ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーバトル 決勝戦

 《ついに! トレジャーバトル決勝戦~!》

 

 町全体が震えるほどの歓声があった。

 いよいよ大会の最後を締めくくる一戦。エースとサボの戦いを見た後では果たして見応えのある試合になるのかという不安もあるが、観客は楽しみにしている様子である。

 すでに常夏島には選手が揃い、開戦の時を待っていた。

 

 《勝つのは抜群のチームワークで大会を引っ張ってきたルフィ&ビビペアか!》

 

 紹介を受ける間、ルフィはじっと前だけを見て動かない。

 いつにも増して真剣な顔にビビは戸惑いを隠せないようだった。

 

 《それとも、人気ナンバーワンの男が率いるエース&キリペアか!》

 

 キリも今ばかりは笑みを消して、真剣な眼差しをルフィへ向ける。

 治療を終えて包帯を巻き、腕組みをしたエースはそんな彼らを見守るべく、動く気を見せない。

 

 《誰もが注目する最後の一戦! 泣いても笑ってもこれが最後だ! 準備はいいかァ!》

 

 盛り上がる声を聞きながら港でモニターを眺めていた麦わらの一味は落ち着いていた。

 一時はどうなることかと思ったが、結果だけ見ればどちらのチームも仲間であり、優勝はもはや間違いないもの。試合を見る目も穏やかである。

 

 なぜルフィがサボに抱き着いて泣いていたのかはまだわかっていないものの、後で会った時にでも説明してもらえばいい。なんにしても優勝はいただきだ。

 ウソップやナミ、シルクやチョッパーも、安堵した顔でモニターを見ている。

 それとは対照的に厳しい顔をしていたのはゾロとサンジだ。

 

 「いよーし、これでとにかくエターナルポースは手に入るな。いよいよアラバスタか……」

 「ここで余計な力使ってる場合でもないしね。問題は次なんだから。適当に試合終わらせて、さっさとアラバスタに向かいましょう。ビビのためにも」

 「うん。ビビ、心配してたもんね」

 「それじゃあルフィたちは戦わないのか?」

 「そりゃ少しは戦うでしょうけど、本命はここじゃないでしょ。そこまで本気には――」

 「それはどうだろうな」

 

 ナミの言葉を遮るようにしてゾロが口を開いた。

 自然と腕組みをして眉間に皺を寄せる彼に注目が集められる。

 

 「あいつらが適当に終わらせると思うか?」

 「だって、アラバスタに行くのはビビのためでもあるけど、キリのためでもあるのよ? ここで無駄な体力使うくらいなら次に備えた方がいいじゃない」

 「ナミさん、今回ばかりはおれもこのマリモと同意見なんだ。あそこにキリが居るからこそ素直に終わらせるとは思えねぇ」

 

 サンジまでゾロに同意したことで彼女たちは言葉を失くす。

 珍しいことだ。しかしそれだけ意見を曲げられないという事態なのだろう。

 まさか本気で戦うのか。

 不思議に想った面々は顔を見合わせ、再びモニターを熱心に眺める。

 

 《それでは参りましょう! 決勝戦、Ready~……GO!!》

 

 そうこうしている内に試合が始まってしまった。

 観客の熱狂を裏切るように、歩き出したのは二人だけ。

 宝箱が置かれた中央の台座を目指してルフィとキリが歩いていく。そのため観客は首を傾げた。

 

 急いで走る訳でもない。落ち着いて歩を進めている。

 戦う気がないかのようにも見えてしまった。

 

 台座の上に飛び乗り、二人が対峙する。宝箱を挟んで立ち、どちらも真剣な顔つきで、視線がぶつかると少し笑みを浮かべた。

 思えば、こうして向かい合うのは初めてだろう。

 手加減無しで戦うと決めているルフィとキリはその意思を微塵も揺らがせなかった。

 

 「じゃ、やろうか」

 「おう。手加減なんかすんなよ」

 「もちろん」

 

 どちらもあっさりした挨拶を終えて身構えた。

 やはり彼らしか動かない。この時になるとハッタリーや観客も気付き始めて、反応は総じて期待外れと伝えたがる声ばかりだった。

 求めていたのはエースの活躍であって、ここまでさほど活躍していないキリではない。

 本人には届かなかったが町中には彼らを糾弾する声が溢れ出した。

 

 《おっと、ルフィ選手とキリ選手、まさか準決勝二回戦を見習って一対一の決闘か!? 他の二人が動く様子はない! どうやら一味の船長と副船長で決着をつける気のようだ!》

 「ふざけんなァ! 紙野郎に何ができるってんだ!」

 「エースを出せェ!」

 「引っ込めガキどもォ! お呼びじゃねぇんだ!」

 

 観客の野次は届かず、届いていたとしても二人は相手にしなかっただろう。

 キリが静かに目を閉じた。

 体から力を抜き、思考が変わって、すぐに意識が切り替わっていく。

 

 何が変わったという訳でもないというのに、見ただけでも雰囲気の変化は感じられた。

 ルフィは笑みを消して真剣な顔を見せる。

 

 (今持ってる紙はそう多くない……大したことはできないな。だけど)

 

 それでいいと判断して、キリが目を開ける。

 彼の体の至る所から小さな紙片が出てきて宙を舞った。

 

 キリが武器とする紙はあらゆる場所へ携帯されている。服の下に仕込んだ専用のホルスターが数個に加えて、紙でできている体に直接貼り付けていたりもする。

 それらを周囲にばら撒いて、それら全てが彼の支配下にあった。

 

 バサバサと音を立てて空中を動き、手の中で両刃の剣となる。

 両手に紙の剣を持ち、硬化させ、ゴム人間にも通用する武器を手にした。

 すでにキリは目つきを変えている。いくら仲間同士だからとはいえ、八百長のような試合をして終わるつもりはない。やるのならばどちらが勝つかだ。

 ルフィもそれを了承していて、ぐっと拳を構えた。

 

 手にした剣以外の紙は地面に落ち、唐突にキリがそこでわずかとはいえジャンプする。

 高さ自体は大したことない。しかし気になったのはその軽さだ。ふわりと落下する様は本来の人間の動きにはあり得ないもので、重力に従いながらも軽さを感じる。

 キリは準備をするように何度か跳び、ふわり、ふわりと上昇と落下を繰り返した。

 

 《こ、これは!? まるで舞を舞うかのようにキリ選手がジャンプしている! 一体これから何が始められるのか! あの状態で戦うのかァ!?》

 

 数度繰り返した後、音もなく着地して、突如動き出す。

 キリは真っ直ぐ駆け出し、宝箱を飛び越え、風を切ってルフィの眼前へ到達する。

 両腕を横へ伸ばした状態だった。そのまま勢いよく体を回転させる。まるで独楽のように回りながら剣を振るうため、その脅威はルフィが驚くほどであった。

 咄嗟の判断でルフィが後ろへ跳び、台座から降りる。

 ルフィが砂浜に着地するとキリも追って、台座の高さを利用して上から襲い掛かった。

 

 キリの強みは速さでもなければ優れた筋力でもない。圧倒的な“軽さ”である。紙の体はそもそもが普通の人間より体重が軽く、さらに彼は紙を操作する能力を得た。

 体を紙にさえ変えればそれさえも操作が可能。

 皮膚や筋肉、内臓に至るまで、紙に変えればさらに軽くなることは難しくなかった。

 

 しかしそれは人体が本来持つ機能を阻害してしまう行動で、長時間使えば体にとって害になる。

 言わば諸刃の剣であった。

 

 それでもキリが自身の体を軽くし、速さに拘ったのは、他ならぬルフィに勝つためだ。

 普段より体重を軽くした彼は、一度地面を蹴るだけで凄まじい速度を誇って遠くまで進む。動きは直線的とはいえルフィが驚くのも無理はない。

 

 体を回転させて振るう剣を避けるため、ルフィはその場でしゃがんで頭を下げた。頭上を紙の剣が通り過ぎていき、しかしすぐにもう一本が頭を狙って襲ってくる。

 今度は即座に跳び上がる。

 逃れるようにキリとの距離を離したものの、間を置かずに彼も跳んで後を追う。今ならその気になればルフィより高く跳べる。当然剣が振るわれて攻撃がやってきて、ルフィは空中で苦しげに姿勢を変えて回避しなければならなかった。

 

 「ゴムゴムの――!」

 

 確かに速いがルフィとて戦闘は数多経験しており、攻撃を見切れない訳ではない。

 紙一重で辛うじて避け、必死に反撃の隙を窺う。

 その頃には互いに落下の最中で、先に落ち始めたルフィが地面に背中を向け、頭上を取ったキリを見上げながら腕を伸ばす状況となった。

 

 「ガトリング!」

 

 両腕を素早く伸ばして素早いパンチを放った。

 そこまで攻撃が当たらなかったのは、お互いについてよく知っているからという理由もあったのだろう。ルフィがキリの攻撃を掻い潜ったようにキリもルフィの攻撃では驚かない。

 

 正面から顔面に拳が迫った時、キリの顔が厚さを失い、ひらりと紙の状態になった。拳は極端に薄くなった顔の傍を通り抜けて腕が伸びきる。

 その直後にキリの全身が紙になって迫る攻撃の隙間を潜り抜けた。

 狙ったところで紙を殴ることは難しく、またキリが意思を持って空中を動くため当たらない。

 

 結局、どちらも一撃も受けずに地面へ落ちた。

 先に着地したルフィが後ろへ跳んでバック宙のようにぐるぐる回り、直後にキリが着地する。

 

 すでにキリが元の姿に戻っているため今なら当てられる。

 ルフィは即座に駆け出した。

 直接戦ったことがないとはいえ如何なる能力、如何なる戦法を用いるのかはそれぞれが理解しているのだ。それだけにこの勝負は決して簡単には終わらない。

 少なくともルフィの直感はそう判断していたことだろう。

 

 「ゴムゴムの!」

 

 考える前に行動するのはルフィの良い部分でもあったが、そのせいか気付かなかったらしい。

 常に全力で戦うルフィとは異なり、キリはこれまで本気で戦ったことなど数えるほど。

 その分、ルフィがキリの戦闘を見た時間より、キリがルフィを見ていた時間の方が長い。

 些細とはいえその違いは確かにあったはずだった。

 

 キリはいつしか真剣な顔で一切の笑みを消している。

 ルフィが左足を強く踏み込み、右足を振り上げていて、行動の全てを観察しようとしていた。

 

 「鞭!」

 

 伸びる足が大きく弧を描きながら迫ってくる。キリは敢えて前に走り、蹴りが自身に接触しようとした一瞬、がくんと転ぶように頭の位置が低くなった。

 足先を残して、足首から腰までが紙に変化していた。

 一見無理やりとも思える行動によってルフィの蹴りは空振りする。彼の攻撃を潜って避けたキリはぐっと足先に力を込め、自らを撃ち出すように前へ跳んだ。

 

 能力を使って体まで改造したキリは軽く、速い。真っ直ぐ飛ぶとぐるりと回転する。

 まるで大きな銃弾が飛んでくるようだった。

 流石に驚いたルフィは伸ばした右脚を引き戻している最中で、残った左足で辛うじて跳ぶ。かなり無理な避け方だったがギリギリで触れずに済んだようだ。

 

 ルフィは肩から砂浜を転がり、キリは剣を持ったまま両手で地面に触れ、宙返りをする。

 どちらもすぐに立ち上がって正面から対峙した。

 相変わらず言葉はなく、全力で攻撃を行う。

 

 「フーッ、ハッ……」

 「んん~!」

 

 キリが目線を落として深呼吸を繰り返し、今度はルフィが駆け出した。

 単純なスピードはキリの方が速いかもしれない。しかし本能的に動くルフィは直感と視覚で彼の動きを見切り、上手く躱すことに成功している。

 逆にキリはルフィを見続けた結果から行動を予想、回避を行う。

 

 二人は対極の性質にあった。

 ルフィが経験や常識に左右されず本能で動くのならば、キリは経験と情報を基に思考で動く。

 対極に位置する二人の戦いは、しかし実力が拮抗しているため先の展開がまるで読めなかった。

 

 ルフィは手足を伸ばすことをやめていた。キリは的確に攻撃を見極めて回避するため、不用意に伸びれば体が伸びきった瞬間を狙われると気付いたからだ。現在キリが手にする武器は斬撃に特化しており、彼がその気なら腕を切り落とされても文句は言えない。

 故にルフィが選んだのは超接近戦。

 伸びる必要もなく手足が相手へ届く距離。それだけ危険性も高いが確実だと思ったのだろう。

 

 その距離は両手に剣を持つキリにとっても望むところだ。

 だがこの時、キリは敢えて後ろへ跳んで逃げた。彼の呼吸を乱そうと考えたらしい。

 

 敢えて追うのか、それとも体を伸ばすのか。

 考える暇もなくルフィは前へ走った。

 あくまでも狙うのは接近戦であり、それ以外の選択肢を一瞬の判断で捨てたようだ。この迷いの無さこそがルフィの恐ろしいところで、キリが警戒していた部分でもある。

 

 いくつか可能性のある選択肢を考えていたが、ルフィが選んだのはキリが最もあり得そうだと思っていた行動。つまり迎撃の準備はできている。

 キリは右腕を振って剣でルフィの頭部を狙った。

 即座にルフィが頭を下げて避け、さらに一歩を踏み出す。拳はすでに握られていた。

 それを振るわれるとまずいことは知っている。右腕を振り抜く勢いを使い、キリの左手が肩口から袈裟切りにルフィを狙って、堪らずルフィは横へ跳んだ。

 

 赤いシャツを切り裂いて、その下にある素肌にも届き、わずかだが刀傷が刻まれる。

 出血は少量。とはいえ初めて届いた瞬間でもある。

 この機を逃すつもりはなく、キリが思い切って前へ出る。

 

 「フーッ、ハァ……」

 「くそぉ、こんにゃろっ!」

 

 思う通りに進まないのか、ルフィが悔しげに迎撃の構えを取った。

 キリが両腕を振り、剣で攻撃を繰り返す。可能な限りルフィの反撃が届かないだろう間合いを意識しつつ、できれば自分だけが攻撃できる距離を保ち続けた。

 ルフィは必死に避け続けるしかない。

 後退しても前進してもキリは距離感を変えない。非常に苦しい一瞬だった。

 

 「んんがァ! ゴムゴムのォ!」

 

 無理やりにでも状況を変えるためか、ルフィが空を目掛けて足を伸ばす。

 頭上からの一撃。受ければ無傷とはいかない。

 流石にまずいと感じてキリが後ろへ跳んで、その後でルフィの足が降ってきた。

 

 「斧ッ!」

 

 ドンッ、と強く砂浜を踏みつけて、素早く逃げたキリには舞い上がった砂さえも当たらない。

 やっと一息つける距離ができた。ルフィは改めて駆け出す。

 接近戦になればまた先程と同じ削り合いだ。

 キリはルフィを牽制するように左手を振るい、剣先をぴたりと止めて彼の顔に向ける。

 

 何かする気だと察したルフィが足を止めようとした時、音もなく、手が離されると剣が撃ち出されるように飛来してきた。回転まで加えてまるで銃弾だ。

 今度こそルフィは目を剥いて驚愕して、大きく体を動かして避ける。

 

 「うわっ!?」

 

 姿勢が崩れた一瞬、キリがその隙を衝くべく足を動かしかけ、やめた。

 妙な行動に気付きながらルフィが攻撃のため走り出す。

 

 「フーッ……流石に苦しいか」

 「おおおおっ! ゴムゴムの――!」

 「指揮紙」

 

 拳を振りかぶって駆けてくるルフィを標的に、先程飛ばした剣が背後から襲い掛かる。

 剣の形ではなく、一度バラバラになって、まるで背後から両手でするように彼の口と鼻を塞いでしまった。突然の行動で呼吸ができなくなり、ルフィは足を止めて驚愕する。

 そうなれば今度はキリが攻撃する番だ。

 見るからに動揺したルフィを仕留めるべく、右手の剣を思い切り振り上げる。

 

 ゴムの体で刃を受け止めるのは無理。ならばとルフィは全力で地面を蹴る。

 逃げるため勢いよく右側へ跳んで、苦しいのか、両手で口元を掻いて着地もままならない。

 肩から滑るように地面に落ちて、ルフィはジタバタと転がった。

 

 呼吸ができない。混乱も手伝って普段以上にすぐ息が切れて苦しくなる。そのまま耐えることなど不可能な話で、一刻も早く張り付いた紙を取らなければならない。しかし隙間なく張り付いた上に硬化までされてしまったそれは手で引っ掻いても剥がせそうになかった。

 顔の下半分を覆われ、呼吸ができないルフィは焦る一方である。

 

 対照的にキリは深く息を吐いて能力の使用を一部中断した。

 肉体の変化を取りやめ、通常の状態に戻したようだ。これによって肉体への負荷が無くなり、少なくとも先程よりは体が楽になる。

 窒息を待つ気もない。今こそ攻め時なのだ。

 右手にある紙の剣を握り直して、キリは素早くルフィへと接近する。

 

 彼もそれに気付いたのだろう。

 倒れたまま苦しんでいたが唐突に飛び起きて、考えもせず地面を蹴った。

 

 今度はキリが驚いて足を止める。

 ルフィが逃げたのは波打ち際であり、浅瀬とはいえ自ら海へ頭から飛び込んだ。全身が海水で濡れると顔に張り付いた紙も剥がれ落ちて、口元が露わになって必死に呼吸を開始する。

 

 「ぶはぁっ!? はぁー、危ねぇ! 死ぬかと思った!」

 

 波打ち際でぺたんと尻をついて座って、焦った表情で何度も深呼吸を繰り返す。

 一時的にとはいえ戦闘が中断され、キリはくすりと笑った。

 ハッタリーが反応できたのはその時になってからである。

 

 《す、すっ、すごい戦いだぁぁぁっ!? エース選手とMr.S選手のような派手さはないが! 彼らもまた明らかに常人の域を逸脱しており! これこそまさに決勝戦に相応しい戦いだろう! 両者全くの互角で勝負を進めているため、どちらが勝つかわからないっ!》

 

 驚いたのか、静まり返っていた町中も彼の一言で爆発するように歓声を発する。

 もはや彼らを野次る声などない。誰もがその戦いに魅入られていて、エースとサボのような派手さこそないとはいえ、静かな激闘に見惚れ、褒める言葉はいくら出しても足りないほど。

 ブルースクエアは再び揺れるほどの騒がしさを取り戻していた。

 

 一方でキリは笑みを浮かべたまま動かない。

 静寂を楽しむかのように攻撃をやめ、座り込んだルフィを眺めて口を開く。

 

 「やっぱりわかるか。昨日今日の付き合いじゃないもんね」

 「しっしっし。キリは水に濡れるとダメになるもんな。危ねぇから風呂も一人で入るなって言われてるくらいだし、何回もダメになったとこ見たことあるからよ」

 「うーん、そうなんだよねぇ。それさえなんとかできればもっと強くなれるんだけど」

 「なんとかできねぇのか?」

 「頑張ってはみたんだけどね。まだ実ってないって感じ」

 「そっか。まぁでも、おかげで助かった」

 

 ルフィが平然と立ち上がる。

 頭から飛び込んだため全身が濡れており、それはキリに対抗する手段となるだろう。

 二人ともすでに理解できていて、ここから戦況が変わりそうだった。

 

 「うし。こんだけ濡れてりゃキリも困るだろ。こっからだぞ」

 「そうみたいだね。じゃあスタイルを変えようかな」

 「ん?」

 「濡れて困るなら近付かなければいいだけさ」

 

 そう言ってキリは後方へ跳んで台座の上へと戻っていった。

 軽い動作でふわりと着地し、地面にばら撒いていた紙を全て回収する。そして宙に浮かす端から次々に異なる攻撃を生み出していた。

 

 「指揮紙“三獣奏(さんじゅうそう)”」

 

 キリの周囲に生み出されたのは三体の紙傀儡だった。

 全て紙製。右側に狼、左側に大蛇、頭上には鳥。全て彼の意思によって従う、意思を持たない傀儡人形。しかしその動きは限りなく本物に近い。

 紙を全て使った訳でもなく、残りはキリの周囲でふわふわと浮遊していた。

 

 ルフィは興味を持ったと言わんばかりの表情で目を大きくする。

 怖がる様子もなく、さほど疲労も感じさせずにキリへ話しかけていた。

 凄まじい緊張状態での攻防を終えて尚平然としている。微笑みの下、キリはそのスタミナこそ厄介だと判断していた。

 この戦い、やはり楽には終わらなそうだ。

 

 「すんげぇ~。やっぱりキリの能力は便利だなぁ~」

 「そりゃ鍛えてるもん。その代わり弱点もあるし」

 「んん、それもそうだ」

 

 髪から水を滴らせながら、ルフィが膝を曲げる。

 いよいよ再開の時か。キリは一切油断せずに彼を見つめていた。

 

 「うし、行くぞ!」

 「いつでもどうぞ」

 

 ルフィが勢いよく駆け出したことをきっかけに、キリが人差し指を伸ばして両腕を振るった。

 まるで指揮者のように大きく振って、その動きに従う傀儡が動き出す。

 右前方から狼が、左側面から大蛇が接近し、頭上から鳥が攻撃の機を窺う。

 走りながらもルフィはそれら一つ一つに対処していった。

 

 「おりゃ!」

 

 最も早く接近してきた狼を蹴り飛ばし、力に負けてか、その体はバラバラになる。

 次いで大蛇も首を伸ばして、鋭い牙を見せるが、素早く回転するルフィは顔を蹴りつけ、攻撃を受ける前に大蛇をもバラバラにしてしまう。

 

 攻撃を受けた二体がただの紙に戻って砂浜にばら撒かれた。

 キリは慌てず、右腕を強く振り下ろす。

 

 頭上から狙っていた鳥が嘴を尖らせて落下してくる。気付いて見上げたルフィはその鳥に向き合って足を止めようとした。

 その瞬間に鳥が自ら体をバラけさせる。

 空から紙が降り注ぎ、ルフィはしばしぽかんとした顔を見せた。

 

 何もキリがミスをしたという話ではない。彼は最初からそれを狙っていた。

 ルフィを中心に四方八方へ無数の紙片がある。

 キリは素早く腕を振るい、指先で以て操作する。

 

 「紙砂嵐(かみずなあらし)

 

 大量の紙が巻き上げられる。それらは螺旋を描いて高く舞い上がり、群れを成して動くために強い風が起こり、まるで竜巻のようにルフィの体を包み込む。

 困惑するルフィの体が突如切り裂かれた。

 周囲を旋回している紙は硬化されているらしく、触れれば斬られる。だが逃げ出そうにも高速で飛び回るそれらを避ける手立てはない。彼は捕まってしまっていた。

 

 気配に気付いた時、頭上を見上げた。

 竜巻であれば中心部は少なからず風の影響も受けず、空洞のようになっている。

 その部分へ、空に通じる部分からキリが飛び込んできて、長い槍を構えて落下してきた。

 

 周囲にあるのも頭上から来るのも鋭利な刃。ゴムの体を傷つける。逃げ場はない。

 その時ルフィは直感的な判断に従い、決意を込めて行動に出た。

 

 「ゴムゴムのォ――!」

 

 選ぶべきは回避ではなく反撃。彼も強く地面へ蹴って空へ跳び上がった。

 空から降ってくるキリと正面からぶつかろうというのである。

 キリは全く驚かず、冷静な顔で彼と向き合う。

 

 「ライフルッ!」

 

 捻じった腕が回転して放たれた。

 それを見たキリは事前に準備ができていたかのように、長い槍をバラして瞬時に盾へ作り変え、自身の姿を隠すほど大きなそれを素早く構える。当然ルフィの拳は硬化された盾に激突し、水に濡れていたおかげか一瞬の抵抗を感じた後に貫いた。

 

 キリまで届くか、と気になったが、その時キリは全身を紙の状態に変えており、ぺラリと盾の横をすり抜けてルフィの眼前に躍り出て、すぐに元の厚みを取り戻す。

 必要だったのは防御するための盾ではなく、姿を隠す壁だったのだ。

 

 キリの蹴りがルフィの体を捉え、勢いよく吹き飛ばす。

 彼の体は刃となった紙片が飛び交う嵐を抜けて、全身を切り裂かれながら外へ押し出された。

 

 確かに閉鎖された世界から逃げることはできたが、その代償として、浅いとはいえ全身に切り傷を負い、吹き飛ばされる間も血液が辺りへ撒き散らされる。

 ルフィの体は地面に激突してボールのように跳ねた。

 覚悟を決めて見守っていたビビも口を開かずにはいられず、思わず叫んでしまう。

 

 「ぐあっ、いてぇ……!?」

 「ルフィさんっ!」

 《あっ、あぁ~っと!? ルフィ選手全身から血を流しているぞ! 仲間同士とはいえなんて容赦のない攻撃! どうやら我々はキリ選手を見くびり過ぎていたようだ!》

 

 ルフィを逃がしてすぐ紙片の群れによる嵐は止まった。

 雪のように空から舞い降り、その中の数枚が空中に浮遊して、キリが足を乗せて立っている。

 本来ならば一枚で人の体重を支えるなど難しいことだが、紙人間である彼だけは特別だ。

 

 「ボクが食べたのはペラペラの実。本来の能力は体を紙に変えること。今はそれに加えて、紙の“硬化”と“浮遊”と“操作”が使える」

 

 彼の体は、奇妙であった。

 浮遊させたそう大きくはない一枚の紙片に左足を乗せて立ち、右足と左腕が紙のようにペラペラになっていて、人差し指を伸ばした右手を振るえば周囲の紙が生き物のように動く。

 顔に笑みはない。真剣とも、冷淡とも言える表情でルフィを見ていた。

 

 「人為的に“覚醒”へ至る実験としてクロコダイルに鍛えられた」

 

 周囲にある紙は彼の意思に従う。それが彼の能力。

 ビロード海賊団であった頃には持ち得なかったものだった。

 

 「本気で行くよ」

 

 そう言って、キリは目の色を変えて冷たくルフィを見つめた。

 




 結構前の感想で「キリは覚醒しかかっているのではないか」と指摘を受けました。
 そういえばそうかもなぁと思いまして、しばらくしてからこの展開を思いつきました。

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