ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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out of the blue(2)

 走って距離を取った後、ナミとチョッパーは家屋の陰に隠れていた。

 いつ襲われても回避できるよう、家の中や狭い路地は避ける。あくまでも身を置くのは大通りであって、すぐに目視されないよう陰でしゃがんでいた。

 

 チョッパーが自身の右手を治療している。じっくり診察する時間も余裕もないが骨折は間違いなかった。少なくともこの戦いでは使えないだろう。

 左手だけで包帯を巻いて固定しながら先程の攻防を思い出す。

 Mr.4は、普段の言動はともかく決してのろくない。近接戦闘は彼より上だ。

 

 攻撃は相手に届く。勝てない訳ではない。問題なのは如何にして相手へ当てるか。

 周囲を警戒してあちこちに視線を飛ばしつつ、ナミが深く息を吐いた。

 

 「腕は大丈夫?」

 「骨が折れてるよ。あんな体勢で、片腕一本で振ってたのになんて奴だ……」

 「本当に化け物ね。ルフィやゾロくらい強いって考えてた方がいいみたい」

 「ごめん……足手纏いになっちゃって」

 

 常に警戒していなければいけないとわかっているのについ視線を落としてしまう。

 気落ちした様子のチョッパーは俯き、船医である自分の怪我は簡単に許せそうになかった。自分が仲間を治療しなければいけないのにその腕が使えなくなってしまうとは。このままではみんなの役に立てないかもしれないと、思わず想像してしまう。

 

 彼の横顔を見て、落ち込んでいると悟ったのだろう。

 表情を引き締め直したナミがチョッパーに語り掛けた。

 

 「いい、チョッパー。これからは“ありがとう”も“ごめん”も言わなくていい」

 「え?」

 「だってそうでしょ? あんたは私を守るし、私もあんたを守る。仲間なんだもの、それが当然で何も不思議なことじゃないわ。いちいちお礼なんか言う前に別のことを考えて。どうすれば敵を倒せるかとか、どうすれば仲間を守れるか」

 

 驚くチョッパーだが、クリマ・タクトを握る手がわずかに震えていることに気付いた。

 彼女もきっと不安なのだ。

 果たして自分達は生きて帰れるのか、気をつけていても考えてしまうほど強い相手。これまで戦闘をできるだけ避けてきたことも関係している。

 

 そんなナミが、彼を元気付けるために目を覗き込んでいた。

 ぐっと歯を食いしばってから、涙が浮かびかけた目元を腕で擦って、顔つきを変える。

 チョッパーの様子を見たナミが力強く頷いた。

 

 弱音は吐いていられない。何があってもナミを守る。すでに彼も海賊となって、彼女は大事な仲間の一人だ。そして彼女だけでなく他の仲間も守りたい。

 腕が折れたからなんだ。まだ足は動く。頭は使える。左腕で戦える。

 今は隣にナミが居て、力を合わせることができる。

 改めて考えれば驚くほど力が湧いてきた。恐怖心も無くなり、チョッパーが頷く。

 

 「うん、わかった。もう謝らねぇし、お礼も言わない。助け合うのは当たり前だ」

 「そうよ。さあ、それじゃあいつらを倒す作戦を――」

 

 言いかけた瞬間に追いつかれる。

 元々は家の壁だっただろう瓦礫を背にした二人の前方、一瞬にして六つの穴が開けられる。素早く地下を移動してきたミス・メリークリスマスだ。

 そのスピードがあまりにも速過ぎて、二人が立ち上がることすら待たない。

 

 「来たッ!」

 「もう、ちょっとも休めないわね……!」

 

 その場に留まれば危険であることはわかっている。そのため二人は慌てて立ち上がり、咄嗟に逃げることを考えるが、彼女達を取り囲むように穴が掘られていた。距離はバラバラで半円としては形も歪。一定の法則がある訳ではない。

 背後には壁。それだけに包囲を抜け出すのは簡単ではなさそうだ。

 どの穴から来るか、逡巡が行動を遅くした。

 

 駆け出そうとした頃には穴の一つからラッスーが上半身を出す。

 鼻水を垂らしながら間抜けな顔で二人を見て、またくしゃみをする。

 口からボールが飛んでくるのはさっきと同じであった。

 

 「イッキシ!」

 「来たぞ! 避けよう!」

 「言われなくても!」

 

 くしゃみを見ると止まってはいられない。二人はボールから逃れようと駆け出した。

 右前方から飛来するボールを回避するために彼女達は左前方へ。速度にはやっと慣れてきた。顔の向きを見ていたこともあって避けること自体は問題ない。

 ボールが傍に来る前には離れていて、少し離れた位置で二人の後方を通り過ぎる。

 

 その時、新たに穴が開けられた。最初から想定していたかのように、ボールが向かう方向で穴が開き、Mr.4が上体を出す。

 全力で振るわれるバットが強振でボールを捉えた。

 

 完全に背後を取って、打球は二人の背を狙って飛ぶ。

 わずかに背後を振り返ってその光景を見たチョッパーは、反射的に人型に変身した。

 

 声をかける時間すらない。抱きつくようにナミの腰に腕を回し、地面を蹴った。

 地面に伏せた直後。頭上を打球が通り過ぎる。

 それからさらに数秒。二人から二メートル程度しか離れていない位置で爆発した。その距離では回避したとは言い切れず、余波を浴びて地面を転がされた。意識せずとも体が動いてしまい、二人は地面の砂を巻き上げながら至る所をぶつける。

 

 「うぅ……!?」

 「ハァ、まだ来るぞ! 走り続けなきゃ!」

 「イッキシ! イッキシ!」

 

 チョッパーがナミを助け起こして、ラッスーのくしゃみを聞きながら走り出す。

 さらに二個のボールが吐き出されるも、今度は二人を狙った様子は無く、待機しているMr.4へ向かっていく。彼はすでにバットを構えて待っていた。

 

 打ち返した音が二度。チョッパーは足を動かしながら後方を見る。

 一発はライナー。二人の背を目標に真っ直ぐ飛んでくる。

 

 「ちょっと、嘘でしょ!?」

 「くそォ!」

 

 彼は4番バッターである。長打は当然として、如何なる変化球にも対応し、意図して様々な打球を生み出すことができた。

 狙って打ったライナーは二人を驚かせ、必死の回避行動を取らせる。

 咄嗟の判断は二人を左右に分け、離れた状態で地面に伏せて、二人の間を打球が通り抜けた。

 

 爆発。そして爆風に襲われる。

 体を小さくして堪えていたナミは打開策を見出そうとしていた。

 このままでは一方的に攻撃されるばかりだ。なんとか状況を打開しなければならない。そう考えるのは無理もないことだが、あいにくその方法がわからなかった。

 とにかく爆風が過ぎ去るのを堪え、状況が落ち着くと顔を上げる。

 

 チョッパーも同じく体を起こそうとしていた。

 ただ、一つだけ違ったのは、滑るようなゴロが地面を這ってチョッパーに迫っていたことだ。

 

 「えっ――?」

 

 気付けば目の前にあって、直後に爆発する。気付いた時には遅かった。

 人型だったチョッパーの体は轟音と共に爆炎に呑み込まれて、ナミが冷静さを失って叫ぶ。

 

 「嘘……!? チョッパーッ!」

 「まだまだ続くぞ。四百本猛打(バンク)ノック」

 

 突然声が聞こえて右側を向けば、地面から上半身を出したミス・メリークリスマスが居た。

 余裕のある笑顔。勝ち誇っているらしい。

 実力に差があることは初めからわかっていたことで、これがあるべき結果とも言える。それでも悔しさを感じたナミが唇を噛んだ。

 

 「アタシらの手を煩わせたんだ。ただで死ねると思うなよ」

 「うるさいわね! こっちだって生半可な覚悟で来てないの! 見てなさい、あんたなんか今にギッタンギッタンに……!」

 「ナミ!」

 

 膝立ちになってクリマ・タクトを構えていると、チョッパーの声が聞こえた。すぐさまナミはその方向に目を向け、轟々と煙の上がる地点を眺める。

 さっきと変わらず元気な声だ。どうやら無事らしかった。

 

 「チョッパー! 無事だったのね!」

 「小さくなって逃げたんだ! それより、考えがある!」

 「そうか、あいつもゾオンだったねぇ……」

 

 呟くと同時にミス・メリークリスマスの姿が地中に隠れる。

 立ち上がったナミが即座にチョッパーへ警戒を促した。

 

 「少しだけ時間をくれ! 上手くいけばあいつらを一気にやっつけられる!」

 「気をつけて! あのオバハンがそっちに行ったかも!」

 「わかった!」

 

 煙の中から人獣型のチョッパーが走り出てきた。

 爆発する寸前、人型から人獣型に変身し、咄嗟に回避しようと地面を転がったのである。体の大きさの違いで彼は軽々飛ばされ、爆発に直撃することはなかった。遠く飛ばされた後、咄嗟の判断で爆炎を避けて煙の中で身を隠していたようだ。

 

 相変わらず右腕は使えないが、先程の攻撃で死ななかったのは僥倖。まだ戦える。今こそキリから事前に聞いていた作戦を実行する時。

 動物と話せるチョッパーが戦うならMr.4ペアが良い。

 誰に出会うかわからないため運に頼るしかないとはいえ、彼はそう言って秘策を渡していた。だからこそチョッパーもMr.4ペアの情報を頭に叩き込んでいたのである。

 

 走るチョッパーが目指すのは穴から顔を出しているラッスー。

 他には目もくれず進み、一切迷わず正面から近付こうとしていた。

 

 「ラッスー! お前に言いたいことがあるんだ!」

 

 新たに穴が開いて、彼の正面にミス・メリークリスマスが現れる。

 驚きはするが今更足は止められなくて、平手打ちがチョッパーを強襲した。

 振るった左腕に対し、チョッパーの右腕は使えない。防御は間に合いそうになかった。

 

 「“ナッ”!」

 「うわぁぁ!?」

 

 小さな体は軽い様子で飛ばされて地面を転がる。

 それを見て助けに向かおうとナミが駆け出していた。

 

 「ちょっとオバハン! あんたいい加減にしなさいよッ!」

 「続きと行こうか。四百本猛打(バンク)ノック!」

 「バウッ! バウッ! バウッ! バウッ!」

 「フォ~……」

 

 再びミス・メリークリスマスが穴を掘って地中へ逃れる。それと同時にラッスーがボールを吐き出してトスを行い、その全てをMr.4が打った。

 四球打って全てフライ。回転をかけて落下してくる。

 それらは起き上がろうとするチョッパーの頭上から落ちてきて、思わずナミが血相を変えた。

 

 「逃げてチョッパー! 危ないッ!?」

 「うぅ、うっ……」

 

 慌ててチョッパーがすぐ傍に開いていた穴に逃げ込む。

 ちょうど目の前でミス・メリークリスマスが姿を消したところだ。九死に一生を得て、彼の姿が見えなくなったところでボールが地面に触れ、爆発する。

 

 四球分の強烈な爆風が大通りを駆け抜けた。

 堪えていたナミも転びそうになったがなんとか耐え、次の行動を考える。

 

 時間をくれとチョッパーは言っていた。何か考えがあるのだろう。それを信じて、少しでも時間を稼ぐ方法を考える。

 できることは多くない。だが仲間を守りたいのは彼女も同じだった。

 ラッスーがMr.4にボールを吐こうとする素振りを見て、咄嗟にクリマ・タクトを組み替えた。

 

 「Mr.4! これを見なさい!」

 「フォ~~……?」

 「ファイン=テンポ!」

 

 三角に組み合わせてボタンを押すと、中央から二匹の鳩が飛び出す。手品の一種だった。

 飛び立った鳩はどこかへ行ってしまい、全く意味がない。攻撃であるはずもない。しかしそれが妙にMr.4の興味を惹き、彼は目を輝かせていた。

 なんとかなったか、とナミは冷や汗を垂らす。

 

 「フォ~~~……!」

 「どう!?」

 「イッキシ!」

 

 ラッスーがボールを出す。興味を惹かれていたせいで少し手元が狂うものの、Mr.4は体に染みついた反射でボールを打ち返した。放物線を描く打球はナミを狙う。

 今のでミスして直撃でもしてくれればと思っていたが、それは無理があったらしい。

 

 ナミは迷わず背を見せて逃げ出した。

 しかし手元が狂った効果はあって、避けることは難しくない。

 

 「あーもうっ! いつまで続くのこれ~ッ!」

 「そりゃお前らが死ぬまでだよ」

 「えっ!?」

 

 ボール自体はあっさり避け、ずいぶん離れた場所で爆発する。

 小さな安堵を覚えながら泣き言を口にした時、またしても足が動かなくなった。見ればやはり先程のようにミス・メリークリスマスが両足首を掴んでいる。地面からは右手だけ出して、本体は地面の下。ついずるいと思う状況でナミを捕まえている。

 地面の下とはいえ手を出す小さな穴から声が聞こえて、背筋に悪寒が走った。

 

 「特別サービスだ。喰らっていきな! モグラ塚4番交差点!!」

 「いやっ、何する気!? 離しなさいよオバハン! モグラ!」

 

 足を掴んだ状態で、ミス・メリークリスマスが地中を泳ぎ始めた。

 高速で移動するため抵抗もできずに、ナミは磔にされたような姿で移動していた。

 

 「モグラ塚ハイウェ~イ!」

 「い~やぁぁぁ~!? ちょっとやめてよ!? あんた達何する気なの!?」

 「ハハハッ! 安心しな、頭の骨が砕けるだけさ! 用意しなMr.4!」

 「ふざけんじゃないわよ! 可愛い私の顔にそんなことしたら、ただじゃ……!」

 

 向かっている先でMr.4が完全に穴から抜け出て、バットを構えようとしている。先端で地面をコツコツ叩き、ルーティーンを済ませて構えた。

 このまま進めば、打たれる。ボールでは無くナミ自身を。

 焦る彼女は抵抗すべく、クリマ・タクトを異なる形に組み替える。

 

 「ただじゃ死んでやらないわよ……! まだまだ生きたいし、お金も欲しいし、海図だって描きたいんだから……!」

 「フォ~~~」

 「さぁ行くよ! 構えなMr.4!」

 

 グングン近付いていく。恐怖心に体を震わせながら、ナミは武器を握りしめた。

 Mr.4の目はナミに向けられている。

 その一瞬の隙を利用して、穴を這い出たチョッパーが突如Mr.4の背後に現れ、人獣型のまま彼の背後に立つと足の間へ飛び込む。そしてそこで人型に変身した。

 

 「うおおおおおおおォ!」

 「フォ~~!?」

 

 Mr.4の巨体は驚くほど重い。しかし変身によって一気に体を大きくしたチョッパーは、肩車するように彼の体を持ち上げ、無理やりひっくり返した。彼自身も体に大きな負担を感じたものの、Mr.4は頭から地面に落ちてゴツンと音を立て、そのまま動かなくなってしまう。

 その光景を見てナミは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 地中に居るミス・メリークリスマスには見えていない。Mr.4が立っていた地点を通過してもナミの足が離れず、それからようやく違和感を感じた。

 

 「ん? 何やってんだMr.4! まさか空ぶったのか!?」

 「ナイス、チョッパー! あんたいつまで掴んでんのよ!」

 「いでっ!?」

 

 いつまでも離さないミス・メリークリスマスの手をクリマ・タクトで殴る。

 痛みはそれなり。だがそれ以上に驚きが大きく離してしまう。

 放り出されたナミの体は地面に落ち、肩に痛みが生じるが、先程の攻撃を思えば耐えられた。

 

 Mr.4が倒れたことで、ミス・メリークリスマスが穴を掘って顔を出した。

 倒れている彼を見つけると怒りを露わにし、攻撃の失敗を改めて認識している。

 

 その間にチョッパーは再び人獣型に変身して、他の誰でもなくラッスーへ駆け寄っていた。

 

 「あァ!? 何やってんだよMr.4! お前はほんとにグズだね! “グッ”! “ノ”が!」

 「ご~~め~~」

 「ああイライラするッ! さっさと喋れって言ってんだよ!」

 

 度重なる失態にミス・メリークリスマスが苛立っていた。

 実力だけを見れば彼女達の方が圧倒しているはず。それなのにしつこい抵抗を受けてまだ決着がつかない。プロとしての誇りを傷つけられる状況だった。

 

 二人が気を抜いている間にチョッパーがラッスーに接触する。

 リュックを降ろして、左腕一本のため手間取るが、中に入れていた食べ物を取り出す。

 持ち出したのは何の変哲もないヨーグルトだ。

 見た途端にラッスーが目を輝かせる。彼の好物だった。

 

 「お前これが好きなんだろ? ちょっとおれの話を聞いてくれ」

 「ん? おいおめー、何してんだ!」

 「あんたの相手はこっちよ、オバハン!」

 

 チョッパーの行動に気付かれるが、すでにナミが武器を振りかぶっていた。

 怒るミス・メリークリスマスに向けて振り、距離がある状態で十字に組んだ先端のみを飛ばす。まるでブーメランのように回転しながら接近して、脆弱な攻撃だと鼻を鳴らされた。

 

 「なんだこりゃ。ブーメラン遊びのつもりかよ」

 

 避ける価値すらない。そう思って軽く爪で小突いてやった。すると触れた瞬間、クリマ・タクトが暴風を生み出し、彼女の体を吹き飛ばす。

 直接的なダメージは皆無だが驚きは大きかった。

 おまけに座り込んで見ていたMr.4の方へ飛んでしまい、二人は頭をぶつけて共に倒れる。

 

 「ぎゃああっ!?」

 「フォ~~!?」

 「よしっ。やり返してやった」

 

 爆風の影響で戻ってきた二本を回収して、即座にナミは距離を取る。

 その間にチョッパーがラッスーとの対話を終えていた。

 目的は告げずに頼み事だけをして、ヨーグルトを舐めさせた後で、穴に顔を突っ込ませている。そこでラッスーはくしゃみをしていた。

 

 吐き出されたボールが全て穴の中へ。

 倒れていたMr.4とミス・メリークリスマスはそれを知らず、起き上がるとナミを睨む。

 

 「おめーふざけたことしてくれるじゃねぇか!」

 「ナミ! できるだけ穴から離れてくれ!」

 「えっ、うん! もうやってる!」

 

 くしゃみが終わるとチョッパーがラッスーの背に跨った。

 その姿はまるで友達のように。

 声をかけるとラッスーは走り出し、チョッパーを乗せたままナミの方へ向かう。その姿には違和感を感じずにはいられずミス・メリークリスマスが驚く。

 

 「おいラッスー! お前何やってんだ! 裏切るつもりか!?」

 「おーい! おれ達が逃げるぞ! 追いつけるもんなら追いついてみろ~!」

 「チッ、ふざけやがって……追うよMr.4! これ以上あいつらをいい気にさせるな!」

 「フォ~~……!」

 

 二人があらかじめ作られていた穴へ飛び込んだ、その瞬間。

 周辺のほぼ全ての穴から爆炎が飛び出し、強烈な爆発が細いトンネルの中を駆け抜けた。距離を置いて背後にしても感じる熱風。遠ざかる二人の背は否応なしに押される。

 

 ナミは、思わず足を止めて振り返った。

 轟々と炎が天へ昇っている。

 凄まじい破壊力だ。あんなもので狙われていたかと思うとぞっとする。

 それが今や敵を襲ったらしく、驚きながらも人獣型のチョッパーを見下ろした。

 

 隣に居る彼はラッスーの背にちょこんと乗っていた。

 味方になったのだろうか。まだわからない。今のところ害は無さそうに見える。

 

 偶然で起こったはずがない。彼はこれを狙っていたのだ。

 もう一度巨大な爆炎を見ながら問いかけると、彼は真剣な眼差しで同じ方向を見ている。

 聞かずともなんとなくは察している。その目は、その態度は、決着を見ていない。まだ終わっていないのだろうと考えていた。

 

 「すごい……よくこんなの思い付いたわね」

 「あいつらの弱点ってのはこれのことなんだ。全ての穴が繋がってるから、もし爆発が起これば逃げ場がない。どこに居ても、絶対に当てられる」

 「もう、終わったってことでいいのよね?」

 「いや……」

 

 褒められているのに照れる様子もない。それだけ緊迫していたのだ。

 ゆらりと動く影を見つめ、チョッパーは小さく呟く。

 

 「生きてる」

 「うっ……まだ動けるの?」

 

 一歩ずつ地面を踏みしめる歩き方で、重圧を感じさせながら、Mr.4が現れる。

 全身に火傷を負って服はボロボロ。かなり疲弊している危険な状態とはいえ足取りそのものはしっかりしている。まだ決着とは言えない。

 最後のとどめが必要なようだ。

 接近戦では圧倒的な実力を持つ彼に、あと一撃、或いは二撃、必要だ。

 

 まだ終わらない。まだ倒れない。

 もはやナミは泣き出しそうな顔になっており、精神が揺らいでいる。

 弱気になってはいけないと頭を振り、もう一度気を引き締め直そうとするものの、手は小刻みに震えていた。身体的なダメージより精神の影響が強い。

 

 傷だらけになって迫力を増したMr.4が一歩ずつ近付いてくる。

 恐れたナミが一歩下がり、確実に気圧されていた。

 

 「あれでもダメなら、どうすればいいの? も、もう一回やれば……」

 「いや、多分もう効かない。避けられるよ」

 「それならその犬にボール吐かせて……ああでも、あいつが相手じゃ打ち返されるわ。せめてあのオバハンだけでも犬の爆弾で」

 「そりゃ無理な話だ。ラッスーはこれでも味方に攻撃はしねーんだ」

 

 またしても声が聞こえた。ミス・メリークリスマスがどこかに居る。しかし周囲を見回しても姿は見えず、いまだ地中。プレッシャーだけを与えられる。

 先にMr.4に集中すべきかとも考えるが、有効な策は思い付いていない。

 

 何か一つでも状況の変化があれば。

 こうなれば考えていられる余裕も無くて、与えられるプレッシャーのせいか、チョッパーはダメ元でラッスーにボールを吐かせようと考えた。

 Mr.4本人に撃てば打ち返される。そんなことはわかっていた。

 それならせめて周りに撃ち、煙幕代わりに使えれば。

 

 「ラッスー、もう一度ボールを吐き出してくれ! 好物ならあとで――」

 

 鋭い音を発して地面からミス・メリークリスマスが飛び出してくる。

 ジャンプするようにチョッパーの側面を襲い、鋭い爪で彼の胴体を切り裂いた。

 

 「“ナ”!」

 「うわぁぁ!?」

 「チョッパー!? くっ、このオバハン……!」

 

 ラッスーの背からチョッパーが落ちる。大量の血を流して地面に倒れた。

 地面に着地するミス・メリークリスマスを間近に見て、表情に怒りを見せたナミが反射的に武器を振る。勝てると思った訳ではなく彼女を殴ろうとしていた。

 しかし地力が違う。

 簡単に爪で受け止められ、反対に左手で繰り出す平手打ちが胴体を叩いた。

 

 「そんなもん効くわけねーだろ! この“バッ”!」

 「きゃあっ!?」

 

 背中から勢いよく転んで息が詰まる。

 起き上がらなければ、とすぐに思うのだが、体が上手く動かなくて、もたもたして一向に起き上がれない。ナミは明らかに動揺した目でミス・メリークリスマスに振り返った。

 勝ち誇る彼女はすぐ傍に立ち、しかしすぐに手を出そうとはしない。

 

 チョッパーも起き上がろうとするものの、腹に受けた傷はナミより深いようだ。

 そちらにはMr.4が向かっていて、まだ距離はある。それもまた恐怖だった。

 

 「ラッスーを手懐けたね。キリの奴に聞いたか。まったく面倒なことしてくれたもんだよ」

 「ハァ、残念だったわね……私達の仲間になっちゃって」

 「いいや。実はそう思えなくてね」

 

 ミス・メリークリスマスは動こうともがくナミを見つめてにやりと口角を上げる。

 

 「バカな奴さ。あいつが裏切ったのは七武海のクロコダイルだよ。あのまま組織に居れば殺されることはなかったが、もうダメだ」

 「あいつは死なないわよ……バカでも、気の良いバカだから」

 「おめーら何にも知らねーんだな。七武海のレベルってやつを。いくらあいつがクロコダイルの関係者でも、あのレベルに逆らって生き残れるはずがねぇ」

 

 気の強い様子でナミの目つきが変わった。

 それをきっかけにミス・メリークリスマスが顔を寄せる。

 

 「なぜって、あいつが選んだ仲間がこれじゃないか。多少は抵抗したが、もう動けもしない」

 

 悔しいが言う通りだ。目の前に彼女の顔があって、殴ることすらできやしない。

 チョッパーは歯を食いしばり、立ち上がろうとしていた。

 ナミもまた必死に立ち上がるために、ミス・メリークリスマスを睨みながら全身に力を入れた。そんな二人を彼女は笑う。

 

 「おめーらの船長もなんだいありゃ。よほどつえーのかと思ったらたったの3000万! そんな身の程知らずのルーキーがアタシらに逆らおうってか!」

 「ルフィは、海賊王になる男よ! クロコダイルでも七武海でもぶっ飛ばすに決まってるわ!」

 「んん? 海賊王? クッ……ハハハハハッ!」

 

 ナミの必死の叫びを聞いて、ミス・メリークリスマスが笑い出した。

 彼女だけでなくMr.4も腹を抱えて笑っており、おかしくて仕方ないという顔をしている。

 ナミとチョッパーから表情が消え、どうしようもない怒りを感じていた。

 

 「海賊王! カイクオ、カクオ、“カ”! “カ”になる男だってさ! アハハハハッ!」

 「フォ~~フォ~~フォ~~……!」

 「なっ、何がおかしいのよ!」

 「何がおかしいって? おかしいに決まってる! 3000万ぽっちの賞金首がなれるわけねーだろ“カ”なんかに!」

 「ルフィはグランドラインに来たばっかりよ! 懸賞金なんてこれからいくらでも……!」

 

 主張しようとするナミに顔を近付け、鼻先が触れそうな距離でミス・メリークリスマスが先程よりも低い声を出した。それだけで威圧感が変わる。

 全身が緊張し、しかし、怒りがさっきにはなかった力をナミの体に与える。

 それでもまだ動けなかった。

 

 「だったら尚更無理だ。この海を知らねー奴がアタシらを倒せるわけねーだろ」

 「違う! そんなことない! ルフィは海賊王になるんだ!」

 「夢を語るだけなら誰でもできる。おれは必ず“カ”になる、そう言って死んでいった奴が何人居ると思う? 数え切れねーよ、この海にはそんな“バ”ばっかりだ!」

 

 ミス・メリークリスマスが地面に潜った。

 ナミの両足首を掴み、壊れた家へ向かって高速で進み始めた。

 

 「身の程も知らねーそんな“バ”は死んで当然! どーせクロコダイルに殺されちまうよ! お前らがアタシらに殺されるみたいにさァ!」

 「うっ……!?」

 「ナミィ!」

 

 真っ直ぐ壁に向かっている。このままでは正面から激突してしまう。

 足首を掴む手に攻撃はできない。。体が鉛のように重かった。

 それならせめてもの抵抗をと、ナミは必死に両腕を上げ、顔の前で交差した。

 

 「この国を守る!? “カ”になる!? 本気でそんなこと言ってんのか! できもしねー理想を語るのは夢じゃなくて無謀だって言うんだ! ただの“バッ”だ! 現実も見れねーならとっとと死んじまえよ! “カ”になるんだって言いながらなァ!」

 「うるさいっ……あんたに、何が……!」

 「モグモグ玉砕(インパクト)ッ!!」

 

 ナミの体が硬い壁に激突した。正面からぶつかり、体が回転して頭の上下が逆になって、もはや本人にも何が起こっているのかわからないほど混乱している。

 激しい痛みは全身を襲っていた。

 血反吐を吐き、普段は簡単な呼吸すら難しく、力なく地面へ倒れる。

 ミス・メリークリスマスが地上へ現れても、ナミは動けなかった。

 

 「終わりだ」

 「ナミッ!? くそっ、お前ェ!」

 「フォ~……」

 

 辛うじて立ち上がることができたチョッパーは、背後で声を聞いて振り返る。

 その瞬間、Mr.4のフルスイングが彼の胴体を捉えて、凄まじい衝撃で体を吹き飛ばした。

 ナミが消えた方角とは真逆へ、家の壁を破壊しながら消えていく。チョッパーの姿はすぐにMr.4の視界には入らなくなり、呑気にバットで肩を叩いた。

 

 ミス・メリークリスマスがMr.4の下へ戻ってくる。

 確かに、想定していた以上に手こずった。しかしそれだけだ。

 今や敵の姿は彼女達の前には無く、悠々と歩いてその場を離れることができる。

 

 「おめーらとは格が違うんだよ。この“バッ”が」

 

 そう呟いてあっさり背を向け、二人と一匹は次の獲物を求めて歩き出した。

 


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