ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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YOLO

 アルバーナ、メディ議事堂。

 その表通りにおいて、四人の人間が向かい合って立っていた。

 

 一組は麦わらの一味、ゾロとシルク。

 アルバーナ突入後、ゾロのおかげで多少迷ったりもしたが、おかげで彼自身は標的と定めた人物に出くわすことができた。凶悪そうな笑みを浮かべて上機嫌である。

 その相手こそ、彼らの前に立つMr.1とミス・ダブルフィンガーであった。

 

 「坊主頭の男と腰が特徴的な女性……間違いない。Mr.1とミス・ダブルフィンガーだよ」

 「へっ。奇しくも狙った相手を見つけたわけだ」

 「ゾロのせいで余計な時間使ったけどね」

 「うるせぇ。その分こいつらをさっさと倒せばいいんだろ」

 

 ゾロは早くも挑発的な態度で刀を抜く。視線にあるのはMr.1ただ一人だ。

 曰く、彼は剣士に負けたことがないらしい。

 そんな相手に勝った時、己もきっと強くなっているはずだと確信している。

 

 先程からずっとゾロはこの調子だ。当初から自身の相手はMr.1と決めており、それ以外に会えば当然倒すが、あくまでも狙いは彼一人に絞っている。

 呆れた様子で溜息をつくシルクは当然、ミス・ダブルフィンガーと戦うことになる。

 それは相手側も察しているようで、文句の一つも無く意志を疎通させていた。

 

 Mr.1が無言で腕組みを解く。

 それと同時にミス・ダブルフィンガーが煙管から口を離して煙を吐いた。

 

 「向こうはやる気みたいね。異論は?」

 「必要ねぇ。標的を始末するのみだ」

 「そうね。それじゃ、私は向こうのお嬢さんを」

 

 妖艶に微笑んでミス・ダブルフィンガーが歩き出す。一歩踏み出すごとに大きく腰をくねらせ、特徴的な歩き方で細い路地に入ろうとしていた。

 姿を消す前にシルクへ視線を向ける。

 ついて来い、と言いたいらしい。

 

 「ウフフ。男同士の対決を邪魔したくないの。私達は私達で楽しみましょう?」

 「楽しむ気なんかないよ。私達は、勝ちに来たんだ」

 

 応じてシルクも歩き出す。

 共に同じ路地へ入って、表通りを後にし、裏通りへと移動した。

 表通りからはずいぶん離れた後だろう。男達の姿が見えず、声が聞こえなくなった場所で、二人は改めて向かい合う。

 

 裏通りは表通りよりも道が狭い。建物に左右を挟まれ、隠れる場所もあるとはいえ、カマカマの能力で風を起こせる彼女にとっては有利な場所だろう。

 シルクはゆっくりと剣を抜いて右手に持った。

 

 敵は一人。Mr.1と肩を並べるバロックワークス屈指の実力者、ミス・ダブルフィンガー。

 油断はできない。脳内で改めて彼女の能力を反芻する。

 

 彼女は、トゲトゲの実を食べた“全身棘人間”。

 全身どこからでも棘を生やすことができる能力を持っており、その性質上、近接戦闘において真価を発揮するタイプ。中・遠距離を得意とするシルクとは正反対の人間だ。

 しかし、シルクとて剣術を修める者。たとえ我流だとしても全く対応できない訳ではない。

 地形の有利もある。彼女を止めるのは自分しか居ないと強く自覚していた。

 

 「緊張してるのね。そのままだと本来の力が出せないわよ。もう少し気楽にしたら?」

 「バカにしないで」

 

 大人の女性らしく余裕を見せるミス・ダブルフィンガーは身構えもしていない。

 果たしてそれは自分程度が相手ならば本気になる必要がないと言うのか。

 ムッとしたシルクは落ち着いて剣を構える。

 

 「戦う前に一つだけ確認したいのだけれど」

 「何?」

 「あなた、カマカマの実の能力者よね? 主な戦法はかまいたちを生み出すこと」

 

 バレている。

 ほんのわずかだがシルクは動揺した。

 

 「私のことも知っているんでしょう? 私はトゲトゲの実を食べた棘人間。私自身の体なら髪も肌も服も棘にすることができる。この辺りの壁なら一突きで貫通できるわ」

 

 余裕の表れなのか、それとも動揺を誘っているのか。ミス・ダブルフィンガーは自らの能力を簡潔に解説した。それもすでに知られていると気付いた上での行動のようだ。

 どう判断すべきなのかシルクは逡巡している。

 如何なる企みであれ、この時点ではミス・ダブルフィンガーが優位に立っていたに違いない。

 

 「キリは元気?」

 「そんなこと聞いてどうするの? キリは私達の仲間だよ」

 「つれないのね。昔の仲間を心配することがそんなに不思議かしら」

 

 彼女の心が読めない。ミス・ダブルフィンガーは不思議な女性だった。

 少なくとも大人びた雰囲気を纏っていることは間違いない。だがその奥に簡単には読み取れない不明瞭な何かを感じる。それがシルクに恐怖心を抱かせた。

 

 冷静になれ。自分を見失いさえしなければきっと勝てる。

 そう信じて剣の柄を握り直した。

 

 シルクの様子に気付いたのだろう。ミス・ダブルフィンガーは優しく微笑み、そっと煙管を仕舞い始める。そして警戒していない態度で辺りを見回した。

 道は狭く、左右に建物。道には樽や木箱、割れた瓶やカップ、家の残骸が散乱している。

 事前の攻撃で荒れ果てた様子だった。

 それを確認した後、再びシルクに視線を戻した。

 

 「私もね、キリに鍛えられたの。間接的にサー・クロコダイルに鍛えられたとも言えるけど」

 「それが……何?」

 「あなたと私じゃ相性が悪いかもしれない。だけど」

 

 ミス・ダブルフィンガーは唐突に、急ぐ様子でもなく歩き出した。

 

 「暗殺のプロである私と、海賊のあなた。果たして能力の相性だけで勝負が決まるかしら」

 「あっ、待て!」

 

 慌ててシルクが剣を振り下ろす。しかし一足遅かった。

 かまいたちが生じた時にはミス・ダブルフィンガーは開かれたままの裏口から家の中へ入り、姿を消していた。刀身から発生した風は無人の裏通りを走り抜けていく。

 

 まさか彼女は知っているのか。それとも考察した上で辿り着いたのか。シルクの能力にある弱点に気付いていたのなら厄介だ。

 シルク自身、自覚していることがある。

 言うなればそれは能力の熟練度の問題でもあるかもしれないが、現状できないことが多いことは自覚していたし、カマカマの能力には更なる可能性があるとキリから伝えられていた。

 

 シルクはかまいたちを起こすことができる。

 発生した風は刃となって触れる物を切り裂き、程度にもよるがダメージを与える。

 だが現状、シルクが起こせるかまいたちでは触れる物なら全て両断できる訳ではない。初めて使用した時は暴走気味だったため鉄の砲弾さえ切り捨てたが、あれ以来、岩さえ真っ二つにすることはできていない。修練を積んでも威力に関してはあまり自信がなかった。

 彼女の攻撃は、遮蔽物に隠れてしまえばなんとか耐えられる程度の物がほとんどなのだ。

 力を溜めれば威力は変わるだろうが、その分風としての避け辛い性質は失われる。

 

 今のところは一長一短。力を抜けば敵を斬れず、力を入れれば軌道が読み易い。

 もしそこまで考察されているなら何か策を考えなければならない。

 

 辺りを見回す。

 狭い道は敵の逃げ場を少なくすると思っていたがとんでもない。むしろこの環境は姿を隠す場所の方が多いだろう。家の中に隠れられてしまうと、隠れた敵だけを斬る技など彼女にはない。だからといって敵を追って家に入れば近接戦闘を余儀なくされる。

 

 シルクは立ち尽くしていた。ミス・ダブルフィンガーの行動で深い疑念に囚われている。

 確かに能力の相性はあるはずだ。しかしそれ以上に使用者の人格が影響する。

 彼女の去り際の言葉が、シルクを惑わせた。

 

 (相手は暗殺のプロ……海賊とは違う。どこから来る? どうやって戦う? とにかく落ち着かなきゃ。冷静に行動すれば、どこから来ても対応できる……)

 

 深呼吸して心を落ち着けながら周囲に目を走らせる。

 今から家の中へ突っ込んでもきっと居ない。敵はすでにどこかから奇襲するのを狙って移動しているはず。ならばどこから来るかを予想して返り討ちにする。

 隠れられる場所は多くても、人の死角を狙うなら場所は限られるのではないか。

 思案するシルクの目は周囲の状況からいくつかのパターンを考え出した。

 

 暗殺のプロ。近接戦闘の名手。

 一撃で人間を殺すことができる技量と能力を持っている。

 ミス・ダブルフィンガーはまず間違いなくどこかから接近してくるはずだ。周囲を警戒していつでも対応できるように体から余分な力を抜く。

 

 幸い彼女は周囲の風を感じ取る体質を手に入れている。

 異常があればすぐに気付けるはずだ。

 

 周囲を警戒する緊張状態のまま、しばし時間が経った。ミス・ダブルフィンガーはまだ来ない。正確な時間はわからないが徐々に精神が摩耗していく。

 迎え撃つ立場になればこれがある。嫌でも恐怖と戦い続けなければならない。

 

 (どうしよう。今から追いかける? ううん、下手に動いたらそれを狙ってるのかもしれない。今動くのは逆に危ないかも……)

 

 待つ時間が長いため、必然的に考える時間が増えてしまう。

 

 (だけど、もし、彼女がそれを狙っていたら。ここに居ることがむしろまずいとしたら――)

 

 不意に考えた悪い展開が現実のものとなる。

 突然、背後から物音が聞こえた。ついに来たと思って即座に振り返り、相手を確認する前に剣を振り抜く。聞こえてから攻撃まで一秒足らずの早業だった。

 

 しかし放たれたかまいたちは無人の路地を駆け抜けていくのみ。

 誰も居ないことに気付いたシルクは自分の心臓が跳ねたのを感じた。

 

 「どっちを選んでも不正解よ。どちらにしてもあなたは逃げられない」

 「しまっ――!?」

 

 すぐ後ろから声をかけられ、振り返り様に剣を振ろうとする。しかし完全に剣が振り切られる前に長く伸びた棘で受け止められて、かまいたちは発生しなかった。

 真後ろにミス・ダブルフィンガーが立っていた。気配を感じさせず、物音も立てず。

 右腕は武器になるほど長い棘に変化していて、左手は五指だけが棘になる。

 超至近距離で武器を押さえられた状態。反撃はおろか防御も許されず、回避するためには冷静さが足りない。ミス・ダブルフィンガーの左手がシルクの頬を切り裂いた。

 

 「スティンガーフィンガー!」

 「あうっ!?」

 

 見栄えはただのビンタだが、鋭い棘が肉を裂いて浅く抉った。

 驚いたシルクは痛みを感じながらその場に倒れる。だがいつまでもしゃがんでいては刺殺されるだけだ。すぐに気付いて転がるように彼女から離れた。

 

 半ば無意識の反射的な行動。しかし意味はあった。

 少なくとも腕は届かない距離を作って、すかさず剣を振ってかまいたちを飛ばす。

 

 流れるような行動とはいえあらかじめ予想はできていたのだろう。

 ミス・ダブルフィンガーは慌てずに移動した。

 彼女が立っていた場所は家に入るための窓が近く、ガラスは割れて存在しない。シルクが剣を振り下ろす様を眺めて、優雅な動きで家の中へ退避したのだ。

 

 「フフッ……」

 「鎌居太刀(かまいたち)!」

 

 ミス・ダブルフィンガーを狙ったかまいたちはまたも建物の外観を撫でるだけに終わり、本人には触れることすらなく通過する。風がどこかへ消えた後、そこに残っているのは呆然とするシルクだけだった。

 身体能力が優れているとか、特別な力があるためではない。思考の違いだ。

 彼女は初めて出会ったシルクを掌の上で躍らせていた。

 

 追うべきか、追わないべきか。再び逡巡してしまうシルクが焦る。

 これもきっと作戦の一つ。勝つためには早急にどちらかを選ばなければならないのである。

 

 「さっきは確かに後ろから聞こえてきた。だけど本人は前から来て、一体……」

 「簡単な仕掛けのブービートラップも、時間差を設ければ利用価値はあるわ」

 

 今度は頭上から聞こえてきた。

 咄嗟にシルクは駆け出し、その場を離脱する。

 その直後、さっき居た場所にミス・ダブルフィンガーが降ってきて、靴の裏に鋭利な棘を生やした状態で地面に着地する。避けなければ脳天に穴を開けられていただろう。

 

 「スティンガーステップ!」

 「くっ……今度は、上……!」

 「フフ。射程距離に入ったわよ」

 

 妖艶に笑い、靴の裏の棘はすぐに消え、今度は両腕が棘になった。

 腕自体が棘だ。剣さえ受け止めるその腕は武器の領域にあり、それこそ石造りの壁を貫通してしまうほどの殺傷力を持つ。絶対に受けてはいけない。

 

 転びそうになりながらもシルクは距離を取ろうとする。

 走りながらではあったが剣を振ってかまいたちを飛ばし、彼女を迎え撃とうとした。

 その行動も想定の範囲内。

 地面を蹴って跳ぶミス・ダブルフィンガーは、棘を生やして壁に着地し、垂直に走り出す。

 

 先を読んでいるためか行動に迷いが無く、何より能力の使用が速い。

 彼女の動き自体も素早く、虚を衝かれたシルクは行動が少し遅れてしまった。

 

 「そんなっ!?」

 「能力は使い方次第で強くなる。これが私の使い方」

 「か、鎌居太刀(かまいたち)!」

 

 考える余裕を失ってシルクが我武者羅に剣を振るった。放たれるかまいたちは目に見えず、目にも止まらぬ速さで迫るが、ミス・ダブルフィンガーは高く跳ぶことで回避する。

 再びシルクの真上から落下してきた。

 咄嗟に跳んで回避して、彼女の下から逃げ出す。

 

 「きゃあっ!?」

 「あら、惜しい」

 

 辛うじて回避すると即座に起き上がり、あくまでも距離を取ろうとする。

 警戒しながら離れようとするシルクを見て、ミス・ダブルフィンガーは余裕を見せた。だが彼女自身も反撃を受けないために今度は距離を取る。

 

 「ええい!」

 

 素早く剣を振るってかまいたちを飛ばすものの、一足先に動いていたミス・ダブルフィンガーは壊れた窓から家の中へ飛び込み、事なきを得る。無人の路地を強風が駆け抜けて、攻撃が成功していないことを認識したシルクは歯噛みする。

 行動が読まれていた。動き出しが速いため攻撃が当たらない。

 事前に情報を手に入れていたからこその速度。一筋縄では勝てない。

 

 迷う暇すら無いと感じてシルクが後を追う。

 このまま逃がせばさっきの二の舞。またどこかから奇襲を受ける。そうならないために敢えてこのまま追いかけることを決めた。

 

 警戒していたとはいえ、窓に近付いた。

 いつでも剣を振れるように強く柄を握り直してもいる。

 

 窓へ飛び込もうとしたその時、内側から鋭利な棘が伸びてくる。

 反射的にシルクは仰け反ったが、逃げるほどの時間はない。

 左肩を貫かれる。同じタイミングで飛び出してきたミス・ダブルフィンガーに押され、勢いよく地面へ倒された。シルクの肩を貫いた右腕の棘が地面に突き刺さり、完全に固定されてしまう。

 激痛が走るだけではない。逃げ場を失ったのだ。

 

 「うああっ!?」

 「終わりね。一刺しで逝かせてあげる」

 「ううっ、いやだ! まだ終わらないよ!」

 

 右腕を棘に変えて左肩を貫き、すでに左腕を棘に変化させ、彼女の顔を貫こうとしている。

 微笑みを湛えるミス・ダブルフィンガーを睨みつけ、シルクは咄嗟に右腕を上げた。

 

 押し倒された衝撃で剣は手放してしまった。だがまだ手は残っている。彼女の能力は、自身の体からも使用することが可能だった。

 人差し指と中指を揃えて伸ばすと小さく振るう。

 決して強力とは言えないが、確かに風を起こすことはできた。

 

 ミス・ダブルフィンガーに向けて指を振り、超至近距離でかまいたちを当てる。

 彼女の体は力強く押し上げられた。

 空へ打ち上げられて、左肩から抜けていく棘が激痛を与えるも、シルクは必死に耐える。

 

 「こんなところじゃまだ死ねない!」

 「うっ――!?」

 

 殺傷力は大したことがない。頬をわずかに切った程度。

 ダメージは少なかった様子とはいえ、それ以上に吹き飛ばす力が強く、ミス・ダブルフィンガーの体は無理やりシルクから引き剥がされる。

 刺さったままだった棘も無理に引き抜かれて、彼女は背中を打って地面へ転がった。

 

 シルクは素早く起き上がると肩を押さえる前に剣を拾う。

 片手で構え、素早い動きを見せるミス・ダブルフィンガーを視線に捉えた。

 

 「やるわね。流石に度胸は据わってる」

 「ハァ、ハァ……!」

 

 気丈に振舞いながらもシルクは内心穏やかではいられない。

 先程棘を刺された左肩に、ぽっかりと大きな穴が開いている。血はとめどなく流れてきて、激痛が消え去ることはなく、試しに左手を動かそうとするがひどく難しかった。

 左腕は使えない。

 この状態で戦わなければならないらしい。

 

 「抵抗すればするほど、そうして痛みは増えていくだけ。何もしなければ楽に殺してあげる」

 「ハァ、嫌だ!」

 「残念ね。それならただでは死ねないわよ?」

 

 両腕が元の形に戻されて、腰に片手を当てる。

 魅惑的、且つ特徴的な歩き方で彼女はまたしても家の中を目指して歩き出した。

 

 「体中が穴だらけになるかもね」

 「ご心配なくっ。もう受けないから……!」

 「フフ、そう。プロのお仕事、見せてあげる」

 

 余裕綽々に告げて、彼女は悠々とその場から歩き去った。シルクは何もせずにただ見送る。攻撃しなかったというより動けなかった。肩に開いた風穴の激痛で気を失いそうにもなり、立っているだけで辛く感じている。

 一刻も早く止血しなければまずいとは思うが、周囲への警戒心が判断を遅くさせた。

 結局、外套の袖を破った彼女は肩に巻き付けて止血を行う。その間も奇襲を恐れて心が休まる時間は存在せず、視線は絶えず周囲を警戒する。

 

 右手と口で何とか布を縛り終えた。

 それからシルクは改めて考える。果たして、自分はどうするべきであるのか。

 逃げることはあり得ない。だが正面から戦いを挑めない以上、無策で勝てる相手ではない。

 

 たった一撃。それだけで左腕が使えそうになかった。

 おそらく彼女の攻撃は全てが必殺。もし当たり所が悪ければたった一度で殺される。暗殺のプロという話は決して冗談ではないようだ。

 奇襲を許せば一瞬で殺される。それ故に警戒を緩めてはいけないことを頭に植え付けられた。

 

 (どうしよう……ここに居たらまた死角から攻撃される。こっちから探す? でも敢えてそれを待ってる可能性もある。さっきは私の行動が読まれてた……)

 

 肩を刺されたのは、ひとえにミス・ダブルフィンガーの予想が当たったからだ。

 戦闘の経験が豊富なためか、彼女の方が何枚も上手。迂闊に動けば手痛い反撃を受ける。

 苦しげな顔で考えるシルクの頬に汗が伝った。

 

 (逃げるふりをして注意を引く……後ろから追ってくるなら攻撃は当てやすいかも)

 

 このままでは埒が明かない。何か行動を起こさなければと一歩を踏み出しかけた時だ。

 嫌な想像がパッと頭の中に浮かんで、思わず足が止まってしまう。

 

 (だけどもし、追ってこなかったら? 私が逃げ延びることはできても、他のみんなが狙われるかもしれない……)

 

 相手の姿が見えないだけに、どう動いているのかを確認する手立てはない。たとえ演技だとしてもその場から逃げ出した時、もしミス・ダブルフィンガーがシルクを追わなければ、彼女の次の行動は誰にも読めなくなる。きっと仲間の誰かが死角からの奇襲を受ける。

 それだけはだめだと、動きかけた足が地面に縫い付けられた。

 

 少なくともこの場に居る限り、彼女は自分を狙うはず。

 これは賭けだ。もしそうでないなら耐えることすら無駄になってしまう。

 

 シルクは動かなかった。敢えてその場に留まることで注意を引き、仲間を守る選択をする。

 その分、自分を危険に晒すことになるが、覚悟はできている。今更逃げるつもりはない。どこから襲われようと必ず勝って仲間の下へ辿り着く。

 

 覚悟を決めれば恐怖など関係ない。

 足を開いて腰を落とし、身構えたシルクは右手で剣を持って辺りを警戒する。

 確かに左腕は潰されたかもしれない。だがまだ右腕も足もある。

 そして何より、今日まで鍛えた悪魔の実の能力があった。まだ諦めるのは早過ぎる。

 

 敵を待つ間シルクは思考する。

 自身の能力でできること。できないこと。相手と自分の相性。受け取った情報の整理。

 カマカマの能力で勝つにはどうすればいいのか。あくまでも勝つために思案した。

 

 (やっぱり指先だけじゃ攻撃力が足りない。だけど剣を片手で振っても……このままじゃ多分ダメなんだ。あの人に勝つためには、これだけじゃ)

 

 能力を使う練習なら、手に入れた日からずっと続けてきた。けれど今でもまだ足りない。

 きっと発想その物を変えないといけないのだろう。

 キリは言っていたはずだ。鍛えれば鍛えるほど能力は強くなると。これまで十分に鍛えてきた。あとはこれまでとは違う発想に辿り着けるか否かだ。

 

 (キリによれば、カマカマの実は“特殊な超人系(パラミシア)”……ロギアと違って体質その物が風になるわけじゃないけど、風を感じやすくはなってる。何より、体のどこからでもかまいたちを、風を起こせる能力を手に入れた)

 

 警戒心を絶やさずに待ち続ける。

 敵は、ミス・ダブルフィンガーはその場を動かない彼女を見てどう思うのだろうか。

 余計なことを考えている余裕はシルクにはなかった。

 

 (今のままじゃダメなら、この能力をどう使えばあの人に――)

 「私に勝つ方法は思い付いたかしら?」

 

 少し距離があるとはいえ、背後から聞こえた声に一瞬動揺した。

 シルクは咄嗟の判断、というより体に染みついた慣れで行動しており、振り返りながら剣を振るってかまいたちを飛ばしていた。

 

 その行動はおそらくそれなりに修練を積み、戦闘も経験して身に付いたものなのだろう。それ自体を責める気は無いが、彼女の目から見ればあまりにも浅はか。

 屋根に立っていたミス・ダブルフィンガーは素早い動作で高く跳び上がる。

 シルクが放った目に見えないかまいたちを飛び越えるように、彼女自身の頭上も越え、落下してきた時には再度背後を取っていた。

 

 着地と同時、再び両腕が棘に変わる。

 長さは違ってもまるで槍。振り返ろうとするシルクに、素早く接近して突き出した。

 

 「あうっ――!?」

 

 またしても鮮血が舞い、地面を赤く汚す。

 現状、苦戦は全くしていない。

 ミス・ダブルフィンガーは口角を上げて微笑んだ。

 


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