかな」

 

 深呼吸を何度か繰り返して呼吸を整える。落ち着くまでさほど時間はかからなかった。

 気を持ち直した後、顔を上げたキリはいとも容易く最初のビーチがある方向を見る。しかしルフィにはどちらへ向かえばいいかわかっていないようで、嘘ではないのだとわかりやすい。堂々と道がわからないと言ったのは本心で、彼がどれほど正直な性格なのかよくわかった。

 もう驚いたりはしない。彼の人となりは理解しつつある。

 歩き出すきっかけはキリが作ることとなった。

 

 「さて、最初のビーチに戻るわけだけど、道はわかる?」

 「さっぱりわかんねぇ」

 「だと思った。じゃあ案内するからついてきて」

 「頼んだ」

 

 接し方にも慣れたようだ。キリが歩き出せばルフィが後に続く。

 すでに数時間、こうして二人きりで歩いている。太陽の位置も変わりつつあって、時計がないため正確な時間もわからないが、一日の終わりは着実に近付いてきていることだろう。気付けば匂いが変わろうとしている。歩いてみなければわからない島の匂い。夕暮れの時が近い。

 

 人生の大半が航海と冒険だった。空の色を見たキリは静かに想う。

 今回の冒険は以前と何かが違っていた。

 訪れた島が違うことは当然として、隣に立つ人。同行する人が違うだけでこうも変わるのか。

 良いのか悪いのかわかったものではない。手のかかる人だ。一人にしておくこともできないほど心配で、放っておけばあっさり死んでしまう可能性さえ持っている。運動能力に長け、サバイバルには慣れていそうだから島内に居れば死ぬことはなくとも、きっとこの島を出るには奇跡を待つしかないことだろう。よく見れば手先が器用そうだとは思えない。イカダを作るのも無理そうだ。

 

 本当に面倒で目が離せない人。だけど嫌ではない。

 そんな風に思える自分に苦笑してしまった。

 

 さほど大きな島ではないため、ビーチにはすぐ辿り着いた。

 地面が土から砂に変わってぎゅっと音を立てて踏みしめる。暑い日差しが強く降り注ぎ、波の音が近くなった。相変わらず漂流してきた船の残骸がそこらに散らばっていて、その一つが立たされ、青い上着を風にたなびかせている。

 

 「しまった。上着干したままだった」

 「おぉ、ちゃんと戻ってこれた」

 「道くらい覚えられるからね。でもまだ到着じゃないよ」

 「そうだった。ここからが本番だな」

 

 海を見つけてしばし足を止めた後、先に歩き出したキリが自分の上着を取って身に着ける。日差しのおかげですっかり乾いていたようだ。

 その頃になれば滝の水に濡れた服もずいぶん乾いた。

 

 気分も一新して海を眺めて辺りを見回す。

 最初にここで出会った時とは何かが違っているように感じる。些細な物だが島内を歩いた時間は決して無駄ではない。肩の力も前より抜けていた。

 

 「さて、次はどっちだ?」

 「この海岸に沿って行けば着くはず。向こうだよ」

 

 並んでビーチを歩き始める。向かう先には海と、岩礁地帯があった。

 どこへ向かえばいいのか。教えられずとも自然とわかる気がする。しかしルフィは敢えて問い、キリが答えて、それから歩き始めるのだった。

 歩く内にも会話は止まらず。すっかり二人で居ることに慣れた様子である。

 

 「なぁ、キリって泳げるのか?」

 「また唐突だね」

 「おれは悪魔の実を食っちまったからカナヅチなんだ。その前からカナヅチだったんだけどな。もし溺れたら誰かに助けてもらわねぇと絶対死ぬぞ」

 「それは残念。ボクもカナヅチだからもしもの時は助けられない」

 「なんだ、泳げねぇのか。キリにもできないことってあるんだな」

 「そりゃたくさんあるよ。なんでもできる完璧な人間なんていないもんさ」

 「でもやっぱ頼りになりそうだ。道だって覚えられるし」

 「それ別に特殊能力じゃないから。結構誰にでもできることだよ」

 「そうかぁ?」

 

 もはや軽口を叩くのも違和感はなく。二人の顔には当然のように笑みがあった。

 ビーチを横断して、辿り着いたのは海に面した岩礁地帯。海水に触れて尚も立つ岩がそこらにあり、その付近だけは波が強く、船で近付けば船体に穴が開くこと間違いなし。

 岩礁を越えた先には、小さな洞窟があるのが見えた。足場はないがどことなく怪しげだ。

 そこを目の前に、一度足を止めた二人は顔を見合わせて言い合う。

 

 「あそこ、なんかありそうだぞ」

 「ジャンプしていくしかなさそうだ。お互い泳げないんだから、落ちないでよ」

 「んん、大丈夫だ。こういうのは得意だぞ」

 

 何度か屈伸をして、準備を終えた後にまずはルフィが跳び出す。砂浜を蹴って近くの岩に乗り、そこからは軽やかな様子で次々岩の間を跳び回って進んでいく。

 同じくキリも続いた。野生児じみたルフィとは動きが違い、軽やかで無駄がない。

 どちらも失敗して海に落ちる心配がないことは確かで、いとも容易く洞窟へ近付いて行った。

 

 十を超えるジャンプで岩場を跳んだ後。直線状に洞窟を置く位置で二人は別々の岩の上に立ち、自分の目の前に移動に使える岩がないことを知ると、前へ進む方法を考えるべく動きを止める。

 考え、答えを出したのはルフィが先。キリが何かを言う前にすでに手は差し出されていた。

 

 「もう少しだ。ここから飛ぶぞ」

 「また伸びるの?」

 「その方が早ぇだろ」

 

 差し出された手をキリが握り、ルフィの左手が洞窟へ向かって勢いよく伸ばされた。

 内部の岩をしっかり掴んで、慣れた様子で腕を縮める。引っ張られる形となった二人は弾丸の如く小さな洞窟内へ突っ込み、勢いもそのままに滑るようにして地面へ着地した。

 やはり痛みを伴う。

 ゴム人間のルフィは堪えないが、キリとしてはこの方法をやめて欲しいところだった。

 

 からりと乾いた岩の地面に薄暗い環境。

 その場に立って背筋を伸ばすと潮の香りに満たされていると知る。

 海に近くとも閉鎖された場所だ。匂いは独特でキリが鼻の辺りへ手を伸ばす。

 

 「すごく濃い匂い。犬が嗅いだら卒倒するかも」

 「うわぁ……すげぇ」

 「どうかした?」

 「ほら、あれ」

 

 先に気付いたルフィが指し示した先、暗がりの中に大きな影がある。

 数歩前へ出てその姿がわかった。光の入らない洞窟は入り口とは比べるまでもなく巨大で、その中で静かに佇んでいるのはボロボロになった帆船である。

 海には近いが洞窟内に海はない。ひび割れた地面に帆船が置かれ、ずいぶん年季を感じさせる姿で動かなくなっている。一体どうやって入り込んだのか見当もつかなかった。

 圧巻の光景に言葉を失くし、ルフィはわくわくして笑顔を浮かべ、キリは呆然と立ち尽くす。

 

 「帆船だ。こんなところになんで」

 「すんげぇ。海賊が乗ってたやつかなぁ」

 「わからないけど、普通こんな場所にはないよね。どうやって入ったんだろ」

 「きっとあそこにお宝があるんだ。調べに行こうぜ」

 

 元気よくルフィが駆け出し、ゴムの体を利用してひらりと甲板へ飛び乗る。キリもすぐに後から続くが、驚きが彼の歩みを遅くさせ、ゴム人間のように伸びることもできないため船体の出っ張りを使ってゆっくりと登っていく。

 甲板へ立った時、すでにルフィは改めて船の姿を眺めていた。

 

 薄暗くとも近くに来ればよくわかる。全身がボロボロでまるでゴーストシップ。いつからここに居るのか、とてもではないが航海できる姿ではない。放置されて数十年は経っているだろう。老朽化も進んでいるだけでなく、甲板には元は人間だっただろう白骨が無数に倒れていた。

 そこに倒れる人々に話を聞かずとも、全員ここで死んだことはわかる。

 死因がなんだったかは調べなければわからないものの、良い死に方はしなかったに違いない。中には骨にまで朽ちたサーベルを埋め込んでいる遺体すらあった。仲間割れか、敵襲か。どちらにしても生前は肉や内臓に深々と刃が刺さっていたはず。想像するだけで痛そうだ。

 甲板の中央に立って辺りを見ていたルフィは、ある時唐突にぽつりと呟く。

 

 「何があったんだろうな」

 「さぁ。死人に口無し、骨に話を聞くのは動物としゃべるより難しそうだね」

 

 平然としているキリはしゃがみ込み、転がる内の一つ、頭蓋骨へ触れる。

 ひび割れているだけでなく穴まで開いて無残な姿。額が銃弾で穿たれていた。

 きっと苦悶の表情で死んだのだろうな。指先で穴を撫でながら思う。

 

 「聞かない方が身のためだよ。ここに死者が居れば、きっと冷静になんて話してくれない。生きてる人は想像して自己完結するしかないね。それが死者との付き合い方だ」

 「うん。どんなに頑張ってもおれにはこいつらとは話せねぇ」

 「お宝を探そう。生きてる内は、生きることを頑張らないと」

 

 キリの言葉に頷き、気遣いがあるのかルフィは骨を踏まないように船室へ続く扉を目指し始めた。どんな金銀財宝も死者の手の内にあっては無用の長物。頂くことに躊躇いはない。

 何しろ、海賊なのだ。略奪は基本なわけでむしろ喜々とした様子すらある。

 

 「どこにあるんだろうなー。やっぱ倉庫とかかな」

 

 古びた扉を無理やり押し開け、彼の姿は船の中へと消えていく。キリは追わない。そっと立ち上がると彼が消えた扉とは違う場所を見た。

 骨を避けて歩き、船室へ続く扉の両側にある階段を上って、一段上にある扉を開ける。

 

 やはり薄暗く、光はない。

 広い一室だった。おそらく船長室なのだろう。暗闇に目が慣れると部屋の中央に幅広の机が置かれていることに気付き、その向こうには豪勢な装飾の椅子があって、誰かが腰掛けている。

 つばが広い帽子をかぶった、骸骨だった。

 厚手のコートを着たまま、右手は机の上に投げ出されており、傍にはペンが落ちている。

 

 机の上に残されたのは文字が書かれた羊皮紙だった。

 手紙だろうか。そっと持ち上げたキリが文面を読み始める。古くなっているが達筆に書かれた文字はしっかりと読み取れ、おそらく彼にとって最後の言葉を何年か越しに受け取る。

 

 文章にはこの船の最期が描かれていた。

 嵐と高波によって船は陸へ投げ出された。海の上へ戻ることはできず、人が近寄らない無人島では誰かの助けもない。船員たちは困惑して次々に案を出したが話し合いは上手くいかずに、ついには反乱まで起こってしまった。同じ釜の飯を食った仲間たちは殺し合い、怒号ばかりが連日響いて、甲板には血の雨が降った。

 自分の死を悟っていたのだろう。或いは、どこかに怪我をしていたのかもしれない。

 一味の終わりを嘆く船長は最後にこう記している。

 ただ無念だ、と。

 長く苦楽を共にした船と共に海の上で死にたかった。

 

 なぜ洞窟の中に船があるのかは説明されていないが、キリにとってはすでに原因や理由などどうでもよくなっており、ただ一言、最後の言葉だけが異様なほど頭の中に残っている。

 力尽きる寸前、掠れた文字で書かれた最期の言葉。

 たかが悪党、されど海賊として誇りを持って生きたに違いない。海の上で死にたかったという言葉は彼に重くのしかかり、思考が止まってしばし見つめたまま動けなくなる。

 

 なぜか彼は悲痛な面持ちとなっていた。

 どれほどそうしていたかわからない。

 やがてルフィが扉を開けて室内へ入ってきたことにより、重苦しい空気が切り裂かれる。

 

 「おい見ろよキリ! すげぇぞ、宝がいっぱいあった!」

 

 勢いよく飛び込んできて笑顔を見せるが、彼の佇まいがおかしいことに気付いて笑みが消える。

 静かで儚げな、見た事が無い姿。これまでの数時間で見れなかった顔だ。

 両脇に抱えた、金貨が詰まった宝箱を取り落とし、その音でようやくキリが顔を上げる。

 すぐに笑みが浮かべられた。だがその寸前の顔はしっかりと焼き付いており、明確な変化が気遣いか、或いは隠し事をしていると感じさせ、ルフィの心に楔を残す。

 

 「そう、あったんだ。こんな偶然ってあるのかな。ほんと奇跡的」

 

 紙を机に戻してキリがルフィへ歩み寄る。彼の表情は変わらなかった。

 暗い一室の中を見、状況がある程度わかったのだろう。ひどく落ち着いた声で尋ねる。

 

 「あれって船長か?」

 「そうみたいだね。色々災難が重なったみたいだ」

 「海賊だったのかな」

 「さぁ、どうだろう。どっちにしろ後悔したまま死んだんだと思うよ」

 

 二人で船長の亡骸を眺めた後、ふとキリがルフィの足元に置かれた箱を見る。

 落下の衝撃で少しこぼれているが無数の金貨が納められていた。床に落ちた一枚を拾い上げ、目の前で眺めたキリはふむと頷く。

 

 「船が古い割に状態がいいね。これなら高値になりそうだ」

 「他にもいっぱいあったぞ。おれ一人じゃ運びきれねぇ」

 「それじゃ、頂いていこう。死者にはもう使えない」

 

 金貨を指で弾き、ルフィへ渡すとキリが先に部屋を出る。

 慌ててルフィも箱を二つ持ち上げ、後へと続いた。

 二人はそれから船内へ赴き、数えきれないほどの宝を見つけ、全て外へ運び出したのである。

 


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