ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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本戦出場者決定

 Cブロックの試合が終わった直後、ルフィはゴージャス・ハッタリー号の船内に居た。

 キッチンへ向かい、そこで働くスタッフに食事のおかわりをねだっていたのだ。

 試合が終わった後でも、否、終わって疲れた時だからこそ腹が減るのか。まだまだ食べ足りない彼はコックの驚きもそっちのけに次の料理を待っていた。

 

 「おばちゃん、急いでくれ。次の試合始まっちまうよ」

 「そうは言うけどねぇあんた。突然言われてこっちも戸惑ってるんだ。そんなに急かさないでおくれよ。大体さっき大量に持ってったところじゃないか。もう全部食べたのかい?」

 「うん、全部食った。まだ腹減ってんだ、おれ」

 「とんでもない男だねぇ。でもそれくらいじゃなきゃ海賊なんてやれないか」

 

 試合を見たいという気持ちを持ちつつ、やはり腹を満たしたいとも思う。

 急ぐルフィはその場で駆け足をしながら料理の完成を待っていた。

 

 Cブロック、アーロンとウィリーの真っ向勝負には久々に熱くなった。元は敵だった男を応援してしまうほど良い戦いだったと思う。嫌いだったはずなのに、今はそうでもないかもしれない。

 気付けば本戦出場者の半数以上が麦わらの一味で固められている。

 残っていたメンバーは出揃ったため、次はそうもいかない。

 それだけにDブロックの試合が楽しみであった。

 

 しばらく待って料理が完成する。

 大きなおぼんに大量の皿と山積みになった料理を乗せ、コックは彼に笑みを向ける。

 この船は本戦出場者に全力で奉仕する。そのため嫌な顔一つしなかった。

 

 「はいよ、お待たせ。今度はゆっくり味わって食べるんだよ」

 「うわっ、ありがとうおばちゃん」

 「焦って喉に詰まらすんじゃないよー」

 

 おぼんを持ったルフィは踵を返して長い廊下を走る。

 モニターは甲板に設置されていた。皆もそこで待っている。急いでそこへ戻って次の試合を見なければならない。かなり待ってしまったことが唯一の気がかりである。

 

 ルフィが甲板に戻った時、そこに居る全員がモニターを見ていた。

 笑顔になって仲間たちに声をかけながら急ぐ。

 

 「お~い! メシもらってきたぞぉ~!」

 《試合終了~! Dブロックの勝者が今決まったァ~!》

 「ん……えぇっ!? もう終わったのか!?」

 

 並び立つ仲間の背後で急停止したルフィは悲鳴のような声を発する。

 一番近くに居たキリに声をかけ、早くも質問を行った。

 

 「なぁキリ、もう終わっちまったのか? いくらなんでも早ぇだろ」

 「ちゃんと50組がリングに上がって戦ったよ。正直言って五分もかからなかったかな……」

 「何があったんだ?」

 「それは――」

 

 キリが答えようとしたところでハッタリーの実況が割り込んでくる。

 彼は正確な情報を伝える立場にある者だ。聞いていればきちんと教えてくれるだろう。

 必然的に彼らは静かになり、耳を傾け始めた。

 

 《こんなことがあっていいのか!? 最も参加者が多いというのに、試合開始から最短の時間で終了してしまった! それでは本戦出場者2組を改めて紹介しておこう!》

 

 上空からリングを見るハッタリーが驚嘆しながらも口を動かす。

 

 《まずはこちら! 存在感の薄さか、それとも実力か! 一度も戦うことなく本戦への切符を手に入れた海賊、道化のバギーと金棒のアルビダペア!》

 「うるせぇー! 実力だ、実力! おれ様を舐めんな!」

 「やめときなよバギー。アタシらはただ突っ立ってただけだろ?」

 「それで勝ち残れるのも実力よ! ギャーッハッハ!」

 

 どうやら2組の内1組はバギーとアルビダだったらしい。

 彼らも本戦へ進むのかとルフィは素直に感心する。

 

 その時、彼は気付いていなかったが、その場に居る誰よりも険しい顔を見せる人物が居た。ついさっきまで上機嫌にルフィと食事していたエースである。

 Dブロックの試合を見始めてすぐに表情が変わってしまった。

 それ以来、彼は今までに見たことがないほど険しい顔でモニターから目を離さない。

 

 問題なのはもう一方。

 二人とも黒いローブを着て体を隠し、フードを目深にかぶり、さらに仮面を付けて顔を隠す。

 ただその片割れ、武器として使用した長い鉄パイプを手の中で回していた。

 

 《そしてこの惨状を生んだ張本人! 正体不明の謎の実力者! Mr.S&Ms.Kペア~!》

 

 素性どころか姿まで隠した怪しい二人組。彼らがあっという間に試合を終わらせたのだろう。つまりそれほど強かったということだ。

 ルフィはふむふむ頷いてひとまずおぼんを置く。

 どかっとその場に座り、積まれた肉を掴みながら隣に立つキリを見上げた。

 

 「あいつらそんなに強かったのか。どうだったんだキリ?」

 「強いなんてもんじゃない。抽選で残っていたのは50組、人数にすると100人があのリングに居たんだ。それをルフィがキッチンに行って戻ってくる間の数分で全部海へ落とした」

 「すげぇな。ってことはめちゃくちゃ速かったんだろ」

 「うん。あの二人だけ別格だ。実力を見ると一億、二億でもきっと足りない」

 

 キリがそこまで言うのも珍しい気がする。

 ルフィは感心した様子で肉を齧り、真剣な目でモニターを見ていた。

 その時になってエースの異変に気付いたようだ。

 

 「エース、メシ取ってきたぞ。食わねぇのか?」

 「なぁルフィ。おれは……妙なもんを見ちまったって思ってる」

 「ん? 何が?」

 

 エースは腕を組んでモニターを睨み、微塵も動かなかった。

 妙に緊迫した表情だ。周囲の皆も気付き始める。

 

 「あそこで暴れてた奴の戦い方、いや、というよりも動きの癖か。見覚えがある気がして仕方ねぇんだ。それがあり得ねぇ話だってわかってんのにな」

 「知ってる奴なのか?」

 「わからねぇ。だからおかしいんだ。なんかすっきりしねぇ感じだ……」

 

 珍しくはっきりしない口調だと思う。

 そんなエースを見るのが初めてな気がして、流石にルフィも眉をひそめた。彼についてはよく知っているつもりだが普段と違って歯切れが悪い。

 行って帰ってきたらこうである。間違いなく試合を見たからだ。

 

 気になってルフィもモニターに目を向けた。

 試合を終えたバギーとアルビダ、先程知ったばかりの、Mr.SとMs.Kが小舟に乗る。

 シーラパーンが小舟を引っ張って、これからゴージャス・ハッタリー号に来るのだろう。

 

 ビビはやっと理解した。

 今にして思えば、ヒッコシクラブの上でエースが見ていたのはあのMr.Sという人物だった。

 

 戦っている姿を見る前から何か違和感を感じていたのだろう。それがこのタイミングで、その人物の実力を知って確信を得た。エースだけが何かに気付いている。

 戸惑っている様子の彼は、まだその迷いを言葉にできない。

 胸中にあるのはもっと知りたいという欲求だ。もっと明確な何か、例えば自分がMr.Sと戦ったりだとか、そういった状況になればもっとはっきりする気がする。

 

 エースは敢えて口を噤む。

 迷ったまま口にして、ルフィを混乱させてはいけない気がしていた。

 

 少しするとDブロックの勝者がゴージャス・ハッタリー号へ到着し、甲板へ現れる。

 昨夜は千人以上乗っていた豪華客船に、ゲストはたったの8組。

 これで本戦出場者が勢揃いした。

 

 Aブロックからはルフィ&ビビ、キリ&エース。

 Bブロックからはシルク&チョッパー、Mr.2・ボン・クレーが一人だけ。

 Cブロックからはアーロン&はっちゃん、スモーカー&たしぎ。

 Dブロックからはバギー&アルビダ、Mr.S&Ms.K。

 揃いも揃って実力者ばかり。度重なる試練で海賊としての実力を認められた者たちだ。

 

 全員が甲板に立ち、不思議とけん制し合うように互いの顔を眺めていた。特に一部の者は因縁があるのか、睨みつける目で強い感情が窺える。

 せっかくならば決着は大会の中で。

 今すぐこの場で戦おうとする者は存在せず、張り詰めた空気が辺りに漂う。

 

 《これにて予選は終わった。本戦は明日行われる! 諸君らが乗る船はこれからブルースクエアの町へと戻り、試合は明朝より、その周囲にある島を舞台に執り行われるぞ!》

 

 ハッタリーが空気を変えるように説明を始めていた。

 まだ日が傾く前。連戦が続いていた彼らはほっと安堵の息を吐く。

 

 《ひとまず明日になるまでは休息に全力を注いでくれ。諸君、勝者も敗者もお疲れ様。そして勝者のみんなはおめでとう。明日になればいよいよトレジャーバトルが始まるぞ。これこそが大会の目玉で、優勝というたった一つの席を奪い合う激しい戦いとなることだろう》

 

 トーンは落ち着き、声は穏やかで、それでもハッタリーの声には熱があった。

 明日への期待は抱きつつ、ひとまず明日までは休むことができる。

 ハッタリーは彼らへの労をねぎらい、静かに実況を終えた。

 

 《それでは明日の決戦に備え、戦う者も観る者も、共に英気を養うとしよう。くれぐれも本番は明日のトレジャーバトルだ。みんなもその時を楽しみにしていてくれ》

 

 その声も聞こえず、エースは仮面をつけて素顔を隠す人物を見ていた。

 まさか、と思いながらも確信はなく。

 それはただの願望なのではないか。そう思いながらも諦められない自分が居る。

 ただ、そうであって欲しいと思っていた。

 

 

 *

 

 

 夜になる頃には全ての船がブルースクエアに戻っていた。

 戻ってすぐ、勝者、敗者を問わずに盛大な歓声によって歓迎されて、町中の人間が海賊たちに惜しみない賛辞を送っている。

 船上では調子に乗った海賊たちが笑顔で手を振っていたようだ。

 凄まじい歓声を受けてすでに有頂天になる者も多く、それも仕方ない。

 その熱気はそう簡単に体感できるものではなかったのだ。

 

 ゴージャス・ハッタリー号の甲板からも町の様子は見えていた。

 ルフィやチョッパーは嬉しそうに手を振っていて、子供のようにはしゃいでいる。

 なぜかその隣にはMr.2がくるくる回り、バギーが欄干の上に飛び乗って大笑いしていた。

 いつの間にかいがみ合っていたことさえ忘れ、まるで仲間のような仲睦まじさだった。

 

 本戦出場者だけでなく敗者たちの船も港へ到着する。

 港の辺りは人でごった返しており、とてもではないが降りれるような状態ではない。

 

 周辺を見回したキリは船を降りることを諦めるつもりでいた。

 せっかくこのゴージャス・ハッタリー号に乗船する権利を得ている。それを使わない手はないと思って、どうせならこの船で休めばいいと考えたらしい。

 部屋は余っている訳で、休憩の間なら仲間たちを呼んでもいいだろう。

 早速船長へ伝えるためにルフィの下へ歩き出した。

 

 「ルフィ、どうせこの後は本戦出場祝いで宴でしょ? ならこの船でやろうよ」

 「そうだな、こっちの方が広いもんな」

 「というわけでみんなを呼んで来ようか。アーロンとバギーも全員呼べばいいよ。これだけ広いんだし、みんなで騒いだってそう大した問題にはならないさ」

 「アァ? なぜおれがてめぇらと……」

 「まぁまぁアーロンさん、せっかくならそうしよう。おれ、みんなを呼んでくるぞ」

 「チッ……」

 「しょうがねぇなぁ。まぁ~そうは言ってもおれ様はちょうど気分が良い。どうしてもっていうなら頷いてやらんでもないが?」

 「ははぁ~。よろしくお願いします」

 「よぉし、それじゃ部下を集めるか。どうせならハデな宴にしてやる!」

 

 アーロンはともかく、本戦出場、及び町からの歓声を浴びて機嫌が良くなっている。

 船で合同の宴をしようという提案はあっさり受け入れられた。

 

 しかし、準備しなければならない物もある。

 それぞれの仲間を呼び寄せ、食料や酒も足りないはず。あらゆる物を用意しなければならない。

 そのためには人手も金も必要になるため、キリが手を叩いて注目を集めた。

 

 「はいはい、それじゃ手分けして準備しないとね。それぞれの仲間は自分たちで呼んできてね。それと食料やら酒やら買わないと。バギー、お金出してよ。できれば全部」

 「ふざけんなコラッ!? そんなもんてめぇで負担しろ!」

 「じゃあ半分でいいよ」

 「優しく言えば通ると思うなよっ。てめぇがやってんのはカツアゲだからな!」

 「だって色々要る物はあるしさ。うちだけで出すってことは、言い換えると君らもうちの傘下になったことになる気がするけど、それでいい?」

 「うぐっ……仕方ねぇ。背に腹は代えられねぇか」

 「そこまで嫌がるかな。案外認めてみると楽になれるよ?」

 「黙れ! てめぇらの部下なんかまっぴらごめんだ!」

 「じゃあせめて同盟だけでも」

 「やらぁん! なぜならてめぇの考えがヤバ過ぎるからだ!」

 「ケチ」

 「誰がケチだ!? むしろお前の方だろうが!」

 

 バギーがキリに詰め寄ってギャーギャー騒いでいた。

 彼は本気で怒っているのだろうがキリは笑みを絶やさず、そのせいかあまり危機感があるようには見えない。仲が良いという姿にも見えてしまう。

 やはり怒鳴られようと全く堪えていない。逃げ出したキリはシルクたちを見た。

 

 「シルク、チョッパー、休んでていいよ。疲れてるでしょ? ボクがやるから」

 「ううん、大丈夫。手伝うよ」

 「おれもいっぱい休んだから大丈夫っ」

 「そう? じゃあみんなを探してきてくれるかな。食料とかはこっちで手配する」

 「わかった」

 「みんな、怪我してないかな。そしたらおれが治さなきゃ」

 

 シルクとチョッパーが船を降りて仲間たちを探しに行く。

 彼らがゴージャス・ハッタリー号に向かっているとすれば会い易いのだが、おそらくそう考えはしないだろう。集合するためにメリー号へ戻っている可能性もあった。

 まずは彼らと会うため、自分の船に戻ることを決める。

 二人の姿はすぐに人混みの中へ消え、メリー号を目指して移動を始めた。

 

 振り返ったキリはルフィを見た。

 彼は盛り上がる町を見て楽しそうにしており、うきうきした様子は分かり易い。

 最も厄介なのは勝手に移動してはぐれることだ。キリは子供に言いつけるように言う。

 

 「で、ルフィはここで待ってること。今あの中に行ったら十中八九迷うよ」

 「え~?」

 「だめ。みんなすぐに集まってくるから」

 「しょうがねぇな。じゃあ早く戻って来いよ」

 「あいあいさー。ビビ、ルフィが逃げないように見張ってて」

 「ええ。でも逃げないようにって」

 「キリ、お前失敬だぞ。失敬だな」

 「すいませんね、どうも。育ちが悪いもんで」

 

 くすくす笑ったキリも船から降りていき、ルフィとビビが船に残る。

 他の面々も続々と船を降りて準備に慌ただしい。

 

 港へ降りたはっちゃんは、さほど移動もせずに向こうから近付いてくる仲間に気付いた。それはたこ焼き屋に残った数名の同胞と、ケイミー、パッパグである。

 見るからに珍しい魚人と人魚とヒトデが一塊になってやってきた。

 周囲の人間から注目を浴びる中、ケイミーとパッパグが大きく手を振っている。

 

 攫われてやしないかと心配していたが無事でよかった。

 人魚は陸上で珍しいからこそ狙われる危険性がある。特にケイミーは性格的に攫われ易い。

 彼女たちと無事に合流して、安堵したはっちゃんはようやく肩の力が抜けた。

 

 「はっち~ん! すごかったよ試合! すっごく大変だったけど、すっごく強かったね!」

 「いやぁー手に汗握った。お前よく頑張ったなぁ、ハチ」

 「ニュ~、おれはアーロンさんについてっただけだ。大したことはしてねぇ」

 「でも明日も出るんでしょ! おめでとう!」

 「よくやったぜハチ! お前はおれたちのアイドルさ!」

 「ニュ~、ありがとうな二人とも」

 

 二人もモニターから観戦していたのだろう。やけに興奮した面持ちで声が弾んでいる。

 嬉しくなったはっちゃんも頬を緩ませていた。

 

 「何も問題なかったか?」

 「うんっ! たこ焼きもいっぱい売れたんだよ!」

 「まぁそうは言ってもハチが居る時ほどさばけなかったけどな」

 「そんなのいいんだ。二人が頑張って無事だったらそれでいいんだ」

 「はっちん……」

 「ハチィ……」

 

 彼の優しさに打ち震えている様子の二人へはっちゃんが言った。

 

 「おれたちこれから宴やるんだ。麦わらたちと一緒だぞ。みんなも来てくれ」

 「やったぁ!」

 「それじゃもういっちょたこ焼き作るか!」

 

 ケイミーもパッパグも喜び、他の同胞も喜んでいる様子だ。

 彼女たちを含め、アーロン一味は本来宴を好んでいる。しばらくアーロンが苛立っていたので騒ぐ時間は減っていたが、それでもケイミーやパッパグが仲間になって変わり始めたものがあった。

 彼らはすぐにゴージャス・ハッタリー号へ戻ろうと踵を返す。

 

 振り返った時、はっちゃんは少し離れた位置にDブロック勝者のMs.Kが居ることに気付いた。

 仮面をつけているがじっと見られている気がして、はっちゃんは首を傾げる。

 

 「ニュ~?」

 「あ、あの……」

 「あぁそうか。おめぇもおれたちと一緒に宴したいんだろ? もちろんいいぞ。麦わらはいい奴なんだ、宴をすればみんな友達になっちまう」

 「あっ……」

 「さっきの船でやるんだ。案内するぞ。ほら、こっちだ」

 

 黒いローブで隠しているとはいえ、小柄な外見と声からしておそらく女性。

 はっちゃんは全く警戒せずに手招きで彼女を呼んだ。

 同じ大会に出ている同志。一緒に騒げばいいではないかと思っている。

 

 「どうした? 来ねぇのか?」

 

 なぜかMs.Kは動こうとしない。些細な仕草から戸惑いが感じられる。

 彼女は、迷った末、思わず伸ばしかけた手を無理やり引っ込めた。

 

 「いえ……ごめんなさい。一緒には行けないの」

 「ニュ~? なんでだ?」

 「まだ仕事があるから」

 「そうなのか。じゃあ仕事が終わったら来てくれよ。あいつらのことだからきっと朝まで騒ぐと思うんだ。うちの大親分は宴が好きだからな」

 「うん……」

 

 寂しげで、一方でどこか嬉しそうで、決して簡単ではない感情を持って頷かれる。

 きゅっと自身の腕を抱いていた。

 Ms.Kは迷うように俯き、すぐに顔を上げる。

 今度こそ正面からはっちゃんを見つめていた。

 

 「ねぇ、はっちゃん……」

 「ニュ? おれ名乗ったっけ?」

 「また、会えるよね?」

 「当たり前だ。おれたち待ってるから、いつでも来てくれよな」

 「……うん」

 

 名残惜しそうにしながらMs.Kは振り返って歩き出す。

 はっちゃんに見送られて、何かを振り切るようにしながら小走りになり、狭い路地に入る。

 Ms.Kが足を止めたそこにはMr.Sが立っていた。

 

 「どうした、知り合いか?」

 「うん。昔、ちょっとね」

 「ハックたちが集まってる。ブルーベリータイムズに怪しいところはないそうだが、問題はこの近隣諸国の王族らしい。祭りに乗じて取引が行われてるみたいだ」

 「予想通りだね」

 「それとサイファーポールも来てる。まだ見つかってないようだけど、やっぱりおれたちを警戒してるんだろうな」

 「早く合流しよう」

 「ああ」

 

 二人は揃って狭い路地を進み、街灯の光が届かない闇の中へ身を沈めていく。

 

 「できるだけ試合を盛り上げて長引かせるんだ。大会に注目が集まってる間にハックたちが必要な情報と証拠を回収してくれる。まさに本番は明日だな」

 「わかってる。それより心配なのは君の方だよ。やり過ぎちゃダメだからね?」

 「ああ」

 「あの火拳のエースも居るけど、熱くなり過ぎないこと。わかった?」

 「わかった」

 「もうっ、ちゃんと聞いてるの? 今まで何回もそう言って――」

 

 Ms.Kが叱るように言葉を続けていた時、Mr.Sはそっと自身の頭に指を触れた。

 今日はなぜかひどく痛む。ズキズキと内に響くような強い痛みだ。

 なぜそんなに痛むのかはわからないものの、気になることは一つあった。

 

 火拳のエース。

 麦わらのルフィの手配書を見た時のように、その名前を聞くと頭が痛んで仕方ない。

 


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