ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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波打ち際の一時

 穏やかな波の音を聞きながら、砂浜で寝転ぶゾロは考えていた。

 

 妙な事になったものだ。

 野望を果たそうと村を出たというのにひょんなことから海軍に捕まり、目をつけられた相手が厄介な奴で、気付けば今は海賊。こんな予定ではなかったと改めて思う。最終的に海賊となることを決めたのは自分だが、よくよく考えればやはり妙な事態だろう。

 

 仲間となった彼らもずいぶん厄介だと思う。

 ルフィは人の話を聞かない性質で、良く言えば自由、悪く言えばわがまま。

 シルクはマシな部類だ。だが時折抜けている部分を目にするし、意外に猪突猛進な一面もある。

 

 そして何より厄介なのが残る一人である。

 出会ってすぐから今の今まで、ゾロにとっては天敵にも等しい男、副船長のキリ。

 緩い表情で何を考えているのか読み取れず、冷静なのかと思いきや案外何も考えていなくて、何も考えていないのかと捉えれば意外にも色々見えている。まだ短い付き合いでしかないが漠然とした人となりは見えていた。その上で面倒臭い人間だと考える。

 

 ゾロと同じくルフィにはついていかなかった彼は、今は波打ち際で海に触れている。

 裸足になって足首までを海水に浸し、波の動きを見つめて微笑む。

 

 ずいぶん気持ちよさそうだった。カナヅチになってしまう能力者は本来海辺に近付かないものだと考えていたのに、彼はそうではない。むしろ喜々として海水に触れている。

 足を持ち上げて水を飛ばし、幼子か女子のように遊ぶ。

 

 長く海賊をやっていたという話は聞いた。そうは見えない外見にしばし目を奪われる。

 あまりにも無防備な姿に心配してしまったのか、気付けばゾロは声をかけていた。

 

 「あんまり奥に行っちまうと溺れるぞ。力入らねぇんだろ」

 「大丈夫だよ。気を張ってればちょっとは耐えられるから」

 「どうかしてるぜ。こんな時に気ぃ張ってまで入りてぇと思うとはな」

 「その分いつも気を抜いてるから大丈夫。疲れたりしないよ」

 「それはそれで問題だろうが。威張って言うことじゃねぇよ」

 

 怒られている様子なのにくすくす笑うばかり。果たして反省しているのだろうか。

 定かではないものの彼を見てみれば少し様子が違うことに気付く。

 声色や表情はそのままでも雰囲気は違って見えた。儚げとでも言うべきか、普段とは違った力の抜け方をしている。少なくとも昨日今日の姿とは違う。

 一度話し始めれば戸惑いはなく、ゾロはさらに彼へ声をかける。

 

 「なぁ。なんでおまえはあいつについて行こうと思ったんだ」

 「ん?」

 「ルフィのことだよ。腕は立つようだし、航海術も持って頭も回る。別におまえが船長になっててもおかしくはねぇはずだ。なんであいつの下についた?」

 

 寝転がったままで視線が合って、考え始めると彼は空を見上げる。

 なぜ、と言われれば答えははっきりしている。

 ただ何から説明すればいいかと頭を悩ませ、再び目を合わせて答えた。

 

 「別に下についたって考えでもないんだけどね。仲間って認識の方が強いから」

 「質問に答えてねぇぞ」

 「面白い話じゃないよ。ルフィに誘われたからまた海賊やろうって決めた。それまで自分で立ち上げようなんて考えはさらさらなかったんだ」

 「一度海賊やめた理由は」

 「続けられなくなったから。仲間が全員死んじゃったからね」

 

 あっさり告げられたものだ。表情こそ変わらないもののゾロは多少の驚きを抱く。

 ふと見せる大人びた表情はそういった経験からか。

 不思議とそれ以上聞かず、彼もまたあっさり頷いた。

 

 「そうか」

 「うん。でもルフィはしつこいからね」

 「ああ、それは同意するな。初めておまえに同情できそうだ」

 「初めて?」

 「初めてだ」

 

 また肩を揺らしてくすくす笑う。キリはおどけるように少し水を蹴った。

 光を受けて輝く水がどこか幻想的に見える。

 

 辺りは静まり返っていた。

 耳に入ってくるのは波の音と、キリが遊んだ水の音だけ。どこからでも聞こえてきそうなルフィの声は遠く聞こえず、森は風で揺らされる小さな葉の音のみを運んでいた。

 

 海軍基地で大暴れした光景が遠い日に思えた。

 つい先日の出来事が遠く思えるほど穏やかな時間。

 時折なぜこんなことをしているのだろうとも思うが、悪い気分ではない。

 目を閉じることもなく、しばし黙っていたゾロへ今度はキリが声をかける。

 

 「ゾロはさ、世界一の大剣豪になりたいんだっけ」

 「なりたいんじゃねぇ。なるんだ」

 「どうして?」

 「あぁ?」

 「理由が気になってさ。それだけの野望を持つなら相当の理由があるんでしょ」

 「……まぁな」

 

 ゾロが渋い顔をする。

 そちらを見ていれば表情の変化はわかった。

 

 「だが言いたくねぇな」

 「あれ? そうなっちゃう?」

 「どうでもいい話だ。おれは誓いを立てて、世界一の大剣豪になると決めた……たとえ途中でのたれ死のうが、どんな敵が立ちはだかろうが、諦めるつもりはねぇ」

 「なるほど。お強い人みたいで安心しました」

 「心配すんな。仲間になった以上、おまえらに迷惑かけるつもりはねぇよ」

 「有難い心がけだね。ルフィに見習って欲しいところだ」

 

 視線を外して足元を見つつ、ゆっくり歩くと水面に波紋が生まれる。

 穏やかな波を眺めながらキリが呟いた。

 

 「でもあんまり気負い過ぎない方がいいよ。ゾロはルフィを見習ってもいいかもね」

 「あ? どういう意味だ、そりゃ」

 「ウチの船に乗ってればわかるよ。必然的にルフィと関わるわけだし」

 

 尋ねたところではっきりした答えは返ってこない。ゾロは自然と厳しい表情になった。

 

 「肩肘張っててもいいことないよ。ボクら自由な海賊だ。もっと気楽に構えて笑ったら?」

 「別に笑うようなことがねぇだろ」

 「理由はなくたって笑えるって。ルフィもシルクもそうじゃないか」

 「能天気なあいつらと一緒にするな。ついでにおまえともな」

 「大体ゾロは顔が怖いからさ。子供が見たら泣くよ、絶対」

 「うるせぇ。生まれつきだ」

 「脇とかくすぐったら目つき変わる?」

 「ちょっとでも触れたらぶった切るぞ」

 

 相変わらずの態度である。

 雰囲気が変わっていても吐き出す言葉はそのままで、楽しげに笑う表情はあどけない。

 盛大に溜息をつき、不思議と寝れる気分ではなくなったゾロは起き上がってその場に座った。足を投げ出して体のどこにも力を入れず、なぜともなくキリの背中を見つめる。

 

 そうして不意に思い出した。

 シェルズタウンでモーガンとの決闘。あの姿を。

 常人とは思えぬ軽いステップ、見事な跳躍力。紙を様々な武器に見立ててあらゆる戦法を用いた奇妙な戦い方。あれを見た途端にキリへの印象が変わった。ただのんきなだけの人間ではなく明らかな強者だと。一度手合わせしてみたいと思ったのだ。

 

 おそらく世界一の大剣豪が居るだろう海、グランドラインを航海した海賊を相手に、果たして自分の腕はどれほど通用するのか。自分の現在地を知っておきたい。

 そう考えたゾロは傍らに置いていた刀を持って立ち上がり、腰に提げる。

 何気なく自身も波打ち際まで歩み寄った。

 

 「勝負しねぇか」

 「は?」

 「おまえも剣の心得はあると見た。だったら試しておきてぇ。今のおれはどれほどのもんか。グランドラインを見てきたおまえに勝てるかどうか」

 

 イーストブルーが東西南北の名を冠する海で最弱の海と呼ばれていることは知っている。

 様々な海賊を相手にし、賞金稼ぎとして生活したが、苦戦したことは一度もない。

 そろそろ窮地を感じるほどの戦いを経験したいと思っていた。気付けばゾロは好戦的な笑みを見せて鞘に手を置いており、うずうずしている様子が伝わってくる。

 それを見たキリは目をぱちくりさせ、さほど慌てずに端的に告げた。

 

 「いやだ」

 「なにぃ?」

 「仲間同士で決闘なんて、厄介だからやめた方がいいんじゃない? 遺恨が残ったら大変だ」

 「怪我させたりはしねぇよ。ちょっと手合わせするだけだ」

 「それにめんどくさいし」

 「それが本音か」

 

 腕を下ろして鞘から手を離し、ゾロは疲れた表情を見せた。

 ちょっと真面目に話せば疲れてしまう。そんな相手だ。

 

 今まで出会ったことのないタイプの性格である。

 のらりくらりと身軽に逃げて掴ませない。しかも嫌な理由が面倒なだけだとは力が抜ける。

 キリはもう少し深い場所へ赴き、足から伝わる冷たさに気分を良くしつつ、ゾロへ振り返った。

 

 「最強を目指すのはわかるけど急ぎ過ぎても意味ないよ。グランドラインの実力は実際入ってから確かめればいい。それにボクだってあの海の敗北者だ」

 「その能力を持ってるのにか。相当な腕だと見たが」

 「諸々事情があって修行したからね。ルフィに出会わなかったら無駄になるとこだったけど」

 「負けた時よりマシってことか」

 「負けたというか、まぁ、戦わせてもらえなかったんだけどね」

 

 彼の言葉に意味がわからず、小首をかしげる。

 ゾロが真意を尋ねようとした時、キリの目は彼を通り過ぎてその背後へ向かっていた。

 

 「そりゃどういう意味――」

 「あ。ゾロ、あれ」

 「ん?」

 

 振り返ってみた方向、森の切れ目を越えてトコトコ歩いて来る動物が居る。

 野生の豚なのだろうが、ただ一点奇妙な部分があった。

 まるでライオンを思わせる鬣が生えていたのである。

 見た目は豚。鬣だけはライオン。そんな珍獣を見たキリが思わず呟いた。

 

 「変わったライオンだ」

 「いや豚だろ。どう見ても」

 「でも鬣があるよ。あれがあったらライオンじゃない?」

 「それ以外の部分が豚っぽいじゃねぇか。どっちを優先するかなら豚だ」

 「ううむ、自然と議論させる珍妙な姿とは、なんて奴。珍しい動物も居たもんだ」

 「そもそも議論の必要もなく豚だろ、こいつは」

 

 呑気に話していると奇妙な豚はゾロの傍を通り過ぎ、何の危機感もなく海へと入っていく。

 どうやら水浴びに来たようで気持ちよさそうに海水に浸かっていた。

 

 キリとの距離感もそう遠くない。

 どうやら人間に対する恐怖や危機感はないらしく、気になったキリは触れ合おうかと考える。元々動物が好きな性質だ。これほど変わった動物に出会って無視をするというのも忍びない。

 ゆっくりと豚へ向かって歩き出す。

 

 「おい、気をつけろよ」

 「大丈夫だって。危険そうには見えないし」

 「ライオンだって言ったのはおまえじゃねぇか」

 「ライオンが相手でも近付くよ、ボクは」

 「自慢することじゃねぇ」

 

 水を掻き分けて歩き、なぜか足元がふらついている。やはり能力者に水は天敵なのか、陸を歩いている時とは明らかに様子が違っていた。

 口出ししないもののゾロは眉間に皺を寄せ始める。

 そもそもなぜ能力者が海に浸かりたがる。わざわざ死にに行くようなものだ。

 心配するように見守っていれば、案の定何かに躓いた彼はぐらりと体勢を崩した。

 

 「あっ」

 

 バシャンと一際大きな音。

 盛大に水しぶきを上げて転んだキリは海中へ姿を消し、浅瀬だというのに全身が水の中へ浸かってしまった。時間を置かず途端にもがき始める。

 見ていたゾロは頭を抱えて溜息をつき、まだその状況に気付いていない。

 

 「ったく、何やってやがんだ。だから言っただろ、不用意に近付くなって」

 

 厳しい目でゾロは彼を見ていた。

 じたばたともがいて時折海面へ手足が出るも、どうも弱々しい。それだけ浅かったのなら地面に足がつく訳で、能力者でも立ち上がれるだろうに、一向に起き上がってくる気配がない。

 

 いよいよとおかしいと感じ始める。

 ふざけているようには見えない。むしろ今にも死にかけているかのような。

 ついには力が抜けていく腕が海面の下へ消えてしまい、動かなくなって、血相を変えたゾロは何も考えずに走り出していた。

 

 「バカ野郎ッ、何やってんだ!」

 

 荒々しく水を蹴り飛ばして彼の所まで駆けつけ、すぐに水の下の体を見つける。

 うつ伏せの状態で全く力が入っていなかった。本当に死んでしまったかのようにも見える。

 慌てて首根っこを掴み、片手で持ち上げて胸までを海水から引っ張り出した。

 勢いよく水を跳ね飛ばし、やっと空気に触れたキリは即座に思い切り空気を吸い、九死に一生を得た模様。必死に吸う姿はふざけている訳ではなく本当に死にかけたらしい。

 

 「――ぶはっ!? ハッ、ハッ……!」

 「おまえ何考えてんだ!? 本気で死ぬ気か、バカ野郎!」

 

 何度も咳き込むもののやはり全身から力が抜けたままで、立ち上がれる状態ではない。

 多少海水を飲んだのか、苦しそうな顔に変わっていた。

 

 呼吸が落ち着く前にキリは返事をするため口を開こうとするのだが、呼吸が荒くて上手くいかないようで。ただなぜか、その時にはまたわずかながら笑みを浮かべようとしていて、いまだ彼を理解しきれないゾロは歯を剥き出しにする。

 

 なぜ笑えるのか。たった今自分が死にかけたところだ。

 しかも強敵と戦った訳ではない。ただの不注意、事故で死にかけただけのこと。

 これで本当に死んでいたらルフィはきっと許さないだろうし、シルクは涙するだろう。この状態でなぜ彼は笑おうとしているのか。

 意味がわからず、表情は厳しくなる一方だった。

 

 「ゲホッ。いやぁ、ちょっと……水が苦手なもんで。力が、入らなくてさ」

 「あぁ? カナヅチでもここで立つことくらいできるだろ」

 「普通の能力者より、水に弱いんだ……エホッ。ボク、紙人間だからさ。全身が紙だから、雨とか真水とかでも、ちょっと濡れただけで力が入らなくなっちゃって」

 「おまえ、それを知ってて自分から水に近付いたのか? バカだろ」

 

 意外な弱点だった。

 戦闘での強さを自分の目で見て知っていただけに驚愕する。しかしそれよりも驚くのは彼の危機管理能力の無さだ。自分の弱点を知りながら、敢えて海水に触れて遊ぶなど、気がどうかしているとしか思えない。自殺志願者なら理解もできるが彼はそうではないのだ。

 

 右手で彼の首根っこを掴んだまま、左手は自然な動きで頭を抱える。

 

 これは、ルフィより厄介かもしれない。

 助けなければきっと死んでいた。そう考えるだけに彼の思考が読めない。

 呆れる声は責める口調でキリの耳へ届いた。

 

 「どうかしてやがるぜ。こんな惨めな死に方聞いたこともねぇ」

 「あはは……でも助けてくれたじゃん」

 「あ?」

 「ボクだって、一人の時にこんなことしないって。ゾロが居たから安心してた。絶対助けてくれるからって」

 「何を根拠に……」

 「だって仲間だし。理由はそれだけで十分じゃないかな」

 

 緊張感もなく笑ってそう言われた。

 試されていたのか。仲間としての自覚があるのかどうかを。否、そんなことのために命を落としかねないリスクは無視できないだろう。だが彼ならばあり得なくはないと思う。

 

 考えがこんがらがって思考を投げた。

 右手にキリを提げた状態で、乱暴に頭を掻いたゾロはひとまず考えることをやめる。

 

 「なんでわざわざ海に近付く。おまえにとっちゃ天敵だろ」

 「さっきみたいにしてるのが好きなんだ。海を敵だと思ったことはない」

 「航海の途中で仲間が死んでもか?」

 「うん。それも覚悟の上での航海だった。悲しかったし、海賊をやめようと思ったけど、それでも海を嫌いになったことはない」

 「変な野郎だ」

 「よく言われる」

 

 水に浸かったまま話していると水浴び中の豚が二人へ近寄って来た。

 何を想ったかキリの顔をぺろりと舐め、わっと声を出す彼に笑い、ゾロは笑顔で呟く。

 

 「こいつも同意するとよ」

 「むぅ。可愛い顔してひどい奴だね、君は」

 

 キリは顔をしかめて唸る。初めて見る表情だった。

 そんな彼をぐっと引っ張り、砂浜へ向かって歩き出す。

 顔が水に浸かりかけてギリギリ溺れそうな様子だったがゾロは気にせず、聞こえてくる悲鳴にも冷ややかな対応で、ただ笑顔を浮かべていたのは確かだった。

 

 「ちょっ、ゾロ、死ぬ……! せめて抱きかかえてもらわないと――!」

 「うるせぇ。ほんの少しだろうが」

 

 危うげな対応だったがさらに浅瀬まで連れてってやり、波打ち際、もう溺れないだろう場所で手を離す。途端にキリはへたり込んで動かなくなった。

 傍らにゾロが座って、もはや一度濡れてしまった服を気にせず足先が波に当たる。

 倒れたキリの上半身には届かないとはいえ、伸ばした足の先には波が触れる場所だ。

 なんとか力を入れ、仰向けに寝転がったキリが笑顔で空を見上げた。

 

 「はぁ~、久しぶりだなぁ。誰かに助けてもらうのなんて」

 「喜ぶ場面じゃねぇがな」

 「あはは、まぁね。でも、なんか懐かしかった。昔を思い出したよ」

 

 一度死にかけたというのに晴れやかな笑顔。

 昔を懐かしみ、嬉しそうにしている彼へ問いかける。

 

 「いつ悪魔の実を食った」

 「海賊になってからだったかな。一番年下で弱いのがボクだったから、もらって食べた。だけど最初は全然扱えなかったよ。戦闘に利用できるようになったのはほんとここ数年」

 「で、紙の体ってやつか」

 「そう。ルフィのゴム人間と同じで性質が紙だからね。体重は軽いし、やろうと思えば体を紙みたいに薄っぺらくすることもできる。その代わり他の能力者よりよっぽど水に弱くて、体が濡れれば雨でも力が入らなくなる。まぁ雨の場合は気合い入れれば動けないってわけじゃないけど……あとは火かな。気をつけないと火傷はしやすいかもね」

 「一長一短だな。能力者ってのも楽じゃなさそうだ」

 「でも慣れると楽しいよ。ルフィもそう言ってるし」

 「おれはごめんだ。人間までやめる気はねぇよ」

 「魔獣って呼ばれてるのにね」

 「うるせぇ」

 

 しばらく休んでいると水浴びを終えた豚もやってきた。

 大の字に寝るキリへ近付き、その腹へ顎を乗せて休み始める。まるで気遣わず気楽にそうされたが予想以上に重く、彼の口からは小さな悲鳴が漏れる。

 

 「ぐえっ」

 「気に入られたか?」

 「だからってこんな無礼な接し方ある? しかも出会ったばっかりなのに」

 「おまえが人のこと言うんじゃねぇよ。まだこいつの方が可愛げがあるぜ」

 「なんだよ魔獣、ひどいなぁ」

 「魔獣言うな、ペラ紙男」

 

 気付けばゾロは笑顔を見せることへの躊躇いを失くしていて、キリのペースを理解しつつあったようだ。言葉は決してきれいではないが二人の態度は気楽な様子がある。

 肩の力が抜けたのかもしれない。

 表情の変化を見たキリは静かに微笑み、敢えて指摘はしない。言う必要はなかった。

 

 ルフィが選んだ人物だ。きっと彼も良い仲間になる。

 人知れずそう思ってまた空を見上げ、果てのない水平線を眺めた。

 

 そんな一時、キリがわずかに目を大きく開いた。

 ふとした瞬間に空の上にある何かを見つける。島に何かが近付いているらしい。

 キリは寝転んだままでゾロへ伝えた。

 

 「ゾロ。パンダが飛んでくる」

 「パンダは飛ばねぇだろ」

 「でもほら、あれ。空見てよ」

 「あぁ……パンダだな」

 

 飛んでくるのはこれもまた珍獣。

 目の周りに隈取りが如く黒い毛を生やす鳥で、他の部分は白い毛に覆われ、一応は嘴を持ち、確かに翼をはためかせて空を飛んでいるものの二人はパンダだと断ずることにしたようだ。

 

 その鳥は島を目掛けて飛んできて、飛行の最中からふらふらしている。

 かなり疲れている様子で砂浜へ降りてきた。

 着地を考える余裕もなく、速度は落とされていたが浜の上へ転げ落ちる。怪我はなさそうだが疲労は相当な物だと見えた。おそらく動けはしないだろう。

 気になった二人は近付いてみることに決め、先にゾロが立ち上がった。

 

 「ゾロ」

 「どうした?」

 「手ぇ貸して」

 

 しかしキリはまだ濡れた体に力が入らないらしく、おもむろに右手を伸ばしてくる。

 ゾロの反応は冷ややかで、あからさまに嫌がる顔だった。

 

 「自分で立てるだろ。甘えんな」

 「濡れたら力が入らないんだって。せめて立たせるだけ」

 「ガキか、てめぇは」

 「世話してくれるんならガキでもいいよ」

 

 やれやれと首を振り、結局は引っ張って立たせてやる。

 腹を枕にしていた豚は、ライオンのように喉を鳴らすも自身も立ち、ついてくるようだ。

 立ち上がったキリはわずかに足元をふらつかせたが、なんとか転ばずに済み、笑顔でゾロへ礼を言う。だが彼はそれを見ずに先へ歩き出してしまった。

 

 「ありがと、ゾロ」

 「礼を言うくらいならもう二度とすんなよ」

 「うーん、それはどうだろう。能力者だって泳ぎたいって気持ちはあるからさ」

 「なら泳げるようになってから試せ。それまではできるだけ近付くな」

 「それじゃ一生近付けないじゃないか」

 「だからそうしろって言ってんだよ」

 

 砂浜へ寝転がる鳥へと近付く。

 大の字で寝転んだ彼は相当疲れているらしい。呼吸は乱れて、近付いて来る者への警戒心すら露わにできない。今は呼吸を落ち着けるのに必死だった。

 そっと歩み寄った二人と一匹は彼を見下ろす。

 パンダにも見えるがれっきとした鳥で、なんと表現していいかわからない。

 この島には多種多様の珍獣が居るのかもしれないと、二人が顔を見合わせた。

 

 「一体なんなんだこいつは」

 「さぁ。顔立ちを見ると危険な感じはしないけどね」

 「渡り鳥か? だからこの島に来たのかもしれねぇぞ。或いは狩りにでも出てたか」

 「それにしては疲れ過ぎてる。この息の乱しようは普通じゃないと思う」

 「なら、何かから逃げてきたか――」

 

 ゾロはふと彼が来た方向、海を眺めた。すると先程まで見えなかった物が見える。

 遠い水平線、見えたのは一隻の船だ。遠すぎて海賊船かそれ以外かも判別できないが、どうやらこちらに近付いて来ることだけはわかって事情を察し始める。

 

 一方のキリはしゃがみ、鳥の腹を撫でている。

 もふっとした柔らかい毛に驚き、手触りの良さから歓喜の声を発した。

 

 「うわっ、もっふもふだ。すごいよゾロ、質の良い毛布みたいだ」

 「のんきなこと言ってる場合じゃなさそうだぜ」

 「ん? どしたの、怖い顔して。あ、元からか」

 「おまえなぁ……まぁいい。あれを見ろ」

 

 顎で示されて振り向き、彼も遠くの船を見つけた。

 鳥の腹を撫でながら表情が変わる。

 

 「こいつは逃げてきたらしいな。あの船から」

 「まだ決まったわけじゃないよ。ただ単純に体力がないだけかもしれない」

 「それにしちゃタイミングが良すぎるだろ。疲れ切った鳥に、こっちへ向かってくる船。それにこいつは普通の鳥じゃねぇ、大体は想像できるぜ」

 「まぁ確かに、珍しいのは間違いないけどね……」

 

 キリも立ち上がって同じ方角を見る。

 鳥を挟んで二人が肩を並べ、さっきよりも真剣みが増した。

 海賊ならば戦闘の可能性がある。海軍だったならば状況次第では戦闘なし。それ以外ならば、やはり状況に従って反応するのみ。何にせよ戦闘の可能性はゼロではない。

 

 二人の反応はそれぞれ違っている。

 好戦的な笑みを浮かべるゾロに対し、キリは面倒な物を見る目つき。

 外見からやる気の違いは明らかとなっていて、それでも警戒心は等しく大きくなった。

 

 「参ったね。まだ船長が帰ってきてないのに」

 「おまえが居るだろ。命令さえありゃ誰でも斬ってやるぜ」

 「好戦的だなぁ。そんなに悪くない人間の可能性だってあるよ」

 「相手がどんな奴かはこいつに聞けよ。あいにくおれァ鳥と話せねぇが顔色でわかるぜ。あいつらは敵だってな」

 「ほんといい性格してるよ。魔獣って呼ばれた意味がわかった」

 

 この男、どうやらそれなりに戦闘狂らしい。

 やる気を見せ始めて目をギラつかせる様子はどう見ても魔獣。そこらの剣士にはない強かな覇気を感じる。そう呼ばれるのも納得といった表情だろう。

 

 キリがふぅと溜息をついた。

 状況の異変には彼も気付いたが、戦わずに済むならそれが一番いい。

 そう思いながらも船が見えたタイミングが気になって安心はできない様子である。

 ふと自身のパーカーの内側を覗き込み、表情はますます歪む。

 

 「仕込んでた紙も濡れちゃったな。こりゃ使えないや」

 「怖ぇんなら守ってやってもいいぜ」

 「ならそうしてもらおうかな。ゾロなら一人でも五十人くらいまでなら楽勝でしょ」

 

 軽口を叩いてもやはりあっさり受け流される。

 ゾロは反射的に舌を鳴らした。

 たださっきよりも彼と呼吸が合わせられる気がして、なんとなくではあるものの、不快感を与えられるだけではない。これが自分たちの呼吸なのだとわかった。

 しばし二人は奇妙な豚と鳥と共に砂浜へ立ち尽くし、彼方に見えた船の接近を待つ。

 


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