ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Black or White(3)

 瓦礫を跳ね飛ばして起き上がり、両者は即座に駆け出した。

 砦の内部でルフィとキッドは同時に拳を繰り出す。

 互いの顔にパンチが直撃して、体勢が崩れかけるもすぐさま持ち直し、そのまま退くことなくさらに攻撃を行った。敵のパンチを避けつつ拳を突き出し続ける。

 

 「うおおおおおおっ!」

 「オラァアアアアアッ!」

 

 時折防御しながらも攻撃が止められることは一瞬たりともなかった。どちらもかすり傷はあっても致命的な一撃はないまま、一進一退の攻防を続ける。

 その迫力は簡単には近付けないほどで、彼らは孤立した状態で向き合っていた。

 

 互いの頬に拳が突き刺さり、体勢が崩れてもお構いなしに腕を突き出した。

 気が逸るのか、攻撃に集中して行われる戦闘は普段よりも荒さが目立つ。それだけにダメージは相当な物だっただろうがそれすらも気にならない。

 ルフィとキッドは一歩も退こうとはしなかった。

 

 ルフィの拳がキッドの腹を撃ち抜いた。

 次いでキッドの拳がルフィの脇腹を殴りつける。

 姿勢が崩れるが地面を削りながらも必死に耐えて敵を睨みつけ、少しも怯まず、もはやほとんど考えずに反射的に動いているのだろう。気付けば前へ踏み込んでいる。

 再び至近距離で睨み合った時、攻撃を待つことはなかった。

 

 「んんっ!」

 「オオオッ!」

 

 鈍い音が鳴り響き、幾度となく拳が当たる。

 腹を打ち、顎をかち上げ、頬を殴り飛ばしてまたぶつかる。屈強な肉体を持つとはいえキッドの体は常人の物。ゴム人間であるルフィとは違う。ルフィがパンチによるダメージを受けた様子がない一方で、キッドにはそれなりの影響があったはずだ。

 

 殴った感触も違う。彼の能力を思い出したキッドは自ら後ろへ跳んだ。

 以前やり合った時のことを思い出し、にやりと笑う。

 今日は本気で始末するつもりだ。手加減する必要などない。

 

 「ハッハァ! 麦わらァ、お前は確かゴムだったな」

 「うん」

 「だったら――」

 

 掲げた右腕に反応して、周囲に落ちていた金属が一斉に宙へ浮かび上がる。壊れた武器の刃や砕けた石が付いた鉄骨、決して数は多くないがほとんどの物が朽ちて錆びていた。

 それらを己の手の如く操り、キッドが吠える。

 

 「引き裂いてやるまでだッ!!」

 

 右腕を勢いよく振ったことで金属が飛来した。

 大小様々な金属が高速で向かってくる。身構えたルフィは真剣にその様を眺めていたが一歩も動かない。代わりに頭上から人影が降ってきた。近くで戦闘していたキリだ。

 二人の間に割り込むように現れ、紙を束ねて大きな壁を作り、飛んでくる金属を受け止める。

 硬化した影響でぶつかった傍から跳ね返されて辺りへ散らばった。

 

 飛来した金属を全て弾いた後、キリと戦っていたキラーが飛び込んでくる。気配を感じたキリは壁にしていた紙を手元へ集め、長い槍へ作り変えた。

 互いの武器が激突して甲高い音が鳴る。その場で押し合い、正面から睨み合う形となった。

 

 「おれに背を向け、船長の戦闘に割り込むか。感心しないな」

 「ルールなんてあったっけ?」

 「いや。だがおれが見逃すと思うなよ」

 「キラー! どけェ!」

 

 キッドの鋭い声が響いて、迷わずキラーはその場から飛び退く。その直後にキッドが大きな鉄板を能力で飛ばし、真っすぐキリの方へ向かってきた。

 それを見たキリは何もせずに飛び退く。すると代わりに前へ出たルフィが蹴り飛ばしたのだ。

 

 「おりゃあっ!」

 「フン……!」

 

 蹴られた鉄板が地面を転げる頃、二人は再び接近していた。

 キッドは右手に自身のナイフを持ち、左手に拳を作ってルフィへ飛びかかった。

 対するルフィは伸ばした足をしならせて、鞭のように振り回す。

 

 ルフィの蹴りがキッドの側頭部を捉えた。

 蹴られた衝撃で地面を転がり、素早く立ち上がるキッドが表情を歪める。

 

 「前からてめぇが気に入らなかった! ここで殺れて嬉しいぜ!」

 「お前なんかにやられねぇよ!」

 

 激突する二人の傍で、キリとキラーも再度武器を合わせていた。

 籠手から出た刃を槍で受け止め、擦り合わせる。

 そうしながらキリは苦い顔で思わず笑った。

 

 「まったく……! どいつもこいつも、人の話を聞かない奴ばっかりだっ」

 「お前が言うのか? シキの勧誘を蹴ったお前らが」

 

 刃を振り払い、キリが後ろへ跳んで距離を取った。見たところキラーは能力者ではなさそうだ。少なくともここまで能力を使っていない。しかしそれでもキリに遅れを取らない実力は彼を驚かせるほどのものだった。

 素早く身軽な動きと、標的を確実に仕留めようとする必殺の一撃。

 彼の攻撃には明確な殺意があった。キラーという名は伊達ではない。

 

 槍を回してキリが周囲を窺う。

 ルフィとキッドは相変わらず大暴れして、周囲の被害も気にせず激しい攻撃を行っている。森や砦の外側が破壊されているが全く気にしていない。

 

 妙な気配を感じた途端に眉間に皺を寄せた。

 バキバキと木々を薙ぎ倒して、巨体が飛び出してくる。

 彼らが居る場所へ現れたのは恐竜になったドレークだった。地面を滑るように転がって、即座に立ち上がると自身がやってきた方向に目を向ける。

 

 そこに立っていたのはウルージであった。しかし先程とは様子が違う。服が肌蹴て上半身だけ裸になり、筋肉は異様なほど膨れ上がって、体自体が巨大化していたようだ。

 恐竜に変身したドレークと同等の体長、或いはその倍はあったかもしれない。見た目が違えば肌に感じる迫力も段違いだった。

 一旦手を止めた四人とドレークを見回した彼は、笑顔を全く崩さずに呟く。

 

 「おーおー、派手にやりなさる。流石は悪名高いルーキーたち」

 「でっけー!? なんだあのおっさん!」

 「あれも能力者か……」

 「ではそろそろ、こちらも本気で行かせてもらおう」

 

 身構えただけで相当な迫力。そちらに反応せずにはいられない。

 拳を握ってウルージが駆け出した。

 即座に全員が反応するも、特に目立ったのがルフィだ。彼はキッドではなくウルージに向かって走り出し、正面からの戦闘に臨んだのである。

 キリはやれやれと言いたげな顔で見送るが、キッドは苛立ちを露わに能力を使用した。

 

 「ゴムゴムのォ~!」

 「麦わらァ! てめぇ!」

 「フフッ、麦わらの人。やはり無謀か?」

 

 ウルージが右腕を振り上げた。

 同時に接近してくるルフィが後方に腕を伸ばし、引き寄せる反動を利用して拳を突き出す。

 体格差はあまりにも大きい。しかし臆することなく、繰り出されたパンチが激突した。

 

 「ブレットォ!!」

 「因果晒し!!」

 

 接触した瞬間に強い衝撃波が巻き起こる。

 威力はほぼ互角といったところか。だが体のサイズが違うことが影響して、ウルージがわずかに後ろへ押されただけなのに対し、ルフィは激しく吹き飛ばされた。

 

 「うわぁ!?」

 「むぅ……! 思いのほかやる」

 

 倒れなかったウルージに対してルフィは勢いよくごろごろ転がる。

 彼が膝をついて起き上がった時、すでに背後にはキッドが迫っていた。

 能力で集めた金属を右腕に纏って巨大な拳を握り、振り上げた状態で向かってくる。気配に気付いて振り向くルフィは、その巨大な影の下に居た。

 

 「てめぇの相手はこのおれだッ!」

 「またあれか!」

 

 以前にも見た巨大な腕。サイズだけでなく金属の寄せ集めであり、ただの打撃ではなく肌を引き裂く性質まで持っている。ルフィにとっては天敵だ。

 素早く判断した彼は後ろに跳んで回避し、距離を取った。

 キッドの一撃は地面を激しく叩きつけ、地面を大きく陥没させる。

 

 帽子を押さえながら着地したルフィはキリの隣へ移動した。

 同じ方向を見て警戒しながら、今更になって告げる。

 

 「キリ! 恐竜がいる!」

 「X(ディエス)・ドレークだよ。あれも能力者だ」

 「あれも? すっげーなぁ!」

 

 純粋に感心しているらしいルフィの隣でキリは嘆息する。

 悠長なことを言っていられる状況ではなさそうだ。おそらく何らかの能力だろうが、ルフィを吹き飛ばすほどの一撃。ウルージもまた警戒すべき危険人物である。

 さらに恐竜に変身するドレーク、金属を操るキッド、能力は無さそうだがキラーも居る。

 個人の戦闘力ではバロックワークスを凌ぐ。油断すれば一瞬でやられるだろう。

 

 腕を上げたキッドが睨んだのはルフィではなくウルージだった。

 乱入してきた彼を邪魔な存在だと感じたのだろう。怒気を隠さず殺気をぶつける。ウルージの表情はそれでも変わらなかった。

 

 「怪僧ォ! おれの邪魔をするんじゃねぇよ! 殺されてぇのかッ!!」

 「おーおー。味方になったはずだが、やはり狂犬の噂は伊達ではない」

 「あれはおれの獲物だ!」

 

 キッドが猛然と駆け出した。

 反射的にルフィとキリが身構えて迎え撃とうとする。

 

 「またあいつか」

 「流石に話を聞くタイプじゃないね、あれは」

 

 接近してくるキッドに目を向けていたものの、咄嗟に目を見開いたキリが武器を掲げた。

 いつの間にか横から接近していたキラーが刃を振るい、辛うじて槍で受け止める。やはり速い。乱戦の中で気配を殺し、一瞬にして近付いてきた。

 武器を払って距離を置こうとするがさらに向かってくる。仕方なくキリは後ろへ跳んだ。

 

 「お前の相手はおれがする」

 「嬉しくない申し出だねっ。もうほっといてほしいんだけど!」

 

 槍を分解して二本の剣に作り変えた。

 素早く移動しながらも刃を交える二人は己の船長から遠ざかり、戦闘を邪魔しないようにしながらも状況を確認しつつ、それでいて戦闘にも集中する。彼らは確かに船長から離れた。だが何かあればすぐ駆けつけられるようにとの意思もあったようだ。

 木の幹や枝を蹴って跳びながら、二人は跳び回りながら刃をぶつける。

 

 場所が変わったことで先程まで戦っていたウルージとドレークが動きを止めた。

 すでに乱戦の様相を見せている。もはや一対一のつもりでいては命取りだ。

 

 その証拠と言わんばかりに、彼らは目撃した。

 巨大な拳で殴りかかるキッドの眼前から、突如ルフィの姿が消えたのである。

 移動したようには見えなかった一瞬の内に彼の姿が消え、代わりにそこにあった丸太が拳で破壊されていて、殴った本人でさえ驚いていた。

 

 「アァ!? どこへ……!」

 「麦わら屋」

 「お?」

 

 視線を走らせると砦の壁を背にしてルフィと共にローが立っていた。

 刀を抜いて俯き、そこの誰を気にすることもなくルフィへ声をかけている。

 その姿を見たキッドは忌々しそうに、だが好戦的に笑みを見せた。

 

 「紙屋の件があってお前と手を組むつもりだった。だが忘れるな」

 

 ローが右手を上げて、ルフィの首の前に刀が添えられる。

 

 「少なくともおれにはお前を殺すことに躊躇いがない。こんなところで潰れるようなら助ける価値もねぇ。おれが味方になったとは思うなよ」

 「知るか。おれはおれのやりたいようにやるだけだ」

 「せいぜい後ろに気をつけるんだな」

 

 刀を下ろしてローがキッドに鋭い視線を送る。

 ようやく彼の様子を見た。まだ襲ってこないがいつ動いてもおかしくない姿勢。戦うことなく並んで立った二人を見てさらに戦意は増していた。

 明らかに空気が刺々しくなっている。

 あまりの迫力にドレークやウルージも反応せずにはいられない。

 

 「てめぇらが何をしようが無駄だ。むしろ有難いぜ。ここでまとめて始末できるからなァ」

 「うるせぇ! お前に負けるかぁ!」

 「調子に乗るなよ、ユースタス屋。それはこっちのセリフだ」

 

 ローが左手を前に伸ばし、掌を上に向けて指を開いた。

 すでに攻撃の準備は整っていた。彼が能力で作り上げた青い半透明のドームは、彼が完全に支配執刀する手術室。その中に居る者はすでに彼の獲物であり、彼の患者であった。

 手術室の中で彼は絶対的な王者。できないことなどありはしない。

 

 「お前が邪魔だ。ここで消せて有難い」

 「やってみろッ!!」

 

 吠えたキッドが飛び出した。

 凄まじい力で地面を蹴りつけ、まるで弾丸の如く前へ進む。金属を集めた巨大な右腕は持ち上げるだけで威風堂々としており、脅威に感じられる。

 ローは慌てず指を振った。

 身じろぎ一つせずほんの些細な動作。それで景色が変わる。

 

 突如、キッドの足元が隆起し、尖った岩が彼を突き刺そうと現れる。瞬時に気付いた彼は慌てることもなく跳んで回避した。だが攻撃はそれだけで終わらない。

 ありとあらゆる場所から同じく岩が隆起して、轟音を奏でながら周囲の景色が変わっていく。

 

 バリッ、と音が鳴るほど歯を食いしばり、キッドが腕を振り下ろした。

 巨大な腕で地面を殴りつけて隆起した岩を消し飛ばす。

 たった一撃で地形を変えるほどの威力だった。砕けた欠片が宙を舞い、視界は最悪。その中でもキッドは敵を睨みつけて逃がさない。

 

 彼が着地して足に力を入れ、駆け出そうとした時だ。

 先にルフィが飛び込んできて拳を繰り出した。

 

 「ピストル!」

 

 反射的に金属を纏っていない左腕で受け止める。鋭い痛みと衝撃が走って表情が歪み、キッドの視線が彼を捉えた。

 やはりどちらも気に入らない。

 優先順位などない。消すなら二人纏めてだ。

 

 攻撃を終えたルフィはさらに接近しようとする。

 その行動に虚を突かれたローは口を開けたまま呆けていて、彼の背を見て思わず言った。

 

 「おい麦わら屋、そいつはおれがやる。邪魔をするな」

 「何言ってんだ! こいつはおれがぶっ飛ばすんだ! お前こそ邪魔すんな!」

 

 ピクリと眉が動いた。

 目付きが変わり、あまりにも冷たいその眼差しは一切の感情を捨てて前を見る。

 どうやら今、標的は増えようとしていたようだ。

 

 「チッ。言うこと聞くはずもねぇか」

 

 抜き身の長刀を構えて、彼は能力を利用した一撃を放とうとしていた。

 

 「さっきも言ったぞ。邪魔するんなら容赦なく消す。いいからそこをどけ――」

 

 ローが何かに気付いて視線の先を変えた。

 瞬間、大爆発が起こる。

 彼が立っていた場所は爆炎に包まれ、それによって生じた煙が辺りを漂い、近くにあった草や木材の破片に火が点いた。

 

 砦の一部である石柱の上でしゃがんでいたアプーは、その様を興味深そうに見ていた。

 自身の能力を使った奇襲だが想像以上の結果だったようだ。

 

 「おー……こりゃすげぇ。瞬間移動か」

 

 感心した様子で呟く。そして彼は自分の右側へ顔を向けた。

 少し距離を置いて隣に立った石柱の上、無傷のローが立っていたのだ。爆発に巻き込まれた様子はどこにも確認できず、さっきと何も変わらぬ姿でアプーを見ている。

 にやりと笑って、しゃがんだまま戦う姿勢も見せずにアプーが言った。

 

 「おもしれぇ能力だなぁ。それどこでも使えんのか?」

 「お前に教える義理はねぇ」

 

 冷たい声で簡潔に答えるとローは素早く刀を振るった。

 上から下へ真っすぐ振り下ろして、刃が届かぬその位置から一歩も動かず攻撃する。しかしなんとも言い難い危険を感じていたアプーは横へ跳ぶことで回避行動を取った。その行動は正解だったようで、明らかに刃が届いていない石柱が真っ二つに両断される。

 落下しながら口笛を吹いた。

 着地してすぐにアプーは再び跳んで回避する。ローがさらに何度か刀を振っていたのだ。

 

 「おっかねぇな! このドームがお前の能力ってわけか!」

 「お前の能力は音だな。もう一度やれるもんならやってみろ」

 「そうかい? じゃあ遠慮なく!」

 

 体が楽器のように変身し、笛になった腕を吹こうと口を近付けた瞬間、ローが指を振った。

 

 「タクト」

 

 その動きに合わせて彼が切った石柱の一部が宙を飛ぶ。

 回避するため跳び回り、空中に居たアプーは体を動かすことができず、目を見開いた次の瞬間には瓦礫に激突して弾き飛ばされていた。

 

 「ぐはぁ!? そんなのもありか!」

 

 ローが刀を振り下ろそうとする。距離があっても彼を分解することは難しくない。アプーが地面に落ちた時にはすでに腕が動いていた。

 それを阻止するかの如く、砲弾が飛んできた。

 腕を止めたローは指を伸ばし、軽く振ることでその砲弾の狙いを逸らす。

 

 どうやら森の向こうからやってきたらしい。キュラキュラと騒がしい音がしていた。

 姿を現したのはベッジである。ただしその姿はいくらか変わっていて、足の代わりに戦車のようなキャタピラを使って移動していた。

 

 「キャッスルタンク!」

 「すっげー!? なんだあれ!」

 「余所見をするとはいい度胸だなァ!」

 

 キッドと戦闘するルフィが楽しそうな声を出したことも影響して、周辺に居た者は当然反応してその姿を見た。

 何らかの能力を使った姿なのだろう。想像するのは難しくない。

 

 異様な姿で乱入したベッジは体中の砲門を開く。

 シロシロの実で自らの体内を要塞と化した、通称“城人間”。彼の体内には部下である人間が大勢存在しており、彼らが大砲の準備をして攻撃を行う。

 放たれた砲弾は初めは小さく、ベッジの体からいくらか離れると元の大きさに戻って飛来した。

 

 砲弾は四方八方へ放たれていた。

 闇雲にではない。そこに居た全員を狙って攻撃しているのである。

 

 「全員吹き飛ばしてやれェ!」

 「了解です! 頭目(ファーザー)!」

 「撃てェ!!」

 

 雨あられと無数の砲弾が次々撃ち出された。

 戦場は混乱し、ベッジを中心にあちこちへ吐き出される砲弾に対処するため、戦闘を中断せずにはいられない。一人残らず行動は早かった。

 中でもローの能力はこういった乱戦に秀でていた。

 左手の指を動かす彼はそれだけで自分に向かってくる砲弾を操る。

 

 「好都合だ。タクト」

 

 真っすぐに飛んでいた砲弾が急に動きを変えて、縦横無尽に動き回る。

 それらは比較的近い場所に居たアプー、或いは彼が敵として認識しているルフィやキッドに降り注いだ。ただ大砲から発射されただけなら回避も簡単だが、ローが操るそれは物が違う。直線的ではなく変則的な軌道を見て、当然回避するための行動があった。

 ルフィは大きく息を吸って腹を膨らませ、キッドは接近する砲弾に掌を向ける。

 

 「ゴムゴムの風船!」

 「邪魔だァ! 反発(リペル)!」

 

 ルフィはゴムの腹で、キッドは磁力を操って砲弾を跳ね返し、またしても不規則な軌道で四方八方へ飛び散っていく。もはや回避も難しいほどの荒れ模様だった。

 一方でアプーは長い腕を振りながら走っていた。

 能力を使おうとはせず、巧みに避けながらではあるが厳しい表情でベッジに叫ぶ。

 

 「おいおい! てめぇおれたちを裏切る気か!?」

 「裏切る? バカ言うんじゃねぇよ。生き残った奴と組めばいい話さ」

 「ちくしょう! これだから過激派は信用できねぇ!」

 

 至る所へ着弾した砲弾は次から次に爆発する。

 木々を薙ぎ倒し、砦に穴を開け、ただ立っていることすら難しい状況下。しかしこの状況で倒れた者は一人として居ない。

 

 正面から飛来した砲弾を素手で掴んだウルージはベッジに目を向ける。

 キャタピラで爆走しながらの無差別攻撃。ここが町だったならば地獄絵図だろう。誰も居ない島ですらこれほどの被害をもたらすのだ。

 もう少し理性的な海賊かと思っていたが想像以上に荒っぽい。彼に対する認識を改める。

 

 「まさかこんな戦法に出るとは。これではやり合っている暇はなさそうだな、赤旗の人」

 

 次いで目を向けた先、ドレークが自ら能力を解いて人間の姿に戻ろうとしていた。

 狙いを定めた精密射撃ではなく、所構わず行う無差別攻撃。これでは体の大きい恐竜であった方がおそらく不利。そう判断したのであろう。元の姿に戻ったドレークは苦々しい顔で上機嫌に走るベッジの後ろ姿を眺めた。

 

 「甘く見ていた……“ギャング”・ベッジ」

 「せいぜい踊れよてめぇら! 内臓をぶちまけたくなきゃな!」

 

 ドレークとウルージも慌ただしく動き、飛んでくる砲弾をとにかく回避する。

 戦場は混沌としていた。あちこちで轟音が鳴りやまず、足を止めた瞬間に死が近付く。今やバカ正直に向かい合っている暇すらない。

 尚もベッジは爆走しながら砲弾を乱射し続け、周囲への攻撃と島の破壊を続けた。

 

 戦いを続ける余裕こそなくなったが、どことなく嬉しそうな笑顔でルフィが跳び回っている。

 キリはそんな彼の下へ駆けつけ、共に避けながらルフィを見た。

 

 「おお~! なんだあのおっさん! あの足ぃ! かっこいい~!」

 「そんなこと言ってる場合じゃないから。能力のお披露目会じゃないんだよ」

 

 木の幹を蹴って地面に着地するとベッジの様子を窺う。ルフィは能天気なことを言っているが滅茶苦茶な攻撃は戦況を混乱させるという意味があった。確かに砲弾を受けて倒れた者は居ないとはいえ、あれがあったことで彼らの目付きが変わっている。

 嫌な予想が頭をよぎった頃、唐突にキリが背後へ振り向いた。

 

 「藁備手刀(わらびでとう)

 

 ルフィを狙った剣を紙の剣で受け止め、気配を殺して現れた人影を確認する。

 奇妙な剣だ。藁を編んだかのような刀身でありながら、硬化した紙の剣とかち合ってキンっと硬い音を奏で、尚且つそれでも止まらない。刀身は止めたはずだが、剣先だけがぐにゃりと曲がって伸びるようにルフィの後頭部を狙った。

 咄嗟のことで反応できなかったキリは思わず叫ぶ。

 ひとまずキリに任せたとはいえ、攻撃にはルフィも気付いていたらしく、即座に回避される。

 

 「ルフィ!」

 「んっ」

 

 首を捻ったことで藁の剣先は彼の頬を掠めて通り過ぎる。

 二人はすぐに動き出してその場を離れた。

 

 幽鬼の如く生気のない姿で立っていたのはホーキンスだった。奇妙に動く藁の剣を右手に持ち、殺意を感じない、しかし感情を見せない冷たい目でルフィを見ている。

 乱戦の中にあって突然の奇襲。二人は当然戦闘のために身構える。

 

 「あっちもこっちも忙しい」

 「こいつも変な奴だなー。あの剣なんだ?」

 「麦わらのルフィ……お前に興味がある」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に二人は疑問を持った。しかしホーキンスは多くを語らない。

 攻撃をしてきたことは事実であり、二人は警戒を解かなかったが、それ以上の攻撃をしようとしないのは立っている姿を見ただけでも明らか。

 その時、ルフィはホーキンスの背後に立つ人影に気を取られる。

 

 「あ。猫」

 「興味があるって? 話を聞く気になってくれたのかな?」

 「判断はまだ済んでいない。少なくともこの状況を終えるまでは、味方ではない」

 

 ルフィがファウストという猫のような人物に注目する一方、ホーキンスはカードを取り出す。

 

 「その男、何度占っても死亡率が0%だ」

 「しぶとい人だからね」

 「お前は一体、何なんだ?」

 

 ホーキンスがじっとルフィを見つめて疑問を口にした頃。すでにベッジの攻撃は終わっていた。

 能力の使用をやめて本来の足で立った彼は辺りの海賊たちを見回す。

 すでに火は点けた。これで様子見などする者は居ないだろう。

 そろそろ本気でぶつかる頃合いである。

 

 「フン、目付きが変わりやがったか。ヴィト、ゴッティ、出ろ」

 

 ベッジの体内から二人の人間が現れて瞬時に武器を構えた。

 ひょろりと細身で長身、長い舌と大きな手が特徴的な男、ヴィトが拳銃を抜く。

 大柄な体を持つ気性が荒らそうな男、ゴッティは右腕代わりのガトリング砲を構えた。

 

 「てめぇらの首は利用できる。使えねぇ奴から脱落していけ」

 

 体内で部下が大砲の準備を進めているため、ベッジ自身も攻撃態勢だった。

 ヴィトとゴッティと共に敵となる者は殲滅する心積もりである。

 

 それを察知してか。或いは関係なかったのだろうか。

 他にも即時的な決着を望む者は居た。

 

 刀を鞘に納めたローはいまだに手術室を広げたままであり、いつでも戦闘に参加できる。それでいて両手を動かす彼はドームの内部に居る者全員へ攻撃を仕掛けるつもりであった。

 彼の下にバック転をしながらベポが近付いてくる。

 今まで他の海賊団の副官と戦っていた彼は、ローの傍に立ってようやく安堵した様子だ。

 

 「アイ! アイ! アイ~! キャプテン、平気!?」

 「ああ。そろそろいいだろう」

 

 鋭い眼光を光らせたローは、ベポがぞっとするほど冷たい声で短く伝える。

 

 「もう十分だ」

 

 本気だ。本気で彼らを消すつもりだ。

 そう思ったベポはごくりと喉を鳴らした。

 彼とは長い付き合いになるが、実のところ本気で戦えばどれほど強いのか、右腕であるベポですら正しく判断できていない。どんな敵もローが本気になるほどの実力を持っていなかったからだ。

 それだけにローが本気で戦うならば、楽しみである一方恐ろしくもある。

 ベポは反射的にローの後ろへ隠れるように身を寄せた。

 

 同じ頃、キラーは自身の前に立つキッドの背を見て判断した。

 ローの様子が変わったことには気付いている。しかし、それはこちらも同じこと。

 もう彼らは生きて帰れない。

 敢えて止めようとしなかったキラーは冷静に状況を見ていた。

 

 「キラー……流石におれァブチギレたぜ」

 

 キッドがそっと右腕を掲げる。

 腕を伸ばして、天に掌を向けると、周辺にある全ての金属が空へ舞い上がった。

 全てが彼の得物。全て彼の支配下にある。

 

 「皆殺しだッ。どいつもこいつも、このふざけた連中は生かして帰さねぇ……!」

 「ああ。わかっている」

 

 普段ならばいざ知らず、今回ばかりは否定することなくキラーは身構えた。

 最初から思っていたことだ。少しだけとはいえ手合わせをしてわかった。ここに集まった連中はいずれ必ず邪魔になる。生かしておいて得はない。

 好戦的なコンビはそこに立つ全員を標的と定めたようだ。

 

 空気が変わる。重々しくなる。

 それを感じないほど彼らは穏やかに海を渡ってきたのではない。

 

 いつしか全員が目の色を変えていた。まるでここが海賊王を決める一戦だというかのように、誰一人として退くつもりがなく、持てる力を全て見せようとしている。

 ルフィもキリも、ドレークやウルージ、アプーとホーキンス、一人として欠けていない。

 

 たった今から決戦が始まる。

 そう思っていたはずだ。しかし、結局それは始まることはなかった。

 

 突如空に浮かんでいた金属が落ちた。一つ残らず地面に落ちる。しかし攻撃のための動きは何一つとして見られず、ただ持ち上げてその場へ落としただけだ。

 異変を感じ取ったキラーはすぐさま隣を見る。

 何らかの異常があったという考えは正しい。見れば彼は、子供の姿になっていたのである。

 

 「キッド……!? お前、それは――」

 「なんだァ、こりゃ……!」

 

 慌てて辺りを見回せば、他も変わらなかったようだ。

 船員は覗いて、船長だけが子供になっている。彼らも突然の事態に驚愕しており、何が起きたのか理解できていない。

 

 異変を知るため、何ができるのか。思考する前に答えはやってきた。

 彼らから少し離れた位置。木の枝の上に座った女がけらけら笑っていたのだ。

 

 「あっはっはっは! こりゃいいや」

 「ジュエリー・ボニー……! てめぇの仕業かッ!!」

 

 キッドの怒声がきっかけとなって全員の視線がそちらに向いた。

 見ればボニーとその部下だけが平然としており、驚愕している彼らを笑ってもいる。となればこの状況が彼女によって起こされたことは間違いない。

 戦闘力を削がれた形の船長たちはともかく、変化がなかった部下たちは彼女らに武器を向ける。

 そんな緊迫した場面でボニーは余裕綽々という顔だった。

 

 「落ち着けよ。別にあたしはお前らの内誰が死のうが興味ねぇけどな。手を組んで楽できるならそれに越したことはねぇと思っただけさ」

 「クソがッ。さっさと戻しやがれ!」

 「口のきき方がなってねぇなぁ。もう一回ガキからやり直したいのかよ」

 

 彼女の能力で子供にされてしまったと考察する以上、ボニーは圧倒的な優位にある。

 へらへら笑って言う顔を見てキッドは強く歯を食いしばった。

 能力を使えば戦えなくはないだろう。だが体が子供のままではあまりにも不利。この状況を冷静に判断できないほど、彼の頭脳は子供ではない。

 

 状況が停滞しかけた時、これを好機と見たキリが口を開く。

 彼の隣に居るルフィは子供になったことではしゃいでいたが一切気にせず、子供の姿になってしまった船長たちを見て説得を始める。

 

 「戦闘はここまでだ。確かにボクらは足並みを揃えるような仲良しじゃない。だけどお互いに利用価値があることはこれでわかったはずだ」

 

 流石に状況を見たのか、それとも興が削がれたせいか、彼らは黙って耳を傾けた。

 自信がある訳ではない。しかしキリは躊躇わずに言葉を吐き出す。

 

 「いずれ敵同士になることもあるだろう。だからってここで潰し合えば必ず疲弊する。それじゃ得にはならない。シキが動いた今なら尚更だ」

 「そーそー。最初の目的を忘れんなよ」

 「すでに今、ボクらはシキと敵対した。いつか伝説の海賊と戦うのは確実。誰かがシキを止めてくれるのを待ってたんじゃ遅いんだ。自らシキを討ち取った方がずっと良い」

 

 キリは一人一人の顔を見ながら熱心に言う。

 ボニーが味方していたのも影響していたのだろう。彼らは冷静に話を聞いた。

 その上で、自身にとっての利害を考慮し、あくまでも冷静に判断しようとしている。

 

 「このメンバーでまずはシキを叩く。そしてその次は四皇だ。覇権を争うのはその後でいい」

 

 話を聞いて判断した結果、最初にキラーが籠手の中に刃を仕舞った。

 それを見たキッドが眉を動かす。

 

 「キラー、お前……」

 「呑み込む訳じゃない。仕切り直しだ。どうせこの面子で協力関係を結ぶなら、いくつか決めておくべき事柄がある」

 

 キラーはキリの方へ仮面を向け、決して心を許していない声色で端的に告げた。

 

 「明日、もう一度会談を開く。最終的な判断はそこでだ」

 「……わかった。それでいい」

 

 二人の会話が終わったのを見計らって、パチンと指が鳴らされた。

 子供に戻っていた船長たちが一瞬にして元の姿に戻る。まるで何事もなかったかのようで、この状況ではそれが最も奇妙な能力だと思えるだろう。

 ルフィが元に戻ったのを確認してからキリがボニーを見る。

 彼女はにやりと笑っていた。

 

 「一つ貸しだな」

 「そうだね。覚えとくよ」

 

 少なくとも本気で殺し合う事態は免れた。彼女の乱入がなければ大惨事になっていただろう。

 首の皮一枚で繋がった。

 勝負は明日。今度こそ答えが出るはずだとキリが表情を曇らせる。

 

 「いやーおもしろかった。変な能力持ってる奴ばっかりだなー」

 「君は心底楽しそうでいいね」

 

 様々な経験をして楽しげなルフィが上機嫌に笑う。

 キリはそんな彼を見て溜息をついた。

 

 「そんなことねぇよ。おれもわかってるぞ。要するに明日も話し合いだろ?」

 「まぁね。あんまり気は進まないかもしれないけど」

 「いいよ。おもしろそうだし」

 

 彼はあくまでも楽観的に考えていたようだ。言い換えればそれは興味がないとも言える。

 この場に集まった危険な海賊たちを前にして、或いは伝説と称された海賊の復活を目撃して、今までと何ら変わらない態度で居られる。彼の方が異常だと思わずにはいられない。しかしキリもすでにそんな彼に慣れっこだった。

 部下と共に険しい顔をする他の船長とは明確な違いがあって、彼らだけはもう笑顔だ。

 

 「クマと猫が居るんだよ。何なんだろうなあいつら」

 「いつか出会えるよ、そういう種族に。この海に居るのは間違いないんだからさ」

 「そうだな。ミンクとかっていうの仲間にしよう」

 「いいけど、うちにはもうチョッパーが居るよ?」

 「お前アホだなーキリ。チョッパーはトナカイでミンクじゃねぇだろ」

 「つまりミンク族が欲しいわけだね」

 「そういうわけだ」

 「細かいんだか大雑把なんだか。まぁ、いずれ出会った時にね」

 

 ハートの海賊団のベポ、並びにホーキンス海賊団のファウストを見たことで出た話題なのは明らかである。この状況でそんな話をしているのは彼ら以外に居ない。

 そんな姿を見るからこそ不安になるのだ。

 麦わらと手を組んでいいものか。この場でそう思う者は至って冷静な判断力を持っていた。

 


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