ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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クロスカントリー(4)

 恐竜が居る小道を抜けた先、またしても風景が変わる。

 足場は広いが道はない。飛び島と同じだ。いくつかの足場がぽつぽつと点在して、その上を飛び移らなければ進めないらしい。

 そこは一帯が泥沼で、足を捕らえて逃がさない環境だった。

 

 《あれは誰だ!? ここで一人の選手が集団を抜け出したぞ! 火拳のエースを猛追する!》

 「んが~っはっはっは! ちょろいもんねぃ! 一気に行くわよぅ!」

 

 爆走するMr.2が泥の沼を視界に捉えた。

 一瞬たりとも表情を変えず、速度を変えることもなくそのまま走り続ける。

 

 彼が誰なのか。映像電伝虫を通して見ている観客たちにさえわからずに、謎の参加者の台頭は賭けを大いに賑わせる。だがもちろん一番人気は火拳のエースであることは間違いない。

 ここまででいくつもの波乱があり、ハッタリーの実況にも熱が入る。

 

 《そろそろ後半戦! 第五の試練は“泥沼地獄”! 一度足を踏み入れれば二度と出てこれない底なし沼だ! 落ちないように進まなければ命の保証はないぞ!》

 「関係ないわねぃ! 突っ込むわぁ~ん!」

 

 Mr.2は泥沼の中に点在している歪な円形の地面を見ようともしない。

 そのままの勢いで走り抜けるつもりで、先程以上の速度で両足を動かした。

 

 「毎日毎日、レッスンレッスン……鍛えに鍛えたあちしのオカマ拳法、止めれるもんなら止めてみろやぁ! オカマ拳法“血と汗と涙のルルヴェ”!!」

 《あっ、あぁ~っと、これは!?》

 

 Mr.2が泥沼に足を踏み入れた。

 確かに泥の上に靴が乗ったのだが、沈まない。沈む前に次の足を出して前へ進み、人とは思えない速度で底なし沼の上を走っている。

 

 今までの人生で想像もしなかった光景に、ブルースクエアに居る観客が歓声を発して、同じく興奮したハッタリーが強くマイクを握る。

 これが見たかった。普通ならあり得ないはずのものが見たかった。

 Mr.2はまさに人々が見たかったものを見せているだろう。

 エースの動きを見た時とは少し違った興奮が生まれ、彼を応援する声が多くなる。

 

 しかし、何が起こるかわからないからこそ海賊の祭典は楽しい。

 ハッタリーの目論見通り、他人が前を走ることを許さない海賊が追いついてきた。

 

 「ハデに死ね! バラバラ砲ッ!」

 

 しぶとく駆けて、恐竜の小道すら抜け出てきたバギーが右手だけを飛ばした。

 ナイフも持たずに指を広げ、それ自体には大した攻撃力はないものの、走るMr.2の足を掴む。

 足首を掴まれれば当然、邪魔をされて走れなくなったMr.2は勢いよく前へ転び、宝箱を持ったまま体の前面から泥沼にハマる。べちゃりと重々しい音を伴って姿が消えた。

 

 「ぎゃあああああっ!?」

 「ギャーッハッハッハ! ざまぁみろオカマ野郎! おれ様の前を走るからだ!」

 「やれやれ。悪い奴だよ、あんたは」

 

 バギーのペアであるアルビダも宝箱を持ってそこにおり、ひとまず周囲には敵の姿もなく、安全にその地帯を抜けられるだろうと思案する。

 喜々として走る二人はMr.2のようにはせず、泥沼に沈まない足場へ飛び乗った。

 

 「行くぞアルビダ! 宝をこっちに寄こせ! 落とさねぇことが最優先だ!」

 「了解したよ。ま、アタシはどっちでもいいけどね」

 

 足場の上で宝箱をパスして、バギーが両手で宝箱を持ち上げる。

 そして両腕だけが彼の体から離れ、宙に浮遊し、上半身もバラバラになって浮かび上がった。

 体を軽くして跳躍力を上げるつもりか。

 足先は浮遊することができないため、バギーの下半身はアルビダと共に足場を飛び移る。

 

 このまま順調に進めるか。そう思った頃にまたも追いついてくる人物がある。

 先程も互いに邪魔をし合った。やはり麦わらのルフィだ。ルフィが小脇に宝箱を抱えて、さらにビビを背負って全力で走ってくる。

 

 「んががががッ――!」

 「チィ、麦わらァ! まだ来やがんのかてめぇはァ!」

 「流石だねルフィ。それでこそアタシが見込んだ男だよ」

 「お前はどっちの味方だアルビダァ!?」

 

 猛烈な勢いで走ってくるルフィは真っ直ぐ泥沼へ向かっている。足場は無視していた。

 恐竜が居る小道を抜けるため、背におぶさっていたビビが瞬時にそれを指摘する。

 

 「ルフィさん! 真っ直ぐ行っちゃだめよ! 動けなくなるわ!」

 「掴まってろビビ! 飛ぶぞ!」

 「飛ぶって、まさか……!?」

 「ふんがァ!」

 

 走りながらルフィが思い切り右腕を伸ばし、泥沼の向こう側にある、小さな崖を登るために組まれた木材の足場を掴んだ。ぐっと掴んで壊れないことを確認する。

 パッと両足を地面から離せばあとは引き寄せられるのみ。

 二人の体は空中を素早く移動し始めた。

 

 「ううっ――!」

 「行っけぇぇぇっ!」

 「なぁにぃぃぃっ!? 野郎、そんな手を……!」

 「へぇ」

 

 バギーとアルビダを追い抜く勢いで飛んでいく。

 その途上で、突然前方の泥が爆発するように飛び散り、中から人が現れた。

 沈んだはずのMr.2が頭上に宝箱を掲げ、二人が飛んでいくその前方へ跳び上がったのだ。

 

 「ジョーダンじゃな~いわよ~う!」

 「うわぁっ!? 誰だこいつ!?」

 「ぶつかるっ!?」

 「アァン? どぅっ!?」

 

 図らずも頭突きをするような体勢で、突如現れたMr.2の腹へ二人の体が激突した。

 当たりはしたが勢いが殺されることはなく、彼らはMr.2を連れた状態で対岸へ移動する。着地の姿勢を整える暇もなかったため、三人揃って地面を転がった。

 宝箱を失わずに最短距離で試練を乗り越えたと言える。

 その代わり転んでしまっていた間にバギーとアルビダが追い越し、彼らを傍目に先へ進んだ。

 

 「ギャーッハッハッハ! バチが当たったんだ、ザマァーみろ!」

 「惜しかったねぇルフィ。アタシたちは先に行くよ」

 「いででっ。あっ、待て!」

 

 第二の試練とは比べ物にならないほど小さな崖、二メートル程度のそれに木材で足場が組まれてあり、二人は素早く上って行ってしまった。

 すぐさまルフィが宝箱を持ち、ビビを確認すると彼女も立ち上がる。

 二人ともMr.2にぶつかったことで泥まみれになっていた。しかし気にしてもいられない。

 

 なぜ急ぐのか。わからないがおそらく意地だ。

 誰にも負けないためにこの場で全力を出す必要がある。

 視線を合わせた二人が駆け出そうとした時、同じくMr.2も宝箱を持って跳び上がる。

 

 「んも~ジョーダンじゃな~いわよ~う! さっきからなんだっつーのよぅ!」

 「うわっ、おかまだ! おかまがいるぞ!」

 「なぁによぅ、悪い!? オカマだって生きてんのよぅ! あら? でも意外にいい男」

 「話してる時間はないわ。ルフィさん、私たちも急ぎましょう。優勝しないとアラバスタには辿り着けない……少しでも可能性を高めないと」

 「そうだな。行くぞビビ!」

 「ええ!」

 「そうはいかないわぁん! あちし、負けないッ!」

 

 二人が駆け出そうとした時、それよりも早く全身泥だらけのMr.2が走り出した。

 瞬く間に足場を上っていく様を見送る形になり、ルフィとビビも次のステージへ向かう。

 

 二メートルほどの崖の上へ上った時、一気に気温が上昇したことを認識した。さっきまでとはまるで別世界。その些細な段差が境界線になっていたようだ。

 彼らの目の前にはボコボコと音を発する溶岩が広がっていた。

 これが熱気の原因。落ちれば死は免れない。

 唯一無事に進めるだろう細い道が両側をマグマに挟まれ、曲がりくねりながらも存在している。先に行ったバギーやアルビダ、Mr.2はそこを通っていた。

 

 立っているだけで全身から汗が噴き出してくる。

 今度は勢いで突破できる試練ではない。

 一瞬で判断したルフィはその道を通ることを決めた。

 

 《第六の試練は“溶岩地帯”! 落ちれば即死! 慎重に進め!》

 「ここから行けるな。絶対落ちるなよ。落ちたら助けられねぇ」

 「わ、わかったわ。慎重に行きましょう」

 「よし!」

 

 宝箱はルフィが運んで、彼が先頭になり、ビビはその後ろをぴったりついていく。

 一瞬の気の迷いで命を落とす。そんな環境だ。二人は急ぎながらも慎重に曲がりくねった細い道を走って、あまりの熱気で汗だくになりながら進んだ。

 

 幸い、溶岩地帯はそう長くなかった。

 妨害者も罠もなく、ただ道を進んだだけで抜けることができて、道も変わる。

 

 一気に広くなって坂になっていた。バギーたちやMr.2はすでに先を進んでおり、いつの間にか姿が見えない。それでも命の危険を感じた二人は慌てず行動することを心掛ける。

 坂を走って上り、それもまたすぐに終わった。

 そしてその次に待っていたのがまたしても厳しい大自然、すなわち試練だ。

 

 《さぁ~第六の試練を抜けて、ここからが本番だぞ! 第七の試練“雪原曲道”!》

 

 彼らの目の前には銀世界があった。

 細く曲がりくねった道に高々と雪が積もっており、その両側は高い崖。足を滑らせれば上って来れないだろうと思うほど高く、掴めるような場所も皆無に等しい。

 さらに最も辛いのがその気温差。

 直前の溶岩と雪が降り積もる環境の違いが、辺りに強風を吹かせている。

 

 《溶岩地帯との気温差のせいで襲ってくる強風に耐え、ツルツル滑る足場に注意し、曲がりくねった道を進め! 当然落ちても誰も助けてくれないぞ! ここが正念場だ!》

 「うおおっ!? 寒ぃ!」

 「うっ、すごい気温差……汗が全部凍りそう」

 

 吹き荒れる冷たい風が熱を発する二人の体を急速に冷やしていく。

 こうなればもはや妨害する者など居ない。ここからは大自然との戦いだ。

 環境の変化に適応し、ここまでに削られた体力の残りを使って、上手く生存する。先程までとは形が違うとはいえこれも一種の戦いである。

 

 この場へ到達した二人に諦めるつもりはない。

 だが体力の限界を心配したのか、振り返ったルフィはビビの手を掴んだ。

 

 「行けるか、ビビ」

 「ハァ、ええ……大丈夫よ。心配いらないわ」

 「もう少しだ。しっかりついて来いよ!」

 

 ビビの手を引き、ルフィが歩き出す。

 確かに急いではいるが失敗する訳にはいかない。ビビの体力も気にする必要がある。

 生き残ることを最優先に考え、今彼女を守れるのは自分しか居ない。その事実もまたこの時の彼を冷静にさせた。この場所には他に頼れる人間が居ないのだ。

 握った手を離さぬよう強く力を込めて、ルフィとビビは一歩ずつ進む。

 

 雪が積もり、幾分凍っている地面は下手をすれば滑ってしまう。

 すぐ傍の崖から落ちないようにと注意して、しっかり地面を確認しながら歩みを進める。

 

 本来ならばそうして丁寧に歩かなければならないのだが、あまり時間をかけていられないことも二人はすぐに理解した。先程溶岩地帯で掻いた汗がすでに凍ってしまっている。

 体温の急激な変化によって凄まじい疲労が襲い掛かっていた。

 常人では倒れてしまうほどの気温差。ビビが苦しんでいることは誰も責めることはできない。

 

 落ちないよう注意しながら、ある程度は急がなければならない。

 ずっとここに居れば死ぬだけ。それが体感としてわかった。

 ルフィはビビの様子を見ながら必死に声をかける。

 

 「もうそんなに遠くねぇぞ。大丈夫だ。頑張れ」

 「ごめんなさい……私、足手纏いに」

 「んなことねぇ! そんなこと気にすんな!」

 

 あまりの冷気に体ががくがくと震えている。ただでさえ防寒着を着ていない。普段でも寒いというのに今は大きな気温差に驚いたばかり。

 限界はそう遠くないに違いなかった。

 

 焦る心を押さえつけ、なんとか冷静に足を運ぶ。

 吐く息が多くなり、見るからに顔色が変わって辛そうだが、ビビはしっかりついて来る。

 ここで諦める訳にはいかないのだ。

 ルフィは尚も前を見続けて彼女を導いた。

 

 多少の時間は使ったが、そう長くない道を歩き切る。

 そうするとまたしても風景が変わり、気温も変わって温かくなっていた。

 

 《おっと、ここで麦わらのルフィペアが第七の試練を突破した! 今度こそ最後の試練、“空中庭園”が待ち受けるぞ! 崖の上にそびえ立つゴールへ向かうため用意された複数の橋! そこで待ち受ける妨害者を越えてゴールへ飛び込め!》

 「これが最後だ! 行くぞビビ!」

 「ハァ、ふぅ……はいっ!」

 

 体の震えが止まっていない。疲労困憊で言葉にできないほど辛いだろう。

 それでもビビはキッと前を向き、ついに見えたゴールを視界に入れる。

 

 求めるものは優勝。その先にある祖国を求めて、思い出すだけで力が湧いてくる。

 ビビは自らの足で真っ直ぐ立った。

 ルフィの手に頼ることをやめ、彼と共に一本の橋を選ぶ。

 

 「ルフィさん……ありがとう。あなたが居なければ私、途中で諦めていたかもしれない」

 「いいよ、礼なんて。まだゴールしてねぇしな」

 「そうね……もうすぐだわ。もうすぐ、ゴールできる」

 

 泥に汚れて、凍った汗が溶け出して、二人ともひどい様相で橋を渡ってくる。

 進んでいくと彼らの前に最後の妨害者が現れた。

 進む先で仁王立ちして待ち受けるのは、まわしを巻いて二足歩行の、スモーカピバラだ。疲労困憊で向かってくる二人を見据えて身構える。

 

 「ルフィさん、敵が!」

 「ゴムゴムのォ~……!」

 

 ルフィがさらに速くなって前に出る。

 両手で持った宝箱を振り上げ、そのまま攻勢へ出るらしい。

 まさかの行動で虚を衝かれたスモーカピバラは目を丸くして驚いていた。

 

 「生け花ァ!!」

 

 空へ向けて思い切り振り上げた宝箱を、猛烈な勢いで振り下ろす。

 驚いてしまって動けなかったスモーカピバラの脳天に叩き込み、凄まじい衝撃が肉体を駆け、それだけに留まらず古びた橋へも甚大なダメージを与えてしまっていた。

 

 たった一撃でスモーカピバラを倒したが、その強過ぎる攻撃が橋を破壊してしまった。

 二人は必然的に宙へ放り出される。

 

 伸ばした腕を引き寄せながらルフィはビビへ振り返った。

 そしてそれがわかっていたように、空中に放り出される直前、ビビは橋を蹴って跳んでいた。

 空の上でルフィの下へと向かい、必死に腰の辺りへ抱き着くことに成功する。

 瞬間、迷わずゴールを見上げたルフィは左腕で宝箱を抱え、全力で右腕を伸ばした。

 

 「おおおおおっ――!」

 

 届くか、届かないかというギリギリの一瞬。

 ゴールから飛んできた紙の束がルフィの腕を捕まえた。

 その瞬間にルフィは腕を縮め、勢いをつけてゴールを目指す。

 

 「うおおおおおりゃあっ!!」

 

 ビビもしっかりルフィに掴まり、勢いに負けて離されることなく飛んでいく。

 腕が元の長さになる頃、二人は飛んできたままの勢いでゴールと掲げられた旗の下を潜り、木材で作られた建物の内部へ飛び込んで地面を転がった。

 二人同時にごろごろ転がり、二人同時に大の字に倒れた後。

 ひょいっと視界に顔を入れてくる顔を見上げ、ルフィとビビは息を切らしながら口を開いた。

 

 「ありがとう、キリさん……」

 「この分は高いよ? ルフィ」

 「しっしっし。肉獲ってくるから勘弁してくれ」

 

 にこやかに笑うキリに迎えられ、ほっと安堵の息を吐く。

 ここまで来ればもう安全だ。そう思った瞬間に気が抜けてしまい、全身から力が抜ける。

 

 彼らのやり取りを見ていたエースは口を出すこともなく笑っていた。

 これまで自分も大概だと思っていたが、キリはそれ以上にルフィに甘いようだ。

 先程の感想も含め、良いコンビだろうと思う。

 

 どちらも欠点があり、ただ褒められるだけの人物ではないが、二人がそうして揃っている姿は見ていて微笑ましい。心配事はこの時完全に無くなった気がする。

 弟は海賊王になるという夢も捨てていない。そのために海賊になった。

 兄として安心し、彼も柔和に頬を緩めていた。

 


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