ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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クロスカントリー(5)

 クロスカントリーのゴールとして木造の大きな建物が設けられており、入り口は門のようで、ゴールと書かれた旗を掲げ、崖の上で異質な存在感を放っていた。

 入り口になる部分は円形のエントランスとなっている。

 建物自体は長く作られており、短い階段を降りるとどこかへ通じるだろう長い通路がある。

 先に到着した参加者たちはそこで休んでいたようだ。

 

 ルフィとビビはキリとエースと共にそこへやってきた。

 彼らを含めて全てのペアが宝箱を持っており、まだ必要らしいので手放すことができない。

 

 木造の長い廊下で所々に参加者が待機している。

 中には先に到着していたバギーやアルビダも居て、彼らがやってきたのを見て反応があった。それぞれ表情は違っていて、バギーは怒りの形相を、アルビダは柔らかい笑みがある。

 

 「やっぱり来たね、ルフィ。あんたなら残ると思ってたよ」

 「おのれ麦わら、脱落しなかったのかっ。悪運の強い奴め……」

 

 ルフィの顔を見て憤るバギーだが、キリの顔を見ると対照的にパッと笑みを浮かべた。

 

 「おおっ、脱獄仲間のキリじゃねぇか! どうだ? ナバロンの隠し金庫は見つかったか?」

 「見つかったよ。中身も頂いたし」

 「マジか!」

 「でも見捨てたよね?」

 「うっ、な、何? いやいや、あれは逃げると見せかけて近海の敵を倒してたわけだ。当然おれはお前を助けるために戻るつもりだった」

 「だから分け前寄こせってことか」

 「もちろんだ。結局お前が逃げられたのはおれ様が起こした混乱があったからだろ」

 「でも逃げたよね?」

 「いや逃げたわけじゃねぇんだが、それは様々な状況が邪魔をしてだなぁ――」

 

 顔を突き合わせてキリとバギーが話している。どうやらナバロンを脱獄した際に手に入れた金について、分け前を渡すか渡さないかで揉めているらしい。

 バギーにしてみれば是が非でも手に入れたいが、キリは渡せるはずがないと考える。

 金はナミに渡してしまって彼が勝手に使える権利などないのだ。

 ナミに話すと怒られると想像し、怒られたくないと頑張っている様子である。

 

 彼らはさほど疲れを見せずに話していて、その間にビビは近くの壁に背を預け、座り込む。

 想像以上に疲弊している。立っているだけでも辛かった。

 ルフィだけでなく他の面々が平然としている様が信じられない心境だった。

 

 ルフィはそんなビビの前でしゃがみ、顔を覗き込んで心配する。

 本人がどう思おうと彼女はよく頑張った。それだけは確かだ。

 

 「ビビ、お前大丈夫か?」

 「ええ、ごめんなさい……私はだめね。ここに居る人たちはみんな平然としてるのに、私だけ体力がなくて……」

 「んなことねぇよ。ビビはよくやった」

 「ありがとう、ルフィさん」

 

 力のない顔でビビは笑みを浮かべる。

 ルフィも笑顔になって彼女の健闘を称えてやって、そうして目線を合わせているとすぐ傍に人が立ったことに気付き、見上げればアルビダが彼を見つめて微笑んでいた。

 

 「久しぶりだねぇルフィ」

 「お、アルビダか」

 「あんたに会うのを楽しみにしてたんだよ。元気そうじゃないか」

 

 アルビダは上機嫌そうな笑みを湛えてルフィだけを見つめている。

 不思議と気になる人物だった。

 同じ女性でありながら呼吸も乱さず立っていて、手には金棒、服装は胸元やへそを出す軽装であるのに疲れを感じさせない。気になったビビはルフィに尋ねた。

 

 「ルフィさん、知り合いなの?」

 「ん~まぁそんなもんだ」

 「あんたがルフィのパートナーだね。アタシはアルビダ。関係を言うのなら、かつてアタシを殴ることができた人間が一人だけ居る。それがルフィだって話さ」

 「ルフィさんが、あなたを……?」

 「こいつすげぇんだ。最初に会った時は今と別人みたいだったんだぞ」

 「スベスベの実を食べたからね。そう、あんたが言う通りまるで別人。そばかすが消えたから」

 「いや、そこじゃねぇ」

 

 いやいやとルフィが手を振るが一切気にせず、アルビダは得意げに笑った。

 

 「あんたに会ったら言おうと思ってたんだ。どうだいルフィ、アタシと手を組まないかい?」

 「ん? お前と?」

 「あんたはアタシが唯一認めた男。要は惚れてるのさ。今はまだ一介のルーキーに過ぎないかもしれないが将来性はある。唾つけとくなら今かと思ってね」

 「おいおいアルビダ、お前何勝手なこと言ってやがる!?」

 

 唐突な提案にルフィはぽかんとして、ビビは驚いていた。

 その声が聞こえたバギーも驚愕しながら近付いてきてキリを置き去りにしている。

 現在のパートナーは他ならぬバギー。詰め寄られて当然だがアルビダは涼しい顔をしていた。

 

 「だってあんた、元々はルフィを倒すために手を組んだかもしれないけど、結局勝てなかったじゃないか。それにアタシはあんたと出会う前からルフィを買ってる。そんな気になっても別に不思議じゃないと思うけどねぇ」

 「誰が負けただ、負けとらんわァ! 現にこのレースじゃおれの方が速かった!」

 「今回はね。だけど正面から戦った訳じゃないだろ?」

 「ぬぐぐっ……!」

 「まぁまぁ。それならいい方法がある。アルビダだけじゃなくて、バギーもボクらと手を組めばいいんだよ。これで全部丸く収まる」

 

 悔しげに唸るバギーの肩に手を置き、にこにこしながらやってきたキリが口を挟んだ。

 やけに楽しそうな彼へ振り返るとバギーが感情的になって声を大きくする。

 

 「あぁっ!? おれが麦わらと手を組むだと!? ハデアホが、考えて物を言いやがれ! そんなことは絶対にあり得ねぇ!」

 「残念だなぁ。そうなったら分け前も渡せると思ったのに」

 「やっぱり麦わらほど気を許せる奴は居ねぇよな!」

 「あ、でも全部使っちゃったかな?」

 「クソゴムがァ! ハデに地獄に落ちろ!」

 「お前何言ってんだ?」

 

 キリの言葉で一喜一憂するバギーにルフィが難しい顔をする。ルフィも単純だがバギーもかなり単純な人間だ。目先の欲望に暴走するのはそう変わらない。

 そうなるとキリが動き出すのも納得である。

 ルフィは呆れて見ているが、馴れ馴れしくバギーと肩を組んだキリが小声で話し始めた。

 

 「でも実際、考えてみれば利点もあると思うんだよ。イーストブルーといい、ナバロンといい、キャプテン・バギーにはカリスマ性があるし、信頼を集めることができる。ボクらもグランドラインに来てからいくつか海賊団とかを潰したりしてた。つまりボクらが手を組めば、バギー船長の勢力はもっともっと大きくなると思うんだ」

 「何ぃ? つまりてめぇらが恨みを買って、その恨みでおれの部下にするってことか」

 「そうそう。で、たまに戦力が足りないようならこっちに貸してよ。そうすればバギーは何の苦労もなく大船団の船長になれるし、お宝だってがっぽり。ボクらの生存確率も上がる。どっちにとっても利点のあるWin-Winの関係でしょ?」

 「ふむ、そりゃあまぁそうだが……」

 「何か不服でも?」

 「麦わらと手を組むってのが気に入らねぇ」

 「仇敵を許すのも冒険だよ。確かに過去ボクらのせいで失った宝もあるかもしれないけど、要はそれより大きな利益があればいい訳だ。うちの一味は今が一番お買い得だよ?」

 「大体てめぇらがこの海で生き残れるかどうかもわかったもんじゃねぇだろ。てめぇらのせいでおれたちが危険に晒される可能性もゼロじゃねぇんだぞ」

 「それは信じてもらうしかない。ただ、今この場にはうちの一味から二組集まってるよ」

 「むぅ……」

 

 確かに、バギーの船団からも多数の船員が参加したものの、今のところゴールに辿り着いたのはバギーとアルビダの一組のみ。今も他の参加者が続々到着してくるが味方の姿はない。

 悔しいが認めるしかない。

 少人数とはいえ麦わらの一味は粒が揃っている。その厄介さはローグタウンでも知っていた。完璧な布陣を敷いたはずのあの時に逃げられたのは思い出したくもない。

 

 ひょっとしたらこれは良い話なのでは。

 バギーが悩み始めるとキリは畳み掛けるように囁く。

 

 「それに一つ重要な情報がある。これを聞くと考えが変わるかも」

 「フン、一応聞いといてやる。なんだ?」

 「エースは知ってるよね?」

 「知ってるも何も、マブダチよ。おれの船で宴をしたこともある」

 「そのエースが、実はルフィの兄貴なんだ」

 「何ッ!?」

 「義兄弟でね。幼少期を共に過ごしてたらしい。二人ともその話をしてくれたよ」

 

 驚愕したバギーが勢いよくルフィの顔を見た。彼は反応もせず二人のやり取りを眺めている。

 

 「どうせこの情報は外部に漏れる。酒場でルフィが大声で紹介しちゃったもんだからね。だから話したんだけど、その点をよく考えた上で考慮してもらいたいな」

 「ひ、火拳のエースは、白ひげんとこの隊長だぞ? ってことはてめぇら……」

 「上手くやれば、その可能性はある。どうかな? 成り上がる覚悟はある?」

 

 にっこり笑って言えば、今度こそバギーは熟考を始めた。

 ルフィとビビにアルビダとエースを加え、見ていた四人は何と言っていいのやら。

 呆然という顔のビビが傍に居るルフィへ呟く。

 

 「キリさん、また悪いことを……」

 「んん、いつものキリだな」

 

 もはやルフィは驚いておらず、腕を組んで頷く程度には平常心を保っている。

 苦笑し、代わりにエースが口を開いた。

 

 「おれまでダシにすんのか。お前んとこの副船長はよく頭が回るな」

 「しっしっし、そうなんだ。キリは頭いいし悪い奴だからなぁ~」

 「それ、誇るところなの?」

 「なぁに、海賊なんだ。誇ったところで不思議じゃねぇ」

 

 勝手に話に盛り込まれたエースは怒りもせず、からからと笑って上機嫌そうにしている。ルフィと義兄弟であることは事実なのだ。隠す気もないらしい。

 自身が有名であることを重要視していないのか、危機感を感じない態度だった。

 

 今まさにルフィとエースが親しげに話している姿を見て、バギーは愕然としていた。

 とんでもない事実を知った。これを無視して考える訳にはいかない。

 

 (麦わらと白ひげに繋がりが!? エースは若いがすでに隊長として名前を知られてる! 何より白ひげが自分の息子を見捨てる訳がねぇ! そして重要なのはエースと麦わらが義兄弟で、エースは白ひげの息子……つまり、白ひげと麦わらを繋げるパイプは相当太いもんだぞ!?)

 

 理解したバギーは雷に打たれたかのような衝撃を覚える。

 白ひげ海賊団。今や世界最強と呼ばれる海賊団の強さを、彼は自身の体で体感して知っていた。その一味を敵に回してしまうかもしれないという可能性を何よりも恐ろしく感じる。

 そうなれば考える道は一つであった。

 恐る恐るキリの顔を見る。

 

 「改めて聞くが、お前らと手を組んで得られるものは?」

 「一番は新しい戦力かな。数は力だよ」

 「当然宝の分け前もあるんだろうな」

 「それは別の話で。力を貸してもらう時にはそれなりに払うけどね」

 「チッ、まぁいい。おれ様の地位が盤石になるなら、多少の問題には目を瞑ろう。白ひげか……考えてみりゃ懐かしい名前だ」

 

 腕組みをしたバギーは不意に遠い目をする。

 彼の心理を理解したキリが問うた。

 

 「それじゃ、契約成立でいいかな?」

 「フン、まぁ癪なことには変わりねぇがとりあえずだ。確かに利もありそうだしな」

 「そう言ってもらえてよかったよ。よろしくねキャプテン・バギー」

 「だが役に立たねぇようなら考えを改めるぞ。てめぇらが白ひげと手を組めるかどうかもはっきりしちゃいねぇんだ。失敗した時がてめぇらの最期だぞ」

 

 二人は固く握手を交わし、その状態でキリが微笑んで肩をすくめる。

 

 「まぁでも、うちの船長は海賊の王様になる人だから、いずれは白ひげも倒さなきゃいけないかもしれないけどね」

 「しっしっし」

 「ハァ!? いきなり何言い出してんだてめぇは!? 手を組むって話じゃなかったのか!」

 「当面はそのつもりで動くよ。でも未来がどうなるかはわからないじゃないか」

 「このハデアホがァ!! いいか、白ひげはなぁ、海賊王ゴールド・ロジャーと引き分けた生きる伝説だ! あいつに勝とうなんて言った連中の末路を知らねぇからそう言えるんだ!」

 「だから知ってそうな人と組むのがいいんじゃないか。そのために今から準備するんだよ」

 「冗談じゃねぇ! おれは降りるぞ! そんな奴らに付き合ってられるか!」

 「握手までしたのに」

 「ただの口約束だろうが! こんなもん無効だ無効ッ!」

 

 慌てたバギーは勢いよく手を振って握手を続けるキリの手を振り払おうとするが、離されない。

 キリにはまだ話したいことがある様子だ。

 

 「ええ~いっ、離せこのォ!」

 「しょうがないなぁ。じゃあ賭けようか?」

 「アァン? 何をだ」

 「ちょうど大会中なんだ。どっちが本戦に残って優勝できるか、それで決めよう。ボクらの一味から優勝者が出れば改めて手を組もう」

 「ほぅ。じゃあおれの一味が勝ったら?」

 「ナバロンの財産を全部あげるよ」

 「まぁ多少は不満だがいいだろう。どうせ優勝はおれがもらうつもりだったからな」

 

 互いに笑みを向け合い、やっと話が纏まったらしい。

 話している間にどんどん参加者がゴールしてその場所へ辿り着いていた。

 アルビダは溜息をつきながら苦笑する。

 

 「やれやれ、一体どうしてこうなったんだか」

 「あの、あなたが言い出したからだと思うんですけど……」

 

 控えめにビビがアルビダへ言った頃、少し前に到着したらしい仲間たちがやってくる。

 疲弊した状態であるものの、ルフィを見て真っ先に嬉しそうな声を発したのは人型になって宝箱を持つチョッパーで、そのすぐ後ろからシルクが歩いてくる。

 

 「ルフィ~! みんなぁ!」

 「チョッパー! シルク!」

 「二人も無事だったのね。よかった」

 

 二人が駆けつけてきたことでルフィは喜び、ビビは壁に手をつきながら立ち上がる。

 シルクとチョッパーもかなり疲弊した様子だ。見るからに顔色が悪く、肩を落とした姿から相当の疲労感が伝わってきた。

 それはビビも同じであるのだが、シルクは彼女を心配する。

 

 「ビビ、大丈夫? 疲れてるよね」

 「少しね。でも大丈夫よ。シルクさんこそ大丈夫だった?」

 「うん、大変だったけどね。他のみんなは?」

 「それがまだ……」

 

 ビビが不安そうに呟いて周囲を見回すも、次々集まってくる参加者の中に仲間たちの姿を見つけられない。中にはアーロンたちの姿も見えるがどこにも居なかった。

 そういえば走っている間も見当たらなかったのだ。

 失格になってしまったのか。

 敢えて言葉にできなかった不安を呆気なくキリが口にする。

 

 「まさか失格になったのかな」

 「そんなあっさり言わなくても……ちょっと手間取ってるだけかもしれないし」

 「一番可能性が高いのはゾロとウソップだね。ゾロが迷ってたらここまで来れない気がする」

 「それは反論できないなぁ」

 

 キリの呟きにシルクが同意してしまい、ナミとサンジ、イガラムとカルーが居ないのは不思議に思う心もあるのだが、ゾロとウソップに関しては居なくても納得できる気がした。やはりゾロは戦闘で役に立ってもレースになると足を引っ張る気がしてならない。

 小さくだがシルクは思わず溜息をついてしまった。

 

 徐々に人数が増えてくる。

 仲間を探すためか、それとも単純に好奇心を刺激されたか、ルフィは周囲を見回していた。

 その中で目立つ人間を数名見つける。

 

 「うわぁ~猿じゃん。猿が居るじゃん」

 「猿だと!? お前おれを“猿あがり”だって言ってんのか!?」

 「ああ、“猿マガリ”だな」

 「ウッキッキ! バカヤロー、そんなに褒めるんじゃねぇよ! 今日はやけに褒められるな!」

 「オウオウ麦わらのチビよ、滅多なこと言うんじゃねぇよ。マシラがいきなり大声出しちまっておれの耳が痛くなっちまった。ハラハラするぜ」

 「お前も猿みたいだな」

 「それが出会って最初の発言かよ。ハラハラするな」

 

 気付けばルフィはマシラとそのパートナー、ショウジョウと話していた。

 ショウジョウはオランウータンのような丸い顔で、腹は出ているが腕と脚が妙に細く、マシラとは似ても似つかないが兄弟のように仲が良い。

 そして少し話しただけでもルフィも仲良くなっていた様子だ。

 笑顔で和気あいあいと話して楽しそうだった。

 

 人も増えてきていた。

 しばらくもせずに空へ花火が上がり、二回戦の終了が告げられる。

 

 ハッタリーも全ての実況を終え、ゴール付近へ移動してきたのだろう。ゴールの建物内にもあらかじめスピーカーが設置されていて声が聞こえてきた。

 長い戦いが終わり、ようやく心から安堵できる瞬間がやってきた。

 

 《二回戦終了~! これで100組の海賊たちが残ったぞォ! その他の海賊たちはもうゴールには入れないのでご注意を! 速やかに敗者用の船へ向かってくれ!》

 

 そう言った途端にゴールへ続く橋が全て爆破によって破壊され、道が無くなった。

 橋の上に居た海賊諸共崖の下に落とし、その時ばかりは慈悲もない。

 相手は海賊。甘い態度で接すればつけ上がると知っているため力を見せつけた瞬間だ。

 

 外での爆音を聞いた後、一息ついていた参加者は周囲に居る敵を見回して牽制する。

 それから即座にハッタリーが説明を始めた。

 

 《それでは続いて予選三回戦へ移動しよう! これがついに予選の最終戦だぞ!》

 

 休む暇も与えない次の競技の宣告。

 これには流石に疲弊しきっていた男たちが野太い声を発し、その無慈悲さに怯える者も少なくはない。だがその中には一切動揺しなかった者も少なからず居た。

 

 《全員階段の下に降りてるな。そのまま廊下の端まで進んでくれ。そこに君たちを最後の予選会場に運んでくれる生物が待っている》

 

 簡潔に言われるため、移動しなければならない雰囲気だろう。

 あっさり動く者、戸惑いながら動く者、反応は様々だったが全員が廊下の奥へ歩き出す。

 

 疲労感が伝染して重苦しい空気が漂っていた。

 この場で乱闘を始めようと考える人間は一人も居ない。

 黙り込んだまま歩く人間がほとんどで、元気に話す人間は一部だけだった。

 

 その一部がルフィやキリ、エースといった面々である。

 歩きながらもルフィはその場に集まった顔を確認し、興味を持って顔を覗き込んでいる。

 同じくキリやエースにしても対戦相手は気になるようで確認は行っていた。

 流石に名だたる海賊も残っており、疲れた顔を見せず平然と歩いている者も紛れているらしい。

 

 「アーロンたちも来てたんだなぁ。なんだよ、声かけてくりゃいいのに」

 「ああいう人をツンデレっていうらしいからね。素直になれないんだよ」

 「そういやキリの女が居ねぇな」

 「いやボクの女って訳じゃないからね。多分」

 「結局ゾロたち来なかったなぁ」

 「やっぱり迷子だね」

 「うん、迷子だ」

 

 平然と話しながら歩く彼らに驚きながらビビたちも後ろを歩く。

 シルクやチョッパーもぐったりした様子で、周囲を見れば別段珍しくはない。

 やはり彼らが特別な部類だったようだ。

 

 長い廊下を歩き切って扉に到着した。

 大きなそれを両手で開くと外に繋がっており、一気に視界が開ける。そしてその瞬間、彼らの目の前には巨大な蟹が待ち受けていて、扉から足を伸ばせば頭に乗れる位置で止まっていた。

 この巨大な蟹、ヒッコシクラブに乗れば運んでくれるのだろう。

 戸惑いながら頭の上に乗る参加者たちの中、その姿を目にしたビビが目を見開いた。

 

 「ヒッコシクラブ? アラバスタに生息する珍しい生物よ。滅多に人の前に現れないから見たことがある人なんて居ない、幻の生物とまで言われているの」

 「幻の生物がここに居るのか?」

 「この子もブルーベリータイムズと契約したのかな」

 

 ビビの言葉にチョッパーとシルクが首を傾げていた。

 彼らも大人しく待っているヒッコシクラブの頭、或いは背と呼ぶべきか、とにかく上に乗り、全員が乗ったところでゆっくりと走り出す。

 参加者を運ぶため、徐々に速度を上げてどこかへと向かい始めた。

 

 スピードは速いが頭を動かさないため少し休むことができる。

 ビビ、シルク、チョッパーは座り込み、他の参加者のように項垂れて休み始めた。

 

 同じくルフィも座って胡坐を掻き、自身が持っていた宝箱を膝の上に乗せて、中身は何なのだろうと興味を持っている。彼も含めて全てのペアが宝箱を保持していた。

 失くせば失格と言うのだから何か大事な物が入っているのだろうと思う。

 

 「なぁ、この中って何が入ってんだろうな」

 「そろそろ種明かしでもするんじゃない? 次の予選にでも使うんじゃないかな」

 「ふぅん」

 「それよりも」

 

 辺りを見回しつつキリが口を開く。

 声をかけた相手はビビだった。

 

 「ワルサギにヒッコシクラブ、やっぱりここはアラバスタに近いのかもしれない」

 「私もそれを考えていたの。特にヒッコシクラブは希少種で他の島では見られないそうなの。だとすればアラバスタから連れてきたとしか考えられない」

 「しかも、ボクはもう一つヒント見つけたよ」

 「ヒント?」

 

 キリが何を言っているのかわからない、とビビが首を傾げる。

 視線を逸らした彼は歩き出し、ある人物に近寄っていく。

 それが暇だからと片足でくるくる回っているMr.2で、苦笑しながら気安く声をかけた。

 

 「あー暇。とっとと次の戦いに着かないかしら」

 「久しぶりだね、ボンちゃん」

 「ん? あら、紙ちゃんじゃないの。お久しぶりねぃ」

 

 ぴたっと回転を止め、Mr.2は平然とキリに目を向けた。

 

 「フーンフフ~ン――えぇっ!? 紙ちゃん!? なんでこんなとこ居んのよう! 二度見! あちしびっくらこき過ぎて二度見! オカマ拳法“あの秋の夜の夢の二度見”!!」

 「それはただの二度見じゃないかな」

 

 相変わらずテンションが高い人物であった。

 キリは苦笑し、とりあえず認識されたようだと、安堵とも複雑とも取れる感覚を自覚する。

 

 「なぁ~によ紙ちゃん、あんたもこの大会に参加してたのねぃ。あんたがイーストブルーで海賊になったって聞いた時はびっくりしたわぁん」

 「ま、色々あってね」

 「あんたが居ないからってミス・オールサンデーが大変らしいのよぅ。あちしにどうにかできることでもないけドゥ。あんたが出てったって聞いた時はそりゃあもう驚いて――」

 「ちょっと待って!」

 

 その会話が聞こえていたのだろう。突然大声を出したビビが彼らの傍へ移動した。

 キリとMr.2の二人を視界に入れ、信じられないという顔で問いかける。

 

 「キリさん、まさかその人は……」

 「そうだよ。これがヒントだ」

 

 キリがMr.2を見やり、笑みを湛えて言う。

 

 「オフィサーエージェント、Mr.2・ボン・クレー。それが彼のコードネームだ」

 「よろしくねぃ」

 「Mr.2!?」

 

 ビビだけでなくルフィとシルク、チョッパーも驚いていた。

 さっき出会った時には気付かなかった。

 その事実を覚えているルフィは思わずビビに問う。

 

 「おいビビ、お前知らなかったのか?」

 「ええ……残念だけど私はオフィサーエージェントには一人も会ったことがないの。情報を集めて少しは知ったつもりでいたんだけど……」

 

 口元を押さえ、ビビは動揺した声で語る。

 

 「私が手に入れた情報でのMr.2・ボン・クレーは、大柄なオカマで、テンションが高くて、意味もないのにバレエの技術で回る癖を持ち、服の背中には“おかま(ウェイ)”と……」

 「気付けよ」

 

 ビシッと、ルフィとシルク、チョッパーに加えてエースまで、思わずビビにツッコむ。

 図らずも彼女のうっかりが露呈した瞬間だった。

 Mr.2は独特のポースで大笑いし、キリは少し困った様子で苦笑していた。

 


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