ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーバトル 四回戦

 試合が終わったその足で、別の船を使ってスモーカーとたしぎは町の港へ戻った。

 判断は早く、素早く島を出るつもりらしい。

 大会に敗退すればもう用はないという様子だった。

 そんな彼らの前に大会関係者の老人がやってきて声をかける。

 

 「いやぁ~お疲れ様でした。今回は相手が悪かったですね」

 「余計な気遣いはいい。後は好きにしろ」

 「ほほほ、そう言って頂けて何より」

 

 彼らが大会に参加した理由。それはブルーベリータイムズ社が海軍と取引を行い、トレジャーバトル大会の開催を黙認させる運びとなり、海軍チームが大会に参加して優勝すれば島に居る海賊全員を逮捕してもいいと条件をつけたからだ。

 スモーカーが優勝していれば、待機していた軍艦が島に集結するはずであった。

 ただし敗退した時には黙認して、島の海賊には手を出さない約束。

 敗北した今、約束を違えるつもりはなく、スモーカーは次の島へ急ぐ。

 

 「では、この先の航海に幸運が訪れますよう……」

 「うるせぇ。こっちはそんなもんハナっから望んじゃいねぇよ」

 

 見送る老人の言葉を跳ね返した末、スモーカーは偽装した自らの船に乗る。

 後ろにはたしぎが続き、この島の顛末をどうするつもりなのか気にしていたらしい。

 恐る恐る、怒る訳でもないのに凄みを感じさせるスモーカーへ問うた。

 

 「スモーカーさん、この大会のことは」

 「ああ、疲れた。しばらくは何も考えたくない。後のことは他の連中に任せる」

 「そうですか……」

 「だがおれたちの標的ははっきりしてるはずだぞ」

 

 スモーカーの目に迷いはない。明確な敵対の意志を感じさせていた。

 背を見ただけでその強さを感じたたしぎは静かに頷く。

 

 「第二ラウンドだ。アラバスタへ向かう! 出航するぞ!」

 

 きっかけはルフィと組んでいたビビに間違いない。

 すでにスモーカーは敵と見定めた男を追う覚悟を決めており、そのためなら少々の命令違反さえも辞さない性分を持っている。敗北した瞬間、もう大会に興味はなかった。

 ビビ王女を発見したというだけだったが、確信に近い何かがある。

 スモーカーは先を急ぎ、次なる舞台で今度こそルフィと見えることを願った。

 

 密かに紛れ込んでいた海軍船が出航する頃、四回戦が始まろうとしていた。

 選手はすでに島へ入り、宝箱を挟み、距離を置いて向かい合っている。

 

 ブルースクエアの西側、常冬島。

 形は常夏島と同じ。違うのは地面に高く雪が積もっていることと、中央付近の地面を囲うように海水が溜まっている地形。

 島々の距離はそう遠くないというのに気温も低い。

 

 そんな島に立っていたシルクとチョッパーは、言葉にできない重圧を感じていた。

 対峙するは黒いローブとフード、さらに仮面で本性を隠した二人組。

 Dブロックの勝利で話題を掻っ攫い、エースと並ぶ人気を得たチームである。

 

 《トレジャーバトル四回戦! この試合で準決勝へ進むペアが決まるぞ! 勝つのはすでに二組も進んだ麦わらの一味か! はたまた謎の仮面選手か! それではぁ~……》

 

 試合が始まる。

 この期に及んで緊張感が増して、シルクとチョッパーは身を固くした。

 

 「Ready~GO!!」

 

 開始と同時にシルクが剣を抜いた。

 その時、彼女とチョッパーは揃って驚愕する。

 動かない。相手は二人とも開始前から立っていた地点を動かなかったのだ。

 

 舐められているのか、それとも策があったのかはわからない。ともかく数秒の猶予が与えられたことは事実。この先はあり得ない最初で最後の数秒だ。

 いつ動くかわからないという恐怖を感じながら、シルクは必死に思考する。

 勝つためにはどうすればいい。勝たなくてもいい、格上の相手を出し抜くには何が必要か。

 そう考える彼女は恐怖心に支配されており、冷静とは言い難い状態であった。

 

 それを感じ取ったせいかは定かではない。

 今まで彼女を頼っていたチョッパーが自ら決断した。力のある声で叫んだのである。

 

 「シルク! 行こう!」

 「チョッパー……?」

 「どうせ作戦を考えたってこいつらに潰されるッ! それならもう、考えるのやめよう!」

 

 それは策でも精神論でもなく、ただ無謀なだけの言葉だったはずだ。

 しかしその一言を受けたシルクは、何も思いつかない自分に絶望していた。並びに、そちらの方がずっと海賊らしいとも考える。

 

 シルクは笑顔で頷いた。

 どうせ負け戦なら、華々しく散るのも面白そうだ。

 

 「うん、行こう! こうなったらとにかく前に!」

 「おおおっ!」

 

 二人の態度を見てから彼らも動き出す。

 Mr.Sが長い鉄パイプを握り、Ms.Kは自身の手袋をきゅっと引っ張った。

 

 「行くぞ」

 「うん」

 

 多くは語らず、ただ一言。少し呟いて即座に動き出す。

 その時には二人は動いていた。

 シルクが横薙ぎに剣を振ってかまいたちを飛ばし、吹き荒れた風が雪を舞い上げる。攻撃としては弱いが目眩ましにはなったはずだ。

 

 舞い上がった雪に紛れてチョッパーが走る。

 ルールは単純。宝箱を奪って守り切れば勝ち。それさえできれば勝機はある。

 獣型になって宝箱の寸前まで到着し、チョッパーは人型に変身した。

 

 宝箱を拾い上げようとした時、壁のように向こう側へ飛んでいった細かい雪を突き破り、Mr.Sの姿が現れる。彼は目眩ましにも怯まず真っ直ぐ突っ込んできた。

 ここまでは予想できている。

 人型になったチョッパーの頭を殴ろうと鉄パイプが振るわれていた。事前に予測し、構えていたチョッパーは瞬時に人獣型になり、肉体の変化によって回避する。

 

 本来ならば当たっていたとはいえ、この一撃に賭けていたなら不思議ではない。

 鉄パイプが紙一重で頭上を通り過ぎた後、チョッパーは再び人型に変わった。

 

 まさか本当に一撃を叩き込めるとは思っていない。しかし意地がある。

 ここでやれなければ仲間と一緒に冒険することなどできないはずだ。

 固く握った拳が振り上げられ、この一撃に全てを込めるつもりで振り抜かれた。

 

 「おおおおおっ! 重力(ヘビー)ゴング!」

 

 下から突き上げられる拳。Mr.Sはその拳を、ひどくあっさりと受け止めた。

 受け止めて尚腕がぴくりとも動かず、チョッパーが呆然としてしまったほどだ。

 指は広げられている。だが何やら奇妙で、人差し指と中指、薬指と小指を引っ付け、その外見はまるで竜の手を思わせるかのような形。

 ぐっと指に力を込めれば、骨が軋むほど強い力が込められ始めた。

 

 「うわっ、うわぁああああっ!?」

 「チョッパー!」

 

 拳が離された。

 直後にはチョッパーの胴を鉄パイプが打っており、Mr.Sよりも大きい体が吹き飛ばされる。

 

 痛みで動揺した結果、正常な判断力など失っていた。反撃を考える前に殴り飛ばされてしまった理由はその一点が大きい。だがそれでも、避けられない速さだったことは確かだ。

 シルクが助けようと剣を構えた時にはもうチョッパーは居なかった。

 そして彼女の動揺もまた、相手の攻撃を生むきっかけとなる。

 

 「魚人柔術“水心”」

 

 ハッと気付いた時、Ms.Kがしゃがみ、島内の地面に溜まる海水に手を触れていた。

 まるで水を掴もうとするような両手の動き。しかし確かにその手は水を掴む。

 驚く暇もなく海水が持ち上げられ、その細腕によって投げられた。

 

 「海流一本背負い!」

 「鎌居太刀!」

 

 そう多くないはずの海水を投げ飛ばし、空中で一本の大きな海流とした。

 向かってくる海流に対してシルクは反射的に剣を振るう。

 

 その判断が最善であったか、悪手であったか、シルクにはわからない。

 ただ起こしたかまいたちは正面から海流とぶつかり、その塊を四散させることで攻撃を防ぐことには確かに成功した。吹き飛ばした海流は雨の如く小さな水滴となって辺りへ降り注ぐ。

 しかし防御に努めたことでMs.Kの行動まで目で追うことはできなかった。

 

 ほんの一瞬目を離した隙に彼女が到達したのは、シルクまで五メートルの位置。

 そこで左手を前に伸ばし、右手は腰に置いて構える。

 空手の型で正拳を突き出した。

 

 「鮫瓦正拳!」

 「えっ――?」

 

 拳その物は届いていない。それなのに振るったからには理由があり、その正拳突きは空気中にある水分を波紋の如く波立たせ、確かな脅威となって前進する。

 見えない攻撃。その点においてはシルクとそう変わらない。

 違っていたのは威力だ。

 見えないまま進んだ攻撃が当たった時、シルクの体に外傷は与えられず、ただ耐え切れない衝撃を与えて彼女の体を吹き飛ばした。

 

 魚人空手の真髄は辺り一面の水の制圧。

 触れられる水も視認できないほどわずかな水分でも同じ。

 Ms.Kの拳は空気中の水分からシルクの体内にある水へ衝撃波を伝えた。訳も分からず吹き飛ばされたシルクは海に落下するのを防止する柵にぶつかり、倒れる。

 

 《つ、強~い!? やはり常識知らずの強さだ! 攻撃を仕掛けたシルク選手とチョッパー選手があっという間に吹き飛ばされたァ!》

 

 もう歩くような余裕はない。

 全力で試合へ臨んでいるらしい二人は一切油断せずに行動していた。

 先にチョッパーを殴り飛ばしたMr.Sが素早く宝箱を持ち上げ、自陣へ向かって運んでいる。そちらを見ることもなくMs.Kはフォローのために彼の背中を守った。

 

 強いだけでなく油断をするような心の弱さもない。

 シルクとチョッパーは即座に立ち上がったが、彼らの動きに一切の隙が見えなかった。

 

 言葉を交わすことなく、二人の目標は宝箱に定められる。

 戦って勝つのは無理だと判断した。ならば試合に勝つことに全力を注ぐ。

 自分たちより強い二人に勝つのはそれしかない。

 

 素早い動作で宝箱がレッドチームの陣地に置かれる。その直後、やはり油断はせず、Mr.Sはすぐさま二人を警戒するため振り返り、陣地の前で防御を始めた。

 あれを抜くには二人の協力が必要だ。

 シルクが改めて剣を構え、チョッパーはランブルボールを口にした。

 その顔は明らかに先程までより凄みを増している。

 

 「ランブル」

 《回収船が動き出した! さぁもう時間はないぞ! 急いで奪うんだッ!》

 

 二人は同時に駆け出した。

 予選を勝ち抜いた結果、今なら言葉による意思の疎通を図らずとも互いの動きがわかる。そんな気がしただけだがそれは決して間違いではなかったようだ。

 

 真っ直ぐ敵陣へ向かおうとすれば当然まずはMs.Kが立ちはだかった。

 それを見たチョッパーが変身し、高く跳び上がる。

 

 「飛力強化(ジャンピングポイント)!」

 

 頭上を高々と飛び越えられて、Ms.Kは思わず見上げていた。

 その瞬間を狙ってシルクが剣を縦に振り下ろす。

 見えない攻撃はこちらも同じだ。隙さえ逃さなければ攻撃は当てられるはず。

 

 「やああっ!」

 

 かまいたちが雪を跳ね飛ばすように地面を駆ける。Ms.Kの体を目指して一直線に進んでいた。速度は風で性質は刃。それは確かな脅威であった。

 その一撃を、Ms.Kは大きく横へ跳ぶことで回避する。

 驚愕したシルクはなぜ避けられたかがわからず、しかしここには雪がある。風が雪を吹き飛ばしながら進むせいで軌道が読まれたのだと判断した。

 

 ならばと、今度は前方を薙ぐようにかまいたちを起こす。

 横へ跳んだ程度では避けられない。読まれていても偶然でもこれなら。

 そう考えたが、Ms.Kは地面を蹴って跳んでいた。

 

 その動きは偶然ではない。明らかに見切った上で回避している。

 一体なぜそんなことができるのだろうか。

 呆然とした一瞬、ふと自身の剣を見下ろし、ハッと気付く。まさか剣筋。剣を振るう動作からかまいたちの軌道が読まれていたのか。

 

 自らの弱点に気付いたシルクの洞察力は優れている。

 だが戦闘中に見せた隙はどうしようもなく大きかった。

 

 Ms.Kが再び両手で水を掴んで持ち上げていた。

 一拍遅れた行動はそう簡単に取り戻せるものではない。シルクが我に返った時には目の前に大きな海流が迫っていて、彼女の体はあっさり呑み込まれた。

 

 「あうっ!?」

 《シルク選手が鉄砲水に運ばれるゥ! 一体なんだこの技はァ!?》

 

 シルクの体は上昇する軌道を見せる海流に運ばれ、柵を越え、海へ落とされた。

 すぐに海ネコが救助するために彼女の体を持ち上げるが、タイムラグがある。

 

 背後でシルクがやられたことを知りながら、チョッパーは振り返らずに歯を食いしばった。

 これは作戦。途中で諦めることは許されない。

 また、迷うことも許されなかった。

 

 チョッパーが変身する。

 両腕が大きく膨れ上がり、強靭な筋肉によって七つの強化点で最強の攻撃力を得た。届くにしても届かぬにしても敵を倒すにはこれしかない。

 Mr.Sも身構えていた。油断はない。

 両者は正面から接近し、おそらくは最後の攻防を始めようとしている。

 

 「刻蹄――!」

 

 いつの間にか、目の前にMr.Sが居た。

 まだ五メートル以上は距離があったはずなのに、移動が見えない。

 彼は鉄パイプを振り抜こうとしている最中で、なぜかスローに見え、チョッパーの腹を捉えた。

 

 想像を絶する痛みを感じた上に、体がぐっと持ち上げられる。飛ばされる訳にはいかないと全身に力を込めようと思っても、そんな時間さえ与えてくれない。

 チョッパーの体が高く空を舞った。

 初めから狙い澄ましていたかのように海の方向へ飛ばされている。

 空中に身を置いてしまってはどの変形点でも移動はできず、為す術がない。

 チョッパーは海に落ちた。

 

 《なぁんということだァ~! シルク選手が戻ってきたかと思えば、今度はチョッパー選手が落水したぞ! これでは宝を奪う時間がなぁい!》

 

 助けた相手を殴り飛ばすという、海ネコの手荒な救助を受け、シルクは島内に戻っていた。

 水に濡れた体が島内の気温で冷やされ、息を白くして震えている。

 戦うために必死で剣を握り直した時、回収船が到着したようだった。

 

 《試合終了~! 勝者はMr.S&Ms.Kペア~!!》

 

 彼らの勝利がコールされ、海ネコに殴られて戻ってきたチョッパーがシルクの傍に落ちる。頭から雪に突っ込んでずいぶん苦しそうな様子だった。

 海中に落ちたことで人獣型に戻っていたチョッパーを助けてやり、彼女は嘆息する。

 

 結局、何もできずに終わってしまった。

 決死の覚悟で挑んでも勝てない相手が存在する。その事実が二人の胸に残された。

 

 実戦ならきっと死んでいたと思いながらも、船へ戻る二人の背を見送ることしかできない。

 

 本戦を勝ち進んだ選手は先程と同じ出場者用の船へ乗り込む。バギーとアルビダも含め、敗者は別の船ですでにブルースクエアの町へと戻っていた。

 よって試合が進む度、その船に残る人間は少なくなっていくのである。

 今はルフィとビビ、キリとエース、そしてMr.2が甲板から試合を見ていた。

 キリが隣に立つエースへ問いかける。

 

 「感想は?」

 「今度ははっきり確認できた気がするな。やっぱりおれの知ってる奴に似てる」

 

 エースはその試合、Mr.Sの動きを見切ることに従事していた。

 戦い方その物はまるで知らない。少なくとも今までエースが戦ったことがない技だ。

 ただし奇妙な技の節々、わずかな癖が見受けられる。例えばそれは回避の方法、慎重ながらも大胆な攻撃、或いは武器にしている鉄パイプを手の中でくるりと回す姿。

 幼少期、間近で見ていた物だ。

 

 同じく見ていたはずのルフィも困った顔で首を傾げている。

 どこかで見たことがある。

 あり得ないと思うせいでその答えには至らず、ルフィはひどく悩んでいた。

 

 「ん~?」

 「どうしたのルフィさん。お腹空いた?」

 「いや、あの感じなんか見たことある気すんだよなぁ……」

 

 ルフィも何かを感じ取っているようだった。ただやはり、先入観のせいか気付く様子はない。やるならば逃がさぬように試合の中でだ。

 エースはすでに決意していた。キリに頼んだのもそのためである。

 そして準決勝の出場者が揃った今、それはもう遠い出来事ではなかった。

 

 《さぁ~て、ここまでノンストップで四回戦までを消化してきたが、ここで一旦休憩を取ることにしよう! 選手たちも英気を養い、万全の状態で準決勝に臨んでくれ!》

 

 ハッタリーの一声によって休息が与えられることになった。

 それぞれの思惑を胸に秘めたまま、トレジャーバトル大会は一時休止されることになる。

 


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