ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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バトルロイヤル Bブロック

 Aブロックの試合が終了した直後、敗者が集うガレオン船も色めき立っていた。

 やはり話題に上がるのは火拳のエースの強さ。他の参加者とはまるで格が違うと、その実力を見て興奮せずにはいられず、優勝するのは彼だと語る声ばかり。

 

 その一方で麦わらの一味はルフィたちが勝ち残ったことを喜んでいた。

 モニターを真剣に見つめる一同は喜びを表して声を上げる。

 

 「よっしゃあっ! ルフィたちもキリたちも両方残ったぞ! この調子で優勝だぁ!」

 「ビビ様ぁ~!!」

 「よかった。ビビも無事だし、今のでちょっと休めたみたい」

 「それに本戦出場は決定だ。もう今日はこれ以上戦わなくていいだろう」

 「フン。最初からこれにしときゃよかったんだ……」

 

 満足に戦えなかったゾロは体が疼いているらしく、つまらなそうに顔をしかめているものの、他の面々は喜びと共に安堵で一息つく。

 最も心配だったのは疲弊していたビビだったが、杞憂だったかと思えるほどあっさり終わった。

 それもこれもエースの大立ち回りがあったからであり、その事実は無視できない。

 

 「しかし火拳のエース、なんて強さだ。同じ人間とは思えねぇな」

 「た、確かに今は味方だけど、あれが敵だったらと思うと恐ろしいな……あっ! まさか本戦で味方同士潰し合うってことねぇよな!?」

 「可能性はあるだろ」

 「やべぇじゃねぇか!?」

 

 サンジの言葉にウソップが狼狽する。

 確かにエースは強い。いくら兄弟だとしても今のルフィでは勝てないだろう。もし本戦で潰し合うことになれば自分たちにとっては不都合ばかりである。

 しかし本戦が如何なる競技になるか想像もできていない。

 焦り出すウソップにサンジは冷静な声で言った。

 

 「心配すんな。もしエースが勝ったとしても組んでんのはキリだ。エターナルポースはおれたちの手に入る。ま、エースがごねなきゃの話だが」

 「そっちの方が大問題だろっ。あいつが暴れ出したら誰も止められねぇぞ?」

 「それも心配はいらねぇはずだ。そもそも参加のきっかけはおれたちが引きずり込んだからで、本人はさほど欲しいもんなんてねぇんだろ」

 「なんでわかるんだよ」

 「話してみてそんな感じだったってだけだ」

 「できればそれが当たって欲しいな……」

 

 不安を抱いている様子でウソップは頭を垂れてしまった。

 いつものことなので今更誰も驚いていない様子である。

 

 ひとまずルフィたちのことは気にしなくて済む状況になった。だが問題はまだ残っている。勝ち残ったメンバーの中にはシルクとチョッパーの姿もあった。

 彼女たちは勝ち残れるか。或いは怪我をすることなく終われるのか。

 この先の試合も目が離せず、ナミは不安そうな顔でモニターを見つめる。

 

 ゴージャス・ハッタリー号から操作を行っているのか、モニターに映る画面が変わった。

 次の試合、Bブロックに出場するメンバーの名前が映し出される。

 ランダムに選ばれるため、参加する人数も不平等。今回はたったの8組のようだ。

 

 画面を見たナミがあっと声を漏らす。

 思わず指差し、そこに仲間の名前を見つけたのだ。

 

 「あれ見て! シルクたちだわ!」

 「しかも8組だけか! こりゃいけるぞ、絶対残れる! チャンスだぞシルク~! 頑張れチョッパー!」

 「シルクちゅわ~ん!」

 「ビビすゎまぁ~!!」

 「クエ~ッ!」

 「うるせぇなおっさん! ビビちゃんは無事だっただろうが! いい加減泣き止め!」

 

 自身の無力さを嘆くイガラムは泣きじゃくってビビの名を呼んでいた。しばらくこんな状態なのでついにサンジが叱りつける。

 今はシルクたちの試合に集中すべき時だ。

 

 さらに画面が変わってジュゴン岬の様子が映し出される。

 8組の参加者はすでにリング上へ移動し終えていた。

 

 《Bブロックはなんと驚きの8組参加! これが最小になる予感がプンプンするぞ! この中から6組が脱落し、2組だけが残れる! 最後まで立っていられるのは誰だァ!》

 

 調子よくハッタリーが告げることで観客は大いに盛り上がる。

 参加選手たちも戦意を向上させ、試合が始まるのを今か今かと待ちわびていた。

 そしてついに彼がその時を告げる。

 

 《Bブロック、試合開始ィ!》

 

 空で花火が破裂して、リング上の全員が身構えた。

 参加するのは8組。人数にして16人。

 少ないが故に周囲に対する警戒心も乱戦の比ではなくて、上手く立ち回らなければチャンスをピンチに変えてしまわれる可能性もある。

 彼らは誰が仕掛けるのかを警戒し、待つ姿勢を見せる者も少なくない。

 

 シルクとチョッパーもまた、警戒するからこそ自分から仕掛けようとはしなかった。

 そんな周囲を一切気にせず駆け出す一人の影がある。

 

 「あちし待たなぁ~い! さっさと終わらせるわよ~う!」

 

 駆け出したMr.2が一番近くに居た男の腹を蹴り飛ばし、彼は防御も受け身も取れずに海の中へと叩き落とされ、周囲は冷や水を浴びたかのような衝撃を抱く。

 この中に一人バカが居た。駆け引きを無視した行動で一気に均衡が崩れたのである。

 

 Bブロック参加者8組。人数にして16人。これは誤りである。

 唯一ペアを持たずにたった一人で参加しているMr.2が存在するため、人数にすれば15人だ。

 

 本来ならば二人一組でなければ参加できない大会のはずだった。

 自らの意志で受付へ向かったMr.2もその説明をされており、一人だけでは参加はできないと言われている。しかしその時彼は自らの持論、オカマは男で女、つまり二人分、と暴論を押し切って受付を黙らせており、一人だけで参加できたらしい。

 唯一の例外。今の行動から見てもバカであることは間違いないだろう。

 

 恐ろしいのはその強さ。

 予選を一人で勝ち抜いただけでなく、現在も元気が有り余っている。

 無駄な動きにしか見えないがくるくる回ったりする暇もあり、蹴り飛ばした男の相方に接近し、強烈なパンチを叩き込んで海へ殴り飛ばした。

 

 開始数秒。

 残り7組の13人。

 Mr.2の行動は確実にリング上へ衝撃を与えた。

 

 《は、速ぁ~い! 試合開始と同時に一人が脱落! その直後にもう一人脱落! たった一人の行動によって緊張状態が崩された! これは荒れそうだァ~!》

 「んが~っはっは! どきなさぁ~い!」

 

 Mr.2は更なる攻勢に出て敵へ襲い掛かる。慌てて迎え撃ったが実力の差は大きかった。

 シルクとチョッパーは狼狽して辺りを見回す。

 彼につられて動き出す者が多い。リング上は混乱しているらしく、冷静に自分の判断で動いていられるような状況ではなかった。

 だが考え方によってはチャンスでもあった。

 この勢いに乗じて敵を倒し、人数が少ないからこそ一気に決める。そんな戦法も悪くない。

 

 「シルク、どうする!? おれはどうすればいい!」

 「仕掛けよう! あの人が動いてみんな混乱してる! 落ち着く前に決めるよ!」

 「わかった! それじゃおれも――」

 

 恐怖心を感じながらも無理やり押し殺し、指示を受けたチョッパーは敵の姿を見据えていた。

 帽子の下からランブルボールを取って一気に決めようと考える。

 

 その時、崖の上から飛び移ってきた者がリング上へ乱入する。

 ドスンと重そうな音が聞こえてチョッパーはそちらを確認してしまう。

 やけに大きな、ラパーンである。

 

 《さぁ~てここで乱入者だ! ボスクラスのラパーンが五体! たった五匹と思うなかれ、こいつらの戦闘力は通常のラパーンの倍はあるぞ!》

 「で、でかい……! こんなラパーン、初めて見たっ」

 「敵に集中しよう! Mr.2は放っておいて、他の参加者を倒す!」

 「んが~っはっはっは! おんもしろいじゃな~い!」

 

 地面を蹴りつけたMr.2が空中でくるくる回る。

 着地の寸前、見えているが反応できず動けない大男の頬を蹴りつけ、体勢を崩す。

 Mr.2は着地すると同時にぐるりと回った。

 

 「アァン――」

 

 回転して振り向いたと同時に拳が突き出される。

 

 「ドゥ!」

 

 腹を打って背が曲がった。

 白目を剥きそうな大男は全く動けずにいる。

 

 「クラァ!」

 

 さらに回転して回し蹴りを叩き込んだ。

 大男の体は軽々と宙を飛んでいき、地面を転がる暇もなく、頭から海へ落ちた。またしても参加者が減って自分が狙われる機会が多くなっていく。

 Mr.2は一旦足を止め、次の標的は誰にしようと周囲を見回す。

 

 「さぁて次は誰かしら。かかって来いやぁ!」

 

 ドスンと音を立てて目の前にラパーンがやってきた。

 Mr.2はにやりと笑い、独特の構えで迎え撃つ。

 

 ブルーベリータイムズ社と契約しているとはいえ、ラパーンは野生動物である。獰猛で人を襲う気質は変わっておらず、技術を用いずに純粋な身体能力を武器としていた。

 ラパーンが拳を握ってパンチを繰り出し、大ぶりとはいえ攻撃が迫る。

 Mr.2は的確に間合いを見切って一歩下がるだけで回避した。

 

 ふざけた姿に見えるもののMr.2は武闘家である。

 用いるのはオカマ拳法。一朝一夕では手に入らない技術を長い時間をかけて会得した。

 間合いを見切り、些細な動作から敵の行動を予測し、最善の攻撃と回避を行う。

 彼の強さは生半可なものではない。特にこういった敵が存在する状態での戦闘になれば、その強さは本来の力を発揮する。宝探しやレースよりよっぽど得意分野だった。

 

 ぐっと膝を曲げ、撃ち出すようにMr.2が前へ走った。

 その速さ、強さは、自然界に存在する物とはまるで異なっている。

 反応できぬほどの速度で目の前まで迫っており、見切れぬ速度で無数の蹴りが繰り出された。

 

 「白鳥アラベスクッ!」

 

 まるで全身を蹴られたような衝撃だった。

 ほんの一瞬で顔や胸元、腹に至るまで複数回の蹴りを受けた。ラパーンは立ったまま地面を滑ると後方へ下がらされて、なんとか止まった時には背後に海がある。

 フラフラの状態でラパーンは更なる追撃を受けた。

 

 「落ちなさいよデブチン! あんた邪魔よぅ!」

 

 ドンッと腹に蹴りを叩き込まれ、今度こそラパーンは海に落ちてしまった。

 笑顔のMr.2は片足と両腕を上げてポーズを決め、またしても上機嫌に回り始める。

 

 《なぁ~んと! お邪魔キャラのラパーンが海に落とされるというアクシデント! 一体誰なんだこの男はァ!? とんでもない強さでこの試合を引っ張っている!》

 「バカねぃ! あちしは男であって女でもある……すなわち! オカマよぅ!」

 《あ、これは失敬。え~彼とも言えるし彼女とも言えるといいますか……とにかくこのオカマの人物を止められない限り勝機は無さそうだぞォ!》

 

 ハッタリーに文句を言った直後、Mr.2の死角から敵が迫った。

 彼に気付かれない内にと鋭いパンチが突き出される。

 しかし、完璧に死角を突いたはずの攻撃は呆気なく回避されてしまい、いつものポーズでくるりと回りながら横へ動いただけで空を切った。

 

 これは偶然ではない。彼は自分よりも速いのだ。

 相手の攻撃を待ってからでも避けられるスピードは普通ではない。

 驚愕したクロオビは慌ててMr.2に反応しようと考え、それよりも速く頬を蹴り飛ばされた。

 

 「ぐはぁっ……!?」

 「ジョーダンじゃな~いわよ~う! あんたも落ちなさぁ~い!」

 

 地面を転がったクロオビが急いで立ち上がる。

 即座に拳を構え、ペアであるチュウへ焦った声をかけた。

 

 「チュウ! 援護しろ!」

 「くらえ水鉄砲!」

 「アァン――」

 

 チュウが口から弾丸のような勢いで水を吐き出すが、くるりと回って避けたMr.2は彼に接近し、回避するほどの暇を与えずに自身の攻撃を行う。

 まるで銃で撃たれたような衝撃。

 爪先が刺さるような蹴りが腹を打ち、チュウの体は勢いよく地面を転がる。

 

 「ドゥ!」

 「ぐぅあっ!?」

 「チィ、おのれ……!」

 

 チュウが受けたダメージは大きい。追撃させないようにクロオビがMr.2へ接近する。

 全く慌てずにMr.2が彼に振り返って、両者は同時に攻撃を行った。

 

 「エイッ! 千枚瓦正拳!」

 「白鳥アラベ~スク!」

 

 互いに激突する。だが結果は一方的なものだった。

 クロオビが突き出した全力の拳は、Mr.2の蹴りによって正面から跳ね返され、さらにそれは複数回来る蹴りの一つに過ぎず、顔や胴体に更なる蹴りが突き刺さる。

 一瞬にして気が遠くなりそうになる。

 Mr.2はとどめのために拳を握った。

 

 「どうぞオカマい(ナックル)!」

 

 拳が胸を打った瞬間には体が空を飛んでいた。

 距離はそれなりにあったはずだがたった一撃で海へ落とされてしまう。

 すでに立ち上がっていたチュウはその光景が信じられず、呆然と立ち尽くす。

 

 「てめぇ、一体何なんだ……?」

 「何って? 見ればわかるでしょ? あちしは男で女、つまりはオカマ。“あやふや”ねぃ!」

 

 駆け出したと思った直後には左の頬を蹴られていて、チュウもまた蹴り飛ばされる。体勢を立て直して耐える余裕もなく彼もリング外に弾き出されてしまった。

 華麗に着地するとMr.2は上機嫌に笑う。

 

 「んが~っはっはっは! 楽勝ねぃ! それじゃ次はぁ――」

 《試合終了~!》

 「アン?」

 

 Mr.2が次の敵を探そうかと考えたところ、ハッタリーの絶叫が響き渡った。

 試合は終了。幾ばくかの驚きを持ちつつ辺りを見回す。

 

 四匹の大きなラパーンに囲まれて、シルクとチョッパーが立っていた。チョッパーはランブルボールを使用して腕力強化(アームポイント)に変形しており、本気の戦闘だったと窺わせる。

 参加者はたったの8組だった。ならばそれだけ早く終わっても不思議ではない。

 さらにラパーンが居るのなら納得せざるを得ないような状況だろう。

 

 Mr.2は上機嫌に笑いながらまたしても意味なく回り始めた。

 人数が少なく、決着が早かったとはいえ、見応えのある戦いだっただろう。

 満足するハッタリーは勝者の名を叫ぶ。

 

 《Bブロックを勝ち抜けたのはこれまた麦わらの一味、シルク&チョッパーペア! さらに……おや? これは、えっと……え~不思議な点はございますが、Mr.2・ボン・クレー選手~!》

 「んが~っはっは! 当然よねぃ!」

 

 シルクは鞘に剣を納め、大きく息を吐き出す。

 人数が少なくてよかった。一回戦のように25組が参加する戦いだったならば、こうして最後まで立っていられたかはわからない。そう思う程度には疲弊している。

 ランブルボールの効力が切れて、いつもの人獣型に戻ったチョッパーも思わずへたり込んだ。

 特に彼はクロスカントリーの溶岩地帯で熱さにやられて、疲労はとんでもないものがある。

 

 元気に回っているMr.2を見て信じられない想いだった。

 彼がバロックワークスのエージェントだというのだから恐ろしい。

 いずれは戦わねばならないのだろう。そしてそれが遠くないことはすでに知っていた。

 

 「勝ててよかった、けど……私たち、本戦で勝てるのかな……?」

 「おれも、正直そう思った。戦いながらあいつのこと見えた時に……」

 

 呆然と呟くシルクに同意してチョッパーが本心を口にした。

 Mr.2はバロックワークスのオフィサーエージェント。2のコードネームを与えられるほどの実力者だとは知っているが、それにしても強過ぎやしないだろうかと思ってしまい、バロックワークスと対面した時に自分たちは勝てるのだろうかと思ってしまう。

 彼一人を知っただけで組織全体の力を思い知った気がしていた。

 二人は黙り込んで何も言えなくなる。

 

 この大会で勝利しなければアラバスタへは向かえない。しかし優勝すればすぐにアラバスタへ向かうことになるだろう。時間はもう残されていない。

 今から修行をして強くなるための時間などあるはずもなかった。

 

 自分たちは本当に勝つことができるのか。

 三回戦を終えても全く疲労感を見せないMr.2を眺め、そう思わずにはいられなかった。

 


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