ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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珍獣の島

 シェルズタウンを離れて一日。

 ルフィを船長とする麦わらの一味は一夜を無人島にて過ごし、時間を使って次の航海に備える。

 ゾロは九日ぶりに体を洗い、気分も晴れやかになった。更には服を着替えて気分を一新し、一夜は野宿で終えたとはいえ横になってしっかりと睡眠が取れ、新たな朝になった時にはすっかり晴れやかな表情となっていた様子である。

 

 朝日が昇って少しした頃、また新たな航海に出た。

 問題を発見したのはその時である。

 

 昨日とは違った服装。青いパーカーはそのままだが、その下のシャツを着替え、ズボンは七分丈で足首を出す物に変わっている。何やら腕組みをして難しい顔を見せるキリは、胡坐を掻いてううんと唸っており、一人で物思いに耽っていたようだ。

 

 「由々しき事態だ」

 「どうした? なんかあったのか」

 

 キリを気にしたルフィは船首近くに座りながら彼を振り返る。

 彼もまた昨日とは少しだけ服を着替えていた。膝丈のジーンズはそのままで、上半身に着るベストの色は黒色になっていて、変わらず麦わら帽子を大事そうにかぶっている。

 右手にはリンゴ。出航前に人一倍食べたはずなのにまだ食べれるらしい。

 しゃりっと小気味良い音をさせながらキリと視線がぶつかった。

 

 「食料の問題だよ。それなりに多く見積もって買ったはずなのに、消費が激しい。もっと多めに買わなきゃいけなかったかな……かといってこの船に乗せられる量にも限界がある。あんまり買い込み過ぎると、船が沈む恐れがあるしね」

 「そりゃ大変だな。おれは毎日メシ食えないといやだぞ。なんでそうなったんだ」

 「おまえがバカみてぇに食いまくってるからだよ。腹八分目って言葉知らねぇのか」

 「いでっ」

 

 寝そべったままのゾロが気軽にルフィの頭を蹴った。本気ではないとはいえゴスッとそれなりに痛そうな音が鳴る。だがルフィは驚いた様子だったものの怒りはしなかった。

 

 町を離れて早々の食糧難。

 今はまだ危機だがいずれそうなるかもしれないという心配がある。

 原因はルフィであった。人一倍食欲が旺盛な彼は食事のやめ時がわからず、あればあるだけ食べられる。そのせいでクルー一同たった一日で食料が尽きてしまう光景が頭に浮かんだ。

 

 キリが止めて危機的状況とはならなかったがそれもいつまで持つか。

 船長は全く心配せずに能天気なため、副船長のキリがしっかりするしかない。

 思案しながら表情は優れなかった。

 

 「やっぱり船にも問題があるか。最初はこれだと結構広めかなと思ったけど、四人になってそれなりだし、荷物があると尚更だ。やっぱり大きい船が欲しい」

 「そうだな~。やっぱ海賊船っぽいのがいいな」

 「元々の計算が間違ってた。ルフィに合わせて考えるならもっと多めに積んどかないと。で、必要な分を用意するには船が小さい」

 「それは困った。うーん、どうすっかな~」

 「海賊から奪っちまえばいいんじゃねぇか? そっちの方が手っ取り早いだろ」

 

 腕を枕に寝っ転がったままのゾロが言う。

 体を洗った後、彼も上着を替えている。白いシャツから黒と黄色で彩られたジャケット。革製に見えるそれの前を開いて鍛えられた肉体を露わにしている。

 特に考えることもなく告げられて、案外良い話かもしれないとキリが頷いた。

 

 「ふむ、それもそうか。まぁ後々ちゃんとした船を手に入れるとして、とりあえず航海しやすい船を手に入れた方がいいかもしれない。誰かから奪おうか」

 「軽く言いやがるな。この中じゃおまえが一番危ねぇよ」

 「どう思う? 船長」

 「いいぞ。メシがいっぱい食えるんならそうしよう」

 

 何も考えていないかのように笑ってルフィが言った。

 本当に船長としての自覚があるのか、甚だ疑問が残る姿だがきつく責める者もいない。

 ただ、疑問を持つ者は居たようで、今まで舵を見ていたシルクが少し離れた位置から口を開く。

 

 「それでこれからどうするの? シェルズタウンからは離れちゃったし、一応まだ食料も残ってるけど、次の町まで持つかな」

 「どうだろう。一度無人島にでも寄って何か探した方がいいのかも」

 「さっきの島で探した方が良かったかもね」

 「一度どこかの島へ寄ろうか。町はなくても木の実くらいはあるでしょ」

 

 シルクも舵を離れてやってくる。

 波は穏やかで多少離れても航路に影響はない。きっと真っ直ぐ進むはず。

 近寄って来た彼女も服を着替えて、黒いTシャツに青いジーンズ。今は船を降りる予定がないためサーベルを置いている。

 船室の壁に手を触れ、立ったままで仲間たちを見た。

 

 「ねぇルフィ、私たちの船ってどんなイメージなの?」

 「かっこいいやつだ!」

 「前途多難な気がしてきた」

 「奇遇だな。おれもだ」

 

 軽やかに告げられた答えにキリとゾロは同時にやれやれと首を振る。じゃれ合っている時は喧嘩しているようにも見えるというのに今は息がぴったりだった。

 シルクは彼らの様子を微笑ましく思いつつも、ルフィの発言にくすくす笑う。

 

 「ふふ、かっこいい船か。でもどこで手に入れたらいいんだろうね。海賊船を手に入れるのって簡単じゃなさそうだし……生活費のこと考えるとお金だってあんまりないよ」

 「まぁなんとかなるよ」

 「なんとかって。いいの? そんなに考え無しで」

 「んん、大丈夫だろ。おれ出たとこ勝負好きだしさ」

 「それだと危ない目に遭うかもしれないよ?」

 「そっちの方がおもしれぇじゃねぇか。冒険は何も知らねぇからわくわくするんだ。初めから全部わかってる冒険なんておれは好きじゃねぇ」

 「なるほど……言われてみたらそうかも」

 「な? だから危ないか危なくねぇか知るために冒険すればいいんだ」

 

 何を話しているのやら。キリは嘆息して視線を手元に落とす。

 二人の話し声を耳にしながら海図を確認し始めた。

 

 航海は順調に進んでいる。イーストブルーを離れて早数年、この海の地理に関しては疎いが正確に書かれた海図さえあれば道案内くらいは簡単にできる。今のところ問題はないはず。次に目指す町まで、あと一日もかければ到着できるはずだった。

 

 今はこれでいい。問題なのはグランドラインを目指す頃だろう。

 多少なりとも航海術を持つとはいえ、キリは航海士ではない。海図の描き方は知らず、波と風の読み方は長い航海の間に肌で覚え、方角を見失うこともないとはいえ、やはり専門家とは違う。

 この世で最も危険な海、グランドラインを航海するには新たな仲間が必要になる。

 

 果たしてどこへ行けば航海士に会えるのか。

 できれば優秀な人がいいと、考える内から表情は曇った。

 言うは易し。実際見つけるとなればきっと簡単なことではないだろう。

 一見すれば楽しいだけの航海だが考えることはあり過ぎる。加えて船長は流れに身を任せる自由な人物。頭を悩ませる問題は多過ぎてどんどんやる気が削がれていく気がした。

 

 海図を傍へ置いて少し横になろうと決める。

 考えるだけ無駄なこともあるだろう。もう少しルフィの気軽さを見習わなければならない。

 キリは仰向けに寝転がって深く息を吐き、落ち着き始めた。

 

 目を閉じたちょうどその時になってゾロが声をかけてくる。

 

 「……おい」

 「ん?」

 「おまえ何してやがる」

 「いや、ボクもちょっと寝ようかと思って。真面目に考えるのも良い事ばっかりじゃないね」

 「んなこたぁどうでもいいんだよ。おまえが枕にしてんのが何かわかってんのか」

 「ゾロの太もも」

 「どけ。重てぇだろうが」

 「でも枕がないと寝違える可能性あるよ」

 「だからって人の脚勝手に使っていいわけねぇだろ。猫か、てめぇは」

 「じゃあいいよ、猫で」

 「てめぇ……本当にぶった切ってやろうか」

 「あぁー疲れた。しばらく何も考えないでいよう」

 

 何を想ってかキリはゾロに対して馴れ馴れしく、勝手に膝枕を奪って、抗議してくる言葉にも飄々とした態度だ。動かないと知って舌打ちされるも蹴り飛ばされることはなかった。

 そんな彼らを見て仲が良いのだと判断し、ルフィとシルクも笑顔になる。

 

 それぞれが肩の力を抜いて船上が緩んだ空気に包まれる。

 しばらく誰も舵を見ず、航路を見ない危険な状態だ。それでも船は前に進む。

 

 数分もすれば新たな島の姿が見えてきた。

 目的地ではないものの、途端にルフィが目を輝かせたため、一同は上陸すると早くも気付き、動き始める。指示される前にシルクが舵取りのため移動し、キリは起き上がって前方を眺め、特にやることがないだろうゾロでさえひとまず上体を起こした。

 

 「なぁ、あの島いいんじゃねぇか? ちょっと寄ってみようぜ」

 「了解船長。面舵いっぱーい」

 「はーい」

 

 ルフィの決定を受けてキリが指示を出し、シルクが舵を取って船の目指す先が変わる。

 たまたま見つけた小さな島。

 人の気配はなさそうなのでおそらく無人島なのだろう。

 別段目立った問題もなく船は砂浜へと辿り着き、ゆっくり浅瀬まで乗り込んでいく。

 

 「ゾロ、引っ張って乗り上げさせといて。錨がないから流されないようにしないと」

 「おれの仕事かよ」

 「一番力があるわけだから頼むよ」

 「しょうがねぇな」

 

 濡れたとしても足首辺りまでだろう浅瀬までやってきてから、水の中へゾロが降り、力ずくで船を引っ張る。船の先端が浜まで引っ張り上げられて、これで船を失くす心配はない。

 カナヅチの二人が溺れる心配はなくなった。

 

 上機嫌に島へ降り立ったルフィは全景を眺めて興奮した面持ちになる。

 小規模とはいえ目の前には大自然が広がり、鬱蒼と草木が生い茂る森がそびえ立つ。どこにでもありそうな風景に思えてもルフィの目にはそう映っていないらしい。

 拳を握って楽しそうな彼は、気持ちを抑えられない様子で言った。

 

 「冒険のにおいがするっ」

 

 呟いた直後には我慢できずに元気よく走り出していた。

 後ろを振り返らず、しかし仲間たちには声をかけて、一直線に森へ突入していく。

 

 「行くぞみんなァ! 冒険の始まりだァ~!」

 「あ、ルフィ」

 「ちょっと待ってよルフィ! 一人で動くと危ないよ!」

 

 シルクが声をかけても遠ざかっていく背は森の中に消えて行った。

 一同は一斉に溜息をつく。

 想像はできていたがやはり彼を止めることは簡単でなさそうだ。

 

 船が止まった後でキリとシルクも船を降りる。

 サーベルを持ち出し、慌ててルフィを追おうとしたシルクだがふと立ち止まった。

 後ろへ振り返ってみればキリとゾロは動こうとしていないのだ。

 来るつもりがないのか。疑問を持って尋ねてみれば、返ってくるのは緊張感のない声。島にどんな危険があるかわからないというのにルフィを心配する様子はない。

 

 「二人とも、来ないの? ルフィとはぐれちゃうよ」

 「ガキじゃあるまいし、見てなきゃいけねぇ理由はねぇだろ。おれは寝る」

 「ボクも今回はいいかな。ビーチって久々な気がするし」

 「え~? もう、しょうがないなぁ」

 

 仕方なく二人を置いてシルクが駆け出し、森の中へ入っていく。

 木々は背が高く、草むらも多くて、視界は悪い。

 すでにルフィの姿など見えなかったが放っておく訳にもいかずに、視線をあちこちへやってとにかく探した。相変わらず足が速い。どこへ行ったのかも見当がつかずに歩調はゆっくりになった。ひょっとして迷子になったのではないかとシルクの表情が歪む。

 ついには歩き出して文句を言うように呟いた。

 

 「みんな勝手な人ばっかりなんだから。ルフィ、どこ行っちゃったんだろ」

 「おーいシルク! こっちだこっち!」

 

 声が聞こえて左手の方向を見れば、草むらの向こうからルフィが手を振っていた。

 あっと声を出してそちらへ歩いていく。

 

 草むらを掻き分けて数十メートル。傍へ近寄って驚愕する。

 何やら彼は動物を捕まえていたらしく、それがまた変わった外見の動物で、見つけたところで思わず感想に困ってしまう。

 

 ルフィが捕まえていたのは狐のような四足歩行動物だ。

 それだけならば問題もないが、奇妙なのはその毛並みが真っ白なことと、頭の上には赤いトサカがついていること。よく見れば尻尾の色も鮮明な赤。外見こそ狐だが、鶏の特徴を思わせる部分も持っていて、どちらとも判別できない。

 

 責める言葉さえ忘れてシルクが表情を強張らせる。

 ルフィは逃げもせずのんきに立っている奇妙な動物の背を撫で、自慢するように彼女を見た。

 

 「見ろ、変わったにわとりだ」

 「に、にわとり? 変わった狐だと思うんだけど……」

 「珍しい動物だなぁ。ほら、トサカ。トサカついてるぞ」

 「この子、なんていう動物なんだろう。こんな変わったのは見た事ないよ」

 

 トサカを撫でられて嫌がる素振りさえない。

 狐はやる気に欠けた目つきですぐ傍に居る人間たちを見つめていた。

 どれだけ見てもやはり馴染めず、珍しがるシルクは戸惑いを隠せない。この動物はなんだろうとその場へしゃがみ込み、目線を合わせてじっと顔を見つめ始めた。

 警戒心を持ち合わせないのか狐は逃げない。じっとシルクの目を見つめ返す。

 それでいてやる気のない目つきなのだから困惑は深まるばかりだ。

 

 「うーん、狐? それともにわとり? どっちもなんだけどどっちでもないというか――」

 「おい、あっちにもなんかいるぞ。なんだあれ」

 

 何かを見つけたルフィが歩き出した。

 シルクの傍をわずかに離れ、地面に膝をつき、草むらの中へ上半身を突っ込んで何かを探し始めたのである。行動力はあるのだが危機感はない。心配になってしまう態度だ。

 そうして出てきた彼は手に何かを持っていて、それを見たシルクはまた眉根を寄せた。

 

 「こっちはうさぎだぞ。変わったうさぎ」

 「うさぎ、かなぁ……それは変わった蛇だと思うよ、多分」

 

 ルフィが捕まえたのはこちらも珍妙な外見の動物だ。

 外見は蛇その物でありながら、うさぎの物だと思われる白い毛並みと長い耳が一組生えている。捕まって持ち上げられても攻撃しようという気配はなかった。不思議と攻撃性も見せずに手の中で大人しくしており、時折ちろりと蛇の舌を覗かせるものの害はないらしい。

 

 また困惑が深くなる。

 この島の生き物はどうやら相当珍しいようだ。

 二種類の動物が混ざったかのような外見。人間を見ても一切反応しない、攻撃性の無さ。

 野生動物とは思えない様子には開いた口が塞がらない。

 

 ルフィから蛇を受け取ったシルクはその姿をまじまじと眺め、やはり噛みつかれもしないのだなと首をかしげて、やけに安全なそれの観察を始める。

 

 「蛇、なのかなぁ。うさぎ? やっぱり見た事ない」

 「変な島だな。探したらこういうのいっぱいいそうだぞ」

 「そうね。多分、独特の生態系が築かれてるんじゃないかな」

 「他のも探してみようぜ。ひょっとしたらもっとおもしれぇ奴がいるかも――」

 

 好奇心から目を輝かせるルフィがそう言った瞬間、不思議な声が聞こえた。

 

 《出ていけっ!》

 「きゃっ!? なに?」

 「なんだ?」

 

 森のどこかから聞こえていたようだ。周囲を見回しても誰の姿もなく、声は木々を使って辺りに木霊し、正確な位置が掴めない。計算され尽くした発言だったか。

 二人は警戒心を高めて辺りを見回すが声の主は見つからず。

 それでも声は聞こえていて、自然と緊張感が増していた。

 

 「聞こえた、よね?」

 「ああ、聞こえた。誰か居んのか?」

 《おれはこの森の番人……森に入る者は誰であろうと許さねぇ。今すぐ出ていけ! でなければおまえたちを森の裁きが襲うぞ!》

 「ルフィ、敵襲ってことかな」

 「さぁ~どうなんだろうな」

 

 どことも知れず、ルフィは前方に数歩出て、森に向かって話しかける。

 位置はわからないが誰かが居るのは間違いない。人間の声だ。

 

 「おっさん誰だ? 裁きってなんだよ、おれたちなんにもしねぇぞ。ただ冒険しに来ただけだ」

 《帰れ。この森に入ることは誰にも許されない》

 「おっさん入ってんじゃねぇか」

 《黙れ! おっさんじゃねぇ、森の番人だ》

 「でも声はおっさんだろ」

 《やかましいわ! ほっとけ!》

 

 ルフィの言葉への反応はずいぶん人間らしいものだった。

 聞いていただけのシルクまで、それは果たして危険な物なのだろうかと疑い始め、すでにルフィは森の裁きとやらを気にしていない様子。

 唐突に歩き出して森の奥へ入ろうとしていた。

 

 《おい、やめろ! 裁きが下るぞ!》

 「待ってルフィ! ひょっとしたら本当に危険かもしれない!」

 「いいよ、別に。おれは冒険がしたいんだ」

 《ここはおれの森だ! 勝手に足を踏み入れるな!》

 「お邪魔します」

 《そういうことじゃねぇ!》

 

 すたすたと無遠慮に入られそうになっていた。

 ついに堪忍袋の緒が切れたか、声の主は迫力を増して叫ぶ。

 

 《森の裁きを知れェ‼》

 

 ズドン、と銃声が一発。森の中へ響き渡った。

 咄嗟にシルクは身を小さくして耳を塞ぐが、前方に立ったルフィを見て驚愕する。

 足元がふらついて倒れかけていた。きっと撃たれたのだろう。

 心配から気付けば叫んでいて、思わず彼の背に手を伸ばした。

 

 「ルフィ!?」

 「ふんっ」

 

 しかし持ち直してしっかりと足を踏ん張った。直立すると同時、腹に突き刺さっていた銃弾はゴムの弾力で跳ね返され、森の向こうへと飛んでいく。速度は来た時と変わらなかった。

 やられたと思ったのに全くの無事だったらしい。

 今しがた見た光景にシルクはぽかんと口を開いて言葉を失う。

 その直後、彼の能力について思い出し、納得したように頷いた。

 

 「あ、そっか。ゴム人間だから銃弾も効かないんだ……」

 「あーびっくりした。おれゴムじゃなかったらやばかったよ」

 

 腹を撫でながら呟くルフィに肩の力が抜ける。

 能力者とはつくづく奇妙だ。銃弾を受けてかすり傷一つないとは。

 心配して損をした。がっくり肩を落としたシルクは多少疲れた表情で、気にせず尚もルフィは前へ向かって歩き出そうとする。

 今度は、なぜか森の主からの声は聞こえなかった。

 

 「森の裁きって銃だったんだな。やっぱり誰か居るんだろ」

 「やっぱり行くの? 大丈夫かな」

 「ああ。さっき向こうから飛んできたからな。多分向こうに居ると思う」

 

 がさがさと草むらを掻き分けて奥へ進む。シルクも後に続いた。

 今の一瞬は流石に驚いたが、これで不安を抱えるようなら海賊にはなっていない。持ち前の行動力なのか、航海に出てから手に入れた胆力か、彼女の表情に揺らぎはなかった。

 ルフィについては言わずもがな。持ち前の行動力で喜々として原因を探ろうとしていた。

 

 奥へ進んで数分もかからず、少し開けた場所で奇妙な物を見つける。

 草むらを出た二人はそれへと近付いて行った。

 

 周囲に木々がなく、日光を直に感じる地面の上に、ぽつんと宝箱が一つ置かれている。それだけでも奇妙なのになぜか宝箱からは草が生えたかのような様相。ブロッコリーのような緑色の何かが上に乗っかっていた。そして傍には硝煙を発する銃が落ちている。

 明らかに周囲から浮いた物体で、二人の興味が向けられるのは当然だった。

 

 「あり? 誰もいねぇな。なんだこれ?」

 「銃が落ちてる。きっとさっきまで誰か居たんだね」

 「これなんだろうな。宝か? ブロッコリーなのか?」

 

 しゃがみ込んだルフィが奇妙な物体に興味を寄せる。すると突然、その物体が動いた。

 急に反転して二人から遠ざかろうと駆け出し、素早い動きで遠ざかっていく。

 当然二人は驚きが隠せなかった。

 

 「う、動いた!?」

 「逃げたぞ!」

 

 反射的にルフィが追おうとするが、その瞬間に石につまずき、奇妙な宝箱は転ぶ。

 危機感を露わにした二人はすぐにそれを消してしまい、その光景に妙に落ち着いてしまう。

 

 「あ、転んだ」

 「なんなんだ、あいつ」

 

 歩いて近寄ってみる。

 自力で横へ転がり、向きを変えた様子の宝箱は仰向けの状態となっており、そこにすっぽり嵌った人間の顔が確認できるようになっていた。

 

 宝箱に人間が嵌っているのである。

 緑色の巨大なアフロを持った、外見から見ると中年だろう男性だ。

 人間ではあるもののただの人間ではなく、先程見た珍獣にも等しく奇妙な男は、転がったまま自力で起き上がれないらしい。見下ろしてくる二人へひっくり返ったまま凄んだ。

 

 「くらぁ! てめぇら舐めた真似しやがって! とりあえず起こせ、この野郎が!」

 「うわっ、おっさんが生えてる」

 「いや、嵌ってるだけじゃないのかな。宝箱に入っちゃってるんだよ、きっと」

 「んなこたぁいいからまず起こせ! さっさとしろ!」

 「なんで威張ってんだよ。自分でこけたくせに」

 「とりあえず起こしてあげようよ。じゃないと話もできないでしょ」

 

 宝箱から辛うじて出た手足をじたばた動かし、叫ぶ彼を丁寧に起こしてやる。

 奇妙な出会いだとは思うが、だからこそ面白く、ルフィは彼に興味を持ったらしい。起こしてやるや否やもう逃げ出さないようにと宝箱を掴みながら、笑顔で問いかけた。

 

 「おっさん何もんだ? なんで宝箱入ってんだよ。箱入り息子か?」

 「そう、子供の頃から大切に育てられて――って違うわ!? こんな文字通りあって堪るか!」

 

 逃げることを諦め、男は溜息をついて二人を見る。

 

 「おれの名はガイモン……元海賊だ」

 

 ぽつりとそれだけが呟かれた。

 元海賊。その言葉には惹きつけられる何かがある。

 一際目を輝かせたルフィは興味津々に口の端を上げて笑った。

 


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