ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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あんたも珍獣

 森の中にある広場で腰を落ち着けた三人は向かい合って話をしていた。

 もっぱらルフィとシルクは話を聞くのみで、語るのは出会ったばかりの珍妙な人間である。

 

 空の宝箱に嵌った元海賊の男、ガイモン。

 彼は二十年もの間、たった一人でこの島で生活をしているらしい。

 きっかけは単純。岩を登ろうとして途中で落ちてしまい、落ちた衝撃で真下にあった空の宝箱に嵌り、気絶している間に不在を気付かぬ仲間たちに置き去りにされてしまった。間抜けな話だが考えようによっては悲惨である。

 以来、二十年。

 彼は島を出ることなく森の番人としての生活を続けて、裁きを生き残った彼らと出会った次第。

 

 珍しい人間を見つけたと思ったのはお互い様で、どちらも興味津々だった。

 過去の話を聞かされた後は彼らも自身が海賊であること、悪魔の実を食べたことを説明する。

 ガイモンはルフィがゴム人間であることに興味を示しており、ルフィとシルクは宝箱に嵌った人間という、世界にたった一人彼だけだろう姿を見過ごせない。

 

 「悪魔の実の能力者か……噂には聞いてたが初めて見たな。まさか本当に存在していたとは」

 「おっさんもすげぇな。宝箱に詰まった人間なんて初めて見たよ」

 「フン、好きでこうなったわけじゃねぇ。できれば抜け出してぇところだがそれもできねぇもんだからな」

 「抜けないんですか? 私たちが手伝っても?」

 「ああ。あいにくこいつに入って二十年。今じゃ運動不足もあってミラクルフィットしちまってるようでな。多分引っ張ろうが何しようが抜けねぇ――」

 

 ガイモンが丸太に座るシルクへ目を向けた時、ルフィが動き出してガイモンの背後へ立つ。

 唐突な行動を見過ごしていれば、おもむろに彼の髪を掴み、ぐいっと上へ引っ張った。

 おそらくは宝箱から抜こうとしていたらしく、しかし全く抜ける気配がない。ただ頭を引っ張られただけのガイモンはルフィの動きに合わせて悲鳴を発していた。

 

 「痛い痛いっ!? 急に何しやがる、やめろ! そんなんで抜けるかァ!」

 「抜けねぇなぁ……!」

 「やめろっつってんだろおい! 首が折れるわ!」

 

 あまりにも抜けないためパッと手が離される。反動を受けてガイモンが倒れ込んだ。

 どうにもコントのようなやり取りで、倒れた姿は痛そうに思え、シルクはなんと言っていいかわからず冷や汗を流す。これにはルフィの自由気ままさに驚いてガイモンに同情した。

 また転んでしまったガイモンは巧みに動いて横に転がり、仰向けになって叫ぶ。

 

 「起こしてくれぇ!」

 「なんでそこだけ偉そうなんだよ」

 「ルフィ、無理しちゃだめだよ。動きにくそうだし、とりあえず起こしてあげよう」

 

 シルクも駆けつけて二人で起こしてやり、再び会話できる環境が整う。

 二人は倒れた丸太を椅子にして座り、ガイモンはその前で相変わらずの姿だった。

 

 「まったく妙な奴らに出会ったもんだ。おまえら海賊だっつってたか?」

 「そうだ。海賊王になる男だぞ」

 「海賊王? そりゃおまえ、一つなぎの大秘宝を見つけた奴に与えられる称号だろう。もしかしてグランドラインを目指してんのか」

 「ああ。今は仲間集めてるんだ。まだ四人しかいねぇけどな」

 「そうか……海賊はいいな! 宝探しってやつは心が躍るもんだ!」

 

 ルフィの言葉を聞いてガイモンの笑顔が輝いた。

 彼も元は海賊。思い出すものがあったに違いない。

 気になったシルクはふと尋ねてみる。

 

 「ガイモンさんも、海賊が好きなんですね」

 「あぁそうさ。そうじゃなきゃ自分からなったりはしねぇだろ」

 「じゃあ……どうして二十年もこの島に居たんですか? 仲間は、戻ってこなかったんですか」

 

 聞いてはいけないことだろうと思った。しかし聞かずにはいられない。二十年も絶海の孤島に取り残され、たった一人で生きていくなどどれほど辛いのか。

 問われたガイモンは気を悪くした様子はなく、ただ少し目を伏せて答える。

 

 「あぁ、戻っては来なかった。きっと忘れちまったんだろう。おれはそんなに重要な役割を担ってたわけでもねぇし、仮に思い出してたとしても、戻ってくるほどじゃなかった。それだけだ」

 「そんな……それじゃ見捨てられたってことじゃないですか」

 「なんだそれ、ひでぇ話だな。おれそういう海賊は嫌いだ」

 「いいんだ。所詮、海賊なんてのは法を守れねぇクズども。目先の宝に目が眩んじまうことなんて日常茶飯事で、仲間の命よりてめぇの命を優先する奴だって少なくねぇ。そういう奴らほど長生きできんのさ。海賊として海の上で生きて行こうと思うならな」

 

 達観した表情で呟かれ、直後に溜息がつかれた。

 頭ではそう理解しているだろうが心でどう思っているかまではわからない。

 二十年、人と会わずに生活してきて、考える時間も多かっただろう。ひょっとしたらそれは自分を納得させるための言葉なのではないか。そう考え、表情を変えたシルクは視線を落とす。

 

 世の中、見ていて憧れるような格好いい海賊ばかりではない。

 最初からわかっていたことだが、やり切れない問題には心が痛み、複雑な気持ちを抱く。

 

 きっとルフィがその船に居たならばそんな事態にはならなかったのに。

 気付けば自然とそう思っていて、真剣な眼差しをガイモンに向ける彼に気付いた。

 複雑な心中は彼も同じらしい。普段では見られない表情だ。

 

 「でも二十年間一人も来なかったわけじゃないでしょう? 仲間じゃないにしても、私たちみたいにたまたま立ち寄った人とか。そういう人たちに助けてもらえばよかったんじゃ」

 「それにも理由がある。おまえら、この島の動物を見ただろう」

 「ああ。変わったにわとりとかだろ?」

 「ルフィ、あれは変わった狐だよ。多分……」

 「あと変わったうさぎ」

 「あれは変わった蛇」

 「まぁどっちでもいいさ。とにかくこの島の動物は珍しくて、島にやってくる連中なんてのは大概海賊か密猟者。あいつらを狩ろうとする奴らばかりだった」

 

 ガイモンは森を眺めながら言う。

 二人も気になってそちらを伺うと、草むらから顔を出す動物たちが彼らを見ている。

 攻撃の意思はない。ただ不思議そうにルフィやシルクを見ていて、中には草むらから飛び出て近付いて来る動物も居た。どれもこれも見た事がない変わった外見。だからといって恐怖感はなく、むしろ呑気な顔つきをしているせいか、可愛げがある。

 動物は警戒心を持たずに来て、虎模様の毛並みを持つリスがちょこんとガイモンの隣に座る。

 

 「二十年、こいつらといっしょに生活した。おれが腐らずに生きてこれたのはこいつらのおかげなんだ。だから乱獲なんざ許さねぇ。見世物にもさせねぇ。そんな奴らは全員森の裁きで追っ払ってやったのよ」

 「そっか。おっさんいい奴だな」

 「ピストルや弾はどうしたんですか? そう簡単に手に入る物じゃないでしょ」

 「なぁに、さっき使ったのはそいつらが落としてったもんさ。それまではこの島の物を使って罠や武器を作った。こんな姿だから殴ったり蹴ったりはできねぇ。身を潜めて罠にかけるんだ。それにその気になりゃこいつらも強ぇんだぜ」

 

 ガイモンがリスに目を向けると、慣れた挙動で宝箱を伝って髪の毛を掴み、天辺まで登る。

 ずいぶん懐いている様子だ。仲が良いと言ってもいいのだろうか。

 人と会えない孤独感はあっただろう。だが彼らの存在に支えられていたのは間違いなさそうだ。些細な姿にも信頼関係が見えるようで二人の表情が緩む。

 

 しかし不意にその場の雰囲気が変わる。

 ガイモンは多少目つきを変え、再び二人を見た時には真剣な顔で言った。

 

 「だがな、実は理由はそれだけじゃねぇ。もう一つ守ってるもんがある」

 「守ってるもん? なんだ?」

 

 ルフィが首をかしげた途端、ガイモンは笑みを浮かべた。

 

 「ここまで人間と話したのは二十年ぶりだ。おまえらに一つ、頼みたいことがある」

 「なんですか? 私たちにできることなら手伝いますよ」

 「箱から出して欲しいのか?」

 「いや、それとは別のことだ……歩きながら話す。ついてきてくれ」

 

 そう言うとガイモンは森の奥へ向かって歩き出した。

 二人もすぐに後へ続く。動物たちはついて来ないらしく、それぞれ気ままに過ごしている。アフロの上に乗ったリスも自ら軽々と飛び降りてどこかへ行ってしまった。

 

 広場を通り過ぎて木々の間から獣道へ入り、一気に視界が悪くなる。

 草むらに囲まれては本当にガイモンの姿を見失いそうだった。草と間違えそうになる緑色のアフロは、わずかに揺れているおかげで他と選別できるも、本気で隠れれば見つけられそうにない。森の番人を続けられた理由はここにあったのか。人の手がない島で髪を切ることもできず、伸び放題だった髪型が役に立ったのだろう。

 

 見失わないように気をつけながら後ろを歩いていく。

 顔は見えないもののガイモンの声は事情を説明しようとしていた。

 

 「おれがこいつに嵌っちまった時の話はしたな」

 「ああ。岩から落ちたんだろ?」

 「そうだ。だがそれには理由がある。おれはあの日見た光景を忘れられねぇ……」

 「何を見たんですか? 守ってたってことは、ひょっとして」

 

 見えなかっただろうがガイモンは頷いていた。

 シルクの問いに心なしか興奮しながら答えを返す。

 

 「あぁそうさ、おれは確かに見た。あの岩の上にはおれたちが探してた宝があったんだ。宝の地図を頼りにこの島へ来て、目的の物はずっとあそこにあった。何日も探して仲間たちは見つけられなかったがおれは見つけた。それから二十年、ずっとこの日のために守り続けてきたんだ」

 

 興奮した面持ちで語られる間、額に汗が浮かんでいた。島の気温のせいではない、ついにこの時が来たのだと実感しているからである。

 どれほどこの時を待っただろう。

 箱に嵌って岩壁を登れない自分に代わり、素直に宝を渡してくれる人物を待っていた。

 

 きっと彼らなら。そう思うが故に宝を手に入れた瞬間が待ち遠しく、歩む足も自然に速くなる。

 後ろから続く二人もガイモンの変化に気付いていて、よっぽど心待ちにしていたのだろうとやさしく微笑んで見守るかのようであった。

 

 「やっと、やっとおれの悲願が叶う。おれの宝探しは今日で終わるんだ」

 

 そう呟いた瞬間視界が開け、件の場所へ辿り着いた。

 前方、大きな一枚岩がある。たった一つで巨大なそれは確かに岩肌がつるりと登りにくく、尚且つ高さも相当で、普通は登ろうと考えることさえ億劫になる姿だ。

 岩の前に立ち止まり、掌でそっと触れてみたガイモンは神妙な面持ちで呟く。

 

 「ここに来るのもあの日以来だ。だが島に入ってここへ辿り着いた奴はいねぇ。宝はきっと、今もこの上で眠ってる……なぁ麦わら」

 「おう」

 「おまえゴム人間なんだろう。ここにある宝を取って来ちゃくれねぇか」

 「まかせろ!」

 

 笑顔で快く頷いたルフィは思い切り右腕を伸ばし、岩の天辺を掴んだ。

 引き寄せられて勢いよく飛び、高くジャンプしてあっという間にそこへ辿り着いてしまう。その光景にガイモンは喜び、小さな体で飛び跳ねて喜んだ。

 

 「おぉぉっ、すごいぞおまえ! ありがとう! まさかこんな日が来るなんて!」

 「ふふ、よかったねガイモンさん。ずっと守り続けてきたんだもの。その宝は誰が何と言ったってガイモンさんの物だよ」

 「そう言ってくれるか。ありがとう。おまえらには感謝してもし足りねぇ」

 

 シルクとガイモンの位置からはルフィの姿が見えず、宝箱の有無も確認できない。

 しばらくしてルフィが縁に立って姿が見えた。

 手には一つ、宝箱を持っていて、それがガイモンを歓喜させた。

 

 「あったぞ。宝箱五個」

 「おぉっ、それだ! 恩に着るよ、そいつを落としてくれ! あぁでもおれには当てるなよ! 当たったら死んじまうからな、ははっ!」

 

 ガイモンは喜々として手を伸ばした。けれどルフィは、笑顔で端的に返す。

 

 「いやだ」

 「えっ……?」

 

 呟いたのはシルクかガイモンかもわからない。

 ルフィの返答は明らかに想像と違っていて訳がわからなかった。

 驚愕し、言葉を失った二人はすぐには反応できず、しばしの無言を挟んで動き出す。咄嗟に口を開いたのはシルクだった。自身が信頼する船長を見つめ、必死の形相で声をかける。

 

 「な、なに言ってるのルフィ!? それはガイモンさんの物でしょ! こっちへ渡して! 私たちは手に入れなくたって困らないじゃない!」

 「いやだ。これは渡せねぇ」

 「どうしてそんなこと……! あなた、そんな海賊好きじゃないって――!」

 「もういい。もういいんだ」

 「ガイモンさん!? どうしてっ」

 

 音を上げるように呟いたのはガイモンが先だった。

 ルフィの目を見れば、渡す気がないのがわかる。それだけではなく他にも伝わることがある気がして。上手く言えないがいつの間にか胸が一杯になってしまう。

 動揺するシルクを尻目に、表情を変えて、じっとルフィの顔を見上げた。

 

 「麦わら……おまえは、いいやつだなぁ」

 「え……?」

 「うすうすな、もしかしたらって……気付いてたんだ。なるべく考えないようにしてたんだが。そうか、おまえがそう言うんなら、もう渡さなくてもいい」

 

 はらりと、涙がこぼれた。

 もはや上を向いていられなくなり、視線を下げたガイモンの目から大粒の涙が溢れ出す。

 

 「ないんだろう……? 中身が……」

 「えっ――?」

 

 宝箱を足元に置き、ルフィが胡坐を掻いて座った。

 シルクは真偽を問うため頭上を見上げるが、彼は静かに、頷いた。

 

 「うん……全部からっぽだ」

 「そんなっ。だって、ガイモンさんは二十年も守り続けて」

 「宝の地図が存在する財宝にはな、よくあることなんだ。はうっ……! ぐっ、地図を手に入れた時には、宝はすでに奪われた後だってことは……」

 

 涙はとめどなく溢れ出て、感情の制御が利かなくなる。

 ガイモンは手で顔を覆って涙を流し続けた。

 その胸に宿るのは喪失感か後悔か、窺い知ることはできない。

 

 彼の様子を見た後、シルクは再びルフィを見上げる。

 わざと渡さなかったのか。彼に何も入っていない宝箱を見せたくなくて、自分で気付かせようと敢えて拒んだのだろう。結果としてガイモンは最悪の結末を受け入れ、自ら答えを出した。

 そうだと気付いてもすっきりしない結果だが、不幸中の幸いなのかもしれない。

 

 何も言えなくなって苦心する。

 果たしてこんな終わりでいいのか。二十年の歳月の結末が、こんなにも切ない。

 

 理不尽を感じ、シルクもまた悲痛な面持ちで俯いてしまった。

 仕方がないことだとはわかっている。だからといって納得できない。

 そんな二人を見下ろして、鼻の辺りを指で擦ったルフィはからりと元気な声で笑った。

 

 「なっはっは! おっさん、残念だったな。残念だったけどしょうがねぇよ。こんだけバカ見ちまったんならさ、あとはもうワンピース見つけるしかねぇだろ」

 「ワンピースを……?」

 「おっさん、おれともう一回海賊やろう。一緒にグランドライン行って冒険しようぜ」

 「おまえ……こんなおれを、誘ってくれるのか」

 

 手の甲で涙を拭い、ガイモンは小さく呟く。

 

 「ありがとう……」

 

 救われはしなくとも、その一言で変わる物があったかもしれない。

 目元を拭ったシルクは微笑みを湛え、繰り返し礼を言うガイモンを見つめた。

 

 

 *

 

 

 「本当に来ねぇのか?」

 

 さっきの広場へ戻ってから、ガイモンは誘いに対する答えを出した。

 島に残る。それが彼の決定だ。

 二十年間守り続けた宝箱が空だった。確かにそれはショックではあって、今すぐ忘れられるものではないかもしれないが、他にも島には大切な物がある。常々共に生きてきた珍獣たちだ。彼らを守らなければならないと決めたらしい。

 晴れ晴れとした表情を見せる彼は一点の曇りもない笑みを浮かべていた。

 

 「ああ。まぁ残念だったがこれでケリがついたんだ。これで気にしなくていいんだとわかると気が楽になった。これからはあいつらのために生きるよ」

 「みんな仲良しですもんね」

 「おっさんも珍獣だからな」

 「違うわ!? ふざけんな!」

 

 気楽に笑い合って和やかな空気が流れていた。

 憑き物が落ちた様子。怒鳴る素振りを見せてもすぐにガイモンは笑う。

 彼らへの恩義を感じた。

 そのため友人だと感じる想いがあって、気を取り直して一つの提案をする。

 

 「おまえら、食料を獲りに来たんだろう? この島の動物を狩るのは許さねぇが、果物ならたくさんある。好きなだけ持ってってくれ」

 「いいのか?」

 「ガイモンさんも食べる物でしょ?」

 「いいんだ。そこら中にできるもんだし成長も早い。大量に持ってかれたってこっちは痛くも痒くもねぇのさ」

 「おっさんいい奴だなぁ。じゃあいっぱいもらってこうぜ」

 「二人にも手伝ってもらおっか。きっとさっきのビーチで休んでるから」

 

 シルクがそう言ったことでルフィが頷き、くるりと反転して歩き出す。

 自信満々な笑顔だったが慌ててシルクが手を伸ばした。

 

 「よし、じゃ呼びに行こう」

 「ちょっと待ってルフィ、そっちじゃないよ。二人が居るのはこっち」

 

 やはり目を離せない人物だ。放っておけばどこに辿り着いてしまうかわからない。

 結局はシルクの先導で歩き出し、三人揃って最初のビーチを目指す。

 道中も会話は止まらずにすっかり打ち解けた様子だった。

 

 「おっさん、ここの珍獣仲間にしてもいいか?」

 「やめときなよルフィ。キリに怒られるよ」

 「そうか? キリなら喜ぶと思うぞ」

 「おれァ動物が行きてぇって態度なら止めねぇけどよ、あんまりおすすめはしねぇな。ここの連中はマイペースな奴ばっかりだから言う事は聞かねぇぞ」

 「……うん、やっぱりやめといた方がいい気がする。ただでさえウチはマイペースな人ばっかりだもん。なんだか大変なことになりそう」

 「うーん、おもしれぇ奴ばっかりなのになぁ」

 

 自らはマイペースだと思っていないのか、ルフィは首をかしげるばかりだった。

 草むらを掻き分けて道なき道を進み、しばらく歩けば迷うことなく最初のビーチへ辿り着く。視界が開けると大海原が見え、それ以外の物も確認できた。

 

 島のすぐ傍に大きな帆船が停まっていた。明らかにさっきはなかった物。旗を見上げれば海賊であることを告げるジョリーロジャーが確認でき、少し遠めだが甲板には人の姿も多く確認できる。同時に、ビーチを見回そうともキリとゾロの姿は見られない。

 まさかと思うのは自然なことだった。

 

 「すんげぇ、海賊船じゃねぇか」

 「チッ、また密猟者か? 裁きが必要になりそうだな」

 「ねぇ、それより二人の姿が見えないんだけど……まさか」

 

 最初に呟いたのはシルクであって、三人の視線が一か所に集まる。

 まさかあの船に乗っているんじゃないだろうか。現状最もあり得る話だと思えて、裏切るつもりもないだろうが、あの二人なら何かしでかすのではないかと予想できる。

 ちょっと目を離した隙に何をするかわからないのはルフィだけではないらしい。

 わずかに苦悩してシルクが溜息をついた。

 

 「ルフィ、どうする? 二人ともあそこにいるんじゃないかな」

 「なんかおもしろそうだな。おれたちも行こうぜ。おっさんも来るだろ?」

 「あ? いやおれは――」

 「後で帰ってくりゃいいじゃねぇか。とにかく行こう」

 

 そう言うとルフィは何やら森の方向へ小走りで近寄るも、ちょうどその時にはシルクがガイモンへ話しかけていて、二人は彼から目を離してしまった。

 

 「ちょっとだけいいでしょ、ガイモンさん。長く島から出てないんだったら久しぶりに冒険しましょうよ。これが最後かもしれないし」

 「う、うむ……まぁ、そう言われりゃ確かに」

 「って、あれ? ルフィはどこに……」

 

 傍に姿が見えなくなったと気付いたシルクが首を振った時だ。

 ルフィは両腕を伸ばしてそれぞれ別の木を掴み、自らを発射する準備を整える。

 がさがさと草木が揺れれば当然気付いて、ゴムの体でそうしていれば何をしようと考えているかはすぐわかる。ガイモンは疑問符を浮かべていたようだが、シルクは慌てて両手を伸ばした。

 

 「ゴムゴムのォ――」

 「ちょ、ちょっと待ってルフィ! そんなことしなくても船出せばいいじゃない! 流石にそれは危険過ぎるんじゃ――!」

 「ロケットォ!」

 

 ゴムの反動を利用して勢いよく撃ち出されたルフィは、二人の間を通る一瞬、シルクの腰に腕を回して、ガイモンの宝箱を掴んで、勢いを殺すことなく海へ向かって飛び出した。

 強烈な風を感じて空を飛んでいるのだと感じる一瞬。

 かつてない感覚にシルクとガイモンは悲鳴を発し、ルフィだけは楽しそうに笑っていた。

 

 「きゃあああっ!?」

 「うぉおおおっ――!」

 「しっしっし!」

 

 三者三様、それぞれ違った表情で強い風に包まれる。

 幸か不幸かルフィの狙いは正確で、軌道上には未知なる帆船があった。

 果たして望んだことだったか、三人は猛烈な勢いでその甲板へ落ちたのである。

 


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