ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーバトル 一回戦(2)

 宝箱を両腕で抱え、ビビは自陣を目指して走っていた。

 ラパーンとシーラパーンの乱入があったとはいえ、道を阻む者はない。

 家屋の角を曲がると港が見える。そこにぽつんとリングが置かれており、そこに宝箱を置きさえすれば船が動くことだろう。船が到着すれば勝ちだ。

 その場所が見えてビビはさらに急ぐ。

 

 リングの外から宝箱を投げ入れた。

 それと同時に島から少し離れた位置に居た帆船が動き出す。

 勝利を焦るビビは早く到着して欲しいと船を眺めていた。

 

 集まった四人の中で自分が一番弱いことは理解している。それはおそらく、同じ女性であるアルビダに攻撃が効かなかった瞬間にわかってしまった。

 これがルールのある戦いでよかった。

 それならルフィの役に立てるはずだと、このまま船が到着して欲しいと考えている。

 

 《先に宝箱をゲットしたのはルフィ&ビビチーム! ビビ選手が宝箱を置いたぞォ!》

 (早く……早く……!)

 

 彼女がリングの中に入らなかったのは敵を迎撃するためだ。

 少し距離があるものの、わずかな足音が聞こえ、待っていたかのように素早く振り返った。

 

 やってきたのはアルビダ一人。

 さほど急いだ様子もなく悠然と歩いてくる。

 肩に金棒を担いで、ただそれだけで妙に迫力を感じる。果たしてそれは他人が見ても同じだろうかと考えた時、ビビは自分が怯えているかもしれないことを自覚した。

 

 バロックワークスの社員として任務を行った経験がある。戦闘は少なからず経験していて、生き残るためにイガラムを相手に特訓もした。しかし、その経験が生かせるかといえば、否。

 彼女は悪魔の実の能力者であり、明らかにビビよりも戦闘に慣れていた。

 

 敵になった人間の殴り方を知っている。

 殴っても心を痛めない慣れがある。

 それ以上に、彼女には敵を前にしても平常心を失わない強さがあり、ビビを見ても一切表情を変えないのはそのためだ。アルビダは今も艶やかに微笑んでいた。

 港から伸びた桟橋に到達した時、ふと地面に触れた金棒が引きずられるように進む。

 

 「一つ言っておくよ。あんたじゃアタシには勝てない」

 「えっ……?」

 「力がどうとか、武器がどうとかいう話じゃないんだ。アタシとあんたじゃ大きな違いがある」

 

 ゴリゴリと先端がわずかに桟橋を削る。

 ゆっくり歩いただけで威圧感を感じ、その言葉を否定はできない。おそらくは決定的な何かが違っているのだろう。なぜか体が上手く動かなかった。

 

 「戦うのが怖いのかい?」

 「そ、そんなことないわっ! 私だって、命を賭けて戦う覚悟はできてる!」

 「ならどうして震えてるんだい?」

 

 右腕がわずかに震えていた。

 反射的に隠すように左手で抱える。

 

 ビビの動揺は些細な行動からも明らかだった。

 突如、アルビダが駆け出す。

 戦闘に慣れていれば相手の呼吸を理解することができる。動揺した時、覚悟が鈍った時、弱みを見せる人間は武器を持っている者の中にも居る。

 ビビは確かに武器を持ち、そこらの海賊を倒す実力もあったが、弱みもあった。

 

 強者との戦闘経験が圧倒的に足りない。死に瀕するほどの死闘を経験したことがない。

 一度ルフィに敗北したアルビダはすでにその境地を得ていた。

 自身の力量を深く知り、勝てない相手を知れば、それだけ心の“強さ”を手に入れられるものだ。

 

 立ち尽くして動けないビビにアルビダが迫る。

 引きずるように下げられていた金棒は機を見て素早く振り上げられる。目では見えていて、回避しなければと思った。しかしビビは動くことができない。

 下から掬い上げるようにして、彼女の体が殴り飛ばされた。

 

 経験が違う。心構えが違う。

 ほんの一言で動揺し、それを気取られた彼女に勝機はない。

 欄干に激突して海に落ちることは免れたが、咄嗟に防御のため使った左腕から血を流し、棘が裂いたのか額にも小さな切り傷ができている。彼女の白い肌が赤く濡れていた。

 低く呻いて動かなくなり、意識があっても即座に切りかかることはできない。

 アルビダは悠々とその隣を歩き抜ける。

 

 《クリーンヒットォ~!! アルビダ選手のきつい一撃がビビ選手を殴り飛ばしたァァ! これは厳しいぞ、流石に立てないかァ!?》

 「ビビッ!?」

 「おぉい嘘だろ、ビビだって弱くはねぇんだぞ!」

 「ビビすゎまぁ~っ!!?」

 

 港でナミやウソップ、そして誰よりも大きな声でイガラムが狼狽していた。

 映像電伝虫のモニターは的確に試合を映している。ビビが殴られたその時も、流血して桟橋に赤い水滴が落ちるその時も、倒れた瞬間もしっかり見ることができた。

 見ていても助けることはできない。口惜しい彼らは拳を握って必死に歯を食いしばっていた。

 

 リングの中に入ったアルビダが左手で宝箱を持ち上げる。

 床から離れた途端にぴたりと帆船が止まり、一秒の狂いもなさそうだ。

 

 これでルールは理解できた。リング内に宝箱があっても床に触れていなければ船は動かない。安堵したアルビダは慌てることなくリングの外へ出る。

 そして起き上がろうとしているビビを一瞥し、少し歩調を速めて彼女の前を横切った。

 

 「腕がいいからって生き残れるもんじゃない。そういうのはリング上の戦いだけさ」

 

 彼女は立ち上がるだろう。それを知りながらも少し歩く速度を速めただけ。

 アルビダが慌てて逃げなかったのは自信があったからだ。

 自身と相手との力量を見た。正しく理解するならば冷静に対処すれば問題はない。

 

 彼女の背後でビビが立ち上がった。

 ぎゅっと唇を結び、険しい表情である。

 

 「待ちなさいっ!」

 

 一言があってアルビダは立ち止まった。

 左腕で宝箱を抱え、笑みを湛えたまま振り返る。

 再び正面からビビと対峙した。

 

 「まだ……負けてない……!」

 「そうかい。でも負けてないだけだろう?」

 

 宝箱を置くことすらせずに戦おうとする。しかし相手を舐めているからではない、そうした方が舐められていると感じたビビの心を乱すことができるからだ。

 彼女は思いのほか分かり易い。

 動揺が表情に表れ、緊張感が伝わり、おそらく本来の実力は出せていない。特にルフィの強さを目の当たりにした後ならばよくわかる。彼の“強み”を彼女は持っていない。

 

 アルビダは余裕を持って対峙する。

 ビビは対照的に焦りを見せる表情で、とてもではないが冷静とは言えないだろう。

 仲間が居れば止めもしたが、残念ながらこの場に仲間は居なかった。

 

 ブルーチームの陣地の目の前。宝箱さえ奪えば勝つ可能性が高いのは自分たちのはず。

 そう信じ込ませ、ビビは自分の震えを無理やり抑えた。

 

 《宝箱を奪取したアルビダ選手と! それを阻止したいビビ選手! 麗しい美女たちが再び戦闘の構えを見せた! すでに怪我をしているビビ選手に勝機はあるのかァ!》

 「勝機がなくても、私は、勝たなきゃいけないんだ……!」

 「気負い過ぎてるならやめといた方がいい。あんた、体は上手く動くのかい?」

 

 怪我のことを言っているのではない。緊張状態で普段よりも筋肉が固まっているようだ。これをどうにかしなければ本来の実力を出すことは不可能とも言える。

 昨日初めて会ったビビの顔色を見るだけでアルビダは見抜いていた。

 脅威ではないと思うのはそのせいだ。

 

 「私だって強くなった! 今ならもう戦える!」

 「――その強くなった力が使えなきゃ、勝てる勝負も勝てないじゃないか」

 「うるさいっ!」

 

 ビビは右手に装備した孔雀(クジャッキー)スラッシャーを回転させる。

 回転した勢いを使って、先端の刃物だけが飛ばされた。

 

 「スラッシャー・ショット!」

 

 小さいとはいえ飛来した刃物がアルビダに接近する。

 確かな脅威だったがアルビダはその場を動かず目を閉じた。

 孔雀の羽の形をした刃物は彼女の胸元に当たって、切り傷一つ与えられずスリップしてしまう。威力と勢いは十分だったはずだ。やはり彼女の能力が厄介である。

 

 ビビはめげずに駆け出した。

 腰の裏から新たな孔雀(クジャッキー)スラッシャーを取り出し、右手に装備して回転させる。さらに今度は左手に装備していたそれも回転させていた。

 左右同時にさらに強力な一撃を叩き込む。

 そう考えてビビは真っ直ぐ正面から接近を行った。

 

 反撃しようと思えば簡単だったかもしれない。

 アルビダはそうせず、左手に宝箱を持ち、高く掲げると敢えてその場を動かず待った。

 

 挑発するような、敢えて待つ姿勢。わざわざ宝箱を上げてみせたのも彼女の心を揺り動かす。しかしここで退いては本当に勝てなくなってしまう。

 ビビは彼女の肌を切り裂くつもりで攻撃を当てた。

 

 「“摩擦ゼロ”」

 「孔雀(クジャッキー)スラッシャー!」

 

 両手の武器が彼女の体を切りつけた。だがやはり想像した通り、するりと滑ってしまう。そして力を入れていた分、その力が上手く逃がされた時、逃げる力に従って体勢が崩れた。

 ビビは勢いよく転んでしまう。

 それを気にせずアルビダは平然と歩き出してしまった。

 

 「うっ!?」

 「アタシの肌は摩擦する物を一切受け付けない。何度やっても同じさ」

 

 転んだビビは素早く立ち上がってアルビダの背中を睨みつける。

 桟橋を出て、港を離れた彼女はわずかに草が生えた土の地面を踏みしめた。アルビダの左手には無人の家屋。可愛らしい木造の家が寂しく立っている。

 

 ビビは慌てて追いかけた。

 それに反応したらしく、今度はアルビダがくるりと振り返って彼女を見つめる。

 

 「言っとくけどさっきのは警告みたいなもんさ。アタシの肌でスリップした相手を殴るのはそう難しいことじゃない……次はないよ?」

 「私はっ、みんなを守りたいだけなんだ!」

 

 その言葉に眉を動かすもビビは止まらない。

 勝利のためには攻撃するしかないと考え、思い切り腕を振るった。

 

 孔雀の羽がアルビダの肌に触れた時、全く間を置かずにスリップする。勢いのままに受け流されてしまってまたしても転びかけた。

 今度は、転ぶのを待ったりはしない。

 事前に振り上げられていた金棒が彼女を殴り飛ばしていた。

 

 鮮血が飛ぶ。体が宙を舞っていた。

 ビビの体は窓を割って家屋の中へ入り、勢いよく床を転げる。

 辺りに置かれていた物をひっくり返した後、ビビは、今度はぐったり倒れて起き上がれない。

 

 《強烈な一撃ィ~! ビビ選手が家の中へ殴り飛ばされた! 本当に大丈夫なのかァ~!?》

 「うぉぉいっ!? 今のはやべぇだろ!」

 「ビビッ! しっかりしなさ~い!」

 「ビビすゎまぁ~!!?」

 

 観客の声も、仲間たちの声も届かず、ビビは脱力して動かない。

 頭から血を流していた。なぜか体に力が入らず、薄暗い室内で一人寝転び、わずかに揺らぐ視界はぼんやりと天井を映し出している。

 自分は無力だと、強く感じさせられる時間だった。

 

 思えば、これまで戦った相手の中に、自分より強い人間がどれほどいただろう。

 自分が甘やかされていたことに今更気付いた。

 バロックワークスの策略、或いは制度のためとはいえ、傍には常にパートナーのMr.9、或いはMr.8として活動していたイガラムが居て、常に誰かに守られ、そして自分は助力をした。

 守ってもらいながら強くなった気でいたのだろう。そんなもの、ただの愚かな小娘でしかない。

 海賊として認められるはずもなかった。

 

 (くやしい……)

 

 挑発されたことより、殴り飛ばされたことより、気付かなかった自分が憎らしい。

 本当に勝ちたいのならなぜ自分は床に転がっているのだろうか。

 悔し過ぎて涙さえ出ない。ビビの目はぼんやりと天井を眺めていた。

 

 (勝ちたい……)

 

 拳をぎゅっと握る。

 なぜか力が入ったことに彼女はまだ気付けていなかった。

 

 (私だって、あの人たちの仲間なんだッ。たとえ本物の海賊じゃなくても、そうなれなくても、足手纏いにはなりたくない……ルフィさんたちの名前に泥を塗りたくない!)

 

 ガチャリと音が聞こえたところで、不思議に思ったアルビダは振り向いた。

 わざわざ家の扉を開けてビビが外へ出てきたのである。

 頭から血を流し、呼吸も荒れ、決して無事だったとは言い難い姿。しかし先程とは目の色が違う気がして、ふとアルビダは顔から笑みを消してしまう。

 

 立ったことは事実。そして見事。

 気絶させるつもりで打った一撃を耐えた彼女に敬意を表し、アルビダは自ら対峙した。

 

 《立ったぁ~! ビビ選手は立ってバトルに戻ってきたぞぉ~! 頭から血を流して足下はふらついているが、戦闘を継続する模様だァ!》

 「よぉっしゃぁああっ!」

 「ナイスよビビっ! よく立った!」

 「行ったれビビちゃん! 反撃だァ!」

 「ビビすゎまぁぁああっ!」

 

 不思議と今は、仲間の声が聞こえる気がした。

 きっとみんな心配している。イガラムはひどい顔で泣いているだろう。それほど自分を想ってくれる仲間たちを持ちながら、何もできずに倒れていたくはない。

 そう考えるとなぜか力が湧いてくる。

 ビビは強い眼差しでアルビダの姿を見据えていた。

 

 「目が変わったね。今のがいい気つけになっちまったかい?」

 「私、間違ってた」

 「さて、何を」

 「あなたに勝ちたいって言いながら、本当は自分のことしか考えてなかった」

 

 頭がズキズキ痛んでいることでむしろ冷静になれている。

 確かにそうだ。アルビダの一撃が彼女の頭を冷やすことに成功した。

 

 勝ちたい、優勝したいと言いながら、その実頭の奥で考えていたのは祖国のことばかり。自分が生まれ育った国を守りたいという想いが強過ぎるあまり、目の前の敵を見ようとしていなかった。周りの者に任せてばかりで守られていただけだったのだ。

 彼女に殴られてやっと気付いた。

 今、この瞬間に見るべき敵は、目の前にこそ居るのだと。

 

 フーッと息を吐き、もう一度頭を冷やした。

 相手への無礼を認める。これは自分が愚かだった。

 キッと強い目でアルビダをビビは重く口を開く。

 

 「ごめんなさい」

 

 頭を下げて一言。

 予想外の行動にアルビダはきょとんとしてしまった。

 

 《あ、謝っているぅ!? ビビ選手なぜか謝っているぞ! 降参の宣言か、それとも挑発か!? 誰も予想できなかった発言にアルビダ選手も動けない!》

 「私、あなたを見ようとしてなかった。それなのに勝ちたいなんて言って、あなたと戦おうとするんだもの。あなたが怒ったのも不思議じゃない」

 「別に怒ったつもりじゃないんだけどね。そうかい、それじゃ有難く受け取っておくよ」

 

 アルビダは笑みを浮かべ、真っ直ぐに彼女の目を見つめ返して話した。

 

 「でも言いたいことはそれだけじゃないんだろ?」

 「ええ……これじゃいけないってやっと気付いたの。ちゃんと目の前の現実を見なきゃ」

 

 ビビも微笑み、そっと上げた右手の、小指を口元へ運ぶ。

 

 「今は、本当にあなたに勝ちたい」

 「そう言えたんなら十分さ。あんたは強くなった」

 

 武器を使おうとした訳ではない。曲げた小指を軽く歯で噛んだ。

 突如ビビは空に顔を向け、指笛を鳴らすのである。

 

 「来なさい! カルー!」

 

 ピィィィ、と指笛の音が周囲へ響いた。

 アルビダは訳も分からずにいるが今更無駄な行動はしないだろう。おそらく何かのために指笛を鳴らしたのであって、攻撃か、その他の何かが来る。

 

 しばらくと言わず、それはすぐにやってきた。

 出場者用の船に乗り込んでいたカルーが猛然と走ってきたのである。

 

 ドタドタと騒がしい足音で走ってきたカルーの姿を見て、アルビダは不思議そうにして、ビビは勝機を得たかのように穏やかな笑みを浮かべた。

 真っ直ぐ走ってきたカルーはそのままビビの下へ。

 そしてカルーが到着した時、ビビは自らの脚力で高く跳び上がり、華麗にその背に着地する。

 

 「オーッホッホッホッホ!」

 《なんとビビ選手の下にもペットらしき動物が現れたぞ! バギーチームの策を見て自らも思い立ったのか! なぜか鞍の上に立って高笑いだ!》

 

 その姿は中々に衝撃的で。大人しそうな少女が高笑いする様は少々恐ろしくもある。

 衝撃は麦わらの一味にも与えられていたようだ。

 港で見ていた顔ぶれはビビの奇行に驚き、一部を除いて冷や汗を垂らす。

 

 「ビ、ビビがキレた……」

 「いや、ありゃバロックワークスに潜入してた時と同じだろ。要は演技ってことだろうが……」

 「ん~ビビちゃんもミス・ウェンズデーも素敵だぁ~!!」

 「ビビすゎまぁ~!!?」

 「でも演技したからって強くなるわけでもないでしょっ。どうする気よ、ビビ……!」

 

 心配するナミの言葉を知ってか知らずか、ビビは笑顔だった。

 明らかに雰囲気が変わっている。大袈裟かもしれないが、まるで別人かと思うほど。先程の一声も決して意味がなかった訳ではないのだろう。

 アルビダは驚いていない。少々変わったことは認めてもそれで負けとはなり得ないからだ。

 問題なのはこれから彼女が何をしでかすか。

 

 ビビは笑顔でアルビダを見ていた。

 もう恐怖心などない。思考は素早く働き、仰々しい動きですっと彼女を指差す。

 

 「あなたに言われた言葉をそのまま返すわ。あなたじゃ私には勝てない!」

 「へぇ、ずいぶん態度が変わったもんだ。何か策でも思い付いたかい?」

 「それは結果でお見せするわよ」

 

 ビビは何もせずカルーの背から降りる。ただのパフォーマンスだったらしい。

 さらに言えばアルビダに勝つための策などない。

 言わばただのハッタリ。自らの意思で嘘をついたのだ。

 

 海賊の世界は邪道こそ闊歩する。そしてそれこそが勝利への道。

 自身に足りなかった物は勝利への執着だとビビは理解する。

 勝ちたいと言葉にするだけでは力にならない。勝つためには力が必要であり、ただの腕力や身体能力で劣るのならば頭を、或いはそれ以外の物を使う必要がある。

 

 ナミは今までどうやって生きてきた。

 キリは船に居る間、如何なる方法で皆をまとめた。

 

 今までの経験が彼女の中にある。学ぶべきところはたくさんあった。

 彼らと航海した日々を無駄にしないためにも負ける訳にはいかないのである。

 その我武者羅さが、ビビの思考を柔軟にさせ、覚悟を決めるきっかけとなったようだ。

 

 地面に降りたビビは自らシャツの前を開ける。下にはぐるぐる模様の奇妙な服を着ていて、見ているだけでも目が回りそうな格好だった。

 普段は隠される彼女の体のラインがはっきり見える。

 これが男を相手にしていたなら効果もあろう。だが相手は同性であるアルビダ。

 まさか色香で勝負する気かと、アルビダは苦笑せずにはいられなかった。

 

 「さぁ……私の体をじっと見て♡」

 「見るのは構わないけど、それがアタシを倒す策かい?」

 

 アルビダは誘われるままにじっと見ていた。色香ではどうにもならないと思うからである。

 特徴的な服を見せ、ビビは独特のポーズを取ると、ゆらりと踊り始めた。

 

 「魅惑のメマーイダンス!」

 

 腰をくねらせ、妖艶とも言えるが怪しい動き。

 じっと見ていたアルビダはその模様の動きをつい目で追ってしまい、ぐるぐる模様で目を回してしまったのか、不意に眩暈を感じ始めた。まずいと思って慌てて逸らそうとするも、彼女の怪しいダンスに目を奪われて逃れることができない。

 不覚と思い知った時には膝から力が抜け、その場に跪いてしまった。

 

 「うっ……!?」

 「アーンド!」

 

 跪いたアルビダを確認してビビはさらに動いた。

 両胸に仕込んでいた武器を取り出す。

 他と同じく小指にリングを引っ掛けて、普通の孔雀(クジャッキー)スラッシャーより羽根の刃が多く連結し、一メートル以上はあろうかという長い得物だ。

 

 取り出されたそれを巧みに操り、鞭のようにしならせて前へ繰り出す。

 両手で操って正面からアルビダへと殺到した。

 

 「孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)スラッシャー!」

 

 それはまるで蛇のように、素早くも恐ろしい迫力で接近してきた。しかしアルビダは微笑む。物理攻撃では滑ってしまうため無効化できる。

 やはり想像した通り、連結した羽根は彼女の肌を滑って移動していく。

 アルビダがほくそ笑む一方、ビビが叫んだ。

 

 「狙いはこっちよ!」

 

 そう言った直後、二本の武器がうねりを見せた。

 攻撃が効かないことは想定通りだとでも言うかのように、滑って向かわされた方向に動いた上で別の物を狙う。彼女が持つ宝箱と金棒だ。

 それら二つを絡め取った瞬間、両腕が勢いよく振り上げられる。

 金棒と宝箱が空高く放り投げられて、ビビは思わず笑みを深めた。

 

 「カルー!」

 「クエ~ッ!」

 

 落下してきた宝箱はカルーが受け取った。

 両羽でキャッチした途端に走り出す。脇目も振らずにゴールを目指し始めたのだろう。

 

 今は命の取り合いではない。あやふやとはいえルールが設けられている。

 そのまま逃がしては敗北してしまうため、アルビダはまずいと焦り始めた。

 ビビが持って逃げたのなら追えばいいだけだが、カルーが持って逃げたのならビビの手が空いていることになる。彼女の足止めを受けて時間を使われては厄介だ。

 おまけに金棒は放り投げられてビビの後方に落ちた。

 拾っている暇はないかもしれない。アルビダは真剣に考え始める。

 

 気付けば眩暈が消えて動けるようになっていた。

 即座に立ち上がったアルビダだったが、一瞬とはいえ迷った。

 ビビを先に仕留めるべきか、彼女を放置して宝箱を奪い返すのか。

 

 迷った時にビビが走り出していた。

 なぜかカルーを追ってゴールへ向かっている。それではアルビダが望んだ通りの展開だが、或いは焦って判断を誤ったのかもしれない。

 アルビダは今度こそ迷いを消して彼女たちを追い始めた。

 

 金棒が無ければ戦えないだとか、弱体化されるなどということではない。

 自らの肉体を武器にすればいいと考え、敢えて金棒を拾う手間を惜しんだようだ。

 

 「アッハッハ! やるじゃないかあんた! 見直したよ!」

 「オーッホッホッホ! 勝負はまだこれからよ!」

 

 ビビは走りながら振り返り、手に持っていた瓶を投げつけた。

 家に放り込まれた際に見つけ、外へ出る前に入り口付近まで運んでいて、先程アルビダがわずかに逡巡した隙に拾って持ってきたのである。

 投げたのは二本。くるくると宙で回る。

 

 素早く左手を振り上げ、装備したままだった孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)スラッシャーで狙う。

 パンっと軽く割れると中身が飛び散り、走ってくるアルビダも避けられない。

 虚を衝かれたのか、走る勢いのまま全身にかぶせられてしまった。

 

 一連の行動でペースが奪われてしまった。この状況は非常にまずい。

 まずいと知りながらもアルビダは一旦退こうとはしなかった。

 

 「くっ、これは……酒?」

 「ええ。家の中に置かれていた物よ」

 「これが一体なんだってんだい」

 

 ただ放置されていた酒を浴びせて何の意味があるのだろうか。

 アルビダは笑みを絶やさないが、ビビも何やら勝機を感じて笑っている様子。

 意味が分からず、しばしそこに立ち尽くしたのが彼女のミスだろう。

 

 「私ね、ウソップさんの武勇伝も聞いていたのよ。魚人の幹部を倒した話」

 「魚人の幹部ねぇ。こうやって勝ったって?」

 「いいえ、少し違うけど……あなたも知ってるでしょ? お酒はよく燃えるってことをっ」

 「なっ――!?」

 

 意図に気付いた時にはもう両腕が振るわれていた。

 連結された羽根の刃が体に迫り、両側から挟み込むように、彼女を捕えようと迫る。

 

 「たとえ傷はつけられなくても、これは防げないでしょう――!」

 

 彼女の体に絡みついた刃が激しく接触し、摩擦の結果、小さな火花を生む。

 狙いはそれ。

 小さな火花が彼女に付着した酒に触れ、その瞬間に大きな火となりアルビダを包んだ。ほんの一瞬の出来事で本人でさえ理解できず、混乱したアルビダは慌てて走り出す。

 

 「キャアアアアアッ!? 水っ、水を!」

 「危ないわ! 今すぐ海に飛び込んで!」

 「水っ!?」

 

 幸い海が近かった。ビビが慌てた口調で指示したため、アルビダは何も考えず柵を飛び越える。しかしよく考えれば彼女は生涯カナヅチの能力者であって。

 それに気付いたのはすでに空中へ跳び出した後のことだった。

 

 「バイバイベイビー♡」

 

 ビビの艶っぽい笑みに見送られ、アルビダは海へ飛び込む。

 不幸中の幸いとして、すぐに火は消え、消火が速かったため被害は大きくなかった。

 そして泳げない出場者を助けるべく契約されていた動物も海中に控えていて、消火の直後、海ネコという巨大な海獣がアルビダを助け出す。

 

 落ちてきたアルビダを頭に乗っけて、勢いよく海上へ顔を出してきた。

 これもまたアラバスタ近海に住む海獣であるためビビは驚いたが、さらに驚く。

 

 助け出したはずのアルビダをポンとヘディングの要領で宙に浮かせ、無抵抗なのをいいことに、全力で殴り飛ばしたのだ。

 アルビダは島の中央まで飛ばされていき、あまりにも乱暴な救助に度肝を抜かれる。

 驚愕していたビビだが、ハッタリーの実況が耳に入って我を取り戻した。

 

 《なぁ~んと番狂わせェ! 一方的かと思われた勝負だが、反対にビビ選手がアルビダ選手を海に落としたぞ! もちろん我が社と契約した海ネコが救助しましたが、顔に似合わず意外とえげつないことするぞ、この子はァ!?》

 「よぉぉし! やったぞビビィ!」

 「よくやったぁ!」

 「ビビすゎまぁ~!!」

 

 まだ胸がドキドキしている。ビビはそっと胸元を押さえた。

 自分でもほとんど考えずに行動していた。思い返せば残酷なことをしてしまったかもしれない。

 しかしこれこそ本当に勝利を望む姿であって、後悔はなかった。

 思い切り息を吸った彼女は、勝ち誇るように大きく口を開く。

 

 「オーッホッホッホ! ……なーんてね」

 

 陣地に宝箱を置いたカルーに振り返り、彼がぐっと親指を立てるのを見て表情が柔らかくなる。

 ビビは今度こそ少女らしくふわりと微笑んだ。

 




 ビビの技はトレジャーバトルというゲームで用いられる名称を使っています。
 しゃがみ状態で「ショット!」と言いながら投げるやつです。当たるとイタタになります。

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