ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

223 / 305
それぞれの航路へ

 ブルースクエアに接近してくる船団がある。

 集まった海賊を一斉に駆逐しようと集った三十隻以上の軍艦だ。

 海軍の部隊としては異例のこの数、それだけ多くの海賊がトレジャーバトル大会に参加していただけでなく、中には億越えの海賊もちらほらと混じっている。決して油断のできない相手だと判断した結果、海軍本部は遊撃隊の協力を仰いでいたのだ。

 

 率いるは先頭の軍艦に乗り込む“黒檻のヒナ”。

 彼女は真剣に島を見つめ、集結している船の数を見ても動じなかった。

 

 「ヒナ嬢! 海賊船が無数に集まってまぁす!」

 「砲撃しますかぁ!」

 「だめよ。市民に被害を与えては海軍本部の信用に関わるわ」

 「げげっ!? そりゃそうだ!」

 「おいおい、海賊気分はそろそろやめとけよ! 踊るか!」

 「もちろんだ!」

 「邪魔よあなたたち。不服だわ。ヒナ不服」

 

 騒がしいジャンゴとフルボディを適当にあしらい、徐々に島へ近付いていく。

 ここから先は激しい戦闘も予想される。気が抜けない一時だった。

 

 「アパパパパパッ!」

 

 その船団が見えた時、或いは大会の運営者が慌てて報告した時、アプーは笑っていた。

 自分の船のメインマストに座っていた彼はひらりと甲板へ降りて、楽しそうに笑みを浮かべながら仲間たちへ指示を出す。当然戦う気などない。考えるのは逃走の一手だ。

 

 「やっぱりこうなりやがった! 面白ェもんが見れたしもう用はねぇ! 船を出すぞ!」

 「せ、船長、まさか最初からこうなるのがわかってたのか……?」

 「だから出航準備しとけって言ってたんだな」

 「わからねぇでこんな大会出るかよ。急げよお前ら! 囲まれたら逃げらんねぇぞ!」

 

 一番先に島を離れたのはアプーが率いるオンエア海賊団だった。彼らはこうなることを予想して事前に出航準備を終えていたため、誰よりも早く逃げ出した。

 当然他の海賊も逃げることを考える。

 しかし呑気に町中で酒を飲んでいた者は多く、パニックは避けられないものだった。

 

 この状況を憂い、悔しく思っているのは他ならぬハッタリーだろう。

 大会のために様々なツテを当たり、周到に準備をして、わざわざ海軍とも取引をした。だが結果を見れば彼らは約束を守らず海賊討伐に乗り出した。

 

 彼が元々海賊が好きだったこともある。

 マイクを通す声は感情を隠さず、海軍に聞こえてもいいと海賊たちへ向けられた。

 

 《くそっ、こんなの聞いてねーっつーの……!? とにかく海賊諸君! 君たちがこのまま町に居れば全員牢屋行きだ! はっきり言っておれもそれは本意ではない! トレジャーバトル大会が途中で無理やり中断されるのは癪だが、ここは急いで逃げてくれ!》

 

 ハッタリーは焦った声で絶叫し始め、その声を聞く余裕もなくすでに人々は駆け出している。

 海軍に見つかってはならない者は全員だ。

 大パニックに陥った町中では大勢の人が波となって走り出して、悲鳴や怒声がいくつも重なり、これまでになく騒がしい様相となっていた。

 

 当然港に居た彼らにも動揺は伝わっていた。

 麦わらの一味とアーロン一味も周囲と同じく慌てて自分の船へ乗り込み、出航の準備を急ぐ。

 作業の傍ら、何やら怒り狂っている様子のナミは指示を出しながらも叫んでいた。

 

 「ちょっと! せっかく決着ついたのにこのタイミングで乱入って何よ! せめてもうちょっと待ってくれれば賞品もらえたのに……!」

 「しょうがねぇだろ、相手はこっちの都合なんて知らねぇんだし」

 「捕まるくらいなら賞品は諦めるしかない。気持ちはわかるけど急ごう、ナミさん」

 「私のお金はどうしてくれんのよー!」

 「お金ってなんだお前!? 賞品はアラバスタのエターナルポースのはずだろうが!」

 

 ナミの怒りもウソップの絶叫も人々の声にかき消され、落ち着いている暇など一秒もない。海軍はすでに島から見える位置に迫っていた。

 常夏島に居た彼らも例外ではないはずだが、不思議とそう慌てていない。

 ルフィは楽しそうに船団を眺め、キリもさほど慌てず冷静にルフィの背でだらけている。

 慌てるのはビビとカルーばかりで、エースも興味なさげに見るのみだ。

 

 「おほぉ~。すげぇいっぱい来たなぁ」

 「億越えもいっぱい居るみたいだからね。何よりエースが居るし」

 「エースはすげぇんだな。エースが居るだけであんなに来んのか」

 「そりゃもう、あれでも足りない可能性もあるくらいだから」

 「ちょっと二人とも、落ち着いてる場合じゃないでしょう!?」

 「クエーッ!?」

 「あ、そういえばそうだね」

 「じゃあ逃げるか」

 

 ようやく彼らも駆け出して、出場者用の船へ飛び乗る。

 準備を終えて待っていたスタッフが彼らを急かし、乗った瞬間に船が出た。ブルースクエアとその周囲を移動する用で速度は十分。数多の船が動き出す港へ向かう。

 

 中でもクルーが港に居たためゴーイングメリー号は早くに沖を目指していた。

 二番船であるタコ焼き8も加えて、アーロン一味の船と共に向かってくるそちらへ急ぎ、横付けすると四人とカルーは飛び移る。

 

 「お前ら急げぇ~! 海軍が来るぞォ!」

 「ルフィ、キリ、傷見せてくれ! おれが治療する!」

 「おう! 頼んだチョッパー!」

 「あ、そうだ。おーいアーロン。これから一緒に行動するから、勝手に離れないようにね」

 「そんなことよりキリ! 私のお金は!?」

 「だからお前の金はそもそもねぇって!」

 

 ドタバタと騒がしい甲板を眺めてエースは嬉しそうに笑う。

 ルフィの仲間は気のいい連中ばかりだ。

 多少騒がしく落ち着きがない気もするが、それもまた海賊らしく楽しい気分になる。

 しばし一人で航海することが多かったエースは久々の空気に気を良くしていた。

 

 「おれの船お前らに預けといてよかった。普通海賊がこんだけ集まれば海軍は動くよな」

 「あっ!? そういやエース、サボは!? おれあとで会えると思ってたのに!」

 「ん? そういやそうだな。まぁどっかで会えるだろ」

 「ルフィ、あんまり動かないでくれ。包帯巻けないから」

 

 甲板に座ったルフィの怪我をチョッパーが治療してやり、傍にはキリが転がされていた。

 その状態で騒ぎ始めたためにいち早くシルクが辺りを見回し、そして気になる船を見つける。

 

 「ねぇルフィ、前方にある船、あれがそうじゃない?」

 「ほんとか!? サボ居るのか!」

 「おいルフィ~!? まだ治療終わってないぞ!」

 

 見るからに我慢できない様子でルフィが船首の上へと移動した。あまりにも素早く、後方ではチョッパーが怒っていたが、今や彼には聞こえていない。

 確かにメリー号の前方、一隻の船がある。

 ルフィの目には後部に立っている男の姿が見え、チョッパーが怒っている声はようやく聞こえるようになったがそれでも反応できず、笑顔で大きく手を振った。

 

 「おぉ~い! サボぉ~!」

 「ル~フィ~! まず治療だ! お前いっぱい怪我してるんだぞ!」

 

 前方にある船でサボが手を振り返している。

 彼らより先に逃げ出していたのはこの事態が予測できたからだろう。

 同じ船に、少し離れてコアラが乗船しているのが見える。すでに仮面とローブを脱ぎ去って可愛らしい素顔を露わにしていた。しかし、幾分緊張した面持ちである。

 彼女の目線はアーロン一味の船にこそ向けられていたのだ。

 

 メリー号がエース専用の小さな船を引っ張り、四隻がほぼ並んで島を離れる。

 迅速な行動の結果、海軍と戦うことなくブルースクエアから脱出することができたようだ。

 

 

 *

 

 

 ログにも従わずブルースクエアを離れて、安全だと判断した位置で三隻は静止していた。

 急いだのが理由か、無視できない疲労感があり、試合に参加していなかった者までわずかだがぐったりしている。それ以上にぐったりしているキリが居るため目立たなかったが、船上は普段より少し重々しい空気が漂っていただろう。

 

 大きな理由に賞品をもらう暇がなかったからというものがある。

 あのまま海軍の乱入がなければ、間違いなく賞品を受け取ることができていた。仮にアラバスタへのエターナルポースが用意できずとも何かしらを手に入れることはできたはずだ。

 

 少なからず気落ちした雰囲気がある。

 階段に腰掛けたビビの傍にシルクが立ち、彼女と話をしていた。

 

 「残念だったね。せっかく決勝まで残ったのに」

 「ええ……だけどいいの。学ぶことは多かったし、それに、楽しかったから」

 

 ビビはさほど落ち込んでいないようだった。柔らかに微笑んで純粋な感情を表している。祖国を心配する気持ちがあるだろうに、それをおくびにも出さない。

 シルクは微笑み、彼女も強くなったのだと思う。

 そんな彼女らへサンジがコーヒーを運んできて恭しく手渡した。

 

 「そうそう、落ち込んでいてもしょうがないしな。また別の方法を考えればいいさ。コーヒーをどうぞ、レディたち」

 「ありがとう、サンジさん」

 「ありがとう」

 「お安い御用です。さぁ、ナミさんもどうぞ」

 「全ッ然良くないわ」

 

 ナミはまだふつふつと沸き上がる怒りを感じていたらしい。

 素直にサンジからコーヒーは受け取ったが、やはり気にせずにはいられなかったようだ。

 

 「あんだけ色々やらせておいて賞品は無しなんてムカつくじゃないっ。やっぱり運営側から取るもの取っとくべきだったかしら……」

 「おい、やめとけ。バレたら大事になるとこだろそれ」

 

 呆れた顔でウソップがせんべいを齧りながら言う。

 隣にはチョッパーとカルーが座り、同じくせんべいを齧りつつ、いまだに動けないキリにも時折食べさせてやっているらしい。

 海軍から逃れた今、徐々にだが普段の様子を取り戻しつつあった。

 

 「しかしエターナルポースが手に入らなかったのは痛かったよなぁ。これからどうするよ」

 「またどっか探すしかないねぇ」

 「つーかキリ、また来たぞ」

 「何が?」

 「あなた!」

 

 空から降ってきた影がズダンッと着地し、瞬く間にキリの下へ駆け寄る。

 やってきたのはベビー5であり、空にはバッファローが浮かんでいた。

 

 「肝心な時に役に立てなくてごめんなさい! 大丈夫だった!? あぁっ、こんなにぐったりしているわ! 私が居なかったがばっかりに!」

 「いや、こいついつもこんなんだから」

 「しっかりしてあなた! まだ式もあげてないのよ!」

 「キリが式かぁ……想像できねぇな」

 「キリは結婚するのか?」

 「いやしねぇだろ。こいつが真面目に旦那やると思うか?」

 「思わねぇ」

 「君らボクがここに居るってわかってる?」

 

 すぐ傍で好き勝手なことを言うウソップとチョッパーにキリが声をかけるも、びしょ濡れで倒れたままではさほど相手にもしてもらえず。

 仰向けに倒れる彼をベビー5が心配そうに覗き込んで目に涙すら溜めていた。

 

 「あー全然大丈夫だったよ。心配いらないから」

 「そうなの? うぅ、役に立ちたかったのに……」

 「それはそうと、これからどうする気?」

 「もちろんあなたと一緒に居るわ」

 「仲間のところに帰った方がいいんじゃないかなぁ」

 「ええっ!?」

 

 何気ない言葉だったのだが彼女にとっては衝撃的で、見るからに狼狽し始めていた。

 

 「ど、どうしてそんなこと言うの!? ひょっとして私は役立たず!? 私はもういらない!?」

 「いやいや、そういうわけじゃないけどさ」

 「ならどうしてっ!?」

 「んー……」

 

 キリは、まだ体に力が入らない状態だったが、必死に右腕を持ち上げようとした。

 ベビー5がすぐその手を握ったこともあり、彼女の頬へ触れる。

 

 「君には、仲間が居るんでしょ?」

 「ええ」

 「ちゃんと会っておいた方がいい。何が起こるかわからないから、大事にしないとね」

 

 まるで子供に言い聞かせるような、優しい声色で。

 手に触れて目を見ていたベビー5は当然として、周囲で聞いていた仲間たちも言葉を失い、彼の笑顔を見つめて複雑な気持ちになった。

 

 前の仲間にはもう会えない。

 後悔を感じさせる一言に、ベビー5は抗う術を持っていなかった。

 

 「ね?」

 「……わかったわ。だけどこれだけは覚えていて。仲間と同じか、それ以上に、私はあなたのことを大事な人だと思っているの」

 「うん。十分伝わってるよ。ありがとう」

 

 ベビー5が抱きしめるように彼の手を握り、次いで動けない彼に覆いかぶさった。

 影が重なったことで周囲からあっと声が発せられる。

 時間にして一秒足らず。ベビー5はパッと離れ、今度は笑顔で立ち上がった。

 

 「行くわよバッファロー! ドレスローザに戻るわ!」

 「ふぅ~やっとかぁ」

 「また会いに来るわね! あなた!」

 

 バッファローの背に飛び乗り、大きく手を振りながらベビー5が去っていく。キリは辛うじて動かせた右手を小さく振りながら笑顔で見送った。

 その際、凄まじく強い視線を感じて。

 目を光らせて睨んでくるサンジに怯えつつ、あくまでも彼女には笑みだけを見せる。

 

 「キリ……こいつ、なんて羨ましいことを……!」

 「ウソップ、ボク仲間に殺されそう」

 「自業自得じゃねぇかなぁ。おれに言われてもどうにもできん」

 

 困惑した顔のウソップに見捨てられ、キリは諦めの境地で目を閉じる。

 どうやら不貞寝でも始めるつもりようだ。

 

 一方、先程から静かなルフィは、メリー号の前部において兄弟との会話に集中していた。

 エース、サボと集まり、三人で会うのは十年以上経ってから初めてのこと。

 ルフィは心底嬉しそうで、その笑顔を見る兄二人は呆れながらも楽しげにしている。

 

 「サボはこれからどうすんだ?」

 「革命軍に残るよ。命を助けてもらった恩もあるし、今じゃあそこがおれの居場所だ」

 「そっかー」

 「悪いな。でも海賊にならなくてもお前らと兄弟なのは変わんねぇよ」

 「ししし。当たり前だ」

 

 話す時間は多くなくとも、彼らはすでに兄弟の顔に戻っていた。

 

 「おれたちもそろそろ行かなきゃいけない。まだ任務も終わってないからな」

 「え~? もう行っちまうのかよ」

 「お前もアラバスタに用があるんだろ? ずっと一緒にはいられねぇよ」

 「うーん、確かに……」

 「だからこれを持ってきた」

 

 そう言ってサボは二人に一本の酒瓶と三つの小さな盃を見せた。

 それぞれに手渡し、酒を注いでいく。

 

 「物は違うが、まぁ代わりだ」

 「こうすんのも何年振りだ?」

 「しっしっし、懐かしいなぁ」

 

 酒を注いで盃を持ち、三人が互いに胸の前へ掲げる。

 ルフィは心底嬉しそうに、エースもまた上機嫌な様子だ。

 サボが二人の顔を見て言葉を紡ぐ。

 

 「昔みたいに一緒ってわけにはいかねぇ。だからもう一度この盃に誓おうぜ」

 

 三人揃って盃を掲げて、互いに顔を見合わせる。

 

 「この先どこで何をやろうとも、おれたちは兄弟だ!」

 「おう!」

 

 ガチャン、と盃をぶつけて、ぐいっと一気に中身を飲み干した。

 誓いは再び立てられた。もう二度と忘れることはない。

 再びこうして向き合えたことに深く感謝し、喜びを噛みしめ、サボは二人へ笑顔を見せた。そうすると彼の船からコアラの声が聞こえてきた。

 

 「サボくーん! そろそろ出航するよー!」

 「ああ、わかった。それじゃ二人とも、気をつけてな」

 「何言ってんだ。今となっちゃお前が一番心配なんだよ」

 「ししし。サボも気ぃつけてな」

 

 笑顔で見送る二人に対し、サボはルフィの頭を帽子の上から強く撫で、振り返る。

 甲板に居るルフィの仲間たちへ向き合った。

 行くのだろうと思っていた彼らもサボを見ていて、自然と彼に向き合う。

 

 「ルフィのこと、よろしく頼む」

 

 頭を下げた後、ゴーグルを装着した帽子を被る。

 サボは自身の船へと飛び移り、それとほぼ同時に出航する。

 

 「サボォ~! またなぁ~!」

 

 ルフィが大きく手を振っている。サボも答えて手を振り返していた。

 その時、甲板に居るコアラは複雑そうな顔をしていたようだ。何かに思い悩む様子を見せ、いつもならば気付くだろうサボはルフィにかかりきりで気付いていない。

 ずっと前から悩み続けていて、そしてついに、彼女は決意した。

 欄干から身を乗り出し、メリー号ではなくアーロン一味の船へ向けて大声を出す。

 

 「アーロンさん! はっちゃん! みんなァ!」

 「アァ?」

 「ニュ?」

 「私、元気だよ! また会おうね!」

 

 溌剌とした声を発する少女を見ても誰だかわからず、皆がぽかんとする。

 しかしはっちゃんがびくりと肩を揺らした。

 

 「ニュアっ!? あの声、あの顔、まさか……!」

 

 はっちゃんが振り返った時には仲間たちも気付いていて、思わず声を揃えて叫んだ。

 

 「コアラかァ!?」

 

 驚愕の絶叫が辺りへ響き渡る。

 その声はコアラ本人にも届いて、彼女は笑顔で手を振っていた。

 慌てて欄干へ魚人たちが駆けつけるものの、彼女が乗る船は徐々に遠ざかり、悠長に話しているような時間もない。とにかく手を振って大声で叫び出した。

 

 彼らがそうしている一方、エースも決意する。

 軽い動作で欄干の上へ飛び乗り、ロープで引っ張る自身の小舟を確認した。

 

 「それじゃ、おれも行くか」

 

 アーロン一味が騒ぐ中、ルフィが彼に振り返り、麦わらの一味も彼に目を向ける。

 欄干の上でしゃがんだエースは彼らへ頭を下げた。

 

 「お前ら、こいつの世話は大変だろ? 昔から手のかかる奴だったんだ」

 「いや、まったく」

 「しっしっし」

 「できのわりぃ弟を持つと兄貴は心配なんだ」

 

 エースは驚くほど優しい顔で笑っていた。

 サボに再会したことが大きく関係していたいのかもしれない。

 ルフィが選んだ仲間たちに対して、笑顔で告げる。

 

 「これからもこいつにゃ手ェ焼くだろうが、よろしく頼むよ」

 

 サボにしても、エースにしても、本当にルフィを心配していることがわかる。しかも笑顔で彼を見送る上に礼儀正しいのだ。

 その姿は仲間たちにとってかなり衝撃的だったのだろう。

 エースが自身の船、ストライカーに降りた後も、彼らの動揺はしばし静まらなかった。

 

 「嘘よ……ルフィのお兄さんが、あんなに礼儀正しいなんて」

 「ルフィに輪をかけた身勝手野郎じゃなかったな……」

 「意外と、って言うのは悪いけど、普通に常識ある人だったし」

 「弟想いのいい奴だっ」

 「兄弟って素晴らしいんだな……」

 「わかんねぇもんだ。海って不思議だな」

 「ちょ、ちょっとみんな」

 

 口々に好き勝手言う仲間たちには目もくれず、ルフィは欄干から身を乗り出してエースの出航を見送ろうしている。彼の船、ストライカーはメラメラの実の火を原動力としており、エース以外には乗りこなせない代物であって、帆船よりもよほどスピードが出る。

 それをわずかに動かしてルフィの前へ移動してから、エースは弟の顔を見上げた。

 

 「ルフィ、今度会う時は海賊の高みだ」

 「おう!」

 「負けんなよ」

 

 別れ際はあっさりしたものだった。

 足先から火を発して船を動かしたエースは振り返らずに去っていく。

 ルフィはそんな彼にも手を振って見送っていた。

 

 「エース~! またなぁ~!」

 「はぁ……とにかく」

 

 エースが去ったことで、甲板にはいつものメンバーのみ。

 見回したナミが改めて現状を伝える。

 

 「また振り出しに戻ったってわけね」

 

 アラバスタへのエターナルポースは手に入らなかった。これではまだ決戦の地に向かうことができないため、再びエターナルポースを手に入れる手段を探さなければならない。

 また重苦しい空気が戻ったように思う。

 

 会話が停滞しかけた時、密かに匍匐前進でメインマストの根元へ到達したキリが口を開いた。

 マストを背に座って皆を見やり、ふーっと息を吐きながら呑気に言う。

 

 「まぁ、また別の方法を考えるしかないさ」

 「そうね……とりあえずさっきの町で溜まったログがあるし、ひとまずここに――」

 「おい、なんか近付いてくるぞ」

 

 海に目を向けたゾロが言う。

 確かにやたらと速いモーターボートがメリー号目指して接近してくる。エースではない。小型だが見たことのない形の船で、凄い勢いで接近してくるのだ。

 慌てたウソップが騒ぎ出して、彼の言葉を真に受けたチョッパーも慌て始めた。

 

 「敵襲ゥゥゥーッ!? 誰だァ、海軍か!? それとも海賊か!? 砲撃準備だ野郎どもォー!」

 「えぇえええっ!? 敵が来たのかぁぁっ!?」

 「バカ、落ち着け。ありゃ違う」

 「え?」

 

 サンジが冷静に言ったことで二人はすぐに落ち着いた。

 ボートはメリー号の隣へ横付けして止まる。

 そこに居たのはハッタリーだった。

 

 「よっ」

 「お、ハッタリさん」

 「なんだハッタリさんか」

 「なんか用か、ハッタリさん」

 「君ら言っとくけどハッタリーだからね、おれの名前」

 

 呆れた顔で言うものの敵意らしきものはない。そこまで気にしていないのだろう。

 

 「ほら」

 「え?」

 

 ぽんと投げられた物をビビが受け取る。

 それは、“アラバスタ”と書かれたエターナルポースであった。

 思わずビビは目を大きくして驚いてしまい、覗き込んで気付いたナミやシルクも同じで、そう時を置かずに他の面子も気付く。

 欲しかった賞品がここまで運ばれてきたのだ。

 

 「あ、あのっ、これ!」

 「いい試合だった。それにどっちが優勝してもそれが欲しかったんだろ?」

 「どうして……」

 「なぁに、おれも新聞記者の端くれ。アラバスタの王女と内乱の話を聞いてれば予想はできる」

 

 唐突な展開に皆が呆然としていた。

 そこに背後からキリのくしゃみが聞こえて、ルフィが振り返る。

 

 「お? 大丈夫かキリ」

 「んー、大丈夫」

 

 水に濡れて放置されたままだったので冷えたのかもしれない。

 キリが鼻を啜った時、仲間たちはまだハッタリーとの会話に夢中だった。

 

 「おれは前から海賊が好きだった。それに今回の大会ではあんたたちのファンになったよ。優勝賞品であると同時にこれはおれからのお礼だ。持って行ってくれ」

 「ハッタリさん……ありがとう」

 「そうか、真面目な顔して王女様からもその呼び方か」

 

 名前の呼び方には多少の意見もあるものの、愛称だと思うことに決めたらしい。

 ハッタリーは笑顔で言う。

 

 「これからもあんたたちのことを応援してるぜ! 頑張ってくれよな!」

 「ありがとうハッタリさん! あんたいい人だなぁ!」

 「いい人だぁ、ハッタリさん!」

 「OK。もうその呼び方も慣れてきた。ところで紙使いくんだけ顔が見えないんだが……」

 「ああ、キリなら水に濡れたからダメになってんだ。そこに居るぞ」

 「いや、それならいいんだ。ずいぶん弱ってたから大丈夫だったのか心配になっただけで」

 

 言うだけ言って、ハッタリーは再びエンジンをかける。モーターボートなど島から島への移動には適していない。給油が大変なだけでなく悪天候に耐え切れないからだ。おまけにグランドラインは様々な天候が襲うためいつ転覆するかもわからない。

 用事が済んだらすぐに帰る必要があるのだろう。

 彼らに向けて最高の笑顔を見せ、ボートは発進した。

 

 「それじゃあ、武運を祈る! これからもどんどん活躍してくれ!」

 「おう!」

 「はっはっはっはっは! 見てろよハッタリさん! キャプテン・ウソップの名は今に世界中に轟くからなぁ! おれの活躍にびびんなよ!」

 

 ハッタリーもまた去っていった。

 残ったのは三隻の船。

 並ぶのはイーストブルー以来になる一味の本船と傘下の船だ。

 

 メリー号の甲板でビビは、アラバスタへのエターナルポースを大事そうに握り締める。

 ついに時が来たということだ。

 

 仲間たちも理解している。その島へ行くということは、戦いが始まるということ。決して避けては通れない強者との決闘だ。

 麦わらの一味とバロックワークス。一国を巻き込んだ戦争と言ってもいい。

 緊張するビビを見つめ、イガラムは静かに問いかける。

 

 「ビビ様。あの日の問いを、今一度確かめさせてください」

 「ええ……」

 「死なない覚悟は、おありですか?」

 

 何とも重い一言。

 勝利を誓う言葉ではなく、生きる覚悟を問う言葉。

 ビビとイガラムは、カルーを連れて、とんでもない覚悟で闘ってきたのだろう。今、待ち望んだとも言うべきその時が近付いている。

 目を閉じて深く息を吸って後、目を開いたビビは決意した顔で頷いた。

 

 「もちろん。必ず、アラバスタを救うわ」

 「それなら何も言うことはありません……私はあなたに付き従います」

 

 彼女たちはすでに準備ができている。怖がりであるはずのカルーも目の色を変えていた。

 その決意が伝染し、メリー号には緊迫した、しかし勇気に奮い立つ雰囲気が溢れる。

 そんな一瞬、再びキリがくしゃみをした。

 

 「へっくし!」

 「お前、こんないいタイミングでなぜくしゃみを……」

 「どうしたキリ? 大丈夫か?」

 「んー、風邪ひいたかも」

 「しかもこのタイミングで風邪ってお前」

 「おれが診てやるぞ。風邪だってすぐ治してやるからな」

 

 マストにもたれて座っていたキリの下へチョッパーが駆けてくる。

 彼に微笑んで礼を言い、不意に空を見上げた。

 

 「さて、いよいよか……」

 

 小さな呟きは、不思議そうに首を傾げたチョッパーにしか聞こえなかったようだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。