試合が始まってすぐ、観客たちは息を呑まずにはいられなかった。
港でモニターを見ていた者も同様で、まさかの展開に表情を歪めずにはいられない。
口を大きく開いたまま固まったパッパグが声さえ出せなかったようだ。
その隣、顔を青ざめさせるケイミーが隣に居るナミへ、助けを求めるように名を呼ぶ。
「ナミちん、これって……!?」
「あんたには悪いけど、私は正直、アーロンがどうなろうとなんとも思わない……でも」
ナミの表情に動揺が表れ、その声はわずかとはいえ震えていた。
「アーロンを弱いと思ったことなんて一度もないっ」
ドンッ、と胸元を蹴りつけられ、アーロンが憤怒の表情で無理やり後退させられる。
試合は一方的な展開で進んでいた。
笑顔で動き出したMr.2が一人で彼らを圧倒し、一度の反撃も許さずに試合を進めていたのだ。
《んなっ、なんちゅう強さだこいつはぁっ!? あのバカみてぇに強い魚人どもをたった一人で止めてやがる! いや止めるってよりも遊んでるみてぇに攻めてやがるんだ! こんなアホのオカマにアーロンたちが負けちまうってのか!》
「ふざけるなァァ!!」
血反吐を吐きながらアーロンが激昂する。受けた蹴りと拳は確実に彼の体を痛めつけ、ダメージを残していたものの、気合いでそれらを吹き飛ばして前へ踏み出した。
戦歴を重ねるうちに彼の強さ、或いは持ち前のタフさはさらに増している。
どれほどの不利に襲われようと凄まじい気迫で前進をやめないアーロンは強い。これまでもそうして自分より強い賞金首を狩ってきたのだ。
惜しむらくはMr.2の強さが、それでも届かないレベルにあったこと。
堂々と無駄な動きを行い、能天気に回る彼はアーロンよりも数段上に居た。
戦闘は実力が全てではない。時と場合により、気迫と根性で勝利を呼び寄せることもできる。
しかし、Mr.2はその気迫が効かない相手だった。アーロンがどれほど怒り、殺気をぶつけて凄もうとも、Mr.2は笑顔でそれを躱してしまう。
アーロンにとっては天敵と言ってもいい部類の人間だった。
Mr.2は笑顔で、とても楽しそうに、やたらハイテンションで駆けてきた。
走り方も奇妙だが実に速い。長い脚がそうさせるのかもしれない。
そして反撃しようとしたアーロンより速く、敵の頬へ蹴りを食らわせるのである。
「ぐぅ……!?」
「ジョーダンじゃなーいわよ~う!」
今度こそアーロンは背中から倒れた。
彼らとて何もせずに蹴られているのではない。キリバチが届く範囲はMr.2の足よりも長く、彼の速度を知った上で考えて攻撃を行っている。ただそれよりもMr.2が速いというだけだ。
距離を問わず、戦闘において重要なのは間合い。
自らの力を最大限発揮できる間合いを守り、敵の間合いに入ることを警戒するのが常だ。
Mr.2とて例外ではない。ただそれ以上に特筆すべきが彼の“速さ”だ。
本来ならば腕や脚では届かない位置に居る敵へ攻撃を当てることができるのは、一足飛びにて瞬間的に敵の懐へ入り込み、最も力を振るえる位置で腕や脚を動かすからに他ならない。これは悪魔の実の能力でも特殊な力でもなく、多くの経験と鍛錬によって得られる一個の“技”。
ふざけた外見と態度ではあったがMr.2は一流の格闘家であった。
その力はもはや、アーロンが相手でも余力を残すほどに高められている。
特殊な力を使う訳でもなく、悪魔の実に頼った戦い方でもない。
人間の肉体を鍛えぬいて得られた純粋な強さ。
この事実がアーロンのプライドをズタズタに切り裂いた。
ルフィでさえ悪魔の実の能力者なのだ。彼をここまで圧倒できたのがただの人間など、信じたくても信じることができず、強くなったという自信さえ粉々にされる。
これは種族の問題ではない。だがアーロンは意外にも冷静にその事実を受け入れた。そして当然の如く湧き上がる怒りを、今この場で戦う糧としたようだ。
怒りに身を任せて凄まじい形相を見せ、その姿は人々を恐怖させた。
味方であるはずのはっちゃんでさえ背筋を凍らせ、思わず声が震えたほどだ。
「ア、アーロンさん……」
「ハチィ! 矛を寄こせ!」
「えっ? で、でもアーロンさん、傷が――」
「いいから寄こせェェッ!!」
はっちゃんはパッと彼に黄金の矛を投げ渡し、左手で受け取られる。
もはや今の彼は誰にも止められない。
アーロンパークでの姿が可愛く見えるほどだと思えた。瞳孔の形を変えた状態、ギリギリと歯の音を立てて、左手には矛を、右手にはキリバチを持ち、全身から怒りの念を発する。キリの脅迫を見た時でさえこれほどの恐怖は与えられなかった。
アーロンは確実に変わろうとしている。
その姿はまさに鬼。魚人族の“怒り”を自称するだけはある。
だがこの時はっちゃんは、彼の背が遠くなることを実感していた。
「んが~っはっは! 祭りの醍醐味ってやつねぃ!」
試合開始から一歩も動いていないハッタリーでさえ言葉が出ない中、Mr.2だけは笑っていた。
両腕がゆらりと怪しく動き、片足が上げられ、独自の構えを見せられる。
「感情で急激に強くなることってのはそう珍しくないわぁん。でもね、あちしは毎日毎日厳しいレッスンに耐えて技を磨いてきた。その違いが出なきゃいいけどねぃ」
ピクリと、アーロンが眉を動かした。
「年単位の修行と一時の感情。どっちが強いかは結果が決めてくれるわぁん」
聞いてはならない。決断を揺らがせようとしているだけだ。
敢えて聞く耳を持たなかったアーロンは雄々しく吠えながら駆け出した。
そんな彼の頬に強烈な蹴りが叩き込まれる。
「ぐぉおお……!?」
「人間舐めんじゃないわよ~う!」
攻撃を受けて一歩を下がらされ、直後には更なる一撃が腹を打つ。衝撃は蓄えられるばかりで多大なダメージとなり、常人ならば一撃も耐えられない。
アーロンは必死に歯を食いしばって耐えていたが、その集中によって注意力が散漫になる。
後はMr.2の猛攻が続くのみだ。
「どォきなさいよォ!」
頬を蹴り抜いた一撃で足がふらつき、体がよろけた。
直後に下から顎を蹴り上げられる。視界が揺らいで意識が遠くなりそうな衝撃。冷静さを取り戻す暇さえ与えられない連続攻撃は全てが重く、信じられない痛みが走った。
矛を持つ左腕を蹴られて体が一瞬宙を浮きかける。
必死に耐えて転ばず、吠えながら駆け出そうとした時、右頬にパンチが突き刺さった。
アーロンが攻撃を仕掛けようとする度、その行動は封じられる。
Mr.2がわずかな機微を感じ取り、先に攻撃を当ててしまうからだ。
一方的に打撃を加えられるのはそのせいだろう。彼はアーロンの動きを予測している。そして策を弄さずそれだけで止められる速さと力を持っていた。
一撃が驚くほど重い。バトルロイヤルで受けたウィリーの拳が拳とは思えぬほど違った。
思わずアーロンは体をよろけさせ、意図的に強く地面を踏みしめる。
さらに怒りを。怒りを募らせて爆発させ、一時的でもいい、力を欲する。
凄まじい怒気を発したアーロンはさらに巨大になって見えた。はっちゃんやハッタリーはその姿に寒気すら感じるものの、しかしやはりMr.2は笑みを絶やさない。
「あんたのことは大体わかったわぁん。確かにそこらへんに居る連中より強いみたいだけどぅ、残念だったわねぃ。修行したのは紙ちゃんだけじゃないのよぅ」
「下等種族がッ……! てめぇこそ魚人を舐めるんじゃねぇ!」
「んが~っはっは! それもそうねぃ! いやぁ、スワンスワン」
片手を差し出して素直に謝った後、軸足を置いて回ればぎゅるっと音がして、地面を抉りながら蹴りが見舞われる。アーロンの額を突きのように蹴り飛ばした。
油断はしていなかった。しかし彼の体は勢いよく倒れ、驚愕しながら目線だけが上げられる。
「でもあんたじゃあちしには勝てない。ちょっと昔の話をしてあげようかしらん?」
「うぉあああああっ!」
アーロンは素早く立ち上がり、左手に持った黄金の矛で無数に突きを繰り出した。
どれも常人には避けられぬ速度。的確に相手の急所を狙う。
Mr.2は軽いステップでそれらを避け、一撃も浴びないまま笑顔で冷静に語る。
「バロックワークス全社員が社長のMr.0を知らない。顔も形も経歴もねぃ。そのMr.0が重宝してたのがあんたたちのとこの紙ちゃんよぅ。今よりちょっとちっこかったわぁん」
「知ったことかァ!」
矛が避けられたため、アーロンは続けてキリバチを振るった。
Mr.2は完璧に間合いを見切り、紙一重で回避する。
「紙ちゃんってばただにこにこしてるだけの子供だったからねぃ。よくただの小間使いのふりしてあちこち飛び回ってたもんよぅ。まぁ最初はあちしもそう思ってたんだけどぅ」
「どうでもいい話だ! その口を閉じろッ!」
「あらん? あんたたちの仲間でしょうに」
「仲間じゃねぇ……奴らはおれの獲物だ!」
「んが~っはっはっは! そりゃいいわねぃ! 傘下に命狙われてるってわけ!」
舌打ちしたアーロンが強く踏み込んで矛を突き出した。
同じく前へ踏み込み、軽い動作で避けたMr.2がアーロンの懐へ入る。視線は交わっていて、それがひどい侮辱のようにも感じられた。
厚い胸板へ一撃。正拳突きが直撃する。
息を詰まらせたアーロンは後退を余儀なくされ、気持ちとは裏腹に距離が開いた。
「だったら今はやめときなさい。あんたじゃ勝てないわぁん」
「なんだと……!」
体は痛み、呼吸は乱れて、確実に体力を減らすアーロンにMr.2は語り掛ける。
「紙ちゃんはそのMr.0に鍛えられたのよぅ。しかも修行と称してオフィサーエージェントと戦うことも多かった。それだけじゃないわぁん。修行が終わると紙ちゃんは必ずMr.0からあちしらに向けたアドバイスを口にする。つまり紙ちゃんを鍛えながらあちしたちまで鍛えられてたのよぅ」
「それが、なんだってんだッ」
「事情を知らなきゃわからないのも無理ないわねぇん。要するに紙ちゃんと出会う前と後じゃ、あちしらの実力は段違い――」
Mr.2の顔つきが変わった。
それだけで周囲の空気が変わってしまい、はっちゃんとハッタリーは寒気を覚える。
怒り狂っていたアーロンでさえ一瞬怒りを忘れてしまったようだ。
「あんたがこれ以上やる気ならあちしも手を抜かない。自分を強いと錯覚してる奴ほど早死にするもんよぅ。世の中上には上が居るわぁん」
もはやふざけた態度のオカマなどどこにも居ない。居るのは圧倒的な力を持つ強者。その風格に恐れすら抱き、底知れぬ力を己の肌で感じさせられる。
アーロンがバリッと歯を鳴らした。
そう言われて諦められるほど素直ではない。
見ただけでわかったのか、Mr.2はにこっと笑う。
「今の紙ちゃんはあちしより強い。まぁ今のあちしでもあんたより強いけどねぃ」
「ぐっ……!」
「それがわかってでもって言うならもう何も言わないわぁん」
再びMr.2が笑みを消す。
その目にある光は決して濁ってはおらず、彼の姿が異様に大きく見えた。
「かかって来いや」
アーロンは咆哮した。
知らぬ間に己の体を支配していたはずの不気味な感覚を吹き飛ばし、前へ駆けたのである。
長々とした話などどうでもいい。今だけは勝負以外の事柄、自身を負かしたルフィやキリのことさえ気にはならない。この場は目の前の敵を倒さねばならないと決意したのだ。
そのアーロンを容易く蹴り飛ばして、Mr.2は追撃を行う。
巨体を軽々と蹴り飛ばして、数メートルを飛んだアーロンが地面を転がって、勢いを利用して即座に立ち上がった。その時には目の前にMr.2が居て側面から顎を殴られる。
急所への一撃に足がふらついた。
アーロンが身動きを取る暇を与えることなく、Mr.2はさらに彼を蹴り飛ばす。
遊んでいるのかと、観客がふとそう思えてしまうほどに、勝負とは呼べない光景だ。
行動に移す直前、アーロンが反撃の意志を匂わせた時点で蹴り飛ばされる。
何度も地面を転がって、それでも立ち上がる姿は痛ましいものだった。
ケイミーが涙を浮かべ、パッパグが狼狽し、アーロン一味が怒りと悲しみに支配される。
その時ナミもまた愕然としていた。
あれだけ怖がっていたアーロンがまるで相手になっていない。大人と子供、そんな言葉すら遠く感じられるほど、二人の間にある差は大きいだろう。
ついには耐え切れずに血を吐いていた。
そうなっても立ち上がって迎撃の意志を見せれば攻撃が与えられる。Mr.2の打撃によって歯は粉々に砕かれ、視界は揺らぎ、力が入らなくなるほど疲弊していた。
一撃を受ける度に気が遠くなり、本来ならば立っていられない。
それでもアーロンは立つ。
蹴られた拍子にキリバチと矛を落としたが、彼は自らの拳でMr.2へと殴り掛かった。
「ウオオオオオオッ!」
常人が受ければ骨が折れるほどの一撃だろう。だがMr.2は回避し、反撃に腹へ拳を突き入れた。
口から血を吐き、滑るように体が後ろへ押されてしまう。
尚もアーロンは拳を振り上げるものの、その瞬間に足に素早い蹴りを受け、姿勢が崩れてその場に跪いてしまった。
格闘の基本は姿勢。打撃へ上手に力を乗せるには上手な体の使い方が必要になる。
大したダメージがないように見える攻撃も、相手の力を殺す意味があったようだった。
跪いたアーロンの側頭部に、先程足を打ったものとは比べ物にならない蹴りが直撃する。もう何度見たのか、アーロンの体は宙を舞い、受け身も取れずに地へ落ちた。
思わずケイミーが両手で目を覆い、ナミが彼女の肩を抱く。
太陽の光を浴び続けた砂の熱さを感じながら、アーロンは震える体で立ち上がろうとしている。
凄まじい執念だろう。人間の中にもそれほど強い精神力を持つ者はそう居ない。
汗一つ掻かないMr.2は笑顔で彼を見ていた。
強さとは別に、彼の生き様には尊敬の念を抱いたようだ。
「ふぅ~、呆れたタフさよねぃ。ここまでしぶとい奴は見たことないわぁん」
「ハァ……ゼェ……ハァ……」
「でもそんなあんたを見ても、あんたを怖いとは思わない」
Mr.2はその場で高速回転を始めた。
回転しながら前方へ進み、アーロンへと真っ直ぐ向かう。
「そろそろ決めるわぁ~ん! 死なないように気を付けなさぁ~い!」
片足を軸に高速で回転しながら、フェイントも入れずに真っ直ぐ向かう。
アーロンは霞む視界でその姿を捉えていたが、もはや自由にも動けず、その場で突っ立つことしかできない。しかしそれでも勝利を諦める様子はなかった。
「あの夏の日の
高速の蹴りが振り下ろされて肩へ入り、アーロンの体は地面に叩きつけられて激しく転がる。
その勢いを必死に殺して、なんとか姿勢を整えたアーロンは地面に両手をついた。
勢いが止まった時、これが最後だと認識する。
蹴った後にふわりと舞って静かに着地したMr.2は背を向けていた。
チャンスは最後。アーロンは強く地面を蹴って、回転を加えながら魚雷の如く宙を駆ける。
「
当たれば死は免れないはず。そう思って無防備な背を狙う。
しかし眼前に迫った時、Mr.2は高く跳び上がり、アーロンは頭上に笑顔を見た。
「白鳥アラベスクッ!!」
見切れないほどの速度で無数の蹴りが、高速で回転しているはずの肉体を地面に叩き落し、今度こそ彼の意識を刈り取る。全身に蹴りを入れられたアーロンが無防備に倒れた。
その傍にふわりと着地して、Mr.2は笑顔。
結果も過程も、あまりにも一方的な試合だった。
Mr.2が笑顔で回っていた時、大半の観客は盛り上がっていたものの、一部の者は声すら出ない。
あれがバロックワークス。オフィサーエージェントの実力をその目で見た。だが彼ですら与えられたコードネームは2であり、その上にはMr.1とそのパートナー、さらにMr.0が存在する。
このとんでもない組織と戦わねばならない。
肝を冷やす者は多く、そうでなくとも笑みを浮かべる余裕はなかった。
倒れたアーロンを見やり、Mr.2の笑い声を聞き、はっちゃんが顔を青ざめさせていた。
手が震えている。その理由が何であるのかがわからぬほど彼は馬鹿ではない。薄情でもない。
五本の手に持った剣を強く握り、はっちゃんは激昂しながら駆け出した。
「アーロンさん……ニュァアアアッ! お前、よくもォ!」
「なぁによタコ助、やめときなさいよ!」
「タコ助じゃねぇ! おれははっちゃんだァ!」
「はっちん!」
モニターの前でケイミーが叫んだ。
その声も聞こえず、はっちゃんはMr.2へ急接近する。
駆け出してからほんの数秒。
はっちゃんの顔面にMr.2の蹴りが突き刺さった。
柔軟で奇妙な動きを見せる彼の“蛸足奇剣”は一太刀も相手に届くことがないまま、懐にまで敵の侵入を許してしまっており、強烈な一撃で頭がくらりとした。
アーロンはこんなにも重い蹴りを受けていたのか。
理解できた時、はっちゃんの腹に次の一撃が叩き込まれ、彼の体は遠くへ飛んでいた。
「怒りに身を任せて戦う人間って、実は大したことないのよねぃ。ん? あっ、でもあんたたち人間じゃなくて魚人じゃないのぅ!? んが~っはっはっは!」
はっちゃんが地面に落ちた後、もう動くことはできない。
見ていられなかったケイミーはナミの胸に顔を埋め、パッパグは口を開けて固まったまま。他の魚人たちにしても同じだ。信じられないという想いのまま、ただ見ていることしかできない。
パートナーとして参戦したはずのハッタリーは背筋を震わせていた。
ただの徒手空拳でこれほどの戦いを演じる人物。なぜ情報がないのかが理解できない。
決して弱くはない、むしろ予選を勝ち抜いた海賊二人をたった一人で撃破してしまった。
彼の存在はハッタリーの目には異常としか映らなかったようだ。
情報を取り扱う新聞記者にとって、未知なる物を見た時、調べたいという欲求に満たされるのがほとんどであろう。少なくともハッタリーはそんな部類の人間だった。
彼は違う。今の彼を見ても知りたいとは思わない。ただ恐ろしくて仕方なかった。
「ちょっとハッタリちゃん! なにぼんやりしてんのよぅ!」
「えっ!? あ、お、おれですかっ」
「あちしが戦ってんだからその間にあんたが宝箱運びなさいよぅ! チームでしょうが!」
「あ、あぁ確かに……!」
「もういいわぁん。二人とも倒しちゃったしあちしが持ってくわよぅ」
「どうもすいません……」
結局、敵の撃破から宝箱の運搬まで全てMr.2が行い、彼が一人で参加した理由がよくわかった。
彼以外に必要ないからだ。
《試合終了だァァ! 結局バカの一つ覚えみてぇに特攻仕掛けたがMr.2が勝ったようだな》
圧倒的な強さに観客たちが盛り上がる一方、麦わらの一味は悲痛な表情。
出場者用の船でも幾分緊迫したムードがあった。
島を眺めながら、腕を組んだルフィは真剣な表情である。
「強ぇな、ボンちゃん」
「ボンちゃんの能力はあまり戦闘向きじゃない。それよりも潜入や破壊工作の方が得意だ。だから彼は徹底的に自分の体を苛め抜いた。あの域に達するのは簡単じゃないよ」
よく知っている風の口調でキリが静かに語る。
その一言にチョッパーとシルクはそれぞれ違った心境で彼に目をやった。
「あのアーロンってやつも強かったんだろ? でもあいつ、一回も攻撃当たらなかったぞ」
「普通の人間とは、思えないよね……」
「そう思うのも無理ないかもね。ボンちゃんはあれだけに没頭したんだ。半端に他の戦法を学ぼうとしなかったあたり、格闘家としては多分一流」
聞いてはいけないと思っているのに、シルクは思わず言葉にしてしまう。
「クロコダイルは、あの人より強いんだよね……」
「うーん、そうだなぁ」
キリは顎に指を添え、目を閉じて考える。
動揺しているシルクにはそれがわざとらしい動作だともわかっていなかっただろう。
彼は平然とした声で答えた。
「ボンちゃんが百人居たとしても、クロコダイルなら三分はいらないかな」
至っていつも通りの声だったのが尚更真実味を増す。
彼らはその後、しばらく黙り込んでしまった。