ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ルク

 海上を飛んできた奇妙な鳥を介抱していたキリとゾロは、彼を連れて海賊船に招待されていた。

 帆船は島に近付いたところで足を止め、砂浜には小舟が近付いてきたのである。そして武器を突き付けられて一言、そいつを寄こせとの言葉。

 

 力ずくで倒すのはそう難しいことではない。しかしキリがそれを許可しなかったため、敢えて二人は手を上げながら鳥を連れて船の上へ立っていた。

 

 年季もまださほど入っていない、立派な造りの船だった。

 甲板から目視で細部を確認するキリは何かを納得するように小刻みに頷いている。何を考えているのやら。興味さえ持たなかったゾロはメインマストの下に居る少女を発見した。

 マストにロープで縛られ、どうやら捕虜のようだ。

 ショートカットで軽装の彼女はキッと二人を睨むと、怒りを剥き出しに大声を出した。

 

 「ちょっとあんたたち、どうしてバルーンを連れてきたのよ! せっかく逃がしたのに!」

 「バルーン?」

 「鳥よ! あんたたちが連れてきたあの!」

 「あぁ、パンダか」

 「どこがパンダよ!? ちゃんと翼があるでしょ!」

 

 キーキーと騒がしい少女であった。

 海賊に捕まっているのにさほど恐れている様子もなく、妙に偉そうな態度だ。面倒に思えたゾロはげんなりした様子で耳をほじる。

 

 その声に気付いてキリもゾロの隣へやってきて彼女を見た。

 特別何かを想うでもなく、慌てることもなければ、元気のいい娘さんだといった印象。シルクに似ていないでもない。ただ彼女より声が大きいのは確かだった。

 怒られていようが一切気にせず緩い表情のキリが尋ねる。

 

 「やぁどうも。いきなりで悪いけど、君なんで捕まってるの?」

 「ふん、馴れ馴れしい奴ね。私が捕まってる理由? そんなの……可愛いからよ」

 「おい。こいつめんどくせぇ奴じゃねぇか?」

 「まぁまぁそう言わず。とりあえず話聞いてみようよ」

 

 周囲では海賊たちが立っているものの、今のところ戦闘態勢に入る様子はない。

 ゾロならば刀を持って体格もいいが、キリの見かけはただの少年。そして二人しかいない。

 戦っても楽に勝てると思われているのか、警戒されてもいない状況だ。

 

 それを好機と見てキリが少女へ近付く。

 彼女は明らかに警戒していたが縛られていては逃げられずに、あっさり接近を許してしまう。戦闘が得意そうな外見ではない。おそらくただの町民か旅行者だろう。

 声を潜められる距離まで近付いて、辺りを見回しながら小声で話し始めた。

 

 「あの鳥は君の?」

 「そうよ。友達で家族。私にとっての宝」

 「ふぅん、そっか。確かに変わった鳥だけど、なんで狙われてるのかな。ただ見世物小屋に売り飛ばそうってだけ?」

 「違うわ。バルーンは怪鳥(ルク)なの。とっても珍しい鳥」

 「パンダみたいだもんね」

 「それだけじゃないわ。詳しくは知らないけど、ルクには噂があって、その血を飲めば妖力が手に入るとかなんとか。ここの船長はそれを狙ってるのよ」

 「船長の名前知ってる?」

 「ええ。六角のシュピール。妖術使いとか言って変な技を使うの」

 

 六角のシュピール。

 頭の中を探してみるも知っている名前ではない。おそらく無名か懸賞金が低いのだろう。

 大した相手ではなさそうだと断じ、振り返ってゾロを手招きで呼ぶ。

 三人で集まって顔を突き合わせ、ギャアギャア鳴きながら檻に入れられる怪鳥、バルーンの位置を確認しながら言葉を交わす。

 何やら悪そうな顔をしたキリが少女へ笑いかけた。

 

 「ねぇ、助けてあげてもいいよ」

 「本当っ!?」

 「静かに。不審がられないようにね。君の名前は?」

 「あ、ごめん……私はアン。ねぇ助けて。バルーンを殺されたくないの」

 「わかってる。任せて」

 

 勝手に話を進める二人に眉間の皺を寄せ、思わずゾロが割り込んだ。

 何を考えてそんなことを言い出す。関係のない人間だろうにあまりにも唐突だった。

 彼の思考がわからない。

 苦悩するようで責める口調が問いかける。

 

 「どういうつもりだ。おまえ自分が何言ってんのかわかってんのかよ」

 「もちろん。ついでに言えば考えだってあるよ」

 「おまえ海賊だろ。この一味は慈善事業まで引き受けんのか?」

 「別に悪事だけが海賊のやることじゃない。自由に、好きにやるのが海賊だ」

 「どっちもおんなじ意味だろうが。何考えてやがる」

 「この船いただこう」

 

 にっと口の端を上げて言われた。

 周囲には海賊たちも居て囲まれているというのに、何を言っているのか。聞こえていないのが幸いだがもし聞かれれば即座に戦闘が始まってもおかしくないだろう。

 目を丸々とさせたゾロは虚を衝かれる。

 

 「いただくって、奪う気か?」

 「そういうこと。まぁ業界用語みたいなもんさ」

 「よくもまぁ、堂々と言えたもんだな。やっぱり悪事じゃねぇかよ」

 「だけど人助けでもある。この世は二律背反で溢れてるんだ。正義とか悪とか簡単な言葉じゃ片付けられない問題だらけだよ」

 「つまり考えるだけ無駄ってか」

 「よくわかってるじゃん。この場合、人命救助と船の奪取、どっちが本命でどっちがついででもボクらには得がある。彼女たちに恩も売れるしね」

 「売ったとこで意味あんのか? 金持ちには見えねぇぞ」

 「もしもの場合があるから、意味なんて売った後で考えればいいんじゃない?」

 「そんな適当な理由で働かされるわけか……」

 

 溜息をつくゾロを傍目に、助けてもらえると知ったアンは喜色を満面に笑っていた。

 最愛の友達、バルーンが無事に解放される。今や自分の身の安全よりそちらを考えていた。

 

 特殊な種族であるだけに狙われることは少なくなかった。

 その度に自分たちで危険を退けてきたが今度ばかりはだめだと思っていたのに、まさかの手助けがあって喜びを抑えきれない。これでまた失わずに済む。

 ロープに縛られたままだというのに早く逃れたいと激しく動き出していた。

 

 「早くこれ解いて。助けてよ」

 「今はまだだめ。こっちは人数少ないし準備しないと」

 「準備って、こんなところで今から何を――」

 「それについて君に聞くんだ。六角のシュピールは能力者? どんな奴か教えて欲しい」

 「あ……うん」

 

 バルーンはすっかり檻へ入れられ、捕獲は完了している。

 そのせいで周囲の海賊たちはご満悦の表情。すっかり客人の二人を忘れている。バルーンを捕まえたのは彼らだが気にしてさえいなかったようだ。

 これで船長にどやされず一安心といったところか。

 ゾロが彼らを見ながら警戒する間にキリとアンが密かに話す。

 

 「妖術使いって言ってたけど」

 「変な力よ。何もないところから炎を出したり、爆発させたり、箒で空飛んだりとかね。私だってバルーンを守るためにちょっと剣の使い方を学んだことあるけど、全然歯が立たない。私が居た町はあいつのせいで滅茶苦茶にされたわ」

 「それだけバルーンの血が欲しいってことか」

 「そう。だけどそんなの許せない。あんたたちあいつをぶっ飛ばせる?」

 「多分ね。ただ炎に爆発か……船の上で使われると厄介だな」

 

 周囲への警戒で背を向けるゾロの背へ声をかける。

 話は聞いていただろう。振り向かずに彼も答えを出した。

 

 「できるだけ船を傷つけないように戦いたい。できる?」

 「問題ねぇよ。だがあいつらはどうするんだ?」

 「殺すと死体の処理も厄介だし、海にでも落とせば自力で泳ぐでしょ。この辺りは無人島がいくつかあるようだし、きっと助かるって」

 「ひでぇ野郎だ。じゃなきゃ海賊なんざやってねぇか」

 

 聞かされたゾロは好戦的な笑みを浮かべる。反発する言葉を発していても戦闘ができると知って喜んでいるらしい。その笑顔を見れば誰もが凶悪だと認識するだろう。

 発する雰囲気だけで理解したか、キリも密かにほくそ笑んだ。

 なんだかんだで息は合いそうである。

 

 「戦闘が始まったらボクが彼女のロープを切るから、ゾロはバルーンを頼むよ。鉄は斬れる?」

 「あぁ? おまえバカか、刀で斬れるもんじゃねぇだろ」

 「そうかな。きっと世界一の大剣豪なら斬れるよ」

 「また適当なこと言いやがって……」

 「無理なら鍵見つけてくるか、壊すしかないね。誰かに連れ出されないように早く頼むよ」

 

 彼の言葉をむっとした顔で聞いていたゾロだが、ふと考えてみる。

 鉄を刀で斬るなんて馬鹿げた話にも思えるも、噂くらいなら聞いたことはある。世界にはそんな技を持つ剣士が居ると。加えて、曲がりなりにもキリはグランドラインへ入った男。そういった技術を見た可能性はある。それだけならまだしも、まさか世界一の大剣豪を見たことはあるのか。今になって思い当たって気になった。

 わずかに振り返り、今の状況に関係がないとは思いながらも尋ねてみる。

 

 「おまえ、大剣豪に会ったことあんのか?」

 「ないけど」

 「ねぇのかよ」

 「でも大剣豪じゃなくても鉄を斬る人は見たことある。野望を叶えるなら絶対条件だよ。今から修行しといて、ゆくゆくは斬れるようになってね」

 「マジで言ってんのか? チッ……考えが甘かったな」

 

 呟いて己の刀を見下ろす。

 そういえば以前、子供の頃、剣術道場に通っていた頃に聞いたことがある。

 

 師匠が言っていた。本当に強い剣士は斬る物を選べるのだと。

 薄っぺらな紙を斬らないこともでき、刃が通らないだろう鉄を斬ることもできる。

 自身が斬るべき物は刀ではなく剣の持ち主が選べる。それこそが真の剣。触れる物全てを傷つけるだけの剣は持つなと言われた。

 

 今はまだその意味がわからない。

 刀を見下ろしながらゾロは珍しく真剣に考える。

 かつての自分が目指したのは全てを斬ることができる剣。それこそ鉄すらも斬れるようになりたいと思っていた。しかし師匠が言うには何も斬らない剣もあるという。その剣ならば岩でも鉄でも斬れるとも。なんでも斬れる剣は、何も斬らない剣。明らかに矛盾している。今になってキリの二律背反という言葉を思い出した。

 

 修行が必要だと考える。

 なんにしても今の技量で鉄は斬れない。もっと強くならなければ。

 強くなるにはおそらく戦闘を重ねることが最も手っ取り早い。

 ついさっきまで興味はなかったものの、そう考えれば海賊を襲うのは願ったり叶ったりだ。

 

 うずうずした様子でいつでも刀を抜けるように体から余分な力を抜いておく。

 あとはいつ動くか、タイミングだけ。

 キリがゾロの背へ声をかけた。

 

 「気持ちはわかるけどもうちょっと待ってね。良い機会を待とう。まだ船長の姿も見えないようだし、せめてターゲットの確認くらいはしておいた方がいい」

 「フン、言ってる傍からってやつらしいな」

 

 ゾロの言葉に気付いて視線の先を確認すると、明らかに周囲から浮いた長身の人物を見つける。

 ほっそりした印象の外見で腕っぷしは強そうには見えないが、海賊たちは明らかにその人物を恐れていた。統率力のほどは背筋を伸ばして立つ男たちの姿でよくわかる。

 

 お世辞にも整った容姿とは言えず、奇妙な髪型だ。

 船室から出てきた一人の男、これが六角のシュピール。

 さほど強そうにも見えなくて肩透かしを食らったよう。ゾロはつまらなそうに嘆息する。

 そうとは知らずシュピールは笑みを浮かべてバルーンを確認し、次にキリとゾロの二人を見た。

 

 「おまえたちが、連れてきてくれたのか。礼を言おう」

 「いえいえそんな大したことでは」

 

 穏やかな歩みで檻へ近付いていく彼を見ながらキリが謙遜する。

 二人に対して興味はないらしい。注意はバルーンにのみ向けられている。

 檻へ手を触れ、うっとりした目で見つめて、満足気なシュピールの声には喜びが表れた。

 

 「これでおれの妖術はさらに力を増す。くっくっく、怖い物なしだ」

 「あの~シュピール船長。ちょっとお話したいことがあるんですけども」

 「ん? なぜおれの名前を知っている」

 「あちらのお嬢さんから聞きまして」

 

 名前を呼ばれたことでシュピールが振り返り、見られたキリは手を差し出してアンを指す。

 注目を浴びた彼女は緊張した面持ちでわずかに喉を鳴らした。

 

 「そうか。で、話ってのはなんだ?」

 「こういうこと言うと厚かましいですけど、一応その鳥を捕まえたのは我々なんで、多少なりとも報酬的な物を頂けないかと」

 「ふん、そういうことか」

 「我々しがない旅人なので、路銀を手に入れるのも一苦労なんです。こういったチャンスは物にしておかないと後で困るものですから」

 「海賊から金をせびる気か。まぁいい、今は気分が良いんだ。何が欲しい? 金か?」

 「そうですねぇ。欲しい物って言えば――」

 

 顎に手を当ててキリが考え始めた頃、奇妙な何かを感知したゾロが眉間の皺を深める。

 先程まで自分たちが居た島の方角を見ながらそっとキリへ歩み寄った。

 

 「妙な声が聞こえねぇか?」

 「え? 声?」

 「ああ、島の方から――」

 

 言っている最中に見つける。何かが猛スピードで船へ向かってくるのだ。

 気付いたのは二人だけでなく、海賊たちも同じだった。

 砲弾の如く飛来するのが人間なのだと気付いた時にはすでに間近。瞬きも許さず勢いもそのままに突っ込んでくる。柵を壊して甲板を転がり、ごろごろと激しく反対側の柵まで跳ねていき、再びの轟音。そちらの柵は壊れず、その前に置かれていた木箱や樽が破壊されていた。

 

 船上は沈黙し、唐突な乱入者に目が点になる。

 誰もがそこへ目を向けていた。すると突貫してきた人物が勢いよく立ち上がり、周囲の者が驚愕する。大怪我してもおかしくない光景の直後だというのにひどく元気そうだ。

 

 視線の先では麦わら帽子を押さえて笑うルフィが楽しげに笑っていた。

 

 「なっはっは! いやぁ~危なかったなぁ。危うく海に落ちるとこだ」

 「バ、バカ野郎! おれたちゃゴムじゃねぇんだ、ケガするとこだぞ!」

 「うぅ、やっぱり目を離すべきじゃなかった……」

 

 壊れた木箱の破片を蹴り飛ばし、さらに立ち上がるのはシルクともう一人、見たこともない奇妙な姿の人間である。宝箱に詰まった小柄な男を目にして全員が目を疑っていた。

 船上は一気に妙な空気に支配されていた。

 これを機にキリはふむと頷き、傍に立ったゾロへ伝える。

 

 「うん、よし。今だゾロ!」

 「って今かよ!?」

 

 敵船に乗り込むと知る前から服の下に仕込む紙は代えている。

 キリの動きは驚くほど素早い。

 懐から取り出した一枚の紙片を投げつけ、アンを縛るロープが切られた。唐突な行動に彼女自身も驚いていたが、マストに紙が突き刺さった途端拘束が解けて、助けられたと理解できると笑みを浮かべる。そのまますぐにマストの傍を離れてキリの下へ駆け寄った。

 

 時を同じく、命令をきっかけにゾロはシュピールへ向かっていた。

 両手に黒い鞘の刀を持ち、素早く接近して二刀流で攻撃を行う。突然の行動にシュピールは驚愕していた。しかし地面を蹴ることなくふわりと空中へ跳び上がって逃げられる。

 

 妖術使いというのは嘘ではなさそうだ。

 奇妙な挙動で攻撃を避けられて敵を見上げる。シュピールは一段上の欄干の上に着地した。

 

 その外見からは想像できぬほど、妖術を使って意外と腕は立つのだろう。

 大した実力ではなさそうだと思っていたが反応は悪くない。舌打ちを一つ、しかしゾロは追わなかった。命令はバルーンの救出で彼を倒すことではないからである。

 頭上から聞こえるシュピールの声など気にしなかった。

 

 「てめぇら……一体なんのつもりだ? おれからルクを奪うつもりか」

 

 檻へ駆け寄ったゾロは深く息を吐きながら意識を研ぎ澄まし、全力で右腕を振る。

 鉄で作られた柵を斬りつけた。だがやはり斬れずに甲高い音が鳴るだけ。

 悔しげに表情が歪められる。

 

 「ちょ、ちょっと! バルーンはケガさせないでよ!」

 「無理はしない方がいいよ。刃毀れするだけだろうしさ」

 「わぁってる。いちいち言うな」

 

 まだ己の腕が足りないのだ。

 改めて自覚させられながらゾロは鍵を壊そうと扉に回った。中に居るバルーンはすっかり怯えているが構わないだろう。柄を使って鍵を殴り壊そうと試し始める。

 

 唐突な行動に船上の混乱はさらに深まっていて。

 それを見たシュピールが黙っているはずもなかった。

 

 「ガキども、好き勝手やってんじゃねぇ! そのルクはおれのだッ!」

 「バカ言わないで! バルーンは私の家族よ!」

 

 ゾロへ攻撃を加えようと動くシュピールを見て、咄嗟にキリが紙を投げていた。

 硬化されてもいないそれは大量に彼へ纏わりつき、視界を白く染めてしまう。周囲でバサバサと音が騒がしく、ダメージはなくともたたらを踏むのは無理もない。

 

 「くそ、なんだこりゃ。まさか妖術かっ」

 

 両腕を振って紙を払いのけたと思えば、顔面に見知らぬ足が迫っているのが見えた。

 視認した直後、シュピールの顔面は蹴り飛ばされる。

 後頭部から壁へ激突し、木目のそこさえ破壊して室内へ運ばれる。騒々しい音で海賊たちはぽかんとしたままそれを見ていた。

 くるりと回って着地したキリはすぐにルフィたちへ目をやり、笑顔で言う。

 

 「ルフィ、シルク、喧嘩だ。この船いただくよ」

 「おっ、メシいっぱい食えるって意味か?」

 「どうなったらそうなるの……あ、そっか。食料いっぱい積めるって意味?」

 

 嬉しそうに拳を握るルフィに対し、疑問を露わにしていたシルクだが、理解した途端に迷わず剣を抜く。ルフィの発言から食料のことになると以前の話をよく覚えているらしいと驚いた。

 彼らの傍にはもう一人奇妙な人物が居て、キリは思わず首をかしげる。

 

 「それとその人誰?」

 「おれの友達だ。たわしのおっさん」

 「違うでしょ。ガイモンさん。あの島で珍獣を守ってる番人だよ」

 「へぇ。まぁなんかよくわかんないけど手伝ってもらっていいかな。今から一戦始めるから」

 「あ、ああ」

 

 戸惑っている顔のガイモンが頷いたちょうどその時、檻の鍵が壊されて扉が開く。

 喜んで外へ出たバルーンは一目散にアンの下へ向かい、彼女と強い抱擁を交わした。

 

 「あぁっ、バルーン! よかった……!」

 「こっちもなんかあったのか?」

 「ついさっきね。とにかく船手に入れるから、あんまり壊さないでよ」

 

 困惑しているのはガイモンだけでなくシュピールの部下たちもであった。

 突然の乱入者。さっきまで大人しかった二人の攻撃。そして蹴り飛ばされたシュピールの姿。一体何が起こっているのかを理解するのに膨大な時間がかかる。

 

 それでも彼らは臨戦態勢で戦闘を始めようとしていて、身構えずにはいられない。

 いつ襲われるのかと彼らも手に手に武器を持ち始めた。

 

 殺伐とした空気が流れる中、唐突にキリが高く跳び上がる。直後に彼が居た場所を大きな炎が通り過ぎ、壁の内側から噴き出した攻撃が船の欄干を焼いた。ふわりと着地した彼は素早くアンの傍へ戻っており、視線はすぐに自分が立っていた場所を捉える。

 鼻を押さえたシュピールが壊れた壁から出てきて、不思議にも掌に炎を握っていた。

 

 「こ、こいつら、舐めやがって……! おいてめぇら、やっちまえェ!」

 「うわぁ、本当に炎握ってるよ。あれが妖術か」

 「どっちにしたって脅威には感じねぇだろ。これなら前の大佐殿の方が強そうだったぜ」

 

 戸惑っていた様子の海賊たちがサーベルを振り上げて駆け出す。敵と判断した彼らへ向かって一斉に殺到し、数で押し切って始末しようとしていた。

 それを許さないとばかり、即座にルフィが動く。

 自分たちへ向かってくる敵に対してゴムの足を伸ばして一気に蹴り飛ばす。

 

 またアンとバルーンを狙う者たちにはゾロが駆けつけた。

 三本目の刀を口に銜え、慣れ親しんだ三刀流にて一閃。力強い斬撃は屈強な男たちを一瞬で蹴り飛ばし、辺りに鮮血が舞って、勢いから海へ落とされる者も少なくなかった。

 

 たった一瞬で力の差は歴然だと感じさせる。

 海賊たちは見るからに怯むも彼らは容赦なく、攻撃の手は緩めない。

 

 「こいつらどうすんだ?」

 「当初の予定通り。適当に海に捨てといて」

 「了解、副船長」

 

 好戦的な笑みを浮かべてゾロが敵へ接近する。

 その後は一方的な攻撃が続いた。斬り飛ばすというより殴り飛ばすに近い。

 荒々しい様子ながらも確かな技術は窺え、敵からの攻撃は一太刀たりとも受けなかった。

 

 視線の先を変えればルフィを先頭とし、三人が奮闘している姿が見える。

 これなら人数の差はあってもすぐに終わるだろう。キリは肩の力を抜いて苦笑した。

 数の利をたった数人で覆してしまうのは仲間ながら恐ろしい。

 そうする彼以上に恐れているのが背後に居るアンとバルーンだったようで、震えながら抱き合った彼女たちは、ルフィたちの強さに恐れおののいていた様子だ。

 

 「あ、あなたたち、一体何者なの? シュピールたちをこんなにあっさり……」

 「あぁ、言ってなかったっけ?」

 

 振り向いたキリはアンへ微笑みかける。

 

 「ボクら海賊なんだ。連中と同じでね」

 「か、海賊ぅ?」

 

 今更ではあったがなんて人たちに助けを求めたのだと思った。

 彼らの強さときたら、シュピールの一味が全く相手になっていない。特に素人目に見てもルフィとゾロが凄まじい。伸びる体と三本の刀、珍しい戦い方で敵をあっという間に海へ落としていく。

 

 見ていて爽快だった。

 あれだけ苦労して逃げ続けた敵が簡単に倒される。胸がスカッとする光景だ。

 

 アンが思わず笑みを浮かべてしまった時、ハッと気付いて、視線をキリの方へ戻す。

 まだシュピールが残っている。

 彼はいつの間にかキリの前に立って血走った目で睨んでいた。

 どうやら鼻血が止まらないらしく、左手は顔を押さえ、かなり苛立っているのが伝わってくる。明確な怒気は殺気に変わり、全員に向けられるそれは今だけキリに注がれていた。

 

 「くそっ、もう少しだってのに、せっかく捕まえたってのに……なんなんだてめぇらは!」

 「あんた方とは格が違うんだ。ウチの船長は海賊王になる男だよ」

 「海賊王だぁ? ふざけるな! そんなバカな夢語ってる連中がおれの邪魔をするってのか!」

 

 右手が掲げられた。するとどこからともなく大きなハンマーが現れる。

 

 「出て来いハンマー!」

 

 片腕で思い切り振り下ろされた。だがキリは右腕に紙を纏わせ、硬化し、ドラゴンを思わせる鋭利な爪を持った腕で真っ向から受け止め、ハンマーを破壊する。

 弾け跳ぶ破片の向こうに余裕を浮かべた笑みが見える。

 歯噛みしたシュピールは咄嗟に後ろへ跳び、先程同様掌に炎を出現させた。

 

 「くそぉ、燃えろォ!」

 

 大きな炎の塊が投げられる。

 それに対しキリは右腕に纏った紙を全て飛ばして、真っ向から迎え撃つ。

 当然紙は火で燃える。しかし空中で止まったままの紙の束は炎をそれ以上前へ進ませず、床へ落ちることもなく、何にも被害を及ばせない場所で燃え続けた。

 

 繰り出す全ての攻撃が封殺され、良い結果を生み出さない。

 まるで掌の上で踊らされているかのようだった。

 目を合わせれば彼の底が知れない実力が知れるようで、怒りを忘れてシュピールは恐れた。怯え始めた末に思わず意識せずとも後ずさってしまう。

 そこへ左手側から声がかけられた。

 

 「おいおまえ」

 「ひぃっ!?」

 

 肩をびくつかせて振り返れば、見えたのはこじんまりとした姿の宝箱男。

 その姿にほっと息を吐いて、シュピールの余裕がわずかに戻った。

 

 「おまえ、あの鳥を攫おうって腹か?」

 「な、なんだおまえは。関係ねぇ話だろ。黙ってろ」

 「いいや黙ってられねぇ。おれはあいつらと仲良しじゃねぇし、なんなら今初めて見た。だがそんな間柄でもな、長年珍獣と一緒に暮らしてるとよ、おまえみたいな密猟者が許せねぇんだよ」

 「はぁ? 密猟だぁ? わかっちゃいねぇな、奴はルクっつって血を飲めば妖力が――」

 「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

 

 大声を出してガイモンはピストルを構え、反射的にシュピールの全身が強張る。

 怒りの形相だった。

 どこの誰とも知らぬ相手だが迫力は相当な物で、反撃を考えることさえできない。

 

 「あいつがどこの誰だろうが、おれは珍獣を守る森の番人!」

 

 引き金が引かれて、銃弾が飛びだす。狙いは正確にシュピールの左足を穿った。

 痛みから転びかける相手を見、ガイモンはピストルを捨てて走り出す。

 

 「うがぁっ!?」

 「おれの目が黒い内は――」

 

 動きにくそうな外見を物ともせずに素早く接近し、懐へ入ると思い切り跳んだ。

 久々の戦闘は気分が良くて普段以上に体が動く。不思議だが自分の想像以上に体が動いた。

 自らを砲弾に見立てて思い切り跳び、彼は全力で体当たりする。

 

 「おれのダチは狩らせねぇよッ‼」

 

 凄まじい頭突きが鼻に激突した。

 体が宙を浮いた後、シュピールは勢いよく倒れて後頭部を打ち、気絶してしまった様子。

 どうにも着地が難しく、慌ただしく転げ落ちたガイモンは、動きが止まった時には仰向けに倒れた状態で苦々しい顔になり、自身の額を撫でる。痛い。相当痛い。

 久しく感じていなかった痛みと興奮に全身からどっと汗が出た。

 

 こんなにアドレナリンが出たのは何年振りだろう。森に入ってくる密猟者たちを撃退する時でもこうはならない。森の番人と叫びつつ、意識は海賊に戻っていたのだろうか。

 二十年ぶりに乗る帆船。二十年ぶりの戦闘。

 気分が高まっているのは自分でもわかる。

 

 自力では起き上がれないため転んだまま、空を眺めて、頬が緩んでいくのが如実にわかった。

 その視界の中へ二つ、覗き込んでくる顔がある。

 

 「しっしっし。やるなぁおっさん」

 「かっこよかったですよ。森の番人らしくて」

 

 笑顔で見下ろしてくるルフィとシルク。なぜだか彼らが嬉しそうにしていた。

 苦笑してしまい、手を伸ばしながら呟く。

 

 「ったく、うるせぇよガキども……さぁ、起こしてくれ。おれは自力じゃ立てんからな」

 「そこだけ今も偉そうだよな」

 「あはは。その方がガイモンさんらしいんだよ、きっと」

 

 二人に起こしてもらって立たせてもらい、ようやく落ち着く。

 甲板にはすでに敵の姿はなかった。気絶したシュピールを残し、全員が海に落とされたらしい。

 中々容赦がない海賊たちだと笑っていれば、集まった彼らは落ち着いて会話を始める。

 

 「また妙な奴が増えてんな。まさか仲間になったとか言わねぇよな?」

 「ああ。誘ったんだけど断られた。おっさんも珍獣だからな」

 「誘ったのかよ」

 「ねぇキリ、そっちの人は? この船の人じゃないよね」

 「ついさっきまで捕虜だったんだ。ボクらも出会ったばっかり」

 

 戦闘の余韻も早々に捨て去り、平気な顔で話し始める彼らはあまり普通じゃなさそうだ。肝が据わっているというのか、空気が読めないだけなのか、四人全員が気楽な姿に見えてくる。

 それでも信頼し合う関係から特別な存在に見えた。

 

 久しく忘れていた海賊の感覚。

 彼らを見ていると思い出してガイモンは笑った。

 

 その刹那、突然どたどた走って来たバルーンがガイモンを抱きしめた。体格差があるため抱きすくめられ、若干苦しいとも思う体勢だ。堪らず悲鳴のような声が出る。対照的にバルーンは嬉しそうに鳴いていた。独特な鳴き声が船上から響くのである。

 

 「ぶふぁっ!? おい、なんだいきなり! なんで襲って来やがる!」

 「ふふふ、襲ってるわけじゃないよ。助けてくれたからお礼を言ってるの。それにさっき、友達だって言ってくれたから、それが嬉しいんじゃないかな」

 

 バルーンの気持ちを通訳するようにアンが伝えた。

 確かに嬉しがっているのは明白。不思議と笑っているようにも見える。

 拒む素振りを見せていたガイモンだが、そう言われては言い返せず、抵抗をやめてされるがままとなる。表情こそ拗ねた風にも見えるが嬉しさを噛みしめているのは分かり易い顔だ。

 心底嬉しそうに笑い、やがてアンは全員へ向けて頭を下げる。

 

 「みんな、ありがとう。みんながいなかったらどうなってたか……バルーンが無事なのはあなたたちのおかげよ。この恩は一生忘れない」

 

 出会った時には険の強い表情だったが今は朗らかに笑っている。

 彼女の言葉を受け取った四人は一様にバルーンを見た。

 パンダに似た外見の鳥。確かに珍獣。

 戦闘の名残もなく、これはパンダか鳥かどちらなのだろうという妙な話し合いが始められた。

 

 「で、このパンダなんなんだ?」

 「ルフィ、これはパンダじゃなくて鳥でしょ? ほら、翼だってある。パンダは飛べないよ」

 「いやでもパンダだと思う」

 「ああ、パンダだ」

 「二人まで……あーもうっ、わかりました、折れます。パンダでいいですよもう」

 「ちょっと、勝手に決めないでよ! バルーンはパンダじゃなくてルク! どこからどう見たって鳥でしょ!」

 

 彼らの勝手な発言にはアンも笑みを消し、叫ばずにはいられなかった。

 大事な家族を勝手にパンダ扱いされているのである。

 これを認める訳にはいかず、恩人たちに対して本気の抗議が始められた。

 


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